伊予松山城。別名を金亀城、勝山城とも言い、愛媛県の主要な観光名所としても知られる。
アキラにとっては地元の名城ということになるが、実のところ彼女は城についての知識はそれほど持ち合わせていないし、普段注目することもあまりない。変事があれば人並みに狼狽もするし、注目されればちょっと誇らしい、それこそ「地元の名所」というくらいの思い入れはあるのだが。
ともあれ、そうした場所ということもあって、松山城を占拠しているマグマ団について、アキラは少なからず腹立たしい思いを抱えている。
いずれは一人残らずこの城からも叩きだしてやる、と苛立たしげに本丸を見つめていたアキラは次の瞬間、城壁を破砕しながら文字通り外に叩きだされてくるマツブサの姿を見て目を見開いた。
「うぇ!?」
「――デオキシス!」
「▲▲▲▲▲▲……」
転移直後であり、デオキシスがボールに戻る前であったことが功を奏した。死ぬほどの勢いで地面に叩きつけられるはずだったマツブサの体が激突の寸前に一瞬浮き上がり、緩やかに降ろされていく。彼が体を横たえる中、アキラとユヅキはその体に無数の切り傷と打撲痕が刻まれていることに気づいた。
そこから読み取れるのは、この傷を刻み込んだ人間の――あるいはポケモンの――執拗さ、そして極めて正確に急所を打ち抜く卓越した技量、そして何よりも残忍さだ。
傷跡に、躊躇いが一切見られない。アキラやユヅキも生き残るために、あるいは戦えない誰かを守るために敵を傷つけることを厭わないが、これはそういった躊躇の無さとは違う。ただただ冷酷に、そして確実に人間を殺すためだけに研ぎ澄まされた技だ。アキラはそれに、強い既視感を覚えた。
「ユヅ、上から来る!」
「分かった!」
光を反射しない鈍い色の刃が飛来したのは、次の瞬間だった。
デオキシスが瞬時にそれらを全て念力で弾き飛ばす。が、相手としてもアキラたちが突如として現れた以上、デオキシスがこの場にいること自体は織り込み済みだ。念力が放たれるその一瞬をこそ好機として、
「――ダークトリニティ! またお前らか!」
「それはこちらの台詞だ、『白光』……!」
降り立とうとしているのは、三つの黒い影とそれに付き従う黒と赤の鋼。デオキシスのみならず、多くのエスパータイプのポケモンにとって天敵と言えるあくタイプのポケモン――キリキザンだ。
一糸乱れぬ動きを見せる彼らに驚きを浮かべることもなく、アキラはデオキシスを下げてチャムをボールから出す。予備動作も躊躇も見せずに放たれた爆炎を帯びた蹴撃によって、キリキザンたちは僅かにその身を焦がされるも、三匹という数の利で攻撃を無理やりにいなし、直撃を避けることには成功していた。
(……マツブサの波動が弱い。プルートを殺した例の即効性の毒か)
横目に見るマツブサの顔色は、既に蒼白に変わりつつある。一連の戦いでダークトリニティの戦闘に対する姿勢を理解していたアキラは、万が一の備えとして携行していたモモンのみを握り潰して、果汁を傷口に振り撒いた。
アキラもベトベトンという特級の毒物に汚染された経験があった。その際に受けた応急処置のことを覚えていたのが、功を奏したと言えるだろう。果汁が沁みたためかマツブサの呼吸は多少荒くなったものの、応急的にとはいえ解毒には成功したらしく、同時に波動が若干であれ強くなったことを感じ取って、アキラは心の中で胸をなでおろした。
「ジャック、やっちゃえ!」
「ジャァラララララァッ!!」
「!」
他方、チャムの攻撃をいなした瞬間を狙うようにして、ジャックがその身を震わせる。ダークトリニティの面々が目にしたのは、目に見えて分かるほどに振動した空気が、指向性を持って飛来する様だ。「スケイルノイズ」――ジャラランガの持つ最大級の技だ。
(避け……否――――!)
