『猶予は本日十八時までとする。これを過ぎた場合、三十分を過ぎるごとに無差別に一人ずつ、市民を粛清していく。場所はタカマツ市、タカマツ城』
「……あ、の、野郎……!!」
アキラは、再び強い熱を帯びた激情に支配されつつあった。
無理からぬことではある。何せ今の今だ。メンタルに負ったダメージは計り知れず、かと言ってフレア団、ひいてはレインボーロケット団に対する憎悪は一切おさまってはいない。
初日のことを思い出し、ヨウタは小さくない頭痛を感じた。あれも恐らくはフラダリの仕込みだったのだろう。ホロキャスターの開発者として、メディアの与える影響というものをよく理解している。サカキの大仰な仕草も指導の賜物と言えるかもしれない。半分は素の部分があるだろうにしても。
「アキラ」
「……大丈夫」
肩を押さえれば、初日とは異なりアキラはその場にとどまった。
が。
「コケェ――――!!」
「し、しまった! 戻れコケコ!」
それに代わるように、戦の気配を感じたカプ・コケコがいきり立った。
バチバチ、というある意味聞き慣れた帯電の音を耳にした瞬間、ヨウタはカプ・コケコをボールに戻す。
不服に満ちた感情を込めた視線がボールの中から投げ掛けられたが、ヨウタは気にしないことに決めた。
「……オレの時は止めたくせに自分は行くのか」
「コケコのこと? ……いやコケコは深いこと何も考えてないよ。自分のこととポケモンのことだけだよ」
「どういうこと?」
「アキラが殺人をすると、チュリやチャムたちが悲しむから止めた。それはそれとして、コケコはアキラ自身の問題とは関係ないし、戦いたいから戦いに行こう……ってだけ」
ロクでもない、とアキラは呆れたような面持ちでカプ・コケコのボールを見つめた。
ヨウタはそんなアキラを半目で見た。君がどうこう言えることか?
『――全ては清浄なる世界を作り上げるために。我々に従うことを選ばなかった愚かな皆さん。残念ですがさようなら』
そうしている間にもフラダリの言葉は続き、やがて締めくくる一言によって放送は打ち切られた。
次いで、音声と字幕によって、この放送は既定の時刻まで一時間区切りで放送されるという旨がアナウンスされる。見る側としてはやや抜けた印象が拭えないが、繰り返し放送を行うことでヨウタたちのことを周知する狙いがあるのだろう、とアキラは考察した。
「どうするんだ?」
「皆と合流して対策を立てる。こんな大々的に放送するなんて、間違いなく罠だ」
「けど、行かざるを得ない……だろ」
「うん」
確かなのは、それを見過ごせば大勢の人間が死ぬという事実だけだ。
それを分かっていて何もしないことを選ぶなど、一人を除けばできるはずもない。
「マツブサといいフラダリといい……一般人巻き込んで平然としてるとか、頭どうかしてるぞ」
「どうかしてなきゃあんなくろいヘドロ煮詰めて固めたような腐った組織作りやしないよ」
「そ、そだな……」
言われてみればその通りではあるのだが、一方でヨウタのあまりに刺々しい言葉を聞いて、苛立ちがピークに達しているのだろうとアキラは察した。
そしてその何パーセントかは自分がヨウタに与えたストレスが原因だと思い至り、恐縮した。
自分の言動が他人に与える影響について学んだ瞬間である。
どうあれ、フラダリの放送によってタイムリミットが設けられた以上、アキラたちの行動は迅速だった。
倒したフレア団員たちのモンスターボールを没収。応急処置を施した上で拘束し、監視を行う――ために、近隣に潜伏しているレジスタンスの斥候役に連絡。拘束した団員たちの引き渡しを行い……と。一晩中せわしなく動き回った結果、怪物じみた体力を持つアキラを除き全員が疲労の極致にいた。
眠気で倒れ込みそうになる体を必死に引きずり、ヨウタの持参したカゴのみを投入した渋くも辛いカレーを口にして目をこじ開けながら、六人はテーブルを囲んでブリーフィングを始める。
「……まず……報告が、少し……。レジスタンス本隊が、久川町に到着……自衛隊とも、合流したようです……」
「めでたい話ですね」
「うん」
東雲とヨウタの返答は、やや素っ気ない。
しかし、実際のところ本人たちは真剣に聞いているつもりではある。しかし、眠気と疲労で頭が上手く回らず、情報をとにかく頭に入れるということに注力しすぎて返事にまで気が回らないのだ。
