反省はしています
月明かりに照らされた暗い部屋の中で、俺は茫然としていた。
「なんだよ…これ…」
今此処にいるのは、俺だ。それに間違いはない。
だけど・・・目の前に倒れているのも、間違いなく「俺」だ。
ズキンッと頭に鋭い痛みが走り、今までの記憶が溢れ出してくる。
俺は普通の高校生だった。
ただ、他と違ってオカルト…特に、都市伝説や怪談を調べるのが好きなことを除いては。
普通通りに学校に通って、普通通りの生活をして、寝る前にネットで都市伝説について調べる。
そんな毎日を繰り返していた。
そう…ついさっきまでは。
「さて、今日は…」
いつものように、風呂に入った俺は寝る前の習慣としてパソコンの電源を入れて検索エンジンを起動させた。
検索ワードを入力する欄にカーソルを合わせ、何を調べようか考え始める。
(何を調べようかな?小学校の七不思議については調べ終わったし…今回は都市伝説について調べてみるか)
顎に手をやって考えたのち、欄にワードを打ち込もうとした時だった。
「ん?」
不意に、背後から視線を感じた。
振り返って後ろを見たけど、そこには誰もいない。
(気のせいか…)
小さく首を傾げながら再び机に置かれたパソコンに向かおうとした瞬間。
ゴトッ
「?!」
部屋の中で、何かが動く音が聞こえ、勢いよく後ろを振り返る。
音だけじゃない。さっきよりも鮮明に、誰かの視線を感じた。
けれども、部屋の中に変わった様子は見られない。
何かが落ちた様子もないし、視界に入るのは本棚とクローゼット。
それと…壁に掛けられた制服とベッドだけだ。
「なんだよ…」
俺以外誰もいない密室のはずの部屋に感じる自分以外の気配に恐怖を覚え、椅子から立ち上がってドアに向かう。
できる限り背中は見せないように壁伝いに歩き、ドアに辿り着いた俺は、後ろ手にドアを開けようとした。
「…え?」
鍵のかかっていないドアは、その行動で開くはずだった。
しかし、ドアが開く気配は全くない。
外から押さえつけられているような感じではなく、鍵が掛かったように何度ドアノブを動かそうが開かない。
(なんで開かないんだよ…鍵は開いてんだぞ!?)
次々に起きる不可思議な状況に気が逸り、俺はドアの方を向く。
それがいけなかった。
ゴトッ
「ひっ…」
再び聞こえた物音に、喉から絞り出すような声を洩らしながら俺は後ろを振り向いた。
せわしなく視線を動かして物音が聞こえる場所を探し…見つけてしまったんだ。
ゴトッ
「おいおい…冗談だよな?」
物音が鳴る度に、何かを引きずるような、這いずるような音がそこ
だけど…そこから聞こえるのはおかしいんだ。
そこに人が入る余地はないのに。
「ただの作り話だろ…」
それなのに…物音は、ベッドの隙間
その話は、少し前に有名になった話だ。
ある少女…ここではA子としよう。
マンションで一人暮らしをしているA子の部屋に、友人のB子が泊りに来ていた。
A子の部屋にはベッドは一つしかなく、A子がベッドに、B子が床に布団を敷き眠ることになった。
夜も更け、そろそろ寝ようとしていたA子にB子が突如
「コンビニに行こう」
と言っていた。
「一人で行けばいい」とA子は言ったのだが、しつこく誘ってくるB子に根負けして、A子は一緒に部屋を出た。
急に外へ出ようと言い出したB子に疑問を持ったA子が聞いてみると、B子は怯えた表情で答えた。
「見たのよ…知らない男が包丁を持って、アンタのベッドの下に居たのを」
それが、俺が知っている噺
都市伝説じゃ、女性二人は生き延びて終わっている。他の似たような話も一緒だった。
でも…。
「……」
俺の目の前には、一人の男が立っていた。
ぼろぼろの衣服に伸び放題の髪といったみすぼらしい出で立ちで、右手には鈍く光る包丁を持っている。
目の前の出来事に理解力が追い付かず、声もあげられない俺をよそに、男は持っていた包丁をゆっくりと持ち上げた。
その光景を見て尚、これは夢なんだろうと思っていた俺はなんと御目出度い人間だったんだろう。
「っ…ぃ!」
振り下ろされた包丁が肩に突き刺さる。
焼き鏝を押し付けられたような熱と経験したことのない激痛が、今起きている出来事が現実だと無慈悲に告げた。
痛みに顔を歪める俺を見て、男はニタリと笑うと、ゆっくり捩じ込むように包丁を動かした。
「ぎ…あっ…!」
男が包丁を動かす度、肉をかき回す音とゴリゴリという音が響き、声にならない悲鳴が喉から洩れ出る。
何度も何度も、男は俺の肩に包丁を突き立てては切っ先を捩じ込んだ。
痛みで感覚が麻痺して、視界も霞んできた俺を見て面白くなかったのだろう。
「う…っ…!」
男は肩から包丁を引き抜くと、今度は腹に包丁を突き立てた。
一度ではなく、何度も。
めった刺しにされ、力なく床に倒れこむ。
暗くなりつつある視界の中、今までのことを思い出した。
幼稚園の頃、木に登ったのはいいけど降りられず、親に怒られたこと。
小学校の頃、隣の席になった子に初めて恋心を抱いたこと。
中学校の頃、想い続けた子に振られたこと。
他にも、様々なことが頭の中を駆け巡った。
(ここで…死ぬのか?)
これが走馬灯、というものなら…俺はきっと、死ぬのだろう。
(冗談…じゃない…!)
薄らいでいく意識の中、俺を見下ろしてくる男を睨み付ける。
俺にはまだ、やりたいことがある。
将来の夢なんて、まだわからないけど…こんなところで、わけのわからないことに巻き込まれて死ぬのなんて御免だ。
俺の視線に気づいたのか、男はとどめと言わんばかりに包丁を振り上げる。
(こんな奴に人生を奪われるくらいなら…)
蛍光灯の光に照らされる包丁を視界に捉えながら、俺は体に力を入れた。
(コイツのすべてを…奪ってやる…!)
それもむなしく包丁は振り下ろされ…俺の意識はそこで途切れた。
そして、気づけば俺はこうして立っていた。
目の前には、背中や肩を紅く濡らした俺が倒れ…辺りを見回しても先ほどまで居た男は居ない。
「どうなってんだい?こりゃあ…」
茫然としていた俺の背後で女性の声がする。
咄嗟に振り返ると…そこには一人の女性が立っていた。
腰まで伸びた黒髪と口元を隠す大きなマスク…そして、紅色の特攻服。
「…」
これが、全ての始まり。
俺が人間を辞め…怪奇と呼ばれる化け物になった日だ。