携帯獣異聞録シコクサバイバー   作:桐型枠

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血風紅雨におにびの灯る

 

 血風が、駆け抜ける。

 剣閃と共に指が、腕が、足が飛ぶ。惨劇と呼んでも過言ではない血溜まりの中、この地獄を生み出した張本人である少女(アキラ)は、一切の熱を持たない氷のような表情のまま、舞うように駆けていた。

 

 

「何でこんなことにィ!」

 

 

 その悲鳴は、この場にいる下っ端たち全員の代弁のようでもあった。

 この世界を征服するなど簡単なことだった。この少女を足止めすることなど簡単なことだった。その前提が全て覆されている。

 それどころか、立場を見れば狩る側、絶対強者であるはずの自分たちが押され、あまつさえこうして再起不能の重傷を負わされ続けている。目の前で繰り広げられる凄惨な一幕は、見る者に強烈な危機感と恐怖を抱かせ、鉋で一枚一枚削り取るようにその精神を蝕んでいく。

 

 

「因果応報だろ」

 

 

 その悲鳴を斬り捨てるように、声と共に深緑の剛腕が下っ端の体を彼のニョロボンごと叩き潰した。

 

 

「因果……そんなものがあると?」

「さあな」

 

 

 ドンカラスの「つじぎり」がチャムの目を掠めかけたところを、リュオンの「きあいだま」が貫きドンカラスの頭を揺らす。

 隙を突くようにラフレシアが桃色の花びらを風に乗せて散らし、リュオンに向けて突撃する――「はなびらのまい」だ。しかし、そうは問屋が卸さぬとチャムが爆炎を放ち、花弁を焼き尽くす。

 

 

「別に、そんなものはあっても無くて構わない」

「なんですって?」

「――無いのなら、人間(わたし)たちの手でお前たちに報いを与えるだけだ」

「傲慢なことを!」

「お前たちには負ける」

 

 

 アキラはこれまでに遭遇したレインボーロケット団員のことを思い返しながら、心底嫌そうにそう返した。

 

 

(……相性だけなら今のところは有利。けど、アテナには大きな焦りが見えない。十中八九、まだ何かある)

(既に戦況は圧倒的不利。あとはいかに上手く逃げるか。そのために……)

 

 

 ベノンが超高速で動くことで白い閃光と化し、視界に映るシャドウポケモンを蹴散らしていく。

 奇しくもこの時、それを横目で見ながら二人は同じことを考えていた。

 

 

((――いつ、切り札を切る……!?))

 

 

 重要なのは、切り札と目される「何か」を出してくるタイミングだ。

 次いで、その中身。候補はいくつか考えられたが、アキラは周囲を見回すとそれを即座に絞り込む。

 

 問題なのは、「それ」がボールから出てくるまでの一秒を捻出する方法と、妨害する方法だ。

 圧倒的に手数の足りないアキラよりも、その点に関してはアテナの方が有利だった。

 

 

「行きなさい!」

「うわっ……ウワーッ!!」

「……」

「!」

 

 

 アキラに奇襲は通じない。しかし、向かってくる敵を処理するためには、それこそ数秒程度の手間が必要になる。

 対処に向かうのは、当然ながら遊撃的に動いて戦場を駆け回っていたベノンだ。

 

 叫び声に反応し、砲口を向ける。アテナはその隙を突いてボールを取り出し、ロックを解除した。

 同時に、ギルのメガシンカが解ける。ギガイアスを最速で倒すためにメガシンカをした以上、ここで維持しておく必要は無いということか――とアテナは推測した。

 

 一万メートル(10km)先まで届くとすら言われる超高圧の毒が、下っ端諸共にラッタを吹き飛ばす。すぐ背後で起きた出来事だ。いかにアキラと言えど、進化したばかりで力加減の調節がうまく行っていないベノンの攻撃の余波程度は受けざるを得ない。

 アキラの体が、わずかに揺れた。その瞬間をこそ好機と見たアテナは、意を決してその場にポケモンを呼び出した。

 

 紫色の装甲。背に増設された大砲と、眼光のごとく光を放つカメラアイ。

 ――人の業によって生まれたポケモン、ゲノセクトだ。

 

(倒すことはできなくとも、時間稼ぎならば……!)

