携帯獣異聞録シコクサバイバー   作:桐型枠

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コスモパワーを感じるか

 

 

 どこまでも落下していくかのような感覚が、二人の少女を襲う。

 ただの「テレポート」とは状況も情報量も何もかもが異なる長距離転移。行き先も知らない彼女らにとって、転移までの一瞬は永遠にも長く感じられるほどの時間だった。

 

 そうしてたどり着いたのは――剣山山頂レインボーロケットタワーから直線距離にして約2キロ離れた、槍戸山の山頂。西日の差し込む開けた場所だった。

 逼迫した状況とは裏腹に、オーロラのような霞がかかった美しい夕焼けの光景だ。しかし、それを見たヒナヨは、口を押さえて思わず近くの物陰に走った。

 

 

「……何やってんの?」

「バカっ! こんな開けた場所に来てるんだから隠れなきゃでしょ!?」

「それは……まあ、そうだが」

 

 

 理屈ではそれが最善なのは理解しているが、アキラ個人はどうしてもそうする気分にはなれなかった。

 それは単純にデオキシスがその能力を使ってミュウツーからの追跡を妨害しているからというのもあるが、何よりその当のデオキシスと感覚が繋がっていることで彼――あるいは彼女――の感情をダイレクトに受け取ってしまったせいだ。

 

 

「▲▲▲▲……」

「『わたしはここにいたい』」

「何それ」

デオキシス(あいつ)がそう言ってる」

「分かるの? ……ううん、分かるんでしょうけど」

「何でかは知らないけど、はっきり分かる」

 

 

 アキラ自身もその理屈は分からない。しかし、確かなことが一つある。それはデオキシスがこの山頂からの光景を目にして、「感動している」という事実だ。

 それに共鳴しているアキラもまた、胸が締め付けられるような感覚を強く味わっていた。感情(それ)が自分自身のものではないというのは不可解で気味の悪い感覚だったが、元々彼女は記憶を失ったり他人の記憶が流れ込んだりと精神的な問題には事欠かない人間である。内心は「まあそういうこともあるだろう」という程度に留まっていた。

 そんな一人と一匹(ふたり)のどこか憂いを帯びた表情を見て、ヒナヨは小さく呆れたように息をついた。

 

 

「だからまあ、しばらくはそうさせてやってくれないか。追跡はできないようにしてるみたいだし」

「そ。……で、さっき言ってた『説明』は?」

「……『ここから出せ』ってさ。ずっとこっちに語り掛けてきてたんだよ。わたしたちもタワーから出なきゃいけなかったし、じゃあここは協力して外に出ようってさ」

「なるほどね……あ、え、てことはこれでお別れ……?」

「いや、流石にそれは」

 

 

 どうだろう、と思いながらわずかに不安を覚えたアキラは、デオキシスに軽く視線を向けた。

 デオキシスはそんなアキラの思いに対して僅かに逡巡を見せつつも、やがて何やら納得したように頷いて見せた。

 

 ――なお、あくまで心の中でのやり取りのためヒナヨにはふたりが何を言っているかはまるで分かってない。

 

 

「大丈夫。協力してくれる」

「頼むから他人から見て分かるようにやりとりしてくれないかしら!?」

「え。あ、ごめん……」

「で、何なの?」

「えーっとな……デオキシスは、ずっと実験室に閉じ込められてたんだって」

「実験室……まあ、そうでしょうね」

 

 

 デオキシスがどういた経緯で現在のポケモンの姿を得ることになったのかは、色々と解釈できる。宇宙由来の微生物への実験の結果か、あるいは宇宙線でDNAが変質した結果か……いずれにせよ、何らかの形で、どこかの世界で、彼がレインボーロケット団に捕まり、閉じ込められたことだけは確かな事実だ。

 能力を抑制させられ、培養液に浸され、監禁され続けてきた……というのは、果たしてどんな気持ちだったことか。

 

 

「だから今見てるのは、この世界でデオキシスが初めて見る『外の景色』なんだ」

 

 

 そう言われてしまうと、ヒナヨはそれ以上何かを言う気も失せた。

 確かに、夕焼けの朱と夜闇の黒、そしてオーロラの混ざり合ったような幻想的な色彩は、この上なく美しい。デオキシスにもまた人間と同じようにそれを「美しい」と捉える感性があるからか、無表情でありながらも彼の目は穏やかで、飽きることなく景色を眺め続けていた。