回避――できない。
ただでさえ、着地直後にチャムの強襲を受けて体勢が崩れているのだ。ここで更に回避行動に移ることはできない。加えて「荷物」の存在もある。
自然、その動きは一人を守るように布陣する構えとなる。抜群の戦闘勘を持つユヅキはそのことに気づくや否や、即座にロンを追加でその場に出す。
「お姉、あいつら何か守ってる! ロン、『ミサイルばり』!」
「ガロォ!」
「チィ!」
「チャム、やるぞ!」
「バシャッ!」
妹の意を察したアキラは、ロンの放つ無数の針がダークトリニティたちをその場に釘付けにする中、即座にチャムをメガシンカへと導いた。
彼らがこの場に現れてマツブサを襲撃し、「何か」を守りながら離脱しようとしている。その「何か」が何かまでは分からないが、疑問を差し挟む余地は無い。アキラは、ヨウタの漠然とした予感が当たっていたということを確信した。
「あ……『あいいろのたま』だ……!」
「!」
「む!」
「息が残っていたか……不覚!」
アキラの確信を更に裏付けたのは、残った力を振り絞ったマツブサの言葉だ。
あいいろのたま――マツブサのいる世界ではグラードンの能力抑制と制御に用いられたものだが、本来は「海」のエネルギーの集積体だ。その力を用いることで、カイオーガのゲンシカイキが可能となる。精神汚染の可能性が示唆されてはいるものの、戦力アップだけを望むなら、なるほど、これ以上に適したアイテムは無いだろう。
「だが……アオギリ、奴は――!」
「あの男が貴様の裏切りに呼応すると思ったか」
「
「そして我らはこの通り、彼奴の求めに応じてここにやってきた」
「ベラベラと随分余裕だな!」
「ぬっ!」
刹那、ダークトリニティを掠めるようにしてキリキザンが吹き飛ぶ。全身を刃で覆われたポケモンが体を掠めたために多少ならず傷がつくが、アキラとチャムはそこで攻撃の手を緩めることは無かった。
通常は推進力として用いるであろう片腕から噴き出す炎を、そのまま攻撃に転化した「かえんほうしゃ」。およそ躊躇や遠慮というものが無いその攻撃の矛先は、キリキザンと言うよりもその先にいるダークトリニティを狙ったものと言えようか。当然、ポケモンはトレーナーを守るためにも全力をもってこれに抗い――倒れる。
「要は、全員倒せばいいだけの話でしょ!」
「ジャァララ!」
「ブロォ!」
また、残る二匹も的確にキリキザンへと拳を打ち込んでいた。押しも押されぬ、プラズマ団暗部の急先鋒……だというのに、ポケモンに触れてたかだか数週間も経っていない程度の小娘二人に押し込まれかけている。その事実に彼らは久方ぶりに焦燥感を抱いた。
暗殺部隊、という役割上、ダークトリニティの戦闘経験そのものは豊富ではあるが、実際のところ相手の多くは彼らよりも遥かに戦闘力に劣る者である。格上や同格のトレーナーと戦った経験は少なく、その一点において明確にアキラたちとの差が生じてしまっていた。また、真正面から戦闘を行うのに向いているかと言えばそういうわけでもない。彼らの弱点が突かれているかたちになってしまっていた。
「致し方なし。任せるぞ」
「承知」
そのような苦境と荒れた心理状態の中にあって、ダークトリニティは取り乱すことをしない。彼らはアイコンタクトで意思を交わすと、瞬時にその立ち位置を入れ替える。その表情は依然として変わりないが、彼らの姿勢からは残る一人――「あいいろのたま」を持つ一人を何としてでも死守するという意志が見て取れた。
「逃がすかッ!」
「いいや、逃がしてもらう……! いでよ、トルネロス! 『ぼうふう』!」
「トルォォォッ!!」
「!」
「ランドロス! 『じならし』!」
「グロロロロォォ!」
「何……ッ、がっ!」
