アキラたちの行動に対してのレインボーロケット団員たちの反応は、精鋭と言うだけのことはあって迅速だった。
幻のポケモン、デオキシスは疲弊してボールへ戻った。
戦力比は1:100としても過言ではない。
加えて、幹部とウルトラビースト使いまでもが動員されている。
そうした要因もあってか、彼らの士気は低くない。ポケモンたちをボールから出し、ポケモンたちと共に四方を固めたアキラを包囲していく。
「来い、マッシブゥゥン!!」
「ババァルクウウッ!」
「やるしかありませんわね……ドンカラス!」
「カァァッ!」
氷見山とアテナもまた、自らのポケモンたちを繰り出してアキラの行動に身構える。
対するアキラは自然体に近い。と言うよりも、拘束が多少緩んだとはいえ未だ全身に黒い帯が絡み付いている以上、身動きが取れていないだけだ。
しかしながら、彼女の放つ威圧感と殺意は本物だ。だからこそ、その自然体という一見隙だらけの立ち姿が攻め入ることを躊躇わせる。そして、その隙を逃すアキラではない。
「分断する。『がんせきふうじ』!」
「ギラァッ!!」
「何……!」
「う、うわぁっ!」
「囲まれ……ギャアアッ!」
「ガアアアァッ!」
最初に標的となったのは、僅かにでも突撃することを躊躇った者たちだった。ギルの作り出した岩塊が彼らの四方を取り囲み、上空から叩きつけられるようにして巨岩が落着する。蓋をするようにしっかりと道を塞がれた彼らでは、しばらくの間はアキラたちを攻撃することも難しくなる。
「『はどうだん』」
「リオオオッ!!」
「ぬっ、く……!」
「わあああっ!!」
「ギャオオオォォ……!」
次いで放ったのは、その散弾状にして放たれた全力の「はどうだん」。押し固めた球体の波動から扇状に放たれた細かな弾丸は、床とポケモン、そして攻撃を防ぎきれなかったトレーナーをもまとめて抉り、弾き飛ばした。
鮮血が舞う。一切の情けも躊躇も無い、
その攻撃を目にすると氷見山の脳裏に先の敗戦の光景が浮かぶ。心がふつふつと沸き立ち、闘争心が膨れ上がった。
「ハァァァァァッ!!」
「バァァァァルクッ!」
アキラはその場を動けない。彼女を狙えば、嫌でも足を止めての打ち合いに発展することだろう。マッシブーンの全力を、より有利な状況でぶつけるための最適解だ。
「ブチ砕け、『アームハンマー』ッ!!」
マッシブーンの腕が凄まじい勢いで膨張していく。つけすぎた筋肉が動きを阻害するとか、そうした理屈の全てを「力」ひとつで貫くほどの超スピードで、マッシブーンは駆けた。
技など無い。そんなものは必要ない、と言わんばかりの一撃は。
「嘗めてるのか、お前」
「……」
「バッ――――」
大気の壁を破り、地殻ごと大地を割るほどの一撃に
腕を捉えるようにして、その鉤爪がマッシブーンに食い込む。あまりに現実離れした事態に、マッシブーンの小さな目も見開かれた。
「『ブレイズキック』」
「シャアアアァァッ!!」
「クアァァァァッ!!?」
火炎を纏う踵落とし。炎を纏った――蹴り、と言うよりも最早雷霆めいたその一撃は、マッシブーンに痛烈なダメージを及ぼした。
「な……バカな!?」
「マッシブーンとその直線的な動きのおかげで思い出したよ。あの時のUB使いの一人か」
アキラの挑発じみたその言葉に、氷見山の頭に血が昇りかける。
彼女の認識の上では、あくまでマッシブーンこそが主体であって氷見山の存在は最初から無いものと同じなのだ。両腕を切断されたことで強い恨みを持つ氷見山からすれば、それは紛れもない侮辱と言えよう。
「――それで。まるで代わり映えしない実力で何を殺すつもりだと言ったんだ、お前?」
しかし、そこで氷見山は冷静さを取り戻す。アキラははっきりと、「代わり映えしない実力」と言ったのだ。だが、それは本来ならまずありえない。
氷見山はあの敗戦の後、義手の手術を乗り越えた上にポケモンたちを鍛える時間も充分に取った。レインボーロケット団の所有する
