携帯獣異聞録シコクサバイバー   作:桐型枠

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ぼうふうの突破口

 

 

 アキラの言葉に、マツブサは承服しがたい思いを抱いた。

 戦況はともかく、超短期決戦を挑まなければならないというのは理解できる。アオギリに「あいいろのたま」が渡れば大変なことになるし、仮に渡らなくともカイオーガの接近に対応できる人材を減らしたままでいるわけにはいかない。

 ダークトリニティもデオキシスの脅威を理解しているため、たとえ戦力の逐次投入になろうとも後詰を残したままで戦っているのだ。ならばここで想定外かつ爆発力のある一手を……と思うのは当然のことではある。だが。

 

 

「ダメだ。何が起きるか分からんぞ!」

 

 

 ポケモン複数匹のメガシンカなど、ほとんど前例の無い事態だ。

 その前例にしても実在したかは疑わしく、実情に近しいとされるこの世界の資料(マンガ)も数少ない。レインボーロケット団員ではメガシンカできるほどポケモンと絆を紡いだ団員は限られるため実証はできないし、メガウェーブは全ての負担をポケモン側に強いることから例としてそもそも適さない。

 まず、仮に成功しても最低でも(・・・・)負担が倍増するであろう時点で、賭けになるかどうか。いくらアキラの身体能力が優れていると言っても、それだけで任せるわけにはいかなかった。

 

 

「勝とうと思えば勝てるだろう!?」

「ただ勝つだけならな! けど、ダークトリニティ(こいつら)を逃がすことになる。そうなったら次はもっと大きなことをして大勢を殺すだろうよ! だから今、確実にここで再起不能にしなきゃいけない!」

「しかしな……!」

「このまま真面目にやり合ってたらそのうち……ッ、あいつらあてずっぽうか! チャム、『かわらわり』! ……城もブッ壊されて大勢あんたの部下も死ぬぞ!」

 

 

 ランドロスが投げ飛ばして来る大岩を砕くよう指示を出しながらアキラが示したその可能性に、マツブサはハッとなって顔を上げた。

 マツブサのポケモンたちは戦列に加われない。ことここに至っては仕方ないと結論を出したのは、岩が砕ける音がしたその一瞬後のことだった。

 

 

「……使え!」

 

 

 マツブサがメガバングルを投げてよこせば、アキラはそれを見もせずに受け取ってみせた。

 淀みない動作で装着し、掲げた腕に虹色のメガシンカエネルギーが絡みつく。同時に、倍加――否。乗算(・・)されたのではないかと感じられるほどの負担がのしかかるが、彼女はそれに見ないふりをした。

 

 

「結び合え!」

「ギラァ……ガアアアアァァッ!!」

「くっ!」

「ドルラララ……!!」

 

 

 ギルが急速にその姿を変えていく。そのさなか、アキラは自身の心臓が早鐘を打つのを感じた。

 通常のメガシンカによってかかる負担は、ちょっとした激しい運動を終えた後の疲労が持続している感覚に似るが、現在のそれは言わば全力疾走の最中のそれだ。血流が巡り脈を打ち、全身が燃えるような熱を孕む。

 

 

「う――あっ」

 

 

 思わず、アキラはその場でたたらを踏んだ。

 酒など飲んだことは無いが、どこか酩酊した心地だった。目の前の「敵」ばかりが目に入り、判断力が減退し殺意ばかりが膨れ上がる。彼女はそれらを持ち前の精神力で振り払い、前を向いた。そこには、ギルがランドロスと殴り合い、どころか押し返している姿があった。

 

 

「二匹同時のメガシンカ……だと……!?」

「臆するな。囲めキリキザン!」

 

 

 ダークトリニティの新たに投げたボールは二つ。新たに二匹の――以前彼らが連れていたコマタナが進化したものだろう――キリキザンが戦列に加わり、アキラとマツブサを囲い始める。トレーナーであるダークトリニティの動きを模倣しているのか、その動作は極めて機敏だ。周囲を駆け回って包囲を敷く彼らの姿を実像として捉えられなくなるまで、マツブサは数秒と要することは無かった。

