携帯獣異聞録シコクサバイバー   作:桐型枠

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 三人称です。




ふくろだたきの包囲網

 

 

「え……へ?」

 

 

 彼らにとっては、わずか一瞬のことだった。

 ほんのわずかに目を離しただけだったというのに、そのわずか一瞬の隙を突かれただけで、ウルトラビーストが沈んだ。

 それは、ウルトラビーストの力に強い信頼を寄せる――妄信とも言い換えられる――彼らにとっては、大きな衝撃だった。

 

 ――準伝のカプが全力で戦う化け物だぞ。

 ――規格外の怪物だぞ。

 ――それを、あんな。

 

 ――ただの、ポケモンが!!

 

 

「うっそ」

 

 

 それがこの場で阿曽沼が呟いた最後の言葉となった。

 リュオンの掌を雷電が走り、ポケモンの基準としては極めて優しく――触れるように、阿曽沼の首筋が叩かれる。

 その瞬間、強烈な電気刺激によって彼女の身体が痙攣し、意識を失いその場に崩れ落ちた。

 

 

「――――――」

 

 

 それと同時に、アキラは視線を次の標的に移した。

 まず彼女は手近な敵から排除したが、この中では最も「厄介」なのは間違いなくテッカグヤだ。制空権を取られている今、それを操る三ツ谷を排除するのは優先事項だった。

 それに伴って発せられる殺気は、普通の日常を生きてきた人間が許容できる限界を遥かに超える。

 

 

「て……て、テッカグヤぁ!!」

 かがよふ 

 

 

 ――逃げなければ殺される!

 そう認識した三ツ谷は、ほとんど無意識のうちにテッカグヤを呼び寄せていた。

 手が焼けかけるのにも構わず、彼はその巨体に再び乗り込み、逃走を図った。

 

 

「『はどうだん』」

「ルオオッ!!」

「!! マズいッ、急上昇!」

 

 

 無慈悲に放たれた巨大な青い球体。しかし、その一撃は体内の可燃ガスを用いて急上昇したテッカグヤには、ただ片腕を掠めるのみに終わった。

 体勢を崩されながらも上空数十メートル地点にたどり着いた三ツ谷はほっと息をひとつ吐いて……直後、その目を見開いた。

 

 

墜とせ(・・・)

 

 

 その一言と共に、テッカグヤを追い越して上空に消えていったはずの巨大な「はどうだん」が無数に分裂――そのまま、まるでクラスター爆弾のそれを思わせるような勢いで、真下にいるテッカグヤの背に向けて降り注いだからだ。

 

 

「う、うわっ、うわああああああ!! くそっ、テッカグヤァ! 『ワイドガード』!」

 かご 

「チィ……正面しか見えていないのかカス野郎が! マッシブーン、『ギガインパクト』ォ!!」

「バババッバアアルクゥ!!」

「ギル、止めてくれ。『ストーンエッジ』! チャム、跳べ!」

「グルァァァッ!!」

「シャアアッ!」

 

 

 絶大な威力を秘めた一撃同士の再びの激突に空間が軋み、衝撃で橋がわずかに(たわ)む。

 圧力を伴う爆発的な風圧が二人のトレーナーをも巻き込んでいく。しっかりと地に足をつけて踏ん張って耐える氷見山に対し、アキラはあくまで自然体のままそれを受け流して見せた。

 

 

(こいつ……ッッ!!)

 

 

 その姿に氷見山が感じたものは、やはり歓喜だ。

 これだけの戦闘技術。ポケモンたちの強さ。桁外れの鍛え方! その全てが彼の中の暴力性と闘争本能を刺激する。

 

 殴り合いたい。殺し合いたい。屈服させたい。その涼しげにしている顔を地面に叩きつけて這いつくばらせたい!

 その感情が自身の中の悪性に由来するものだということを氷見山は理解していたが、では、その事実が何に影響するというのか。

 レインボーロケット団の手によって秩序という秩序が崩壊した今、彼は自らの感情を抑圧する気など一切無かった。ただ、己の悦楽を追求するのみ!

