途中から三人称になります。
明朝。朝日が昇るかどうかという時間帯に、オレたちは動き出した。
道路の崩落は数百メートルにも及ぶ大規模なものだ。この場所だけならともかく、この先も同じようになっていたらまた同じように橋を架けて先に進む必要が出てくる。なので、とにかく迅速に行動する必要があった。
とはいえだ。橋を架けることそれ自体は特別難しいことというわけでもない。
手順としては、まずチュリとしずさんに、向こう岸まで平行に糸を吐いてもらう。更にそこから「クモのす」を使って平行にかけた糸を渡して橋のような形状にする。これで土台が完成。
次に、粘着質の「クモのす」の上に、落ち葉などを撒いて形状を整える。最後に海水なりみずタイプの技なりで水をかけ、最後に「れいとうビーム」で凍らせて完成だ。
簡単なのは、その辺に水でもぶちまけて凍らせるだけ……なんて、例えばアニメなどやってる氷の橋の架け方になるんだけど、アレは大型車が乗ったら多分崩れるだろうし、路面が非常に荒い。自衛隊のトラックだから、多少の荒れ地くらいなら大丈夫だろうけど……「多分大丈夫だろう」なんて希望的観測で、車を傷めるような真似をするのはよろしくない。これから先もどれだけ使うか分からないのだし。
ともかく、そういうワケで先に進むことそれ自体は問題無いのだが――――。
「ここから先は別行動だ」
「「「は!?」」」
突然のその発言に、皆が困惑の声を上げた。
正確にはユヅと小暮さん以外、か。嘘だろ、と言いたげな三人に向けて、オレは自分のバイクに乗り込みながら三本の指を立てた。
「理由は二つ。威力偵察と陽動だ」
「三本立ってんぞ」
「ああ、うっかりしてた」
嘘である。
「けどよぉ、確かにあいつら俺たちが伝説のポケモン狙ってることは知ってるだろうけど……ンなピンポイントに待ち伏せしてるもんか?」
「……考え方を変えましょう……。あの病院でも、分かるように……私たちの敵は……レインボーロケット団だけではなく……裏切った日本人も、含まれます」
「鳴門海峡とルギアを結びつける人はいる、というわけですね」
レインボーロケット団の目的もまた、オレたちを排除することと同時により強いポケモンを――伝説のポケモンを確保することだ。
強力な力はそのまま、この四国を平定した後にこの世界を征服するための力となる。情報があれば欲するのは当然のことだった。
「だからきっとあいつらは来てる。その規模を確認して――潰す」
「いや単独で潰そうとするなよ、無理だろ!?」
「来てるとしても、ウチらと同じ日本人でしょ? あと下っ端? 幹部もいるかもしれないけど……お姉以上に場数踏んでる人いるの?」
「……無理だな。経緯はどうあれ、アキラさん以上に対人での戦闘経験がある人間が……いてほしくはない」
「願望かよ東雲君……いや分かるけどよ……」
まあ分かるが。
オレだってあの体じゃなきゃあそこまでの無茶はしない。というかできない。その経験を簡単に超えられてたら流石にちょっと落ち込む……っていうかヒくわ。
「ってワケで、幹部の一人でもいたら仕留めて海に捨ててくる」
「いえ……あの、捨てないでください……」
「非人道的ですからね」
「……あ、いえ、情報源になりえますので……」
「人道……」
「人道とは……」
「……あくまで『可能な限り』ですので……」
あっ、はい……小暮さんはオレとは違ってそこそこ割り切れてる人なんだったな……そういえば……。
……いや、まあ、オレたちが来るまでずっとレジスタンス活動してきたってなると、そういうこともあったのだろうし、不思議は無いけどさ。自分がやりかけておいて人にやるなとは言い辛いし……。
まあ、それはそれとして。
「ずっと黙ってるけど、お前は何か意見は無いのか?」
「えっ!? ……わ、私はいいわよ、新参者が変に口出すわけにはいかないわ」
「遠慮すること無いよナっちゃん、ウチだって合流してから……あれ、何か言ったことあったっけ……? お姉?」
「………………」
「ナナセさーん?」
「………………」
「レイジくん!」
「……すまねえ」
「ゆずきち……」
そこは、まあ、オレもノーコメントで。
オレもユヅも、その場その場の場当たり的な戦術はともかく、作戦立案に関してはてんでダメだからな……。
と、まあそんなことを思っていたところ、ヒナヨは観念したように一つ言葉を発した。
「……全員で行った方がいいんじゃないの?」
「偵察なのに目立ってどうするんだよ」
「じゃあゆずきちと一緒に行くとか」
「もっともだけど、気は進まない」
「何でよ」
「……何でって」
コイツ昨晩オレの何を見てたんだ?
