携帯獣異聞録シコクサバイバー   作:桐型枠

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いのちがけの絶対防衛線

 

 

 ――無様なことだ。

 

 嘲るような、憤るような一言が、朝木の頭の中で幾度となくリフレインする。

 かつて病院を去る時に聞いたものと全く同じ言葉に、彼は一瞬目の前が真っ暗になるような錯覚に襲われた。

 

 

「お前のような考え足らずの愚図は、情勢をよく見て勝ち馬に乗れなければどこでも生き残れないと、散々言い聞かせてきたというのにな。脳味噌まで医局に置き忘れてきたか」

「…………」

 

 

 声が出ないことに、朝木は気付いた。当然だ。今目の前にいる男は、彼にとってあらゆる分野で上を行く人間だ。学問も、運動も、遊びでさえも、(レイジ)(コウイチ)に一度として勝った覚えがなかった。

 その上、研修医を辞めるきっかけとなった医療ミスを指摘し、糾弾したのは他ならぬコウイチだった。精神的な委縮は相当に大きい。

 それでも、衝撃と混乱で痛む頭を押さえながら朝木はその場に立ち上がった。

 

 

「んなこと……どうだっていいじゃねえか……」

 

 

 本来なら、朝木は当初、レインボーロケット団をこそ「勝ち馬」と認識して彼らのもとに身を寄せていた。少なくともその時は、彼は「コウイチの知る」朝木レイジだっただろう。

 しかし、今はそうではない。だからこそ、朝木自身はそれを「どうでもいい」と見做した。考え方という前提条件が変わってくる以上、この議論に意味は無い。

 不意に、朝木の頭に言葉が想起させられる。

 

 ――アンタが敵を一人でも通せば、力の無い人たちが死ぬ。

 ――だから誰も死なせるな。死んでも守り抜け!

 

 ひどく乱暴な言葉だった。何よりそれは朝木が言わせてしまった言葉で、彼女の本心から出たものではない。

 それでも、だからこそ彼は奮起した。萎えかけていた戦意を奮い立たせ、兄を――「敵」を正面から見据えた。

 

 

「け……形式的に、聞いとくぜ、兄貴。いったい何しに来た」

「出来損ないの愚弟(ゴミ)を処分し、しつけのなっていない異世界人(ガキ)を駆除しに、出涸らしの老人(カス)を廃棄に――だな」

「ああ」

 

 

 それは、ある意味で最も聞きたくない言葉だった。

 そして同時に――コウイチならば言いかねないという言葉だ。

 朝木はそのことをよく知っている。厳格な父から目をかけられていたコウイチは天才的な外科医としての腕前を持っていたが、同時にそのことを鼻にかける高慢な性格だった。朝木自身も彼からどれほど見下されて育ったことか。

 

 何より、彼は俗物だった。

 

 際限なく金や名誉というものを欲し、保身のために他人を蹴落とし、貶めることができる人間だった。

 故に、彼がレインボーロケット団に寝返ったことも必然としか言いようが無い。

 

 

「聞かなくてもよかったわ」

 

 

 万が一、億が一の低い可能性でも、一応は肉親だ。あるいはと考えた朝木の考えはその場で即座に切って捨てられた。

 同時に、彼は自分の頭の中で太い何かがぶちりと切れるような音を聞いた。

 

 

「ざけたこと言ってんじゃねえぞクソ兄貴がテメェ!! 俺の患者に手ェ出そうとしてんじゃねえッ!!」

「医者でもないお前に患者? 図に乗るな、愚弟(ゴミ)が」

 

 

 ――その言葉の応酬こそが、再び戦いの火蓋を切って落とす引き金となった。

 

 朝木と共に倒れ込んでいたジャノビーとウデッポウも、彼の怒気に引きずられるようにして武者震いの如く身をわずかに震わせる。

 「だくりゅう」に巻き込まれていたオコリザルとリングマも遅れて飛び上がり、ガマゲロゲの横に立つように布陣した。そうして直後――機先を制するべく動いたのは、朝木の三匹のポケモンたちだった。

