FAIRY TAIL The Travelogues of Phantasm   作:水天 道中

15 / 30
前回の後書きについて、訂正(ていせい)、というか追加情報です。
今回はシリアスメイン、バトルサブの二本立てストーリーでいきます。
それでは第9話、どうぞ!


第9話 スミレ山編 鬼と妖精の輪舞曲(ロンド)

「──止まれミレーネッッッ‼‼」

 

 突如(とつじょ)闘技場内に(とどろ)いた稲妻のごとき大喝(だいかつ)に、その場すべての時間が停止した。

 ルーシィがびっくりして耳を(ふさ)ぎながら(となり)を見上げると、橙鬼館(とうきかん)当主・レンカの厳しい表情があった。

『えー、し、勝負の結果は……』

「──疾風丸(はやてまる)、一回(だま)ってな」

『あ、ハイ……』

 有無を言わせぬレンカの眼光(がんこう)に、司会者席でなにかを言いかけた(あや)(ちぢ)こまる気配。

 レンカはバルコニーの手すりに右手(あし)を乗せると、鬼の膂力(りょりょく)でもってごくごく自然な動作で飛び降りる。

 着地衝撃(しょうげき)(かが)んで殺し、長身の女性は迷いなく真っ()ぐ、動作を停止しているミレーネに向かって歩いていく。そして、彼女の左(うで)(つか)むと、押し殺した声を出した。

「おい、どういうことだミレーネ。いまの一撃(いちげき)、間違いなくグレイ(こいつ)を殺す気だったろ……ッ。これが親善試合だと知っての行動かッ?」

 ミレーネはそれでも動かなかった。しかし、やがて右腕を降ろすと、シラナミを消して(きびす)を返す。

「どこに行く。おい、ミレーネ……ッ」

 レンカの制止も聞かず、鬼の少女は一人、闘技場の奥ヘと消えていってしまった。

 レンカはしばらく黙っていたが、すぐに二階バルコニーを見上げてよく通る声を出す。

「済まない、(みんな)、試合は一旦(いったん)中止だ。勝負はあいつの勝ちでいいが、あたしはそれよりもあいつをなだめてくる。──アシュリー、後の事は(たの)んだ。あたし達が帰ってくるまでの間、()()たせておいてくれ!」

 そう言うが早いか、彼女もミレーネを追って闘技場の奥ヘと走っていってしまう。

 その様子を、誰もが呆然(ぼうぜん)と眺めていた。

 

 

      1

 

 

「あわわ、ど、どうすれば……」

「落ち着きなさいレイン。──ベル()ぃ!」

 (あわ)てるレインを(たしな)めたシアンの言葉に、ベルクスは軽く首を振って気持ちを切り()える。

「わーってる。アシュリー様、どうすんだこれ!?」

 闘技場反対側の観客席にいるアシュリーは、至って冷静だった。

「私達は、お(じょう)様に言われた通りこの間を保たせればいいのよ。安心して、あの二人なら大丈夫」

 そう言って、複数の魔法石(まほうせき)を展開すると『念話(ねんわ)』をかける。

(みんな)、落ち着いて聞いて。最初に出場者を決める前、戦いたいと申し出たヒトは大勢いた。そこでこれから私たち残ったメンバーで、立候補制の試合を行うことを提案するわ。どうかしら?』

 困惑(こんわく)しながらも全員が同意のざわめきを生むなか、ベルクスは一人微妙(びみょう)な気分で鬼の魔術師を眺めた。

 ──この近距離で、『念話』使う必要あったか?

 

 

 レンカは一人、スタスタと先行する鬼の少女に追いすがるように手を伸ばす。

「ミレーネ、おい、ミレーネッ」

 しかし彼女は振り向かず、レンカの(つか)んだ手を振り(ほど)こうと激しく()する。

(はな)して……ッ。……いまは、独りにさせて」

「いいや、離さないね。ちょっとこっちに来い」

 半ば強引にミレーネの腕を引くと、自分の執務室まで連れてきて入らせる。

 肘掛(ひじか)椅子(いす)(こし)を降ろすと、目の前の少女に視線を()えたまま、組んだ両手に(あご)を乗せて口を開いた。

「さあ、何故(なぜ)あんなことをしたのか、理由を聞かせて(もら)おうか」

 

