――奇怪なポケモンだ、とアキラはドス黒い
外見的な異常があるわけではないが、腕がミシミシと音を立てて折れかけているというのに声を上げるどころか表情ひとつ変えない姿を見れば、はっきりとその異常性は認識できる。あまりにも虚無的な有り様には、アキラも思わず眉をひそめたが。
「アキラさん、急いでカビゴンを倒してくれ! あの黒いルギアが来る!」
「――了解」
その言葉を耳にして、彼女は感傷も感情も全て脇に置いた。
この状況で最も優先すべきことは、一刻も早く目の前の敵を排除することだ。考えるべきことは多いが、それに気を取られれば生き残ることはできないし目的も果たせない。言葉や心を交わすのは、敵を殲滅してからでもできることだ。
「ユヅ、手を貸せ! 小暮さん、東雲さん、援護を! 囲んで速攻で潰す!」
「あいよーっ!」
「わ、私は!?」
「遊撃!」
アキラの中で、ヒナヨは
根本的なところで信用などできるはずもなく……というのも勿論含むが、何より問題なのは彼女が戦う姿を見たことが無いことだ。長いこと一緒に戦ってきたヨウタたちや何となくで通じ合えるユヅキとは異なり、戦法もスタンスも得意な戦術も何も分かっていないのだ。これでどう連携を組めというのか。
「面倒なことになってきたな……行け、エレキブル! ヘラクロス!」
「ヘラッ!」
「…………」
アルドスが繰り出してきたのは二匹のポケモンだ。ヘラクロスは通常のポケモンと同様の様相だったが、エレキブルはカビゴンと同じくその全身から黒いオーラを垂れ流しており、ひと鳴きもしない。およそまっとうと言える状態ではないことは明白だった。
「またダークポケモン……みんな気を付けて! そのエレキブルも多分、拘束技は使える!」
「じゃあ優先的に倒せばいいんだよね。分かった! 行って、ジャック!」
「マイちゃん!」
「クヌギダマ!」
対して、ヒナヨはマイちゃんと名付けられたアマージョを、ユヅキはジャックを繰り出して構える。東雲も同様にクヌギダマを出したが、その立ち位置は二人よりもやや後方。ポケモンたちの
また、ナナセはしずさんを出したままで、車内に残したルリちゃんを守っていつでもまた「テレポート」ができるよう守りを固めていた。これでおよそ五対三。圧倒的不利にも関わらずアルドスが退かないのは、ダークルギアがやってくれば全員まとめて始末できると理解しているからだろう。
(……しかし解せないわね。ダークルギアって言ったら、普通デスゴルドが持ってるもんじゃないの?)
そんな中、ヒナヨは僅かな疑問を覚えていた。ダークルギアといえば、ある意味ではシャドーという組織を象徴するダークポケモンだ。シャドーの総帥――デスゴルドという男のため、権力と暴力の象徴として改造を施されたはずなのだから、当然彼が従えているポケモンでないとおかしい。
しかし、ダークルギアが姿を見せたその時、背に誰かを乗せているというようなことは無かったし、周辺に人がいるわけでもなかった。「テレポート」を使用して逃走することを先読みしてきた以上、アルドスがダークルギアを所持していると見て間違いないだろう。あくまで「幹部」であるアルドスが。
(そりゃあ、幹部が伝説や幻を持ってちゃいけないってことは無いけど、ただの幹部がミュウツーとかディアパルに並ぶような伝説持ってるって、おかしくない……?)
