FAIRY TAIL The Travelogues of Phantasm   作:水天 道中

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サブストーリー集を書く、と予告してから、大分(だいぶ)時間が経ってしまいました。楽しみにしていて下さった方、すみません!
それではオリキャラ達による裏話集第1弾、どうぞ!


幕間
第12話 赤髪の救世主(メサイア)


 時はX七九二年、フィオーレ王国で『妖精の尻尾(フェアリーテイル)』が闇ギルド『冥府の門(タルタロス)』を下した、その翌年の春先。

 フィオーレ王国の東側に位置する森の中で、少女が独り、(ひざ)を抱えて座り込んでいた。

 不意に全身を(すさ)まじい気怠(けだる)さが(おそ)い、意識が遠のきかける。

 もう、どうすればいいのかわからない。少女には、帰る場所がないのだ。

 目を閉じると、最初に思い返すのは、騒がしくも温かい笑い声。

 そう。少し前まで、少女もごく普通の家庭の一員だった。生来(せいらい)の明るさから、一家に笑顔をもたらす存在。その活発さは両親に(わず)かながら心配をかけるほどだった。

 しかし、ある日を境に、その生活は一変することとなる。

 空一面が雲に包まれ、雷が鳴る中。それでも少女は元気一杯に外を走り回っていた。少女には、雷の鳴る音にある種のスリルを覚え、遠雷(えんらい)のもたらす轟音(ごうおん)にも(おく)さない豪胆(ごうたん)な一面があった。

 だが、それがきっかけとなり、少女を不幸が(おそ)う。

 家の前の広い草原で走り回っていた少女の頭上で突如(とつじょ)空が(うな)り、一筋の閃光(せんこう)となって少女めがけて降り注いだのだ。

 そこから何が起こったのか、少女は知らない。目が覚めると右(うで)には凄惨(せいさん)な傷跡が刻まれ血液を(したた)らせ、辺りの草原には両親が転がっていた。

 彼らが動き出すことは、もう二度となかった。

 それから少女は家を飛び出し、街に向かった。

 しかしそこで、少女は(あら)たな問題に直面することになる。

 街中で少女が近づいたもの、触れようとしたものすべてが電撃(でんげき)が走ったように傷つき、または破壊されてしまうのだ。

 恐怖に()られた少女は立ち寄ったパン屋から思わずパンを(いく)らかかっぱらい、その場から逃げ出した。

 目つきが悪くなった。

 落ち延びた先々で、生きるために殺人以外のありとあらゆる犯罪をして命を(つな)いだ。

 人を信じることをやめた。

 それからどれくらいが()っただろうか。近くに街もなく、人気(ひとけ)もないこの森に辿(たど)り着き、現在に至る。

 その時、背後に立つ木から一羽の小鳥が舞い降り、少女の目の前の地面にとまった。

 その愛らしい姿に、少女は思わず手を伸ばす。

 しかし直後、空から一筋の閃光が降り注ぎ、無慈悲にも少女の目の前に落ちた。

 少女は再び(ひざ)を抱えて小さくなる。

 少女の(ほお)を、一筋の涙が走った。

 ──どうして、こんなことになったんだろウ? 私はただ(みんな)と仲良くなりたイ。それだけなのニ。(だれ)も傷つけたくなんかないのニ……ッ。

 

 

      1

 

 

 X七九二年、某日(ぼうじつ)

 青年、ラグリア・オズワルトは王国政府からの通達を受け、ERA(エラ)にある魔法(まほう)評議会会場を訪れていた。

 室内には聖十(せいてん)大魔道(だいまどう)と呼ばれる、大陸で最も優れた十人の選ばれし魔導士(まどうし)の内数人が(ひか)えている。

「魔導士、ラグリア・オズワルト」

 魔法評議院新議長にして事実上の序列一位、イシュガルの四天王の一人でもある男性、ハイベリオンの(りん)とした声に、ラグリアは背筋を正す。

「貴君はその(たぐい)まれなる才能を(もっ)てこれまでに数々の善行を成し、またこのイシュガルに暮らす多くの民に幸せと平穏をもたらした。──以上のことから、我々評議院は協議の結果、貴君を(あら)たな聖十大魔道の一員として(むか)え入れることを決定した」