 

 妖精メイド達が次々と挙手した結果、アシュリーが提案した立候補制の試合は(またた)く間に始められた。

 ギィン、という音と共に二振りの剣が打ち合わされ、反動で双方が靴跡を引きながら吹き飛ばされる。

 水色の長髪を一つの三つ編みにした少年、ベルクスは銀の大剣(たいけん)を引き戻しながらにやりと笑った。

「剣遣いって知った時から、アンタとは一回手合わせしてみたかったんだよ」

 水属性の魔法(まほう)に耐性を持つ海王(かいおう)(よろい)に身を包み、煉獄(れんごく)の鎧に付属する異形(いぎょう)の巨剣を持ったエルザは、彼の言葉に不敵な笑みで応じる。

「それは奇遇だな、私も同じ事を思っていた」

 そこでおもむろにベルクスが大剣を引き(しぼ)り、突き技の気配をみせるが、エルザとの間合いは十メートルは開いている。

 魔力(まりょく)発動の予感に、刹那(せつな)の判断で横っ飛びするが、その動きをベルクスは読んでいた。

「『水蛇突咬(ファングスラスト)』ッ」

 水をまとった刀身が突き込まれると同時に、()っ先から()き出した奔流(ほんりゅう)が蛇を(かたど)りながら(おそ)い来る。

 防御しようと(かか)げた剣に水蛇(すいじゃ)()みついた。インパクトの瞬間(しゅんかん)、強烈な衝撃(しょうげき)に全身が(きし)みを上げ、靴底が激しく床を引きずる。

「手元に気をつけな。さもなきゃ(おれ)の蛇が得物(えもの)を頂くぜ?」

「フッ、では私も忠告しておくとしよう。攻撃(こうげき)する時は、常にその先を考えることだ」

「あ? なに言って……──ッ」

 不意に頭上に魔法陣(まほうじん)が展開し、ベルクスが(あわ)てて飛び退()くと、彼がたったいまいた位置に無数の剣が降り注いだ。

 エルザは剣を切り払うと、告げる。

「私の魔法は、武器(ぶき)や防具を装備するだけではない」

 ベルクスは(ほお)を引きつらせて笑った。

「ツッ……。つくづく底が知れねぇな、アンタって人は」

 

 

火竜(かりゅう)鉄拳(てっけん)ッ」

 ナツが振り抜いた(こぶし)は、しかし紫髪の少女に届く前に頑強な漆黒(しっこく)のバリアに(はば)まれる。

「ッてぇな、なんだよ、そりゃあ?」

 球状のバリアが消え、中から現れた少女は滞空したまま、(わる)びれもせずに小首を(かし)げて答えた。

「なにって、だから影だって言ってるじゃん」

「硬すぎんだろッ!」

 余りの防御力にツッコミを入れるが、ネフィリムはケタケタと笑う。

「こんなことも出来るよ? 武器化(アーマライズ)!」

 すると、彼女の持っている(つえ)の先端が黒い剣に変形する。いや、正確には影をまとったのだ。

「ゲッ」

 ナツが初撃(しょげき)(かわ)すと、ネフィリムは空中で捻転(ねんてん)して杖を()()()()()くる。やがてその先端が、鋭利(えいり)(かま)に変じた。

「うわッ、とッ」

 ナツは上体を(ひね)ってなんとか回避(かいひ)するが、ネフィリムは(つばさ)を細かく(ふる)わせて器用に全身を高速で回転させながら、武器の重量を感じさせないほどのスピードで次々と()ち込んでくる。その動きはランダムで、そのうえ距離を取ろうにも、ピッタリと張りつかれているせいで体勢を立て直す(ひま)がない。

 

 

「うわああああッ」

 ルーシィは悲鳴を上げながら矢の雨を必死で(かわ)す。

 リリスが操るのは、換装(かんそう)魔法『射手(ジ・アーチャー)』。異空間にしまってある弓と矢を瞬時(しゅんじ)に換装する魔法だ。エルザの『騎士(ザ・ナイト)』と違って異空間に入れて持ち運べる限界量は数ではなく重量で決まっているらしく、降り注ぐ矢の雨が()きる気配は無い。