 

 

「俺たちじゃ守りに回ったら勝てねえ! 攻めろ!!」

「大声で弱点を漏らす趣味でもあるのか? 能無しめ」

「うるせえ!」

 

 

 朝木自身、はっきりと口にすることは憚られたが、同時にそうすることでしかポケモンたちに自分たちの致命的な弱点を伝える術はないとも理解していた。

 そもそも、このようなことは既に分かり切ったことだ。言葉にするまでもなく、コウイチなら理解しているだろう。既に伝えない理由は無かった。

 

 

(相手は全員ゴリゴリのアタッカー……! 押されれば押されるだけこっちは不利になる!)

 

 

 そもそも、レインボーロケット団全体の求める気質自体は大きく「強さ」に傾いている。一人一人の人間も自己顕示欲や上昇志向が強く、サポート向きの人員はほとんどいないと言っていい。仮にそれを考えるとするなら、幹部にのし上がって以降のことだろう。

 コウイチも例に漏れず、また、生来の気質もあって攻め気が非常に強い。故に。

 

 

退がれ(・・・)!」

「何……!?」

 

 

 激突するべきところで一度退くことで、容易に体勢を崩すことができる。

 僅かに前のめりになったオコリザルとリングマを、ジャノビーとニューラが飛び上がって上から叩きつけるように地面に押し倒す。ガマゲロゲが唯一、ウデッポウによる足止めを受けそれらに一歩遅れた位置で立ち往生させられることとなった。

 

 

「ジャノォッ!」

「ゲロガッ!」

「――――!」

 

 

 その瞬間をジャノビーが見定め、オコリザルを踏み台代わりに跳躍。その両腕に風を纏わせ、ガマゲロゲに「グラスミキサー」を叩き込もうとし――瞬時に、ツタを用いて体勢を変更。空中で更に飛び上がるようにして、標的をコウイチに(・・・・・)絞り込む。

 

 

「くたばれクソ兄貴ィ!!」

「ガマゲロゲ!!」

「ゲァァァァァッ!!」

「ジャノッ!?」

 

 

 そうした次の瞬間、ガマゲロゲが跳んだ。

 短い四肢に似合わぬ極めて速い跳躍だ。彼は上空で「グラスミキサー」の発動を目前にしたジャノビーの足を掴み引き寄せ、その腹に勢いよく拳をみまった。「どくづき」だ。

 腕から放出した毒が周囲にびちゃびちゃと飛び散り、ジャノビーが苦悶に息を漏らす。しかし、その目には未だ戦意がみなぎっていた。

 

 

「『リーフブレード』だ!」

「ジャノノッ!」

「ゲロガアァッ!」

 

 

 あえて自らの内側に引き込むような一動作。その直後、ジャノビーは尾を器用に動かし、体を捻りながらその先端部の葉をガマゲロゲに突き込んだ。

 「斬る」ではなく「突く」――分厚い皮膚に覆われたガマゲロゲも、これには苦悶の声を漏らした。

 

 

「リングマ、『きりさく』!」

「ガアァァァアッ!」

「! ニュラッ!」

「グマァッ!?」

 

 

 そこへ割り込もうとしていたリングマをニューラが「だましうち」によって牽制する。朝木の指示を必要とせず、自身の感覚によってのみその体術は繰り出されているが、極めて直線的な力押しでしかないリングマの攻撃がニューラに当たる気配は無い。その様子に、思わず下っ端の一人は声を上げた。

 

 

「ポケモンが自ら……!」

 

 

 どんなに賢いポケモンであっても、戦闘中に俯瞰的にものを視るのは難しい。戦術的な行動を取るにはどうしても強い無理が出る。だからこそ、トレーナーという存在が必要になるのだ。指示を必要としないのはつまり、ポケモンがトレーナーを必要としていない……単純に命令を聞かないか、あるいはポケモンがトレーナーの考えと限界をよく理解した上で、自らよく考えて行動しているということだ。その負担の度合いは当然のことながら普通に戦うそれと比べて跳ね上がる。

