アキラは機嫌が悪かった。猛烈に頭が痛いからだ。
本人は与り知らないことだが、彼女はつい数秒前まで脳に直接他人の記憶を書き込まれるなどという尋常ではない経験をしている。事実として記憶と自意識の混濁は以前よりも激しくなっており、施術を途中で中断されたことで、脳への高い負荷が加わり鼻や目から血が流れてもいる。
とはいえ今は
目的は定まっている。自分は自分だという確かな意志がある。そして何より、消えることなく燻り続ける黒い炎が胸の内にある。
だったら、体調が優れなくとも体のどこが痛くとも今合致した「やりたいこと」と「やるべきこと」を成し遂げるために動く。ただそれだけでいい――と、彼女はギルに指示を出した。
「ギル、普段被害を広げないように頑張ってくれてるけど、今はいい。全力でやってくれ――『ストーンエッジ』!」
「グルルルルル……!」
唸り声と共にギルの生体エネルギーが渦を巻く。常のそれよりも遥かに多量、かつ力強い奔流は、日頃彼が創り出すそれよりも遥かに巨大、かつ頑強な岩塊をその場に生成してみせた。
「ガアアアアアアアアアッ!!」
そして、規格外の一撃が振るわれる。
戦いの日々によって培われた伝説のポケモンにすら負けないほどの筋力を全開にして放った一撃だ。マンムーはその直撃を受け、壁や柱、床や天井を破壊しながら別の区画にまで吹き飛んでいった。
敵の非道に憤っているのは、なにもヒナヨやアキラだけではない。同じく強制的に進化させられ、狂暴化させられたポケモンとして、ギルは間違いなく激怒していた。
このマンムーは、自分以上に体を弄り回されている――と本能的に察知した彼は、同時に今は倒すしかないということもよく理解している。故に、その攻撃に躊躇は無い。
「ぶおおぉぉ……」
「……ッ」
苦しげに声を上げるマンムーに、ヒナヨの表情が悲痛に歪む。
体力が残っていれば、ポケモンは暴れ出すためボールに収めることは難しい。極めて当たり前の事実だ。しかし、だからと言って家族同然に暮らしていた相手が傷ついて平然としていられるほど、彼女は薄情ではない。
そのことを察したアキラは、すぐにヒナヨに駆け寄った。
「後は任せてほしい。そっちは必要なものを集めてくれ」
「でも、血が出てる。それに、あんなことがあった直後に一人で戦わせるなんて!」
「どんなことされたのか知らないけど、この程度が何だ。頭が痛いだけだ! 全身の骨が折れてた時と比べれば!」
「狂ってんのか」
比較対象が悪すぎる。それで生き残る彼女も彼女だが。
そもそも、だからと言って今の状態で戦っていてもいいというわけでもないのだ。変な方向に慣れ切っているアキラにドン引きしつつも、しかしもしもアキラがここで抑えることができるなら、相当に有効な手になりうる――とも考えられた。
「それにさっきから頭の中で
「…………わかった。でも、いい!?」
「任せろ、絶対に連れ戻す!」
「じゃなくって!
