さて。
とりあえず、近所の交番に言って状況を説明し、気絶したレインボーロケット団員の身柄を拘束してもらった後、オレたちはばーちゃんちの居間に戻って向かい合っていた。
頭の上にはチュリも一緒だ。ヨウタの方は、さっきの戦いで傷ついたポケモンたちを休ませるためにボールに戻している。
「で……何の話からすりゃいい?」
「全部かな」
「分からないことが多すぎるロト……」
「だろうな」
っつってもな……オレだって分かってないことあるんだぞ。この身体能力とか。
まあ、言わないよりはいいか。
「筋力の方は、女になってからなんか滅茶苦茶に強くなってた」
「……つまり、その時に改造か何かされて?」
「多分な」
でもまあ、これは別に大層なことでもない。女になったことに比べると、オマケみたいなもんだ。
女になったのと同時に起きた異変なんだから、女になった理由が分かればその時に一緒に理由も分かるだろ。そう思って一旦置いといてるってのもある。便利だし。
「あの電気はどういうことロ?」
「拳法の奥義の一種だ。身体の生体電流を増幅してる」
「拳……法……?」
「気ってあるだろ。アレの発展形」
「胡散臭……」
「あんまそういうこと言うなよ。師匠キレるぞ」
「ご、ごめん」
そういえばオレもはじめの頃そんなこと言ってたっけ。
何でこの拳法始めたかって動機は覚えてない――ってか、消えてるんだけど。
「下手な使い方をすると、筋肉と神経が焼ける諸刃の剣だな。ただ、今んとこオレはあんまり負荷なく使える」
「それは……改造されたから?」
「多分な。ていうか、こうなる前は使えなかったからほぼ確実だ」
元の身体だと負荷が強すぎて使うどころじゃなかったんだよな。それこそ今言ったみたく、筋肉が焼けかけてたくらいには。
オレの身体が「改造」されたってのはそういうことだ。純粋に強靭になったのか、最適化されたのか……どっちかは分からないが。
「……で、何でこんな技術を覚えようとしてたの……?」
「ごめん、覚えてない」
「そこ大事なんじゃないか!?」
「覚えてないのはしょうがないだろ。まあ無くなったもんはどうもこうもねえ」
「思い出す努力とかしようよ!」
「お前思ったよりか頑なだな……」
「気にしてないアキラがおかしいんだよ!」
そうだな。オレもそう思う。けど便利だしいいじゃないか。この状況には適してる。
悪人が只人を食う修羅の園。今の四国で、力無くただ漠然と正義を叫ぶことなどできはしない。
「気にするのは分かるけど、今はそれ気にしてる暇無いだろ。女になっちまったのと同時にこんな体質にもなった上に記憶も無くしたんだ。だったら、一つ原因が分かればどの原因も分かってくるはずだ。今はレインボーロケット団のことを優先して対処しようぜ」
「至極まっとうなことを言ってるはずなのに……」
「違和感がものすごいロト……」
「お前らいい加減しつこいぞ」
まあ、いずれにしても納得はしてるようなので話は続けよう。
「とりあえず、あいつらを追っ払うことには成功したけど、二度とここに攻めてこないなんてことは無いだろうな。今回はオレのことも知られたし、次はもっと強い連中を連れてくるはずだ」
「うん……」
「だから、今は逃げる」
「に……逃げる!? ダメだ、そんなことしたらっ!」
「じゃあお前、今のままで何とかなると思ってんのか? 勝てるってんなら、理由を聞かせろ。納得行くハナシなら、オレは全力で……命懸けでそいつに乗ってやる。勢いで言葉にしちまったんなら、まずは落ち着いて考えろ。……今のオレらだけでアイツらに勝てんのか?」
そう問いかけると、考え込むように押し黙ったヨウタは、しばらくして鉛でも吐いてるかのような重苦しいため息をついた。
「……街の人たちを見捨てることになる。本当にそれしかないのかな」
「結果的には、そうだ」
オレもまた、
ヨウタが見捨てないでいたいと思う気持ちは、痛いほどに分かる。オレだって、今のオレを受け入れてくれた街で、自分が育った場所だ。尊敬してるばーちゃんもいる。それを見捨てて出て行くなんてしたくない。オレたちには街を守れる力があるのだから。
