携帯獣異聞録シコクサバイバー   作:桐型枠

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空からとびかかるもの

 高松市、高松城付近ホテルの屋上。近隣の建物の中でも有数の高さを誇るその場所で、監視のために配置されていたフレア団員全員を数秒のうちに昏倒させたアキラは、その脅威的な視力をもって桜の馬場に陣取るフラダリたちを観察していた。

 現状は、有体に言って最悪のものだ。周辺に広がる石像の群れ、その数はそのままフラダリによって実質的に殺された人間の数を示している。

 

 

(……落ち着け)

 

 

 彼女は自分自身に言い聞かせるように頭の中でその言葉を反芻する。

 当然、内心は荒れ狂っている。それでも無理矢理に自分を抑えつけることができているのは、何よりもイベルタルの存在が大きい。

 安易に近づいて存在を気取られれば、その時点で「デスウイング」が飛んできて、アキラは石化させられる。

 

 

(殺されることは、無いはずだが……)

 

 

 アキラは基本的に、レインボーロケット団から身柄を狙われる立場にある。あくまで彼らの目的は捕獲、拉致だ。ならば仮にこの強襲に失敗して石にされたとしても、生き残る目はある。アキラがこの作戦に抜擢されたのも、そうした理由が大きい。

 人々はあくまで「石にされた」だけだ。生命力を戻す方法さえあれば、元の人間に戻すこともできる。そのかすかな希望だけが、アキラにとっては正気を繋ぎ止める数少ない理由となっていた。

 

 

「チュリ、リュオン」

「ヂヂ……」

「リオ!」

 

 

 ボールの中から現れた二匹のうち、チュリはどこか心配したような様子でアキラに視線を送っている。

 一方のリュオンはアキラに対して怒りを向けるように、あるいは叱るように、尾をアキラの腿に軽く打ち付けた。

 

 

「あ痛ッ!? な、なんだよ……」

「リオ、ルルル、リオ」

「『急にあんな風になるから心配した』? いや、お前普通にオレの指示に従ってくれ……痛い痛い!」

「リオ、リオッ!」

「『指示には従うけど殺す気は無かった』? 『あの時死ななかったのは私たちが裏で手を回してたから』……っておいお前……いや、責めはしないけどさ……」

 

 

 結果的に言えば、そうして死人が出なかったことが、アキラの精神を崩壊の瀬戸際でつなぎとめる役割を果たすことになったことは間違いない。

 小さく礼を言いながら、アキラは続けて二匹と共に経過を見る。得られた情報は全て、スマホを通してナナセや東雲経由で全員に通達される。フラダリ以外に誰がいるか、イベルタルの感知範囲、「デスウイング」の前兆、射出までにかかる時間等々――元来の電子機器の扱いの拙さもあって読み解くには多少の苦労を要するが、それでも間近で得られたデータというのは大きい。

 

 

(……「デスウイング」、指示から発射までのタイムラグは約一秒)

 

 

 客観的に見て、それはあまりに短い。

 しかし一方、アキラ個人として見るならば、ある程度までは許容可能な範囲だ。加えて、ポケモンにとっては長すぎるとさえ言ってもいい。

 アキラだけが突入するなら、空中でイベルタルに迎撃されて終わりだろう。しかし――と、アキラは先のブリーフィングにおけるヨウタの発言を思い返した。

 

 ――十秒までなら、なんとか稼いでみせる。

 

 ならば、アキラはそれを信じて進むだけだと自分を奮い立たせる。

 

 

「チュリ、そことそこ、それからあそこにも……うん、そう。一直線に、平行になるように糸を引いて……」

「ヂゥ」

 

 

 今回の作戦の要は、チュリの持つ技、「でんじふゆう」だ。

 その効果は、磁力によって宙に浮くことでじめんタイプの技を無効化すること。通常であれば、この技は自分自身だけを浮かすのに使用されるが、一方、この浮遊状態は「バトンタッチ」によって後続のポケモンに引き継がれる。

 アキラはこれを、周辺環境を磁化させたものと捉えた。ここで用いられる「磁化」は、非磁性体――いわゆる石や樹木のような磁石にはならない物体――に磁力を付与する時点で通常の磁化とはニュアンスが異なるが、大筋は変わらない。重要なのは、どんなものにも磁力を付与できるかどうか、の一点のみである。

 

 そして、もう一つ重要になるのが、電磁発勁。アキラはこれを電気を発生させる技術として扱っているが、本来これは電磁パルスを発生させる技術である。

 が、これもまた大筋では変わらない。重要なのは、電磁パルスのエネルギーの形態の一つに「磁場」が存在することだ。つまり電力と同時に、磁力を操ることができるということでもある。

 これに目をつけたアキラは、事前にいくつかの実験を行った。そうした結果導き出された回答が、この作戦。

 即ち、アキラの身体を弾丸に見立てた電磁投射砲(レールガン)――である。

 

