刀祢アキラは、無欲な人間というわけでは決してない。
妹に良く見られたいということで見栄を張ることもあるし、男っぽく見られると嬉しく思ったりもする。根本的なところで、彼女の大目的も「記憶を取り戻したい」という欲求だ。ただそれ自体は一連の戦いにはほとんど関係ないし、気にしても仕方ないので脇においているというような状態なのだが。
いずれにせよ、彼女にも欲求はある。肉体的な問題か、実は甘いものが欲しくなることが割と多いし、親や祖母に甘えたい気持ちも出てくる。妹にはいいところを見せたいし、たまには何の目的も無く眠ったり、いいものも食べたい。
そして何よりも。
(帰るんだ――――みんなで)
この旅を通じて新しく心を通じ合わせた
四年にも満たない擦り切れた記憶の中に、確かに存在する幸せだった時間を、彼女は切望していた。
しかし、勝てなければ結局のところ何も果たすことはできない。
敵はあまりにも強大だ。ミュウツーやグラードンのあまりにも規格外としか言いようのない能力によって、彼女の胸に小さな絶望の種が撒かれた。そして目の前で人を助けられなかったことで、脳が焼き切れそうなほどの怒りと共に、「仲間たちや家族を喪うかもしれない」という強烈な不安と恐怖として、種は芽吹いた。
殺意の奔流と鋼のような理性によって表出することこそ無いが、病的なまでに強さを求める渇望の根源は、そこにある。
――結局のところ、遠因は辿れば全て
「さて」
アキラは絡みついていた黒い帯状のエネルギーを掴むと、そのまま引き抜くような動作で千切り捨てた。
既に「ダークホールド」を使ったポケモンの多くが「ひんし」の状態に陥っている。戦場から逃げられないという効力はともかく、技を重ねたことによる物理的な影響は、劣化し消えかけていたのだ。
「ゲホッ」
血液交じりの湿った咳をしながら、彼女はまた後で叱られるなと思い息をこぼした。
血もこぼれた。
「分かりませんわね。なぜそれほどの力を、人を守るなどという無益なことに?」
「無益かどうかはわたしが決める」
「言い方を変えましょう。たとえ愚民を守った、守れたとしても、彼らが感謝するのはせいぜい少しの間……いずれ守られることが当たり前になり、強い力も疎まれるようになり――」
「面倒だから黙れ。お前らとは話が噛み合わん」
「んなっ」
「人を守らなきゃならないのは
――だから、殲滅する。
言葉にこそしなかったが、彼女の放つ殺気は雄弁だった。
そもそも、アキラに大した自己顕示欲は無い。人をどうこうできるようなカリスマ性も無い。人を傷つけるという手段そのものを厭うため、英雄視もされたがらない。最終的には、元の体に戻るにしろどうなるにしろ、祖母の畑を手伝うような程度の、ごく普通の暮らしに帰りたいだけだ。強い力が疎まれようと、そうですかハイさようならと逆に意気揚々と行方を眩ませて市井に溶け込んでただの一般人に戻るだろう。
(詭弁は通じませんわね)
アテナは不満げに鼻を鳴らした。
元々、彼女も議論をしようという気は無い。多少でも心を揺らしてくれれば、戦闘力に影響が出るとも考えていたのだが、そのアテも外れたようだった。
しかし、時間稼ぎはなった。アテナはアキラの背後から襲い掛からんとする深い紫の影を見てほくそ笑む。
(そう、そのまま――)
「背後2メートル」
「リオッ」
「え――――」
次の瞬間、アキラの背後から地面を通じて噴き出した「はどうだん」によって、影――アーボックは宙へ打ち上げられる。
アキラを飛び越え、彼女の前へと飛び込んでいく軌道だ。声を上げる間も無く、アーボックはその途中に屹立する深緑の鎧に踏み砕かれ、地に伏せる。その間、アキラは眉一つ動かすことは無かった。
「不意討ちすら通じねえかよ」
「ヒミヤマ……」
マッシブーンを倒されたことへの焦りこそあれど、氷見山は至極楽しそうに前に一歩踏み出した。
「正面から殴り合わなきゃ勝てねえ……グハハハッ! そうじゃねえと殴り甲斐がねえ!」