それを、彼女はまるで何も変わっていないかのように言い捨てた。それは彼女から見た時、氷見山の成長など取るに足らない程度のものでしかないということだ。
「こいつ、あの時より更に強くなってやがる……!!」
「ふぅん……これでまだ成長途中と? サカキ様が後継者の『器』に選ぶだけのことはあるということですわね」
アテナもまた、その異常性に眉を顰める。
アキラの噂は、彼女も――と言うよりも、レインボーロケット団員ならば少なくとも一度は耳にしている。出遭えば大損害は必至。再起不能にされた団員は数知れず。数少ない無事だった団員もぐずぐずになるまで精神を徹底的に破壊され、トラウマを植え付けられている。レインボーロケット団員として復帰し、悪事を行うことも難しいだろう。
名前もまともに名乗らず、残されているのは白い髪と抜刀の閃きという数少ない証言のみ。故に、少女についた仮称は「白光」。特徴的な赤毛と一切容赦のない
それが未だ発展途上である。アテナの胸中には小さくない恐怖が湧き上がっていた。
伝説のポケモンであるデオキシスを手中に収めていることで戦力がより充実したことも事実だが、それ以外のポケモンたち実力も、氷見山の言葉通りなら軒並み向上している。
「そこまでの実力……レインボーロケット団に来れば即大幹部も夢ではありませんのに、なぜ愚かな民衆を守るためになど使うのです?」
「レインボーロケット団自体に価値が無いからな」
「でしたらあなたは何のために戦っているんです?」
「お前らのせいで苦しんだり悲しんだりする人を少しでも減らすためだ」
「チッ……何だァその理由は!? 正義ぶってカマトトぶってんじゃあねえぞガキッ!」
氷見山のその言葉を耳にして、アキラははじめて彼にはっきりと意識を向けた。
それに伴って、拡散していたはずの殺意の波動が一直線に彼に向かっていく。まるで暴風の中にいるような錯覚を覚えながらも、氷見山はだからこそ、逆に気を良くした。敵意や殺意こそ、彼にとってはより慣れた心地よい感情であったからだ。
「人間が動くのは欲望があるからだ! 金が欲しい! 崇められてえ! ブッ殺してえ!
そうした一方、氷見山はアキラの在り方に憤慨していた。
彼にとってみれば、力を持つ者が己の好きなように振る舞うというのは当たり前のことだ。だと言うのに、アキラのしていることは既存の秩序のもと、力無い人間を守るという――氷見山からしてみれば、あまりに無益な行為。彼にとってアキラの姿は、人間ではなく秩序というシステムのもと動く機械のようにしか見えていなかった。
対するアキラは――眉間に刻んだ皺を、より深くした。
同時に、周囲に吹き荒れる殺意の嵐の濃度が更に高まる。
「貴様の浅薄な考え方で、人の欲望を定義するな」
――彼女もまた、はっきり言ってしまえばキレていた。
「人間に欲望が必要という考えそのものは否定しない。けど、誰かと一緒にいたい、平和に生きていないという暖かい願いも『欲望』の一種だろう。醜く浅ましい我欲だけが人を動かすと思うな!」
「正義の味方気取りがァッ!!」
「人を傷つける手段しか取れない
「グルゥアッ!」
アキラの激憤に呼応するように、ギルが一気にアキラのもとに詰め寄り、彼女の体を下から一気に持ち上げる。
膨大な数の黒い帯に圧迫されて全身の骨が軋むのを波動による強化で堪えながら、一切の躊躇なく彼女は指示を放つ。
「『じしん』!!」
「なっ――――」
「ど、ドンカラスッ!」
「カァーッ!」
敵に打ち込む変形の「じしん」ではない、本流の――地面に叩き込むことで、周囲全てにその効果を及ぼすための一撃。広く、そしてアキラを囲うようにして布陣しているこの状況下においては、最適と言っていい技だ。
しかし、そのためには彼女自身もまた傷つくことを覚悟した上で行わなければならない。拘束によって地面に縫い付けられているような状況に陥っている今、ギルに抱え上げられているとはいえ跳ぶこともできない関係上、振動はダイレクトに自身を襲うのだ。
