携帯獣異聞録シコクサバイバー   作:桐型枠

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誰もふみつけさせぬと誓って

「――俺と一緒に死んでくれ」

 

 

 避難所の学校グラウンドに展開した自らの手持ち四匹の前で、朝木は開口一番そう告げた。

 ふざけた話だ、と彼自身も自嘲する。アキラたちの勧めもあって、これまでなんとかまともに人として接するように心がけてはいたものの、それでも全員と正しく心を通わすことができたわけではない。だというのに、彼の口から飛び出したのはある種の集団心中にも等しい一言だ。

 冗談ではない、と口を揃えて抗議される可能性はあった。むしろ、関係性を考えればそうなっても仕方がなかったと言えるだろう。

 

 それでも、彼らは何も言わず、まっすぐに朝木を見つめていた。

 

 ――ゴルバットを除き。

 

 彼は他のポケモンたちと比べてどこか遠巻きで、輪の中に入っていく様子が無い。ただ周囲が明るいというだけでは説明のつかないことだが、それでも朝木は仕方ないと考えた。個々の性格だけは、どうしようもないことだ。

 

 

「ヨウタ君のフライゴンの力を借りることはできる。けど、一匹だけ突出して強くてもどうしようもねえ。囲んで叩かれたら終わりだ」

 

 

 アキラたちはさも当然のようにそういった危難を乗り越えて見せるが、一般人はそういうわけにはいかない。「数」という圧倒的な力を覆す個の力を、朝木は備えていないのだ。

 フライゴン――ラー子は前提としてヨウタのポケモンである。戦闘の一助にはなってくれるだろうが、それ以上のことは期待できない。朝木の指示能力が低いことも含めて、突出してラー子の能力が高いからこそ、朝木がその足を引っ張りかねないのだ。

 そうして瓦解したところから押し込まれ、全滅する。朝木には嫌でもそのビジョンが見えていた。

 

 

「だから、逃げたきゃ逃げていい」

「ニュァ?」

 

 

 しかし、そこで想定外の言葉がかけられる。

 四匹の顔に疑問符が浮かぶのを見て、朝木は苦笑した。

 

 

「俺は強制したくねえ。死にたくないのは誰だって同じだ……まあ、フライゴンは強ぇーから、俺らがどうこうなっても逃げきれっけどさ」

 

 

 ――――どうする?

 

 問いかける朝木の声に、応じたのはゴルバットだった。

 彼は一瞬逡巡するような様子を見せるが、それでも彼は一つ鳴き声を発して――その場から、飛び去った。

 

 あるいは、ヨウタはこうなることを見越して飛行能力を持つラー子を預けたのかもしれない、と。朝木は一瞬寂しそうにその様子を見届けるが、他の三匹がその場に残ったことを見ると、少しだけ泣きそうな顔で彼らに笑いかけた。

 

 

「悪いな。俺なんかに付き合わせちまって」

「ニュラッ、ニュッ!」

「……悪ぃ、何言ってんのかサッパリ分かんね」

「ニュアッ!!」

「うげえ!」

 

 

 波動も使えない、接した時間も濃密ではあるがそう長くはない、と。基本的に彼はポケモンが言わんとしていることが理解できない。

 ニューラとしては「もうそんなことは気にするな」と言いたいのだが、よりにもよって朝木自身に「お前何言ってんの」と言われてしまえば怒るものだ。

 それでも、彼女はその場にいることを選んだ。朝木が突き出した拳に応じる――ことはしないが、それでもその表情に陰りは無かった。

 

 

「ジャノビー、ウデッポウ。お前らも、頼むぜ」

「ジャーノ」

「…………」

 

 

 ウデッポウは声を上げて応えることをしなかった。先日朝木に鳴き声のことを言われたことが存外堪えたようだった。

 ジャノビーは普段と変わらぬ不遜な態度で朝木を見上げている。その変わらなさすぎる態度に朝木はむしろ頼もしさを覚えた。

 

 

「うっし。そんじゃ……」

 

 

