携帯獣異聞録シコクサバイバー   作:桐型枠

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きりふだはその道の先に

 

 

「ルリちゃん、『ひかりのかべ』! 全力全開!」

「サーナ!」

 

 

 竜巻じみた念動力の奔流が迫るその最中、ルリちゃんは全力でその能力を駆使して半球型の防護壁を練り上げた。

 多少の加減はしているとはいえ、「そう」あるべくして生まれたミュウツーの能力は、世界でも最高峰のものと見て間違いはない。メガシンカをしていなかろうとそれは変わらない。強いから強い(・・・・・・)という、鍛錬や実戦の中で練り上げられるそれとは対極に位置する生物種としての強さだ。

 何のかんのと言いつつ、アキラは根本的なところで生物の強さというものは極限の鍛錬の果てにあるものと考えている。なんとなくミュウツーを見ていて感じる据わりの悪さに苛立ちを覚えながら、アキラはヒナヨに問いかけた。

 

 

「どうする、『テレポート』できるか!?」

「無理! ミュウツー相手じゃ転送先を書き換えられるか即追いつかれるのがオチよ!」

「だろうな!」

「隙は!?」

「ねえよんなもん!」

「ファ〇ク!!」

 

 

 防護壁の中で情報を交わす。その結果導き出されたのは、「ミュウツーと同程度のサイコパワーを持っている」か、もしくは「真正面からミュウツーを打ち負かす」ことのどちらかができなければ逃げ切れないという事実だった。

 アキラの手持ちにエスパータイプのポケモンはいない。ヒナヨも手持ちはルリちゃんのみだ。その上ゲーチスとの戦闘による消耗もあり、メガシンカしているとは言ってもそれだけで同程度の能力を得たとは言い難い。加えて言うなら、ミュウツー自信もまたメガシンカという切り札を残している。戦況は絶望的だった。

 

 

「どうするの!?」

「アテが無いわけじゃない。けど分の悪い賭けだ。乗るか?」

「上等! 作戦は!?」

 

 

 その問いに、アキラは竜巻の吹き荒れる防護壁の外――それも、ミュウツーのいるその場所を指差した。

 

 

この道(・・・)をまっすぐ」

「聞くんじゃなかった! 聞くんじゃなかった!! 正気!?」

「くるっくる掌返すやつだな! 残念ながら正気だよ! 文句があるなら対案出してからにしてほしい!」

「マジでマジで正気!?」

「マジでマジで正気だよいいから行くぞ! カウント3で壁解除!」

 

 

 自らも緊張から冷や汗を額に流しつつ、アキラはその場にボールを落とした。

 別に彼女としても好んで無茶な手を取っているわけではない。むしろ安全策が取れるなら取りたいのが本音だ。単純に毎回毎回状況がそれを許してくれないのだが。

 

 

「ああもう、どうなっても知らないわよ!?」

「どうなってもどうにかする! 腕が折れても足が折れても逃げきれればわたしたちの勝ち! オーケー!?」

「すっごい薩摩を感じる……! ああもう、分かったから! カウント! 3! 2! 1!」

「――今!」

 

 

 じりじりと「ひかりのかべ」が削れていくのを間近で見ていたアキラは、その消失と竜巻の奔流を感じると同時に外――ギルのもとに向かって走り出した。

 極めて僅かな空気と空気の隙間を縫うようにして走る、卓越した技術ありきの疾走。巻き込まれたと錯覚して一瞬声を上げかけたヒナヨの目を見開かせるそれを見て、しかし、サカキは大きく心を動かすことをしなかった。

 彼はカントーの中でも最強のジムリーダーだった男だ。技巧を凝らして隙を作る、または攻撃を逆用しようと試みるトレーナーとポケモンなど、星の数ほども見てきた。それをトレーナーがやる、というのは確かに驚くべき事態だが、それだけだ。

 

 

「ミュウツー、『ふぶき』」

「…………」

 

 