 その場にいた一同が一斉(いっせい)に拍手する。ハイベリオンはその口元にわずかに(おだ)やかな笑みを(たた)えた。

「ラグリア・オズワルト。貴君はこの決定を受けるか?」

 ラグリアはその場でひざまずき、答えた。

 

 

「──はい、喜んで」

 

 

 自宅ヘと帰る道すがら、ラグリアは右手を持ち上げ、視線を落とした。

 ──この僕が、聖十大魔道とは、ね……。

 先程(さきほど)の式典でハイベリオンが口にした口上を脳内で反芻(はんすう)してみる。

 『貴君はその類まれなる才能を以て──』

 才能。自分の最も得意とする魔法(まほう)、『具体化(リアライズ)』のことを言っているのは言うまでもないが、自分はこの力に嫌悪を覚えていた。

 ラグリアがこの魔法に出会ったのは、まだ魔法学校にいた(ころ)だった。魔法の勉強をしようと魔法書を読み(あさ)っていたところ、ふとこの魔法の名前に目が()まったのだ。

 当時、自分はなにをしても平々凡々(ぼんぼん)な、ごく普通の学生だった。しかしこの魔法との出会いが、その生活を一変させることになる。

 筆記、実技試験の首位通過。更には私生活でも何度となくこの魔法に助けられた。

 ここまでを客観的に見るなら、自分は『素晴らしい才能をもった優秀な魔導士(まどうし)』と映るだろう。だが裏を返せばそれは、この魔法が無ければ(たい)した功績も上げられない、ただの成り上がり者だと言える。

 それに、自分は目立つ行動を取るのが嫌いだ。それはもて(はや)される利点がある一方で、自分の身を危険に(さら)すリスクを負うことにもなるからである。

 リスクという点では、この魔法を嫌う理由についてもう二つほど挙げられる事実がある。一つ目は、この魔法を手にしてからというもの、様々な(ねた)みを買ったことだ。

 自分はなにもしたつもりはないのに、周りが勝手に妬み、又は()(たた)える。この魔法を手にした結果当然のように与えられたその環境が、自分には(ひど)く苦痛だった。

 もう一つは、この魔法の特性である。自分は一度、この魔法の真の力を試そうと思って、両手での使用を練習したことがある。しかしそれが、間違いの始まりだった。

 この魔法、『具体化』にはただ一つ、恐ろしいデメリットが付きまとう。それは簡潔にいうと、『全力での発動が出来ない』ということ。より詳しく言えば、この魔法を百%の力で使ったが最後、脳に過剰(かじょう)な負荷が掛かり、全血管が破裂、使用者自身の命を奪ってしまうというものだ。

 自分はまだ運が良かっただけなのかもしれない。徐々(じょじょ)に魔力の出力を上げていくという方法を取ったことで、脳に掛かる負担は軽減されたのだから。代わりに、一生落ちない血の色が頭髪に染み付いてしまったわけだが。

 話を戻そう。先ほどの話に付け加えていうならば、この一年を思い返しても、なにかハイベリオンの言うような特別なことをしたという自覚はない。読書をしながらのらりくらりと過ごし、思い出したように運動がてら遠くの街まで散策に行き、そうして自分の一日は過ぎていく。そして気付いた時には一年が過ぎていた。それだけのことだ。

 これから先、また自分はそうして過ごしていく。それで本当に良いのだろうか? 