 行くか、と務めて冷静に呼びかけようとして、朝木が自分の手が震えていることに気が付いた。

 恐怖だ。

 この期に及んでまだ怖がってやがる、と彼は臆病風に吹かれかける自分を殴りつけたい衝動に駆られた。

 

 

(今の俺らより圧倒的に力量(レベル)の低かったアキラちゃんたちが単独で敵陣に突っ込んでったけど、あの子らマジどんな心臓してんだよ……)

 

 

 本人に問えば、「できることをしているだけ」と言うのだろうが、仮に同じ能力があったとしても、朝木はそこまでやれる自信は無かった。

 しかし、そうして行動したことで、少女(アキラ)は確かな結果を出している。なら、大人(朝木)がそれに追随しないわけにはいかなかった。

 

 

「……行くぜ」

 

 

 拳を握り、無理矢理に震える手を抑えつけ、朝木は前に一歩足を進めた。

 

 

 

 〇――〇――〇

 

 

 

 反抗勢力の急先鋒たる七人の中で、最弱に数えられるのは間違いなく朝木レイジだ。

 彼らを支えるための専門的な技能こそあるが、精神薄弱で戦略眼に欠け、ポケモンたちも自衛目的以上に鍛えられていない。周囲に引っ張られて「自衛」に求められる基準こそ際限なく高まりつつあるが、それでも他の六人と比べれば欠点が多すぎるのだ。

 

 簡単な仕事だ、とレインボーロケット団の下っ端たちは、嘲りを込めて呟いた。

 彼らにとって、「反逆者狩り」は重要な任務だ。これを一つ成し遂げるだけで幹部への昇格が叶うともされている。しかし狙いとなるのは、後ろに隠れて震えている臆病者。かのアサリナ・ヨウタと当たる可能性も否定できないが、彼は負傷中の身。本名不明の「白光(びゃっこう)」、「血判(けっぱん)」といった怪物と比べれば、なんと簡単な相手だろうか。

 

 五月も中旬から下旬に差し掛かろうかという、梅雨を目前にした時期。

 アクア団の支配する徳島県となれば、多少道路が濡れていたりしても、それはごく自然なことだ。

 

 ――だからこそ、レインボーロケット団員の下っ端たちは、油断する。その油断こそが、周囲の状況に気を配るという、当たり前の思考をおろそかにさせていた。

 

 

「……?」

 

 

 一人、隊列からやや離れた位置を歩く男がいた。彼は削れたアスファルトに溜まった泥水を見て、何やら言い知れないものを感じ取った。

 ポケモンたちが野に放たれた今、そんなものはどこにでもある光景ではある。野生のポケモン同士のいさかいや、鉄よりも遥かに硬いポケモンが激突した、などだ。しかし、男はそれを「そういうもの」だと判断することをためらった。ひとりでに、ごくわずかな波紋が水面に立ったからだ。

 風にあおられて小石が落ちたか、あるいはただの見間違いか。首を傾げた男に、先行する団員が声をかける。

 

 

「おい、置いていくぞ!」

「あ、悪い」

 

 

 その思考が遮られ、彼らは再び避難所に向かって歩き出す。その顔には、弱者をいたぶって遊んでやろうという下卑た笑みが浮かんでいた。

 彼らの士気は高い。故にこそ、彼らは見落とす。その水たまりが、濁っているため分かりづらくとも相当な深さがあるということを。それが人工的(・・・)に造られた水たまりであることを。

 そこに、一匹のポケモンが潜んでいるということを。

 

 ――ぎちり、という金属が擦れ合うような音がする。それに反応できたのは、数名とそのポケモンのみ。いずれも水たまりから近い位置にいた。

 絶好のカモである。

 

 

「――――!!」

 

 

 言語化できない叫びを発しながら、泥水の中からウデッポウがその身を躍らせ、「みずのはどう」を放った。

 

 

「ギャンッ!」

「な……ぶわあっ!!」

 

 

