この世界の戦いにおいて、少数精鋭とならざるをえないアキラたちにとって、個々のパーティの強化は急務である。
既に一般的な限度である六匹を超えて手持ちのポケモンを増やしているヨウタやアキラなどは、基礎能力の向上によってより「個」の強さを突き詰めていく段階に入っているが、そうではない五人は常に新たな仲間を求めていた。
しかし。
「………………」
東雲は、後ろ足で砂をぶちまけて去っていくモグリューを見送った。
全身は砂どころか雪交じりの泥塗れで、なんとも無情な感が漂っている。
四国八十八か所を巡る旅の中、ついでに行われている勧誘はかれこれ十数度に及んでいるが、東雲のパーティメンバーは一向に増える兆しを見せない。慰めるように肩に止まったワシボンの気遣いが心に沁みるが、現実が特に変わるわけではない。虚しい限りだった。
「ダメでした」
「東雲さんも……ですか……」
問題は、生来の生真面目さに由来する口下手さだ。
同僚や仲間たちに用件を伝えたり相談したりということであれば、一切問題は無い。既に仲間となっているワシボンなどに見られるように、「仲間から」の信頼をより強くする能力に関してはナナセも東雲も申し分ないものを持っているが、「仲間になるまで」という点は極めて難易度が高かった。
「……何かコツは無いだろうか、ユヅキさん」
「う、うーん。ウチもフィーリング? だから、コツっていうコツは無くって……ごめんなさい」
「ガウッ」
「あいすす」
「ゴゴォ」
申し訳なさそうにするユヅキ――と、彼女に倣って同じく何やら頭を下げているらしいルル、そして二匹のポケモンを見て、東雲とナナセは苦笑いを浮かべた。
ユキハミのハミィと、ゴルーグのゴルムス。いずれも雪山にいる間に仲良くなってユヅキの手持ちになったポケモンだ。
どちらもごく些細なきっかけから出会ったポケモンで、
「ユヅは最終的にはフィーリングが合ったかどうかが大きいけど、ポケモンのことを感知する能力が高いことも大きいと思うロト。ポケモンと多く出会うから、結果的に良い出会いに恵まれてるの」
「そうですね……思えば、仲間にならないまでも……仲良くなったポケモン自体は、多かったように思います……」
ユヅキはすぐに二匹に出会って即座に仲間にしたわけではない。そこに至るまでには、何度かポケモンたちとの出会いがあったのだ。
例えば、寒さにやられて尻尾の火が消えかけたヒトカゲと出会ったりもしているが、これは結局山を降りるまで一緒だっただけだ。雪山という過酷な環境に強くなるための極意を見出したらしいコジョフーと一緒に修行などしていたが、それも結局は同行することなく別れている。コミュニケーションを行うことを厭わずにぶつかっていくことで心を通わせていく、というのは、活動的なユヅキだからこその手法と言える。
「どうやって、そういったポケモンを……見つけているのでしょう……?」
「え……気?」
それに伴う技能が特異すぎてアキラしか真似できなかった。
東雲とナナセは色々と諦めた。
同時に、彼女らはやはり姉妹なのだと思い至る。ヨウタを除けば、最も早く手持ちを六匹揃えていたのがアキラである。ポケモンの気持ちをよく読み取って彼らに寄り添うことで、彼女に続いて六匹を揃えたユヅキは間違いなく優秀なトレーナーと言えた。他の人間に可能かどうかは置いておいて。
対して、自衛官として、あるいは学生として、平時なら問題の無い東雲とナナセの気質は、今この場においては少なからず足を引っ張ってしまうことになってしまっていた。
「…………」
「どーしたの?」
「い、いや……」
ならば、アキラたちと出会った時のような態度で接するか? と考えて、即座に東雲はそれを切って捨てた。
アレは、アキラやヨウタのみならず、自分の手持ちポケモンたちにも非常にウケが悪い。他の多くのポケモンにとってもそうだろう。
「焦りすぎはダメロト。ショウゴもナナセもいい人なのは、付き合いが深くなればポケモンたちも分かってくれるロ。ただ、ポケモンは人間に興味が無い子も多いから……」
「根気よく、か」
「ロト……ボクにはこれくらいしか言えなくってごめんロト……」
