FAIRY TAIL The Travelogues of Phantasm   作:水天 道中

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前回難産になったお陰で、今回は少し早く投稿することに成功しました! わーパチパチ。
前回に引き続き、今回もバトル回です。
それでは第8話、どうぞ!


第8話 スミレ山編 その魔法(ちから)は善なるか

 最初に聞こえてきたのは、チュンチュンという鳥の鳴き声だった。

 なにか、とても柔らかいものにくるまれている。温かくて心地いい。

 沼の底から()い出るように意識が覚醒(かくせい)していった。

 目を開け、視線を宙にさまよわせる。見慣れた木製の天井(てんじょう)。ベッドに寝かされている。

 ジュビアはぼやけた思考をまとめようと、頭を回転させる。自分はどうしてこんなところにいるのだろうか。

 確か昼、家に帰ってきたグレイを出(むか)え、彼の話を聞き、それで──。

 その時、ジュビアの顔が耳まで真っ赤になった。

 思い出した。ジュビアはグレイを見送るために戸口に立ったところ、振り返った彼の余りに(さわ)やかな微笑に気分が高揚(こうよう)し過ぎてしまい、その場で気絶してしまったのだ。

 ──つまり、グレイ様はジュビアをお姫様()っこでベッドまで運んで──ッ。

『まったく、しょうがないな、ジュビアは』

『それじゃあ、行ってくるぞ』

 そういって、グレイが気を失ったジュビアの(ほお)一時(いっとき)のお別れのキスをする。そしてそれでもジュビアは目を覚ますことなく、グレイに寝顔をばっちり観察され──。

「〜〜〜〜〜」

 ジュビアは体を半回転させてうつ()せになると(まくら)に顔を()め、()ずかしさに足をばたつかせて悶絶(もんぜつ)した。

 ──あー! あーッ!

 と、そこではっとして顔を上げる。

 自分はどれだけ眠ってしまっていたのだろう。いま(ごろ)グレイたちは、依頼(クエスト)の目的地に向かっているか、もう着いた頃合いのはずだ。

 時計を見ると、時刻は午後の二時を指していた。

 

 

      1

 

 

『さあッ。一試合目から早速盛り上がってきたスミレ山人妖対抗親善試合! 続いて登場するのは一体(だれ)なのかッ? 

 ──まずは『妖精の尻尾(フェアリーテイル)』チーム。……あれは……ッ。週刊ソーサラーのイケメン魔導士(まどうし)ランキング上位ランカー、グレイ・フルバスター選手ッ‼』

 闘技場右側から黒髪の青年が現れると、妖精たちの一部から歓声が上がる。どうやら、先ほどのエルザとバーナの戦いで、少なからぬ数の妖精メイドが『妖精の尻尾』の(とりこ)になったらしい。

「おしッ、やってやるぜッ」

『……続いてスミレ山チーム。二番手にしてこのヒトの登場だ! 彼女の警備が破られたのは未だたったの一回! 橙鬼館(とうきかん)を守る鉄壁の門番、『姿無き暗殺鬼(インビジブル・ガーディアン)』の二つ名を持つ、ミレーネ・カトラシア選手ッ‼』

 闘技場反対側から彼女が現れた瞬間(しゅんかん)、観客席、今度はルーシィ達とは反対側の水妖精(ウンディーネ)がいる辺りから爆発的な歓声が上がった。恐らく鬼のなかでも、特に人気を集める妖精の種族には(かたよ)りがあるのだろう。

「ミレーネさーん、頑張って下さーい!」

 ルーシィの横で、先刻(せんこく)のアイリスと同様に声を張り上げるバーナに、ルーシィは苦笑して口を開いた。

「アンタ、さっきまで戦ってたのに、休んでなくていいの?」

 バーナの身体を包むメイド服は、先ほどのエルザとの戦いを受けてボロボロになっており、右腹部の赤い山のマークが(あらわ)になっている。

 すると彼女はむっとしてこちらを見る。

「心外ですねぇ。私だってこう見えて、れっきとした鬼なんですからね? 貴女(あなた)方人間と違って、体は丈夫なんですよ」

「あら、それはごめんなさい……」

 ルーシィが()びると、鬼のメイド長はすぐに笑顔に戻った。

「まぁ、別にいいですよ。……ミレーネさん、応援してますから──」

 ──その時、ゴキッと嫌な音がして、バーナの体がよじれる。

()……ッたい……ッ」

「…………馬鹿(ばか)