「――――……ああ!」
ここで初めて、アキラはごく自然な笑顔を見せた。
わずかに一瞬のことだったが、これまでにヒナヨが見てきた仏頂面とは違う新鮮な表情だ。
これが、例えば下っ端であってもトレーナーを相手にしている本気の「戦い」の中であれば、彼女の表情は一切変わらなかっただろう。仲間のポケモンを救うために戦う――という状況があってはじめて見ることができた表情だった。
「勿体な」
同性のヒナヨすら思わず魅入ってしまいそうな綺麗な笑みに、彼女は知らず呟いていた。
レインボーロケット団は、この
(――全力で潰さなきゃダメだわ、あの
改めて、彼女の胸に決意が宿った。
「……私のボール、全部預けるわ。お願い!」
「当然だ!」
「ルリちゃん、一緒に来て! マイちゃん! ペルル!」
「サナ」
「アマッ!」
「ペル!」
全部――とは言うが、彼女も余っているボールの数はたったの三つである。
思わず微妙な顔をして見せるアキラだが、物資が極めて限られる現状では致し方の無いことだ。どうあれやるべきことには変わらない。彼女は小さくサムズアップして、ヒナヨを見送った。
「まずは……地下コントロールルーム!」
崩落した壁から部屋の外に出たヒナヨの足取りは軽く、しかし確かだ。心理的なストレスが軽減されたという点もあるが、何よりもこの状況は全て彼女の
レインボーロケット団に協力させられて以降、彼女は常に「レインボーロケット団からむーちゃんを取り戻した後はどうするべきか」を考え続けてきた。言ってやりたいことややってやりたいことは腐るほどある。特にゲーチスは彼女自ら顔面に拳を叩き込まないと気が済まないほどだが、そうするためにはそもそもゲーチスが引きこもっているレインボーロケットタワーそのものが邪魔だった。
外部からこれを崩壊させるには尋常ではないほどの威力の技――それこそ、伝説のポケモン複数匹を動員するほどの威力のものが必要になる。それはあまりに非現実的だ。
故に、
唯一の不安要素は、幹部や首領格がどう動くかだが、それはあえて考えないようにした。
というよりも、考える余裕など無かった。ここでしか目的を達することができる機会はそう無い。
「なっ、貴様何を」
「邪魔!」
「アママッ!」
「ゴエッ!!」
結果、彼女は一直線に目標へと駆けていた。立ちふさがる団員はマイちゃんが得意の蹴りを活かしてなぎ倒し、ポケモンたちはルリちゃんが念力を発して上から押し潰す。
ペルルは背にヒナヨを乗せた状態で道を凍らせ、そこを腹ばいになって滑ることで高速移動を可能としていた。
そうして最初にたどり着いたコントロールルームは――――。
「ペルル、『しおみず』! ルリちゃん、『サイコキネシス』!」
「ペルァァァッ!!」
「サナッ!」
「「「うおおおおおおおおおおおっ!?」」」
先手必勝。ペルルが放出した膨大な量の「しおみず」をルリちゃんが念動力で操作し、周囲のレインボーロケット団員ごと押し流して機械類に進水させて破壊して回る。
抵抗しようとする団員はまとめてマイちゃんが蹴り出した。煙を上げて機械が停止するのを見るのが早いか、ヒナヨは即座に身をひるがえして再び廊下に躍り出た。
「これで通信と監視の目は潰した! 次――――あ」
さあ次へ、と思ってペルルの背に乗りかけたその時、不意にヒナヨの耳に警報が鳴り響く。
あ、と思うと同時、彼女は自分の迂闊さを呪う。なるほど、他の機器との接続が断たれたところで警報が鳴る仕組みだったか、と。
考えてもみれば当然なのだが、はっきり言えば彼女はもうその辺の機器や設備を壊すことで頭がいっぱいな上、ようやくレインボーロケット団から解放されたことでテンションが上がりすぎてそこまで頭が回っていなかったのだ。
「……まあ、大丈夫でしょ」
「サーナ……」
多分。
その言葉には半分以上希望的観測が混じっている。流石のルリちゃんも呆れ半分に首を横に振った。
しかし、こうなれば話はまた変わる。警報の原因はコントロールルームが破壊されたことと理解はできても、「誰が」「どうやって」破壊したかまでは分からないからだ。現在進行形で暴れ続けているアキラたちの方がどうしても目立つ関係上、今ならむしろヒナヨの方が動きやすいとすら言える。
加えてここからの行き先は主に上層階だ。騒ぎに紛れて必要なものを調達する良い機会ですらある。
「急ぐよ! 次は……
「サナ」
次いで、ヒナヨはマイちゃんとペルルをボールに戻し、上層にテレポートを行う。たどり着いたのは、数多くのポケモンが収められたボールが保管された「支給品」置き場だ。
