携帯獣異聞録シコクサバイバー   作:桐型枠

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横あなをほるその先に

 

 

 次元断層(オーロラ)によって遮られた空の向こうを、夕日が沈んでいく。

 廃墟を照らす薄い紅の光のもと、瓦礫の山の上で物憂げに佇む白髪の少女(アキラ)の姿は、ひとつの絵画めいて繊細で美しいと言えた。

 

 これが予想外の遭遇戦の結果ズルズルと戦線が拡大してあれよあれよという内に、気付いたらあたり一帯瓦礫の山だった……という前提さえ無ければ、もっと画になったことだろう。

 より正確に現状を表すなら、「作戦が成功したのやら失敗したのやらあやふやになって全部瓦解した上に、自分の運の無さを強制的に自覚させられたせいで拗ねて半泣き笑いでたそがれている」――である。

 

 

「運……運なんてどうしようもないじゃん……」

 

 

 個人としての力量で考えれば、アキラは「あちら」の世界で言えばキャプテンやジムリーダーの域を超えて四天王のそれに届こうかというほどにまで至っている。

 が、不運を捻じ伏せるだけの実力があるということと、不運な事態を避けることができるということは決してイコールではない。相手は力を見せつけさえすれば自ら逸れていく人間や生物ではなく、現象である。どれだけ注意してもそうなるものはなる、という極めて理不尽なものだ。

 理不尽の塊のような人間を最も苦しめているのは、より大きな不条理であった。

 

 

「……いつまでああしてるんだろ」

「さあ……まあ、別にそんなに長いことやらないだろうけど」

 

 

 遠目に生暖かい目で見守りながら、ヨウタとヒナヨは苦笑いした。

 アキラとて好んでそうしているわけではない。ただショックから抜け出せないだけだ。

 作戦を提案したのは彼女だが、その彼女の運のせいで作戦そのものが破綻している。無論、本人に責任は無いしそもそも天運というものはあまりに曖昧模糊とした概念である。偶然の連続に理由をつけているだけなのだ。問題は、そんな偶然の連続があってもらっては今後の作戦にも大きく影響するというだけで。

 アキラはその性格故にそれこそ文字通り「無駄に」責任感が強かった。

 

 

「アキラってレインボーロケット団最大の敵みたいな扱いされてる割に精神クソ雑魚なの?」

「硬度ばっかり高くて靭性に欠ける系のザコだよ」

 

 

 決して意志が固くないわけではない。むしろ、年齢や諸々の事情から考えると破格と言ってもいいほどだろう。

 ただ彼女の場合、耐久度テストか何かかと言わんばかりにトラブルに巻き込まれるため、旅立ちの直後はともかく今はだいぶ心にヒビが入ってしまっている。ちょっとした衝撃で感情が溢れ出してしまうのも致し方ないと言えよう。

 

 

「たかだかちょっと運が無いくらいでそんなにいじけなくてもいいじゃん」

「記憶も無い……」

「あと元の体も無いよね」

「意識の連続性は?」

「無い……」

「本人かどうかの確証さえ無いんじゃないのそれ?」

「わあああああっ!」

「あっ泣かせてしまった」

「こんなこと言ったらそりゃ泣くでしょ」

 

 

 かすかに残ったアイデンティティをそのまま突き崩しているようなものだ。仲間が。

 アキラが涙を見せたのは数日前。人を守ることと殺すことの狭間で葛藤した果てに自我が壊れかけた時に見たのが最初だったが、二度目の涙がよりにもよってこんなくだらないことでいいのかとヨウタは困惑した。

 

 

(……いや、逆かな)

 

 

 アキラは基本、徹底的に感情を抑圧して戦場に立つ。そのあり方は気丈を通り越して異常そのものであり、本来思考の邪魔をしかねない怒りや憎悪といった感情すらコントロールして力に換えるという、ヒナヨ曰く「悪鬼羅刹か修羅金剛の化身か何か」。こちらの世界の文化風俗に疎いヨウタは何を言ってるのか分からなかったが、とにかく遠回しな悪口だと解釈した。

 どうあれ、そのようなことを言われてしまうほど彼女の状態は健全なものからは程遠いということだ。いつまでも緊張状態に置かれ続けていては、心が徐々にもたなくなってくる。戦っていないような時にはちゃんと感情を発散することで、健全な状態を保つというのが、ヒナヨの思惑なのかもしれないとヨウタは考えた。

 

 

