携帯獣異聞録シコクサバイバー   作:桐型枠

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黒泥混じりのゆきなだれ

 

 

 ――境界(きょうかい)ポケモン、キュレム。その体はあくまで「抜け殻」であり、生物としての核たる存在であったレシラムとゼクロムと比べると、その能力はやや劣る部分がある。

 冷気は自らを凍り付かせるほどに制御が困難であり、また、凍っていることもあってか、その体も他の二匹と比べると多少脆い。肉弾戦が得意なゼクロム、間接攻撃が得意なレシラムといった突出して優れた能力があるわけでもなく、「伝説」としてあるべき基準は保ってはいるという程度だ。極めて優れたポケモンには違いないが。

 

 

「ヒュラ――――」

 

 

 ただ二匹、かつての存在の核となっていたレシラムとゼクロムに対してを除けば、だが。

 キュレムはレシラムとゼクロムを含む三匹の中で、最も素早さに優れたポケモンだ。その差はごくわずかなものだが、こと戦いの場においてはそのわずかな差が勝敗を分けることもある。

 そして、最も重要なのが――。

 

 

「!」

 

 

 かつて(レシラム)(ゼクロム)、二匹の竜をその存在の内に秘めていたという特異性だ。

 それによって、今もなお欠けた二つの存在を埋めようという妄執じみた飢餓感によって「繋ぎ止める」ための能力が生じた。結果的にそれはドラゴン(レシラムとゼクロム)に対する特効――凍結能力として顕在化する。

 レシラムとゼクロム、その全身を霜が覆う。周囲から瞬時に槍のように、彼らをその場に繋ぎ止める無数の氷の柱が突き立った。

 

 

「こ、これは――!!」

「へっ……!」

 

 

 凍結しその動きを止めざるを得なくなった二匹を目にして、朝木は不敵な笑みを浮かべる。

 

 

(俺こんなん指示してない……)

 

 

 それっぽいドヤ顔をして見せてはいるものの、有体に言って、暴走状態であった。

 

 キュレムは抜け殻だが、その本能によって常に欠けた理想と真実を埋めてくれる「英雄」を求めている。「どちらか」ではなく、「どちらも」を求めるキュレムを制御するためには、根本的なところで、レシラムとゼクロムを御するよりも遥かに難易度が高いのだ。朝木の手に余るのは当然のことだった。

 どうするんだとこれ、とばかりに隣に戻ってきたマニューラたちが朝木を見つめている。外面をどれだけ取り繕おうとも、パートナーである彼女らはよく分かっていた。

 

 

「ここまでのことを瞬時にやってのけるとは……私が読み違えていたと――!?」

「……訳知り顔で的外れなことを言いだしたテメーは傑作だったぜ。その曇り切った目、片方しか開けてねーでよく人の本質を知った気になってやがる」

 

 

 そのようなことはおくびにも出さず、朝木は煽るような言葉を放った。

 事実煽っているのだが、それによってゲーチスは更に怒り狂う――ことは、無かった。

 

 

「その通りですね」

 

 

 彼もいち団体の頂点に君臨する男だ。戦闘に適応できずとも、元来、頭脳は極めて優れている。

 ゲーチスは、即座に朝木に対する警戒の度合いを引き上げた。これ以上彼を侮ることをしないと自戒するように。

 

 そして朝木は、そんなゲーチスの様子を目にした瞬間、もはや原型をとどめているか怪しくなった上着を脱ぎ捨てると、ガブリアスの首に巻き付け――そのまま勢いよくその場から飛び、逃げ出した。

 

 

「――――――――」

 

 

 先程の脱兎の如き逃げっぷりを思い出しそうなほどに見事な撤退ぶりに、ゲーチスは思わずぽかんと口を開いてしまった。

 何故――と、一瞬ゲーチスは困惑したが、その答えはすぐに浮き上がる。

 

 そもそも、朝木レイジとゲーチスとでは、根本的な勝利条件からして異なるのだ。

 

 ゲーチスは、まず何を置いてもまず朝木を倒す必要がある。これはいち組織の人間としての進退がかかった問題だ。失敗したからと言って必ずも失脚するというわけではないが、今後の立場はまず危うくなる。

 対して、朝木はゲーチスを倒すこと自体は、それほど必要ではない。レシラムとゼクロムは驚異的な能力を持ったポケモンだが、朝木以外のメンバーを前にした時にはゲーチスの制御下から外れる可能性が高いからだ。どう戦局が転んでも彼は勝手に戦線から外れていく。下手に深追いすることで朝木が戦線離脱してしまう方がよほど憂慮すべき事態なのだ。安全にキュレムと共に帰還し、次の戦局に繋げていくことこそが朝木にとって最も重要だった。

