携帯獣異聞録シコクサバイバー   作:桐型枠

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沈む夕日をにらみつける

 

 

 

 さて、これで一応、ヨウタにしておくべき話はだいたい終わったことになるか。

 何重かの意味で詰んでることを補強してしまっただけとも言えなくはないが、まだだ。まだ本当の意味で詰んでるわけじゃない。

 

 ともあれ、まず家に戻ってきたオレたち。その足は納屋の方に向かっていた。

 

 

「そういえばアキラ、さっき気になること言ってたよね。派手に逃げるとかなんとか……」

「ああ。とにかく目立つように派手に逃げて、あいつらの目をこっちに向けるんだ。ヨウタがターゲットになってるのは確定的だし、ランスたちが逃げ出したことで、多分、オレのことも知られたはずだからな」

 

 

 レインボーロケット団にとって、オレとヨウタは数少ない「敵」足りうる存在だ。あいつらの立場からすれば、なんとかしてどっちも始末したいと思ってるはず。そこを突く。

 派手に、それこそ街のほうに目を向ける余裕を無くさせるくらいの行動を起こす。

 例えばそれは、あたりそこら中にいるレインボーロケット団の連中を倒すって行動でもいい。あるいは……そう。

 

 

「そこでこいつの出番ってわけだ」

 

 

 納屋から引きずり出したのは……巨大な電動式バイクだ。

 電動だ。オマケに、大型。一般的な電動バイクはスクーター程度がせいぜいだろうが、コレはその枠を完全にぶっちぎっている。

 

 

「な、なんだかすごいね……」

「だろ? だろ?」

「やけに自慢げだロト。アキラが作ったノ?」

「いや、オレは作ってもらっただけなんだが……」

 

 

 積載量も明らかなほどに規格外。……当然、必要な電力量もけた違い。

 こいつのコンセプトは何か? 決まっている。

 

 オレ自身が、動力源になることだ。

 

 

「速い、派手、オマケに頑丈。こんなことがあろうかと……思ってたわけじゃないが、いつか何かの機会に必要になるかもって用意してもらってたんだ」

「趣味?」

「……趣味もある」

 

 

 いいじゃん、バイク。かっこいいじゃん、バイク。

 そりゃあ、車に比べたら利便性の面で劣るかもしれないけど、小回りは利くし、こういう状況下でなら便利な方だとも思える。

 

 

「……ねえ。派手って、つまりこれ」

「電気がバチバチッと」

「僕感電しないよね!?」

「お、おう。大丈夫だ。構造上、感電を防ぐために放電してるような感じだ……ったよな多分」

「多分!?」

「大丈夫だって! 無差別にビリビリやるほどオレも下手っぴじゃねーから!」

「ほんとぉ?」

「トラストミー」

「その胡乱な目つきで何を信じロト言うのか分かんないロ」

 

 

 ですよね。

 まあこんなもんただの定型句だ。オレだって本気でトラストミーなんて言うか。

 

 

「とにかく、こいつを使って市内の方に出る」

「市内? ここも市内じゃ?」

「いや、まあそうなんだけど……違うんだよ。こう……合併する前は町だったから……って知らない人に言ってもな……」

 

 

 こういう微妙な言葉のニュアンスは難しいな、しかし。

 住んでるオレだって別に何か特別な意図があって言ってるわけでもないんだが。

 

 

「市街地の方って意味な。もうとっくに根城になってんのか、これからするのかは分からねえけど、あっち方面にいるのは間違いない。ここらで一番目立つ建物は、市役所かショッピングモールのどっちか。多分そのどっちかにいるはずだ」

「そうか、そこに乱入して叩けば……」

「オレたちがここから出てったってことをアピールできるし、あいつらも市内から追い出せる」

 

 

 希望的観測だけどな。

 オレの言ってることってのは、だいたい「勝つ」ことが前提だ。戦力を増強して待ち受けてるって可能性もある。

 けど、旅立とうとしてる現状既に崖っぷちなんだ。勝たなきゃ終わりだ。

 

 

「でだ。あいつらも無補給でここまで来られるってことはないだろ」

「……そうか! メディカルマシンがあるかもしれない!」

「それなら、モンスターボールとか、他にも補給物資があるかもしれないロ」

「ならそいつも奪う。輸送手段くらいは用意してるだろうからそれも()る。根こそぎ全部だ」

 

 