 手甲(ガントレット)と一体化した弓を両の(うで)に装備したリリスは、得意げな顔で口を開く。

「あたいの『自動射手(オートマチック・アーチャー)』は弦を引かずに矢を放てるロングボウ。反撃できるもんならやってみなーッ」

「くう……ッ。それなら……ッ」

 ルーシィは腰元(こしもと)鍵束(かぎたば)から一本、金の鍵を取り出し掲げる。

「開け、人馬(じんば)(きゅう)(とびら)──サジタリウス!」

 するとルーシィの右手を中心に金色の光が(あふ)れ出し、馬の被りものをした男性が出現した。リリスが目を丸くする。

「おおッ、なんだい、そりゃ!?」

「あたしの魔法、星霊(せいれい)魔法よ。そして──ッ」

 次にルーシィは、持っていた人馬宮の鍵を胸に突き立てた。すると今度はルーシィの全身が金色の光に包まれ、黄緑色のドレスをまとった姿に変化する。その両手には、弓矢を(たずさ)えていた。

 ──ルーシィの第二の魔法、変身魔法である。

星霊衣(スタードレス)、サジタリウスフォーム! ──さぁ、いくわよッ」

「反撃開始、でありますからして〜もしもしッ」

 独特の口調で話すサジタリウスとともに弓を構え、お返しとばかりに一斉(いっせい)に矢を連射する。

「スターショットッ!」

()(たい)ッ、(いち)とはッ、ちょっと卑怯(ひきょう)だにゃあああッ」

 猫よろしく()つん()いのような格好(かっこう)で、ぎりぎりの回避を続けていたリリスだったが、やがてある一発を皮切りに連続で被弾(ひだん)する。

「にゃあッ!」

「やったッ。 ──ッて、えッ?」

 白煙(はくえん)(とばり)が晴れた先には、ルーシィの予想した光景はなかった。

 ──リリスの姿が無い。

 どうにかして回避したのかと思ったが、どうもそういう雰囲気(ふんいき)ではなかった。

 やがて、変化が訪れる。

 ──リリスがいた位置に小麦色の光が凝集(ぎょうしゅう)し、彼女の形ヘと徐々(じょじょ)に変化していく。

 最後に光が(はじ)け、無傷のリリスが現れた。

「あはは〜、油断しちゃったにゃ」

「どッ、どういう、こと……?」

 

 

「あぁ、彼女たち妖精はね、死なない代わりに、一定以上ダメージを受けると爆散(ばくさん)して、一分後に再生するわ、無限に。体がエーテルナノからできてるから」

「そんなのアリッ?」

 アシュリーの説明に裏返った声を出すルーシィだったが、その驚愕(きょうがく)はグレイとても同じだった。それでは妖精との戦闘(せんとう)は、大多数が途中で回復できない人間側の圧倒的不利ということではないか。

 だがそんな状況でも、悠長(ゆうちょう)に説明する時間を与えるほど、グレイの気は長くない。

「戦闘中によそ見できるほど余裕(よゆう)なのかよ!」

 ──氷造形(アイスメイク)、『槍騎兵(ランス)』ッ。

 アシュリーはちらりと横目でこちらを見ただけだった。次の瞬間(しゅんかん)、彼女の体が真横にスライドして氷の(やり)をかわす。アシュリーお得意の浮遊(ふゆう)魔法だ。

「あら、ごめんなさい。でも、親善試合なんだから気楽にいきましょうよ」

 その言葉に、グレイは(ほお)を引きつらせた。

「こっちは一回死にかけたんでね……ッ」

 アシュリーは悲しげな表情で応じる。

「あの()繊細(せんさい)なの。許してあげて。それに、いまは試合を楽しみましょう?」

 そう言うと、彼女は開いた本から複数の赤い魔法石(まほうせき)を展開して魔力を発動させた。灼熱(しゃくねつ)業火(ごうか)が発生し、奔流(ほんりゅう)となってグレイを包み込む。

 しかし、それよりも一瞬早く、グレイも魔力(まりょく)を発動させていた。たちまち赤い氷が拡がり、炎の波を包み返す。

 アシュリーが驚愕に息を飲む音がした。

「炎が、(こお)りついた……?」

「ヘッ、(おどろ)いたかい? こんな事もできるんだぜ?」

 グレイの言葉に、彼女がにやりと笑う気配。

「フッ、ますます興味深い……」

 