 (あら)たな聖十(せいてん)の一員として、もっと出来ることがあるのではなかろうか……。

「おいコラ、どこ見て歩いてんだテメェッ」

 ラグリアを際限ない自己否定と責任感の(うず)から救ったのは、突如(とつじょ)耳に飛び込んできたガラの悪い男の声だった。

 見ると路肩の木の陰で、へたり込んだ十歳前後の金髪ツインテールの少女に、不良のような三人の少年が(から)んでいる。

 普段の自分なら関わることを嫌っただろうが、幸か不幸か近くには自分の他に(だれ)もいない。

 ラグリアは一つ(うなず)くと、まっすぐ彼らの元ヘと歩いていった。

 とりあえず親呼べや、といって足で少女を小突(こづ)いているリーダー格の少年の後ろから、出来る限り自然体を(よそお)って声をかける。

「あぁ、こんなところにいたのか! やっと見つけたよ!」

 不愉快そうな顔で振り返る少年達を無視して、彼らの間に割って入ると、「さぁ、来るんだ」といって呆然(ぼうぜん)としている少女の手を取る。

「おい待て、テメェが保護者か?」

 強引に立ち去ろうとしたラグリアを、案の(じょう)というべきか少年達が取り囲んできた。

 ラグリアは努めて冷静に混ぜ返す。

「あぁそうだ。正確にはこの子の親戚(しんせき)だけどね。何か用かな?」

 まんじりともせずにラグリアが少年を見ると、少年はわずかに気圧(けお)されたような表情をする。(なお)もラグリアが視線を()らさずにいると、少年は(きびす)を返し、「……おう、行くぞ」といって仲間を引き連れて去っていった。

 その背中を見送ってから、ラグリアは少女の手を(はな)し、素早(すばや)く彼女の体に視線を走らせる。とりあえず、目立った怪我(けが)はしていないようだ。

 見ると少女は、猜疑(さいぎ)(こご)った(ひとみ)でラグリアを(にら)み上げていた。

 ラグリアは少女を刺激しないように、慎重(しんちょう)に言葉を(つむ)ぐ。

「……(おどろ)かせてしまって済まなかったね。君、名前は?」

 少女はラグリアを睨みつけたまま答えない。

「どこから来たのかな。街はまだずっと遠くのはずだけど」

 少女は答えない。

親御(おやご)さんは? なんでこんなところに一人でいるんだい?」

「…………」

 ラグリアは処置なしと鼻からひとつ息を吐き、少女から視線を上げて遠くの街を見やった。

「……そうか。それならひとまず、僕の家に──」

 その時、少女がいきなりラグリアを突き飛ばして()け出した。

 不意を突かれた驚きに立ち(すく)んでいると、右手に(なぞ)の違和感を覚え、視線を落とす。

 例によって『無意識に』動いたのだろう右手には、小さな電流が走っていた。

「これは……魔法……?」

 ラグリアが手を開閉しながら(つぶや)いた直後、どさりと何かが(くず)れる音が聞こえ、顔を上げる。

 少女は、ラグリアから数メートル離れたところで、糸の切れた人形のように倒れてしまっていた。

 

 

 気を失う直前に頭に浮かんだのは、『もう苦しまなくても良いんだ』という安堵(あんど)の言葉だった。

 死ぬことに対して、恐怖がないといえば(うそ)になる。自分はありとあらゆる手を使ってやっとのことでここまで辿(たど)り着いたのだ。それなのにこんな、街からも離れた何もない道端で行き倒れるなど、不条理にも程があるではないか。

 しかし同時に、(あきら)めの感情も胸中にあった。いくら活発さが取り()の自分といえど、もう何日とまともな食事にありつけず、ロクな睡眠も取れていないのだ。そんな状態で人気(ひとけ)のない道をさ迷い続け、最後に(だれ)かが助けて生きる希望を持たせてくれる。そんな感動的展開が有り得るのは、絵本か小説の中だけだ。

 助ける、といえば、先ほど自分が突き飛ばした男。彼がまだ近くにいたはずだ。しかし、自分は差しのべられたその手すらも振り払って逃げてしまった。

 人を信じることをやめてしまった自分に、安らかな死に様など与えられるはずもない。

 そこまで考えて、ようやく気付く。

 強烈な目眩(めまい)(おそ)われ、地面に倒れ込む刹那(せつな)の思考にしては、やたらと長くのんびりとしている。そもそも背中を押し返す感触が妙にふわふわと柔らかい。それに、何か柔らかいものにくるまれている。

 ゆっくりと(まぶた)を持ち上げると、いきなり飛び込んできた光に目を(すが)める。頭上で自分を照らしていたのは、きらびやかなシャンデリアの(あか)りだった。そして、どこか(なつ)かしい木製の天井(てんじょう)

 自分は大きなソファに()かされ、体には毛布が掛けられていた。しかし、なぜ?