 彼女の向こう側に立っていたアシュリーが、小馬鹿(こばか)にしたようにぼそりと(つぶや)いた。

 

 

 紺色(こんいろ)の流線形の(つの)が特徴的な鬼の少女は、真っ()ぐ歩いてくると立ち止まり、泰然(たいぜん)と笑って口を開く。

「私はレンカと違って遊びで戦うことはあんまりしたくないけど、やるからには簡単に負けるつもりはないわよ」

 その言葉に(こた)えるようにグレイは着ていたシャツを脱ぎ捨て、上半身(はだか)になると左手に右拳(みぎけん)を重ねて構えた。

「──上等だ。どっからでもかかってこい」

 

 

      2

 

 

 ミレーネは特に構えを取る様子も見せず、再び口を開いた。

「あなたには、一度手の内を説明してしまってるわね」

「フン、それがどうし……──ッ」

 不意に、鬼の少女の周囲に濃い霧が立ち込め、彼女の姿を(おお)い隠していく。

「──でも、その程度のことで私に勝てるとは思わないことね」

 ミレーネを包んだ霧はすぐに闘技場全体にその範囲を拡大していき、一気に視界が悪くなった。

 咄嗟(とっさ)にパニックに陥りかけ、グレイはすんでのところで抑え込む。

 ──眼で(とら)えようと思ったら駄目だ。

 もどかしい焦燥(しょうそう)と恐怖に板挟(いたばさ)みになりながら、息を吸い、(ふる)えながら吐く。

 目を閉じ、触覚と聴覚に全神経を集中させつつ思考を巡らせた。

 相手は霧に(まぎ)れて攻撃(こうげき)してくる。それだけではない。彼女は霧が無くとも姿を隠す技をもっている。

 しかし、たとえ姿が消えても実体までなくなるわけではあるまい。

氷造形(アイスメイク)、『(フロア)』ッ」

 グレイは両手を床に突き、魔力(まりょく)を発動させた。

 一瞬(いっしゅん)にしてグレイの両手を中心に氷が拡がっていき、闘技場の床のほとんどを覆い尽くす。

 直後、ミレーネが立っていた位置のはるか横から、どさりとなにかがくずおれる音がした。

 ──そこかッ!

「氷造形、『氷創騎兵(フリーズランサー)』‼」

 グレイが放った無数の氷の(やり)は、(ねら)(あやま)たず標的、転倒したミレーネに全弾(ぜんだん)命中。ミレーネの武力(ぶりょく)が解除され、にわかに霧が晴れる。