「わ、悪かったわよ! けどほら、何も無いからこそ、ゼロからスタートできるわ!」

「取り戻したいんだよぉぉぉ!」

「ヨウタくん! どうすればいいの!?」

「まず謝りなよ」

 

 

 ただ天然で煽ってるだけなのかもしれないとヨウタは思い至った。

 

 ――と、そんな折だった。

 何かを感じ取ったのか、アキラの目とその身に纏う雰囲気が瞬時に移り変わる。彼女が顔を上げると共に、周辺で休んでいたリュオンが応じるように立ち上がり、波動を充填する。

 遅れて二人が視線を上げると、その先には炎のように赤い羽根を持つ鳥ポケモンの姿が目に映る。そして直後、爆発するようにその羽根が弾け飛んだ。

 

 

「!」

 

 

 すわ何事かと目を見開く二人を尻目に、アキラは立ち上がり、デオキシスをボールから出した上で二匹を従え走り出す。

 先の謎の現象がリュオンの放った「はどうだん」に打ち抜かれたのだということに気付いたのは、鳥ポケモンが落下を始めたその時だ。

 

 

「先に何か言ってよ!」

「ごめん、時間が惜しい!」

 

 

 言葉を投げ掛ける間にも、アキラたちの攻撃は続いている。リュオンが波動を足元から噴射してジェット噴射によって飛行するという荒業で赤い羽根のポケモンを叩き落すと、デオキシスが落下点に移動して両翼を穿つ。磔にするように木に拘束されたのは――ひのこポケモン、ヒノヤコマ。主にカロス地方に生息するひこうタイプのポケモンだ。

 

 

「そこか」

「▲▲▲▲」

 

 

 その意識の向く先を読み取ったアキラとデオキシスが、即座に「テレポート」によって姿を消す。そうしてヨウタとヒナヨのもとに野太い悲鳴が届くのに、数秒ほどもかからなかった。

 やがて、再びアキラがデオキシスとリュオンと共にヨウタたちのもとに戻ってくる。その手には、何によるものかは分からないが、ともあれ顔面が歪んだ赤スーツの男の襟が握られていた。

 

 

「ごめん。説明してたら逃がしてたかもしれなかったから」

「それは、まあ。そうだね」

 

 

 独断専行……と表現しようにも、そもそも現状作戦立案に主に関わっているのはアキラだ。その彼女が即断即決を要する状況だと判断した以上、横から口を出すことはヨウタには憚られた。

 ヒナヨも不満はあるようだが、冷静に考えれば必要なことであるということは理解しているらしく、文句を言いそうになるたび、むむぅ、などと唸って自制していた。

 

 

「……これで情報源は手に入れたってことでいいのよね」

「そうなる。まあ、こいつが何か情報握ってたらって話だけど。斥候だしどうせ大した情報持ってないかもしれないが……その時はその時で『使いよう』はあるさ」

 

 

 アキラからは、先程まで見られた感情の色というものの一切が抜けていた。

 つまり普段戦場で見られる彼女の姿だ。ヨウタは気を引き締め、ヒナヨは意気消沈した。戦い戦い戦いの連続ともなれば、流石に精神も削られるというものだった。

 

 

「二人とも何で疲れないのよ?」

「疲れてるんだよ。けどそれ表に出して相手にわざわざ知らせる必要あるか?」

「僕はそこまででも……」

「マジかよ」

「嘘でそ」

 

 

 いかに戦闘に特化した能力を持つアキラと言えど、戦闘の連続には流石に疲弊する。

 しかし、ヨウタはそもそもポケモンバトルが日常という世界からやってきた人間だ。戦闘員と指揮官という程度の差こそあるが、ともするとヨウタの方が彼女よりも遥かに戦闘に特化した能力を持っているとも言える。

 

 

「もしかしてアニポケのスーパーマサラ人基準が本当に正しいのかしら……」

「……ポケスペ方向で考えた方がいいんじゃないか?」

「ダメよ。基準をあっちに揃えても、頭カチ割られてるのに普通に行動してたり、空中で鉄塊と激突して無傷って人がいたりして平均値が割り出せないわ」

「そこんとこどうなんだ、ヨウタ?」

「僕に聞かないでほしい」

 

 

 当然、そのようなことをヨウタが知るはずも無い。

 身近な人間だけなら、大抵普通の耐久力しか持っていないとしか言いようが無かった。

 

 

 

 〇――〇――〇

 

 

 