……ああ、いや、そうだ。まだ昨日は落ち着いてる時の姿しか見てなかったっけ。戦闘中でさえなければ、うちのエースはちょっとユルめの大型犬みたいな性格してるから、脅威度が見て取れるものじゃないんだ。
ともかく、オレはハイパーボールを指して示す。
「――近くにいたら、巻き込まれるからな」
●――●――●
徳島を武力で支配したアクア団。彼らはレインボーロケット団の一員ではあるが、本質的にその思想と相容れることは無い団体だ。
彼らの本質はテロリストやマフィアではなく環境保護団体であり、ヒトよりもポケモンを重視する傾向にこそあるが「命を無暗に奪ってはならない」というスタンスは一貫している。
一見するとアクア団は人間の住環境に対して一切の配慮が無いようにも見える。実際に、彼らが元いた世界ではカイオーガの力を借りて陸地を沈めるところにまで至ったほどだ。しかし、そこから先のアフターケアについて、考えを巡らせていないわけではない。
ホウエン地方には、キナギタウンという「海に浮かぶ町」が存在する。これはアクア団にとっては貴重なモデルケースだった。
この建築様式を取り入れることで人の生きる場所を設け、ポケモンとの濃密な共生を推し進める――それが彼らの本来の目的だ。決して、人を殺すことは含まれていない。
故に、反逆者の迎撃、などと言われて気が進む者がアクア団の中にいるはずも無かった。
ある男が来るまでは。
「ハァーッハッハッハ! よぉ~く見ておけよ、ヤツらは
ゲーチス直属の
彼はレインボーロケット団からの指令を伝えにアクア団の占拠する徳島県庁へと、昨晩突然にやってきた。
指示そのものは簡潔なものだ。「徳島県に入った反逆者たちを追え」。それ自体は、レインボーロケット団としては当然の選択である。もっとも、アクア団の中に気が乗る人間はいなかった。彼らは本来、和解できるならむしろ現地住民とは積極的に争うべきでないと考えたからだ。
そのため、アオギリはレインボーロケットタワーからの追加人員を要請した。モチベーションの低いアクア団員たちに追走させるのは、どちらにとっても得策ではない。
だが――氷見山は、待たなかった。
「ゲームキャラ風情が、人間様に盾突くとはいい度胸だなァ」
彼はそう嘲りの言葉を向けると、見慣れないポケモンをボールから出してアクア団員たちを蹂躙した。
仮にも味方であるというのに、氷見山という男は一切躊躇なく、その場にいた団員たちをボロ雑巾のようにしてのけたのだった。
これほどの暴力性を持つ人間をここで暴れさせるわけにはいかない、とアオギリは苦渋を飲み込んで動員の要請に応じるしかなかった。
――命には替えられない。手に負えないと思ったらすぐに離脱しなさい。
と、一言添えて。
だが、実際にその言葉に従うことができた者は、今はいない。
「ババルクゥ!」
神戸淡路鳴門自動車道。小鳴門橋と隣り合った撫養橋。バリケードを構築して周囲に警戒を送るアクア団員たちのその中心に、一人の男と一匹のポケモンがいる。
一人は筋骨隆々の大男、氷見山。一匹は、何やら筋肉を見せつけるかの如きポーズをキメている見たことも無い赤いポケモン。アクア団員たちの離脱を阻んでいるのは、このポケモンだ。
そのポケモンは、逃げ出そうとする団員を見ると瞬時にそれに追いつき、体に針のような口吻を突き刺し――ものの十秒ほどで、その体液を啜り殺したのだ。
恐怖によって人を縛ることは、愚かだが効率は良い。
自らの力にのみ信を置き、他人と信頼関係を築く気が無いなら――という前提のもとでならば、素早く大勢の人間をまとめ上げる方法として有力だ。
氷見山がそれを理解しているかどうかはどうあれ、彼がたった一晩で自由に動かせる大隊規模の人員を手にすることができたのは紛れも無い事実である。
「ほ……本当に来るのですか、例の反逆者は?」
「あァ? 俺の言葉が信じられねえってのか?」
「そ、そのよ……がッ!!」
口答えをした男の顔面を、氷見山が殴りつける。男の鼻が歪み、血が噴き出した。
「グハハッハア! おい、どうした何か言いたいことがあるんだろうが言い返せ殴り返せオラどうした! できねえのか楽しくねえなあ!」
「ごえッ!」
彼は続けて、男の腹を踏みにじる。
それに口を挟むことのできる団員は、いない。単純に実力が足りないというのもあるが――何よりもそれは氷見山が望んでいることだからだ。
彼は生粋の狂人だ。
人を苦しめ、痛めつけることを好み、より「歯ごたえ」のある人間の心を折り、辱めて傷つけることを更に好む。歯向かってくるならそれも良い。その方が良い。より楽しめるのだから――そのような男に「餌」を与えるようなことが、誰もできるはずは無い。
――誰か、この男をどうにかしてくれ。
味方であるにも関わらず、アクア団員たちはそれだけを願っていた。
そして奇しくも、それを果たすことのできる可能性を――彼らが「死神」と呼ぶ白い影が引き連れてやってくる。
「き、来ました!」
「何ッ、どこだァ!」
その報告に、氷見山の唇の端がつり上がる。ついに来たか、と。
喜色に満ちた彼の表情は――。
「しょ、正面!
