携帯獣異聞録シコクサバイバー   作:桐型枠

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腕力という名のきりばらい

 

 

 

 ――時間は少し遡る。

 

 

「ばーちゃん、ヨウタがいねえ!!」

 

 

 家じゅう探し回ってヨウタがいないことを確かめたオレは、まず先に起きていたばーちゃんにヨウタの行方を問いかけることにした。

 ばーちゃんは、食器を洗いながら「あら」とのんきな声音で呟くと、

 

 

「朝ごはんを食べたら、外に出ちゃったねえ」

 

 

 と、あまり想像したくなかった答えを述べた。

 

 うっそだろ、おい。

 まさか一人で行ったのか、アイツ。いや、そのこと自体は……正直、分からんでもないが。オレ、ここまであんまり頼れるような姿見せてないし。頼りないどころか足手まといだくらいに思われてもしょうがないし、オレ自身どこまで通用するか、とも思ってる。

 けど……。

 

 

「勝手に行くかよフツー……」

 

 

 軽くボヤくが、それで何か状況が変わるってことも無い。ヨウタは先に出た。オレは置いてかれた。それだけだ。

 ヨウタはレインボーロケット団と戦ってきた張本人だ。元々オレが関わってくことについては乗り気じゃなかったし……予測が甘いと感じたのもあるだろう。オレも楽観的なとこ見せすぎたと思うが……打ち合わせも無しに行ったら、もう立ち回りようが無くなるだろ、くそっ!

 

 

「オレも行ってくる」

「お待ちよ」

「うん?」

「どこに行ったかも分かってないでしょうに、変に急いでもしょうがないよ。まずは朝ご飯を食べて、落ち着いて考えなさいな」

「……分かった」

 

 

 渋々ながらばーちゃんの言うことに頷いて食卓につく。

 ごちゃごちゃと色々考えちゃいるが、オレはまだ20にもなってない子供で、経験は浅い。

 亀の甲より年の功とも言う。

 その昔、ばーちゃんは言っていた。焦ったり慌てたりしてる時は、逆に人の忠告をよく聞くべきだ、と。焦ってる人間は目が曇っている。一見不合理なようでも、まず落ち着いて周りを見てみることこそが、本当の近道になる、と。

 

 ばーちゃんが出してくれたのは、ごくシンプルな釜玉うどんとほうれん草のおひたし。それと、冷ました豆の煮物が――二皿。

 そういうことだと解釈して、ボールからチュリとチャムを出してやる。何やら困惑しているようだったが、皿を押して食べていいことを示すと、二匹ともゆっくり食事を始めた。

 

 さて。

 問題はヨウタの行き先でもあり、レインボーロケット団の狙いだ。

 レインボーロケット団は、とっととヨウタを潰したがってる。それは間違いない。

 改めて考えると、あの通話と演説はヨウタに向けたパフォーマンスだったとも思える。ヨウタは賢い子だが、賢いだけでまだ子供だ。どうしても衝動を抑えきれないこともある。オマケに正義感も強い。オレを引き留めちゃいたが、あんな大演説を聞いて黙っていられなかったのはヨウタもだったということだ。あの時は、オレのことも守らなきゃいけないと思ってたから我慢してただけで。……内心半ギレだったんじゃないか、もしかして。

 ともかく、ヨウタはそれにまんまと乗ってしまったわけだ。オレもあの時は完全に沸騰してたけど。揃って迂闊だなオレら。

 

 まあ、そこはもういい。良くないけど、過ぎたことだ。しょうがない。

 問題は、あいつらがヨウタを始末するのにどうするか、だ。人質、陽動、脅迫……何でもできるだろうし、何でもしてくるだろう。一番考えられるのは、オレたちの街を襲わせるとかか?

 

 唯一の救いは、オレの存在がまだ大きくは取り上げられてないことか。サカキも、他のレインボーロケット団員も、オレのことは添え物以上の認識は無いだろう。そこに勝機がある。

 

 

「ごちそうさま」

「お粗末様。ああ、アキラ」

「ん?」

「何をするのも、思うようにしなさいね。それが正しいことなら、後から結果がついてくるものよ」

「……ん、分かった。あんがと、ばーちゃん」

 

 

 もし、間違ってたら?