レインボーロケット団においてポケモンは武器や兵器のような扱いを受ける。ポケモンの強さによっては団員が共有できるよう、このように「使用」した後は返却して一か所にまとめるということがままあるのだ。
ヒナヨはそれを見て、
「ルリちゃん。コレ全部一か所にまとめて『テレポート』」
「サーナッ」
「それが終わったら四階、備品倉庫にお願い」
その全てを根こそぎ奪うことに決めた。
「テレポート」はゲームにおける用途こそ限られるものの、ゲーム以外の媒体における汎用性は非常に高い。漫画媒体において*1も他人をテレポートさせるなどの応用を見せており、ヒナヨもそれができるのではないかと幾度か試行を繰り返していた。結論から言えば自分以外を転移させること……物体を転送することも充分可能だった。
ルリちゃんの念力によって浮かせたモンスターボールが一か所に纏められると、ボールはそのままルリちゃんの「テレポート」によって予めヒナヨが見繕っていたタワー周辺の空白地帯へと送られる。それを見届けた彼女は、間髪入れず「テレポート」を実行。次いで目にしたのは、暗闇に包まれた倉庫だった。
「明かりは……」
倉庫ゆえに、この場所は普段閉め切られている。手動で電灯のスイッチを入れない限りは暗闇に閉ざされたままになってしまうが、しかし、かと言って安易に電気をつけてしまえば、エネルギーの供給上の問題から内部に誰かがいると知られるのは自明だ。
「マイちゃん、来て。『にほんばれ』」
「アママッ」
そこでヒナヨが選択したのは、マイちゃんの使う「にほんばれ」だ。太陽に似た光球を天井付近に放つことで、周囲を照らし出す。
そうして強い光に目が眩みかけた一瞬のことだった。
「『はかいこうせん』」
黒い光線が、マイちゃんを貫いた。
「ア゛ッ……!?」
「……っ!? ルリちゃん、次が来る!」
「!」
ボールのセーフティが作動し、「ひんし」になったマイちゃんが戻るのに合わせてヒナヨは急いでその場から飛び退いた。続くように身を翻すルリちゃんの、その肩口を掠めるようにして更に一発の光線が駆け抜ける。
いずれも今のヒナヨでのポケモンたちでは、直撃した途端に即座に「ひんし」になりかねないほどの威力だ。自然と彼女の背に冷や汗が伝う。
幹部格を相手にしても時間稼ぎができると自負する彼女にここまでの脅威を感じさせるポケモンを持つトレーナー。加えて確実にヒナヨを狙いに来たとなれば、自ずと答えは絞られる。
「ゲーチスね!?」
「にほんばれ」によって照らされた倉庫の大部分とは対照的に、暗い影のかかった場所から大柄な男が姿を現す。
プラズマ団ボス、ゲーチス。彼に追従するように現れたサザンドラの中央と右側の頭からは、攻撃を行ったことの証明である煙が吐き出されていた。
「何でアンタがここに……!」
「あまり侮らないでほしいですね。薄汚れたコソ泥の餓鬼の思考一つ、読めないと思いましたか?」
「うん」
ゲーチスはイラッとした。
「コソ泥のガキに出し抜かれた気分はいかが? 無様すぎて私なら死にたくなるわ――『ムーンフォース』!」
「『ラスターカノン』!」
「……!」
ルリちゃんの放った月の光の如き白金色の光線に対抗したのは、残る腕……左側の頭部から発せられた銀色の光だった。
拮抗する二つの光線だが、それに一拍遅れるようにして、更に
「ルリちゃん、横に避けて!」
「……!」
このままでは耐えきれない! そう察したヒナヨは、ルリちゃんの肩に手をかけて、一緒に横に向かって飛び込むようにして三つの技がそのまま融合したかのような色味の光線を躱す。
同時――爆発。彼女たちが背にしていたコンテナが貫かれ、その内部から技のエネルギーが膨張。
「あーもうはいはい
ヒナヨは即座にそのサザンドラが「三つの首それぞれから別の技を出せる」ような特殊な個体であることと看破した。
両腕の発達具合は異様なほどと言え、本来は中央の頭よりもやや小さく、羽毛の飾りも無いはずが、いずれも見分けがつかないほどだ。本来なら両腕の頭には無いはずの脳も、あるのかもしれない。
いずれにせよ難敵だった。レインボーロケット団における六人の首領格のうち、ゲーチスはバトルの腕前においては他と比べて一段落ちる……が、今のヒナヨからすれば、実力の差は明白なほどだった。
(……じゃあ、逃げる? ううん。まさか!)
こうなってしまえば逃げることも一つの手ではある。しかし、彼女は
まだ大事なアイテムは手に入れられていない。そして何よりも――――。
(こいつは痛い目見せないと私の気が済まない!!)
