携帯獣異聞録シコクサバイバー   作:桐型枠

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くろいまなざしを注ぐ者

 

 

 タワーに再潜入したアキラの道のりは、意外なことに順調なものだった。

 先のタワー襲撃の際に起こした基部の破損の補修、研究設備の分割といった混乱の隙を突いているという点も大きいだろう。元々、反攻のためにと思ってヒナヨが内部の構造を示した図面(マップ)を所持していたこともあってか、彼女は迷うことなく倉庫へとたどり着いていた。

 

 

(問題はここからだな……)

 

 

 ここまでの間に何度も実例を見せつけられてしまっては、アキラとしてももう想定外は起きるという前提で動くしかない。

 彼女は「扉を開けたら即ミュウツー」などということも想定に入れることにしていた。最早ノイローゼである。

 

 

「おい、聞いたか?」

 

 

 そんな折、通路の奥から声が響き、アキラは即座に身を隠した。

 しばらくすると、レインボーロケット団の下っ端が二人組で姿を現す。アキラは、彼らの話に耳を澄ますことにした。

 タワー内部という状況も相まってか、レインボーロケット団員の口は非常に緩い。情報セキュリティという観点からすれば杜撰もいいところだ。とはいえ、下っ端程度の立場では大した情報も話していないだろう――とアキラは高をくくった。

 

 

「ランス様の話なんだが」

「へっ、おいおい、もう『様』じゃないだろォ?」

「はっ、そうだったな。ランスのヤツがよ、『あの連中は必ずまた来る』――なんつって、外に出る前に触れ回ってたらしいぜ」

「ギャハハ、マジかよ! 心配性すぎるだろ!」

(マジかよあいつ)

 

 

 アキラは内心で戦慄した。自分たちが来るということを、ランスは極めて正確に推測しているのだ。これで何も感じないということはありえない。

 失敗続きで幹部から降格させられた、という経緯を辿ったことで下っ端からの信用を失い、その話を信じている人間が少ないの唯一の救いか。しかし、もしランス自身がタワーにいたならば、やはり彼の計略に嵌められて大きな損害を被っていたことだろう。

 

 

(問題は、ランスの言葉をちゃんと聞くだけの土台がある連中だ。ありうるとすれば幹部だが……)

 

 

 ランスほどに計略に長けた者は多くない。追随できる者として即座に思い浮かんだのはラムダだったが、彼は既にユヅキが倒している。

 候補は限られることになる――が、アキラは一旦全ての考えを脇に置いた。どうせ考えたところで無駄に終わる可能性は非常に高いのだ。

 

 

(状況に合わせて臨機応変に……それ以外やりようは無い)

 

 

 雑談をしながら去っていく二人組を見送ったアキラは、監視カメラに映らないよう静かに倉庫の扉に近づき、内部の気配を探った。

 

 

(ポケモンが数匹に、トレーナーが……三人ってところか。ヒナが一度入り込んだから、警備が厚くなってる)

 

 

 敵に気付かれる危険性をできる限り減らすためにも、戦闘は避けたかったところだが、こうなってしまえばやむを得ない。デオキシスを外に出せば、感応能力で意図はすぐに伝わった。すなわち、即時殲滅だ。

 応援を呼ばせず、異常を悟らせず、かつ全員をまとめて撃破する。そのために、デオキシスの能力はうってつけだった。

 

 

「やれるか?」

「▲▲」

 

 

 デオキシスはそれに応じ、掌の中で確認するように二つの能力を行使する。一つはオーロラのような幕を現出する力。もう一つは、空間に黒い「穴」を穿つ力だ。

 いずれも、以前のデオキシスでは使えなかった――と言うよりも、「気付いていなかった」能力である。これはヒナヨに教えられた、ある媒体(せかい)におけるデオキシスという種にとっての基本能力とも呼ぶべきものだ。

 本来ならこのデオキシスに備わっていてもおかしくないものではあったが、彼が培養槽から出たのはほんの数日前のこと。それまで肉体を扱うということすらできていなかったというのに、自分にどれほどの能力が備わっているかを理解するというのは難しい。

 

 が、その後、ヒナヨの立ち合いのもとやってみたら、これが成功してしまった。潜入にも有効ということで、拠点襲撃に際し活用する算段だったのだが……結果的に、作戦は本拠地潜入という方向にずれ込んでしまった。

 ともあれ、有効性は変わらない。僅かに開いた扉の隙間から、オーロラ状の幕が流れ込んでいく。これによって監視カメラに「今は何も起きていない」という虚像を映すのだ。

 

 

(――今!)