しかし。
「オレたちが捕まったり殺されたりしたら、全部終わりだ」
希望の芽くらいは、遺せるかもしれない。
後の時代になって、虐げられている人たちの中から救世主と呼ばれるような人物が出てくるかもしれない。
しかし――それでは、「今」は救われない。
オレたちが守りたいのは、今の日常だ。あいつらにブチ壊されてる何でもない日々だ。取り戻すには、戦う以外に道は無い。
「だから……逃げる?」
「そうだ。ヨウタが万全にならなきゃ、まずスタートラインにも立てねえ。オレらが弱いままじゃ、足手まといにしかならねえ。そんで、オレとヨウタだけじゃ、『組織』ってものには勝てねえ」
――それをひっくり返すために、逃げる。
そのことを理解したヨウタは唇を噛み締めて顔を俯け、ロトムは沈痛な面持ちで目(にあたる部分)を閉じた。
「……アキラは」
「あ?」
「アキラは……それでいいの?」
「いいわけないだろ」
ミシリ、と。手を当てていた机が音を立てて軋んだ。
さっきから脳味噌は沸騰しそうだし、今にも飛び出していきたい気持ちは強い。太ももに爪を立てて抑えてなけりゃ、多分とっとと剣山まで走ってただろう。
今のまま戦ってもどうにもならないからこそ、オレも迂闊には飛び出せない。正直なところを言えば頭の中じゃもうどうやってヤツらを殴るかをずっと考えている。一撃でいいんだ。本当に。顔面に全力で一撃入れればオレは満足なんだ。命の保証はできないが。連中の自業自得だ。慈悲は無い。
「戦略的撤退ってやつだ。今は逃げる。だが、必ずここに戻る。その時にはみなご……お……一人残らず追い払ってやる」
「今凄まじく物騒なことを言いかけたね?」
「聞き違いだぜ。オレは善良な市民ぜ」
「そんな喋り方もしたこと無いよね?」
「誤差だぜ」
オレだってただのいち市民とはいえ、品行方正な方じゃなくてむしろ粗野な方だってのは自覚がある。こういう物騒な言葉が飛び出しそうになるのは勘弁してほしい。正義の味方とかじゃないんだから。いや最近の正義の味方も時々乱暴なのいるけどさ。
「ともかく! オレたちは逃げるためにやるべきことがいくつかある」
「それは?」
「まずは、街の人たちに事情を説明して防衛体制を敷いてもらうこと。バリケードのひとつでもあれば多少は時間が稼げるだろ」
あっちも「面倒くさいから後回し」ということにしてくれるかもしれない。希望的観測だけどな。でも何もしないよりはマシだろう。危機感の一つも煽っておいた方が、守りを固めるにしてもやりやすいか。
「次に、戦力だ。ヨウタ、モンスターボールってどのくらいある?」
「……だいたい、十個くらい」
「少ないな」
「そんなに普段から持ち歩く人いないよ」
「そういうもんか? ……そういうもんか」
既に決まった六匹のメンバーがいれば特にそうだが、普通は余計に手持ちポケモンを増やすようなことはしないだろう。
家族が増えるというか、ペットが増えるというか……とにかく、手持ちポケモンを増やすということは、どれだけ責任を負うことができる対象を増やせるかということにもつながる。一匹だけが適正という人もいるだろうし、もっと増えてもいいという人もいるかもしれない。そう思うと、緊急時のため、という程度の心構えで持っている数としてはそんなとこか。
バッグも異次元じゃないだろうし……オレたちみたいに「最近の最終決戦はパッケージ伝説ポケモンを捕獲してから挑むことになるかもしれない」なんてメタ知識を持ってるってワケでもなければ、最終決戦の時にわざわざモンスターボールを持って行くような必要も無いだろう。かさばるし。
「それ、いくつか譲ってもらうこと、できるか?」
「いいけど……何に使うの?」
「バラして作り方を調べて、量産できるようにしたい」
「え、ええ……? 大丈夫なの、それ?」
「大丈夫であろうとなかろうと、やらなきゃ詰む」
倫理的にか、技術的にか……どっちにしたって、やらなきゃ終わりだ。