ゲーチスには、強い恨みがある。どれだけ彼が格上でも、食らいついて喉を食いちぎるくらいのことはしないと、とにかく気が済まなかったのだ。
「ルリちゃん、『サイコキネシス』!」
「サナッ!」
「あくタイプのサザンドラに『サイコキネシス』とは、何を無意味な……」
「――――へえ?」
ヒナヨは薄く笑った。
――やっぱり、ゲーチスはバトルセンスに欠ける。
次の瞬間、周囲にうずたかく積まれた幾多のコンテナが、高速でサザンドラとゲーチスに殺到した。
「!」
「『弾丸』だけは山ほどあるのよ」
サイコパワーなら通用しないだろう。じゃあ、質量攻撃だ。極めてシンプルな答えだった。
「……『あくのはどう』!」
「ザァァァッ!!」
そうして放り込んだ鉄塊は、瞬時にサザンドラが放った黒いエネルギーによって破壊される。こちらもまた中身はきのみだ。ぐちゃ、と音を立てて床に落ちるのを聞きながら、ヒナヨは続けて指示を送る。
「
「――!」
その指示と共に、コンテナがゲーチスたちの周囲全てを取り囲む。視界全てが鉄塊に埋め尽くされる中、しかしゲーチスは余裕の表情を崩さない。
「砕きなさい」
「ドララララアァッ!!」
全方位から来るならば――同じく、全方位。
周囲一帯を薙ぎ払うようにして全ての頭から放った「はかいこうせん」は、まるで紙を裂くほど簡単に、飛来する全てのコンテナを破壊して見せた。
轟音を立て、中身がぶちまけられていく。鬱陶しそうにそれらを手で払うと、ゲーチスは呆れたように言葉をかけた。
「無駄なことが好きなようですねえ」
「あんたは人がやってることが無駄にしか見えないようなおめでたい脳味噌してるのね。ルリちゃん、今!」
「サ――――!」
そうして余裕を見せた彼らに、次に襲い掛かるのは――水だ。
いや。正確には
「ム――――うぐっ!!?」
どう対応すべきか。そもそもコレに何の意味があるのか。首を傾げたゲーチスの目に僅か一滴の雫が飛び散ると次の瞬間、彼は燃えるような激痛を感じた。
これは――マトマのみだ!
「サザンドラ、『だいもんじ』!」
「ルリちゃん、『ミストフィールド』!」
放置しておくわけにはいかない。ヤタピのみやノワキのみといった多量の辛味成分を含むきのみや、ベリブのみやレンブのみといった酸味を含むきのみの果汁は、傷口に沁みるというだけでなく粘膜に触れる、それだけでも激痛を引き起こしかねない。その全てを焼き払うため放ったすさまじい威力の火炎は――標的となる液体を見失い、その瞬間に消えて失せた。
いや、消えたのではない。
文字通り――
「ゴハッッ!! が、っ! うごおおおおおおおおおおっ!!」
戦闘に限らず運動時や緊張状態にある時、人間は息が荒くなる。息を吸う量は当然として、吐く量もまた著しく増える。
ネブライザーという医療機器がある。薬剤を霧化して気管支へ送り込むためのものだ。霧というものはそれだけ体内に浸透しやすく、吸入もしやすい。まばたきと呼吸のたび強くなる激痛は、老境に至り体内臓器の機能が落ちているゲーチスにとっては、呼吸困難に陥るほどの衝撃と痛みだった。
「レシラムかゼクロムだったら跡形も無く吹き飛ばせたのに何で出さなかったの? 手加減したつもり? ――――なんてね」
ヒナヨは小さな確信をもとに、軽く煽るように言葉を発した。
「状況もそうだし、この場所も出せないってほど狭くない。出さない理由なんて無い……ってことは、出さなかったんじゃなくて
当然、それには相応の理由が存在する。
「単なる参謀的立ち位置なのかと思ってたけどようやく分かった……そうよね。レシラムもゼクロムも、他と違ってやたらトレーナーを選ぶポケモンだもの。ライトストーンとダークストーンに戻ってないのが不思議なくらいだわ」
「ガハッ、ぐお……何をォッ!」
「……アンタに英雄の資質がこれっぽっちも無いから、私程度のゴミみたいな『英雄の資質』……ってやつでも、あの二匹は言うこと聞かなくなるんでしょ。ああ、答えなくていいわ。表情でだいたい分かるから」