 

 

「だーっはっはっはさらばだ明智君! テメーとはもう二度と会いたくもねーし会う気もねーけどなバーカバーカ!!」

 

 

 先の饒舌な煽り口とは明らかに異なる幼稚な罵声に、ゲーチスの口が閉じなくなった。

 そこで初めてゲーチスは気付く。これまでの自分の考えが「行き過ぎ」であったことに。

 これまでその能力、人格といった要素を低く見積もっていたことで彼を見逃し、間接的にとはいえ組織が小さくない損害を負ったのだ。朝木もまたひとかどの脅威に値する人間だと、ゲーチスも認識を改めていた。そしてダークトリニティに収集させた彼の情報から、より正確な「朝木レイジ」という男の人物像を描き出した。

 

 その結果、想像の全てが過剰だった。

 彼の能力を――思想を、高く見積もりすぎたのだ。

 

 朝木レイジの本質は、今もなお「生き残りたいだけの一般人」の域を超えないというのに。

 

 

(――ぬかった!)

 

 

 唯一、朝木の能力がゲーチスの想定を上回った点がある。頭脳だ。

 彼は兄によって考え方が歪んだまま育ってきたが、そのような状態でもなお医学部に合格し研修医として病院に勤め、兄の妨害さえなければ医者として将来を期待されたほどの人間でもある。歪んだ考え方が矯正され、自分()仲間たちが生き残るために全力を尽くす今の彼は、元来の頭脳を十全に使うことができるようになっていた。その上で、朝木は自分の実力と現状の戦力を把握し、「できること」だけを選んで実行している。

 能力を高く見積もればそのハードルを下から潜っていき、低く見積もれば隙を突いて喰い破る。今の彼は、戦う相手にとって非常に「やり辛い」トレーナーという評価を受けるに値する妙手に至っていた。

 

 

「レシラム、『クロスフレイム』!」

「!」

 

 

 今ここでこの男を除かねばという焦燥感が、ゲーチスを即断させた。

 全身を凍てつかせ行動不能に陥ったレシラムの尾から噴き出す太陽の如き紅炎が、ゼクロムの(・・・・・)全身を焼き焦がして氷の戒めを溶かし、蒸発させていく。

 

 

「『クロスサンダー』!」

 

 

 そして直後、再び炎を取り込んだゼクロムが増幅した全電力を放出するべく両腕を掲げ――。

 

 

「――――!!」

「ゼァァァアッ!?」

 

 

 刹那、空洞に吹きこむ風のような甲高い音を発したキュレムがゼクロムの喉元に食らいつき、押し倒す。

 それによってゼクロムの放つはずだった雷はあらぬ方向へとねじ曲がり、山肌を削り消滅させながら上空へと消える。次元断層を一瞬歪ませるほどの威力を秘めた攻撃を肩越しに見て朝木は悲鳴を上げかけたが、彼は必死にそれを押し殺した。

 

 ――全て計算通り。

 

 そんな風を装いながら。

 

 

(っぶねえマジ助かった!)

 

 

 朝木も何も考えていないわけではないが、暴走状態のキュレムがどのように動くかなど彼自身も分かっていない。物事を論理的に考えられるかどうかさえ不明瞭なのだ。ただ目の前の標的だけを本能的に狙っているだけということだってありえた。

 万が一の備えをしていないわけではないとはいえ、ガブリアスも傷ついて思うような速度を出せていない現状、本当の意味で逃げ切れると確信できるまで全ての手を明かすことは憚られた。

 

 

「……なるほど。あなたと同じ立ち位置にまで降りなければ、殺すことは難しそうですね。サザンドラ! デスカーン!」

「げっ……!」

「ドラァッ!!」

「カ――――ン」

 

 

 状況が急激に悪化したことを朝木は察した。サザンドラもデスカーンも、共に言うなれば「普通の」ポケモンだ。だが、だからこそ(・・・・・)彼にとっては最も厄介なポケモンでもある。

 レシラムとゼクロムは伝説のポケモンだ。存在のスケールからして人間とは根本的に異なることもあって、その視点は超越者のそれと相違ない。朝木のことなどは虫けら同然に思っており――言い換えればその生死にも一切頓着が無いと言える。何が何でも殺すというような必死さには当然欠けるし、攻撃もはっきり言って雑そのものだ。だからこそ、そこには付け入る隙があった。