 

      2

 

 

 レンカの問い掛けからしばらくして、ようやくミレーネは重く閉ざした口を開いた。

「……あの人……グレイは、悪魔の力を使った」

「確かにその通りだ。あいつは明らかに人外(じんがい)の力を使っていた。でも、それはあいつがヒトじゃない証拠にはならない」

 ミレーネは()みつくように反撃してきた。

「でも……ッ。人間が、魔法(まほう)以外の力を使えるなんてこと、あり得るのッ?」

 レンカは一度目を()せ、慎重(しんちょう)に言葉を(つむ)ぐ。

「お前は、あいつ()の目を見たか?」

「え……?」

「あたしは見た。鬼のあたしを前にしても純粋(じゅんすい)で、それでいて強く、真っ()ぐな視線だった。それが、あたしがあいつ等を初見で信頼(しんらい)しようと決めた理由だ」

 ミレーネは毒気(どっけ)を抜かれたように鼻から息を()く。

「そう……。やっぱり、私はあなたとは違うわ」

「そうでもないさ。……なぁミレーネ。そもそも、鬼や悪魔、人間の違いってなんだと思う? 能力的な意味で」

 ミレーネは(あご)に手をやって考え込んだ。

「そうね……。まず鬼が使うのは『武法(ぶほう)』。エネルギーの源は、自然エネルギー。次に、悪魔が使うのは負の感情を力にした『呪法(じゅほう)』。最後に、人間は思いの力を(かて)に『魔法(まほう)』を使える……。こんなところかしら」

「そうだな。人間や悪魔が様々な思いの力をエネルギーにするのに対し、あたし達鬼は大自然からそのエネルギーの一部を借りて技として放つことができる。だから理論上の限界は存在しないと言っていい。

 でもここで重要なのは、人間も悪魔も、何かしらの思いを力に()えてるってとこだ。つまりこの二種族のパワーの源は、まったく違うようでほとんど同じもの。あいつ()だって、無限の可能性を秘めてるといえるんだよ。

 アシュリーがよく言ってるだろ? 『魔法の可能性は無限大だ』って」

「でもそれは、いまの話と関係ないわ。だってアシュリーがいつも言ってるのは、魔法にできないことなんてないだろうって話だから……」

「あぁ、確かにそうだな。でも、あたしはこうも考えられると思うんだ。武法に理論上の限界が存在しないように、魔法や呪法にも無限の()()()()があるんじゃないか、ってね」

「私にも、人間と悪魔を対等にみろっていうの?」

 ミレーネが()き捨てるように言うと、レンカは困ったように苦笑を漏らした。

「おいおい、あたしはそんな事、ひとことも言ってないだろ? らしくないぞ、ミレーネ」

 ミレーネは目の前の鬼の女性を直視できず、視線を()らして再び黙り込む。しかし次の瞬間(しゅんかん)、レンカが不意に忍び笑いを漏らし始めた。

「……?」

「いや、悪い。お前を笑ったんじゃないんだ。ただ、ちょっと面白いことに気づいてね」

 ミレーネが無言で先を(うなが)すと、レンカは先ほどまでの真面目な表情から一転、普段の明るい笑みをつくる。

「お前、"武法"って言葉についてどう思ってる? 何でもいい。なにか言ってみな」

「……は?」

 ミレーネは呆気(あっけ)に取られてレンカの顔を見た。この鬼の当主は、一体なにを考えている? 自分を説教するつもりでこれまでの流れをつくったのではないのか?