――それでも、ギルは一切躊躇うことなく地面を蹴り穿った。
「ごあああああああああっ!!?」
「うわあああああ!」
「ぎゃああああ!!」
「っ……ごぼっ!」
拡散する衝撃と振動、そして生命エネルギーの奔流は、周囲に散らばる敵を撃滅するのに十分な威力を誇っていたが、同時にそれはアキラの体を蝕むのにもまた、充分な威力があった。
骨が軋み、内臓が掻き回され、口の端から血の塊が零れ落ちる。しかし、ギルと最初に出会った時のような絶望的なダメージは彼女には無かった。波動によって体を強化していたことや、前回と異なり生命エネルギーによる超振動がダイレクトに直撃していないことが原因だ。
アキラは血を吐き捨てながらボールを転がし、跳び上がって「じしん」の影響を回避したリュオンとチャムへ指示を発した。
「叩き落とせ、『はどうだん』! チャム、マッシブーンに『フレアドライブ』!!」
「リオオオオッ!」
「バシャッ!」
「なっ……無茶苦茶な! ドンカラス、『みがわり』!」
「カァァ――――ッ!」
「ぐあ……ッ! ま、マッシブーン、迎撃しろォ! 『ばかぢから』!!」
「ババアァルクウウウッ!!」
リュオンが放つ「はどうだん」がドンカラスの身から生じたエネルギー体を貫き、全身から火炎を噴き出したチャムが、全身を倍の大きさにまで膨れ上がらせたマッシブーンへと吶喊する。
チャムの速度は、先のマッシブーンのそれを遥かに超え、人間の目では追えないほどとなっている。しかしその中でも、彼は「技術」を織り交ぜることはやめない。振るわれたマッシブーンの剛腕を掌でいなし、紙一重で躱して肉薄する。
しかし、マッシブーンも曲がりなりにも伝説のポケモンに近しい力を持つウルトラビーストである。全身の
――だが。
(ミュウツーのバリアはもっと硬かった)
想定されうる最大の硬度を誇る障壁を張ることのできるポケモンは、ミュウツー。
レインボーロケット団を撃滅するためには、それを超えて一撃を叩き込まなければならない。
(デオキシスの動きは、もっと速かった)
現時点でアキラたちが知る中で最も速いポケモンはデオキシス。当然ながら、手持ちポケモンとして常に交流し、特訓を行っている彼女たちはそのことをよく理解している。
常にその速さに目を慣らし、体感し、対応できるよう最善を尽くし続けている。
――それらに比べれば。
「シャアアァァッ!!」
メガシンカした自分なら、それらに満たないものなら必ず貫ける。その確信を持って、チャムは思い切り前に踏み込んだ。
震脚による運動エネルギーの増加をそのまま拳に込め、歩法による急激な方向転換と回り込みによってマッシブーンの意識の外に躍り出る。更に、拳に纏うようにして吐き出されていた火炎が爆発的な推進力に転化される。
「ク――ハ、バァァァッ!!」
空気が弾け、衝撃波が吹き荒れる。拳がマッシブーンの巨体捉え、爆炎がその身を焦がしていく。
そして、振り抜いた拳がマッシブーンを吹き飛ばした。「すなあらし」によって生じた風の結界を突き破り、遥か彼方へと消えていく。
それを見た者たちは、一拍遅れて爆発音が鼓膜を叩くのを感じた。超音速の攻防の中、その動きは音を置き去りにしてしまっていたのだ。
氷見山たちは、唖然とした様子でそれを見送った。
どこでも捕まえられる、言うなれば「普通のポケモン」が、生物としての土台からして異なるウルトラビーストを圧倒し、凌駕し、あまつさえ勝利して見せたのだ。レインボーロケット団の――ポケモンを鍛えることを常道としない者たちの――常識においては、考えられないことだった。
「ウルトラビーストをこの短時間で……どういう怪物……!」
「人として、あるべき理性を放棄した
アキラはそう告げると――次はお前だ、と言わんばかりに、その視線をアテナに移した。