「あ?」
ありうるはずのない最も愚かしい選択に、色が抜け落ちた。
「何だそりゃ。馬鹿か?」
近くに立つアクア団員が持つ双眼鏡をひったくり、氷見山は正面に目を向ける。
なるほど、一人――ヘルメットで顔は見えないが、市販品よりもやや武骨な印象のあるバイクに乗った何者かが駆けてくる。
その速度はせいぜいが
確かにこの場所は、周囲四方に遮蔽物の無い開けた空間だ。だが、それでもやりようはある。橋の下や、隣り合った小鳴門橋からの強襲。あるいは海からでもいい。虚を突く方法など山ほどある。それを――。
「本当に、正面だと……?」
氷見山の額に青筋が浮かぶ。更に、「反逆者」と思しき影は次第にバイクの速度を緩め、近くに停車して歩いて彼らの元へとやってきていた。
気付けば、彼は吠えていた。ふざけるな、と。
「コケにしてんじゃあねえぞォ、このクソカスがあっ! マッシブーンッ!!」
「バァルクゥ!!」
マッシブーンの全身が、「ビルドアップ」によって更に一回り大きくなっていく。
「反逆者」は、一人を除けば全員が日本人だ。その全てがポケモンの詳しい知識を持っているわけではないが、「ポケモン」という枠組みからやや外れた異質な外見のマッシブーンを見て――ウルトラビーストを見て、警戒心を抱かない者などいるわけがない。ここまで生き残っている者なら尚更だ。
そういった警戒のもとで練り上げられた戦術を、規格外の筋力によって捻じ伏せ殺す。それが氷見山にとって最高の悦楽であった。
それを、まるでそれにすら値しないとばかりに正面から歩いてなどと。侮っているとしか、彼には感じられなかった。
驚異的な筋力による爆発的な踏み込みのもと、マッシブーンが勢いよく飛び出していく。
その瞬間速度は音速にも匹敵し、ただの人間にはおよそ赤い線にしか映らないほどに凄まじい。
――だが。
「
その影は――少女は。
刀祢アキラは。
直後、莫大な衝撃が周囲に広がっていく。
それは決して、アキラを殴り殺した際の衝撃……などではない。より大質量の「何か」が、衝突してなお破壊されること無く受け止めた衝撃に他ならない。
「な……にィィ!?」
「『ストーンエッジ』」
「ぬぅっ、『アームハンマー』ッ!!」
双方向から放たれた致命の一撃は、両者の間で猛烈な勢いでもって激突した。
途方もないほどの衝撃波が周囲に波及し、突風が駆け抜けてアクア団員たちを押し退け、吹き飛ばす。
(こ……こいつ!)