他方、朝木はうつらうつらとするたびに、ウデッポウに冷水を浴びせられて目をこじ開けられている。
ユヅキは耐えきれず、カレーに顔を突っ込んだような状態で眠っていた。流石にマズいと感じた
当の報告者であるナナセもまた、隣に立たせているしずさん――オニシズクモの水泡に時折顔を突っ込んで、眠気を追い払っていた。
大事なものを水泡にしまおうとする習性を持ち、時にはトレーナーのことが好きすぎて水泡にしまってしまおうとするような種族の
「……レジスタンス、自衛隊と共同で……既存の交通網に頼らない新しい移動方法を考案……現在、そのために動いてくれているようです」
「どんな方法ですか?」
「……情報漏洩防止のために、今は極秘……だそうです」
この情勢下、新たな交通手段を構築するに際して重要なのは、「いかに相手にそれを使わせないか」となる。
レインボーロケット団の団員数はあまりに膨大だ。遭遇戦による消耗を避け、補給物資を安全に輸送し、逃走経路を用意する――それができるだけでも、戦いは随分と楽になる。
特に高速道路を封鎖された四国においては、安全性という面で需要が非常に大きい。
そのことを理解しているだけに、誰もこれに異を唱える者はいなかった。
ユヅキは新たにボールから出てきた
「では……」
次いで、ナナセはちらとアキラの方を見た。
ある程度は割り切ることができたのか、その表情は深夜前と比べていくらか険の取れた表情になっている。と同時に、東雲にされた説教がよほど効いたのか、反省と後悔でやや意気消沈してもいる。ナナセに視線を向けられたのもそれに関係しているのだろうと感じたアキラは、恐縮したように頭を下げた。
「……いえ、そうではなく……」
「え、あの、じゃあなんでしょう」
「……その、子は……?」
「メェ~?」
ナナセが疑問を呈したのは、アキラの周りをふよふよと浮かぶトカゲのような幽霊のような……有体に言ってよく分からない生物についてだ。
恐らくは、ポケモン。少なくともゲームに登場したポケモンは記憶しているらしい朝木が困惑しているということはまず間違いなく新種。
「メェメェ鳴いてるからヤギだな」
「メェメェ鳴くのは羊では?」
「ああ、そうだっけ……」
「メ~……」
眠気で思わず飛び出たとりとめのない発言に、そうじゃない、と恨めしげに羊(暫定)が抗議の声を上げた。
「ドラメシヤだよ、その子」
そして当然にと言うべきか、答えは出るべきところから返ってきた。ポケモン世界の住人、ヨウタだ。
「ドラ……」
「
「メシヤね。アじゃなくてヤ。ドラメシヤ。ガラル地方の」
「ガラルぅ? 発売前じゃ……あー、そうか」
二つの世界の間には、小さくも薄い、確かな繋がりがある。
現在はゲームという手段でそれが表出しているが、ゲームとして設定が発表されていない地方やポケモンが存在しない――などということはあり得ない。朝木やアキラたちにとっては未知のポケモンであっても、ヨウタにとってはそうではないということだ。
「ロトム」
「ロト」
ひょいと飛び出したロトムが、図鑑のページを表示する。
No.885、ドラメシヤ。
――古代の海で暮らしていた。ゴーストポケモンとして蘇り、かつての住処をさまよっている。
「なかなか壮絶な成り立ちだな……」
「メェ~?」
というアキラの言葉に、あまりよく理解していないらしいドラメシヤが軽く首をかしげる。
当然のことだ。ドラメシヤはポケモンの幽霊――ではなく、あくまで単体として成り立った「ゴーストタイプのポケモン」だ。そのいずれもが古代から亡霊として漂っているわけではない。むしろ、そのほとんどはタマゴから生まれたものである。
レインボーロケット団がこの世界に呼び込んだポケモンの種類に、法則性などは存在しない。だから、こういったことは今後もあるかもね――と、ヨウタは呟いた。
「んで、何でまたそのドラミドロ……じゃない、ドラメシヤがアキラちゃんと一緒に?」
「神社に行った、時に……」
「アキラ」
一瞬表情を曇らせたアキラに、言いたくないなら言わない方がいいんじゃ、とヨウタから気づかわしげな視線が送られる。それを手で制した彼女は、意を決して続けて語った。