「お姉!?」
ランドロスが殴りつけたのは、地面――ではなく、大気の壁だ。「じならし」によって発生するはずの振動をそのまま空気の壁にぶつけた直後に、トルネロスの「ぼうふう」によって、それを更にかき乱す。直後、アキラの様子が激変した。
彼女は五感にも優れるが、それ以上に信頼しているのは気の流れ――波動だ。
波動は大気を通じて感じ取る必要がある。種族単位で波動の感知・操作に長けたルカリオと異なり人間でしかない彼女は、基本的に戦闘中は極度の
アキラの活躍した戦場というのは挙げればその数はそれなりのものになる。波動を使うという情報が漏れているというのも、致し方ないところであった。
「波動封じ……為った!」
「行け!」
「御免!」
「くっそ……ユヅ、追え!」
「……うん!」
脂汗を浮かべてすらいるアキラの表情を見て一瞬は躊躇しかけたユヅキだが、彼女自身がそれを求めていることもあってすぐにその躊躇いは捨てた。ボルトロスの背に乗って飛び立とうとするその背を追うため、ロンとジャックの二匹をボールに戻した上で新たにメロをボールから出す。
「行くよ、メロ! メガシンカ!」
「グロロロォォォッ!!」
直後、その体を虹色の光が包んだ。そして、膨大なまでのメガシンカエネルギーを受け、その体が変化――
強靭な四本脚が全て前面へと移動し、背部に
叫び声が低く響き、朱の眼光が尾を引いて、逃走を始めるボルトロスを猛追する。
(――
トレーナーの鍛え方と経験によって、ポケモンの能力には個体差が生じる。それは速度も同じだ。姉と比べるとポケモンたち個々のパワーを重視してこそいるが、アキラからの影響を多分に受けていることもあって速度もまた優先的に鍛え上げている。数多くの激闘を経て、伝説のポケモンたるヒードランといったポケモンと日々研鑽を重ねるユヅキのポケモンたちが、たとえ伝説と言えども、戦闘経験というポケモンの成長において最重要と言えるファクターを得ていないダークトリニティのポケモンたちに後れを取ることは無い。
「ボルトロス、『でんげきは』だ! 小娘を狙え!」
自然、狙いはユヅキ自身に絞られる。
「でんげきは」という攻撃が必中であるという由縁は、雷が大気を伝う速度もそうだが、肝要なのはそれが「波」という形質を取っていることだ。全方位に撒き散らされるそれからトレーナーを守るためには、ポケモンが身を挺して守る他無い。
――ということは、ユヅキも把握している。
「ゴルムス!」
「ゴゴォ」
メロに当たれば一時的にとはいえ停止は避けられない。なら、そもそも攻撃が通用しないポケモンを出せばいいだけのことだ。
メガメタグロスよりも更に巨大な体躯を誇る
「叩き落とすよ! 『ヘビーボンバー』っ!!」
「ゴゴオオォ」
「ぬっ……おおおおおおおお!!」
「ボルルアァ!?」
狙い過たず、ゴルムスの放ったダブルスレッジハンマー形式の「ヘビーボンバー」によって、ダークトリニティはボルトロスごとその身を地上へと叩き落とされた。
その様子を横目に、アキラは脂汗を流しながら胸中で喝采を上げた。あとは自分が目の前の敵を打破するだけだと、ギルを新たにその場に呼び出しながら体勢を立て直す。
「これでとどめ! メロ、コメット――――」
「――かくなる上は貴様ごと!」
「え……!?」
アキラたちにとって想定外の事態が起きたのは、その直後だ。
その言葉から「じばく」か「だいばくはつ」かと身構えたユヅキだったが、熱も衝撃も一向に訪れることは無い。そして次にアキラが気付いた時には、ユヅキたちの姿はその場から忽然と消え失せていた。
「『テレポート』!?」
「そうだ、我らが勝つ必要は無い。組織が勝てばよいのだ」