 ……なんて、考えるまでもないか。それもばーちゃんが言ってた。間違ってたら、反省して次に活かせばいい、と。

 

 よし。迷ったり悩んだりするよりも、まずは行動だ。焦らず慌てず冷静に。それでいて迅速に。

 自分のアタマの出来を過信しないこともそうだ。その上で、正しいことは何か、を考える。

 

 とりあえず、あの連中に好き勝手されることに正しさは無いな、と確信した。

 

 

 〇――〇――〇

 

 

 朝食を終えた後、オレは自室に戻って準備を整えることにした。

 何をするにしても、下準備は必要だ……が、あのままじゃ、何もしないまま外に出てたかもしれない。そう思うと、改めて落ち着いて考える機会というものは絶対に必要だったわけだ。ばーちゃんはいつも正しいな。

 

 まず、服。これは動きやすいものにしておく。普段着ならブカブカのあれでもいいが、いざ戦うってなったらそういうわけにもいかない。

 次に、マフラー。これはオレの顔を隠すためのものであり、ロープ代わりや拘束用にも使える。これは導電糸という特殊な素材を使用した電気を通すマフラーで、本当は別の用途があるのだが、チュリの電撃を通しやすくするためにも使える。ポリカーボネートでコーティングしてあるから頑丈だ。

 それから……いくつか何か仕込んで行こう。食べ物とか、罠とか、武器……になりそうなものとか。戦いは工夫だ。

 

 次に、庭に出て周囲の音を拾うことに注力する。

 ヨウタが出て行ってしばらく経つ。ミュウツーとソルガレオの時ほどじゃないまでも、もし戦いが始まったらそれなりの音は聞こえてくるはずだ。

 幸い、オレは耳がいいほうだし……。

 

 

「っと」

 

 

 聞こえた。海に近い方だ。

 何かが砕けるような、激突事故でも起きたのかと思うような大きめの音。そのことを感じ取ったオレは、即座に逆方向(・・・)に向けて飛び出した。

 

 ロケット団は、典型的な「悪の組織」だ。その行動もいわゆる「悪人」のそれに根差している。

 ああいう連中は基本的に手段を選ばない。街に火を放つ、建物を壊す、その辺の子供ひとり攫って連れてくる……何でもいい。とにかく、ここにはヨウタを陥れるための材料が山ほどある。あいつらがそのことに目をつけないとは思えなかった。

 

 

「急ぐか」

 

 

 戦いが始まったばかりのタイミングなら、仕込みは使わないだろ。こういうのは最後の「詰め」で使うから意味があるんだ。

 

 家の屋根に飛び乗り、空を蹴り、街路樹や信号機、道路標識を足場として飛び移る。

 前へ、前へ。そうしていると、不意にオレの知らない人間の気配を感じた。

 ここもそんなに広くないし、よその人が来ることも少ない。二年以上過ごしてきたのだから、街の人ならだいたいは分かる。

 

 けれどそいつらは明らかに異質だった。仮によそ者だとしても、この状況下で、かつ町はずれにある廃屋に十人も集まってるなんて、ちょっとどころじゃなく考えづらい。

 

 迷わず、廃屋の天井をブチ抜いて降りた。

 

 

「な……なんだァッ!?」

 

 

 突然の事態に、その場にいた十人は全員、驚きで体を硬直させていた。

 呆けているなら都合はいい。一人目。目の前にいた男に崩拳を叩き込む。音を立てて吹き飛び、意識も飛んだ。

 

 二人目。まだ動けていない。掌底を顎に打ち込み意識を飛ばす。三人目は手を振り抜いた勢いで回転、頭に回し蹴りを入れた。四人目は五人目にぶつけるような形で蹴り飛ばすと、壁に激突。そのまま動かなくなった。

 

 

「て……敵襲――――!」

 

 

 と、そこで我に返るものも出始める。

 だが、声を発したその瞬間こそが大きな隙だ。あいつが六人目だ。懐から取り出した小さめのペットボトルの中身をヤツにぶちまける。

 やけに香ばしい匂いを放つ、粘性のある液体――ごま油だ。そのことに気付いた男の顔が青褪める。だが、そこで待つ馬鹿がどこにいる。

 

 

「チャム!」

 

 

 勢いよく、男の後ろに向けてチャムの入ったボールを投げる。と、ボールの中から様子をうかがっていたらしいチャムは、オレの意図を察して即座に「ひのこ」を放った。

 食卓にある他の油に比べ、ごま油は引火するとよく燃える性質があるとも聞く。命を奪うまではしたくないが、だからって容赦する気も無い。しばらく焼けてろ!