 ミレーネは曲芸めいた動きで(こお)った床に手をついたかと思うと高速で一度バック転し、靴跡(くつあと)を引きながら後退した。

「まさか床を凍らせてくるとはね、やってくれるじゃない。霧の中で私を捉えたのはあなたが初めてよ?」

「へッ、そりゃ(うれ)しいね」

「じゃあ、これならどうかしら?」

 そう言うと、(てのひら)の上に霧の球を出現させる。

「見(おぼ)えはあるんじゃないかしら?」

 その言葉に、グレイは不敵に笑った。

「あぁ、あのゴキブリを退治した技か。なんだよ、(おれ)もあんな(ふう)に簡単に倒せるってか?」

 グレイの嫌味に、ミレーネも(わず)かに笑みこぼれる。

「そうじゃないわ。こんな使い方も……」

 不意にミレーネが(うで)を振り上げ、グレイはようやくその意図を悟った。

「──あるってことよ──ッ!」

 霧の球は彼女の足下に投げつけられた途端(とたん)爆発し、煙幕よろしく彼女の姿を覆い隠す。

 しまッ──。

「──氷造形、『槍騎兵(ランス)』ッ」

 可能な限りの高速で造形を終え放った槍は、しかしわずかに間にあわず、発生した霧を拡散させるだけに(とど)まった。

「さぁ、あなたの実力、見せてもらおうかしら」

 ミレーネの声は闘技場のあちこちに反響(はんきょう)して、出所がわからない。

「せっかくだから、私のもうひとつの技もいま教えてあげる。『霧衣迷彩(ミストローブ)』。水蒸気を全身にまとって任意に光を()じ曲げる技よ。当然、姿が見えなくなるだけだから足跡は消せないけど、この状況であなたが私を捉えるのは不可能に近いわね」

「ご丁寧(ていねい)にどうも」

 ぶっきらぼうに言い放ちながらも、グレイは絶望的な戦力の差に意識が遠のきかける思いだった。

 『床』による転倒という作戦を使ってしまったいま、グレイの動向に対するミレーネの警戒レベルは限りなく高くなってしまったとみて良い。加えて彼女の言葉通り、目視で捉えようにも、霧の動きを見ることすら封じられた。どうすればいい。どうすれば。

 その時、背後で(かす)かな音が聞こえ、思わず体が反応してしまう。

 ──氷造形──ッ。

「──遅い」

 つまらなそうな声がすぐ後ろで聞こえたかと思うや、虚無(きょむ)より切り出された人型の凶手から素早(すばや)斬撃(ざんげき)が放たれる。

「ガッ」

 無理矢理体を(ひね)って、造り出した氷の剣を振り抜くが、その刃は(むな)しく空を切った。

 

 

 ルーシィは戦闘(せんとう)の様子を、固唾(かたず)()んで見守っていた。といっても、自分にもミレーネの姿は見えていない。グレイがでたらめに氷の剣を振りかざす度にどこからともなく不可視の斬撃が走り、彼の全身にどんどんと傷を増やしていく。しかもグレイの攻撃(こうげき)にカウンターの要領で放たれるその速度は、回数を増すごとに段々速くなっているようだ。

『あぁーッと、これは一方的な展開! グレイ選手、なすすべもなくミレーネ選手の猛攻(もうこう)(さら)されていますッ!』

「勝負あったわね」

 (すず)しい顔で(つぶや)くアシュリーに反論しかけるが、その声は喉元で()れて(つぶ)れてしまう。

 (くや)しいことにルーシィにも、この状況をグレイが打開するビジョンが見えてこなかった。

 

 

      3

 

 