 

 

「グ――――ハハハハハハハァーッ! 今だ、行くぞオラケケンカニィ!」

「ガニャァァ!」

 

 

 リュオンとチャムが一時的に離れ、ギルがマッシブーンを止めるために前に出たこの瞬間をこそ、氷見山は好機と定めた。

 ポケモンの人間と比べて遥かに高い能力と、イクスパンションスーツによって強化された膂力を用いた爆発的な加速だ。およそまっとうな人間には対応すらできないほどの速度に、しかしアキラは顔色一つ変えることは無かった。

 

 

「『ベノムショック』」

「ベノノッ!」

 

 

 毒液が散弾めいた勢いで噴出し、一瞬氷見山たちの視界が奪われる。そこで、アキラは残る二つのボールをその場に落とした。

 そこから現れるのは二匹の小さな影。チュリとシャルトだ。その姿を見て、氷見山は――小さく怒りを露にした。

 

 

「期待外れだ! そんな切れっ端のカスみてえな出来損ないのチビに何ができるってんだァ!?」

 

 

 勝手な期待に対しての勝手な失望だ。身勝手なその言葉に、本来ならばアキラは眉一つ動かすことは無いだろう。

 しかし、「それ」は彼女にとっての逆鱗だった。

 

 

「貴様の勝手なものさしで私の相棒を測るな」

 

 

 その瞬間、ただ冷たかっただけのアキラの目に燃えるような怒気が宿る。

 自分のことならば、どれほど罵倒されようと侮られようと受け流せるだけの余裕はある。しかし、苦楽を共にして時に寄り添ってくれる相棒たちが、よりにもよってレインボーロケット団の側についた狂人に馬鹿にされることは、耐えがたい苦痛だった。

 トレーナーの怒りに呼応してチュリとシャルトが動き出し――次の瞬間、氷見山の視界から二匹の姿が消える。

 

 

「何……ッ!?」

 

 

 ありえない、と目を剥く……よりも先に、彼は周囲に視線を巡らせた。

 あれだけ黄色い目立つ毛玉と、動き自体はそこまで素早くは無い浮くトカゲだ。見失ったなどありえない。氷見山もケケンカニも、そう思いたがった。

 

 

「ケャッ!?」

 

 

 その思い込みが、致命的な隙を生む。気を逸らしたその瞬間、ケケンカニの足元から突如として水が噴き出した。

 ただの水ではない。ベノンが生成した、無色透明に近い毒液――「ベノムトラップ」だ。

 「どく」状態か、あるいは「もうどく」状態に陥り、免疫力の落ちたポケモンでなければ通じないが、全身の筋肉を弛緩させる強力な神経毒だ。こうげき、とくこう、すばやさの能力値を削がれ、ケケンカニは一瞬その体をふらつかせた。

 

 

「絡め手かうざってえ! ケケン」

「シャルト、『おどろかす』!」

メ゛~!!!

「おお゛ッ!!?」

「ケガッ!?」

 

 

 それでも攻勢に移ろうとした、その間隙を縫って出された指示に合わせてシャルトが橋の下を「すりぬけ」て突如として氷見山たちの前に現れる。

 曲がりなりにも、シャルト――ドラメシヤはドラゴンタイプである。その体はまだ未発達でありながらも人間のそれよりも遥かに強靭だ。そこから放たれる大声は、もはや音波や衝撃波と呼んでもいいほどのものに仕上がっており、彼らの動きを止めるには充分な威力を秘めていた。

 

 

「今だチュリ、『エレキネット』!」

「ヂィッ!」

「ぬ……くっ!!」

「ケギャァ!?」

 

 

 そして直後、氷見山の背後(・・)から蜘蛛の巣状に織られた電撃が飛来する。

 仮にも人間でしかない彼にそれを耐える術は無い。それを理解している以上、その行動は早い。ケケンカニの前に出て攻撃を押し付けるような形でそれを躱すと、行動不能に陥ったケケンカニがボールに戻るのに合わせて別のボールを取り出す。

 

 

(こいつ、いつの間に……!!)

 

 

 バチュル(チュリ)は小さく非力で、一見すれば戦闘に向いていない。

 その主要な攻撃方法も「充電した電気」であり、発電能力も持っていない。特筆すべきは頑丈かつ柔軟な糸くらいのもの。

 ――――だと、少なくとも相対した人間は認識する。

 

 その本当の強みは、一連の戦いの中で自然と鍛え上げられていった、その「速度」だ。

 元より蜘蛛という生物は跳躍能力に優れている。「こちら」の世界における蜘蛛でも、体長の数倍はあろうかという距離を飛び越えるほどだ。それがポケモンともなれば、脚力は更にその数十倍から数百倍にも至る。他のポケモンのように正面から敵を打ち破る力にこそ欠けているが、氷見山だけでなくケケンカニをも欺いてみせるほどに、チュリの速度は驚異的だった。

 

 そして一瞬のうちに、アキラは踏み込んだ。

 波動によって強化された肉体をバネとして、帯電した鞘を発射台に代えて放つ神速の居合。蒼い稲妻が尾を引いてその軌道を描き――瞬時に鞘に納められた。

 

 