 

 

 そして直後、警備の人間やポケモンたちの口がデオキシスのサイコパワーによって塞がれる。アキラは音を立てることなく、チャムとリュオンをボールから出しながら倉庫に攻め入った。

 静かに、しかし確実に、レインボーロケット団員とそのポケモンたちの意識が瞬時に刈り取られていく。数秒と待たずに制圧された倉庫には、意識を失った者たちが積み上げられることとなった。

 

 

「……よし、運び出そう」

「リオ」

「バシャッ」

「△△△△」

 

 

 アキラの合図によって、デオキシスは黒い穴(ワープホール)を開く。宇宙由来の、サイコパワーに依らないこの能力は、ミュウツーには感知することはできない。

 今の内だ急げ急げ、とばかりに、リュオンとチャムは周囲のコンテナをワープホールへと放り込んでいく。送り先は、近隣の山を掘って作り上げた空間だ。

 なお、この際出た土砂はギルが腹に収めてしまっている。ヨーギラスとそれに連なるポケモンたちの食性はアキラも理解していたが、改めて間近に見ると異様な光景であったことをアキラは思い出した。

 

 

(ポケモンボックスそのものは量産品だし、全部使ってる最中……ってことは無いだろう。ボールも確保した。あとはイレギュラーさえ無ければ……)

 

 

 と。そこで、彼女は倉庫の外から向かってくる気配を感じ、苛立ち交じりのため息をついた。

 逃げるが勝ちだ、とばかりにワープホールに向かうアキラだが、直後にその足に黒い触手めいた帯が絡みつく。ほとんど脊髄反射的に刃が閃き、神速の抜刀が黒い帯を――切り裂くことは無かった。

 その波動、その性質。アキラはその()に見覚えがあった。

 

 

「『ダークホールド』……ダークポケモンか」

「少し違いますわね」

 

 

 彼女の呟きに応えるように、正面扉から女が現れる。レインボーロケット団の幹部であることを示す白い団服に身を包んだ、ふくよかな体格の女だ。

 射貫くようなアキラの視線をものともせず、むしろ不愉快そうに鼻を鳴らす姿は、実力と権力に裏打ちされた不遜さに満ち溢れていた。

 

 それに対するアキラたちの返答は、無言の攻撃。リュオンの放つ不可視の「はどうだん」が、空を裂いて女幹部に迫る。しかしその一撃は、直撃には至らない。女が従えるアーボックの「まもる」によって構築された障壁が攻撃を阻んだからだ。

 女は手に持った装飾過多な扇子で自身を扇ぐと、余裕たっぷりな表情で続けた。

 

 

「オホホホ……それはダークポケモンを改良、調整を施した『シャドウポケモン』。命令されなければ動けない欠点を克服し、自己判断で動けるようになった……より戦闘兵器として高みに近づいた姿ですことよ」

「――幹部か」

「ええ。あたくしはレインボーロケット団幹部が一人アテナ。不甲斐ない同僚の尻拭いに来たというところよ」

 

 

 語る言葉は、一見すると同僚――ランスに対する苛立ちが込められているようでいて、実際の矛先はアキラに向けられている。

 そこには、間違いなく尻拭いという以上の、優秀な人材を失脚させられた恨みというものが乗せられていた。

 

 ――あれだけのことをしでかしているくせに、仲間を想う気持ちはあるのか。

 

 アキラは内心で強い怒りを覚えた。

 彼女にとって、悪人の仲間意識ほど唾棄すべきものは無い。感情の動きそのものは美しく見えても、その果てにあるのは他人を害して自分たちだけが利益を貪ろうという下卑た思想だ。どれだけ綺麗な感情を持っていても、先にあるものがそれでは腐って醜悪なものに成り果てる。

 

 その気持ちひとつで他にできることがあるだろ――と叫びたくなる気持ちを、アキラは斬って捨てた。

 それができる/やるつもりがあるなら、ここで今対峙していない。考えを改める余地が無いからこそのRR団(かれら)なのだ。

 

 

「貴様らの動機や主張になんぞ蚤の糞ほどの価値も無い。御託はいいから来い」

「ホホホ……来いと言われて行ってやる義理はあたくしには無いのよ。そして」

「……!」

 

 

 次の瞬間、アキラの全身に『ダークホールド』の黒い帯が巻き付いた。十や二十ではきかない夥しい数の技の群だ。それはただの拘束という枠組みを超えて、強い圧迫感をアキラに与えるほどだった。

 

 

「一対一で戦ってやる義理も無い。百人を超える精鋭団員と五百匹を超えるシャドウポケモン! あなたがどれほど強くっても、これだけの物量を受け止め切れるわけがないのよーっ!」