その中にあってなお、アキラは氷見山から目を逸らさず、一切揺らぐことなく立っていた。
筋肉の塊のような氷見山が吹き飛ばされかけているにも関わらず、である。
「指揮官はお前だな」
彼女は確信をもってそう断言すると、その瞳に燃えるような殺意を宿してその左腰に佩いた居合刀の鯉口を切った。
氷見山は――その様子を見て、改めて、獰猛に笑った。
「だったらァ!? どうする!!」
「斬る」
「上等だァァ!!」
アキラはその様子を見て――しかし、感情を揺らすことは無い。
彼女にとって、戦闘は手段である。そこに喜びや悦楽というものは一切無く、自分が「それ」しかできないことも含めて、ただただ凄惨であるだけの唾棄すべき手段だ。
故に、彼女はこの状況の中にあってなお狂笑を絶やさない氷見山に強い嫌悪感を覚えた。
――こいつはここで仕留めるべきだ。
本能的に彼女はそう察した。
当然ながら、アキラに氷見山の人格を見定めるだけの時間など無かった。しかし、彼女の中には明確な判断基準がある。
――笑って戦うような人に、マトモな人間はいないねぇ。
それは彼女の拳の師の言葉だ。
戦後すぐ、激動の時代を生きて数々の闘士と拳を合わせた人間はそう語る。実体験に基づく言葉は、スポンジが水を吸うようにしてアキラの胸に沁み込んでいる。
――拳法とは常に己との戦いだ。目の前の敵に勝って喜ぶなど笑止千万。それは己の未熟の証と知れ。
――真の賢者はそも戦いを選ぶことすらしない。そうなる前に全てを終わらせるのだ。
――しかし世の全てがそうではない。だから人は力を蓄えなければならない。「手向かえぬ」と思わせることもまた肝要だ。
それらの教えの一つ一つが彼女のスタンスに影響を与えている。
「戦い」を選ぶことそのものが愚かしく。
仮に戦いになったとしてもそこに喜びなど見出すことは無く。
容赦など一切せず無慈悲に敵を叩いて潰す。
戦いとは凄惨であるものだ。そこに見栄えの良さや楽しさなどあってはならないのだ。
常に忌避され、疎まれ、いずれ世から消え去らなければならないものだ。だからこそ、彼女はどこまでもそれが凄惨に映るように戦う。誰もが厭うように、誰もが「こんなことなどしてはならない」と思うように。
「楽しい戦いになりそうだなァァ……!!」
故に、眼前のこの男とは相容れないと、はっきりと感じ取った。
「楽しい戦い」など存在しないと心の中でその言葉をばっさりと切り捨て、男の戦う手段をも斬り捨てんと勢いよく踏み込む。
「ハッハァァ!!」
その瞬間、人間にあるまじき速度で踏み込んでくる氷見山を見て、アキラは瞠目した。
その勢い、その力強さ、まるで力を失う前の自分のような――――。
(いや)
その速度は確かに目を見張るものがあるが、それだけだ。
体重移動や足運びなどの体捌きに見るべきものは無く、普通の人間が普通に行う動作の延長でしかない。高すぎる身体能力に明らかに「慣れて」いないことが読み取れる。
(つまり――イクスパンションスーツ……!)
外部装置で身体能力を強化したということならば、そのチグハグさも当然のものだ。
それと分かれば対処するためにどう動けば良いのかは、アキラ自身が最もよく分かっていた。
「チャム!」
「ぬっ!」
正面からぶつかりあうべきではない。
刀の腹で弾いたボールから現れたチャムが、炎を纏った蹴りで牽制することで氷見山の進行を食い止めた。
「人はポケモンには勝てない」。その大原則は、図らずとも彼女がその身をもって体験している。
あとはその対処法を自ら実践する――つまり、ポケモンをけしかければいいだけのことだった。
「ハッ……! 一瞬で見抜くか、骨がありやがる! オラ行けやケケンカニィ!」
「ケェッカァ!!」
急ブレーキをかけた氷見山が放ったボールから姿を現したのは、けがにポケモンのケケンカニだ。
白い体毛を身に纏ったそのポケモンは、チャムの姿を見るや否や、猛然と突進を始めた。しかし――その瞬間、見計らったかのように、アキラと氷見山の声が重なった。
「――『かみなりパンチ』!」
「『クラブハンマー』ァァ!!」
チャムの眼前で回転したケケンカニが、その遠心力を上乗せした打撃を放つ――瞬間、チャムの拳にまとわりつく火炎がプラズマ化した。
正面から衝突した二つの拳は、ほんの一瞬拮抗した様子を見せたものの、その趨勢も即座にチャムの側に傾き、ケケンカニの胴部を雷光が貫いた。
「ガニィ!」
(読みが深ぇ……!)