 そんなデオキシスに感化されたか、あるいはそれが旅立ちの日のそれに似た夕焼けだったからか、アキラ自身もまた――――。

 

 

「説明」

「はい」

 

 

 ヒナヨが遠慮するのはデオキシスに対してだけだ。

 何お前まで一緒になって浸ってんねんおう()くしろよと言わんばかりに彼女はアキラに指を突き付けた。

 

 

「だから後はホラ、あいつらを野放しにしてたら何もかも台無しになる。レインボーロケット団を倒すまででもいいから手を貸してくれってさ」

「お願いしたわけね」

「お願い……そうだな。うん、そうなる」

 

 

 一瞬、あまりにも柔らかな「お願い」という言葉に面食らいかけたアキラだが、なるほど、その方が表現として「らしい」と感じられた。

 尊重するべきは、デオキシスの自由意思だ。人間に振り回され続けてきた彼は、もう関わりたくないと思っても仕方がない。だからこその、打算や利益を絡めた「交渉」ではなく「お願い」だと。

 

 ともあれ。

 必要なことは伝え終わった、と腰を下ろしたアキラの顔には、隠し切れない疲労の色が浮かんでいた。

 当たり前のことだ。連戦という観点ではヒナヨも同じだが、アキラの場合もっと長い時間サカキと――ひいてはミュウツーと戦い続けて自ら時間を稼ぎ、傷つきながらも戦っていたのだ。凍傷と念力で千切れた皮膚や、凍って貼り付いたことで結果的に生じた裂創、また、それに伴ってボロボロになった衣服がなんとも痛々しい。

 

 ――壊死とかはしてないっぽいけど。

 

 以前にネットなどで聞きかじった知識でなんとなくそんなことを考えるヒナヨだが、そもそも、その知識とは素人の浅い知識で痛い目を見た人間に関する知識だ。得てしてそういった人間は酷い目に遭っていたことを思い出し、とりあえず「今は何とも無いかもしれない」という考えは捨てた。早めに朝木(せんもんか)に診せるべきだろう。

 

 というところまで考えて、彼女はアキラの格好が著しくパンクかつロックな状態になっていることに気付いた。

 破れた服の下からは、病的なほどに白い肌が覗いている。激動にしても度が過ぎる数日を過ごしていたためヒナヨもわざわざ指摘することはなかったが、こうなると流石にあまりにもユヅキとは異なる外見や、「造られた肉体」という話が気になってくる。

 

 

「あのさ」

 

 

 と、そこで更に気付く。アキラからヒナヨに対してもそうだが、ヒナヨからアキラに対しても何と呼べばいいのかが分からないのだ。

 見た目は自分より小さくとも、友人の姉だ。その上家族(むーちゃん)を助けてもらった恩人でもある。学校の先輩にするように「ちゃん」と付けて呼ぶのは気後れがあった。では「さん」と呼ぶべきなのか。しかしそれでは他人行儀にも感じられる。

 

 

「アキラちゃんさん」

「せめてどっちかにしろ」

 

 

 敬意と恩義が渋滞を起こしていた。

 

 

「というか……呼び捨てでいいよ。どうせ精神年齢(なかみ)はそう変わらないだろうし」

「どういうこと?」

 

 

 聞けば、アキラはぽつぽつと自身のことを語り始めた。

 記憶の欠落、身体能力の異常上昇、などなど――余計な混乱をさせないよう伏せている性別(こと)こそあるが、それでようやくヒナヨもこれまでのことについて納得いった。

 だからこその「造られた肉体」。だからこその強さ。狙われるわけである。内心「どこの特撮よ」とも思っているが。実は物理学専攻だったり家事万能だったりするのだろうか。

 

 

「じゃあ……えっと……アキラ……で」

「ん、わたしはどうしたらいい?」

「別になんでもいいわ。あ、でもヨっちゃんとかはやめて。どこかの駄菓子を思い出してヤダ」

「何だその基準」

 

 

 ならナっちゃんはいいのか。それもどこかの清涼飲料水のようだがと思うアキラであった。

 

 

「じゃあ、ユヅの友達だからヒナ」

「お母さんからの呼び方だわそれ」

「それを聞かされたわたしはどう反応を返せばいいんだ」

 

 

 呼ばれ慣れているからそれでいい、とヒナヨは返した。

 さて、どうあれとりあえず互いのことをある程度理解したところでどうするか――となったとき、不意にアキラのスマホが着信音を鳴らした。

 表示されたのはユヅキの名前だ。確認するが早いか、即座に接続する。と、アキラの耳に入ってきたのは、やけに困惑した様子のユヅキの声だった。

 