 ――同時に。

 

 

「低能の浅知恵だな。レイジ、貴様が指揮できるポケモンは一匹だけなのだろう」

「………………」

 

 

 指示を「しない」ではなく、「できない」。

 朝木は一切言葉を発しなかったが、その顔色の悪さを見れば否応なく理解させられる。

 

 

「ウデッポウ、『みずのはどう』!」

「――――!?」

 

 

 しかし一方で、告げる必要の無い事実まで口にする必要は無い。まだコウイチの言葉は推測の域を出ていないのだ。まだ隠し通す目はある――そう考えての指示。しかし、彼の意思に反してウデッポウは射撃を行うことをしなかった。射線上にジャノビーがいたためだ。

 

 

「だから浅知恵だと言っただろう」

「しまっ――――」

「オコリザル、やれ!」

「ウッキャアアァッ!」

「うっ、だぁぁぁっ!!」

「む……」

 

 

 朝木はその攻撃を、体を思い切り捻って泥だらけの地面に倒れ込むことで躱して見せた。

 更に代わるように、先に命じられていたウデッポウの「みずのはどう」がオコリザルの身体を吹き飛ばす。面目躍如とも言える一撃の余波で頭から水を被りつつも、朝木は再び泥だらけのまま立ち上がった。

 これもヨウタに教わった「戦い方」の一つだ。トレーナーとして、ポケモンの攻撃をとにかく回避すること。人間を身体能力で圧倒的に上回るポケモンたちに狙われた時、みっともなくてもとにかく逃げ回り、致命的な怪我を負わないようにするために体力づくりに励んでいたのだ。

 

 

「逃げるのだけは上手いようだな。流石はたかだか患者(カモ)を一匹殺しかけた程度で怯えて逃げ出すドブネズミと言ったところか?」

「俺は俺が……ペッ! 取るべき責任を取っただけだ!」

「お前一人の首程度で責任? おめでたい頭だな。お前などと同じ血が流れていると思うと反吐が出る」

「……ジャノビー! 『グラスミキサー』!」

「ジャァノッ!」

「ゲゲゲガァッ!」

 

 

 分かり切ったことを言うな、という思いに代わって命じられた攻撃は、寸分狂わずガマゲロゲの顔面へと叩きつけられた。

 膨大な量の葉が視界を遮り、あるいは眼球を切り裂かんとするが、ガマゲロゲは両腕でそれを防ぐことで被害を最小限に抑えていく。

 その様子は、場当たり的な対処だと一目で分かるほどに稚拙なものだ。コウイチのみならず、周囲の下っ端もまた朝木を嘲るような視線を送った。

 

 

「図星を突かれて暴力か。猿にも劣る低能ぶりだな――()れ」

「ケェェェ――――ッ!!」

「!? ガッ!!」

 

 

 次の瞬間、上空から四匹目(・・・)のポケモンが飛来する。朝木の肩を抉り、翼を叩きつけて駆け抜けていくその姿は、猛禽類のそれに似ていた。

 ――バキン、と。吹き飛ばされるその刹那、彼は自らの首筋からそんな音が響くのを聞いた。体がずたずたに引き裂かれそうなほどの衝撃の中、地面に激突すると共に奥底から燃えるような痛みがこみ上げる。

 

 

「あ、ぎ、があっ、あ゛ああああああああああああああッッ!!」

 

 

 ――痛い。

 ――痛い痛い痛い痛い痛い痛い!!