 

 

 その大元は化石から復元されたポケモンであることから、プテラやカブトプスといったポケモンたちと性質が似る。

 が、彼らと異なるのは、プラズマ団の――ひいてはレインボーロケット団の科学力によって改造されているという点である。性能(のうりょく)は鍛えていない程度のウルトラビーストと比べても引けを取らないほどで、かつ命令をよく聞くことから安定性も高い。伝説とすら比肩するほどにまで至っているというのは、ひとえに脅威と言えよう。

 

 

「ゲノセクト! テクノ――」

 

 

 リュオンとチャムは、ラフレシアとドンカラスに釘付けだ。ベノンは全力の攻撃を行った直後で、再度攻撃を行うのは難しい。

 何より戦力の要となるギルは、メガシンカを解除したばかりで――――。

 

 

「バ……ス……」

 

 

 解除。

 ――されていない。

 

 いや、そうではない。彼は――この一瞬で、再度のメガシンカ(・・・・・・・・)を果たしていた。

 

 

「――ブラフ!?」

ゲノセクト(そいつ)はもう見ている! ギル! やれぇぇぇっ!!」

「グルゥゥアアアアアアアアッ!!」

 

 

 ゲノセクトの砲口にエネルギーが収束していく時にはもう、ギルはその体格を活かした破壊的な突撃を敢行していた。

 

 

「『ほのおのパンチ』!!」

 

 

 灯した炎が軌跡となり、吸い込まれるようにしてゲノセクトへ突き刺さる。そして、警告音にも似た機械的な悲鳴が響き渡った。

 ゲノセクトの装甲が音を立てて砕け、猛烈な勢いで地面へと叩きつけられる。直後、あまりの事態に唖然としていたアテナの首筋に、冷たいものが突き付けられた。

 

 

「――終わりだ。投降すれば、斬りはしない」

 

 

 アキラの持つ刀だ。当然ながら、トレーナーを盾に取られたかたちになったラフレシアたちの攻撃の手が止まり、チャムたちに取り押さえられる。

 

 

「……完敗ですわね。従いましょう」

 

 

 アテナは冷や汗を流しながら、その勧告に応じた。

 アキラの殺意は、ゲノセクトを出した直後から濃密になっている。従わなければ本当に殺されるのではないかと感じるほどの、死の気配。血が凝ったような彼女の瞳は、至極冷静な言葉とは裏腹に、まるで仇敵に対する抑えきれない憎悪の炎を燃やしているかのように煌々と輝いていた。

 

 

「一つ聞いても?」

「何だ」

 

 

 チュリが再びボールから出てきて、アテナや他の下っ端たちを拘束していく。その中で、アテナはふと気づいた疑問を投げかける。

 

 

「なぜ、ゲノセクトが来ると?」

 

 

 ギルのメガシンカを解除したその時、アテナは対応力を上げるためなのだろうと思っていた。

 しかし、アキラたちの行動は真逆。油断を誘うということには成功したものの、もしもゲノセクトとは異なる単純なパワー偏重のポケモンでも出てこようものなら、単に体力を消耗しただけで終わったはずだ。

 どうしてそんな賭けができたのか、アテナには分からなかった。対するアキラは苦虫を噛み潰したような表情で応じる。

 

 

「プルートと戦った時のことを思い出した」

「プルート?」

「ヤツがゲノセクトを自爆させたときの悪意の動きが……さっきのお前とそっくりだった」

「あたくしをあの爺と同列にしないでくださる!?!!??!」

「え、あっはい」

 

 

 アテナは思わず素でキレた。

 アキラはその剣幕に素で引いた。

 アテナ個人としても、プルートと並べられることは髪を振り乱すほどに嫌なことであったらしかった。

 

 

「……と、ともかく、お前たちはこのまま全員拘束させてもらう」

「その後は?」

「法のもとで裁かれろ」

RR団(あたくしたち)が勝てば無罪放免ですわよ」

「かもな」

 

 

 神ならぬ身では、この戦いの行く末が勝利で終わるか敗北で終わるかなど、理解しようも無い。

 けれども。

 