 

 

「どうするつもりだ!?」

「どうもこうも……チャム、ギル! トルネロスとランドロスを押さえてくれ! リュオン、チュリ!」

「リオッ」

「ヂヂ」

「そんなちっぽけなポケモンで……!」

「次わたしの相棒を貶したら二度とその口開けないようにしてやる……!」

 

 

 鋭い紅の眼光に混じった本気の怒気と殺気に、マツブサは閉口した。

 しかし、人間と比べてもそう変わりない――どころか、アキラよりも大きな体格のキリキザンに対し、掌に乗るほどの小ささのバチュルを見ては頼りないと感じざるを得ないというのが、彼の本心ではあった。

 

 

「頼んだ」

「ヂュィ」

 

 

 アキラの一言を受けたチュリは、我が意を得たりとばかりにひと鳴きすると、即座にリュオンの頭に飛び乗った。

 それを感じ取ったリュオンもまたアキラと視線を交わすと、包囲網を狭めつつあるキリキザンたちに向き直り、構える。

 

 

「事実上の一対四だと!? 死ぬぞ!」

「――リュオン、『インファイト』!」

「ルァァッ!!」

「その場しのぎ」

「――では、無いな。奴を侮るな」

「承知。キリキザン、囲み、四匹でヤツらに当たれ。確実に仕留めよ!」

 

 

 悲鳴めいたマツブサの声を背に、リュオンは包囲の一角を占めるキリキザンへと肉薄する。

 トレーナーにかかるプレッシャーを少しでも小さくすれば、それだけ戦況は好転するだろう。故に、包囲に穴をあけることが現状先決である――。

 

 

(貴様はそう(・・)するだろう、「白光」)

 

 

 ダークトリニティは、そうすることをこそ読んでいた。

 アキラと矛を交えたのは一度きり。しかしその後、彼らはアキラの能力を危険視し、逐一彼女の情報を収集していた。

 こうした状況に置かれた場合にアキラが取るであろう行動は三パターン。自分を囮に隙を作るか、脇目も振らず逃げるか、そうでなければ一点突破だ。マツブサを守る必要があり、かつ相性が最悪であるキリキザンたちに包囲されている現状、迂闊にデオキシスを出すことはできなかった。となればやれるのは最後の一つということになる。

 

 

「行け!」

 

 

 キリキザンたちは、即座にその矛先をリュオンたちへと向けた。盾となるポケモンを倒せばアキラたちは丸裸になる。優位に立っている今、わざわざアキラたちを無理に狙う必要は一つもありはしないのだ。

 

 

「チュリ!」

「ヂッ!」

 

 

 果たして、アキラはダークトリニティの思惑通り(・・・・)に、チュリへと指示を送った。

 ハンドサインによる完璧なまでの無声指示。仔細は知れないが、ダークトリニティにはその内容が即座に推察できた。

 

 ――「いとをはく」、または「クモのす」。

 

 往時の戦闘では、その素早さと身軽さ、そして体の小ささを活かした奇襲によってレインボーロケット団を翻弄していたが、これは正面からの直接戦闘だ。数的不利を覆す方法はごく限られる。つまり、粘性の糸で絡めとることで、同士討ちを誘うことだ

 通常なら行動を阻害するという程度のものだろう。しかし。

 

 

(――この娘はやる(・・)。確実に!)