 真っ白になりかけた頭を軽く振り、ミレーネは思考を立て直す。

「そうね……。特にそんなに深く考えたことはなかったけど、別に好きでも嫌いでもないわ。使えるものは使う。ただ、それだけ」

「なるほど。まぁ、お前が考えそうな意見だな」

 (あご)に手をやって軽く(うなず)くレンカに、今度はミレーネが問いかける。

「じゃあ、あなたは? レンカはどう思うの?」

 レンカは不敵に笑うと、こちらの質問を待っていたとばかりに泰然(たいぜん)と答えた。

「"武法"って響き、あたしは好きだね。いかにも戦う種族って感じでさ」

 あまりに彼女らしいその返答に、ミレーネは思わず笑みこぼれた。

「まったく……ホント、あなたってブレないわね」

 レンカはその言葉に照れくさそうにひとつ笑うと、両手を頭の後ろで組み、背もたれに寄り掛かって天井(てんじょう)を見上げた。

「いやぁ、にしても、こうしてお前と話してると、最初にお前()と出会った時のことを思い出すねぇ」

 その言葉に、ミレーネの思考も遠い記憶の彼方(かなた)(いざな)われる。

 紆余曲折(うよきょくせつ)あって故郷を追われたミレーネたち鬼は、素性を隠し、散り散りになって大陸の各地を放浪(ほうろう)していた。

 それからミレーネが最初に出会った鬼は、アシュリーだった。同じ種族同士であるため、武法で隠していた(つの)を見抜かれたのだ。

 人気(ひとけ)がないといっても人里でその事を指摘された時は咄嗟(とっさ)に逃げ出しかけたが、そんなミレーネを彼女は引き止めた。

 何人かの鬼たちでいま、再び新たな地に帰る場所を作ろうとしている。彼女はそういった。そして願わくば、またすべての鬼が(そろ)って同じ空を見上げられる日が来るのを待とう、と。

「そこに、あたしが飛び入りで入ってきたんだよな」

 そう。彼女──レンカの登場は突然(とつぜん)だった。

 いきなり自分たちの前に現れたかと思うや、彼女は勝負をしようと持ちかけてきたのだ。鬼たる者、(こぶし)(まじ)えて語り合おう、と。

 結果は、言うまでもない。ミレーネたちの惨敗(ざんぱい)である。アシュリーに付き従っていたバーナも含めてこちらは三人だったというのに、レンカ一人に押し負けたのだ。

 そこからレンカは、鬼を集める計画の先陣を切って話を進めた。

 鬼たちが帰って来る『場所』の設立。そのためにまず、各地に点々と暮らしていた天狗(てんぐ)や妖精を集めて協力を得ること等。

 つまり、彼女の力なくして、いまの橙鬼館(とうきかん)の存在はあり得なかったといっても過言ではない。

「……落ち着いたか?」

「えぇ、大分(だいぶ)

 レンカは再び(つくえ)に両(ひじ)を突くと、真っ直ぐこちらを見る。

「ところでミレーネ、お前、なんでお前があたしを名前で呼ぶことを許可してるかわかるか?」

「それは……。この橙鬼館の基本理念が、自由主義だから、かしら?」

「確かにそれもある。でも、本当はもう一つあるんだ」

 一拍(いっぱく)おいて、レンカは告げた。

「実はな、ミレーネ。──あたしは、お前をいずれ、次期橙鬼館当主に任命しようと思っている」

 ミレーネは、ぎょっとして彼女を見る。

「えッ? でもそれって……」

勿論(もちろん)これはいま決めたことじゃないし、(みんな)にも伝えていない。ここだけの話だ」

 レンカはニッと笑うと、続けた。

「でも、明確な理由が一つある。それはやっぱりお前の言葉を、お前自身を信じたいっていうことだ。これは、『妖精の尻尾(フェアリーテイル)』の皆を信じたいと思ったのと似ている。だからお前にも、あたしのことをもっと信じ、頼って欲しい。この意味、わかるよな?」

 レンカの視線は、いつしか優しいものに変わっていた。

 その言葉にミレーネは居住まいを正すと、口を開く。

「はい、お(じょう)様」

 しかしレンカは(つか)の間きょとんとした表情になると、いきなり爆笑し始めた。

「な、なによ……」

「いやいや、まったくお前ってやつは真面目(まじめ)だなぁ。そこはいつも通り『わかったわ、レンカ』でいいんだよ」

 そこでレンカは立ち上がると、こちらに向かって歩いてくる。

「さて、そろそろ戻らないとな。皆を待たせちまってる」

 すれ違いざまにミレーネの肩に手を置くと、レンカはもう一度ニッと笑った。

「これからも期待してるよ──相棒」

 

 

      3

 

 