 

 

 アテナが前に出ると共に、彼女の言葉を裏付けるように、百人もの黒服団員と彼らが従えるポケモンたちが一斉に倉庫内へとなだれ込んだ。

 紫と黒の毒々しい波動(オーラ)に包まれ、その目から血のような真っ赤な光を放つシャドウポケモンたち。ダークポケモンを遥かに超えた存在としてのいびつさに、アキラはふつふつと怒りが湧いてくるのが分かった。

 それと同時に、逃げきれないことを悟ったためか、デオキシスが作り出していたワープホールが消滅する。アテナは、その様子を目にしてほくそ笑んだ。

 

 

「オホホホ……とはいえ。あたくしがあなたと『戦う』必要はありません。分かって?」

「……サカキが来るまでの時間稼ぎか」

「御明察。小憎たらしいこと。でもランスのお坊ちゃんのおかげで助かったわ。あなたの行動パターンをよぉく分析してること。オホホ、もう逃がさないわよ。サカキ様への連絡も終わったし、これであなたもお終いねぇ!」

「そうか? わたしはそう思わない」

 

 

 どこか余裕を感じさせる、しかし、一切の感情の乗っていないアキラの言葉に、アテナと彼女の引き連れた団員たちは表情を変えた。

 この状況で何ができるのかという嘲笑。調子に乗るなという怒り。あるいは、この状況で何をしでかすつもりなのかという、警戒。

 ――次の瞬間、その全てを力で握りつぶさんというほどの衝撃が、部屋を襲った。

 

 

「な……何!? これは何!?」

「転移だ」

「転……移……? 待ちなさい、『テレポート』は使えないはずですわよ!」

「そうだな」

 

 

 「ダークホールド」によってアキラ本人が全身を雁字搦めにされている以上、「テレポート」は元より、彼女を連れての物理的な逃走も不可能だ。

 ではこの状況で、いったい何を転移させるのか――その答えに、アテナは目を見開いた。

 

 

「だから、この部屋全てを(・・・・・・・)ワープホールに落とした」

「は……な、ななな、なん……!?」

 

 

 倉庫の小さな窓から覗く外の光景は、何処とも知れない極彩色の異空間へと変じていた。

 想定外に過ぎる大規模な能力の行使に、アテナの口がふさがらなくなる。

 

 

「『くろいまなざし』も『ダークホールド(それ)』も、敵を戦場から逃がさないための技だろう。依然戦場はここにある」

 

 

 ダークポケモンの技術があると知った時点で、アキラにとっても仲間たちにとっても「ダークホールド」のような時間稼ぎに向いた技は突入時点から警戒の対象に上がっている。

 しかし実のところ、単に対処法というだけならそう少なくは無い。「とんぼがえり」、「ボルトチェンジ」といった技や道具「だっしゅつボタン」による離脱などがそうだ。そうした技を使った敵ポケモンを排除することでも逃げることができるようになるため、道具「レッドカード」によるボールへの強制送還や、「ふきとばし」による戦線離脱なども有効な手として挙げられる。

 

 一見すれば強固な拘束のようでいても、あくまでそれはポケモンの技だ。生体エネルギーに由来する以上、限界というものはある。あとはいかにそれを出し抜くか、超越するかという問題だった。普段であれば相手を倒すことでも十分に逃げるという目的は達することができる。

 とはいえ、現在のように一分一秒を争うような状況では、目の前の敵を全滅させるという手段も難しい。そこでアキラは、前提を覆すことにした。目的があって時間稼ぎをしようと言うのなら、その目的を達することができない状況に持ち込めばいい、と。

 

 

「逃がさないだと? それはわたしの台詞だ。誰一人逃がすものか。()ろうじゃないか、このまま。ただし、横槍は一切許さない(・・・・・・・・・)

 

 

 アキラを拘束する目的が「サカキの到着を待つため」だと言うなら、そもそもサカキが手出しできないような状況を作ればいい。

 デオキシスにばかり大きな負担をかけていることはアキラも忸怩たる思いでいたが、それもこれも生き残り、レインボーロケット団を撃滅するためだ。テレパシーによって両者の間で合意は取れており、次元の狭間から四国の山中へと位相を戻したところでデオキシスも失った体力の回復のためにボールに戻っていった。

 

 

「へっ……ヘヘヘヘッ! ちょうどいいじゃあねえか。なあ、幹部サマよぉ」

 

 

 そこへ、凶悪な面相で笑みを浮かべた男が、他の団員を押し退けて現れる。

 殺意と膨大な闘争心を孕んだ視線をアキラに送るその男の両腕は、本来鳴るはずのないギチギチという鉄が擦り合うような音が発せられていた。先日、アキラが倒したレインボーロケット団に与した現地人……氷見山だ。