 

「どうしたんだ?」

『んーと……あのー……なんて説明したらいいか……寒っ』

「寒い?」

『寒いぃ……じゃなくてそっちは違くて』

「何か問題か?」

『問題……っていうか……うん、そうなんだけど……うーん問題……』

 

 

 あまりに歯切れの悪い言葉に、思わずアキラは首を傾げた。

 ともあれ、何を判断するにしても一人では処理能力に限界がある。ヒナヨにも聞かせようとハンズフリー通話に切り替えた、その時だった。

 

 

『な……なんか、ほしぐもちゃん、増えちゃった……』

『ぴゅい!』

「「は???」」

 

 

 その言葉と鳴き声を聞いた二人は、何が言えるでもなくただ頭をフリーズさせるだけだった。

 

 

 

 〇――〇――〇

 

 

 

 時はわずかに遡る。

 

 休眠状態のほしぐもちゃんを一旦預かったユヅキたちにとって目下最大の問題は、行くべき先が分からないことだった。

 ほしぐもちゃん――コスモウムを覚醒させるために必要なファクターは、ウルトラホールから降り注ぐ多量のエネルギーだ。その上ウルトラホールさえ開いていればなんでもいいというわけではなく、ウルトラビーストなり何らかのポケモンなりが出てき次第閉じてしまうため、長時間開いているウルトラホールを探すか、複数のウルトラホールを見つけて順次エネルギーを蓄えさせる必要がある。

 また、コスモッグ――あるいはコスモウム固有の能力でウルトラホールを開くことはできるのだが、そのために使うエネルギー量は膨大で、はっきり言って収支は合わない。ほしぐもちゃんの体力も相当に使うことになってしまうこともあり、その方法を使うことは無いだろうというのが共通の見解だった。

 

 こうなると、いつ開くのか分からないウルトラホールを探すため、足で情報を稼ぐしかない。

 と思われていたのだが、ここでアシストがかかった。

 ヒナヨ――ではなく、朝木――でもなく、まさかのユヅキである。

 曰く。

 

 

「おばーちゃんが言ってた。愛媛の池に妖怪の伝説があるって!」

 

 

 ――それはつまり、もしかすると遥か(いにしえ)の時代にウルトラホールが開いて何らかの生物がこの世界に訪れたという証明ではないだろうか? 

 対戦のみならずストーリーの考察も楽しむヒナヨの話にそれなりについていけるユヅキだ。考察というよりは妄想に近い推論ではあるが、「まあなくはないのかな?」と思える程度の信憑性はあった。

 

 元々、先にウルトラホールが開いた久川町の海岸やアキラの祖母の家の鶏小屋に行く予定ではあったのだ。彼らは一路愛媛――赤蔵ヶ池(あぞがいけ)へと向かうことになった。

 

 赤蔵ヶ池。愛媛県、久万高原(くまこうげん)町の山奥に存在する池だ。農業用水として優れた水質を持つ池で、源頼政が鵺を退治したという伝説も残っている。

 日本のため池百選にも選ばれているので、池までの道は整備されているが、こういった事態にあってはそうそう人が訪れることも無い。

 

 ともあれ、その道程そのものはかなり険しい道となる。阿波市から四国中央市を経由して西条へ。更に一度東温市を経由し……と、片道、時間にして五時間近くとなる。

 その途中。西条市から東温市までの体力に優れた東雲にも運転の疲れが見え始めた頃だった。あまりの長距離移動のせいでユヅキも後部座席で眠ってしまった頃、不意に車両のフロントガラスを濡らすものがある。

 

 ――雪だ。

 

 東雲とナナセが思わず目が点のようになった。また、それに伴って後部座席から悲鳴が聞こえてくる。

 

 

「ぎゃーっ! 寒い寒い寒いさーむーいーっ!! 何!? 何コレ!? どゆこと!?」

 

 

 トラックはその構造上、後部座席――幌の中は閉め切った空間というわけではない。隙間から流れ込んでくる寒気にやられたユヅキはひどく狼狽して跳び起きた。

 そのままルルを出して暖を取ろうとする……が、その前に東雲から制止の声がかかった。

 

 

「ユヅキさん、火は厳禁だ」

「はぁい……」

「…………はい」

「……小暮さん……」

 

 