 アキラ自身の質量を鑑みると実際のレールガンほどの初速は出ないとはいえ、それによってかかる負荷は生半可なものではない。が、彼女はこれに耐えられると確信した。

 あとはいかに確実にフラダリにぶつけるか、だ。低空でフラダリの指示を待つイベルタル、その背を見つめながら、アキラはその場に全ての荷物を置いた。

 

 

「もしもの時は、任せる」

「………………」

「……ヂゥ~……」

 

 

 その言葉に、リュオンは苦渋を滲ませながら頷きを返す。一方のチュリははっきりと不服を表に出しながら、その言葉に首を振った。

 もしもの時のことなんて考えたくない、そう言いたげな鳴き声だ。

 

 

「や、あのな……失敗したとき、わた――オレは生き残る可能性あるかもしれないけど、みんなは殺される可能性高いって、何度も言ったじゃないか。だからいざって時はヨウタたちのところに行って、いっしょに助けに来てくれよ、って」

「ヂ~……」

「どうやっても絶対成功するってことは無いんだ。だからな? 頼むよ」

 

 

 その胴部を優しく撫でつけると、アキラは元の位置に戻って体内の気を練り始めた。

 

 

「カウント」

 

 

 同時にスマホをタップして全員に通達。アプリと連動したタイマーがカウントを始める。

 一分からスタートしたタイマーに合わせるようにして、気――生体エネルギーが増幅を続ける。

 

 ――このままじゃ気付かれる。

 

 イベルタルの能力は、生命体のエネルギー吸収。であるなら、強い生命エネルギーを持つ者に惹かれるのは当然のことだ。

 

 ――けど、このままじゃ足りない。

 

 しかし、電力が足りない。このままでは、中途半端なところで見つかってしまう上に何もできない状態で「デスウイング」を撃たれてしまう。

 だが、そこで背中を押すのが――ヨウタの言葉だ。彼なら必ずやってのける、その信頼を胸にアキラはカウントがゼロに近づくにつれて、より強く(はどう)を高めていく。

 

 

「……!」

「コォォォォ――――」

 

 

 残り十秒。そこで、アキラとイベルタルの視線が交錯した。毒々しい色合いの羽毛の中にあって、青空のような、あるいは氷のような青い瞳が彼女を射抜く。

 その瞳孔が殺意を示すように鋭くなり、鋭い鳴き声が響いた。

 

 ――九秒。

 

 両翼と尾羽から、攻撃的な赤い光が迸る。

 

 ――八秒。

 

 イベルタルの様子に気付いたフラダリが、反射的に「デスウイング」を指示した。同時、三点に灯る紅の輝きが収束し――。

 

 ――七秒。

 

 その頭上から、雷霆の如く黄金の輝きが落下する。

 狙いすましたようにイベルタルの尾羽を貫いたカプ・コケコは、即座に反転して続けざまに「かみなりパンチ」を両翼に叩きつける。その瞬間、赤い光が霧散した。

 

 ――六秒。

 

 アキラは、まさか、という考えに思い至った。思い浮かんだのは図鑑の「翼と尾羽を広げて赤く輝くとき、生き物の命を吸い取る」という一文。

 

 ――五秒。

 

 つまり、「デスウイング」の発動には両翼と尾羽を広げておくことが必要であり、発動前に潰せる(・・・・・・・)可能性があるという事実。

 ヨウタの自信の根拠は、ここから来ていたのだ。

 

 ――四秒。

 

 リュオンが波動を増幅し、緩やかな動きで精神を統一する。これからやることには強い力よりも繊細なコントロールが必要だ。

 

 ――三秒。

 

 墜落したイベルタルを目にしたフラダリたちが、驚きに表情を歪める。一手目から最強の手札を切ってくる思い切りの良さにか、あるいはカプ・コケコがいるという事実を、意図的にダークトリニティから伝えられていなかったか……いずれにせよ、アキラたちにとってそれが好都合であることには変わりない。

 

 ――二秒。

 

 

「リュオン! チュリ!」

「クアァ……!」

「ヂ……!」

 

 

 アキラはそこで、鋭く指示を飛ばした。

 眼下では、イベルタルとカプ・コケコが壮絶なまでに殴り合っている。咆哮が直接的な破壊力を有する「バークアウト」でイベルタルが距離を取ろうとすれば、カプ・コケコが雷速の「ワイルドボルト」で体ごと吶喊する。

 雷と衝撃波が飛び交うその渦を見ながら、しかしアキラは躊躇うことをしない。

 

 ――ゼロ。

 

 

「オオオォッ!!」

 

 

 そして、起爆剤の役割を果たすリュオンの波動が、アキラの身体を押し出した。

 更にチュリが「でんじふゆう」を用い、屋上に張り巡らせた糸を通じて強い磁場を作り出す。それに「乗る」ような形で、アキラの身体は瞬時に亜音速の領域に到達した。

 直線距離として、約五百メートル。対して、亜音速――マッハ1は、秒速340メートル。

 