 慎重(しんちょう)に上体を起こし、再び倒れ込みそうになりつつ視線を(めぐ)らせると、その疑問はすぐに氷解(ひょうかい)した。

 キッチンらしき作業場でこちらに背を向け、何かを煮込(にこ)む長身の男。その長めの頭髪はまるで血が(にじ)んだように赤黒く、自分が気絶する直前まで近くにいたあの男性で間違いあるまい。

 男性は脇に置いていた器に目の前の大(なべ)から二杯のスープのようなものをよそると、(ぼん)()せたそれらを持ってこちらに向き直り歩いて来ようとして、そこで自分に気付いたらしい。(つか)の間軽く目を見開き、柔和(にゅうわ)そうな微笑を浮かべる。

「あぁ、良かった。気がついたんだね」

「…………」

 少女が押し(だま)っていると、青年はゆっくりとこちらに歩いてきて、自分と少女の目の前にそれぞれ器を置く。案の(じょう)というべきか、出されたのは温かいコーンスープらしい。

「……なんデ」

 そこで初めて声が出ることに気づき、少女は続けた。

「なんデ、助けたノ?」

 青年は一瞬(いっしゅん)動きを止め、困ったように後ろ頭を()いた。

何故(なぜ)、か……。確かに、どうしてだろうね。上手(うま)く言えないけど、君が大変そうにしていたから……かな?」

 そんな理由だけで、人は初対面の他人を助けるものなのか。ましてや少女が突き飛ばした時、彼も自分が持つ『力』に気付いたはずだ。それでもなお救いの手を差しのべてくる以上、そこに何かしらの下心があると考えるのが自然なのではないか……。

「まぁそんなことより、食べると良い。お腹が()いているんだろう? 詳しい話は、その後だ」

 (なぞ)の青年は(おだ)やかな口調でそう告げると、自分のスープに手をつける。少女もそれを見てから、ゆっくりとスプーンを手に取り、スープを一口すすった。

 次の瞬間(しゅんかん)、少女は目を見開く。

 美味(おい)しい。自分が家で食べてきた料理を軽く超えるであろうその味に、気付けば無我夢中で器の中身を平らげていた。

 青年は穏やかに目を細めてその様子を見守っていた。

「うんうん。それだけ食べられる元気があるなら、ひとまず安心だね」

 少女は食器を置くと、再び口を開く。

「どうしテ、こんなことしてくれるノ?」

「ん? はっきりした理由は、済まないが(ぼく)にもよくわからない。ただ言えるのは、君が何か、大きな悩み事を抱えてるんじゃないかと直感した。だから君を助けることに決めた。それだけさ」

 あくまで穏やかな笑みを(くず)さない青年の真意が読めず黙り込んでいると、青年が居住(いず)まいを正した。

「そうだ。そもそも、名前も名乗らない知らない人からいきなり助けられて、信用しろという方がおかしな話か」

 青年はこちらに手を差し出しながら苦笑気味に笑う。

「僕の名は、ラグリア・オズワルト。改めて聞かせて欲しい。君の名前は?」

 差し出された手をしばらく見つめた後、少女も恐る恐るその手を(にぎ)り、答えた。

「……セリナ。セリナ・ロゼルタ……九歳」

「セリナちゃん、か。良い名前だね。しばらくは、ウチでゆっくりしていくと良い。これからもよろしく」

 それが少女──セリナ・ロゼルタと、聖十(せいてん)大魔道(だいまどう)新序列十位、ラグリア・オズワルトの出会いだった。

 

 

      2

 

 