 見れば、隣の座席に座っているナナセもまぐさんを出して抱えていた。火は出していないようだが、東雲は内心戦々恐々としていた。

 しかし、それだけ寒いというのも事実だ。まだ五月だというのにこの異様な寒波、となれば何らかのポケモン……それも伝説のポケモンの介在を疑うに足る根拠になりうる。

 

 

「しかし……小暮さん。これは……」

「はい。恐らく……。ですが、流石に……あからさますぎます」

 

 

 気象図などを見ればそんなことは一目で分かる。現に東雲たちにとって「いずれは確認しておくべき場所」として、この寒気の大元――石鎚山は認知されていた。

 

 

「……考えられるパターンとしては、四つほど」

「聞かせていただけますか」

「……ひとつは……強すぎて、手が出せない」

 

 

 分かりやすい話ではある。が、ルギアが捕獲されてしまっている今、その可能性は非常に低いと見ていいだろう。

 

 

「ふたつ目は……捕獲した後、嫌がらせのためにあの場所に配置した……」

「ただの嫌がらせでそんな馬鹿げたことを?」

「……ああいう人たちは、悪い意味で合理で測ることはできませんから……まともな論理と倫理があれば、そもそも……あんな組織には入りませんから……」

 

 

 東雲は顔をしかめた。嫌すぎる話だが、なるほど、納得はいく。

 レインボーロケット団……その前身たるロケット団は、ポケモンマフィアと呼ばれている。良くも悪くも、彼らは基本的に正義感や順法精神というものは無く、自分たちのやっていることが社会悪であることを理解している者が大半だ。歪んだ正義感を持つフレア団やプラズマ団が加入してもその根本の部分は変わらない。ならばこれも可能性としてはある――いや、むしろ高い方と言える。

 

 

「みっつ……あちらの世界で、こういった気候はごく普通のことで、『異常気象』だと気付いていない……」

 

 

 例えばカントーのふたごじま。例えばジョウトのこおりのぬけみち。複数のこおりタイプのポケモンによる局所的な寒冷化は、むしろ「あちら」の世界においては当たり前なのかもしれない。そうなれば、こちらの世界でも同じように……と考えている可能性はあった。

 

 

「最後は?」

「……あえて、見逃している」

 

 

 そんなことがまさかありうるものか、と東雲は苦笑いを浮かべた。理由が一切無いからだ。

 ナナセも自分で言っておきながら、内心まずそれは無いだろうと感じていた。常人の理解の外にいるある種の狂人というものは、ただ場当たり的に支離滅裂な行動をしているわけではない。本人なりの法則や道理に基づいて行動しているものだ。最大の戦力となりうる……または、最大の敵となりうる可能性の高い伝説のポケモンを放置しておくなど、論外も甚だしい。

 

 

「――とにかく、ここにこおりタイプの伝説がいるかもしれないってことだよね?」

「バゥ」

「そうなりますね……」

 

 

 体温の高いルルに抱き着いた上から毛布をかぶって元気を取り戻したユヅキの問いに、まぐさんを抱きかかえて毛布で身を包んだナナセが応じる。

 温めてくれるポケモンもおらず安全の都合上毛布を膝にかけたりといったことができない東雲の顔から表情が抜け落ちた。

 

 

「ロトムちゃん、レイジくんたちに連絡お願いできる?」

「お任せロト~。ウルトラホールが開いたら、引き続きお知らせするロト」

「うん、ありがとー」

 

 

 言うと、ロトムもまたユヅキの被った毛布の中に引っ込んでいった。

 ロトムは――というよりも図鑑はそれなりの精密機器だ。温度が高ければ熱暴走してしまわないだろうか?

 東雲は寒さに身を震わせながらそんな益体も無いことを考えた。現実逃避である。

 

 さて、どうあれ山道を進んでいくごとに雪は深く、濃くなっていく。

 初夏のこの時期にタイヤの交換などしているはずもなく、戻ることができるギリギリの場所にトラックを停めるとそこからは完全に徒歩となった。

 

 極寒の中、徒歩である。その上衣服も基本的に元のままだ。

 東雲の宿舎は燃え尽きて既に無いし、ナナセの自宅は最大の危険地帯であるフレア団の支配領域の中。ユヅキの出身は四国の外。(現在は)体格が似ているアキラの服を借りればいいのだが、そのためには一度祖母の家まで行かなければならない。まるで遠回りだ。道中に服屋があるわけでもないしこの時期では冬服などあるはずもない。

 結果的に確立したのは、毛布を羽織ってポケモンたちの熱で暖を取り、メロの「リフレクター」や「ひかりのかべ」で外気を遮断しながら歩く……という不格好な方法だった。

 