 

 これまでの人生の中で痛みというものから目を逸らし、可能な限り逃げてきたツケとでも呼ぶべきか。その痛みはあまりにも鮮烈で、掻き毟るようにして彼の心へ刻み込まれていく。

 

 

「フ……フフフ……ハハハハハハッ! 無様なものだなあレイジィ……! その反応、鎖骨でも折れたかぁ?」

 

 

 悲痛な様相に、しかしコウイチは一切同情を向けることなく嘲笑だけを送る。

 彼の表情は、これ以上ないまでに優越感とドス黒い悦楽に満ちていた。

 

 

「ぎぃ……が、あああ……ぐっ、む……ムク……ホーク……!」

 

 

 薄れかける意識と視界の中、朝木は再び空へと戻っていく伏兵の正体を見た。

 もうきんポケモン、ムクホーク。「(ホーク)」の名を関するその能力は、やはり猛禽のそれに似て力強く、素早く、何よりも視力に優れている。人間一人仕留めるなど、彼にとっては造作も無いことだった。

 朝木が生きているのは、ヨウタの特訓が功を奏した形になるだろう。

 

 

「フン、無駄に避けなければ頸椎を砕いて気付く間も無く息の根を止めてやったものを。生きている価値も無いくせに生き汚いだけの見苦しいゴミめ。だがもう終わりだ。殺せ!」

「ぐっ……う、う゛ああああおお゛お゛お゛ぉぉっ!!」

 

 

 ――こんな奴に、殺されてたまるか。

 

 痛みを誤魔化すように叫び声を上げ、無事だった左腕を必死に動かして立ち上がろうと朝木はもがく。涙と鼻水と泥でグチャグチャになりながらも、彼はまだ足掻く。

 ジャノビーやウデッポウもまた、彼を救うために必死に足を動かす。技のエネルギーをチャージする――しかし、このままでは間に合わないことは明白だ。

 

 今のまま(・・・・)では、届かない。

 

 その事実を認めた瞬間、ポケモンたちの心臓がどくんと跳ねた。

 

 本当に今、自分たちは最善を尽くしていると言えるのか?

 あの特訓は無駄だったのか?

 本当に彼を死なせていいのか?

 

 浮き上がってくるいくつもの疑問。しかし、彼らはその全てに「否」を叩きつけた。

 認めない。認めたくない。認めてなるものか! その意志が強く彼らの中に灯ったその時、ジャノビーとウデッポウの身体が強く震え、輝きを放った。

 

 

「!!」

 

 

 一瞬の出来事だった。

 その体が形を変え、肥大化し、余剰エネルギーが衝撃となって周囲の大気を揺らす。

 そして、朝木の眼前にまで至っていたムクホークを、二筋の砲撃が貫いた。

 

 

「クァァァァ――――!!」

 

 

 一瞬だけムクホークは抵抗を見せたものの、それが許されたのはほんの僅かな間だけだった。ゴムボールのように吹き飛ばされた体は、そのまま周辺の木々へと叩きつけられることとなった。戦闘不能にこそなっていないものの、ダメージは相当のものだろう。

 その光景に最も非現実感を覚え、呆然としていたのは他ならぬ朝木だ。肩の痛みも忘れ、目の前で起きたことを改めて自らの中で咀嚼する。

 

 

「ジャ……ローダに……ブロスター……」

 

 

 ――進化。

 待ち望んでいた、しかし自分とは縁遠いものとも思っていたその現象が、彼の身を助けた。そして何よりも、その力を使ってポケモンたちが自分を助けてくれたという事実に、朝木の涙腺が緩む。

 更に、ブロスターは朝木に淡い桃色の光線を照射した。激痛が僅かに緩和し、最低限動ける程度にまで回復する。それが「いやしのはどう」だということに気付いたのは、彼が立ち上がってからのことだった。

 

 

「この土壇場で……」

「進化……だと……?」

 

 

 下っ端たちの間で動揺が広がると共に、コウイチの表情が憤怒のそれに彩られた。

 あってはならない抵抗。あってはならない奇跡。そのいちいちが彼の心を逆なでし、苛立たせる。これまでの気分が台無しだ、とコウイチは怒りを露にした。

 

 

「レイジィィィ……!!」

「へ……へへっ……まだ、やれるな……!」

「この……搾りカスのゴミ風情がァァァァッ!!」

 

 

 コウイチの怒りに応じるようにして、ガマゲロゲとムクホークが再び飛び出す。跳躍の衝撃でアスファルトが砕け、あるいは飛行のための足場として利用した木が幹から粉砕されていく。しかし、それだけの速度を目にしてもなお、「同格」になるまで成長(しんか)したジャローダとブロスターにはしっかりと見えていた。