 ミュウツーの攻撃は、確実にトレーナーを巻き込むものへとシフトする。

 アキラの衣服が末端から凍結し、波動に保護されているはずの肉体が指先から冷え、瞬時にその感覚が失われ始める。ギルもまた全身に霜が降り、鎧の各部が凍結していた。

 しかしその中にあってなお、止まらない。全身が凍え、皮膚が破れ肉を裂きながらも、彼女は全幅の信頼を置く最強の相棒(エース)の背に手をかけた。

 

 

「――行けるよな?」

「グァウ!」

 

 

 猛吹雪に圧され、萎えかけていたギルの闘志に再び火が灯る。同時に、その両腕が燃え盛る。「ほのおのパンチ」だ。

 その様子を目にしたサカキは――――。

 

 

「『みずのはどう』」

 

 

 即座に、技を切り替えた。

 ミュウツーほどの力を持つポケモンが、正面から打ち合って負けることは絶対に無い。そこに、長年の経験から来るサカキの類稀な判断力とトレーナーとしての勘が加われば、あらゆる行動を上から潰し、封殺することができる。これを唯一単独で打ち破ったのが、他ならぬアサリナ・ヨウタだ。

 彼と同レベルのポケモンを持ち、彼と同程度の場数を踏んでいる人間などそうはいない。

 

 ――そうやって侮ってくれることこそが、彼女らにとっての唯一の勝機でもある。

 

 

「ギル!」

「ゥゥウウウウオオオオオッ!!」

「――――!!」

 

 

 その瞬間、ギルはその腕で迫りくる水流を殴りつけた。

 破裂する、というよりも、いっそ爆発するかのような轟音が響き渡る。同時にミュウツーの全身に強烈な稲妻が走り抜けた。

 

 

(――「かみなりパンチ」! いや、しかし技の前兆は明らかに「ほのおのパンチ」だったはず……あのサーナイトか!)

 

 

 言わば、突き込んだ拳にそのままルリちゃんの「10まんボルト」を乗せた形だ。

 ギル自身も傷つきはするが、その特性「すなおこし」によって高められた高い抵抗力もあり、直接の対象となったミュウツーほどには傷つかない。

 そして、一拍遅れてギルの拳が突き込まれる。プラズマと火炎と水との激突により、水蒸気爆発が彼らの眼前で発生した。

 サカキとミュウツーの視界が、白い蒸気によって一瞬塞がる、が。

 

 

「ムダだ」

 

 

 水蒸気はミュウツーの力によって、瞬時に取り払われた。

 視界が急激に開け、彼らの前にギルの巨体が再び姿を――――現さない(・・・・・)

 そこにいたのは、全身に凍傷を負い、凍結してずたずたに引きちぎれた衣服と張り付いた皮膚を引きずってなおしっかりと立つアキラの姿だけだった。

 

 

「!」

 

 

 次の瞬間、サカキの視界を赤い「線」が横切る。

 ただの錯覚か。いや、違う。こと戦いの場において彼が余計な情報に惑わされることはありえない。ならば。

 

 

「グウゥゥッ!!」

 

 

 一瞬のうちに駆け巡る思考――それよりも早く、ミュウツーが勢いよくその身を吹き飛ばされる。

 攻撃された! そのことを認識するが早いか、次の瞬間また更に異なる方向から攻撃が撃ち込まれた。その一撃によってミュウツーの表皮が焼け、薄く痣のように三本爪の拳の跡が残る。

 

 

「お前の戦い方はだいたいわかった」

「何……?」

「言ってしまえば究極の後の先(カウンター)。お前は前兆からわたしたちの攻撃を全て先読みできる」

 

 

 何じゃそれふざけるな、と後ろで聞いていたヒナヨは叫び出したくなったのを抑え込んだ。

 カントーポケモンリーグにおける八人のジムリーダー、その頂点にいるサカキの異名は、「大地」。その名の如く、彼は泰然自若として容易なことでは揺るがない「待ち」の戦法を得意とする。超高精度のカウンターはある種究極の格下殺しとして機能しており、ミュウツーと組み合わせればそれこそほとんど無敵の力を発揮する。

 事実、アキラたちの勝機は万に一つも無い。技も、力も、頭脳も、何一つ及ばない。それが現実だ。

 

 