 

 

 確信があった。常道で考えることは危険だ。

 アキラとそのポケモンたちの強さの根幹は、この戦いが始まって以降常に蓄積されていく濃密かつ膨大な戦闘経験、そして常識外れの鍛錬量に裏打ちされた単純な実力だが、たったそれだけであれほどの戦果は挙げられない。そんなものは大前提(・・・)に過ぎない。

 時間的な密度やその質の異常さこそあるが、一流と呼ばれるトレーナーたちは厳しいトレーニングでも息をするようにやってのける。彼女がその領域に上り詰めるために人並み外れた特訓は必須事項だった。そこから更に一歩前へ踏み込むことができたのは、類稀な戦闘勘を備えていることと、ポケモンと人間問わずその動作(アクション)ひとつひとつに対する造詣が深いことだ。攻撃と攻撃の「間」や意識の間隙のみならず、同体を連動させればどういう風に体が動くのか、という点を術理として捉えている。

 故に、神業じみた技量こそ必要となるが、やりようによっては糸を貼り付けるだけで敵のポケモンを操る(・・・・・・・・・)などという芸当すらやりかねない。

 

 彼らは、それを予期した。

 

 

「糸を断ち斬れ! 『つじぎり』!」

「!」

「キィァァァッ!」

 

 

 チュリの口元がごくわずかに蠢く。その一瞬を見逃すことなく、キリキザンたちは極細の糸を――断った。

 ――そして次の瞬間、キリキザンたちはその黒鉄の肉体から煙を噴き上げ、その場に倒れ伏した。

 

 

「なん……だと……!?」

「一手、見誤ったな」

 

 

 キリキザンたちが戦闘不能に陥った原因は、電撃だ。

 それも、ただの電撃ではない。紫電――常日頃からアキラの頭の上に居座ることで、彼女が電磁発勁をした際に生じた余剰電力を吸い続けた果ての果て。その全電力を賭した「エレキネット」だ。

 糸の罠を張っていたのは事実だ。それに引っかかることを期待していなかったと言えば、嘘になる。しかし、相手が相手だ。罠を食い破ってくるのはもはや前提でしかないと、彼女は捉えていたのだ。

 問題があるとするなら、触れただけでポケモンの意識を刈り取るほどの電力を注いだことで、溜めた電力も全て使い切ってしまったことか。これで少なくともここからの戦いで電撃を使うことはできなくなった。また、チュリ自身の負担も大きく、これ以上彼女を起点に策を弄することはできないだろう。

 

 アキラはボールを取り出し、送還用のレーザーポインターを照射した。それが、三つ目(・・・)の策を始動する合図となる。

 

 

「ルゥ……アアアッ!」

「ザァァァッ――!」

 

 

 まず一撃、リュオンの鋭い拳がキリキザンの顔面に突き刺さった。

 そして引いた拳の勢いをそのままに体を廻し、鞭のような尾の一撃を側頭部に見舞う。僅かに体勢が崩れたところへ、勢いを乗せた回し蹴りが叩きつけられ――ない。接触部を起点に更に回転するような動きで回り込み、互いの位置を入れ替える。そして直後、突き飛ばすような前蹴りがキリキザンの背に叩き込まれた。

 キリキザンの体は容易に吹き飛ばされ、先に意識を失わされていた三匹のもとへと投げ込まれるような形になる。

 

 

「いかん!」

 

 

 状況を俯瞰していたダークトリニティはその危険性にいち早く気づいたが、既に遅い。

 キリキザンたちはあくまで糸を「切断」しただけに過ぎない。吹き飛ばしたわけでも、まして燃やし尽くしたわけでもない。粘着質の糸は未だその場に残っているのだ。

 四匹のキリキザンがもつれて絡み合い、更にそこに糸が張り付いて、キリキザン同士がくっつきあって黒鉄の塊のように成り果てる。

 

 

「今だ!」

「リィ……オッ!!」

 

 

 リュオンはその塊を、思い切りダークトリニティへと向けて放り投げた。

 ポケモンの腕力を用い、合計280キロオーバーの鉄塊をそのまま投げつけるような蛮行だ。意図せずして体が強張ったが――そもそも、アキラの狙いはそこではない。

 

 

「ギラッ」

「ドロッ!?」

 