もっとも、それ自体にも条件はある程度あるでしょうけど――と、推測しつつも、彼女はそれ以上何も言わなかった。
ほとんど全滅という憂き目に遭ったとはいえ、例えば自衛隊に英雄の資質が無いとは言えない。むしろただの一般人よりも、彼らの方がよほどそれに相応しい。
だというのにレシラムとゼクロムの力を使えた。となれば、人間一人一人をちゃんと見ることができないほどの遠距離から攻撃すれば、ある程度は力を行使できると解釈できるだろう。
ゲーチスに英雄の資格は無い。
仮に彼に「それ」があるとするならば、王としてNを擁立する必要など無い。最初から彼とその信奉者だけで行動すればいいだけだ。
(問題は、何でダークトリニティが来てないかってこと……こいつが動くなら、あいつらも動かすのが道理だけど……下に送った? 自信満々だったけど、実は私がこっちに来るっていうの半信半疑だったってことかしらね)
そうなると、多勢に無勢を強いられることになるアキラが危ない。ヒナヨはルリちゃんにアイコンタクトを送り、この場で可能な最大限の物資を「テレポート」で転送する。
ゲーチスの身柄は確保しておきたい気持ちがあったが、しかし多量の辛味成分と酸味成分が充満した彼の周囲は地獄そのものだ。確保するためにあの場を抜け出させてしまえばそれだけ予期せぬ反撃を受けるリスクは増える。かと言って殺すなどというのは論外。ヒナヨは小さく舌打ちした。
「あんたはそのままそこで床でも舐めてろ!」
あえてその場に残していた数少ないアイテムを鞄に詰め込み、アキラを回収するために地下への「テレポート」を再度敢行する。
そうして地下研究施設に移動した彼女たちを待っていたのは、元の様相が分からなくなるほどに荒れ果てた地下の光景だった。
床や天井は元より、壁などは既に痕跡しか見当たらないほど徹底的に破壊し尽くされている。周辺には凍結の跡や砕け散った岩の破片なども見られ、この場で戦闘が繰り広げられていたことは明らかだ。
問題なのは、明らかに凍結した個所の方が少ないことだろう。だというのに未だ激しい戦闘音が鳴りやまない。
(まだ戦ってるの? 誰と……!? ふたりとも無事なの!?)
そう考えた瞬間だった。
「ぐああああああああっ!!」
「!!? る、ルリちゃん! 止めて!」
「サナナ!?」
その瞬間、女性らしさの欠片も無い雄々しい悲鳴を上げ勢いよく飛んでくる白い影があった。アキラだ。
ルリちゃんが念動力でそれを受け止める――と、更に続くように深緑の影が飛んでくる。ギルだ。
「ちょっ、デカいデカいデカい!! 『リフレクター』! 柔らかめで!」
「サ、サナ……」
そうして、全員で転がり込むようにしてどうにかこうにかそれを受け止める。
そうするにしても、流石にギルは巨大すぎた。押しつぶされなかったことが唯一の幸いと言えるだろう。
ふとヒナヨがアキラの状態を確かめれば、彼女の片腕は力なくぷらんと垂れさがっていた。
「折れてるううーっ!!? 大丈夫なの!? ねえ!!」
「ぐっ……あ、あんまり騒ぐな……本当に折れる前に関節外しただけだ……!」
「えっちょっと待って何それ怖い」
この女は狂ってるのかと改めてヒナヨが思った瞬間だった。
「何があったの!? むーちゃんは!?」
「そっちはとっととカタ付けた! ほら!」
「あっ、ありがと……って何コレ。ハイパーボールはむーちゃんには似合わないわ」
「オシャボ勢か! 今そんなん気にしてる場合かおバカ!」
この女は狂ってるのかとアキラが初めて思った瞬間だった。
「来るぞ! 構えろ!」
いずれにせよアキラを「こう」した張本人はまだいるのだ。彼女も腕を嵌め直し、ギルとヒナヨたちに呼びかけて迎撃態勢を取る。
そうして現れたその紫色の影に、ヒナヨは頬を引き攣らせた。
――ミュウツー。
悠然と宙に浮いてやってくるその姿に、彼女は軽い絶望感を覚えた。
「……うっそでしょ。いや、当然と言えば当然か……」
「お前の予測だと、出てこないんじゃなかったか?」