 その威力は見た目ほどに大したものではない。威力ではなく、効果範囲のみを追求した一発だ。身体のやや小さなウデッポウ自身にも大きな負荷をかける技だったが、そうして団員たちが頭からずぶ濡れになったことで「仕込み」は終わった。

 

 

「今だニューラ、『ふぶき』!」

「ニュ……ラァァッ!」

「ギイイイイイイッ!」

「ぎゃああああああっ!」

 

 

 そうして襲い掛かるのは、ニューラが巻き起こす極低温の風だ。

 滴り落ちるはずの水が急激に凝固し、顔に張り付いて鼻や口を塞ぐ。あるいは目に影響を受けている者もいるだろうか。服や靴が凍り付いて行動不能になった者の姿もあったが、そこまで被害を与えられたのはせいぜいが十人に満たない程度のものだった。

 

 

(減らねえ!)

 

 

 朝木は泣きそうになった。ひとつのパーティで何十人もの敵をひと息で蹴散らして見せるヨウタやアキラの姿を見慣れているせいで、感覚がマヒしていたのだ。「もしかしたら俺でも」という幻想は即座に砕かれた。

 

 

(どうする? 退くか? いや――)

 

 

 周囲には草むらや木々がある。避難所も山に近いため、不用意に距離を取ればデルビルなどのほのおタイプのポケモンの技によって延焼し、大規模な山火事が発生する可能性もあった。

 レインボーロケット団員たちも火に巻かれることは確実だが、彼らにそこまで先のことを深く考えられるような頭があるなら、そもそもレインボーロケット団になど加入していない。目先のことだけにしか目が行かないからこそ、下っ端という地位に甘んじているのだ。

 何より朝木自身、同じ立場ならそういう手段を採ることもありうる、と確信しているのもあった。自分がやるなら敵も、ということだ。ならば。

 

 

「前に出ろッ!」

 

 

 集団に近づくように、前に出ること。

 目先のことにしか目がいかないのなら、これも「目先のこと」にしてやればいい。自分に燃え移る可能性があると見れば、彼らも流石に躊躇する。

 そしてもう一点。朝木の走り方は硬く、へっぴり腰そのものだったが、だからこそ相手には「大したことの無い相手」という風に映る。ここだと思った位置に朝木がついたその瞬間に、敵のリーダー格と思しき男が口を開いた。

 

 

「殺せぇぇぇっ!!」

 

 

 わっ、と勢いよく黒服の男たちとそのポケモンが朝木に向かって殺到した。

 

 

(早まったかも。俺死んだわ)

 

 

 というのが、その光景を――まるでポケモンたちがそのまま壁になって迫りくるような、迫力満点の情景を見た朝木の頭に湧いた感情だ。

 コラッタ、デルビル、ポチエナ、ドガース……数々のポケモンがひと塊になって迫ってくる様は、恐怖そのものだ。

 単純に数の差だけを見ても、百倍はくだらない。本来なら勝ち目のない戦いだ。はっきり言って、彼は今すぐ逃げてしまいたかった。

 

 それでも必死の形相で、髪が貼り付くほどに冷や汗を流しながらもその場に両足をつけて立っているのは、自らが退けば後ろで誰かが死ぬということを理解しているからだ。

 朝木がヨウタの実力を疑うことは無い。更に言うなら、彼は自信の無さと引き換えに仲間たちの実力に全幅の信頼を置いていた。ヨウタが突破に成功するのはもはや当たり前の、言うなれば前提条件だ。朝木自身の作戦の成否こそが、死人が出るかどうかの分水嶺だった。

 

 その姿を見て、黒服たちはほくそ笑む。この戦力差に挑んでくるなど、愚か者にしても甚だしい、と。

 

 

「ホラ、また油断した」

 

 

 ――そして、その嘲弄を最も歓迎していたのは、他ならぬ朝木だった。

 彼は弱い。それは事実だ。だから、できるなら下限ギリギリいっぱいまで侮って思考停止してほしい。そうした方が、どんなにか稚拙な策であっても勝手に「刺さって」くれるのだから。

 

 