事前にモンスターボールに対する寸評として述べた通り、200円という安価さで流通しているということはそれ相応にポピュラーな素材が必要なはず。それを明らかにすれば、モンスターボールの作り方も分かる……はず。
いわゆるリバースエンジニアリングというやつだ。言葉の使い方違うかもしれないけど。
「モンスターボールの理論って覚えてるか?」
「いや……ごめん、知らない。本場の僕が知らないって言うのも変だけど」
「ニシノモリ教授の論文のことロ?」
「そう、それだ。多分。名前は……知らないけど。ポケモンが弱った時、自分の身体を縮小させてペンケースだか眼鏡ケースだかに入り込んで体力の回復を図ったってやつ。モンスターボールが普及するより前は、ぼんぐりを使ってたっていう話もあったよな。だったら、この世界独自のボール……じゃなくても、ポケモンを捕獲できる何かが作れてもおかくないはずだ」
確証は……無いが。それにしても、やってもみないうちから「できないかも」と思って諦めるのは馬鹿げてる。
「これで、街の周り……だけじゃないな。ざっと見た感じ、街中にもポケモンがいる。ああいったポケモンたちを味方にできれば、心強い」
「そうだね……あ、レインボーロケット団の人たちから没収したポケモンたちはどうだろう?」
「……見るか?」
「え、いいの?」
「知り合いに預けてある。けど、期待はすんなよ。とりあえず話の続きだ」
「あ、うん」
一応、近所の交番の署長さんだから、よっぽどのことが無けりゃ大丈夫だと思うが……あの人もそこそこ抜けてる部分あるからな。ちょっと心配だ。
まあ、ともあれ、もうちょっと話を進めよう。こっちは後から行くからいい。
「で、戦力だ。仲間を集めなきゃどうしようもねえ」
「そうだね……どうする?」
「ネットは使えて地元サーバーくらい……よりにもよって検索エンジンが全滅してるのが痛いな。クソッ……掲示板で募ったりは無理だ」
「ネットの力を過信しすぎない方がいいロ。そういう場だと、つい大きなことを言っちゃう人もいるロ」
ポケモンなのに人間の機微をよく分かってるじゃないかロトム。
いやポケモンだからこそか。どっちにしてもそうだな、としか返しようがねえ。
「ああもう面倒くせえ! とりあえず出たとこ勝負だ、こんなもん! 小難しい戦略なんてどうせオレのアタマじゃ考えられねえんだ!」
「ニシノモリ教授のこととか細かいこと覚えてるのに」
「そっちは記憶力の問題だろー……頭回すの向いてねえんだよ、オレ」
失った分記憶力だけ良くなったのかなはっはっは、なんて言うと、ロトムもヨウタもドン引きしていた。
分かってんだよ。それでもポジティブに考えねえとやってけねえんだよ。
オレは気を取り直すため、手に拳を打ち付けた。
「パッと思いつくのは、とにかく片っ端から街に行ってレインボーロケット団の連中をブッ倒すことだ。そんで、街を解放して、自分たちの力で街を守れるようになってもらう。その時に誰かしらついてきてくれるならそれがベスト。そうじゃなけりゃ……まあ仕方ない」
「あまり大勢いても目立って動きにくいかもしれないしね。僕はそれでいいと思う」
「分かった。じゃ、この方向で行くとして……と」
何はどうあれその前に、さっき言ってたことだな。
「まずは、交番の方行くか」
〇――〇――〇
近所の町工場のおっちゃんにモンスターボールを一つ預けた後、オレたちは交番の方にやってきていた。
ばーちゃんちの近所の交番は、本当に小さなものだ。どれだけ大きくとも、せいぜい平屋建ての一軒家くらいのもの。交番ってそんなものだと言えばその通りだが、こう……ロケット団の団員たちがぎっちぎちに詰め込まれてるのを見ると、もうちょっと大きくてもいいんじゃないかという思いも、湧いてこなくもない。
「……ほ、他に収容するところ無いのかな……」
「さっきもさっきだぜ。そういうトコ探すのは後だろ。県警本部の方には連絡取れねーって言うし……」
流石に小学校の体育館に……とか、そういうわけにもいくまい。そういう場所はたいてい避難所になっている。この未曽有の事態で、老人や子供が避難していないとも限らない。