「ごめん、あれ色々知って改めて考えると来て当然だわ」
「ハッ倒すぞ」
あえて内部に潜入して突き崩す……という部分までは、二人にとっては予定通りだ。しかし、その後の状況はヒナヨにとってはあまりにも想定外だった。
そもそも彼女はアキラを捕まえてこなければならない理由など知らなかったのだ。もしもその理由が「サカキの後継者を復活させるため」だなどと知っていれば、計画の修正も視野に入れられたことだろう。問題は、計画を始める直前も直前にそれを聞かされたことだ。今後のためにはどうしてもレインボーロケット団が保管しているアイテムが必要だったのも確かなため、こればかりはどうしようもないというのもそうだが。
「とんだじゃじゃ馬だな。まったく、親の顔が見てみたいものだ」
「っ、サカキ!」
ミュウツーにやや遅れてやってきたのは、この状況を生んだ張本人の一人であるサカキだ。
彼にとってアキラの捕獲というのは、長く待ち望んだ悲願に近い。それが失敗に終わり、より直接的に反抗されているのだから、その怒りも失望に比例して大きくなる。それこそ、本来堂々とタワーの上層で構えていなければならないサカキ自身が出張ってくるほどに。
「よくもまあ綺麗に邪魔をしてくれた……と、誉めてやろう」
言うと、ミュウツーの両腕に強大なサイコパワーが宿る。それが「サイコウェーブ」の予兆だと気付けたのは、アキラにとっては既に一度見た技だったからだ。
しかし、問題はそれが分かったからと言って何ができるでもない点だ。あくタイプのギルはダメージを受けないかもしれないが、トレーナーであるアキラたちはそうではない。ひとたび巻き込まれれば、全身をずたずたにされて引き千切られかねない。
「ああ、もう……切り札なんて、切らないに越したこと無かったんだけどね……!」
ヒナヨは吐き捨てるように呟いて、鞄に手を突っ込んだ。そこから取り出すのは――先程回収したメガリングだ。
更に、ルリちゃんに対応した灰色のサーナイトナイトを手渡す。そして、もう一つ。
「使って!」
「……! 助かる!」
その外殻と同じ色合いの、深緑の
それがギルに投げ渡されるのを目にして、二人は腕を掲げた。
「キーストーンよ、サーナイトナイトと結び合え!」
「――結べ!」
「メガシンカ!!」
次の瞬間、二匹のポケモンがその内側から生じる輝きに包まれ、姿を変える。
より大きく、そして力強く――やがて姿を現したのは、新たな姿を獲得した二匹だ。
「なるほど、既に
メガバンギラス。そして、メガサーナイト。トレーナーたちを守るように前に出たポケモンたちが、ミュウツーを睨みつけた。
ミュウツーはその二匹にさえまるで興味が無いと言いたげに、腕を上げる。
その様子に、サカキは嬉しそうに好戦的な笑みを浮かべた。
「たった半月でそこにまで至ったその才能は買おう。どうだ。我々ロケット団につく気は無いか? そうすれば、お前たちの命と身柄は、私が保証してやろう」
「「断る!!」」
「ならば――少し痛い目を見てもらわなければな!」
そして。
はっきりとした拒絶の言葉を投げ掛けられた次の瞬間――地下空間を、全てを捻じ曲げるほどの威力を持った竜巻が薙ぎ払った。
独自設定・原作設定等の紹介
・レシラムとゼクロム
「ライトストーン」、「ダークストーン」に自らの肉体を変化させ、次の主がやってくるのを待っていた二匹。
当小説において「悪の組織が目的を達成した世界線」については各ゲームの主人公が存在していない世界線と解釈しているため、レシラムもゼクロムもNが目覚めさせたものとしている。また、ポケモンをボールに入れないというNの主義を利用されゲーチスによって捕獲されたという形となった。
ゲーチスに英雄の資質は無いため本来の力はまるで扱えていない。基本的に「他の誰かにレシラムとゼクロムの力を使わせない」という点でのみ優位性がある。
ただし同じ悪の組織の人間も基本的に英雄の資質は無いため、内側に対してはちゃんと効果を発揮する模様。