「いえ……お気遣いありがとうございますね……」
「えっと、あの、そう! 人間もポケモンもそうだけど、自分たちとか、自分の居場所とかが危ないってことが分かんないと、どうしてもやる気が出なかったりするでしょ?」
「……危機感が、足りないと」
「そんな感じ」
当然ながら、そういった損得勘定を超えた信頼で結ばれている者たちもいる。しかし、現状を考慮するなら、必要なのは自らも当事者であり「敵」を打ち払わなければ死ぬ、という明確な危機感である。
一般市民ですら我関せず、自分だけは大丈夫、という態度を貫く者が多い中で、そういった意識を持たせるのは至難だ。
あるいはそれこそ、アキラの手持ちポケモンたちのように危機感を共有し、レインボーロケット団の脅威を実感し……というプロセスさえ踏むことができれば、ある程度はすんなりと仲間になってくれるだろうが。
「あ……」
そこまで考えて、ナナセはもしや、という考えに至る。
しかしながら彼女は苦虫を噛み潰したような表情だった。それはあまりに暴力的で、短絡的で、ナナセにとっては忌避すべき選択だったからだ。
「……あの」
「どしたのナナセさん?」
「はい、その……」
少しの間逡巡し、彼女は遠慮がちに流げる。
「……飛び出してきたポケモンを戦闘不能にして、無理やりにでも話を聞いてもらいましょう……」
「え?」
「は?」
――とりあえずブッ飛ばす。話はそれからだ。
アキラは一言も口にさえしてない言葉を脳内で捏造されていた。
とはいえ彼女のスタンスを思えば、この程度はむしろ生温い。現実はもっと過激である。
だからこのくらいは許してください、とナナセは内心で軽く頭を下げた。
「……ロトムさん」
「あ、ウン」
「……ポケモンは、本能的に闘争心が強く、戦って進化することを求めている生き物……ですね?」
「生物学的にはそれで間違いないロト」
「ですので、一度……原点に、立ち返ります」
「……つまり?」
「戦って、弱らせて、ゲットします」
即ち、「ゲームにおける」ポケモンとの接し方だ。
厳密にはゲームのそれと異なり、対話の席についてもらうことを前提に、その場から逃がさないために戦うのだ。つまり。
「……殴り合って……
――貴重な参謀役が提案したのは、脳筋の極みの如き解決方法だった。
〇――〇――〇
敵の拠点を奇襲する、とひと口に行っても、その目的は時によって異なる。
例えば物資目的の略奪、施設の破壊や要人の暗殺、あるいはそれそのものが陽動であったり、それらの複合……など、実行する側、される側。戦況によっても異なる。
そんな中で現在の戦況を鑑みて採るべき選択は。
「全部だ」
アキラは高らかにそう宣言した。
ヨウタとヒナヨは閉口した。正気かこの女。
「アナタ優先順位って言葉知ってる?」
「脊髄反射的に脳の茹だったこと言ってるようにしか聞こえないけど、もしかしたら深い考えがあるかもしれないよ。もうちょっと詳しく聞こうよ」
「お前ら失礼極まるぞ」
それもこれも普段の言動のせいで彼女自身にも自覚はあるが、それはそれとしてと全て棚に上げて彼女は遠くに見える香川の防災センターを指差した。
「順序の問題だ。『最終的に』全部やる。まず、物資の強奪から。溜め込んでるものを全部いただく。可能なら、ついでに施設も破壊する」
「兵糧攻めってわけね。その後は?」
「何も」
「え?」
「
ヨウタはしばし首を傾げていたが、その言葉の意味するところを理解したヒナヨは、うわ、と顔を引き攣らせた。
「つまり、そのまま干し殺すってこと……?」
「うん」
動き、とは、即ち補給物資の搬入や街への略奪行為のことを指す。
何か運び込むなら先回りして潰す。街へ繰り出そうとしたら何か奪う前に潰す。そうして構成員の体力を奪い尽くすのだ。
「人質とか……」
「そんな時のための『テレポート』だよ。わたしには誰かがそこにいるならすぐに分かる。誰にも手は出させない」
それは戦いの当初、市役所の戦いで人質を取られたことで動き辛くされたことの反省なのだが、ヨウタはまた別の考えに至っていた。
もしや、アキラはエスパータイプのポケモンとの相性が極めて良いのではないだろうか?