「……神社に行った時に、フレア団におばあさんが襲われてた。助けに行ったけど間に合わなくて……銃で撃たれて、手遅れだった。ドラメシヤは、そのおばあさんと一緒にいて……守ろうとしてた。それで、あんな風に殺される人を減らしたいって話したら……ついてきてくれた」
ドラメシヤの目的の半分は、復讐だった。
環境もあってか神社・仏閣にはゴーストタイプのポケモンが寄り付きやすい。
住処を失ったドラメシヤが彷徨った末に神社に辿り着くのも必然と言えるが、ドラメシヤは同じドラゴンタイプの中でも最弱と呼ばれるヌメラよりも更に脆弱なポケモンだ。同じゴーストタイプにも頻繁に小突かれる。
それを見かねて助け出したのが、ドラメシヤと共にいた老婆だった。
そのような人間を殺されたのだから、激怒もする。しかしながら、直接の仇はアキラが両腕を切断するなどして再起不能の重傷。部下の凶行を許した直接の上司であるアケビは撃破し、拘束された。
過ぎたことは、もはや戻ることは無い。だが、これから先、再び同じことが起きないとは限らない。二度とこんなことが起きてはならない、というアキラの思いに同調するようなかたちで、ドラメシヤは彼女と同行することを選んだのだった。
「……分かりました。では、話を戻します……。目下、最大の問題は……」
「フラダリのイベルタル」
ナナセの言葉に引き続くような形で、ヨウタが断言した。
「あの時はカプ・レヒレとジガルデがいたから対応できたけど」
「いたのかよジガルデ!? あいやいるのが当然なのか!? あ、あれ!?」
「いや、あの……まあ、うん……。ジーナさんとデクシオさんに頼まれてみんなでなぜかアローラにやってきたっていうジガルデの調査をしてたんだけど、その流れで」
結論から言えば、その時の戦いはジガルデがいなければ大勢の人やポケモンが死んでただろう、と語る。
加えて、その戦いによってジガルデの
「……一番警戒しなきゃいけないのが、『デスウイング』。一発食らったら、終わりだと思ってほしい」
「具体的には」
「生命力を吸い尽くされて、石になる」
全員の表情が一瞬強張った。アニメ仕様かよォ!! と悲鳴を上げる朝木だが、事実、そうであるならイベルタルの能力はあまりに脅威と言える。
当たれば即死。これまでの敵とは格が違う。
「つかゼルネアスも敵ってことは、石化も解けねえじゃねえか!?」
「だから僕たちの戦いだと、レヒレがそれをなんとかしてくれては……いたんだけど」
今は、いない。
逃げれば市民が死ぬ。
立ち向かえば返り討ち。
防げない。
そして相手に躊躇は無い。
考えうる限り最悪の手合いだと言えるだろう。その中で、
「どうしたらいいですか」
ナナセは僅かに考え、彼女に告げる。
ある意味では最も単純な、しかし、同時にある意味では死刑宣告にも近い、彼女でなければ不可能な方策。
それは。
「――超々高速の強襲でフラダリを仕留め、一撃離脱」
●――●――●
市民を扇動するのは、実はそう難しいことではない――というのは、クセロシキに語られたフラダリの言葉だ。
力を示す必要は無い。
知恵を絞る必要は無い。
ただ、耳障りの良い言葉を吐くだけで良い。楽な道を示すだけで良い。それだけで――人は、その本性を露にする。
「――あの子供たちを探せ!」
「お前が隠してるんだろぉ!?」
「誰か! 誰かああ!!」
高松市、高松城、桜の馬場。
市街から時折聞こえてくる悲鳴と怒号に、フラダリは小さく嘆息する。
――この喧騒は、私の望むものではない。
と。
「鎮めましょうか」
カロスリーグ元四天王――フレア団大幹部のパキラがその呟きに応える。しかし、フラダリは手を振ってそれを止めた。
「混乱の最中だからこそ、人の本質というものは垣間見える――私はこのままで良い」
フラダリの方針と思惑は、かつてと変わらない。善良な人間のみを残し、他を滅ぼす。あまねく世界が――自らの暮らす世界
フラダリは、先の放送の後、ヨウタたちを突き出すこと以外にも二つ、「フレア団に従う意思を示す」条件を示していた。
一つは、上納金五百万円。金銭的な豊かさというものは、その人間の優秀さを示す一つのバロメーターになりうるものだ。フラダリの考える「選ばれるべき人間」は、善悪以前にまず有能な人間である必要がある。レインボーロケット団と関係なく資金を調達するためにも、これは必要な条件だと言えた。
そしてもう一つは――「社会から除かれるべき悪人を一人、フレア団に報告する」こと。