 それから数日は、セリナの体力の回復を待つことにした。

 セリナはあまり自分の事について語ろうとはしなかったが、ラグリアと会うまで何日も、あるいは何週間とあの森の周辺をさ迷っていたのは聞くまでもない。

 そうしてセリナが外出できるまでに回復した、ある日。

 ラグリアはセリナを連れて、自宅からほど近い──というにはやや距離のある十キロほど離れた森の中を歩いていた。

 行き倒れていたセリナにいきなり長距離を歩かせるのは忍びなかったが、頼れる人物が一人しかおらず、弱冠(じゃっかん)九歳の少女を刺激し過ぎないよう転移魔法(てんいまほう)を使えないことも考えると、(いた)し方なかった。

 と考えている間にも、案の(じょう)というべきか、例によって道に迷った。仕方なくセリナを近くの倒木に座らせると、(そろ)えた右手の人差し指と中指をこめかみに当て、思念(しねん)伝達(でんたつ)魔法の一種、『念話(ねんわ)』の構えを取る。

「聞こえるかい? 実はいま、君の家を目指して森を歩いてたんだけど──」

『──また迷った、と』

 ラグリアの数少ない知り合いの一人、カリンの(あき)れ返った声がすぐに返ってきて苦笑する。

「そういうわけなんだ。でも、今回はちょっと事情があって、アレは使っていない。単純に道に迷って困ってるんだ。いつも通り、頼めないかな?」

 ラグリアの声音(こわね)のわずかな変化から状況をある程度察したらしい小説家の少女は、少しの間考え込むように沈黙(ちんもく)した後、すぐにいつもの調子で答えた。

『……。……わかったわ。すぐに警備(けいび)中のコを送るから、大人(おとな)しくそこで待ってて』

 (うで)を降ろし、先ほどから落ち着きなく体をむずむずとさせていたらしい少女に向き直る。

「すぐに助けが来るよう手配したから、安心していいよ」

 ラグリアは努めてゆったりとした動作でセリナの(となり)(こし)を下ろすと、コートのポケットから愛読書を取り出して読み始めた。

 セリナは辺りの木々を眺めながら何か考え事をしているようだったが、少しして不意にラグリアのコートの(そで)を引っ張ってくる。

「それ何?」

「この本かい? これは……」

 読んでいる箇所(かしょ)(しおり)を挟み、表紙を眺める。タイトルは『ブラック・メモリー』。

「そうだね……。セリナくらいの女の子と暮らす学生の男の子が主人公の、バトルアクションものの小説、だね。暗くて怖い部分もあるし、セリナにはまだちょっと難しいかな」

「そっカ」

 それから特に話す言葉もなく、ただひたすらに時間だけが流れた。

 しばらくして、(ひか)えめにコートの(すそ)が引かれる。

「ん?」

「ねぇ、あレ……」

 セリナが指差す先を見ると、果たしてそこにはラグリアの予想した通りの光景が広がっていた。

 地面から一メートルほどの空中で風もないのにゆらゆらと()れながら、静かな燃焼音(ねんしょうおん)とともに青白く輝く物体。

 このまま放置してもなにも問題がないのはわかっていたが、現にセリナが恐怖を感じている上、これ以上彼女のトラウマを増やすわけにもいかないので、ラグリアはすぐに明るい声を出す。

「あぁ、あれが僕の呼んだ助けだよ。ちょっとここで待っていてくれるかい? すぐに終わる」

 セリナが不安そうに(うなず)いたのを確認してから立ち上がり、青白く輝く物体に向かってまっすぐ歩いていくと、自然体を(よそお)って話しかける。

「助けに来てくれてありがとう。……ところで、こちらの声は聞こえてるんだろう? その、言いにくいんだけどさ、この人形のデザインは、どうにかならないものかな?」

 そう。これは、小説家でありトレジャーハンターであり、さらに魔導士(まどうし)でもある少女、カリンがこの魔法の森を警備するために設計、製作した人形だ。

 監視(かんし)、通信、通話とその用途は様々で、こうして話しかけるとこの森のどこかにあるカリンの家と連絡が取れる、というわけだ。ただ、その姿形がどう見ても立方体形の一つ目の頭蓋骨(ずがいこつ)──要は、この薄暗い森と相まって完全にお化けにしか見えないのである。