 

「でも、勝つのはわたしたちだ」

 

 

 心だけは絶対に負けないようにと、自らにも言い聞かせるようにアキラはそう告げた。

 

 

 

 〇――〇――〇

 

 

 

「いくら何でも遅すぎるわよ」

 

 

 アキラが突入してから二時間ほど。淡い光が照らす空洞の中で、ヒナヨは苛立ちと不安の入り混じった声を上げた。

 ごろごろぬーんと低く喉を鳴らすブニャットの腹を撫でながら、ヨウタはボソッと返す。

 

 

「でもアキラだし……」

「そうね……」

 

 

 絶対何かやらかされてるぞアイツ。二人はそう確信していた。

 特に、一時間半ほど前に上階で発生したらしい轟音など、ほぼ間違いなくアキラが原因と言っていい。

 

 

「どうする? 助け……が必要かは分からないけど、行く?」

「いやぁ……潜入とか分かってない私たちが下手に動いても、邪魔になるだけじゃない? 連絡来てからにした方がいいわよ、多分。それより、サカキと戦ってたりしたらと思うと……」

「エスパータイプのルリちゃんがいるから分かるよ。アキラもデオキシスで対抗するだろうから、絶対にとんでもないことになる」

「サナ……」

 

 

 本調子に戻ったデオキシスとミュウツーの戦闘ともなれば、その規模は前代未聞と言ってもいいほどになる。万が一ここで戦いが始まろうものなら、気付かないわけがないだろう。

 相手が動けば必ず分かる、というのは小さくないアドバンテージだ。対して、レインボーロケット団はデオキシスの能力発動を感知することはできない。いずれにせよ、何か動きがあれば分かるだろう……としていた時だった。

 

 

「みんな~」

「あ、戻って……」

 

 

 鈴の鳴るような声に応じて顔を上げたヒナヨとヨウタ。

 その視線の先にいたのは、デオキシス*1と一緒にゆっくり駆け寄ってくる全身血塗れのアキラだった。

 

 

「おわああああああああっ!?」

「ギャーッ阿修羅!!」

「ギャウワウバウワウッ!!」

「フシャアアアーッ!!」

 

 

 ヨウタとヒナヨが何事かと仰天する一方、ポケモンたちはすわ襲撃かと浮足立った。途方もなく濃厚な血臭と、頭から血を被ったような――事実そうなっているが――外見は、彼らの警戒心を刺激するには十分だったのだ。どうどう、とラー子がポケモンたちをなだめるのを横目で見ながら、ヨウタはヒナヨにペルルをボールから出すよう指示を出す。

 

 

「ヤバいわよそれ!? 何どうしたの!?」

「何してきたのさ」

「ちょっとトラブッた。ランスが入れ知恵してたみたいで、待ち伏せ受けたから全滅させてきたんだ」

「サラッと全滅させたとか言わないでくれる!? てかその血は!? ペルル!」

「ペルッ」

「あ、ごめん。洗う時間とか無くって……ぷぇ」

「あ゛ー!! もう染みてる! 折角選んだ服なのに!」

 

 

 ペルルの発した水流が、全身にはりついた血を流していく。

 そこから新たに赤い色が流れてくるということも無く、本人にはほとんど外傷がないと確認はできたが、それはそれとしてほとんどが返り血であったという事実に二人は軽く戦慄した。

 

 

「誰を倒してきたの?」

「アテナってやつと現地人(こっち)のUB使い。いくつか新しい情報があるから、そっちは後で話す」

「また状況が悪化したってこと? クソね」

「口が悪いぞ。クソッタレだが」

「口が悪いわよ」

「で、どうだったんだ? ジガルデは?」

「落ち着いてる。こっちの考えも理解してくれたし……見て!」

「ん?」

 

 

 そう言って差し出されたハイパーボールを見れば、その中から視線が返ってくる。マンムー――ヒナヨの「むーちゃん」が投げ掛ける視線だ。思わず、アキラは声を上げた。

 

 

「あれ……治ったのか!?」

「そうなの! ジガルデにお願いしたら治してもらえて……まあ進化したのと体が巨大化したのは戻らなかったけど、意識は戻ったからいいとしとくわ」

「やったじゃないか! おめで……」

「ありが……え、何?」

「――――」

 