 『妖精の尻尾』と妖精たちの戦いは、見事なまでに膠着(こうちゃく)状態に入っていた。

 ナツと向かい合って(つえ)を構えていたネフィリムは、そこでナツの背後に視線をやる。

「あ、後ろ」

「ヘッ、その手はくわねぇぞ」

「いや、ホントだって、ホラ」

「あ?」

「──(すき)あり」

 ナツが振り返った瞬間、後頭部を杖で思い切り(なぐ)られた。

 

 

「あ、ミレーネさん……」

 バーナが次に気づき手を止めると、向き合っていたアイリスを始めその場にいた全員が徐々に手を休め、闘技場の一角に視線を集める。

 「おぉ、やってるやってる」という明るい声と共に、やや胸を張って歩いてくる長身の鬼の当主とは対照的に、小柄(こがら)な鬼の少女の面持(おもも)ちは暗かった。

 やがてレンカが立ち止まり、少し遅れてミレーネも立ち止まる。

 橙鬼館メンバー、『妖精の尻尾』、ラグリア、セリナ、カリン。全員の視線が集まる中、鬼の少女はおもむろに頭を下げた。

「皆……ごめんなさい。私の勝手な行動で試合を中断させてしまって、皆の気分を台無しにして。……迷惑(めいわく)だったわよね……」

 

 

「──あぁ迷惑だな、迷惑極まりないッ!」

 

 

 (みな)が静まりかえる中、いきなりその中の一人が聞こえよがしにがなり立てた。

「ち、ちょっと、()めなよベルくん……」

 リリスが顔面蒼白(そうはく)になって小声で制するが、水色の三つ編みの少年は聞く耳を持たない。愛用する銀の大剣(たいけん)を肩に担ぎ、ミレーネの下へ歩いていく。

「確かにアンタは折角(せっかく)(じょう)様が企画した親善試合を勝手な行動で中断させた。皆の気分もぶち壊しにした。

 いまやってた乱闘(らんとう)だって、(もと)を正せばアシュリー様が提案したから成立したようなもんだ。アンタは迷惑と言われても仕方ない行動しか取っちゃいねぇ。けどなぁ……」