 ラグリアの言葉に呼応(こおう)するように青白い炎が消え、頭蓋骨の中央部にはめ込まれた通信魔水晶(ラクリマ)に不服そうな金髪の人形遣いの顔が映し出された。

「ホント、あなたって失礼なコト平気で言うわよね。あのねぇ、前にも言った通り、私はこのデザインが気に入ってるんであって、なにも骸骨(がいこつ)が好きなわけじゃないの。そして一度作り上げた作品には(たましい)が宿るから、それを壊して作り直すなんてことは作品に対する冒涜(ぼうとく)になるの。わかる?」

 苦笑と共にラグリアがこくこくと頷くと、カリンは続けた。

「まぁいいわ、その代わり、後でみっちり説教してあげるから覚悟(かくご)なさい」

「あぁ、それなんだけど……」

 ラグリアは声のトーンを落として告げる。

「君からは見えないだろうけど、僕の(そば)に君に会ってほしい()がいるんだ。だから詳しい話はまた今度聞かせてくれないかな?」

「それは……どういう……?」

「頼む。僕もまだ状況がよくわからないから君に相談しに来たんだ。いまは何も聞かずに案内してくれないかい?」

 カリンはすぐに表情を改めると、神妙(しんみょう)に頷いた。

「じゃあ合図を送るから、ちょっと見ていてくれ」

「わかったわ」

 カリンが通信魔水晶から離れてしばらくしてから、頃合いを見計らって、ラグリアは右拳(みぎけん)魔力(まりょく)を集め、真上に突き上げながら解き放つ。

 ラグリアの拳から放たれた日光は、その強い光で昼空にもはっきりと花火よろしく聖十(せいてん)の称号を刻んだ。

 少しして、カリンが戻って来た証拠に、彼女の顔が通信魔水晶に映り込む。

「たったいま、サインを確認したわ。そこからなら、私の案内なんてなくてもすぐに着くわよ?」

「それじゃあ、方向と行き方だけ聞いて良いかな?」

「すぐ近くに、小さな倒木があるでしょ? そこから左にまっすぐ行って、三本並んだ木を通り越したところよ」

「本当にすぐだったね。君の案内がなくても辿(たど)り着けたかもしれない」

「仮定の状況を想像する余裕(よゆう)があるなら、今後迷わないようになる方法でも考えなさい」

 カリンのキツい一言に、苦笑するしかないラグリアだった。

 

 

 ラグリアがカリンの家の戸をノックして開ける間、セリナはずっとラグリアの後ろに隠れていた。

 近づいてきたカリンもその事に一瞬(いっしゅん)気づかなかったのだろう。歩いて来ながら、おや、という表情になる。

「この()が、私に会わせたいって言ってた娘ね?」

「あぁ、ついこの間、行き倒れになっていたところを偶然助けてね。名前はセリナだ。セリナ・ロゼルタ、まだ九歳らしい」

「ふーん」

 カリンは(ひざ)に手を()せると、セリナに顔を近づける。セリナが一歩退いた。

「初めまして、怖がることないわ。私はカリン・ミナヅキ。この人の友達よ」

 良いものあげるわ、といって、カリンは(にぎ)った右手を差し出してセリナの目の前で開いてみせる。そこには小さな紫色の宝石が載っていた。

「これはアメジスト。触っていれば、気分が落ち着いて楽になるわよ」

 セリナが恐る恐るそれを受け取ると、少ししてわずかに緊張が(ほぐ)れたのがわかった。いままでずっとラグリアのコートの(すそ)(つか)んでいた手が自然に離れる。

「ありがとう。君に会わせて正解だったよ。こんな芸当、僕には絶対に出来ないからね」

 ラグリアの言葉にカリンは得意そうな笑みを浮かべると、そのまま無言で入室を(うなが)す。

 セリナに右手のリビングに行くようにいうと、ラグリアはカリンを追って左手の書斎奥の戸をくぐった。彼女は宝石や魔水晶(ラクリマ)を扱わせると抜群に才能を発揮するが、料理の事となると自分がいなければとてもまともに作業できない。よってセリナに出す料理を作ろうというカリンには、いうまでもなく監督(かんとく)役が必要なのだ。