 

 

「ブロロロロロロロロ――――ッ!!」

 

 

 鬱憤を晴らすかのような低い唸り声を上げ、ブロスターは砲口から「みずのはどう」を放った。

 

 

「クァァッ!!」

 

 

 先の戦いでのそれよりも遥かに規模も威力も、何もかもが段違いにまで研ぎ澄まされた一撃だ。「ハイドロポンプ」のそれに勝るとも劣らない水流の渦にムクホークは「とっしん」を仕掛けるが突き抜けることは叶わず、猛烈な勢いの水流の中で全身をヘシ折られて「ひんし」に至った。

 

 

「ジャロロロ――――!!」

「グワァッ!!」

 

 

 続くように、ガマゲロゲに相対したのはジャローダだ。長大な体全てを使ってガマゲロゲに巻き付いて締め上げると、「どくづき」を幾度となく打ち込まれるのも構わず自らの身体ごと、ガマゲロゲの頭を地面に「たたきつける」。

 しかし、直撃を受けたガマゲロゲのダメージは通常のそれよりも小さい。蛙に似たポケモンというだけはあってその外皮は厚く、衝撃を吸収する作りになっている。全身のコブを震わせ、続いての攻撃に移る――その直前だった。

 

 

「コォォォォ――――――ジャアアアアァァァアアアアアッッ!!」

「ガァッァァアァアアアァァァッ!?」

 

 

 咆哮と共に、ジャローダは自らの身体が傷つくことも厭わず、巻き付いた体ごとガマゲロゲに「はかいこうせん」を叩き込んだのだ。

 ジャローダ自身も、甚大なダメージは受ける。しかし、ガマゲロゲ自身のダメージは、本来なら吹き飛ぶことで逃げる衝撃をダイレクトに受けることで、より深刻なものとなっている。全身に巻きついたその圧迫によって骨を砕くことでガマゲロゲも「ひんし」となり、セーフティが起動。こちらもボールに戻されることとなった。

 

 

「……何だこれは」

 

 

 唖然とした様子でコウイチが呟く。つい数秒前まで朝木レイジは敗北寸前の死に体だったはずだ。それがどこで息を吹き返した?

 諦めない心などという、曖昧で不確実なものが彼とそのポケモンに力を与えたとでも?

 オコリザルとリングマもまた、ニューラとの戦闘から再びスイッチしてジャローダとブロスターとの戦闘に突入する。しかし、彼らもまたすぐに戦闘不能に陥るだろう。はっきりと勢いがついたこの状況下、委縮しかけた精神状態で勝てるほど、実力の差は無い。

 

 

「お前のようなゴミが何故……!」

「ケッ……そうだよなぁ、テメーに比べりゃ俺はゴミだよ……ヨウタ君たちに比べりゃゴミ以下だ……」

 

 

 ムクホークの攻撃の際に喉を傷つけたのか、声には咳と血痰が混じる。

 今にも倒れそうに、しかしそれでも強い意志を秘めた瞳で、朝木はコウイチに視線を向けた。

 

 

「けど……テメーらだけは死んでも絶対通さねえって決めたんだよ!」

「それで死んで何になる!? 狂っているのか貴様!」

「……なあ、おい、クソ兄貴よぉ。テメー、他人に本気で惚れ込んだようなこと、ねえだろ」

「こんな状況でくだらん色恋の話でもする気か!?」

「ハッ……そうか、そっちもそうだな。どっちも同じだ。テメーは人を好きになることがねえ。まず見下しにかかるからだ」

 

 

 いつも俺にしてるみたいにな、と朝木は続ける。

 コウイチの姿勢は常に同じだ。他人を見下し、マウントを取り、自らが上だと何としてでも知らしめる。それ故に彼に対等な目線で話すことができる友人などはいない。必要ともしていない。同時にそれは、コウイチにとって異なる価値観を受け入れる土壌が無いということでもある。

 

 