 数キロも歩くころには女性陣は疲労困憊の状態だった。あぶさんやルルの背に乗ってそれもなんとか乗り切った。

 なお東雲は完全に徒歩である。行軍訓練も幾度となく行っているため、逆に体力が尽きてもなお歩き続けることができるため踏破はできたが、はっきり言って地獄のような道のりであった。帰り道はこれをもう一度行わなければならない。苦行そのものであった。

 

 

「これで何も無かったらヤだなー……」

「……思ってても……言ってはいけないことがあります……」

 

 

 そんなことになってしまったら心が折れそうだと誰もが感じていた。

 

 

「ロトムちゃん、何も感じない?」

「ウルトラホールが開いた形跡はあるロ。あとはほしぐもちゃんがどう反応してくれるか……」

 

 

 ユヅキの腕に抱かれているほしぐもちゃんは、黙して語らない。サイコパワーはある程度回復しているらしく重さは感じないものの、まだ本調子には程遠い。

 そうこうしてしばらく、ようやくたどり着いた赤蔵ヶ池は、やはり本来のそれとはまるで異なる雪景色を見せていた。池自体にも分厚い氷が張っており、水中を見通せそうには無い。

 

 

「ほしぐもちゃん、どう?」

「…………」

 

 

 ほしぐもちゃんは、何も答えない。が、それに代わるようにしてロトムのセンサーが音を立てた。

 

 

「むっ、これは……微小だけど、ウルトラホールが開くみたいロト」

「びしょー? ……ってことはどういうこと? ウルトラビーストが来るの?」

「ううん、このくらいなら出てこられないと思うロ。これはほしぐもちゃんに反応して開いてるみたいロト?」

 

 

 その時だった。

 不意にほしぐもちゃんがゆっくりと浮き上がる。その速度は歩くよりもなお遅く、著しくサイコパワーを節約しているだろうことが見て取れる。

 少し経って、池の中央まで到達したところで、ほしぐもちゃんの頭上にごく小さなウルトラホールが開いた。

 大きさにして四十センチほど。よほど小さいポケモンでなければ潜り抜けることは難しいが、中には体高三十センチという極めて小柄なウルトラビースト――カミツルギという例外も存在する。万一のことも考え警戒していた三人だったが、そこで突如として甲高い音が響いた。

 

 

「!」

 

 

 鳥の鳴き声か、あるいは竜の咆哮か――本能的な恐れを感じた三人とそのポケモンたちは、即座に臨戦態勢を取った。

 何かがいる。イベルタルのように生命の危機を感じる、ある種根源的な恐怖とは異なる、人知を超えた存在への畏怖。だが「何か」がいることには間違いない。

 

 ユヅキとナナセを手で制しながら、東雲はワシボンと共に前に出た。

 静寂が周囲を包む。途方もない圧迫感によって、わずか数秒ほどの時間が数分にも数時間にも引き延ばされていくような感覚を覚えた頃。

 唐突に、圧迫感が消失した。

 

 

「む……」

 

 

 嵐の前の静けさか、それとも本当に過ぎ去ったのか……いずれにせよ脅威が消え去ったことは確かだ。

 ナナセが小さく息をつく。と、その時、ぽん、という小さな音を立てて、黒い煙状の「何か」がほしぐもちゃんの上に落ちてきた。

 

 

「……ん?」

「え……」

「あれって……」

「ぴゅい?」

 

 

 ――せいうんポケモン、コスモッグ。ソルガレオ(ほしぐもちゃん)の進化前にあたるポケモンだ。

 先の強烈な圧迫感と、それに反してまるで感じない「災い」の臭い。愛らしい現れた愛らしい見た目のポケモン。あまりにちぐはぐな状況に、あぶさんが目を白黒させて困惑する。

 

 

「……ほしぐもちゃん?」

「ロト……」

 

 

 ロトムもまた、想定外の事態に困惑していた。

 復活――とまではいかずとも、エネルギー補給してその足掛かりにはなるだろう、と思っていたところにコレだ。何をどうしたらこんなことになってしまったのか、誰も何も分かりはしないが……。

 

 

「……と、とりあえず、お姉とナっちゃんに相談してみる!」

 

 

 ユヅキは「分からない」なりに、まず人に聞くことを選択した。

 

 それから一分後に当のアキラとヒナヨもまた混乱のどん底に叩き落とされることになるのを、彼女はまだ知らない。

 

 

 

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