アテナは閉口した。
まだ勝てるつもりでいるのかこの
「勝算がありますの?」
「あぁ? ねえよそんなもん! 俺ァこういう、自分は強いと思ってるガキの澄ました顔が歪むのが何より見てえんだ!」
「殺しますわよ
「あぁ? テメーじゃ俺は殺せねえよババア」
「バッ……」
「カァーッ!」
氷見山は愕然とするアテナをよそに、アキラへ視線を送った。
アキラは一切意に介さず、指を軽く下に向けるような動作を取る。寸でのところでドンカラスの反応が間に合い、何は逃れたが、僅かにアテナと氷見山の首筋に粘着性の糸が付着する。「いとをはく」によって生じた、高レベルのポケモンが吐く硬質な糸だ。
「っ……!」
「ハッ! やっぱりなぁ!! テメーはそういう、隙あらば殺しに来るヤツだ!」
「糸!? いつの間に……!?」
「――あの『じしん』の直後か! ボールを転がして……面白ぇ! ゴロンダ! ギガイアス!」
「…………」
「…………」
「また……!」
氷見山が追加でボールから出したポケモンもまた、シャドウポケモンだ。特に片一方、ギガイアスは通常のそれと比べて遥かに大きく、ギルにすら届こうかという体高を誇る。
そうであるという可能性は当然アキラも想定していたが、だからと言って許容できるものではない。本来のありようを歪める強制進化マシンと、シャドウポケモン化の合わせ技だ。当然、そこにポケモンの意思などあろうはずもない。
「チャム!」
「させませんわよ……! ドンカラス! ラフレシア! そのバシャーモを押さえなさい!」
「カァーッ!」
「フレレー!」
「――――」
「アテナ様たちに加勢しろ!」
「何としてでも止めろぉ!!」
「「「…………」」」
次いで突撃してくるのは、アテナのドンカラスとラフレシアだ。その姿を目にしていた生き残りのレインボーロケット団員もまた、鬼気迫る様子でシャドウポケモンたちを繰り出す。
ポケモンの波動が見える彼女にとっては、人間の悪業を見せつけられているようで直視しがたい光景ではあった。しかし、彼女は目を逸らすことなくその動きを目に焼き付ける。
この中で最も戦闘力に長けているのは、氷見山ではなくアテナ。アーボックは不意討ちに対する不意討ちというある種反則めいた手段で撃破できたのだが、それ以外のポケモンはとなると、真正面からではややアキラの方が上か、下手をすると互角というのが彼女の見立てだ。
氷見山が彼女に劣る原因は、単純な練度不足だ。そもそもポケモンのいる世界に生まれ育ったアテナと彼では、根本の土台が違う。
(本職の幹部が入ってくるだけでここまで違うか。立場や年齢を考えるとランスに戦術を仕込んだのは、恐らくアテナ……用兵はお手の物か)
加えて、今回に関しては下っ端の中でも精兵を用意して来ているというのもある。広範囲に広がりすぎた「じしん」では一撃で倒せた者は多くない。このままでは、間違いなく物量にお押し潰されることだろう。
やりようはある。だが、アキラ個人の心情としては、正直に言えばあまり打ちたくない手でもあった。
先にアキラが転がしていたボールは、
「ベノン!」
かつてアキラにも気付かれず、彼女に接近を許したのがベノンだ。色違いで派手な体色に比して隠れるのは非常に巧い。レインボーロケット団員たちの視界の外でその体が一瞬震え――直後、それでも分かるほどに強く輝きを放った。
「何だ!? 光!?」
「進化!? この局面で!?」
「――――!!」
「『ベノムショック』!」
そして次の瞬間、アキラたちに向かって突撃を始めたシャドウポケモンたちの機先を制するように二条の閃光が走った。
一つは、輝かんばかりの白。人間の目では追い切れない非常識な速度が、見る者の視界に残像となって焼き付く。
そしてもう一つは、毒々しい紫。居並ぶシャドウポケモンたちを纏めて打ち抜いたそれは、通常の「ベノムショック」を遥かに超える威力を持った光線だ。