彼女の感知能力は、波動使いということも相まって、下手をすればそれこそエスパーポケモンをも超えるほどのものがある。そしてポケモンの方はテレパシーによって言葉では伝わりきらない詳細な情報を正確に受け取り、過不足無い必要十分な能力で応じる。デオキシスと組んだ今のアキラなら、ヨウタにも比肩しうる可能性があった。
「その上弱らせた団員を餌に幹部を釣り上げるつもりでしょ」
「餌って……」
「わたしたちが来たと察して幹部を差し向けてくれる可能性があるわけだからな」
「幹部くらいは倒せるかもしれないけど、ボス格が来たらどうするのさ」
「脇目も振らず逃げる」
いやいやいや、とやや武人気質のあるヨウタは逃げるということに対して、小さな拒否感を示した。
「ダメだ! 勝負の最中に相手に背中を見せられない!」と言って茶化すべきかヒナヨは少し考えたが、ノリに任せて突っ切った。肘が入った。
「それはそれでいいんだよ。余計なことにわざわざ時間を割いてくれるんだぞ? 願ったりかなったりだ。精々無意味にやってきて、無駄に体力を消耗してもらう」
「そういう手ね……」
つまり、長期戦を前提としたうえで、相手の継戦能力を徹底的に奪い尽くすという戦略だ。
戦略眼というものは、アキラにとっては最も欠けていた資質である。それは才能が開花してきているのか、それとも後付けの能力なのか……頼もしいという気持ちはあるが、同時に懸念と不安も大きい。具体的に言えば、彼女自身に非が無くとも、何か妙な不運で作戦が全てご破算になるような類の事態が起きる可能性だ。
はっきり言ってアキラは運が悪い。悪運はあるが、それは「何故か分からないが悪い方向に転がった状況の中で命からがら生き延びる」というような類のものだ。体を失うわ記憶を失うわ家族と離れ離れになるわこんな戦いの最前線に巻き込まれるわと、列挙してみれば彼女はロクな目に遭っていない。
そんなアキラの立案した作戦だ。
((100%予想外の事態が起きる……))
そもそも先の本拠地潜入の際も、自分を囮にすることをアキラが提案した結果、何だか分からないがとにかく大変なことになってしまったのだ。もう「想定外の事態が起きる」までは完全にヨウタとヒナヨの共通認識だった。
それに関しても本人には一切非が無いのがタチの悪いところである。攻めて何が起きてもいいように、と二人はボールを握りしめた。
そうこうして一時間ほど。潜入となると基本的に足手まといとなりかねないため、ヨウタとヒナヨの二人は外でアキラが戻るのを待っていたのだが、彼女は尋常ではない速度で物資の保管場所を探り当てると、デオキシスの
問題はそこからである。
「なんか……随分賑やかになってきたわね……」
「えっ、何で……?」
アキラは困惑した。
確かにある程度、あえて痕跡は残していた。
それは「敵が来た」ということを知らしめ、敵を釣り出すためである。そうして出てきたレインボーロケット団員を倒すことで、未帰還状態に陥らせる。そうなればレインボーロケット団員……フレア団員は警戒するだろう。同じ轍を踏むまいとして拠点での籠城を選択する。賢い人間だと自称しているフレア団員なら尚更だ。
そうでなくとも、ある程度聡い者なら釣り出しという目的を看破するかもしれない。そうなっても結果は同じことだ。
しかし、いずれにしてもアクションはもう少し後になるはずである。それがこうも蜂の巣をつついたような騒ぎになるというのは、おかしな話であった。
「わたし何かしたか……?」
自問するように失態の有無を頭の中で確認し始めるアキラだが、まあ彼女は完璧にやるべきことをこなしただろうとヨウタは考えていた。それはそれとして。
「アキラ、戦闘準備」
「え、ああ。うん。……え?」
「こう言うのもなんだけどね、アナタ自身には別に何も問題は無いと思うの。無いんだけど――」
施設から、無数の黒と黄色が飛び立っていく。いわゆる警戒色そのものの色味を映したそれらはの姿がはっきりと彼女たちの目に映るまで、そう時間はかからなかった。
――無数の、巨大なスピアーだ。
「アナタ致命的に運が無いわ」
「なんでぇ……?」
アキラは困惑した。
少し――いや、少しどころではない。本気で想定外だ。
彼女自身は知らなかったが、先の本拠地襲撃に際してポケモンの強制進化装置の実験場も崩落している。
それに合わせて、装置の量産を行うと同時に実験場の機能を分割した上で他の拠点に順次移していき、戦力の拡充を図ろうとしていたのだった……が、アキラが目標に選んだ拠点も、偶然にもそうして強制進化装置の運び込まれた場所だったということだ。
情報を先に集めていればそれも分かっただろうが、そもそも今回の襲撃自体情報収集の一環として行っているのだ。想定なんてできようはずもない。
「あ、気付かれた……」
元のビードルの生息域が四国においては広く、それなりに頻繁に出会えるポケモンだ。それらを全て進化させたなら、数百、場合によっては数千もの軍勢が完成する。
それだけの数での人海戦術ともなれば、三人の姿などすぐに発見されてしまうのも道理だった。
「くそっ、やるしかない!」
「ヨウタくん、これ切り抜けたとして次の拠点に襲撃に行ったりしたら、どうなるかしら」
「ゲノセクト量産のためのラボだったに一票」
「じゃあ私はイクスパンションスーツ実験場に一票」
「お前ら変な賭けを始めるんじゃない!」
とはいえ。
彼らはまともな戦闘経験も無い上に狂暴化させられ、思考能力を奪われたポケモンである。三人の誰も、負けるとは欠片も考えてはいなかった。
――数秒後、暴風と灼熱と念力が、群がるスピアーたちを纏めて吹き飛ばした。
手持ちポケモン
〇刀祢ユヅキ
ルル(ヘルガー♀):Lv48
メロ(メタング):Lv44
ロン(ハリボーグ♂):Lv43
ジャック(ジャランゴ♂):Lv46
ハミィ(ユキハミ♀):Lv20
ゴルムス(ゴルーグ):Lv47