 

 

「うわあああああぁーっ!!」

「な……ばっ、来るな!」

 

 

 火を消そうと走り回る団員の男だが、彼はその必死さ故に周りが見えていない。偶然近くにいたせいで巻き込まれかけている男の姿を認めると、オレは対角線上にいるチャムへ指示を飛ばした。

 

 

「こっちだチャム! 『ひっかく』!」

「ピィッ!」

「があっ!?」

 

 

 チャムの足先の鋭い爪が男を捉える。咄嗟にガードしたようだが、同時にそれによってこちらに転がり込むような格好になってしまってもいる。

 この機を逃すつもりもない。腹部に蹴りを入れて吹き飛ばし、気絶させることに成功する。これで七人。

 

 

「く……!」

「逃がすか、このっ!」

「何ッ!? マフラー……――!?」

 

 

 外に向かって走り出した男の腕に、首に巻いていたマフラーをムチや縄の要領で巻き付ける。

 こういう時のために長めに作ってもらってんだ。あとは……!

 

 

「チュリ! 思いっきりやっちまえ!」

「ヂッ!」

「があああああああ!?」

 

 ボールからチュリを出し、マフラーを示す。チュリは遠慮なく放電し、通電性の高いマフラーを通してオレとヤツの身体に電流が走った。

 技の「ほうでん」じゃない。単なるポケモンの生態としての放電現象だ。それでも、オレ以外の人間が食らえば一瞬目が眩むし、しばらく身動きも取れなくなる。そして――。

 

 

「だらァッ!!」

「ごはァ!!」

 

 

 マフラーを引き、こちらにやってきた男を殴り倒した。あと二人!

 

 

「くっ、好き勝手しやがって! 行け、ドガース!」

「ドガァァァ……」

「ベトベター!」

「ベタァン」

 

 

 ――と、流石に一方的な展開もここで打ち止めか。男たちは急いで自分のポケモンたちを繰り出した。

 ドガースに、ベトベター……対して、オレの側にはチュリとチャム。ダブルバトルのかたちになる……か?

 

 

「おい、この女――!」

「ああ、指令書にあった……」

「あ?」

 

 

 実質的なにらみ合いの状況に陥って僅かに余裕が生まれたためか、ヤツらが何か気になることを相談し始めた。

 何だ? 指令書? ……オレのことを知っている? そんなわけないだろ。サカキに会ったのもあれが初めてな上にロクなこと喋ってねえ。

 ……そうか! もしかしてヨウタへの人質に使おうってんだな。だったら話は早い。

 

 

「……捕まえるぞ!」

「おお……!」

「何だか知らんがごちゃごちゃとうるせえッ!」

「「!?」」

 

 

 その最中に、オレは無拍子の一撃を廃屋の()に叩き込んだ。

 田舎には山ほど無人の家屋があるが、そういうものに総じて言えることはとにかく耐久性に難があるということだ。

 長年風雨に晒されている上に手を入れる人間もおらず、窓が割れていたりして内装もボロボロ。そんなところに強い一撃を打ち込めば、どうなるか。

 

 

「チャム、チュリ、戻れ!」

「な、馬鹿! やめ……」

「狂ってるのか貴様ァ!?」

「イカれた侵略者に言われたくねぇな。そのまま埋まってろ」

 

 

 二匹をボールに戻したのち、崩れかけた建物の外壁を突き破って外に飛び出る。

 その直後、廃屋が崩落した。当然、ドガースとベトベター、レインボーロケット団員の男たち二人もそれに巻き込まれる。

 

 元々が木造の腐った建物だったおかげか、衝撃自体は大きくない。オレは安全を確認すると、その場で二匹を再びボールから出した。

 

 

「悪い、二匹とも。もうちょっと頼む」

「ヂヂッ」

「ピィ……」

 

 