相性に劣るケケンカニを出したところで、アキラはその目的が「クラブハンマー」であることは察していた。
問題はそれを放つタイミングだが、闘争を嫌悪しながらそれに対して絶対の才能と適性を有する彼女にとって、他者の「攻め気」を見抜くことなど息をするほどに容易いことだ。あとは最適のタイミングで指示を出すだけで、打ち返すことができる。
もっとも、それは
少なくとも、それが自分たちに匹敵するかあるいはそれ以上のモノがあると察した氷見山は――。
「グハハハハハハハハハハハハハハァッ!!」
――全霊の歓喜と共に、満面の狂笑を浮かべた。
「最高の獲物だなテメェ!! 待ち伏せした甲斐があったぜェ、ハアッハアアアアアァアッ!!」
「…………」
対して、アキラは至極冷然とした態度を堅持したまま、双方の戦力と現在の戦況を分析する。
(……マッシブーンはギルと互角。ケケンカニはチャムの方が上回る……)
誰かは知らないしどうでもいいが、幹部クラスの実力者であることは間違いない。
強い、だがそれだけだ。ウルトラビーストを所持してはいても、伝説のポケモンを持っているわけではない。アキラ一人ならば十二分に抑えきれるし、このまま押し切れる。
何百人といたアクア団員はそのほとんどが撤退して散り散りになっている。
(――そんな状態で「待ち伏せ」だと?)
ありえない、と彼女の
待ち伏せとは即ち、敵に何らかの害を負わせるためのものだ。足止めにしろ、迎撃して壊滅を狙うにしろ、この戦力ではあまりにも中途半端に過ぎる。
単に現地人の戦闘狂を使い潰すのが目的であるにしろ、ほんの二週間余りでこれほどまでに高め上げた実力を持つ人間を使い潰す意義は薄い。
考えうる可能性としては、やはり現地人がレインボーロケット団上層部に助言してルギアを探しに来た――という部分だが、だとするなら氷見山のような戦闘狂を派遣するというのはあまりにも道理にそぐわない。ルギアを弱らせるならもっと強い幹部格を揃えてくるべきであり、隠れて近づいてマスターボールなどで捕獲するというなら、ダークトリニティを派遣した方がまだやりやすい。
(チグハグすぎる)
そこには当然ながら意味がある。
(つまりコイツには、
即ち、ヨウタが健在ではないことは相手に知れ渡っている。
それを察することそれ自体はそう難しくないだろう。アキラ自身もそれがあくまで時間稼ぎであることは理解していた。
だとしても、アキラたちはそれ以降レインボーロケット団の前に姿を見せていない。疑惑の段階で留まっていてこれがその確認であるというのならまだしも、「ヨウタが重体である」という確信を持って行動しているその事実自体がおかしいのだ。
(間違いない。ヒナヨは敵のスパイだ! とすると――――、っ!)
と、考えを巡らせたその瞬間。不意にアキラを影が覆った。
遮蔽物の存在しない橋上においてあまりに不自然なその現象に驚くことなく、彼女は即座にチャムを伴ってその場から飛び退き、指示を発した。
「ギル、チャムと
「!」
それは、通常のバンギラスの倍はあろうかというギルをも更に超える巨体だった。
それほどの規模の質量が、
「 かがよふ 」
――うちあげポケモン、テッカグヤ。
その体長は9メートル超。三階建てのビルにも相当するその威容を見て、アキラは即座に攻撃を決定した。
「『はかいこうせん』!」
「バァァァン……ギアアアアアアァァッ!!」
「『ラスターカノン』!!」
「 か 」
黒色の光線が空を裂き飛来すると同時、どこからともなく発せられた指示に応じたテッカグヤがその口――と思しき窪みから銀色の光線を放つ。
宙で激突した二つの光は互いに絡み合い飲み込み合うと、やがて空間に割れたような音を響かせて消滅した。
直後。次第に、テッカグヤの背につい先ほどまでは存在しなかった人影が浮き出してくる。
「グハハハッ、ざまあねえなあ
「……っ、あああああああ!! くそっ、喋るな! うるさい! お前が下手な戦い方してるせいで、狙いが狂っただろ! 迷彩も……!」
その背に乗っているのは、強い焦りを浮かべた痩せぎすの青年だ。彼はアキラを見下ろしながらも喚き散らすように声を発し、テッカグヤの背で地団太を踏んでいる。
その風体に比してあまりに幼稚な言動に、流石のアキラも困惑した。戦場に出て来て何を言ってるんだこいつ狂ってんのか、と。
(ともかく、撤退も視野に入れて……)