だからこそ(・・・・・)。一つだけお前を突破する方法が分かった」

「なるほど――読めたぞ」

「――――全身全霊、最高速度でただ殴りつけることだ」

 

 

 その瞬間、わずかにサカキの目にも先の「線」の正体が見えた。

 赤と黒に変色した長い羽毛。四肢から噴き出す火炎。何よりもアキラの指で紅く輝くキーストーン。

 その正体は――。

 

 

「メガバシャーモか……!」

 

 

 メガバシャーモ。その特性は「かそく」。時を経るごとにその速度は鋭さを増していく。

 ポケモンとしての身体能力を最大限に発揮している今、チャムはトレーナーの目で追うことすらできない速度の極みに到達していた。線、とはつまりその残像が目に焼き付いているだけのことだ。

 

 

「いやバカなの!?」

 

 

 そんなことは言われなくともアキラにも馬鹿ではないのかという自覚はある。

 彼女も自分で言っていてなんだこの脳味噌まで筋肉みたいな解決法は、と思ったところなのだ。しかし、実際他に有効な手段は無い。

 この戦法は要するに、サカキの反応を圧倒的に凌駕する速度で戦うことで指示を出させない、というものだ。事実、ミュウツーは一瞬とはいえ吹き飛ばされ、僅かに押されかけてすらいる。しかし――――。

 

 

「馬鹿め、そうしてどうやって指示を出す?」

 

 

 最大の問題点は、サカキ自身が指摘した。

 最強のトレーナーいう称号に最も近いのはサカキだ。彼が指示を出せない領域の戦いということは、他のトレーナーが指示を出せる余裕も無いということだ。事実、アキラの目にもその攻防はおぼろげにすら映っていない。

 

 

「――『シャドークロー』!」

「ッシャアアアアァァ!!」

「ヌウッッ!!」

 

 

 されど、彼女は(しか)とその軌道を読んだ。

 線のようにすら見えない暴力の嵐の中、それでも彼女は「どう動くか」を手に取るように知覚する。

 ミュウツーが宙を念動力で駆け回れば、チャムは鍛え上げた体術によってその隙を縫うように最短距離を突っ切ってその肩口に爪を突き立てる。対してミュウツーはその一撃をあえて念動力で己の身に食いこませると、チャムの腹に向けて「サイコショック」を叩き込む。その衝撃はチャムの身体を大きくのけぞらせるほどのものを秘めていたが、同時に彼にとってはそこから体勢を変える一助となる。食い込ませた爪を思い切り押し付け、押し切るようにして逆側の壁に叩きつける。更にもう一撃――「ブレイズキック」によってミュウツーごと壁面を蹴り砕き、自身はその場から逃れ再び高速機動へと戻る。

 わずか一秒にも満たない攻防は、波動を読む彼女にとって知覚できる範囲のものであった。

 

 

「ほう……!」

 

 

 思わず、サカキの唇の端がつり上がった。望外の強敵だ。アサリナ・ヨウタとは異なるアプローチとはいえ、サカキにこうまで食らいつく者もそう多くはいない。

 彼は襟元に留めたキーストーンへと手を伸ばした。

 

 

「キーストーンよ――――」

「チュリ、今だ!」

「何っ!?」

「――――――――!!!!!!」

「ぐおおおおっ!」

「ムウァァッ!!」

 

 

 その瞬間、天井に潜ませていたチュリの「むしのさざめき」がサカキとミュウツーの脳を揺らす。

 即座に張った天井への「リフレクター」が音波を軽減し、微小な「サイコウェーブ」がチュリの小さな体を吹き飛ばしていく。人間であるサカキにとって、その威力は甚大だ。結果的に晒すこととなった数秒の隙を見逃すヒナヨではない。

 

 

「ここしかない! ルリちゃん、『はかいこうせん』!!」

「サ―――――ナッ!!」

 

 

 その一撃は、彼女が信じる中で最高の威力を誇るものだ。黒く、全てを飲み込み砕くかのような色合いとは異なる光線。「フェアリースキン」によって紫銀に色づいた、通路そのものをも飲み込むほどの莫大な光量が、サカキとミュウツーを飲み込んだ。