「何が……!?」
「――何でもいい、進化したってんなら慣れる前に潰す! やれゴロンダァッ! 『ダークブレイク』ゥ!」
「ベノン! 『りゅうのはどう』!」
「ア――――アアアアア――――――ッッ!!」
「退避しなさいッ!!」
彼らが先に認識できたのは、歌うような鳴き声だ。その一瞬でアテナが危機を察知できたのは、それなりに卓越した戦闘経験を持っていたためだろう。
しかし氷見山のゴロンダは彼女が止める間もなく、命令に忠実に、全身に黒いオーラを纏いながらアキラに向かって突撃した。
対するのは、全身に蒼いオーラを纏い、閃光のように飛翔する白いポケモン――
互いの攻撃が拮抗していたのは、ほんの一瞬のことだ。
ベノンの特性は「ビーストブースト」。敵を戦闘不能に追い込めば追い込むほどに強くなる凶悪な特性だ。加えて彼は、ウルトラホールを通ってきた影響か――あるいはもっと別のものか――その攻撃能力を「オーラ」によって強化されており、進化した今でもその影響は今だ大きい。
「……!」
「ゴ――アアァァ――!!」
「なっ……!!」
結果、ベノンの攻撃は地面を抉りながらゴロンダを飲み込み、戦闘不能へ追いやった。
アキラはそれを横目で見やりながら、戦場を見回して次の手を打つべく更に一歩前に出る。
「戻れチュリ! リュオン、チャムの援護を! ベノンは周りの敵を掃討! ギル、ギガイアスを潰すぞ!」
「ヂ……」
「リオ!」
「バシャアッ!」
「グルゥ……!」
と、指示を出した次の瞬間、チャムのメガシンカが解除される。四肢から噴き出す火炎の勢いも衰え、アテナの目にも明らかにパワーが落ちたことが分かった。
「! メガシンカを解除……!?」
「――結べ!」
「!」
戦術的にありえない、そう考えたところで、アキラは更に腕を掲げ、
――メガシンカはキーストーン一つにつき一匹。
その大原則を思い出し、アテナは小さく歯噛みした。アキラはメガシンカを完全に理解している。ポケモンたちとの絆の結び方も一切不足は無く、戦況が変わればそれに応じたポケモンをメガシンカさせて対応する。厄介極まる適応能力だ。
「オオオオオオオラアァァァッ!!」
「…………」
「――――」
「ガアアアアアァァアッ!!」
その体躯を更に巨大化させたギルへと突っ込む氷見山たちと、応じるアキラの態度は極めて対照的だ。
好戦的に笑みを張り付けて突撃する氷見山と、一切の感情を失ったギガイアス。対して、アキラは感情の一切を内に秘め、ギルは興奮を隠すことなく咆哮を上げる。
激突の瞬間、衝撃波が周囲一帯を駆け抜ける。眉一つ動かさないアキラに対し、氷見山は拳を振るいながら言葉を向けた。
「テメェももっと楽しめよ、戦いを! 闘争本能を解放しろ!」
「戦いは手段だ。そんなものに喜びを覚えるほど、脳味噌を融かした覚えは無い」
剛腕を振るう氷見山に対して、アキラはあくまで冷静に刀と掌を器用に用いて全てをいなしていく。いくら相手が鋼鉄の義手を装着していて、かつイクスパンションスーツを装着していたとしても、同じ人間だ。たとえ相手が格闘技を嗜んでいたとしても、そもそも彼女自身が達人の域にある拳士である。金属音を響かせて、応酬は続く。
「人間の脳に刻み付けられてるモンだろうが、
「安全圏にいるからストレスを発散する先を求めてるだけだろ。実際に殺し合いがしたいなんて人間は
「ハッ、どうだかよ!」
直立するギルと、対して四足を地につけたギガイアスの激突は、ギガイアスが先んじてギルの腹部に「ダークブレイク」を当てる形で始まった。低い姿勢から突き上げるような形で攻撃を行うギガイアスの方が、比較的に攻撃が早かったためだ。
対するギルに、しかし動じた様子は無い。この程度かと言わんばかりに唸り声を上げると、その足に生命エネルギーを集約し、超振動と共にギガイアスの胴部に「じしん」を叩き込む。
「世の中にゃあ、俺みたいにこのぬるい世界に馴染めねえ人間はごまんといるんだ!