それは、他のメンバーよりも知識量に優れている彼女だからこそ気付けた違和感だった。
戦術に影響するというようなことこそ無いが、だからと言って放置していていい違和感ではないのも事実である。何か、その要素がレインボーロケット団にとって大きな意味を持つような気がしてならなかったのだ。
「ヘララアアァ!」
「おい何ボーッとしてる! 来るぞ!」
「――――! ごめん!」
しかしその思考は、途中で打ち切られた。ギルがカビゴンを、ジャックがエレキブルを抑えに行っている段階で、ヘラクロスは野放しになってしまっている。指示を行えずに思考に耽っているヒナヨは格好の標的だった。
――チャムを出して援護を……。
ギルの指示に集中し、連続しての襲撃に備えるためにも他のポケモンは出していなかったアキラだが、こうなると致し方ないかと僅かに気が逸れる。
アマージョはくさタイプ。むしタイプのヘラクロスを相手にすれば、当たり所によっては一撃で「ひんし」にされかねないのだ。戦線を維持するためにも増援を送る必要があるか。
「あんた邪魔!」
「マジョッ!!」
――その想定は、良い意味で裏切られた。
くい、とヒナヨが指を持ち上げる動作を取ると同時にマイちゃんがその両足にエネルギーを込め、掬い上げるような形の「トロピカルキック」を放つ。それによってヘラクロスの頭がカチ上げられ、「メガホーン」のために角に集約されていたエネルギーが行き場を無くし、拡散した。
その一瞬を見定め、ヒナヨは続けてヘラクロスの顔面をしっかりと指差した。
「アマッ!!」
マイちゃんはそのままの勢いで、ヘラクロスの顔面に足先を当てがい、押し倒すかのように後頭部を地面に叩きつけた。
自然、その足はヘラクロスの顔面に付きつけられることとなり――。
「『ふみつけ』! 『ふみつけ』! 『ふみつけ』!!」
「アママママッ!」
「ヘナッ!?」
そこから続く連撃は、あまりにも苛烈だった。
無理やりレインボーロケット団に従わされている現状、ヒナヨのストレスは常軌を逸したものがある。鬱憤を晴らすかのようなその指示には、「倒した相手を足蹴にして高笑いで勝利をアピールする」アマージョもこれにはやや苦い顔を見せた。やることはやるのだが。
「……エレキブル、纏めて葬れ! 『ダークストーム』!」
「しずさん、『ワイドガード』……!」
「ブルルル……」
「ク」
二匹の静かな鳴き声とは対照的に、二つの技の激突は極めて激しいものだった。
エレキブルの放出した、常人にすら見えるほどに濃密になったドス黒いオーラが、嵐と化して破壊を撒き散らす。
対して、しずさんはその身に纏った水泡を勢いよく膨らませ、放出して水流の壁を形成することで「ダークストーム」の勢いを削ぐ。
「行くよ、ジャック!」
「ジャラララァッ!」
直後、ユヅキはジャックを伴いわずかに薄くなった水壁の中から、濡れることすら厭わず水流の勢いをむしろ逆用するかたちで飛び上がる。
「ボディパージ」を利用した軽量化だ。虚を突くかたちで上を取られたエレキブルは、自我が希薄であるが故に
「エレキブル、対応しろ! 上に向かって『ダーク――――」
「『じならし』!!」
「ジャララジャラアッ!!」
アルドスの指示を遮るようにして、ジャックはエレキブルごと地面を「均す」ように両腕を叩きつけた。
「ブガッ……」
エレキブルの身体が地面に叩きつけられる、その一瞬。金属質の鈍い光が瞬き――エレキブルの全身に突き刺さる。クヌギダマが生成した鋼鉄の「まきびし」だ。
「ガッ……ガガッ……」
「これはっ……『まきびし』だと!? ……貴様か!」
「……どうだろうな」
「クヌ」
東雲は、あえてそれに否定も肯定もしなかった。
これだけの多人数戦闘ともなれば、少人数側に要求される集中力は尋常なものではない。どうしても警戒の網から抜け出す者は出てくるものだ。