 自分と出会うまで彼女が一体どういう食生活をしてきたのか料理好きなラグリアとしては(おお)いに気になるところだが、ここは『優しくてかっこいいお姉さん路線』でいこうとしている彼女の気持ちを尊重して、何も聞くまいと自制しておく。

 今日の昼食はハンバーグにしようと決まり、ラグリアはハンバーグを、カリンは副菜の付け合わせを用意することにした。

 料理が無事完成し、心細そうに席に着いていたセリナの下に運んでいく。

「さぁセリナちゃん、今日のお昼はハンバーグよ!」

 いつになくテンションの高いカリンが皿をセリナの前に置いた、その時だった。

 セリナが顔をしかめたかと思った途端(とたん)、彼女の目の前でいきなりバチッと火花が散った。

「「え?」」

 二人して呆然(ぼうぜん)と目を見開いていると、ブスブスという音がして皿から白煙(はくえん)が上がる。

 見ると、付け合わせの野菜(いた)めだけが真っ黒に焼け焦げていた。

 カリンが肩を震わせ始める。恐らく、泣くのを(こら)えているのだろう。

「わ、私の……私の野菜炒め……」

「か、カリン、しっかり……。セリナ、何をやったのかな?」

 責める口調にならないように気をつけながらラグリアが問うと、セリナはボソリと答える。

「私……野菜嫌イ……」

「だからって、人から出されたものをいきなり焼くのはいけないよ……」

 二人の間に(はさ)まれたラグリアとしては、そういって聞かせるのが精一杯だった。

 

 

      3

 

 

 カリンとの相談の結果、ラグリアの家でセリナを静養させるのが最善だろうという結論に至り、しばらく()ったある日のこと。

 ラグリアがいつも通りキッチンで献立(こんだて)を考えていると、おもむろに服の裾が引かれる。

「ん? どうしたんだい?」

「私も……何か作ってみたイ……」

「ほう! それは素晴らしい心がけだね。しかし、セリナが作れるものとなると……そうだね、カレーでも作ってみようかな?」

 ラグリアが見ると、セリナの(ひとみ)にわずかながら光が宿った。

「私……カレーは大好キ……」

「そうか……。よし! そうと決まれば、まずは材料の下ごしらえからだね」

 ラグリアが野菜を並べ始めるとセリナがあからさまに不機嫌になったので、なんとか言いくるめながら準備を進める。

 野菜の切り方を覚えた後のセリナは、心なしか楽しそうに見えた。

「これを切って……そう、押さえる手には気をつけてね。それが終わったら、こっちに入れるんだ」

 ラグリアの指示通り具材を(なべ)に入れていく間、セリナは心の中で(つぶや)いていた。

 ──私ももうちょっとお母さんと過ごせたら、こんな事もできたんだろうナ……。

「次に、火を()けるんだけど……これはちょっと危ないから──」

「いいノ、私がやル」

 ラグリアはセリナを見てから、すぐに身を引いた。

 といっても、セリナもどうすれば良いのかわかっているわけではない。料理をやりたいと言ってしまった手前、最後まで自分でやってみたいという好奇心が、セリナにいまのような台詞(セリフ)を言わせたのだった。

 改めてキッチンの設備を見て、軽く後悔する。

 恐らくあのカリンという女性が造った火を点ける為の装置なのだろうが、セリナの目の前にはいくつものスイッチらしき突起が並んでいたのだ。

 セリナの家は特別裕福(ゆうふく)でも貧乏(びんぼう)でもなく、生活に必要なものは一通り揃っていたが、もちろんこんな装置は見たことがない。

 とりあえず、火を点けるだけだ。簡単なことじゃないか。そう自分に言い聞かせながら、おそるおそる手を伸ばす。

 まずは一つ目。なにかが作動したのはわかったが、自分はいま何をしたのだろう。

 二つ目。変化なし。

 三つ目──を触る前に、セリナの脳裏(のうり)にある考えがよぎった。

 数週間前、カリンの家を訪ねて食事を振る舞われた際、セリナは野菜炒めを電流で()()()()()