「フラァァッ!」

「――――な」

 

 

 次は、黒服たちの顔と肝が凍り付く番だった。

 フライゴン――ラー子が突如として上空から現れる。ひと塊になったポケモンたちに向かって叩き込まれた「ドラゴンダイブ」は、その場にクレーターを穿ち、およそ半数のポケモンたちを「ひんし」に追い込むほどの威力を発揮して見せた。

 

 

「ふ……フライゴン!? まさか、あのアサリナ・ヨウタの……!」

「嘘だろう!? 何で自分のポケモンを、よりにもよってあんなザコに……がぁぁ!」

「ザコだからこのくらいしねえと勝てねえに決まってんだろバァァァァァカ!!」

 

 

 優位に立ったと確信した朝木は、小学生じみた語彙で黒服たちを思い切り煽り倒す。

 事実、彼は弱いからこそ(・・・・・・)戦力となるラー子を預かっている。だが、それはレインボーロケット団員から見れば、到底理解できることではない。

 

 ――自分の(ポケモン)を他人に預けるなんて。

 

 レインボーロケット団は悪人の集団だ。互いが互いを出し抜き合い蹴落とし合うという悪の巣窟において、団員同士の信頼・信用など角砂糖よりも脆いものと言って過言ではない。

 ひとたびポケモンを貸し出そうものなら、借りた人間が雲隠れし、違う派閥に乗り換える……などということは日常茶飯事である。欲したものは奪うというのが、彼らの大原則だった。

 これが例えばランスのような、どちらの価値観も想定して行動できる者なら、この展開も予測できた範囲だったと言えよう。しかし、今この場にいる者の基準は常に「自分」だ。故に、彼らはある程度複雑な思考を求められる幹部格に至ることができない「下っ端」でしかないとも言えた。

 

 

(こいつらの考えるくらいのことなら、手に取るように分かる! たりめーだ、俺だって似たようなもんだからな……!)

 

 

 朝木は自分が善良な人間ではないと自覚している。保身的で、自己中心的。それはレインボーロケット団の下っ端の感性とほど近く、一度は彼らと同じところまで身を落としたことからも明らかだ。

 だからこそ、レインボーロケット団員の行動は、彼にとっては非常に読みやすいものとしか映らない。

 

 

「よし、ジャノビー! 『グラスミキサー』!」

「ジャーノッ!」

「フルルル――――!」

「ニュウウ――ラッ!」

 

 

 目先のラー子に注視していた彼らの背後からジャノビーが飛び出し、刃のように硬質な葉を巻き込んだ強烈な空気の渦を放つ。

 これに呼応したのはラー子とニューラだ。「すなあらし」と「ふぶき」を更に別方向から挟み込むように放つことで、この一帯に凄まじい規模の爆風が巻き起こった。

 

 

「ギャワンッ!」

「ひっ……ぎゃあああああっ!」

「アオオオ――――――ン!」

「うっ、うおおあああああああっ!」

「ち……近くのものに掴まれぇぇぇぇ!!」

 

 

 大型車すら容易に吹き飛ばしかねないほどの威力を誇る上に、極低温で凍り付いた葉が肉を切り裂くという地獄のような竜巻だ。人が、ポケモンが、紙きれのように巻き上げられ吹き飛ばされていく。

 敵にとっても悪夢のような技になったが、朝木にとってもあまり望ましい光景ではない。落下した時、打ちどころが悪ければ想像よりも容易に人は死ぬのだから。

 

 とはいえヨウタの例もある。この竜巻よりも遥かに規模も威力も大きいイベルタルの「ぼうふう」を受けてなお、彼は肋骨や手指の数本を折る程度で済んだのだ。「あちら」の世界の人間はかなり頑丈であることがうかがえる事例だった。

 

 

「こっちだって死にたくねえんだ、手足の一本や二本、悪く思うんじゃねえぞ……」

 

 

 落下した男たちの腕や足から鳴るバキ、メキという音に、元医療従事者としての朝木の側面は、強く抵抗を感じた。怪我人を増やすようなことは、彼にとっても本意というわけではない。