警戒されずにいれば動きやすくなり、いざ警戒され始めれば他の者への注意が散漫になって自分以外が動きやすくなる。クヌギダマが未だ進化していない状態という点も、それはあえて進化していないのか――と、アルドスの疑心をより強く掻き立てる効果を生んでいた。
アルドスは小さく歯噛みすると、周囲を見回して呟く。
「厄介な連中だよ、貴様らは……あの
「――何ですって?」
思わず、ヒナヨは攻撃の手を止めてその言葉に聞き返していた。「シャドー最大の敵」というワードに聞き覚えがあったからだ。
そこでようやく、先に得た情報と推論が彼女の中で明確な繋がりを持ち、一つの結論をもたらしていた。
「あんたたち、もしかして――」
「『じしん』」
「グルル――ゴアアアアアアアアアアッ!!」
「ゴォ―――――――」
と。
次の瞬間、ヒナヨの問いかけを断ち切るように轟音が響き――同時に、非現実的なまでの速度で、カビゴンが木々をなぎ倒しながら遥か彼方へと飛んで行った。
それと同時に、この場にいる人間全員の頭に、疑問が浮かぶ。――今のは本当に「じしん」か、と。
「じしん」と言えば、超高威力、かつ広範囲に影響を及ぼす、ある種の広域殲滅技だ。これほど近い場所にいれば仲間も巻き込みかねないことから、使用は躊躇われる……はずだった。しかし、結果はカビゴンを吹き飛ばした、それだけ。強い違和感で困惑する一行に、アキラは鋭く声を飛ばした。
「『テレポート』だ。急げ!」
「え、あ……いや、待って! まだ聞きたいことが!」
「こいつらがまともに答えるわけがあるか!」
アキラは既に、幾度か敵と言葉を交わしている。
例えばそれは、地下工場のバショウとブソン。フレア団のアケビ。先程戦った氷見山や三ツ谷などだ。結果は全て、彼女の心の暗い炎に薪をくべるだけに終わった。
最早問答などするだけ無駄だ、と彼女の荒み切った心は結論づけていた。
それを差し引いても、まずこの場を早く立ち去らなければ、ダークルギアがやってきて全滅させられかねない。
「……ルリちゃん、『テレポート』!」
ヒナヨは歯噛みしつつも、どうにかその理屈を飲み込んでルリちゃんに「テレポート」を命じた。
次の瞬間にはアキラたちの姿は消え去り、後にはアルドスと彼のポケモンたちだけが残された。
「……私一人ではここまでか」
伝説のポケモンを従えた襲撃者という圧倒的優位な立場にありながら、手傷を殆ど負わせられずに戦闘を終えてしまったという不甲斐なさに、彼は眉根に深く皺を刻んだ。
「シャドーの
ダークポケモンは強大な力を持つが、命令されなければ動けない分多数の敵を相手にするのには向いていない。
ダークポケモンとは言うなれば「兵器」なのだ。「操縦」される限り絶大な力を発揮するが、そうでなければ置物も同然だ。ダーク技によってポケモンとしての技を封じ個性を殺すのも、画一化によって「性能」に大きな差が出ないようにするためである。
こうなるのなら子飼いの部下でも連れてくるべきだったか、とひとりごちて、アルドスは手持ちのオオスバメをボールから出し、その足に掴まってレインボーロケットタワーに向けて飛び出した。
〇――〇――〇
アルドスから逃げ延びた一同が腰を落ち着けることができたのは、約一時間後のことだった。
到着したのは、鳴門市から町ひとつ分離れた位置にある山間の温泉施設だ。近隣に神社や工場といった施設とそれに併設された合同の避難所などがあることから、人の出入りもそれなりにあるのの、幸運なことに現在の時間帯に利用者はいなかった。
それ自体は喜ばしいことではあるのだが――しかし彼らの間に漂う雰囲気は暗く、重かった。
数少ない、かすかな
普段の様子が変わらないのは、せいぜいアキラとユヅキくらいのものだろう。が、アキラはそもそもが辛気臭い性格の上にやけに冷徹だ。雰囲気の改善に一切寄与するものは無かった。
「――ちょっと、話があるんだけど」
そんなアキラに近づく恐れ知らずが一人いた。ヒナヨだ。