 もう何度目にもなる斬撃に、グレイは遂に(ひざ)を突いた。

「あら、もうお(しま)い? (さみ)しいわね」

 ぐうの()も出ない。なんとか頭を回転させて、返す言葉を探すが、(にく)まれ口を(たた)く余裕すらもないほどにグレイはダメージを受けていた。

「他人をいたぶる趣味(しゅみ)はないから、これでひと思いに終わらせてあげる」

 再びいずことも知れぬ虚空(こくう)から声がして、立ち上がりかけていたグレイを濃い霧が包む。

 マズイ、この感じは──ッ。

「蒸発」

 次の瞬間(しゅんかん)、想像を絶する激痛が全身を駆け抜けた。

「がああああああッ!」

 グレイを包んだ霧が一気に沸騰(ふっとう)、蒸発し、超高温の水蒸気が全身を焼く。

 しかしその刺激は、かえってグレイを奮い立たせる結果となった。よろめきながら立ち上がり、笑う膝をなんとか立たせる。

「あら、まだ立てるの? まぁ、そうじゃなくちゃ面白(おもしろ)くないけどね」

 絶望に歯を食いしばりながら、顔を上げて前方を見る。辺りに視線を巡らせるが、やはりミレーネの姿は依然(いぜん)として()き消えたままだ。

 ──冗談(じょうだん)じゃねぇ……このまま終わらされてたまるかよ……ッ。

 グレイが氷の剣を取り落とすと、落ちた剣は(はかな)い音を立てて(くだ)け散ってしまう。しかし、グレイはすでに別の秘策を用意していた。

 ──そっちがその気なら、(おれ)にだって考えってモンがあんだよ……ッ。

「そうねぇ……。私としてはこのまま楽に終わらせてあげたいんだけど、降参してもらうわけにもいかないし……」

 ぶつぶつと余裕綽々(しゃくしゃく)の態度を感じさせる調子で(つぶや)くミレーネの声は、心なしか、前方からしているように聞こえた。

 勝機。

 グレイが右(うで)に左手を当てて魔力(まりょく)を発動させると、グレイの半身に黒い(あざ)が浮き上がる。

 ──油断大敵、だぜ……ッ。

(こお)りつけ、『銀世界(シルバー)』ッ!」

 グレイが叫ぶと同時に、辺り一帯が赤い氷に包まれた。当然、勝利を確信して完全に(すき)を見せていたミレーネも巻き込まれ、棒立ちになったまま氷の彫像と化している。

 グレイは再び魔力を発動させる。

氷雪砲(アイス・キャノン)‼」

 グレイがその肩に出現させた巨大なランチャーから放たれた氷の衝撃波(しょうげきは)は、氷漬けになったミレーネに苦もなくクリーンヒット。彼女を覆っていた赤い氷を粉砕しながら矮躯(わいく)の少女を()き飛ばす。

『おぉっと、これは強烈な一撃! 氷漬けになったミレーネ選手を見事吹き飛ばしたーッ!』

 観客席から歓声が上がるのを、グレイは目を伏せて聞いていた。

 

 

「やったッ」

 ルーシィが叫ぶと同時に、(となり)にいたレンカの身体がぴくりと動く。彼女とて、まさかあそこからグレイが反撃に転じるとは思わなかったのだろう。

 ──そう思いながら得意絶頂になってそちらを見たルーシィの表情は、一瞬(いっしゅん)にして凍りついた。

「あれは……」

 レンカは、見たこともないような凄絶(せいぜつ)な表情をしてグレイを見据えていた。ルーシィも、その表情の意味するところをすぐに理解する。

 スミレ(やま)の中腹で出会ったミレーネの言葉が、脳裏に再生された。

『鬼には色んな特徴があるわ。まず基本的に酒と勝負事が大好きで、(うそ)と悪魔が嫌い』

『ちなみにウチにはあと何人か鬼がいるけど、彼女達の前では悪魔の話は基本タブーよ、気をつけてね』

 グレイが先ほど状況を打開すべく使った、広範囲を氷漬けにする技は、氷の滅悪(めつあく)魔法(まほう)──要するに、悪魔の力だ。

 彼の行動は、いままで自分達を客人として自然に受け入れてくれていた彼女たち鬼の禁忌(タブー)に触れてしまうものだったのではないか。

 しかつめらしい顔で黒髪の青年を見ていたレンカの口元は──しかし、不意に(ゆる)んだ。

「まぁいいだろう。仮にもあいつはあんた()の仲間だ。悪い奴じゃないんだろう? 良い悪魔、ってことで」

 その言葉にルーシィは内心で安堵(あんど)に胸を()で降ろしながら苦笑した。

「なによ、()()魔って……」

 レンカは気まずそうに、ぎこちなく苦笑する。

「……けど、あいつは……」

「?」

 ルーシィが視線を追うと、彼女の視線は、闘技場の中央、鬼の少女に向けられていた。

「──まずいわね……」

「え、なにが……?」

 嫌な予感をひしひしと感じながら振り返ると、アシュリーも先ほどのレンカ同様に厳しい眼差(まなざ)しを彼女に向けている。

 アシュリーは、ことさらに暗い声を出した。

「私たち鬼が、嘘や悪魔を嫌ってるのは知ってるわよね? あの子はね、あの悪魔みたいな(つの)の形がコンプレックスになってて、私達の何倍もそのテの話に敏感(びんかん)なの」