 

 しかし、サザンドラとデスカーンにはそうした油断も慢心も無い。

 朝木の最大の弱点、それは単純に徹底して「個の力に欠ける」ことである。地力で上回る相手が一切隙を見せず、徹底して丁寧に追い詰めるような手を打てば――当然の帰結として、順当に彼は敗れ去る。

 

 

「アキラちゃんやヨウタ君みてーに正面突破できる実力が無いから必死こいて頭回してんのによぉ! みんな頼む!」

「マニュッ!」

「ジャァロッ!」

「ブロロ……!」

 

 

 その進路を塞いだのは、作戦のため一時的に朝木の傍を離れていた三匹だ。

 機先を制してマニューラが周囲の環境を利用してサザンドラの両腕を「ふぶき」で凍てつかせて開閉を封じ、周囲の環境に対抗するため火炎を吐き出そうとしたところに、ブロスターが水流の一撃を叩き込み鎮火する。

 デスカーンに即座に対応しに向かったのは、ジャローダだ。比較的足の遅いデスカーンをその場から弾き飛ばそうと「グラスミキサー」を放つ。

 

 

「カーカカカカッ!」

 

 

 雪と氷交じりの木枯らしが吹き荒れる中、デスカーンはその中心に自ら飛び込んで風の吹く方向と逆に光速回転した。

 極めて単純な力技だ。しかし、デスカーンの放つ「あやしいかぜ」によって「グラスミキサー」によって発生した現象は強引に消し飛ばされていく。

 

 

「ざっけんな悪魔超人みてえな鳴き声しやがって!」

「人をおちょくって勝ちを拾おうとしているあなたにふざけているとは言われたくはありませんね。デスカーン、『くろいまなざし』」

「しまっ……!」

 

 

 その瞬間、ジャローダとマニューラ、ブロスターにデスカーンの伸ばした影が絡みつく。

 こうなってしまえば三匹をボールに戻すことはできない。ガブリアスもまた小さくない影響を受けているらしく、一定距離以上離れることを許されない。

 

 

「――見たところ、結局キュレムを操ることもできていないようです」

 

 

 ゲーチスは一時的にレシラムとゼクロムから離れ、サザンドラとデスカーンへの指示へと集中することに決めた。

 キュレムはゲーチスではなく、レシラムとゼクロムを執拗なまでに狙っている。あの二匹を手元から離すのは戦力的にも抵抗があったが、それでも伝説のポケモンの横槍が入らないようにするにはあの二匹を囮にするほか無かった。

 

 

「クソッ……!」

 

 

 しかしそれは、「多少の手傷を負えども確実に朝木を始末できる」ということを示している。

 今ここで彼を殺すためならば、伝説のポケモンでも囮にできる。彼の割り切りはある意味では完璧なものだった。

 

 

「やめろ、来るなぁっ!」

「なんと往生際の悪い……サザンドラ、動きを止めなさい!」

「ドラァァッ!」

「ガブァァッ!」

「う、おおおあぁっ!!」

 

 

 黒く染め上げられた三条の光線が雪を消し飛ばして朝木に迫る。

 ガブリアスはそれを肩越しに見るや、彼への直撃を避けるために振り回すようなかたちで雪原へと突っ込んだ。

 直後――爆発。大量の雪が舞い上げられ、ゲーチスたちの視界が一瞬塞がった。

 

 

「『あやしいかぜ』です」

「カカカーッ!」

 

 

 しかしゲーチスは、既に油断を捨てている。この雪に紛れて反撃を行おうとするのは目に見えていた。瘴気めいた黒い霧の混じる風が、粉のように舞い上がっている雪を吹き飛ばす。

 果たして、朝木は反撃を行うべくボールを掲げていたが――そのボールは。

 

 

「!」

 

 

 ――――先程キュレムを捕まえるために使用した、マスターボール(・・・・・・・)

 

 

「いかん!」

「もう遅ぇっ!」

 

 

 雪原を、赤いキャプチャーライトが貫く。キュレムが急速に収縮してボールに収納されていき、レシラムの放つ火炎によって周囲の気温が瞬時に十数度上昇した。

 朝木はその次の瞬間、マスターボールを再び足元に叩きつけた。

 

 

「ヒュラ――――――」

暴れろ(スマッシュ)

 

 