「どうでもいい」
「ハッ、マイノリティなら踏みつけても構わねえか! とんだカスじゃあねえか、よぉ!」
「――――」
「ガッ……!」
「! ギル……」
その衝撃に耐えきれずに倒れ込むギガイアスだが、彼は全身に振動が行き渡る寸前、その口腔部射出口から、「ロックブラスト」を放った。体を圧迫されたことで射出力の増した技は、ギルの体に傷をつけるのに有効な攻撃だった。
同時に、僅かに意識の逸れたアキラの頬を鉄拳が掠める。その瞬間にアキラは苛立ちが頂点に達したのか、噛み砕かんばかりに歯を噛み締め――――神速の抜刀により、氷見山の鋼鉄の義手を両断した。
「もう黙れ。お前に対して脳のリソースを割きたくないんだよ……!」
「う、お……!? 馬鹿な!?」
「わたしはお前たちが『他人を傷つけてる』ことが我慢ならないんだ! いちいち詭弁を並べ立てるな下衆野郎!」
「ギガイア――」
「ギルッ!!」
「ガアァァァァッ!!」
「――――――!!」
そうして次の瞬間――体勢を立て直したギルは、ギガイアスの四足の内の一つに足をかけた。
横から払うようにして、その足が動く。ローキックにも似た足払いの一種。相手の体を破壊するための技の一環とも言える以前、彼自身が受けた技の一つ――――「けたぐり」だ。
ギルにとって、この技は本来そこまで大きな意味はない。彼自身が規格外の巨体を誇るため、わざわざ相手の体勢を崩す必要が無いからだ。
しかし戦いの当初、アキラたちに脚部を執拗に攻撃されたことで敗北したことで、彼自身の頭に「けたぐり」の強い印象が焼き付いていた。後々伝説のポケモンと戦おうという段階に至れば、パワーだけではなく、当然ながら負けないための戦闘技術を磨くことが大事になる。
こうして確かな「技」を得たのも、その成果の一つである。
――ズガン! と轟音を立て、ギガイアスの体が崩れ落ちる。
「お前たちの狂った自尊心を満たす程度の目的で! 何人の人生を狂わせた!? 何人殺した!? どれだけ不幸を生んだ!!」
「ぬ……おがっ!!」
一瞬の間に、氷見山は自身の肩が抜け、膝の皿が砕ける音を聞いた。
「身勝手な理屈で居場所を無茶苦茶にされてるのはわたしたちの方だ!!」
「カ―――――」
両手足の腱が断ち斬られ、肺に痛烈なダメージが加わり、顎が外れ視界が歪む。
それは一切の容赦が無い、
(こ……こいつ! 俺を……壊す気か!?)
殺しはしない。それは人として間違っていることだからだ。
だが、殺さなければ氷見山はいずれまた不幸を振り撒く。だから――二度と戦うことができないよう、徹底的にその体を、心を
二度と拳を握る気など起きないよう、そもそも拳を握ることすらできないよう。
「お前だって、覚悟くらいはして来てるだろ――――!!」
「ギラアアアアアアアアアアアァァァァァァァッ!!」
「――――――――!!」
「ガハアッ!!」
アキラの掌底が鼻を砕き、蒼雷が氷見山の意識を底から刈り取っていく。
ギルの全力の
凄惨な光景と呼ぶほか無いその一連のやり取りに唖然とするアテナに、アキラは全身から雷を迸らせながら刀を向けた。
「次だ」
「……そう簡単に行くと思わないことですわね」
「どうかな」
短くそう返すと、アキラはアテナに向かって一歩を踏み出した。
〇設定紹介
・アーゴヨンへの進化
波動のエキスパートであるルカリオ(リュオン)とアキラがいたので、「りゅうのはどう」の習得自体は実はかなり早期に終えていた。
が、頭に乗ったり抱えてもらったりといったふれあいは、進化してない状態の方が適していると判断したため、何らかの原因でアキラに甘えたがっているベノンは、急を要する状況でなければ進化したくはなかった。
致し方ない状況とはいえ本人の望まないことを求めてしまったこともあり、アキラはとりあえずアーゴヨンに進化しても頭に乗ったりできるよう体を鍛えることを決めた。
なおアーゴヨンの体重は150kgである。