 ポケモンに関わるアイテムなんて、オレたちの世界には存在しない。

 ピッピ人形くらいはあるだろうが、それだってただのぬいぐるみだ。ポケモンのアイテム、なんて言ったらだいたいはファングッズでしかない。

 

 きのみ、もちもの、薬類にわざマシン、その他諸々。足りない、なんてもんんじゃない。無い、だ。ヨウタが持ち歩いているものも数があるわけじゃないからすぐに底をつくだろう。だったらよそから持ってくる以外に手が無い。

 

 

「……持てる?」

「……も、持つしかねーだろ」

 

 

 ……それこそ、風呂敷でも段ボールでも、マンガとか、たまにある過積載のバイクみたいに……こう……ハチャメチャに背負ってでも行かなきゃダメだろ。

 バイク免許はあっても自動車免許の方は持ってねえし……中・大型なんてもっと無理。何かウマい手があるならそれも探さなきゃな。

 

 

「準備はできたのかい?」

「あ、ばーちゃん」

 

 

 がらがらとバイクを引いて倉庫から出していると、ばーちゃんが何やら大きなコンビニ袋を持ってやってきた。

 

 

「どしたん?」

「そろそろ出ていくだろうと思ってねぇ、おむすび作ってきたんだよ。後でヨウタ君と食べなさいね」

「ん、あんがと」

「あ、ありがとうございます」

「いいんだよ。何だか大変なことをしようとしてるみたいだしねぇ」

「大変な……そうなんですけど……アキラ、なんて説明したの?」

「悪人が来たから全員ブッ飛ばしてくる」

「シンプルすぎるよ!?」

「だからってポケモンのことよく知らないばーちゃんに何て説明すりゃいいんだよ……」

「……分かった、それもそうだね」

 

 

 こういう時は当人に分かる言葉だけで伝えればいいんだ。小難しい言葉をこねくり回したって、本質は伝わらねえっての。

 ……オレが説明苦手ってのもあるが。

 一応、ヨウタの方はそれで納得してはくれた様子だ。納得だけは。

 

 そうして、ヨウタは一つため息をついて、腰にマウントしたボールのうちの一つを取り出し――ばーちゃんに差し出した。

 

 

「あの、おばあさん。一つ、お願いがあります」

「何だい?」

「このボールの中に、僕の友達が入ってるんですけど……この子を、しばらく預かっていてほしいんです」

「……はあ!?」

「おやまあ、大丈夫なのかい?」

 

 

 突然の申し出に、オレも困惑しきりだ。あれは……クマ子のボールか?

 というか何だそれ!? ちょっと待て!

 

 

「おいヨウタ、そういうことオレ一言も聞いてねえぞ!?」

「あ……うん、今思いついたんだ」

「だったら行動するより先に相談しろよ……」

「ご、ごめん……」

 

 

 こいつ……もしかしてオレが思ってたより遥かに軽率なんじゃないか……?

 いや、ちゃらんぽらんっていうより、行動がとにかく早いっていうか……無鉄砲で向こう見ずっていうか……。

 

 ……いや待てよ? そうか、ヨウタって、こういう言い方もなんだけどいわゆる「主人公」じゃないか。

 ポケモントレーナーとして一流なのは言うまでも無いが、それ以上に子供でもある。多少軽はずみな行動してても仕方ないかもしれない。

 

 

「ふふふ、ヨウタくんは、もうちょっとアキラと相談しないとねぇ」

「すみません……」

「で、どういう話だよ」

「あ、うん。レインボーロケット団の人たちだけどさ、いつここに襲いに来てもおかしくない、って話はしたよね」

「おう」

 

 

 だから逃げるんだ。でなきゃ、にっちもさっちもいかないような状況に追い込まれかねない。

 

 

「街の人たちを守る方法、あれだけじゃ足りないと思ったんだ」

「そりゃそうだろ……あ、まさかお前」

「クマ子に、守りの要になってもらう」

 

 

 ……そう来たかぁ。

 現状の懸念と言えば、やっぱりこの街を守る戦力がほぼ無いに等しいことだ。

 時間も無ければ物資も無い。育成のノウハウも勿論無い。人間より遥かに力の強い存在――ポケモンと接したことのある人間もいない。

 

 それを考えると、よく鍛えられていて、その上人によく慣れてるポケモンが一匹いるだけでも随分違う。

 その一方で、クマ子はヨウタのパーティの主要メンバーでもある。それを手放すとなれば、戦力低下はどうしても避けられない。

 