「斬ると言ったぞ」

 

 

 次の瞬間、氷見山の両腕がズレ(・・)、落ちる。

 当然、彼が握っていたボールもまた、開かれることなく――地面に落ちた。

 

 

「う、うお、おあああああああああッ!!?」

「チュリ、糸!」

「ヂュッ」

 

 

 即座に、アキラの声に応じてチュリが糸を放つ。単純な拘束だけでなく、止血も兼ねた強度の強い縛り糸だ。バチュル特有の通電性の高さもあり、その場で打ち込んだ蒼雷を纏った掌底によって氷見山も意識を手放すことになった。

 

 

「リュオン、ギルのフォローに入って!」

「ル!」

 

 

 アキラは倒した氷見山にそれ以上の関心を向けることなく、即座にマッシブーンとテッカグヤに視線を向けた。

 そこでアキラが目にしたのは、変わらず凄絶なまでの殴り合いを繰り広げるギルとマッシブーン、そして――。

 

 

「ッづううあ゛!!」

 

 

 その半身を赤熱化させるほどにチャムによって炙られたテッカグヤだ。

 熱伝導率の高い鋼鉄の身体は頑丈ではあるが、同時にその背に乗って指示を出すようなタイプのトレーナーにダイレクトに熱を伝えてしまうという欠点がある。そのような状態でいつまでも耐えられはせず、三ツ谷は先程の焼き直しのように再び橋上に転がり込んだ。

 

 

「がっ、あ……服が、肌が焼けてる……! 痛い痛い痛い! あああああああ!! くそっ、お前ェ! こんなことして何とも思わないのか!?」

「思わない」

 

 

 ひどく冷たいアキラの返答に、三ツ谷は絶句した。

 

 

「そんな世迷言を口走るくらいなら最初から戦場(こんなところ)に立つな」

 

 

 アキラ自身は、どちらかと言えば善人と言っていい感性の持ち主である。人の悪性を憎み、人殺しを忌避し、他人を傷つける術しか持たない自分を嫌悪する。

 だが同時に、戦うなら躊躇うことはしない。それが敵であるなら――悪と断ずれば、傷つけることも厭わない。そうしなければ自分の後ろにいる誰かが傷つき殺されると、この一連の戦いの中で学んだからだ。

 彼女の感情は、ひどく擦り切れていた。

 

 

「弱者を傷つけて楽しいのか!?」

「笑わせる。誰が弱者だ」

「僕は昔からずっといじめられてて」

「だから何だ? それがレインボーロケット団なんかに手を貸すことと何の関係がある」

 

 

 三ツ谷を仕留めるべく歩みを進めるその度に、彼の口から泣き言が漏れる。

 その様子に、内心の辟易を隠すことなくアキラは一つ舌打ちした。

 

 

「余計なことを喋るな。まずはテッカグヤをボールに――」

「うるさい! 僕のだ! 僕の力だぞ! そうやって最初から何でもできるヤツは僕から奪って見下そうとするんだああああああ!」

「『ブレイズキック』」

「シャモ」

「ヒッ!」

 

 

 次の瞬間、三ツ谷が倒れ込んでいるその数ミリ横を、チャムの蹴りが掠めた。

 アスファルトが砕けて破片が周囲に散らばる。その勢いに圧された三ツ谷は、二の句を継ぐことができずにいた。

 

 

(少しはまともに話ができると思いたかったんだが)

 

 

 激しい被害妄想に、いっそここまで来ると感嘆しそうになるほどの自己憐憫。他の二人と比べると一見まだ会話が成立しそうに見えたが、とんでもない。ともするとこの男が一番話が通じない。この三人は方向性が異なるだけで、皆一様に人の話なんて聞かないということだ。

 

 

(穏便には済ませられないか。なら――)

 

 

 あわよくば話の流れで情報の一つでも漏らしてくれればいい、という希望的観測を持っていたアキラの企ては消え去った。

 こういった人間には論理も倫理も通じない。根本の部分がねじ曲がったまま心に強い芯が刺さっているようなものだからだ。既に折れたものを更に折るというのは難しい。

 ――正攻法であれば。

 

 

まず(・・)指の一本でも折るか)

 

 

 要は、その歪んだ芯からそれ以外の全てに至るまで粉々に叩き壊し、平らに均してしまえばいい。

 こと「壊す」ことにかけて、アキラの右に出る者もそうはいない。彼女はものを壊さない手段を学んでいるが、それは「ものが壊れるまでの閾値を学んだ」とも言い換えられる。ほんの少しそれを踏み越えれば、人間など簡単に壊れるのだ、とも。

 