 現状において最も重要なのは、いかに敵を倒すかと言うよりもいかに敵の力を削ぐかという点だ。

 幹部や首領格と戦い、無理やり勝ちに行く必要は無いし、むしろそれは避けるべきだ。戦略という点で見るなら、「最終的に」レインボーロケット団を壊滅させることができればいい。局所的な勝敗そのものは関係なく、自分たちが最大限に力を発揮できる状況を作り出す――ということこそが今のアキラたちのやっていることだった。

 

 

「――だからって本拠地再突入とか普通考える!?」

「ヨウタは激怒した。かの行雲流水たる相方を(ただ)さねばと決意した」

「変なナレーション入れるのやめてくれないかな!?」

行雲流水(いきあたりばったり)ってお前……」

 

 

 好きでそうしてるわけじゃなくてそうならざるを得ないだけなのにと、暗い穴の中で呻くようにアキラは嘆きを口にした。

 彼女たちが今いるのは、剣山の中腹にポケモンたちの力を借りて作った横穴の中だ。目指しているのは数百メートル先の地下空洞。本来なら一刻も早く離れなければならない場所だが、厄介なことにそれを許されなかったのが現状である。

 

 

「しょうがねえだろ、どいつもこいつもロクな情報持ってなかったんだから!」

 

 

 彼女とて何も考えていないわけではないし、むしろよく考えて最適解を導き出そうとしている方だ。

 しかし、得られる情報の質が悪ければ意味は無い。たとえ質が良くとも、それでできることが増えなければなおのこと意味がない。

 標的の第一候補としていたクセロシキは先日の地下崩落に巻き込まれてフラダリの近辺で療養に務めているとのことで頓挫。その他の幹部格に話を聞こうにも、あまりに派手に拠点を破壊しすぎたことから、ヨウタとアキラの存在が即座に漏れて下っ端以外は近寄ろうともしてこない。

 

 かろうじてポケモンボックスの話を聞くことができた者もいたが、結論から言えば「タワーにしか無い」という話だった。

 当然のことではあるのだが、下っ端にポケモンボックスなど渡したところで扱い切れないのは明白だ。かと言って幹部級に渡すにしても彼らの手持ちは基本的に固定されており、回復用のメディカルマシンも量産がきくことから他所にポケモンを移す必要は無い。

 必然的に、ポケモンボックスのような装置・機能が必要になってくるのは、より多くのポケモンを扱う部署……ポケモン研究のための部署ということになる。「あちら」の世界と異なり、「こちら」の世界の通信環境ではポケモンの転送はできないからだ。

 しかし、当のその部署はアキラとヒナヨのせいで壊滅的な被害を受けており、現在は各地に機能を分散している最中だ。先に崩壊させてしまった施設から機械を掘り起こすようなことは――勢いあまって破壊したため――できず、その場所以外に実験所と化した施設の場所も知らない。

 

 そうしてあれやこれやと議論した果てに、「タワーになら確実にあるんじゃないか」という結論に至ったことで現在、アキラたちは一見無謀とも思えるような再突入を敢行していた。

 

 

「だからってねぇ……」

「僕知ってるよコレ、多分こっそり入っていっても例えばランスとかが『お待ちしてましたよ』とか言ってズラッとポケモン出して待ち構えてるやつ」

「やめろバカ!」

 

 

 必死に否定するのは、彼女自身それが有りうるという一抹の予感が胸をよぎったからである。

 最早アキラは実力以外の全てに自信が持てなくなりつつあった。

 

 

「ふたりとも、悪いけどもうちょっと頑張ってね」

「ギラッ!」

「フララッ」

 

 

 横穴を掘るにあたって最も活躍しているのは、それぞれいわタイプとじめんタイプという、土や岩に関係の深いタイプを持つギルとラー子の二匹である。

 それに合わせてルリちゃんやデオキシスが土を固めたり外に放り出したりしているのだが、高いサイコパワーを持つ二匹にとってみれば片手間に邪魔なものを押し退けているという程度の感覚だ。デオキシスなどは本――文字の基本を学ぶためか絵本である――を読みながらやってのけている。全身の筋力を用いている二匹と比べればその負担は小さかった。

 

 

「ちゃんとした理屈はある」

「ほんとぉ?」

「キレるぞ」

「ごめんごめん。で、どんな?」

「まず『当然』という思考の隙。今ヨウタが言ったみたいに、『普通』こんなことをするわけがない。ありえない。だから、一見警戒しているように見えてもどこかに必ず隙が生まれる」

「フツー……」

「普通だね」

「やめろ」

 