 

 

 目を開けたグレイも、すぐに異変に気づいた。

 ──ミレーネの様子がおかしい。

 先刻(せんこく)まで余裕たっぷりにグレイに嫌味を垂れていた鬼の少女の顔は伏せられており、全身からは(くら)い気を放っていた。

「…………力を……」

「あ……?」

「──なんで、悪魔の力を使えるの?」

 そのひとことで、グレイも状況をすべて理解した。だが戦っている手前萎縮(いしゅく)するわけにもいかず、努めて冷静に、余裕の態度で構える。

「あぁ、これか? 実はちょっと訳あって、昔戦った奴からもらってな──」

「──……が……」

「なに……?」

「人間が、悪魔の力を使える訳がない。もし、あなたが私に……()()()(うそ)()いているというなら……」

 ミレーネはなおもぼそぼそと口の中で(つぶや)きながら、右手の中に何やら短い棒状の物体を呼び出す。

 それは円筒(えんとう)形の氷だった。グレイが(いぶか)しんだのも(つか)の間、今度はその先端から勢いよく水が噴射される。さらに、噴き出した水流は即座にその範囲を(せば)めていき、最終的に細長い水の刀身のような見た目へと収束した。

 しかし、その形状は氷の(つか)と同様に円筒形で、先程まで彼女が浴びせてきていたような(するど)斬撃(ざんげき)を放つのに適しているようには見えない。

 グレイはミレーネが新たなアクションを起こす予感に、警戒しつつ氷の大剣(たいけん)氷聖剣(コールドエクスカリバー)』を出して構えようとした。

 しかし。

 それよりも圧倒的に早く。

 ミレーネの姿が(かす)んだかと思うや、グレイの身の丈を超えるほど巨大な氷の刀身が(またた)く間に粉砕される。いつの間にか彼女はグレイの(わき)をかすめ、十メートル背後に立っていた。

「ぐ……ッ」

「私は、絶対にあなたを許さない……ッ‼」

『おっとミレーネ選手、いきなりの早業(はやわざ)でグレイ選手の技の出かかりを(つぶ)したぁッ』

 (あや)の実況が入るが、(だれ)も歓声を上げることはなかった。その場にいた全員が、もう状況を痛いほどに理解できていたからである。

 

 ──このまま試合を続けるのは危険だ。

 

 しかし同時に、もう一つ理解していたことがある。

 それは、ここで試合が中断されることはないということ。なぜならその瞬間にこの親善試合の趣旨(しゅし)が崩壊し、鬼と人との間に決して消えない(みぞ)を刻んでしまうことにもなりかねないからだ。

 ──グレイ独りの力で、切り抜けるしかない。

白霧刀(はくむとう)・シラナミ。それがこの()の名前」

 もはや怒りすらも通り越したのか、静かに(たたず)む鬼の少女の声はいっそ(おだ)やかですらあった。

「『この世に高圧の水ほど硬い物質はない』。それが私の座右(ざゆう)(めい)よ。そして──」

 ミレーネの姿が再び()き消え、(すさ)まじい斬撃の嵐がグレイを(おそ)った。

「ぐああああぁぁぁ‼‼」

「──この言葉を、あなたの冥土(めいど)土産(みやげ)として送るわ」

 

 

「グレイ様ぁ……愛してますぅ……。──ハッ」

 夢と(うつつ)(かよ)()が絶ち切られ、ジュビアは反射的に跳ね起きる。

 ──なにか、嫌な予感がする。

 ジュビアの『グレイ様レーダー』に恋敵(こいがたき)候補が引っかかった? いや、そうではない。

 これは何か、もっと……そう、もっと邪悪な……。

 外を見ると日は(すで)にとっぷりと暮れており、窓の外には数メートル先も見通せない(やみ)が広がっている。

 時刻は、午前三時前を指し示していた。

 

 