 状況が状況だ。気は進まないが死なない程度になら仕方ないだろう。そう結論づけてアキラは刀に手をかけて――。

 

 

「――チャム、上!」

「!」

 

 

 感じ取った敵意に応じるように、即座にチャムに注意を促す。

 今のアキラにかつてのような異常な視力は無い。しかし、それを補うように気配に対してひどく敏感になっていた。その彼女の感覚が警鐘を鳴らす。何かが来る、と。

 

 ――果たして、空から矢のように何かが飛び込んでくるのを、チャムは見た。

 その大きさはともかく、速度と勢いは先の戦いの中でもそうは見なかったほどのものだ。マッシブーン……では、ない。あのウルトラビーストは今なお、やや離れた場所でギルとリュオンの二匹を相手に大立ち回りを繰り広げている。

 そうなれば、自ずとどういった人間がやってきたのかは絞り込める。

 

 

「新手か……!」

 

 

 予想はしていたが、当たってほしくはなかった事態だ。これまでもいくつかの作戦をこなしてきたが、そのほとんどが当初想定していた展開とは異なる戦況を辿っている。希望的観測というものは悉く外れるものだな、と彼女は眉根を寄せた。

 戦闘そのものが長時間に及んだこともあって、アキラの体調は芳しくない。が、そんな事情を斟酌(しんしゃく)してくれるほど生温い敵などいるわけはない。後顧の憂いを断つためにも、ここで戦う必要があった。

 

 そうして空からやってくるのは、紫色の影。飛んで、と言うよりは空を裂くようにしてやってくるそのポケモンには、アキラも見覚えがあった。

 

 

「クロバットか! シャルトとベノンは戻って! チュリ、『クモのす』! チャム、『かみなりパンチ』!」

「ヂ!」

「シャアッ!」

 

 

 相性の悪さと危険性の高さから、シャルトとベノンは即座にボールに戻される。他方、残った二匹の行動は素早い。

 撫養橋にも他の橋と同様、タワーとケーブルが懸架されている。チュリの放った「クモのす」はその部分を塞ぐような形で架けられた。

 敵の多くはトレーナーであるアキラを狙って攻撃を行う。そうなれば確実に糸に絡め取られ、少なからず動きが鈍るだろう。仮にそれを避けるために迂回して飛んでくるなら、それはそれで軌道が読みやすく、カプ・コケコとの模擬戦を幾度か行って目を慣らしてきたチャムにとっては獲物も同然だ。

 

 

「――迂回してくる!」

「バシャァ!」

 

 

 そしてアキラの予想通り、クロバットは蜘蛛の巣を迂回して飛び込んできた。

 チャムの腕にプラズマが帯び、鋭い視線が交錯し――激突することなく、通り過ぎた。

 

 

「――!?」

「何……!?」

「ババッ!」

 

 

 通り過ぎて行ったクロバットは、まず即座に三ツ谷を回収し、次いで昏倒して地面に倒れ伏している氷見山と阿曽沼を連れ去り、そのままアキラたちから離れていった。

 肩透かしを食らってしまったアキラとチャム(ふたり)は前のめりのまま転びかけた。

 

 

「っ、こいつ! チュリ、『いとをはく』!」

「ヂィ!」

 

 

 なんとかして逃走を阻止しなければ、情報を得られない。ここで逃すものか――と伸ばした糸は、届く直前でその軌道を変えた。

 

 

「ッ――……エスパータイプ! 『シグナルビーム』!」

「ヂュィィ!」

 

 

 極めて細く、糸のように凝縮した三原色の光線だ。派手さや破壊規模こそ他の技には劣るが、威力自体は決して劣らない。その一撃が直撃したのは、空に展開した透明な壁だった。

 相当に強力なエスパータイプのポケモンの「ひかりのかべ」だ。

 

 

「容赦や加減というものを一切感じさせない惨状ですね。いっそ惚れ惚れしますよ」

「……誰だ」

 

 

 彼女も、その言葉に素直に応じると思っていたわけではない。他ならぬアキラ自身、敵に対しては問答無用で攻撃を行っているのだ。答えることなく逃げられることも、またありうる話だとは感じていた。

 しかし、その予想を覆して、空に広く敷いた「ひかりのかべ」を応用した「道」を歩いて、男が姿を現す。

 

 

「お前は――」

「久しいですね。二週間ほどですか。忘れた……とは言わせませんよ」

「ランス……!」

 

 

 黒い衣服に、顔面に刻まれた深い傷。

 最初に出会った頃と多少の差異こそあれど、その姿は紛れもなく、アキラが最初に戦ったレインボーロケット団幹部――ランスだった。

 

 

 


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