 衝撃が小さい、ということは、つまり倒せてない可能性が高いということだ。

 ドガースはともかく、ベトベターは不定形な「ヘドロポケモン」。実体があるとは言っても、物理的手段で与えられるダメージなどたかが知れている。

 

 

「狙いは――あそこだ」

 

 

 指差すのは、ヤツらが埋まっているはずの場所……から、もう少し手前。元いた場所からすぐに飛び出すなんて、そんな愚は犯さない。

 十秒。二十秒。まだ出てこない。三十秒――と、数えたその瞬間に、隙間から汚濁した粘液が這い出した。

 

 

「今だ! チュリ、『でんじは』! チャム、『ひのこ』!」

「ビギィッ!」

「ピィィィィィッ!」

「ベドドド……」

 

 

 先んじて放たれた「でんじは」がベトベターの動きを鈍らせ、元々移動速度の速くないベトベターへ、継続的に「ひのこ」の炎が浴びせられ続ける。

 摂氏千度。例にして示せばろうそくの炎と同じくらい、という程度だが――言い換えれば、赤熱した木炭を常に押し当ててるようなものだ。ダメージは甚大だ。

 何より問題視していたのはベトベターの練度(レベル)だったのだが……ほどなくして倒れたのを見るに、そこまで高いものでもなかったようだ。

 それを見て一つ、オレはある確信を得た。

 

 

「……よし、チュリ、『くものす』だ。出入り口をふさいでくれ」

「ヂッ」

 

 

 ベトベターの出てきた小さな穴に放たれた「くものす」。それは数秒と経たずに、出てきたドガースを捕らえることとなった。

 

 

「ガガガ……!?」

「……やっぱりな」

 

 

 力任せに外そうともがくが、拘束は解けない。

 間違いない。あいつら、大したことないぞ。

 

 チュリのレベルはいいとこ10。ちょっと昨晩試してみたが、オレの腕力でも「いとをはく」で生成した糸はギリ引きちぎれるほどの強度ではあった。

 それでも人の体重を支えることくらいはできるだろうし、その上で動くことくらいは容易い。束ねればもっと強度は増すだろう。

 

 思うに、ポケモンならもっと簡単に拘束は解ける。

 体感……だいたい20くらいか? 倍くらいにレベル差があれば、数秒から数十秒ほど時間をかければ、力ずくで引きちぎれるはずだ。

 だが、アイツはそうじゃない。ってことは、多分レベル自体は……15くらいなんじゃないか?

 

 相手のレベルも自分たちのレベルも可視化できない現実のバトル。正直に言うと、及び腰な部分はあったが……下っ端がこのレベルなら、一対一のバトルであれば、正面からでも打ち破れる可能性が見えてきた。

 

 

「後は任せる。好きなようにしてやってくれ」

「ヂュ……」

「ピョ!」

 

 

 もう抵抗のしようもないドガースに打ち込まれる「ひっかく」や「すいとる」を尻目に、オレの方は崩落した廃屋へと近づいていく。

 上蓋のように被せられていた屋根を蹴り飛ばすと――いた。残り二人――のうちの一人は気絶しているようなので、もうあと一人。その手には何やら見慣れない機器が握られている。

 

 ――通信機か! そのことを察したオレは、即座にマフラーを伸ばして男の首に巻き付けた。

 

 

「ら、ランス様! お助けください!」

「黙ってろ」

 

 

 次の瞬間、オレの全身から電気が漏れ出す。

 電気――正確には、生体電流。拳法における練気の応用により、全身の生体電流を増幅・放出する武当派拳法の秘奥。名を――電磁発勁と言う。

 

 

「ギャアアアアアアッ!」

 

 

 その威力は強力にして無比。マフラーを伝い流れた電流は、ヤツの手の通信機を破壊し、その意識をも断ち切った。

 死には、していないだろう。加減はした。あとは……。

 

 

「――――そこか」

 

 

 ヨウタたちの戦っている、湾岸の道。敵の本隊はそっちだ。

 ランス、とか何とか言ってたな。そいつが敵のアタマか。

 

 

「戻れ、チャム!」

 

 

 きっちりとドガースを倒した二匹のうち、チャムの方を一旦ボールに戻す。

 ここからは一直線だ。しがみついていけるわけじゃないチャムはボールの中にいた方がいい。

 