 

 

「チュリ、『ほうでん』! チャム、『オーバーヒート』!!」

 

 

 そして一切躊躇いの無い苛烈な追撃がサカキたちを襲う。

 周辺を焦土と化し、床が熔解し空気すら焼け付くほどの圧倒的な火力をぶつけた焦熱地獄。彼女らに自覚は無いが、その威力だけを見れば「あちら」の世界におけるチャンピオンと遜色ないほどの火力にまで至っていた。

 

 しかし。

 

 

(こんなことで倒れるものか)

 

 

 確信があった。この程度で倒れるのなら、既にここまでの道程でサカキは倒れている。激戦があったはずだ。窮地があったはずだ。

 彼はその全てを踏破して来た。ヨウタに出会うまで決定的な敗北を味わうことなく、恐らくはチャンピオンたるワタルを降してすらいる。

 

 ――つまり、彼にチャンピオン級の火力をぶつけようが、それは既に一度踏み越えた程度(・・・・・・・)のものでしかないのだ。

 

 果たして。

 黒煙の中に光球が浮かぶ。「リフレクター」と「ひかりのかべ」を組み合わせた、圧倒的な防御能力を誇るエネルギーフィールドだ。

 

 

「フ……フフフ……このサカキにメガシンカを使わせるとはな……」

 

 

 そして、再び現れたミュウツー……メガミュウツーXは、傷こそ刻まれているものの、その立ち姿は先と変わらぬ威風堂々としたものだ。

 ダメージこそあるが、大した傷とすら認識していない。むしろそこから来る痛みが彼の闘争心を掻き立てる。

 桁外れのサイコパワーが、奔流となってその体から噴き出した。

 

 

「う……そ……」

「――――」

 

 

 生粋の一般人であったヒナヨは、その闘気と殺気にあてられたことで顔色が蒼白を通り越し、完全に白く染まっていた。

 勝てない、と。はっきりそう思わされる力の差。これでは前に進むことは元より、退くことすら不可能だ。殺される、という確信めいた予感が彼女の胸をよぎった。

 その時。

 

 

ようやく切ってくれた(・・・・・・・・・・)な」

 

 

 予想外のアキラの言葉が、耳朶を打つ。

 刹那、彼女はその場で床を思い切り踏みつけた。ビリビリという鋭い衝撃が床を伝う。その時、それが「合図」だと気付いたサカキは思わず背後を振り返った。

 彼が本能的にまずいと感じたのはその時だ。アキラたちに全く感じない「脅威」を、この先から来るものから強く感じとることができる。

 

 

(――――これか!!)

 

 

 ここまでの戦いは全て布石。あくタイプのバンギラスを前面に押し出して戦っていたこと、メガバシャーモで超音速の接近戦を仕掛けていたことも、バチュルを潜ませむしタイプ技を用いたことも、全てはこの三匹に対して優位が取れ、かつその多くの能力を身体強化に用いたことで感知能力が落ちた(・・・・・・・・)メガミュウツーXを引きずり出すためのものだったのだ。

 それによって床を「すりぬけ」させ、潜航させていたシャルトの行動を読まれることなく、結果的に「通路の先」へと到達する。ミュウツーをメガシンカさせるほど追い込む必要があり、かつその上でメガミュウツーXが来るという状況を手繰り寄せる。「分の悪い賭け」と彼女が自嘲するほどにか細い可能性だが、そうなるように場を整える手腕はなるほど、サカキとしても評価に値すると感じられるものだった。

 

 

(だが、あの少女にここまでの作戦を組み立てる能力があったか?)