「けど、俺には……こいつらと一緒なら死んでも構わねえと思えるヤツらがいる」

 

 

 次々と想起されるのは、仲間たちとそのポケモンたち。そして、今もなお自分についてきてくれている三匹と――見送った最後の一匹。

 死ぬのは恐ろしいことだ。しかし、だからこそ、愛する仲間たちにそれを押し付けたくないと思える自分がいる。

 朝木は、左手をコウイチに向かって突き出した。

 

 

「だから……立ち向かう! 絶対ここは死守する!」

「ゴミが……ッ! 余計な御託はそこまでだ! そうやってベラベラベラベラと喋ってくれたおかげで――」

 

 

 ――直後、一陣の白い風が吹き抜ける。

 

 

「――邪魔者の始末は終わったようだぞ」

「!!」

 

 

 朝木にとって、正しくその姿を認識することすらできない最悪、かつ規格外の怪物――フェローチェが、ラー子を突破してこの戦場にやってきたのだ。

 

 

「ゴミが、死ねェッ!!」

「ジャロッ……!?」

「ブロロロロッ!!?」

「ニ゛ュッ!?」

 

 

 果たして、フェローチェはその速度の中で何をしたのか。残像すら掴ませないほどの刹那。朝木がまばたきをしたその瞬間には、ブロスターの甲殻がひび割れ、ジャローダが空中へ跳ね上げられていた。ニューラは地面と平行に、遥か彼方へと蹴り飛ばされていく。

 そしてまた、次にまばたきをするまでの極めて僅かな間隙の中。ジャローダを四方八方から襲うように、フェローチェの連撃が叩きつけられる。

 

 

「ジャローダ!!」

「ポケモン如きを心配している間があるか?」

「し――――」

 

 

 しまった、と言葉にする間も、彼には許されなかった。

 顎が跳ね上がり、空中で二度も三度も回転するほどの衝撃が体中を駆け抜ける。フェローチェが手加減をしたせいか、あるいは危機を感じ取って朝木の身体が半ば自動的に動いたせいか、ギリギリのところで意識を繋ぎ止めることにだけは成功していた。

 

 

「カ――――」

「フェロロロッ」

 

 

 血を吐きながら地面に叩き伏せられると共に、フェローチェの細い足が朝木の背に突き刺さる。文字通りに「突き刺さる」ように突き立てられた足は、そのまま彼への死刑宣告も兼ねていた。

 再び優位に立ち戻ったことで、コウイチの顔に歪んだ笑みが灯った。

 

 どれほど強い気持ちがあったとしても、それだけで勝てるのなら最初からこの戦いは終わっている。

 どれほど鍛えたとしても、鍛錬にかける時間が短ければその鍛え方はあくまで付け焼刃でしかない。

 

 ――「こう」なること自体は、彼にとってはある種の予定調和でしかなかった。

 仮に、もっと早く本格的に鍛えることを決めていれば、もっとフェローチェに対しても有効な手を打つことができただろう。あるいはもっと早くに進化を遂げ、戦いそれ自体も優位に立って進めることができたかもしれない。

 しかし、それらは全て過ぎ去ったことだ。その「もしも」の可能性を全て踏み壊しながら、歪んだ笑みを湛えたコウイチは朝木の眼前に立ってその頭を踏みにじる。

 

 

「ヒッ、ハハハッ、クハッ! いいザマだなぁレイジィ……! お前は『そう』でなきゃあいけない。そうやって無様に地を舐めろ!」

「あ゛……ごぇっ……」

「ああぁ~……いい気分だ。あの日お前を医局から追放した時のことを思い出す……」

「な……にを……」

「あぁ!? 誰が質問を許可すると言った!? ええぇっ!?」

「がっ……い、ぎっ……お゛ごっ」

 

 

 嗜虐的に、幾度も幾度も、意識を飛ばさないよう、しかし痛みだけは的確に与えるよう、コウイチは朝木を足蹴にし続ける。

 やがて僅かに気が晴れたのか、彼は陶酔した表情で朝木へとある言葉を告げた。

 