彼女は先の戦いを思い返しながら、チュリを頭に乗せベノンを膝に乗せ、シャルトに首に巻き付かれながら、なぜかヒナヨの(強制的に手持ちに入れさせられている)モノズを手入れしていた。
「……こいつのことか? お前のポケモンじゃないか。自分で手入れしてやれよ」
「そうだけど。……いや、そうじゃなくって、その話じゃないの」
道理だが、心底嫌だった。
何せこのモノズは怨敵としか言いようのないゲーチスに押し付けられた監視役だ。隙さえあれば放り出したいというのが本音である。
問題はそこではなく。
「あの『じしん』、何だったの?」
まず最初に抱いた疑問はそれだった。
どちらかと言えば、トレーナーとして……ゲームとしてのポケモンユーザーとしての好奇心に由来する質問だ。アキラは、何でもないことのように応じた。
「蹴りで直接全エネルギーをぶち込んだだけだ」
「え?」
「出力の向きを下向きから横向きに変えただけだ」
「は?」
何を言ってるんだこいつは、と言わんばかりにヒナヨは困惑の表情を浮かべた。
「地面を揺らすから『じしん』でしょ……?」
「『そういう名前の技』だろ。地面が揺れるのは結果だ。過程が変われば、どういう風に結果が生じるかも変わる」
ビシャスとの戦いやアクジキングとの戦いを考えると、それはより顕著だ。
ギル――ビシャス戦当初はまだアキラのポケモンではなかった――が使った「じしん」は、周囲一帯の建造物を破壊するほどの威力を秘めていたが、ポケモンよりも耐久力の低いアキラを重傷に陥れる
対して、ビシャスの乗ったロボットやアクジキングに対して使用した時。これは彼らの上に乗って直に攻撃を行ったため、破壊規模こそ先に挙げたものよりも小規模だが、相手を限定している分威力はこちらの方が上だった。
アキラは、「じしん」という技を、足底から放出する破壊エネルギーを、地面を通して間接的に相手に注入する技だと捉えている。
結果、「じゃあ相手に直にぶち込めばいいじゃん」として、本来下に向けるべき足を横に向けた。そうした果てがあのカビゴンの吹き飛びようである。
「……ま、まあ……だいたい分かったわ。応用技ってことね」
「ああ。それだけか?」
「ううん。もう一つ。何であの時私の話を遮ったの?」
ヒナヨはしばらくそれについて考えていたが、結局まとまりきることはなかった。
技に関してはトレーナーとして、あるいはゲームのポケモンユーザーとしての知的好奇心という面が強いが、もう一点はともするとレインボーロケット団が戦いを起こした理由、その根幹に関わってくることもありうる重要な質問だ。ここで遮られるというのは、ヒナヨにとっては不本意だった。
「無意味だからだ」
「むい……ッ!」
「時間が無いってのは分かってただろ」
「そうだけど……」
「あっちからしたら真面目に答えてやる必要も無いんだ。時間稼ぎされたり、最後の最後に意味無いのに無駄に意味深なこと言われて混乱させられたりしたくない」
「で……でも、もしかしたらレインボーロケット団の成り立ちとか、何でこの世界に来たのかとか分かるかもしれないでしょ?」
「それこそ無駄だ」
アキラは、ばっさりと切り捨てた。
「今あいつらがやっていることだけが全てだ。どんな高潔な理想を持ってたとしても、どんなに同情すべき過去があったとしても、今あいつらが何百人も何千人も虐殺してる事実は変わらない。一秒でも早く殲滅する以外に手の施しようのない連中の事情なんて考えて、何の得があるんだ」
殴りにくくなるだけだ。そう言って、アキラは苦々しげに目を伏せた。
一方、ヒナヨはアキラから見えない首から下に大量の冷や汗をかいていた。
アキラの主張は正論だ。正論、だが、それは乱暴な語調に言い換えれば「問答無用、敵は死ね」である。
言うまでもないことだが、ヒナヨは
「……こんなところかな」
戦々恐々としているヒナヨをよそに、アキラはモノズの手入れを終えた。