 

「……クマ子がいねえからって、泣き言言うなよ」

「分かってる。僕たちが決めたことだ」

 

 

 強い決意を秘めた目でそう告げると、ヨウタはボールからクマ子を出してやった。

 

 

「ぐー」

「おやおや、かわいい子だねぇ」

「えっ」

「あっ……」

 

 

 ピンク色の、ずんぐりむっくりした……なんというか、ぬいぐるみか、あるいは着ぐるみのようにも見える、非常に愛嬌のあるクマ。それがキテルグマだ。

 知らない人が見ればこの感想も当然のものではあるが、「知ってる」側から見ると「かわいい」という印象は少し薄れる。

 何故ならキテルグマは、はっきりと「背骨を砕かれて世を去るトレーナーが多い」などと図鑑に記述されている恐ろしいポケモンだからだ。

 

 アローラに移り住んだ人間だとはいえ、ロトム図鑑が近くにいてその危険性を理解してないヨウタではないだろう。

 そしてオレも、色んな媒体でその危険性はしょっちゅう目にしている。この反応になってもしょうがないと言えるだろう。

 

 

「ぐーま」

「おやおや、だっこかい? はい、よしよし」

「アキラ。一応先に言っとくけど、クマ子はよく訓練してるから力の加減は完璧だからね」

「それを聞いて安心したよ」

 

 

 ばーちゃんにハグをするクマ子を警戒し、いざって時には飛び出せるようにしてたが、本当にクマ子のハグはごくごく優しいものだった。ほっとひとつ息をつく。ヨウタも安心して……いやちょっと待て、お前が安心してどうするんだ。そこはもっとトレーナーとして堂々としててくれよ。

 

 

「この子の名前はクマ子。すごく強い子なので……悪い人たちが来たら、この子に追い返してもらってください」

「ケガしてて本調子じゃないけどな」

「おや、そうなのかい。道理で、ちょっと動きがおかしいと思ったよ」

「きー……」

 

 

 恥ずかしそうに頭を掻くクマ子。アニメのあのキテルグマを知ってる身としては、なんというか……こう……違和感はあるが、愛嬌があって感情的で可愛らしくもある。

 

 ……さて、面通しも済んだし、これでいいだろう。

 

 

「じゃ、これであとは大丈夫だな。あんまり悠長にしてるとマズい。行くぞヨウタ」

「うん。それじゃあ、すみません。行ってきます、おばあさん」

「ええ、ええ。怪我をしないで帰ってくるんだよ」

「おう。ばーちゃんも気をつけてな」

 

 

 言いつつ、軽く通電してバイクのエンジンを始動すると、辺りにごく小さな、高い音が響いた。

 

 

「ヨウタ、これ」

「了解」

 

 

 ヘルメットを被り、シートにまたがってハンドルに手をかける。二人乗り用の背後のシートを示すと、ヨウタは恐る恐ると言った様子でゆっくりまたがった。

 

 

「こういうの初めてか?」

「ライドポケモンはしょっちゅう乗ってるけどね……バイクは、ちょっと」

 

 

 なるほど、道理で安定性に欠けてるのか。

 重心の取り方も、どっちかって言うとやっぱり一人乗りの時のそれに似ている。このまま発車すると振り落としてしまうかもしれないな。

 

 

「まず腰に手回せ。んでしっかり掴まってろ」

「え!?」

「何だよ」

「こ、腰って」

「おいバカ変なこと気にすんな」

「う、うん……」

 

 

 くそっ……だから嫌なんだこの体!

 ヨウタもヨウタで、何でこう無駄にどぎまぎするかな……中身は男だぞ?

 

 

「し、失礼しまーす……」

「ひゃあっ!!?」

「うわああああああああっ!!?」

 

 

 ひっ、なんか今脇腹触られてすごいヒュッってなった!

 何だ今の!? 気持ち悪い!