 

「冥途の土産に教えてやろう、レイジ……お前が医局を去るきっかけになった医療ミスだがなぁ。アレは、私の差し金(・・・・・)だ」

「――――――――!!?」

「つい、やってしまってな。私のミスをお前に押し付けた。あの父親(クズ)が――レイジの方が医者としての適性があるだと? だが、お前は所詮私のスペアだそうでなくてはいけない(・・・・・・・・・・・)ィ。お前は私の絞り滓だ! ゴミでしかないお前に価値を与えてやったのだからありがたく思え! お前が私の上を行くことなどあってはならない!!」

「こ…………ぼ、ごぁあぁっ!!?」

「無駄口を叩くなこのゴミがぁっ! そろそろお前も殺して――――」

 

 

 と。

 朝木の頭を踏み砕くべく、足を高く掲げた瞬間――その足に食らいつく影があった。

 

 

「がああああぁっ!!?」

「ゴルルルアアアアアアッ!!」

「な…………!?」

 

 

 ――――ゴルバットだ。

 逃げ去ったはずのポケモンが、何故かこの場に舞い戻ったのだ。その目は憤怒に彩られており、全身全霊でもってコウイチの足を噛み砕かんと力を加えている。

 しかし、それをするにはあまりにも間が悪い。彼の姿を目にしたフェローチェは、即座にゴルバットの翼を蹴り抜き、蹴り砕いて吹き飛ばしたのだ。

 

 

「ゴルバァッ!?」

「ご……ゴルバット……!? お前……」

 

 

 何で、と問いかけかけたその時、彼が目にしたのは怯えて涙を溜めながらも、射殺さんばかりにコウイチを睨みつけるゴルバットの目だ。

 フェローチェは汚いものでも見るかのように侮蔑の視線を送り、再びその倒れ込みかけた身に猛攻をかけた。

 

 

「フェロロロッ」

「ゴゴァッ――キィィィィ!!」

「!!」

 

 

 ゴルバットは折れ、貫かれた翼で果敢にそれに応戦する。一秒にも満たない攻防の中、彼の身にも大きな変化が起きた。

 その大口が縮み、足が翼に変化する。体毛が徐々に赤みを帯び、紫色に変化していく。

 

 ――進化だ。

 

 ゴルバットが進化するためには、高い「なつき」度が必須だ。これまでの態度からそれと匂わせることが無かった彼の変貌に最も驚いているのは、他ならぬ朝木自身だろう。

 嫌われている。距離を取られているとずっと感じていたのだ。しかし実態はやや異なる。それは、人間から虐待を受けていたゴルバット自身が、どう距離を取るべきかを測りかねていた、という前提があった。

 故に甘え方が分からない。どう接したらいいか分からない。適切な距離を取ろうと模索し、実際にストレスがかからないよう取り計らっている朝木は、ゴルバットにとっては救いに他ならなかったのだ。

 

 実のところ、彼は逃げ去った後も、空から朝木を見ていた。そうして、いよいよという場面を見て――決壊した。

 あの人間を殺されたくないという自らの感情に、初めて素直になれたのだ。

 

 

「もう……やめ、ろぉぉ……!」

 

 

 ――その結果が、半ば嬲り殺しにされかけている今の現状だ。

 朝木は悲痛に声を漏らした。自らもまた今にも死にそうなほどに傷ついているにも関わらず、それよりもクロバットが傷つくことが耐えられなかった。

 

 

「コイツを殺せば、お前はもっと傷つくのか?」

 

 

 嗜虐的な声が、朝木の心を切開する。

 手持ちのポケモンは全て戦闘不能。朝木自身の身体も動かない。もがくように手を伸ばしかけるも、指先ひとつ動かない。ただ、その口から血が漏れ出るだけだった。

 

 

「あ……があ゛あ゛ああああああああぁぁッ!!」

 

 

 悲鳴にも似た絶叫に気を良くしたフェローチェは、その足先を鋭く尖らせてクロバットの脳天に向けて――――叩きつけた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――――その姿が消えていることに、気付かず。

 

 ざしゅ、と。フェローチェの足先が地面に突き刺さる。

 ほんの今、一瞬前までいたはずのクロバットの姿が、そこに無い。いや、それどころではない。朝木レイジの姿もまた、倒れていた場所から消えうせていた。

 

 

「な……に……?」

 

 

 思わず、コウイチは疑問の声を漏らす。これはいったいどういうことだ。何故自分もフェローチェも一切気付かない間に、ふたりが消えた?