 

 祝福の言葉を投げ掛けようとした、その時だった。

 不意に、ヒナヨの肩越しにジガルデの射抜くような視線が、アキラに向かって投げ掛けられる。そうして彼――あるいは彼女――は、アキラを見て「何か」に気付いたのか、音もなく彼女の眼前にやってきた。

 

 

「っ――――――……」

「………………」

「な……何、だ……?」

「……? …………」

 

 

 ジガルデは、「何か」を感じ取りはした。しかし、同時に釈然としない思いを抱えるようにわずかに首をかしげると、「何か違うな」と言わんばかりにそっぽを向いてアキラから離れた。

 横からそれを見ていたヨウタたちも、何が起きたのか、ジガルデが何を思っているのか分からず目を白黒させているが、その一方でアキラは何やら落ち込んだ様子で指を眉間に当てた。

 

 

「どうしたの? ジガルデはなんて?」

「『お前の状態は戻せないな』って……」

「戻せないんだ……なんかできそうなのに」

「せめて生命力戻して元の腕力に戻すとかできないのかよぅ……」

「その生命力も後付けだったってことなんじゃないの?」

「あー……」

 

 

 納得はしながらも、同時にアキラは苦い表情をした。

 今着ている衣服が衣服ということもあって、今は完全に「元の状態」に戻るのを避けたいから、「できない」とはっきり拒否されるのはまあ、悪いことではない。また、ジガルデでは元に戻せないということも、検討に値する収穫の一つではある。

 ただ、戦いは激化する一方なのだから、人外じみた身体能力も、無いよりは当然あった方がいい。それを思うとやや惜しいものがあると言えよう。

 とはいえ、体が大きいままのむーちゃんを見れば、元に戻せる範囲にも限度があることは分かる。特にポケモンと人間とでは構造が異なるのだから、致し方ないとして彼女は一旦諦めることにした。

 

 

「……ジガルデはどうする?」

「私が連れていくわ。戦力的にはこれでだいたいトントンってところでしょ?」

「分かった。それと……あー……と……」

「どうしたんだい?」

「いや……」

 

 

 言うと、アキラはジガルデに保護されていたポケモンたちを見回す。痛いほどに突き刺さる警戒の視線は、元々は彼女自身のミスが招いたものではあるが、それでも少しばかり辛いものがあった。彼女の反応でそれを察したヒナヨは苦笑いで応える。

 

 

「……こっちでやっとくわ」

「……ボールは渡しておくよ……」

「その……お疲れ」

「うん……」

 

 

 戦闘中はまさしく悪鬼羅刹の如き奮戦っぷりを見せ、他人に厳しく自分にはもっと厳しいアキラだが、ポケモンは大好きと言っていい。

 自業自得な面が強いとはいえ、なんだか嫌われているというの精神的に結構なダメージであった。

 デオキシスは慰めるようにアキラを撫でた。

 

 

*1
ディフェンスフォルム







・現在の手持ちポケモン

〇刀祢アキラ
チュリ(バチュル♀):Lv56
チャム(バシャーモ♂):Lv64
リュオン(ルカリオ♀):Lv65
ギル(バンギラス♂):Lv75
ベノン(アーゴヨン):Lv55
シャルト(ドラメシヤ♀):Lv48
デオキシス:Lv70


〇アサリナ・ヨウタ
ライ太(ハッサム♂):Lv79
モク太(ジュナイパー♂):Lv80
ワン太(ルガルガン♂):Lv79【たそがれのすがた】
ラー子(フライゴン♀):Lv75
ミミ子(ミミッキュ♀):Lv74
マリ子(マリルリ♀):Lv65
ほしぐも(コスモウム):Lv70→一時ユヅキの手持ちへ
カプ・コケコ:Lv75


〇奥更屋ヒナヨ
ルリちゃん(サーナイト♀):Lv54
ペルル(エンペルト♂):Lv50
マイちゃん(アマージョ♀):Lv52
モノズ♀:Lv25
むーちゃん(マンムー♀):Lv66
ジガルデ:Lv75


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