 

 直後、ギルは背後を見ずしてそれを片手で受け取った。

 未だランドロスとギルの力比べは続いているが、伝説のポケモンとしての意地か、メガシンカを果たしたというのにその趨勢は半ばランドロスの側に傾きつつあった。

 しかし、ここでギルは押し合いをしていたはずの腕をパッと放してのけた。前に向けていた腕力が行き場を失い、つんのめるようにしてランドロスが体勢を崩す。

 

 

「『なげつける』!!」

「ギィラアアアアアアアアアアァアッ!!」

「ドロオオオッ!!」

 

 

 そこに、天頂からギルの規格外の腕力を上乗せし、地を割り砕かんばかりの一撃が、ランドロスに叩き込まれた。

 戦闘不能に陥るのが早いか、アキラは即座にその場から駆け出し始める。想定外の連続によって幾度となく罠にかけられ、敗色濃厚となったことで既にダークトリニティはこの場に見切りをつけていると察したからだ。

 

 

「トルネロス、『そらをとぶ』!」

「またッ……逃がすかァッ!」

「追わせぬ! 『ぼうふう』で吹き飛ばせ!」

「――――!」

 

 

 今まさに飛び立たんとする刹那、トルネロスの目が光を放ちその身に纏う雲が絶大な威力の暴風を巻き起こす。

 同族を完膚なきまでに撃破された今、トルネロスは自らの後をアキラに絶対に追わせまいと意気込み、その技の威力を何割増しにも高めている。

 相手を風によってその場に釘付けにし、自らはその上空を行くことで絶対に後を追わせない逃げの技術だ。易々と破れるものではなかった。

 

 

「今は奴を撒くことを優先する! 何を置いてもまずゲーチス様にこの件を報こ」

「――――ようやく(・・・・)逃げの手を打った(・・・・・・・・)な」

「く、を」

 

 

 ――同じ、伝説のポケモンでもない限り。

 

 気付けば、ダークトリニティの眼前には朱と紺青の二色が躍り出ていた。

 それは彼らが最大限に警戒し、実際に対策の手を打ち、そうしてアキラのボールに封じたはずの一匹。

 キリキザンたちが全滅したことでその枷から解かれた最強の切り札――デオキシスである。

 

 

「『サイコキネシス』!」

 

 

 次の瞬間、風が止んだ。

 正逆にして全くの同質の力を空気に与えたことで、風の本質である「大気が動く」という現象が発生しなくなったためだ。

 

 

「チャム、『スカイアッパー』ァァァッ!!」

 

 

 ――そして、一撃。紅の閃光が天へと向かって駆けるのを、彼らは見た。

 

 

(完敗――か)

 

 

 初めて、ダークトリニティの胸に悔恨がよぎる。ゲーチスのため、そういう名前の道具であろうと捨てたはずの感情が、胸の内でじくじくと痛むのを彼らは感じた。

 落雷の如き白い稲光が、胸を衝く。文字通り全身を貫くような電撃を受けた彼らは、その意識と共に今まさに覚えた悔恨をそのまま手放した。

 

 

 







〇独自設定など
・同時メガシンカ
 「ポケットモンスターSPECIAL」のX・Y編にて、主人公のエックスが行った五匹同時メガシンカが実例となる。この際、目の前のジガルデ以外の何も見えなくなるほどの極端な集中(暴走?)状態に陥った。
 ゲーム等と異なり、「キーストーン一つにつき一匹のポケモンをメガシンカさせられる」というメガシンカ条件を採用。また、本作においては二匹同時以降のメガシンカは肉体的、精神的に激烈な負担が生じるものとしている。
 図鑑所有者になれるほどの才能を持ち、メガシンカに対して天性の適性を持ち、かつ手持ち全てのポケモンと絆を通わせる心身共に精強なトレーナーであって初めて五匹同時メガシンカという荒業を行える。アキラで現状三匹が限度。

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