 その疑問を解消したのは、コウイチたちの視界からやや外れた位置から静かに響いた鈴の鳴るような声だった。

 

 

「――――ごめん、遅くなって」

 

 

 そこにいたのは、白い影だ。

 悲痛な色に彩られた声は、常の気の強さを感じさせないほど弱々しい。後悔に満ちたその声を知る者は多くないが、一方でレインボーロケット団にとってその姿は言うなれば悪夢の象徴とすら言えるほどに名高い。

 白い悪魔。あるいは、白光と呼ばれるようになった少女は、朝木レイジとクロバットを抱きかかえてそこに座り込んでいた。

 

 

「……遅……くは、ねえ……」

「喋っちゃダメだ。こんなになるまで戦って……あんなこと言ったからって、本気に取るなよ……馬鹿……」

 

 

 適当なところで逃げると思っていた――と言うよりも、そうして欲しかった、と言うように、彼女は優しく言葉をかける。

 ここまで戦ってくれたおかげで死者が出ずに済んでいることは確かだ。故に、彼女はそれ以上に言葉をかけることができなかった。

 

 

「……リュオン。ふたりを頼む」

「リオ」

 

 

 呆然と見ているレインボーロケット団員たちの前で、少女はルカリオを出して朝木とクロバットの身柄を預けた。

 その手からは桃色のモヤのような波動が生じており、なんとか両者の傷を緩和するべく「いやしのはどう」が放たれている。

 

 

「――貴様」

 

 

 その闖入者に最も怒りを露にしたのは、コウイチだ。

 何故。どうやってここに。そういった疑問、疑念を、彼の中の激情が洗い流していく。

 よくも気分のいいところに水を差すような真似を。しかし、ルカリオのスピードでは、フェローチェには敵わない。いずれにせよここで殺す――と、彼はフェローチェに指示を送るべく腕を持ち上げた。

 

 ――そして次の瞬間、雷よりも素早く動くことができるはずのフェローチェが、機先を制されたように顎を跳ね上げられる。

 

 

「!!?」

 

 

 いったい何が起きたのか。それを探るより先に、少女が幽鬼の如くゆらりと立ち上がる。

 

 

「お前か」

 

 

 そして、血を落としたような赤い瞳を向けられた瞬間――コウイチは、突如として瞬時に自らの全身を切り刻まれるような錯覚を抱いた。

 

 憎悪も憤怒も、医局という政治闘争の場にいる彼にとってはよく慣れたものだ。あるいは患者を救えなかった時、往々にして遺族からそうした目を向けられることもあった。

 しかし今突きつけられているのは、それらすべてがそよ風のように感じられるほどに凄絶かつ濃密な殺意だ。彼にとって、それは一瞬全ての言葉を失わせるに足るだけの威力を秘めている。

 

 

「わたしの仲間を、あんな風にしたのは」

 

 

 その瞬間、死を覚悟させられることになったのは、レインボーロケット団の側となった。

 

 

 









独自設定などの紹介

・朝木父
 ちょっぴり厳格な性格の病院長。兄のコウイチに目をかけていたが、こいつ傲慢すぎるなということは以前から感じていた。
 「レイジの方がちゃんと患者に向き合う分医者に向いてるよ(だからお前も謙虚な心を持ってね)」と伝えたせいでコウイチは逆恨み。レイジは医療ミス擦り付け事件を起こされる。
 その後現在に至るが、なまじ兄は優秀だったせいで隠蔽も完璧にしてしまったので、まだ本当にレイジがやらかしてしまったものと思っている。


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