まずは一旦ここに勾留。あとはその内、ってつもりなんだろう。色々しがらみもあるだろうし、今はとやかく言うべきじゃない。
軽く耳を澄ましてみれば、交番の裏手の方から小さく声が聞こえてきた。あっちだな。
「署長さんってどういう人?」
「気のいいおっさんって感じの人。喋り方は関西弁……ヨウタたちで言うとコガネ弁って言った方が分かりやすいか? んで、まあ、時々厳しいけど、基本優しい人だよ」
本当なら、その辺の交番の署長さん――って言っても、そんなによく会うような人じゃないだろうけど、どうもあの署長は近所付き合いを大事にする人らしく、道端でばったり出会うような機会も多い。
あと、関西人らしくノリがいい。元々の出身は兵庫の方だとか。そんなことをヨウタと話しながら裏手の方に向かうと、制服に身を包んだ壮年の男性と、リードを持っているはずの署員の人を引きずって前に突き進んでいっているポチエナの姿があった。何やってんだあの人ら。
「署長ー」
「ええい、おすわり!」
「ガウッ!」
「座れや! ああ、くそっ……お、嬢ちゃん。来たんか」
見れば、どうやら押収したモンスターボールから出したポチエナとコミュニケーションを取っている様子。
噛まれたせいだろうか。左手は痛々しい生傷だらけ。いつもニコニコして通行人を見守っている署長にしては珍しく、顔も苦しいやら痛いやらでやけに歪んでいた。
「来たよ。どうなんだ、そいつ」
「ダメやなアレは。人のこと警戒しきっとる。虐待受けた犬によーあるヤツやな」
「他のポケモンも?」
「似たようなもんや。そうじゃないのは俺らには見向きもせんわ」
ポチエナの目は強い警戒心を滲ませていて、全身の毛も逆立っている。
下手に刺激すると、今にもとびかかってきそうだ。……というより、実際刺激した結果が署長さんの手だろう。それでリードを持ってきてみたのだけど、ポチエナの筋力が予想以上に強すぎて、署員の人じゃ止めきれなかった……と。
「やっぱりか」
「……そっか。ロケット団って」
「邪魔なガラガラを殺したりするようなヤツらだ。言うことを聞かないポケモンに暴力振るうなんて、やらないわけがないだろうな」
アニメのいつもの二人組+一匹+αを見てると感覚がマヒしてしまうが、そもそもロケット団ってのはそういう組織だ。
ポケモンを道具扱いするのは当たり前。邪魔なら殺すし、高い金になるからって売りさばくこともある。乱獲も、まあしかねないだろう。
「本当に心を開いてくれるまでには、だいぶ時間がかかる」
これがアクア団やマグマ団といった、あくまで「環境のため」なんて大義名分があるならいい。ポケモンにもちゃんと愛を注いでいるはずだ。プラズマ団も、「ポケモンの解放」なんてお題目を掲げている以上大事にはするだろう……と思いたい。オラッ、ゆめのけむりだせ! の事件があるから信用はできないが。
フレア団やギンガ団は分からないが……絆を結んでないと不可能だっていうメガシンカができてるあたり、フラダリ個人はまあ、ポケモンに対する愛情はあると考えられる。アカギもクロバット持ってたはずだからこれもいいか。
ただ、レインボーロケット団は、その名の如く中核メンバーはあくまでロケット団員。その気質もどちらかと言えばそれに近いだろう。
「ランスのゴルバットを見た時から思ってたんだ。何でコイツクロバットに進化してないんだ――とか、何でオレに振り回されてんのに、すぐ諦めるんだ――とか」
「あくまで道具扱いだから?」
「……多分な」
なつき度が最大であってはじめて進化を遂げることができるポケモン、ゴルバット。
仮にランスが本当にゴルバットと心を通わせることができてたなら、ゴルバットもクロバットになってたはずだ。
そのゴルバットだが、オレに捕捉された時、あんまりにも抵抗しないなコイツ、って思ってたんだよ。ビックリして何もできなかったってのもあるかもしれないけど、それならそれで何かアクションを起こすはず。そうじゃなかったってことは、「どうなってもいいか」という諦めが心のどこかにあったからに違いない。