 

 

 少なくとも、サカキが知る限りそれは無い。それどころかどちらかと言えばアキラは優れた脳機能を持っているという程度でむしろ考え無しの部類だ。少なくともサカキはそのように報告を受けているし、映像から読み取れる彼女の性質は紛れも無くそういった方向性のものだった。

 たかだか数日程度でそれが変わるはずは無い。もしもそういった事態が起きるとするなら、それは――――。

 

 

(あの少女の脳に「影響」を及ぼしたものがある)

 

 

 件の施術は現状、完全に失敗したというわけではない。外的要因によって強引に中断させられたというだけだ。僅かなりにとも、サカキの後継者……息子の記憶は混入している。

 彼はサカキに似て――あるいは似ておらず――極めて優秀な資質を秘めていた。そうした上澄みを掬い取っていったのだとすれば、そういうこともありうるのだろう。

 そうしてそれらの成果は――ミュウツーの肩を貫く緋と青碧、二つの色彩という形で現れた。

 

 本来ならこれが刺さっていたのはサカキの方だ。しかしポケモンとしての矜持か、ミュウツーはかばうようなかたちでそれらを引き受けた。

 傷を負いつつも、彼はその刺さった二つの色彩……触手を掴み、思い切り自分の方に向かって手繰り寄せる。そうしてようやく、襲撃者の姿があらわになった。

 

 

「で……デオキシス!!?」

 

 

 ヒナヨは思わず驚きで叫んでいた。宇宙由来のポケモンがなぜ、と思うと同時に、様々な世界を練り歩いて来たレインボーロケット団ならそういうこともあるか、と自分自身を納得させる。問題があるとしたら、ミュウツーを突き刺したという点だ。

 

 

「味方……!? でも、え、ええ!? どういうこと!?」

「さっぱり分からん」

「全身血まみれで何そんなクッソIQ低いこと言ってんのよ!! いるって分かってたの!?」

「『何か』がいるのはな」

 

 

 そこでヒナヨもはたと思い出す。確かにアキラは何らかの「声」が聞こえると言っていた。当初は、流入した記憶が何らかの影響を及ぼしているのかと考えていたものだが、こういうことだと分かれば状況に即した知識も湧き出してくる。

 

 DNAポケモン、デオキシス。ある媒体において、彼は「あるトレーナー」の血液を偶然に取り込んだことでそのトレーナーとの相互感応現象を起こしたことがある。

 それはあくまで偶然の産物だったが、例えば最初からそうするつもりで調整を行い、性質を安定させれば……その結果は、今のデオキシスの「声」を聞いているアキラがそのまま示している。

 本来なら、アキラの脳は漂白され、そこにサカキの息子の記憶と意識を植え付けられる予定だった。仮にこの計画が上手くいっていたなら、「後継者」は人類最強の肉体と、ミュウツーに比肩するサイコパワーを持つポケモン、そしてそんなポケモンに言葉を出して指示を出す必要すら無くなる感応能力を得ることになる。

 

 そうなった場合を想像し、ヒナヨは小さな寒気を覚えた。しかし、少なくとも敵ではないのなら何でもいい、と思い直した。

 物陰から引きずり出されたデオキシスが、触手の先端を自ら切り離しながらスピードフォルムに変化(フォルムチェンジ)し、先のチャムのそれを遥かに超える速度をもって翻弄を始める。その姿からはサカキに対する強い敵意を感じられた。

 

 

「詳しい話は後でする。今はあいつとも利害は合致してるはずだ。まずはここから出ることを考えよう」

「どうやって?」

「五秒後、全力で下に(・・)向かって『はかいこうせん』」

「はぁ!?」

「デオキシス!」

「――――!」

 

 

 アキラが声を発したその瞬間、デオキシスはその姿を数十、数百にも増やした。

 周囲の空間に滞留する粉塵を用い、サイコパワーによって生み出した複製体(シャドー)と呼ばれる残影だ。本来の「かげぶんしん」とは異なる実体を持つ分身であり、サイコパワーを持つ故に他のポケモン――特にエスパータイプのポケモンからは、その全てが本物と錯覚してしまうほどに精巧だった。

 

 

「ぬっ!」

「『サイコブースト』!!」

「『サイコブレイク』!!」

「▲▲▲▲▲▲!!」

「ウウウアアアッ!!」

 

 

 次の瞬間、その全ての矛先がサカキとミュウツーへと向かう。どれが本物かも分からない状況下での攻撃にサカキも僅かな焦りを見せた。

 が、彼らにとってそれは極めて些細なことだ。攻撃目標は周囲一帯。群がる複製体(シャドー)、そのうち半分ほどが、ミュウツーの放った「サイコブレイク」によって消し飛んだ。

 

 

「……!?」

 

 

 だが、攻撃が無い。デオキシスにとって最強の技、「サイコブースト」はどこから――否。

 どこへ(・・・)放たれた?