「そして貴様は……ここで釘付けにさせてもらう! ランドロス、『じしん』!」
「な……くそっ、ギル、『まもる』!」
「ラァァァ、ドラァァァッ!!」
「グルルアアア……ッ!」
飛び上がり、降下するその勢いのままランドロスが地面を叩かんとしたその時、ギルが滑り込みその剛腕を受け止める。
ダークトリニティの狙いはアキラたちというわけではない。どちらかと言えば建造物――特に、松山城だ。
崩落させればアキラやマツブサへ痛打を与える一因にもなり、文化財であるが故にアキラとしても可能な限り守らなければという意思が働いて、建物を守るために攻撃を受けざるを得ないし、時によってはアキラたちの側から攻撃することを躊躇する要因にもなり得る。
そしてダークトリニティは正面からことを構える「トレーナー」ではない。それえが有効だと判断すれば、いかに人倫にもとる行動であっても活用するのが彼らであった。
「城を背に布陣せよ!」
「トルネロス、『ぼうふう』を巻き起こせ!」
「トルロロロォッ!!」
「うおっ!」
「こいつら……ッ! っ、マツブサ!」
攻めあぐねるアキラを尻目に、伝説のポケモンとしての面目躍如とも言うべき圧倒的風量の「ぼうふう」が駆け抜ける。巨体を誇るギルの背後にいるというのに吹き飛びかけたマツブサだが、咄嗟にその手を取ったアキラのおかげで、きわどいところで最悪の状態だけは免れた。
戦闘とは、極論を言えば「相手が嫌がること」の応酬だ。そういう意味で言うなら、ダークトリニティは優れた戦闘者である。腹立たしいし絶対に許す気も無いが、アキラはそうした強さを持ち続けていることにだけは感心した。
「くっ……」
「ぐっ、おっ……も……お、おい、マツブサ! あんたバクーダか何か出してキリキザン抑えられないのか!?」
「無理だ……! 開閉スイッチを壊されている!」
「ぬあああああ……ぎ、ギル! 『がんせきふうじ』!」
「ゴアアッ!」
今のアキラにマツブサを支えきるだけの腕力は無い。そのため、アキラがギルに命じたのは、その場に岩を放り投げて「風よけ」を作り上げることだ。
果たして、ギルの創り上げた巨岩は風を防ぐために一役買うこととなり、宙に浮きかけていた二人の体が地に落ちた。
「おい、どうする気だ。このままじゃジリ貧だろうが」
「戦力にならないあんたが言うな! ……言われなくたって別に勝とうと思えば勝てるんだよ」
「何? ……そうか、周辺被害を気にしなければ、か」
アキラが攻めあぐねている原因は、松山城を破壊してしまうということともう一つ、この場所が市街地にあるということだ。
周囲を見回せば一見すると森に囲まれているようだが、そこから少し外れればすぐに大通りが見えてくる。このような状況下で迂闊に攻めようとすれば、物的被害だけで済むということはまず無い。レインボーロケット団の支配に任せ、避難所へ行くことなく自宅にいるという人間だっている。
よって重要なのは、迅速に、かつ被害を抑えて超短期決戦を行うことだ。
しかし、アキラにとっての切り札であるデオキシスは、未だ倒し切れていないあくタイプのキリキザンに有効打を与えることはできない。加えて、ダークトリニティの手持ちにはコマタナが残っている。
最も有効なのは、やはりギルがトルネロスとランドロスを打ち破り、チャムがキリキザンたちを打倒すること――だが。
(二匹同時にメガシンカなんて――――いや、待て)
その考えに至った時、アキラははっとしたようにマツブサを見た。
メガシンカは一人一匹が原則だが、それは根本的に、一人のトレーナーが一つしかキーストーンを所持していないことが原因だ。
――つまり。
「考えがある」
「何だ」
「――――そのメガバングルをこっちによこせ」