 

 しかしながら現実的に考えれば、そうした「普通」――即ち戦術的な「定石」というものは、それが有効であるから定石となっていたものだ。

 普通に有効なものは有効ってことでいいんだ、と半ば無理矢理にでも自分を納得させ、アキラは続ける。

 

 

「サカキはどうするのよ。簡単に欺ける相手じゃなくない?」

「あいつが地下に来た理由を考えろ」

「あ……そっか、アキラがいたから!」

「じゃなきゃあいつは来ない。それが許される立場じゃない」

 

 

 組織の長というものは、おいそれと自ら動くことはできない。来るかどうかも分からないような相手のために自ら警備として出ていくなどということはありえないのだ。

 アキラを見に来た時が例外中の例外というだけで、本来サカキは後手に回る形でしか対応することを許されてはいない。

 

 

「ゲーチスはちょうど今朝木に釣られてる」

「クマー」

「ざまあみろだ」

「僕の知らない符丁で会話するのやめてくれない?」

「ごめん。で、ランスは行動隊長に格下げ食らってるから外回り。ダークトリニティは遊撃的に使いたいだろうからわたしたちの位置が割れない限り動かさないだろ。となれば本部に残ってるのは他の幹部……」

「アポロとアテナ、と……アニメとか混ぜたら結構な人数いると思うんだけど」

「全員いるわけじゃない。それに――ただの人間にわたしは見つからない」

 

 

 嫌になるほどに自信に満ちた言葉だった。その一点に関して、彼女は決して譲らない。そして、ヨウタたちもそれを疑わない。事実だからだ。

 失敗は――と言うには不運の比率が高すぎるが――しても、そもそもの能力は高いのだから。

 

 

「調達が必要なのはポケモンボックスだけ。手に入れたらとっとと逃げるよ」

「マジで気を付けなさいよ」

「うん……そりゃまあ……ッ!」

「どうかした?」

「ギル、ラー子、ストップ!」

「?」

「フララ」

 

 

 と、会話の最中、何かを感じ取ったように、アキラはギルとラー子が「あなをほる」のを止めた。

 

 

「何か波動で感じ取った?」

「あ……ああ。けど……」

「あ!」

「どうしたの、ヒナヨ?」

「もしかしてと思うんだけど、ほら。アキラと私が逃げる時、地下の研究施設ついでに破壊していったでしょ?」

「うん」

「その後、もしかしたらだけど……地下施設を放棄したりする時に、実験に『失敗』したようなポケモン……あの、地下空洞に捨てたりしてないかって……」

 

 

 それを聞いて、思わずヨウタの顔が強張った。同時に、そういうことならばアキラがストップをかけるのも理解できるとも考え、僅かに冷や汗を流す。

 

 

「じゃあ地下から侵入はダメか……アキラ? 何か違う?」

「……いや、まあ……ヒナの言ってることは事実だ。実際、命の波動を感じる。けど……何か変なんだ。いや、変なところが無いのが変っていうか」

「どういうこと?」

「こんな地下に落とされて、例えば落下の衝撃で怪我をしてたり、何日もここにいて空腹になってたりするポケモンがいて当然だろ。けど、そういう精神の揺らぎを感じないんだ。あまりにも安定しすぎてる」

 

 

 おかしい、と彼女は強い疑念を口にした。

 同時に、その理由を確かめなければ――と、浅く、薄く、ゆっくりと穴を掘り進めていく。勢いよく穴を掘り抜くことをせず、穴の向こう……タワー地下の空洞の中にいるであろう相手の存在を確かめるためだ。

 そうして数分ほど。やがて人ひとりがよく目を凝らしてようやくその先が見えるかという程度の穴が開く。

 彼女は慎重にその先を見つめ――やがて、暗闇に閉ざされているはずの空洞の中に、ある存在を見た。

 

 

「――――――」

 

 

 暗闇の中でなお淡く輝く、翠玉のような色味の鱗で体の半分を覆う、黒い大蛇。

 遠目にもその威容ははっきりと見て取れる。そのポケモンは、まるで王のように小高い段差の上に位置取って、他のポケモンたちを見下ろしていた。

 

 そのポケモンの名は――。

 

 

「――ジガルデ……」

 

 

 ――紛れもなく、この場にいてはいけない存在だった。

 

 

 







 〇補足
・頭カチ割られてるのに普通に行動してたり、空中で鉄塊と激突して無傷な人
主にポケスペX・Y編のワイちゃんをご参照ください。


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