 ――結果として、アキラの身体は、わずか一秒強でフラダリのもとへとたどり着く。

 

 

「!!?」

「な――」

「ゾ!?」

 

 

 三者三様の驚きをもって迎えられた「白い死神」は、声の一切を発することなく。

 電磁力の反発作用を利用し、神速の抜刀を行った。

 

 

「――――」

 

 

 更に、「返し」の一閃。

 神道無念流龍飛剣、その崩し。居合による切り上げと直後の振り下ろしを刹那の間に行う、防御不可・回避不可の一刀。常人には一条の光が瞬いたようにしか見えないその二撃により、フラダリの両腕が斬り飛ばされ喉が裂けた。

 一拍遅れて、人間ほどの質量が亜音速でやってきた弊害――衝撃波が周囲を襲う。風圧に翻弄されるクセロシキとパキラを尻目に、アキラは抜刀の勢いのまま体を回すようにしてフラダリの背後へと回り込んだ。そしてその首に刀を突きつけると、冷たい声音でクセロシキたちへ告げる。

 

 

「動くな」

 

 

 動けば殺す――と、直感的に理解させられる重圧を伴う眼光に、クセロシキとパキラの動きが止まった。喉を潰され腕を両断されたフラダリに、抵抗の術は無い。彼らに選択の余地は無かった。

 

 

「卑劣ね……!」

「自分たちが人質取る時は『戦術』で他人がやれば『卑怯』か? 随分都合よく茹だった脳味噌してるな、お前」

 

 

 フラダリはこの状況に、声を発さない。そもそもそれをなすための声帯が断ち切られているのだから、発しようがない。

 頸動脈は外しているが、腕が切断されている以上そう長い時間はもたないだろう。処置が遅れれば命に関わるということは明白だ。

 焦りに身を焼くフレア団幹部を横目に、アキラはフラダリの所持品を漁っていく――が、無い(・・)

 

 

(――どういうことだ?)

 

 

 フラダリもまたトレーナーの端くれだ。ギャラドスをメガシンカさせるほど関係を深めてもいる。そうなると、ボールホルダーが必ずどこかにあるはずなのだ。

 胸元、腰、場合によっては腕……いずれにせよ、イベルタルかゼルネアスを入れているボールがどこかにある。それは間違いない。どちらかが見つかれば、イベルタルをボールに戻すかゼルネアスを解放して状況を五分に持ち込むことができる。そのはずだというのに。

 

 

「――お探しのものは、アレかな?」

 

 

 その声が飛んで来たのは、アキラの「前」――フラダリのその口からだった。

 

 

「な……!?」

「『くさむすび』」

 

 

 その指示に合わせて、アキラの四肢がフラダリの体諸共に、地面から這い出した七色に輝くツタに絡め取られる。

 どれほど力を込めても、あまつさえ斬りつけてもなお切断されないそれが――ゼルネアスの(・・・・・・)技だと気付いた時には、もう遅い。

 

 

「ゼルネアス!」

 

 

 フラダリの一声によって、どこか虚ろな目をしたゼルネアスが、風景を切り裂いて現れカプ・コケコを弾き飛ばす。それだけで、イベルタルが自由になるには十分すぎるほどだった。

 

 

「コオオオオオ――――……!」

 

 

 そして再び、イベルタルが空へと舞い上がる。

 

 

「最初から狙いは読んでいた」

 

 

 フラダリの腕が、再生を始める。元の腕は斬り飛ばされたままに、新たに両の腕が「生える」。あまりに異質なこの光景を生み出したのは――間違いなく、ゼルネアスだ。

 見れば、裂けた風景のその中に、フラダリのものと思しきボールホルダーが放置されている。

 

 

「だからゼルネアスと、私の手持ち全てをあの場所に隠しておいた。イクスパンションスーツの光学迷彩を応用したテントにな。そうすれば案の定、私を一直線に狙ってくれた……良い判断ではあったよ。実に。だからこそ分かりやすい――何か言い残すことは?」

「地獄に落ちろ、外道」

 

 

 ゼルネアスの能力により、フラダリだけは石になりはしない。

 その露骨なまでの勝利宣言に、アキラは憎悪を滲ませ、呪いを込めた視線でフラダリを射抜いた。しかし、彼は動じない。そこに殺意はあっても、所詮は負け犬の遠吠えとしか言いようのない言葉だからだ。

 

 絶対的な優位に立った時、人は小さな余裕が生じる。しかしそれでもなお、イベルタルの「デスウイング」の影響を懸念して離れた場所にいたヨウタがここに駆けつけるには――時間が足りなすぎる。

 

 

「『デスウイング』」

 

 

 死刑宣告に等しい指示が、イベルタルの身体を動かす。

 そして僅か、一秒。収束を終えた紅の輝きが、二人の人間の身体を貫いた――――。

 

 

 








・余談
フラダリのボールの隠し場所、最初は「想定外の場所」ということでズボンの下(股間)でしたがギャグすぎるのでやめました。



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