心なしか体表の鱗や毛はつややかになっており、モノズも上機嫌になっていた。
「なんか手際良くない……?」
「教えてくれた
アキラは、回復中のチャムやリュオン、ギルのボールが据えられているメディカルマシンを見た。
「……もっと手間がかかるからな」
「あっ」
比較的短毛のリュオンはともかくとして、チャムは長い羽毛を持っているためやや手入れが難しい。
ギルなどは巨体故に、その手入れの手間は言うまでも無い。その上いわタイプだからか風呂に入ることも嫌がることすらある。冷たい水を浴びることやシャンプーが目に入ることも苦手であり、アキラもその辺りのちょうどよい塩梅を見出すのにだいぶ苦慮したものだった。
「じゃあついでに聞いてもいい?」
「え? ああ」
「その膝の
「は……はっこう……?」
「あれ、知らない? 随分前に配布があったのよ、色違いベベノム。あーかわわ」
「ベニュ」
「おいあんまり強く突っつくな。毒出るぞ」
「大丈夫よ大じょボボボボボ」
「あ、ベノン!」
「~♪」
「苦酸っぱい!!」
ベベノムは種族単位でイタズラ好きなポケモンだ。ベノンはアキラに対しては極めてよく懐いており、イタズラも本人の意図ではしない。
が、他の者に対してはそうでもなかった。
楽しそうにくつくつと笑うベノンだが、対するヒナヨは――――また、笑顔だった。
「え」
「は……ほっほ、ベベノムのナマイタズラ……いい……」
「な……何で恍惚としてんだよお前、頭大丈夫か……?」
「逆に聞くけど何であなた普段平然としてるの? もうちょっと興奮しない? するでしょ? 本物のポケモンよ?」
「できる環境じゃねーよ……どうにかしてるぞお前……」
ドン引きするアキラだが、ヒナヨの素は本来「こう」である。
そしてレインボーロケット団に情報を流さなければならないとはいえ、本質的なところで言えば彼女はアキラたちの陣営の人間のつもりだ。加えてごく短いとはいえ純粋な休息時間である。環境的にはレインボーロケット団の陣地にいるよりもよっぽど良い。気も抜けるというものだった。
「そこの見たこと無い子も触ってみたいしバチュルもナデナデしたいわ! どんな手触り? やっぱりフワフワ?」
「ヂ……デュイ……」
「フワフワだけどやめろ、すごい勢いで迫ってくるな! ビビッて電撃出しちゃうぞ!?」
「いっそ浴びせて! 体感したいわ!」
「オイこいつやべーぞ! ユヅ、ユヅーっ!!」
奥更屋ヒナヨ。彼女は熱烈なポケモンファンであると同時に――そこから更に一歩踏み出してしまった、「私もピカチュウの電撃浴びてみたい!!」という類のややネジの外れた
閑話休題。
ともあれヒナヨの追求からなんとか逃れたアキラは、ポケモンたちの回復を待って全員をトラックの周辺に集めることにした。
思惑は最悪の形で裏切られたが、だからと言っていつまでもここにいていいわけではない。新たに対策を考えなくてはならないからだ。
「提案がある」
普段なら真っ先に提案を行うのはナナセだが、ここに来て最初に手を挙げたのは、皆を招集したアキラだ。
集めたからには、という責任感もあるが、何より他のメンバーはほとんど意気消沈していて提案どころの話ではない。まずは自分から切り出してみて、反論を受けるなりして作戦をブラッシュアップして行こうという意図もあった。
「部隊を三つに分けて行動したい」
「は?」
「冗談だろ!? 何だその自殺行為!」
「……どうするつもりなのか、聞かせていただけますか?」
「伝説のポケモンの力を借りない限り……オレたちは勝てません。いっそ手分けして、少人数の方が隠密行動も取りやすいし動きやすくなるかも、って」
無論、それ自体は紛れも無い素人考えだ。
戦闘の可能性は常について回る。下っ端を倒すこと自体はそう難しくないが、物量で押されればどうしても消耗は激しくなる。幹部を倒せる程度の実力が身についたとはいえ、それだけでは圧倒的な数的差を解消するにはやや心許ないのだ。複数人数で行動した方が安全ではあるし、何より、メディカルマシンは一つしかない。回復したくともできないという状況がどれほど辛いかは、戦いのごく初期を経験しているアキラにはよく理解できていた。