 

 

「このゴミがああああああッ! 行け、オコリザル!」

「加勢する! リングマ!」

「!」

 

 

 そんな中、暴風から逃げ延びた運――と、そして実力を備えた団員のうち二人が、新たにポケモンを繰り出してくる。いずれも相応に高いレベルがあって初めて進化するポケモンだった。

 

 

「くっそ手に負えるかあんなの! すまねえフライゴン、頼――――」

「――――!!?」

「ッ!?」

 

 

 自分のポケモンたちでは手に負えない可能性がある、と察した朝木の反応は早かったが、それよりも遥かに早くラー子の姿が彼の視界から突如として消失した。何らかの攻撃によって吹き飛ばされたのだと気付いたのは、先にいた位置から数十メートル先の上空にフライゴンの体色特有の緑色を目にした時だ。

 目で追い切れないほどの速度で動くポケモンがいる。それは間違いないことだ。

 

 

(……マズい、マジで見えねえ! 目で追い切れねえのは当然だが、それどころか何も認識できねえって時点でおかしい! コケコ以上の速度だと!?)

 

 

 朝木の知る限り最速のポケモンは、雷とほぼ同じ速度で動くことができるカプ・コケコだ。雷の実際の速度は本当の意味での光速には遥かに劣るものの、それでも秒速200kmという凄まじい速度だ。朝木が知る限りそうした動きをされると目に線のようにして「焼き付く」ものだが、ラー子を吹き飛ばしたポケモンはそれすら無いほどの規格外の速度を有している。

 

 

(コケコと同レベルの速度を出すには準伝から伝説レベルの種族的な強さが必須。一般ポケモンじゃヨウタ君レベルで鍛えねえとそこまでの速度は出せねえ。考えろ! ゲーム基準で考えてもしょうがねえのは分かってる指標にはなる。種族値130以上の伝説、準伝、UB……)

 

 

 ゲームと同様に考えるべきではないというのがヨウタの言葉だが、それでも朝木は多少、それが基準になるということもこれまでの戦いの中で知っていた。

 彼は応用力が必要な「知恵」は他のメンバーより劣るが、「知識」だけは誰にも負けないものを持っている。ポケモンの知識に関しても、ヒナヨに比肩するほどだ。

 

 

(……三択! デオキシスはアキラちゃんたちが確保してる、ゼラオラは「雷と同じ」って明言されてる以上コケコと実質同速! ってことは――フェローチェだ! 間違いねえ! アキラちゃんが戦ったっつーUB使いの……日本人の裏切り者がいるって部隊の連中か!?)

 

 

 彼にとっては最悪の展開だった。ヨウタの存在を前提に考えると、当然と言えば当然のことではあるのだが、一度攻撃を受けただけでも総崩れになりかねない朝木の側から見ると、速度に特化しているフェローチェは特に相性が悪い。正面から戦いたい相手でも、ましてや戦える相手でもなかった。

 

 

「そっち頼む!」

「……!」

 

 

 顔を上げて視線を寄越せば、ラー子は「任せろ」とばかりに頷いて見せた。

 

 

「ジャノビー、ウデッポウ、その二匹は頼む! ニューラ、周りの連中を近づけさせないでくれ!」

「ニュラ!」

「ジャノ!」

「――――」

 

 

 代わって、前に出るのはジャノビーとウデッポウだ。圧倒的に体格で劣る二匹が自然と気圧され、上から見下されるかたちになるが――それを許せないと感じたのが、自尊心の強いジャノビーだった。彼は上空から体ごと叩きつけるように突き出した「クロスチョップ」を素早い身のこなしで躱すと、尾先の鋭い葉を用いた「リーフブレード」でオコリザルの背を切りつけた。

 

 

「ゴァッ!!」

「――――!」

「グッ、キィィッ!」

 

 