どうあれ、こうなってくるとアキラは圧倒的不利の状況に置かれる。
その前にまずは逃げることを考えなければ――と考え、ちらりと背後に視線を向けた時だった。
「ィィィィ――――――」
遠方から、何か。
途轍もない派手な極彩色の光と共に――何やら、「音」が迫ってくる。
本来ならあと数か月もすれば、恐らくは聞くことになるだろう音響。アキラも耳にしたことがある、しかし本来ならばこのような情勢下で聞くはずのない――花火の音。
それを感じ取った瞬間、彼女は再び動いた。
「リュオン! もう一体来る!」
「リオ……!」
ボールから現れたその瞬間、リュオンは砕けんばかりの勢いでアスファルトを踏みしめ前に出る。
駆けてくる七色の光は、その爆音と共に火炎を弾けさせ――叫んだ。
「レェェ――――ッツゥ! パアアアリィィィィィ――――!!」
三匹目。
ピエロの如き外見を持つポケモン――はなびポケモン、ズガドーンと共にやってくるのは、全身を派手な衣服で飾った若い女だ。
彼女はその外見と同じく派手に飾り付けたオープンカーに乗り込んでおり、七色の「はじけるほのお」を辺りに撒き散らしながら、全速で駆けてくるリュオンを迎え撃つ。
「『だいもんじ』!!」
「KABOOOOOOOM!!」
「『ボーンラッシュ』!」
「ルアァッ!」
本来放たれる紅ではなく、その体色と似た七色に色づいた「大」の字の火炎。およそ致命の一撃となりうるそれを、リュオンは真正面から見据えて、己の波動で生み出した根を用い――瞬時に引き裂いた。
同時に、その進撃を食い止めるため、走り来る車のエンジン部に「ボーンラッシュ」の一撃が叩き込まれる。
「!」
大きく歪み、破損したその車体が走行という本来の役目を果たすことは叶わない。更に、漏れ出したガソリンにズガドーンの噴き出す火花が引火する。
まずい、と思ったその瞬間には、もう火はエンジン部まで到達していた。そして――爆発。轟音と共に車が火を吹いた。
(ただの馬鹿か)
アキラは即座にそう結論づけた。死なせる気は無かったが、そもそもあのようなパフォーマンスをしながら戦場に割り込んできて無事で済むと思う方が間違っている。
そもそも、ガソリンに引火した原因はズガドーンが撒き散らした自分自身の火炎だ。それで爆死したとしても、自業自得としか言いようが無い。
関心を失いかけたその時、不意に感じた波動によってアキラは視線を僅かに上に向けさせられた。
「ヒュウッ!」
およそ生きているとは到底思えない爆発の中にあって、しかし女は生きていた。
爆発炎上するその直前、彼女は――恐らくはイクスパンションスーツの生み出す――常識外れの身体能力を用いて、その場を離脱していたのだ。
一方、爆発の中心にいてなお健在なズガドーンは、そもそもがほのおタイプのポケモンである。多少爆発を受けたところでダメージは無いのだろう。カラカラと嗤うような鳴き声を上げ、アキラとリュオンに向けて歩き出した。
「遊んでんじゃあねえぞ
「遊んで? ハッ、ナイスジョーク! 爆発炎上する車からの脱出! 視聴者が求めてんのは派手な画だって分かってないなぁ!」
ケラケラと笑い声を上げながら自撮り用のビデオカメラを掲げる女――阿曽沼に、アキラは思い切り舌打ちをした。
戦闘狂が来たと思ったら、次は思い通りにならないことがあると子供のように喚き出す癇癪持ち、果ては戦いをエンターテインメイトか何かと勘違いしている物狂いだ。
そのいずれもが、戦闘能力に長けたウルトラビーストを持っている……などと、悪い冗談だと思いたいというのが彼女の正直な気持ちだった。
(包囲された上にポケモンの数は三対四と劣勢……か)
アキラを守るようにして三方に陣取り、背を預け合ってそれぞれの正面に立つポケモンたちを見据える三匹。その肩越しに敵の姿を見やりながら、アキラは小さく右手を掲げる。
「上等だ」
――つまり、ここで敵を釘付けにしていれば、仲間たちの負担が激減するということだ。
敵はウルトラビースト三匹と、後ろに控えているであろう手持ちポケモンたち。
そう自分に言い聞かせ、彼女は一歩を踏み出す。
「――纏めてかかってこい。全員叩き潰してやる」
そこに喜びや悦楽は存在しない。
彼女はただ、闘志と憎悪と殺意で心を満たし、倒すべき敵に狙いを定めた。
・殺意
殺意があるのは確かだが、だからといって殺すとは限らないのではないだろうか?(詭弁)