 

 

「ヌウッ!?」

 

 

 彼らが疑問を抱いたその時、轟音が響いた。

 ――周囲一帯。この地下空間を揺らすほどの音響だ。いっそ破滅的とも思えるほどのそれが示しているのは、「サイコブースト」を放つ対象がタワーそのものだったという事実である。

 

 

「まさか、支柱を崩したということか!」

「そのまさかだ! やれ!」

「ルリちゃん、『はかいこうせん』!」

「サナッ!!」

 

 

 更に、ヒナヨの指示に合わせてルリちゃんは「はかいこうせん」を真下――床に向けて叩き込んだ。

 その一撃は床を貫通し、レインボーロケットタワーがせり上がってくるのに合わせて形成された地下空洞を彼らの前に曝け出す。

 ここまではアキラの指示通りだ。ここからの思惑はヒナヨも知らない。縋るような視線を向けながら、彼女は問いかけた。

 

 

「ここからどうするの!?」

「落ちるぞ!」

「え……えええええええ!? きゃあああっ!!?」

 

 

 予想外の言葉と共にヒナヨはアキラに抱きかかえられ、地下空洞に向けて真っ逆さまに落下し始めた。

 更にデオキシスが、複製体(シャドー)と共に「はかいこうせん」によってできた穴に向けて殺到する。すぐにそれを追うようにして、サカキは身を乗り出して穴を覗き込んだ。

 

 

「最初からそのつもりだったか!!」

「当たり前だ! ――これから合計296体の複製体(シャドー)と本体を全て同時に別々の方向に向かって『テレポート』させる!!」

「なんじゃそれ!?」

 

 

 サカキは思わず膝を打った。ヒナヨはその突飛な発想に驚いているが、なるほど、それならば追い切れない。

 流石のミュウツーもデオキシスレベルのサイコパワーを持つ相手の「テレポート」を妨害することはできないが、どこに転移したかなどはすぐに分かる。あとは同じように「テレポート」すれば追跡は容易――なのだが、追跡すべき対象が増えれば増えるだけ、本命に行き当たる可能性は低くなる。

 

 

「覚悟しておけ、次は必ずお前たちを倒す!」

 

 

 最後の最後、彼女の奥底に秘める怒りをそのまま吐き出すように突き付けられた言葉に、サカキは小さく不敵な笑みを浮かべる。できるものならやってみろ、と。

 その態度に更なる怒りを覚えながらも、アキラはそれ以上の言葉を吐くことなく「テレポート」の感覚に身を委ね、姿を眩ませた。

 

 

 








独自設定などの紹介

・デオキシス・シャドー
 映画「裂空の訪問者 デオキシス」や「ポケットモンスターSPECIAL」にて登場した「かげぶんしん」のようでいて違うようなちょっと「かげぶんしん」な複製体。
 ポケモンの技を受けるなどした場合には消滅してしまう程度に耐久力は低いが、いずれの原作においてもポケモンや人間、機械などを運ぶ程度のパワーはあると描写された。
 本作においては、空間の分子とサイコパワーで構成した「実体のある分身」として描いている。大きな衝撃を受けたら消滅するのは本作でも同様。ただし、シャドーのフォルムチェンジはできない。


・デオキシスのフォルムチェンジ及び細かい設定
 「ノーマル」「アタック」「ディフェンス」「スピード」の四種類のフォルムが確認されているが、基本的に本作のデオキシスは使い分けが可能。
 設定としてはダークトリニティに採取されたアキラの血液を取り込んだことで、デオキシス自身の細胞が安定したため……というところ。
 感応能力は主に「ポケットモンスターSPECIAL」のレッドとの間に描かれたそれを発展させたもの。原作においてはイエローの能力があって初めて対話が可能となったが、本作では波動使いというイレギュラー要素のおかげではっきりとお互いの考えを通じ合えるようになっている。

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