「補給も無し……戦力も分散されるとなると……危険は避けられませんが……」
「ウチも仕方ないと思うけどなー。リスクは高いけど、それで動かなかったら何にもならないでしょ?」
「それはそうだが……しかし、回復手段も無いのではリスクが高すぎる」
「それについてはちょっと考えが。ロトム、いいか?」
「はいロトー」
「レインボーロケット団の連中が持ってる機械を複製したい。できるか?」
そう言って、アキラはとある機械――以前、アクジキングとの死闘を経て手に入れた、レインボーロケット団製の「ポケモン預かりシステム」に転送するための装置を提示した。
「それは……たしか、アクジキングを転送した……」
「これはあくまで一方通行ですけど、双方向にポケモンをやり取りできるようなシステムがあれば……ロトムを基点に、みんなの通信端末を通してポケモンのやり取りができるようになるかもしれません。そうすれば、メディカルマシンは一つあれば十分ってことになる」
「……なるほど、確かに、似たようなシステムなら、今のカントーとガラルにあるよ」
横から口を出してきたのは、作戦会議ということで多少無理を押してでも起きてきたヨウタだ。
彼は痛む胸を抑えながらも、なんとかアキラの言葉に注釈を加えていく。
「あるのか?」
「うん。ポケモンボックスって言うんだけど」
「どこでもポケモン預かりシステムに接続できる拡張機器ロト。貴重品だから、どこにでもあるわけじゃないケド……
「じゃあそれ奪おう」
「……そういうことでしたら、確かに……現実味は、出てきますね」
その状態ならば、ある程度までチームを分けたとしても行動はできるだろう。なるほど、と納得を示して、改めてナナセは思考の海に沈んだ。
それができるのなら、ある程度できることとやれること、そしてやるべきことは徐々に定まってくる。
「……チームを三つに分けましょう」
「三つ、ですか」
「一つは……ヨウタ君と、朝木さん……」
「え、俺!?」
「と、僕……?」
「はい……ヨウタ君は、こうして連れ回してしまっていては……いつまでも戦線復帰できません。一度、本格的に静養する必要があるかと……」
「ああ、そういう……」
ある種の主治医であるところの朝木が、付きっ切りでヨウタを看病する。それによって戦線復帰を急ぐ、というのはなるほど、理解できる話だ。これについては、反論する者はいなかった。
「ま、任せとけよ! ……治すのは本人次第だけどさ」
「最後が余分だな……」
「……もう二つのチーム、ですが……」
「それについては、僕から少し……」
「ヨウタくんから?」
「うん。伝説のポケモンって言うなら、
「それは分かるけど、それ、どうやって? この世界には祭壇も笛も無いのよ?」
「だから、その辺りは賭けだね……こっちの世界に何かウルトラホールに関わるような伝承でもあれば、それを通じてほしぐもちゃんにエネルギーを供給できる可能性もあるんだけど」
「じゃあ、そういうのは私が――――」
「いや。ユヅと東雲さんと小暮さんで行ってほしい」
「む?」
「……え」
なるほど、ポケモンに対する深い知識を持つヒナヨは、ウルトラホールが開く可能性のある場所を探すのに向いていると言えるだろう。
しかし、アキラはそれを遮って東雲たちを指名した。
「知恵を出すだけならスマホ越しでもできる。ユヅ、いいか?」
「オッケー!」
「ちょっ……即決しないでよゆずきち! もうちょっと考えよ!?」
「でもお姉の言ってること自体はもっともだよ? それに何か考えあるんでしょ?」
「ああ。メガストーンとキーストーンを探す」
そう言うと、アキラは自らの左手に嵌めた指輪を掲げた。