 

 

「ご、ごごご、ごめんなさい! やっぱり僕ワン太に乗って」

「それはダメだろ! う、うぐぐ……」

 

 

 自分で自分の脇腹に触れてみるが、何ともない。

 これは……そうか、アレだな。ゆっくり恐る恐る……ってな感じで触れてきたから、それでちょっと変な風に体が反応したんだ。他人からの予想外の刺激だからってことで、よくあるやつ。

 

 

「変に優しく柔らかく触れようとするんじゃなくって、思いっきりギュッと、落ちないようにしっかり手え回せ!」

「わ、分かった!」

 

 

 と言うと、気合を入れたように息をつき、ヨウタはぐっとオレの腰辺りに手を回した。

 よし、さっきより予想外の刺激が来ないだけマシだ! これなら問題無い!

 

 

「ヨウタ、顔真っ赤ロト」

「うるさい!」

「煽んなよロトム。オレまでなんか恥ずくなるだろ!」

「ご、ごめんロ……?」

 

 

 どうやら当人には煽ったつもりは無いらしい。けどな、なんかこう……変に意識されると、気にしてしまう。

 その辺に関してはヨウタはもうちょっと割り切ってほしい。そりゃあ、見た目は完全に女だけど。

 

 

「そ、それじゃあばーちゃん、行ってきます!」

「行ってらっしゃい、気をつけてねえ」

 

 

 一言伝えると、アクセルをひねりバイクをゆっくりと前進させ始める。

 まだ速度は大したことが無い。家の敷地を出て、公道へ。周囲に車の影は……特に無い。当たり前だ。これだけの騒動で、外に出るって方がどうかしてる。

 

 エンジンに電気を送り、その回転数を更に増していく。30キロ。40キロ……50キロに乗った段階で、ホイール部分から余剰電力が徐々に放出され始めた。

 60キロ。ここでバイクに刻まれた青いラインから淡く光が放たれる。電気の供給が完全であるという指標だ。

 70キロに乗った段階で、バイクの速度を落ち着ける。ここまで来ると、周囲に目を向ける余裕も出てくる。

 

 

「うわぁ……」

「…………」

 

 

 差し込んでくる西日に、思わずといった様子でヨウタが声を上げた。

 

 この街の特色はと言えば、やはり綺麗な夕日が見られることだろうと思う。

 立地の問題で、東にすぐ山があって朝日があまり差し込まないっていう問題もあるが――だとしても、沈む夕日は何にもかえがたいほどに美しい。

 まして、今はディアルガとパルキアの作り出した次元断層のせいで、オーロラがかかってるような状態だ。普段の光景としてよく見るオレでも、この光景は息をのみそうになるくらいなんだ。ヨウタが声を上げるのも頷ける。

 

 オーロラに遮られているより手前の海から、マンタインが飛び出すのが見える。海の中に見える魚群はヨワシだろうか? 追い立てていたはずのキバニアが、「ぎょぐん」でパワーアップしたヨワシに逆に追い掛け回されているようだ。

 空ではキャモメが飛んでいて、海岸にはヒドイデやナマコブシが打ち上げられている。その光景もまた現実離れしていて、あまりに幻想的だ。

 

 ――けど。

 

 

「オーロラが無かったら、もっと綺麗だった」

 

 

 オレは、それだけははっきりと言っておきたい。

 これは、外と内とを隔てる壁だ。ヤツらの侵略の象徴だ。

 こんなものがある状態で景色を楽しめるはずがない。

 

 

「え、でも……」

「……綺麗だったんだ」

「……うん」

 

 

 だから、この光景を肯定したくない――それを言外に告げると、ヨウタは黙ってしまった。

 意地が悪かっただろうか。けれど、これだけは言わなきゃいけない。示さなきゃいけない。

 オレは、あの日常の光景を取り戻すんだ。

 

 しばらく、道なりに夕日を眺めながら進んでいくと、山道に入った。ここから進むと市役所の方面だ――が、なんだかヨウタが息をのむ音が聞こえた気がする。

 

 

「どうした?」

「いや、ちょっと……何でさっきまで海沿いだったのに急に山道に入ったんだろうって……」

「それが四国だからな」

「説明になってないよ!」

「いや真面目に四国の道路ってだいたいこんな感じだから……」

 

 

 四国を横断するかたちで屹立する四国山地のおかげで、四国は全体的に見ても人間の住める平野が少ない。内陸部は特にそうだ。

 基本的に住民は松山・讃岐・徳島……などの山地の隙間を縫うようにして存在している平野に居住地を設けている。他の主要な居住地はと言うと、オレたちの住む街のような沿岸部だろうか。山中に住んでる人も中にはいるけど。

 