 その一方で、他の団員たちを糸で拘束しているチュリを呼び寄せる――と、明らかにウチを出る前よりも嬉々とした様子で、オレの頭に飛び乗ってきた。

 

 

「どうしたんだお前」

「ヂッ」

 

 

 頭の上で何やら体を擦りつけている。……なるほど、さては電気だな。

 電源や特殊な設備が無くとも放電できるんだから、チュリは頭の上にいるだけで充電できるんだ。至れり尽くせりってところか。

 

 

「……これ疲れるし、ホントならもっと負担スゴいんだぞ?」

「ヂ♪」

 

 

 分かってるよー、なんてのんきな鳴き声が聞こえた。

 ウッキウキな声出しやがって。いいけどさ、別に。疲れるし負担あるったって、この体になってからは負担もあんまり無いし。

 

 

「しっかり掴まってろよ」

 

 

 そう言い聞かせ、全身に生体電流を巡らせながら、来た時と同じように近くの家屋の屋根に飛び乗った。

 来た時と同じ――とはいえ、来た時よりは幾分か速い。電磁発勁によって全身が活性化したためだ。

 

 体外に漏れ出る電流が、尾を引くようにして宙に軌跡を描く。

 思えば以前、こんな移動方法で街中をうろついてたことがあって、そのせいでUFOだか何だかと見間違えられたこともあったか。

 それ以来、特に必要もなければやってもこなかったが……今の状況だと逆に積極的に使わなきゃいけない状態だな、これ。チュリの充電にもなり、移動速度も上がる。オレが疲れることを除けば利点の方が多いようだ。

 

 

「あん?」

 

 

 と、そんな折に、上空を横切る青い物体が見えた。あれは……何だ? ゴルバット?

 ロケット団の使うポケモンの中でも代表的とも言える……が……。

 

 進行方向は、オレが来た方。つまり、さっきまで戦ってた廃屋。口に何か、機械のようなものを咥えているのが分かる。

 ……放置しておくのも問題か。

 

 

「チュリ、『いとをはく』」

「ヂュイッ!」

 

 

 チュリが勢いよく吐き出した糸が、ゴルバットの足に絡み付いた。

 咄嗟に、ゴルバットが振り向く――ような隙は与えない。チュリの口から切り離した糸を受け取り、オレが手に持ってゴルバットを思いっきり引っ張って駆ける、駆ける、駆ける!

 

 やがて湾岸の道に出た時、オレが目にしたのは大きな破壊の跡と、黒い服を身に着けた男たち。彼らに身柄を拘束されているヨウタと、その中にあって異質な白い服を着ている男……ハートゴールド・ソウルシルバーで目にした、ロケット団幹部の制服!

 見つけたぞ、アイツがランスってヤツか!

 

 

「くたばれ悪党ッ!!」

「な ガッ!!?」

 

 

 叩き込んだ拳の勢いで、ランスは手に持っていたボールを取り落としながら、10メートルもきりもみ回転しながら吹き飛んでいく。

 次は――こっちだ!

 

 

「共ッ!!」

「ごはっ!?」

「ふざ――ごっ!!?」

 

 

 ヨウタを拘束していた男二人にゴルバットを叩きつけ、吹き飛ばす。

 ばきり、という音がしたのは果たして何だろうか。まあいい。目を回したゴルバットと団員たちを置いて、オレはヨウタの前に出る。

 ギリギリだが、なんとか間に合ったようだ。

 

 

「一人で出てくなよこの馬鹿。作戦の一つも立ててから行けってんだ」

「え、あ……アキラ……だよね?」

「オレ以外の誰に見えンだよ。ほら立て、ヨウタ」

 

 

 目ざとくボールが落ちるところを見ていたらしいチュリが、自身の糸で拾い上げたボールをヨウタへ寄越す。

 それを見届けた後、オレは思い切り震脚を地面にぶつける。アスファルトが砕け、全身から放たれた紫電が空気を焼いた。

 

 

「あいつら全員、ブッ飛ばすぞ」

 

 

 言い放つと、目に見えてロケット団共の動きが鈍くなる。後ずさる者も出て来て、やがて「ひぃ」と小さな悲鳴までもが聞こえてきた。

 その声に応じるようにして、比較的冷静な風な声が指示を発した。

 