 そこまでいうと頭を下げた姿勢のまま固く目を(つぶ)るミレーネの眼前(がんぜん)まで来て立ち止まり、ぶっきらぼうに言い放った。

「──そんなことで、(おれ)たちが怒るとでも思ってんのかよ?」

「え……?」

 ゆっくりと顔を上げたミレーネに、ベルクスは周囲の妖精メイドたちを見回しながら続ける。

「アンタはウチの中でも特に優秀な鬼材(ジンざい)だ。尊敬しているメイド達も多い。そんなアンタが、辛気(しんき)(くさ)表情(カオ)でもしてみろ」

 そこでベルクスはにやりと笑ってみせた。

「──その方が、心配(メイワク)かけることに、なるんじゃねぇか?」

「…………。……フッ、そうね。アンタの言う通りだわ、ベル──ありがとう」

 ルーシィたちがここ、橙鬼館に来て初めてミレーネの見せる満面の笑顔に、ベルクスは顔を逸らして(ほお)をポリポリと()く。

「いやなに、俺は、当然のことを言ったまでだ……」

 そこで、彼の背後にこっそり忍び寄っていたリリスが彼の顔を(のぞ)き込む。

「あれ? もしかしてベルくん照れてる? にゃははははッ、かわいい」

「かわッ、テメ、なに言ってやがるこのクソネコッ」

「あー、ベルくん(ひど)ーい。あたい、ネコじゃなくて猫妖精(ケットシー)だもーん」

「どっちでもいいわ!」

「あぁ……シェフ、素敵ぃ……」

「フン、良いこと言うじゃん、ベル()ぃ」

 今回はシアンも、フロウの天然ぶりは放置することにした。

 ひとしきりベルクスとリリスの掛け合いが終わると、メイドたちは徐々に闘技場の奥ヘと歩いていく。その背中を見ながら、ルーシィはいつしか笑みこぼれていた。

「一時はどうなることかと思ったけど、なんか良い感じに収まったんじゃない?」

「あぁ、だな」

 近くにいたグレイも(おだ)やかな笑みで応じる。

 その時、不意に「きゃッ」という悲鳴が上がって、ミレーネの姿が消えた。全員で動きを止め、そちらを見る。

 どうやら落とし穴に落ちたらしい。(となり)を歩いていたベルクスが傍らの足元を見たまま固まっている。

「ミレーネさん? だい、じょうぶ、か……?」

 すると闘技場の一角からけたたましい笑い声が上がった。見ると、確か名前をリドラといった火妖精(サラマンダー)の少年が腹を(かか)えて笑い転げている。

「ぎゃははははッ、は、腹(いて)えッ。バーナさんに仕掛けるつもりだったのに、まさかミレーネさんが引っ掛かるとはな。ぎゃはははッ」

「あぁもう、だから止めようって言ったじゃんリドラぁ」

「私が引っ掛かる予定だったんですか……」

 泣きそうな表情であわてるアイリスと、困り果てるバーナ。

「終わったわね」

 シアンが冷静なコメントを(つぶや)いた直後、穴の(ふち)からすごい勢いで右手が伸び、突いた床面をピシバキ、という久しく聞いたこともない怪音と共に破壊する。

 ベルクスを始め穴を眺めていた全員の顔が、一様にビクリと引きつった。

「お、おい、アンタ、大丈夫、だよな……?」

「──私を(わな)()めるなんて、良い度胸してるじゃない」

 肩まで穴から乗り出した彼女の声音(こわね)から、恐ろしい形相(ぎょうそう)でリドラを(にら)み据えたのが背後からでもはっきりとわかった。

「あわわ、落ち着いて下さいミレーネさんッ」

「アンタが落ち着きなさいレイン」

「あぁ……怒ってるミレーネさんも素敵ぃ……」

「フロウ、アンタはアンタでなに言ってんの……」

 ミレーネはそのまま床を突き(くだ)くと、一飛びで五メートル近く()び上がったかと思うや、着地した瞬間に彼女の姿がブレる。

 「うわあッ」というシアンの悲鳴と、(すさ)まじい衝撃(しょうげき)(おん)がしたのはほぼ同時だった。ミレーネが穴から十メートル離れた場所で手刀(しゅとう)を振り降ろした姿勢で立ち止まっているのを見て、ようやくリドラが彼女に吹き飛ばされたのだと理解する。

 リドラはその全身を闘技場の(かべ)にめり込ませ、完全に気絶していた。

「……殺さなかっただけ有り(がた)く思いなさい」

 修羅(しゅら)の形相で言い放たれたミレーネの言葉に、場の空気が(こお)りついた。

 と、その時、どこからか、カチャカチャとなにかを操作する音が聞こえる。

「それと……──目障(めざわ)りなどこぞのカラスはいまの内に片づけておこうかしら」

 ミレーネの視線を追って背後を見ると、柱の陰に隠れて「いやー、リドラさんは良い仕事をしてくれましたよ。ミレーネさんの(おどろ)いた顔、これはスクープになります」と何やらぶつぶつ呟いていた鴉天狗(からすてんぐ)(あや)が、ビクリと跳び上がる。

 次の瞬間、ルーシィの(わき)(こん)色の風が吹き抜けた。それよりも一瞬早く高速で飛び出す、黒い影。

「待ちなさいッ。そのカメラ、絶対にぶち壊すッ」

「やですよ、私の商売道具になにするんですかッ」

 (またた)く間に遠ざかっていく二つの声を聞きながら、ルーシィ達はただただ苦笑を漏らすことしかできなかった。

 

 

 




はい、というわけで前回の暗い雰囲気を見事払拭(ふっしょく)した第9話、いかがだったでしょうか!
……と言いつつ、一方で納得がいっていない自分がいる今日この頃です。というのも今回までの数話は、鋭い読者の皆さんならお気づきかもしれませんが、文字数が初期の頃よりやや少なめになっています。
文字数を稼ぎたい気持ちはさらさらありませんし、それでも面白いと言って下さる読者様の言葉は嬉しい限りなのですが、結果としてスペース多用による文字数稼ぎをしてしまっているのもまた事実です。
そこで、次回にはちょっぴり素敵な(もよお)し物を用意したいと計画している次第です。忙しい時でも、いや、忙しい時こそ趣味においても自分に厳しく!やっていこうと思っていますので応援よろしくお願いします。
それでわ、しーゆーあげいん!

〈加筆修正一覧〉
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。