 ともかく、そういう立地なので、四国では少し移動するとすぐに山にぶち当たる。例えば今までオレたちが通っていた道だが、右に海、左に山と崖、なんてのはごくごくありふれた光景である。街中を進んでいたはずなのに、五分もすると急に山の中に入ったなんて例も少なくない。

 

 別の市に移動するために一時間以上かかるのはザラ。国道を走ってたのに、対面二車線だったのが急に一車線になって対向車とぶつかりそうになるなんてのは日常茶飯事。そもそも山道をそのまま道路にしているようなものなので、傾斜もあるわ道自体も曲がりくねってるわと、危険極まりない。事故が起きて大怪我で済めばいい方。ちょっと道をはみ出すとがけ下に真っ逆さまなので、まず命の心配をする必要がある。雨が降った日なんかは最悪と言っていい。

 

 四国で長距離の移動をする場合、多少金がかかっても、高速道路を使うべきだとオレは思う。死ぬよりははるかにマシだ。

 

 

「そう言うけどよ、アローラの方はどうなんだよ」

「……メレメレ島は普通だよ」

「ウラウラ島……」

「ウラウラ島の話はやめよう」

 

 

 ウラウラ島。ラナキラマウンテンとホクラニ岳、ハイナ砂漠という三つの特異なスポットが全て一つの島に収まっている場所である。

 当然だが、インフラがちゃんと整ってるとはあまり思えない。ホクラニ岳は天文台がある関係上、バスが通っていたりしてある程度は整ってるようだが……果たして、それ以外がどうかと言うと、どうだろう。市街地は間違いなく整ってるとは思うのだけど。

 この反応を見るに、まあ、そういうことだろうとは思うが……ポケモン世界だしな。ライドポケモンの技術も発達してるし、こっちと同じようには言えないはずだ。むしろ、多少自然が残ってる方が過ごしやすい部分もありそうにも思える。

 

 十分ほどバイクを走らせていると、そこでようやく山道が途切れた。とはいえ市役所に行くには、まだもうちょっと先に行く必要がある。

 

 

「あとどのくらいかかりそう?」

「もう十分くらいじゃないか。どうする?」

「市街地に入ったところで一旦降りて歩いて向かおう。そこからは目立っちゃマズいと思う」

「オッケー」

 

 

 移動中に多少目立ってヤツらの目を引き付けることは、むしろオレたちも望むところだ。しかし、いざ目的地に到着してからはそういうわけにもいかない。今の状態じゃ真正面から戦っても勝てないことは明白だしな。

 

 

「で、どうやって勝つ? とりあえずまたランス殴るか?」

「とりあえず殴る方向で考えるのはどうかと思うなぁ!?」

「でも一番手っ取り早いだろ」

 

 

 頭を潰すなんてのは戦術の基本だ。統制を取る人間が一人いなくなるだけで、途端に戦線は崩壊する。あとは有象無象を叩けば終わりだ。

 こっそり近づいて、頭だけ潰す。少数の個人にできることなんてこれが精々だろ。

 

 

「僕らには逆転の手が一つ残されてる」

「って言うと?」

「メディカルマシン」

「……まずはみんなを回復させる?」

「そう。今の僕らでも、人質を取られさえしなければ半数は倒せた。完全回復させることができれば、メガシンカもZ技も完全に使えるはず。それなら、幹部クラスが相手でも正面から戦える」

「言い切ったな。じゃあ、オレは露払いでもすりゃいいのか?」

「とりあえずは、そう。できる?」

「できるできないじゃねえだろ。やらなきゃ終わりだ」

 

 

 今のオレは囲まれると袋叩きに遭う可能性が高いが、それでも、ポケモンさえいなければ二、三人まとめて闇討ちするくらいは楽勝だ。

 油断して……はなくても、本物の達人やポケモン相手じゃなければ何とでもなるだろう。

 

 やがて、街の端にあたる住宅地が近づいてくる――と、そこで不意に黒い影を見た。ロケット団員の服だ。数にして二、三人。それほど多くはない。

 オレは口の端を持ち上げた。

 

 

「なあ、ヨウタ」

「何?」

「この先に二人か三人、ロケット団員がいるみたいだ。どうする?」

 

 

 答えはだいたい決まってる。確認のための問いかけに、ヨウタは軽く苦笑して応えた。

 

 

「……正面突破! 僕たちがここにいるってことを、あの人たちに示そう!」

 

 

 


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