 

 

「あなた……ランスの部隊から譲られた、確か……ヒミヤマですわね」

「ヤツには恨みがある。逃がさねえと言ってくれてんなら、逃げる必要もねえ。テメエも言ってただろ? これだけの物量だ! たった一人でどうこうできるモンじゃねえ!」

「誰だお前?」

「殺す!! やれェケケンカニィ!!」

「……」

「お待ちなさい!」

 

 

 彼の従えるポケモンは、以前と変わらずケケンカニだ。しかしその目は赤く染まり、全身から毒々しいオーラが放たれている――シャドウポケモンと化していた。

 アキラはその姿に思わず強い嫌悪感を抱き、目を細める。彼女は元来戦いを嫌悪する性格であり、戦いに喜びを見出すような者もまた激しく忌み嫌っている。が、そうであっても、以前のように戦いに喜びを覚える感覚を――感情を剥奪されたケケンカニの姿は、アキラに小さくない憐憫を抱かせた。

 

 

「――――『オーバーヒート』」

「「「!!」」」

 

 

 それ故に、彼女はポケモンたちに手を止めさせなかった。

 早急にトレーナーを撃滅し、シャドウポケモンたちを元に戻すことが先決と判断したためだ。

 

 メガシンカの光に身を包んだチャムの両腕から放出された爆炎が、アテナたちの視界を紅に染め上げる。巻き込まれた数匹のポケモンが吹き飛ばされ、焼き尽くされてボールへと強制的に帰還させられてゆく。それに伴ってアキラの拘束が解け、彼女が立ち上がる余地が生まれた。

 

 

「ギル」

「グルルル……!」

「! 逃げられる者はすぐに退却を――」

「『すなあらし』」

「ガアアアアアアアァァッ!!」

 

 

 正確にその脅威を感じ取れたのは、アテナだけだったと言えよう。しかし、その指示を出すのはあまりにも遅かった。

 ボールから現れたギルが全身から生命エネルギーの奔流を放ち、倉庫――と定義すべきか悩むような空間――の周囲に砂礫交じりの暴風を展開した。

 

 

「誰一人逃すものか。お前たちはここで終わらせる」

 

 

 その死刑宣告のような言葉と共に、狂乱の中、身動き一つできない少女(狩る者)と、それを取り囲む黒服たち(狩られる者)との戦端が開いた。

 

 

 










〇設定等紹介
・デオキシスの能力
 「ポケットモンスターSPECIAL」にて描写された、オーロラを使って敵の目を欺く能力と、ブラックホール状のワームホールを作り出して対象者を別の空間に移動させる能力。
 前者は光の屈折を捻じ曲げてデオキシス自身が姿を隠すために使われたものだが、シルフスコープによって見抜くことが可能であり、それなりに能力的な穴はある。
 後者は「テレポート」とはまた別の能力であるらしく、ブルーの両親を誘拐したり、シルバーたちを別の安全な場所に(安全ではない)転送するなどして活躍した。
 本作では後者の能力は体力の消耗が激しいというデメリットを抱えているものの、ポケモンの技とは異なる宇宙由来の能力であるとしているため、エスパータイプの感知能力には引っ掛からないという優位性を持っている。


・シャドウポケモン
 初出は「Pokemon GO」(2019年7月~)。作中時系列(2019年5月頃)においては未登場。
 ダークポケモンに近似した存在で、本作においてはダークポケモンの発展形として描いている。
 ダークポケモンが「命令だけを聞いて動くロボット」とするなら、シャドウポケモンはそれにAIを搭載して自己判断ができるように改良した形。
 ダーク技だけでなく通常の技もフレキシブルに使えるようになっており、使い勝手が向上。ただし、感情や自我はダークポケモンと同様喪失しており、あらゆる意味で「兵器」に近づいている。アキラはキレた。
 シャドウポケモンという名前はダークポケモンの英語版の名称でもあるらしく、Pokemon GOの開発元がアメリカであることから、ダークポケモンのつもりで制作していた可能性も無きにしも非ず。
 なお、Pokemon GOにおいてはアメとほしのすなを使って「リトレーン」というシャドウポケモンを元に戻す儀式ができるようになる。これによって元に戻ったポケモンは「ライトポケモン」とも呼ばれ、様々な能力に好影響を及ぼすとか。



・「誰だお前?」
 本当に覚えていないわけではなくただの挑発。
 ただ、マッシブーンの印象が先行している上に個人のパーソナリティに関心が無いため実はうろ覚え。


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