 激昂したオコリザルに、ウデッポウから文字通りに冷や水(みずのはどう)が浴びせられる。先に使った範囲を重視したものではなく、正しく「技」として完成している高威力の一撃だ。虚を突くように顔面に――そして、正面に開いている鼻の穴にそれを直に受けてしまったオコリザルは、その瞬間にわずかに視界と嗅覚とを同時に潰された。その不快さと、感覚の二つが同時に潰されるという異常事態によって「こんらん」したオコリザルは、周囲に当たり散らすように拳を振るった。

 

 

「ブッ……キィィィ―――――――!!」

「グ……ガッ!」

 

 

 そのあおりを受けたのは、他ならぬリングマだ。腹部にオコリザルの拳が突き刺さり、その身がのけぞる。

 本来ならトレーナーがこの機を見計らって指示を出すところだろうが、朝木にとっては「ここから強引な反撃が来るかもしれない」という事実は指示を躊躇させるに足るものだ。だからこそ、そのことを理解しているポケモンたちは、わずかに言葉をかけるのを躊躇した、その心の機微を読み取って自ら動く。

 

 

「ジャノォッ!」

「ゴアァッ!!?」

 

 

 リングマの上に回り込んで、その体重ごと押し潰すような「たたきつける」。その腹部に拳を突き込んでいたオコリザルもまた、それに巻き込まれて地面に顔を叩きつけられることとなった。

 

 

「くっ……お前! ……何してる! リングマ、そのザコ共を殺せ!」

「チィィ……オコリザル、目を覚ませ!」

「正面からの殴り合いは避けろふたりとも!」

「ジャノノッ」

 

 

 そんな分かり切ったことを言うな――とばかりに、ジャノビーはニヤリと朝木に笑みを向けた。

 相手の二匹と異なり、ジャノビーとウデッポウは共に訓練を行う機会が多いこともあって、巧みに連携をして相手を手玉に取っている。このまま戦う上で、負ける要素もそうはない。

 

 あるいはいけるかもしれない、と朝木自身も僅かに気が抜けるのが分かった。

 同時に本能的に「マズい」と思い至る。戦場で気が抜けることもそうだが、何よりもそう、フェローチェ――と思しき影を繰り出した団員がいるはずなのだ。

 どこだ、と周囲に視線を巡らせようとしたその瞬間。

 

 ――彼とポケモンたち四匹をまとめて巻き込んで、凄まじい威力の水流が襲った。

 

 

「う、お、だああああああああああっ!!?」

 

 

 肺の中の空気が全て吐き出されるような錯覚を覚え、全身の骨が軋む。路肩の木に激突するようなかたちで押し流されるのは止まったが、ジャノビーとウデッポウが朝木を庇うように彼の下敷きになっていたため、二匹は目を回してしまっていた。

 当の朝木自身も、状況に適応しきれておらず頭は混乱しきりである。こんな状況で追撃が来てはマズい、と思ったところで、彼の前にニューラが回り込んで、水を放ったポケモン――ガマゲロゲをけん制する。ニューラに内心で感謝しながら、朝木はこの状況に割り込んで来た人間を探した。

 

 

「やっ……べ……げ、はっ……クソ、どっから……」

「ようやくご到着ですか、朝木(・・)さん」

「そう言うな。こちらにも用事があったのだからな。それにしても――」

「……な――――」

 

 

 そうして、彼は目にする。

 自身とよく似た黒髪を短く揃え、レインボーロケット団の制服の上から「白衣」を着込んだ眼鏡の男だ。

 彼のことを、朝木はよく知っていた。

 

 

「兄……貴……」

「久しいな、レイジ」

 

 

 ――朝木レイジの実兄、朝木コウイチ。

 

 

「無様なことだ」

 

 

 現職の医師であり、朝木の知識と価値観に強い影響を与えたその男は、冷たく嘲るような視線を実弟に送っていた。

 

 

 








〇雑記

 いつも誤字報告・感想・評価ありがとうございます。

Q.急に兄貴が生えてきた?
A.51話(いやしのねがいを~)で話の流れでボソッと明かしてます。
ちなみに名前も漢字に変換するとレイジ→黎二で次男でした。


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