再三になるが、ポケモンは人間よりも遥かに強い生き物だ。本気になれば、あの場面で引っ張り合いに持ち込むこともできたはずだ。
ゴルバットの体重は55kg。ウェイトも明らかにあちらの方が勝っている。糸を伝って電気を流せば、結局動きを止められる――とはいえ、それならそれで抵抗の姿勢を見せてなければおかしかったんだ。
「ごめん、ありがとう署長。こいつら、できれば逃がしてやってくれないかな。ここですぐじゃなくてもいいから」
「ええんか? というかどうやってやるんか?」
「あ、はい。逃がす方法ですけど、ボールのこの……内部にリセットボタンがあるんですけど、まずポケモンを外に出してもらって……」
ヨウタに説明を受けながら、署長はボールの機能を用いてポケモンを「逃がす」手順を学んでいく。
今回の戦い、残念ながら彼らが心を開いてくれるまで待つということはできはしない。時間も人手も足りないからだ。
心のケアには、長い時間がかかる。真摯に、真面目に接することでなんとか彼らに心を開いてもらうことができるならそれが一番いいが、そのために必要な時間はどれほどのものになることか。その間にレインボーロケット団が攻めてこないという保証があるだろうか?
オマケに、オレを含めこの世界の人間には、ポケモンと接する時のノウハウが無い。悪人に利用されてきた彼らとどう接すればいいか分からないというのもそうだ。加えて言えば、怯えて怯えて追い詰めて――その結果、人間に襲い掛かってくる、というようなことがあった場合、それを食い止める術が何も無い。
戦うための訓練と、心を通わすための交流。この二つを上手く両立させるためには、今は他に手が無い。
もしも、こんな戦争みたいな状況じゃなければ、もっと彼らのためにしてやれることを探していただろう。
……こうして逃がしたのは、万が一ロケット団員たちが逃げ出してきた時、再び彼らに利用されないようにするための措置でもある。
せめて人に二度と会うことなく、自然の中で心と体を癒してほしい……と、今は願うしかできない。
偽善的だろうか。偽善的だな。
それでも、しょうがない。いつか「しょうがない」って言わずに済むために、今は歯を食いしばって立つしかない。
「一応、無反応ってわけでもなく、人間を敵視してるわけでもないようなポケモンもいました。こっちの子たちは……って言っても何匹も残ってないですけど……皆さんで、どうか面倒を見てあげてください」
「うん。すまんなぁ
「いえ。今の僕にできること、このくらいしか無いですから……」
逃げるのを選んだことで、ヨウタは心の奥の罪悪感が刺激され続けているんだろう。署長の顔を見ることができず、ヨウタは顔を俯けていた。
「署長」
「ん、何や嬢ちゃん」
「嬢ちゃん言うな」
「嬢ちゃんやがな」
「見た目だけな……オレたち、これからちょっとここ出て他所行ってくる」
「おう?」
オレはというと、正直に署長にそんなことを口にしていた。
「オレたちがいつまでもここにいると、あいつらが街に攻めてくるからさ。できるだけ派手に逃げて、引き付けてくる。けど、それでももしかしたらあいつら、こっちに来るかもしれない。その時のために街を守ること、任せていいかな?」
あまりに愚直な言葉に、ヨウタが息をのんだ。
署長の目が一瞬細められる。見透かすような目だ。しかし、一瞬の跡にはもういつも通りの笑顔に戻っていて……。
「構へん構へん。行ってき。そういうのは大人の役目やからな」
朗らかに、そう返してくれた。
分かっては……いると思う。実質見捨ててるようなもんだって。それでも署長は、笑顔を絶やさないまま、大人の役目、だと言って承服した。
ごめん、と内心で謝罪が漏れた。今のままじゃ、街がどんなにピンチでも、オレたちは戻ってはこられない。
任せるには、あまりに心許ない。
それでも、やってもらうしかない。
……反撃開始は遠いな。
※ 2019/5/1 内容微修正