 

「――――退却だ! ランス様を連れて逃げるぞ!」

 

 

 その一声で、ヤツらは蜘蛛の子を散らすようにして一斉に逃げ出した。

 団員たちの足音が遠ざかっていく。やがて、この場に残されたのは、オレとヨウタ、そして気絶した団員たちだけとなった。

 

 完全に気配が消えたところで、息を吐く。

 ……とりあえず、なんとかなったか。

 

 

「追わなくていいの?」

 

 

 ライ太を改めて表に出したヨウタが問いかける。が、オレは手を軽く振って否定の意を示した。いいよそんなもん。

 

 

「あんだけの人数相手にするのは骨だ。つーか無理」

「あれだけ大暴れしといて……?」

「パフォーマンスだよ、パフォーマンス。ああいう連中は威圧しときゃ勝手に散るさ」

 

 

 人間は、わけのわからないものに対して多くは恐怖を抱く。

 ロケット団の連中は――はっきり言って、衆愚もいいところだ。ボス格や幹部なんかはこうもいかないだろうが、下っ端はチンピラに毛が生えた程度の度量しかない。

 そんなもん、だいたいの組織でそうだけどな。下に行けば行くほど一般人と変わらない。悪の組織でもどうやらそれは通じる話らしい。

 

 

「何より、オレはポケモンに勝てねえ」

「嘘だ! 絶対嘘だぁっ!!?」

 

 

 ……さっきの大ピンチ以上にうろたえてないかコイツ? 心なしかライ太もちょっと訝しげにオレを見てるし。

 

 

「まあ聞けよ。ヨウタ、お前ベトベターに触れるか?」

「……仲良くなれば、毒を発しなくなるらしいから、それならなんとか……?」

「敵のベトベターだよ」

「無茶言わないでよ……あ、そうか」

「そういうこった」

 

 

 知っての通り、ベトベター……と、ベトベトンは、体中が毒の塊のようなものだ。

 懐いた相手には無害になりうるが、そうじゃない相手に対しては「体に触ると猛毒に冒される」なんてポケモン図鑑で明言されてる種だ。オレだって触ったらタダじゃ済まない。

 そんなベトベターは――ロケット団の主力の一匹だ。

 

 

「ベトベターだけじゃない、ズバットの『どくどくのキバ』なんて受けたらそれこそ猛毒に冒されるし、ドガースの『どくガス』に……ゴースのガスなんて、二秒でインド象が倒れるってんだろ?」

「ゴメン最後の話は何?」

「あー、そっか、修正されてんのか。いやそれはいい。ともかくだ。多少身体能力が高くったって、特殊な能力一つで太刀打ちできなくなんだよ」

 

 

 ほのおタイプのポケモンと戦おうと思っても、火傷するか、場合によっては消し炭にされる。

 こおりタイプのポケモンと戦おうものなら、氷漬けにされる。

 でんきタイプのポケモンと戦ったなら、許容限界を遥かに超える電流を流される。

 どくタイプは言わずもがな。ゴーストタイプにはそもそも攻撃が当たらない。飛ばれたら対処のしようがないし、潜られてもそれは同じ。

 ノーマルタイプだろうがドラゴンタイプだろうが、人間よりも遥かに身体能力が高いことには変わりない。生半可なことじゃ、手傷を負わせることすらできないだろう。

 

 

「ポケモンにはポケモンでしか立ち向かえない。オレが殴り倒せるのは徹頭徹尾トレーナーまでだ。ポケモンが出てきた時点で詰むんだよ、結局な」

「そう、なんだ…………いや、それもそれでおかしくない? 何でそんなことが簡単にできるの?」

「後で説明する。それよりも――これ、どうするんだよ」

「ああ……うん、そうだね……」

 

 

 オレたちの周りには、さっき倒したレインボーロケット団員たちが転がってる。

 チュリに拘束してもらう手はあるが、それにしたって人数が多すぎる。

 

 ……知り合いの署長さんに頼むのが一番かな、こういうの。

 

 

 






 
FR・LGより後のシリーズでは、インドぞうや東京タワーなど、現実に即した内容のポケモン図鑑の記述は行わなくなったようです。


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