 グレイは、満身(まんしん)創痍(そうい)の状態ながらもなんとか立っていた。

「こ、の……野郎ォ……ッ」

 (けもの)のように荒い息を漏らしながら、背後、こちらを静かに(にら)()える鬼の少女を睨み返す。

 もう、なりふり構っていられなかった。

 グレイはその行動が火に油を注ぐようなものと理解しながらも、再び魔力を発動させた。

「いきなりすばしっこく、なりやがって……これでも食らいやがれ……ッ」

 グレイが弓を引く構えを取ると、その手の中に赤い氷の弓矢が出現する。グレイは残る全魔力を注ぎ込んで、矢をミレーネに向けて放った。

氷魔(ひょうま)(ゼロ)破弓(ハキュウ)ッ!」

 しかし、またもミレーネの姿が(かす)む。そこからは、奇妙にスローモーションで世界が流れた。

 彼女がゆっくりと走り込んでくると同時に、高速で放たれたはずの矢が同じくゆっくりとミレーネの胸に吸い込まれていく。

 だが、矢が当たる直前、彼女の左手が動いた。

雲散霧消(ウォーターバニッシュ)

 永遠のような刹那(せつな)、グレイは確かに、彼女が技名を(つぶや)くのを聞いた。同時に、自身が犯した失策に歯噛(はが)みする。

 ──しまった、こいつは水だけじゃなく、氷まで──ッ。

 その時には、赤い氷の矢はボシュッという音と共に蒸発し、ミレーネの放った突きが回避(かいひ)不可能な距離にまで(せま)っていた。そして──。

 

「──止まれミレーネッッッ‼‼」

 

 突如(とつじょ)闘技場内に(とどろ)いた稲妻のごとき大喝(だいかつ)に、その場すべての時間が停止した。

 グレイは、固い(つば)をごくりと飲み込む。

 ミレーネの放った、超高圧の水の刀身による神速の突き込みは、グレイの喉元(のどもと)からわずか数ミリのところで永遠に停止していた。

 

 

 ルーシィがびっくりして耳を(ふさ)ぎながら(となり)を見上げると、橙鬼館(とうきかん)当主・レンカの厳しい表情があった。

『えー、し、勝負の結果は……』

「──疾風丸(はやてまる)、一回(だま)ってな」

『あ、ハイ……』

 有無を言わせぬレンカの眼光(がんこう)に、司会者席でなにかを言いかけた(あや)(ちぢ)こまる気配。

 レンカはバルコニーの手すりに右手(あし)を乗せると、鬼の膂力(りょりょく)でもってごくごく自然な動作で飛び降りる。

 着地衝撃(しょうげき)(かが)んで殺し、長身の女性は迷いなく真っ()ぐ、動作を停止しているミレーネに向かって歩いていく。そして、彼女の左(うで)(つか)むと、押し殺した声を出した。

「おい、どういうことだミレーネ。いまの一撃(いちげき)、間違いなくグレイ(こいつ)を殺す気だったろ……ッ。これが親善試合だと知っての行動かッ?」

 ミレーネはそれでも動かなかった。しかし、やがて右腕を降ろすと、シラナミを消して(きびす)を返す。

「どこに行く。おい、ミレーネ……ッ」

 レンカの制止も聞かず、鬼の少女は一人、闘技場の奥ヘと消えていってしまった。

 レンカはしばらく黙っていたが、すぐに二階バルコニーを見上げてよく通る声を出す。

「済まない、(みんな)、試合は一旦(いったん)中止だ。勝負はあいつの勝ちでいいが、あたしはそれよりもあいつをなだめてくる。──アシュリー、後の事は(たの)んだ。あたし達が帰ってくるまでの間、()()たせておいてくれ!」

 そう言うが早いか、彼女もミレーネを追って闘技場の奥ヘと走っていってしまう。

 その様子を、誰もが呆然(ぼうぜん)と眺めていた。




はい、今回はミレーネさんの勝利!
……というより、少し(?)暗い感じで締めくくる形になってしまいました。
次回はレンカさんの言う通り試合は一旦お休みして、シリアス回になる予定です。
それでわ、しーゆーあげいん!

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