 あの『力』の使い方が、そのまま使えるのではないか。

 セリナは一歩下がると、両手を振り上げた。

 ──火を点けるだケ。それだケ……ッ。

「えイッ」

 直後、セリナの予想を完全に裏切る現象が起きる。

 セリナが放った電流がすべて装置内部の着火機構に吸い込まれ、見事なまでに『力』が暴発。装置が故障爆発(ばくはつ)し、キッチン全体に炎が燃え広がったのだ。

「うワッ! ──えっト、み、水、水……ッ」

「──大丈夫」

「エ……?」

 ラグリアの落ち着いた声に振り返ると、セリナは呆然(ぼうぜん)と目を見開く。

 燃え広がった炎の動きが、完全に停止していた。まるで、キッチンの周辺だけ時間が止められたような光景に、わけもわからずセリナは(となり)に立っていた青年を見上げる。

 ラグリアはキッチンの惨状(さんじょう)には目もくれず、セリナに幾度(いくど)となく安心感を与えてきたいつも通りの微笑を浮かべていた。

「これが僕の魔法(まほう)、『具体化(リアライズ)』だよ」

 一拍(いっぱく)おいて、ラグリアは続ける。

「簡単に言うと、僕の能力で炎が広がるのを止めたんだ。あとは、このキッチンの周りの空気をどければ……」

 ラグリアがパチン、と指を鳴らすと、炎が何事もなかったように消える。

「燃やすものがなくなって、炎は消える」

 セリナが目をぱちくりさせていると、ラグリアは苦笑した。

「まぁ、この魔法の効果を説明するのはちょっと難しいかな。ところでセリナ、僕と出会う前と後で、君の周りで何か変わったことがなかったかい?」

 そう言われて、セリナはここしばらくの出来事を思い返してみる。そこで、あることに思いいたり、顔を上げた。

「私の『力』が、弱くなってル」

 ラグリアは一つ(うなず)いた。

「うん。正確には、君のその『力』が暴走しないように、リミッターを付けさせてもらった」

「リミッター……?」

「そう。僕の魔法……『力』はね、形のないものや目には見えないもの……例えば炎とか、空気とかを自在に操ることができるんだ。

 セリナの『力』、つまり魔法は、『電流(エレクトリシティ)』という名前の、電気を操るものなんだ。詳しいことも、色々調べさせてもらった。

 セリナの魔法はとても強力だけど、代わりに大きな危険が付きまとうものだ。それは、魔法を使っている君自身が一番よくわかっているだろう」

 セリナが頷くと、ラグリアは続ける。

「そこで僕は、君の身体(からだ)に力を(おさ)えるリミッターを魔力(まりょく)でくっつけることで、魔力をある程度コントロールできるようにしたんだ。

 これは目に見えるものじゃないし、(だれ)にも触ることはできない。もちろんセリナにも、僕にもだ。だけどこれで、かなり力を制御し易くなっただろう。

 なにも(あせ)ることはない。それに、もう何も怖がらなくていい。セリナはこれから僕と一緒(いっしょ)に、ゆっくり時間をかけて、魔法を自由に使えるように練習していけばいいんだ。セリナのことは、責任をもって僕が面倒をみよう」

 ラグリアが(やわ)らかく微笑(ほほえ)んだのを見て、セリナの中でなにかが(はじ)けた気がした。同時に、涙がとめどなく(あふ)れ出してくる。

 セリナは必死でそれを(ぬぐ)うと、顔を上げて破顔(はがん)した。

「ラグリア、ありがとウ」

 思えばこれは、セリナが自宅を飛び出してから、初めて見せた笑顔だっただろう。




はい、今回は第1、2話に登場した彼らの出会いの物語でした。
セリナのバックグラウンドのイメージとしては、命の重みを忘れていない時のゼレフと、ブラック・ブレットの延珠(えんじゅ)の過去を混ぜ合わせた感じです。
FTのギルドメンバーは何かしら暗い過去を抱えているという初期の設定を意識して創り上げました。この想いが読者の皆さんに上手く伝わっていれば幸いです。
それでわ、しーゆーあげいん!
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