 そうして再び現れたキュレムは、先の焼き直しのようにしてレシラムとゼクロムへと、空気すらも凍てつかせながら突撃する。

 ――その進路上にいるゲーチスとそのポケモンたちの存在を意識にすら入れず。

 

 

「ザァァッ!!」

「ぬ、おおおおおおおぉぉっ!!」

 

 

 その身を救ったのは、種族的な特性から僅かなりにとも素早く動くことができたサザンドラだ。威力を最大限に弱めた衝撃だけの「あくのはどう」を放つことでゲーチスをキュレムの進路上から吹き飛ばしたのだ。

 一度、二度とバウンドするように転がっていったゲーチスは、その視界の端でサザンドラとデスカーンが氷像のように氷漬けになっていくのを捉えた。

 しかし同時に、朝木のポケモンたちは四匹とも、キュレムの行動の余波によって凍り付き、戦闘不能状態に陥っている。

 

 

「ま……さか、暴走を逆手に取るとは……思いませんでしたが、これであなたの手持ちは……!」

「ッ……ああ、もういねえよ」

 

 

 朝木は吐き捨てるように呟きながら、戦闘不能に陥ったポケモンたちをボールに収めていく。

 寒さに強いマニューラがかろうじて動けるようではあったが、彼女でさえキュレムの冷気は堪えるらしく、もはや満身創痍という風体だった。

 

 

「よくやった、と評価して差し上げましょう。しかし、これであなたは――」

「ああ――」

 

 

 がくり、と朝木はその場に膝をつく。泣くように、あるいは痛みを我慢するようにうずくまった彼は、寒さに震える声で呟いた。

 

 

俺の仕事は(・・・・・)終わりだ」

「……何?」

 

 

 ――直後、彼は大きくシャツをめくり、その下に隠していたあるアイテムを素早く自身に巻き付けた。

 

 

「それは! まさか『あなぬけのヒモ』!!」

「へっ……デスカーンが倒れてくれてラッキーだったぜ」

 

 

 ――あなぬけのヒモ。体に巻き付けると、ポケモンがそこに込めた「テレポート」が作動するポケモン世界特有のアイテムである。

 道路や洞窟で当然のようにポケモンが闊歩する「あちら」の世界においては、子供の安全を確保するため、ごく少額のお小遣いでも買えるほどに安価でありふれた商品だ。

 あくまで「出入り口に戻る」という用途にのみ使用されることから利便性は低いが、それだけだ。山の奥深くから一瞬で登山口にまで戻ることができるというその効力は、紛れもなく朝木にとって切り札と言えるアイテムだった。

 エスパーポケモンの能力を利用し、「テレポート」のメカニズムを再現しているという特徴から、例えばエスパーポケモンがいれば容易に追跡され、あるいは次の出現位置を弄られるというようなこともありえたため、いずれにせよ「ゲーチスはエスパータイプのポケモンを持っていない」という確信が得られるまで温存しておきたかったアイテムでもある。

 

 

「テメーを倒すのは俺の役割じゃあねえ。あばよゲーチス! せいぜい首でも洗って待ってやがれ!」

 

 

 朝木はテレポートが始まるその瞬間まで、思いつく限りの言葉をゲーチスへと投げつける。

 彼の役割はほとんど「つなぎ」のようなものだ。本当の意味でゲーチスに引導を渡すとすれば、それは彼に直接の因縁を持つ人間こそが相応しいのではないかと、朝木は考えていた。そうでなくとも、そもそも彼は既に満身創痍で、戦闘を続けることなどできるはずも無かったが。

 

 あなぬけのヒモが作動するに伴いキュレムがボールに戻り、朝木の目に映る景色が一面の銀景色から緑の混じる山道へと姿を変える。

 数秒ほど、彼は全ての思考を放棄して、その場に立ち尽くしていた。本当に終わったのか、実感が伴わなかったためだ。

 やがて山中であった突き刺すような寒さが無いことを実感すると共に、朝木は小さく息を吐く。

 

 

「……終わ……ったぁぁぁ……」

 

 

 もう二度とこんなことしたくねえ。

 そうぼやく彼の表情は、言葉とは裏腹に晴れやかなものだった。

 

 

 










Q.ガブリアスに直接乗れば逃げられるのでは?
A.さめはだ超痛い


現在の手持ちポケモン

〇朝木レイジ
クロバット♂:Lv45
マニューラ♀:Lv46
ジャローダ:Lv43
ブロスター♂:Lv42
ガブリアス♂:Lv50
キュレム:Lv70



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