人は極限状態に置かれれば、自らの命を守るため、人間性をかなぐり捨ててでも生き延びようとする。
隣人や友人、家族でさえも切り捨てて、あるいは売り渡してでも保身を図ろうとする。
その中にあってなお、人としての善性を捨てない本物の「選ばれるべき人間」を、フラダリは見出そうとしていた。
――ほとんどの人間は「そう」ではないと知りながら。
それでも淡い希望にすがるように、彼はイベルタルに命じる。
「『デスウイング』」
「コオオォォ――――――ッ!!」
必殺の技、「デスウイング」。
両翼と尾羽の先端から生じる深紅のエネルギーが収束し、
その冷然とした様子に、パキラは陶酔したような視線を送る。
その一方で、彼のその様子に疑念を覚える者がある。クセロシキだ。
――私の求めていたものは、
人心は荒れ狂い、悲しみに満ちている。ポケモンたちは傷つき石と化し、人間諸共に砕かれる。
血が流れないというだけで、それは紛れもなく殺人だ。
三千年前のカロスの王がかつて使ったと言われる「最終兵器」。あるいは、人やポケモンを意のままにできる催眠。あるいは「人」を超越せんとする外部機構。
フラダリによって倫理観を取り払われたクセロシキは、嬉々としてこれらの研究を進めた。そうして「最終兵器」は発動し、カロスの――全世界の人間の命は焼き払われた。イクスパンションスーツも完成し、人を意のままに操ることを可能とし、
好奇心が満たされなかった、わけではない。イクスパンションスーツは当初の想定以上の性能を発揮し、「最終兵器」もまた――想定以上の成果を、フレア団にもたらした。
――「カロス地方」ではなく、「全世界」にその効果を波及させるかたちで。
それは、間違いなくクセロシキの好奇心を満足させるに十分な威力だった。
充分――過ぎた。
文字通りに更地と化した世界を目にしたのは、レインボーロケット団に召集されるまでの約数秒。その数秒だけでも、クセロシキに「技術と好奇心の果て」を知らしめるには充分だった。
人間としての良心と倫理観は捨て去った。
だとするとこの感情は一体何なのか。この疑念は一体何なのか。
フラダリを見て感じるこの違和感は何か。
クセロシキには理解できなかった。
「――彼らは必ずやってくる」
フラダリはその内心に気付かず、続けて語る。
「我々の暴虐を許さぬとして立ち上がった、アサリナ・ヨウタとその仲間たち。彼らは怒りに惑わされず、義のみによって立つだろうか?」
「それは難しい話だゾ、フラダリ様。ああいう年頃の子供は感情で動くもの。目の前でこんなに人を……石にされちゃあ、怒って当然だゾ」
「フラダリ様は
「む……だゾ」
言うなればそれは、菩薩のような。仏のような――神のような。
争いを嫌い、和を貴び、私欲を持たず、何者をも拒絶することなく、ただあるがままにある。そういう人間だけが生き残るべきだと。
そうすれば、ポケモンの数をも減らす必要は無くなってくる。人は争うことなく、有限の資源を分け合い持続可能な社会を生きていける。
紛れもなく、実現不可能な理想論だった。
しかしフラダリは信じていた。極限状況の中にあってこそ、輝くものが見つかるのだと。
――自ら、「輝くもの」を穢しながら。
設定等の紹介
・イベルタルの能力(デスウイング)
ポケスペなどの媒体では単に「体力を奪う技」として描かれるが、当小説においてはアニメ準拠の即死技として扱う。
余談だが、映画「破壊の繭」では、イベルタルによって発生した被害(ピカさん石化、森林一帯石化)はゼルネアスが補修したが、当のゼルネアスはそれで力を使い果たして大樹になって行動不能に。対してイベルタルはコクーンモードになることなく何処かへ飛び立っている。つまり完全に野放し。あの世界大丈夫なのだろうか。
・ドラメシヤ
ポケモン第八世代(ソード・シールド)初出ポケモン。ギラティナに続くドラゴン・ゴーストタイプの珍しいポケモン。いわゆる600族。
作中は、設定上2019年5月時点で四国が外界から封鎖されているため、ソード・シールドはまだ販売されていない。
未進化状態だと全ドラゴンポケモンの中でブービーの種族値(280)、種族値最低はオンバット(245)。最終進化系は超高速の600族だけあって第八世代の対戦環境で大暴れしている。らしい。