この中でキーストーン及びそれに類する機能を持ったアイテムを所持しているのは、今のところアキラとヨウタ、そしてユヅキの三人だけだ。その上、ユヅキはメガストーンを持っておらず、アキラも対応するメガストーンはルカリオナイトしか所持していない。ナナセにはあぶさんが、東雲にはカメールが。朝木はメガシンカ可能なポケモンが手持ちにいないものの、それでもいずれ手に入れる可能性はある。簡易的な方法になってしまうが、それでも一つの手間だけで急激な戦力増強が見込めるのだから、手に入れない理由は無かった。
「そのためにはやっぱり、レインボーロケット団の基地に攻め込んだりこっそり潜入する必要がある。さっき言ってた『ポケモンボックス』も、もしかするとあるかもしれないしな。できるだけ戦力的に充実してるオレたちが行った方が確実だ」
「……そうですね。現状はアキラさんたちに組んでいただくのが、確実ではあります……」
「え゛」
オイオイオイ死ぬわ私、などと内心で状況を茶化しつつも、ヒナヨの頭には強烈な不安感が付きまとう。
これは完全にバレているやつなのでは? 二人きりになって殺しに来るやつなのでは? そうする理由があるだけに、彼女としては強い恐れを抱かずにはいられなかった。
「では……動けるようになったら、ヨウタ君たちも……伝説のポケモンの生息地候補を探してみてください……」
「うん、分かってるよナナセさん」
「アキラさんたちも……連絡は密に、可能なら……アイテムを入手次第、一旦合流をお願いします……」
「了解です」
「りょ、了解」
各々のやるべきことを頭の中に入れた彼らは、誰からともなく立ち上がり始めた。
その中で、東雲は神妙な表情で他の面々へ小さく告げる。
「……皆、どうか気を付けてくれ。危険であることは承知の上だ。だが、それでも……勝つための無茶はしてもいい。だが、どうか無理だけはしないでくれ」
「……東雲さん」
「これ以上、親しい人間の死にざまなんて見たくはない」
東雲は、苦渋に満ちた表情でそう告げた。
彼の心の中に浮かんでいるのは、最初の襲撃に際しての自衛隊駐屯地での光景だ。
凄惨な死にざまをした者もいるし、死体すら残らなかった者もいた。過ぎたこととはいえ、それは彼の心を強く縛り、締め付けている。そのことを理解している一同は、当然とばかりに手を前に差し出した。
「みんなで戻りましょう」
「うん。みんなで」
かつん、と拳同士を打ち付け合い、彼らは旅の無事を誓い――あるいは、互いに祈りを交わした。
現在の手持ちポケモン(数値は目安です)
〇刀祢アキラ
チュリ(バチュル♀):Lv48
チャム(バシャーモ♂):Lv55
リュオン(ルカリオ♀):Lv57
ギル(バンギラス♂):Lv73
ベノン(ベベノム):Lv32
シャルト(ドラメシヤ♀):Lv26
〇アサリナ・ヨウタ
ライ太(ハッサム♂):Lv81
モク太(ジュナイパー♂):Lv79
ワン太(ルガルガン♂):Lv80【たそがれのすがた】
ラー子(フライゴン♀):Lv77
ミミ子(ミミッキュ♀):Lv75
マリ子(マリルリ♀):Lv59
ほしぐも(コスモウム):Lv70
カプ・コケコ:Lv75
〇朝木レイジ
ゴルバット♂:Lv23
ニューラ♀:Lv29
ジャノビー:Lv22
ウデッポウ♂:Lv25
〇東雲ショウゴ
カメール♂:Lv35
ワシボン♂:Lv31
クヌギダマ♀:Lv33
ヒードラン♂:Lv45
〇小暮ナナセ
あぶさん(アブソル♀):Lv36
しずさん(オニシズクモ♂):Lv39
まぐさん(マグマラシ♂):Lv32
もんさん(モンメン♀):Lv34
〇刀祢ユヅキ
ルル(ヘルガー♀):Lv42
メロ(メタング):Lv36
ロン(ハリボーグ♂):Lv35
ジャック(ジャランゴ♂):Lv38
〇奥更屋ヒナヨ
ルリちゃん(サーナイト♀):Lv44
ペルル(エンペルト♂):Lv41
マイちゃん(アマージョ♀):Lv43
モノズ♀:Lv10