FAIRY TAIL The Travelogues of Phantasm   作:水天 道中

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やって参りました、オリキャラ達の織りなすサブストーリー集第2弾!
それでは、どうぞ!


第13話 (くら)水晶(すいしょう)の迷宮

 宝石。それは、何十種とある鉱物の内、美しく輝くものを指す言葉だ。

 古来より人はその輝きに神秘的なものを感じ、独自の解釈によって各々(おのおの)をあるものの象徴、また、超自然的な力が宿るものとして信じ、大切にしてきた。

 例えば翡翠(ひすい)。フィオーレ王国の王女であるヒスイ・E・フィオーレの名前としても有名なこの緑色の石は、身に着ける者にその魔力(まりょく)による強い加護を与える力をもつ。

 緑、といってまず思い浮かぶ宝石の一つとしては、エメラルドがあるだろう。名誉の象徴とされるこの石には、危険を察知すると色がくすむという魔力がある。

 同じような能力をもつ石に、ルビーが挙げられる。これは幸福の印。さらに、そこから派生して恋愛運を引きつけるともされている。また、所持する者に病気や毒に対する耐性をわずかだが与える力もある。

 黄金(こがね)色に輝くトパーズは、誠実の象徴。その魔力は特殊で、身に着ける者の心の眼を洗い清め、真実を見せたり、精神を落ち着ける効果をもつ。そして何より特筆すべきは、更に強い魔力をもつものの場合、霊界との通信を可能とするものもあるという点だ。

 七色に輝く希望の象徴オパールは、触れた者に時折未来の映像(ビジョン)を見せることがある。群青(ぐんじょう)色の岩絵の具として芸術家に高い人気を(ほこ)るラピスラズリは、神力の象徴。前述のオパールの効能を高める魔力をもっている。

 宝石の王者ともいえるダイアモンドは、純潔と力の象徴。その(たぐ)(まれ)なる輝きは多くの人々を惑わすが、同時に力や欲に(おぼ)れた者には恐ろしい天罰(てんばつ)を下す。

 以上のように、宝石と呼ばれる鉱物の中には、(まれ)に強い魔力をもっているものも、数多く存在するのだ。

 

 

      1

 

 

 トレジャーハンターの女性、カリンの朝は早い。日の出頃には目を覚まし──この魔法(まほう)の森の中でもカリンの家の周辺だけは開けているのでそれがわかる──脇の短い梯子(はしご)を降りると、シャワーを浴び服を着替える。自宅横に接合された倉庫へと向かいながら、今日は気分転換も兼ねて仕事に向かってみようと考えた。

 カリンの身支度はまず、装備の確認から始まる。貴重品入れからずっしりと重みのある特注品の金属のベルトを取り出してきて、机上(きじょう)に置く。考えることしばし。

 今日の気分から瞬時(しゅんじ)にベルトの装飾パターンを決めると、あとは早かった。

 カリンの操る『結晶魔法(クリスタルマジック)』には、精神を集中させて丁寧(ていねい)に多めの魔力を込めることで、その石が本来もつ魔力を何倍にも増幅・引き出すことを可能とする性質がある。

 精神の安定を与えてくれるアメジストとトパーズは両端に、その内側には傷や毒を()やす効果のあるルビーとエメラルド。更に内側には未来を垣間(かいま)見せるオパール、その効果を増幅するラピスラズリ、そして最後にダイアモンドを設置。

 一つ(うなず)くと、一層重みを増した特製のベルトを腰に巻き、家を出た。向かう先はカリンの苦手な、それもむさ苦しい男達の()まり場だ。

 カリンが暮らす魔法の森には、一日にほんのごく(わず)かずつ植物達の植生が変わるという特徴がある。その変わり方にはある程度の法則があるのだが、たった一週間外に出なかっただけでも(おどろ)くほど変わっている部分もある。カリンもここに家を構えて三年以上が()つが、いまだにその規則性の半分も頭に入っていない。

 しかし、そんな時の助けこそが、カリン愛用の警備員たちだ。

 まっすぐ前方、目の高さに右手を突き出してコマンドを発声。

「さぁスカルちゃん。来て、私のかわいい使い魔」

 やがて薄暗い森の中から、青白い火の玉がカリンの元へとやってきた。

 スカルちゃん。カリンが製造、命名した忠実な魔法人形だ。彼らは一号機から四号機までがあり、それぞれ通信、通話、監視、警備と目的に一対一(いったいいち)対応で魔力が込められた魔水晶(ラクリマ)を内蔵している。

 カリンが呼び寄せたのは、監視や偵察(ていさつ)に特化した一号機。

「目的地、トレジャーハンターギルド『光精の樹(アルフ・ツリー)』」

 再び、今度は道案内用のコマンドを音声入力すると、ややもせずスカルちゃんは森の外へとカリンを導き始めた。

 

 

「おッ、プリンセスのお出ましだぜ」

「ホントだ、珍しいな、カリン」

「私は(プリンセス)じゃなくて、女帝(エンプレス)よ」

 ガラの悪い男連中の冷やかしをすまし顔であしらうと、カリンはギルドの一角に座る。

「あ、カリンじゃん、久しぶりー。元気にしてた?」

 横合いからかけられた声に顔を上げると、カリンはハッとして軽く目を見開いた。

「サラじゃない。身体の方はもう大丈夫なの?」

 サラ・ヘンドリックス。さらさらとした銀髪を一つの三つ編みに束ねて肩から垂らし、白いブラウスを着込んだお(じょう)様然とした姿は、こんな男臭いギルド内には似つかわしくなく、自分よりも『女王(エンプレス)』の呼び名が似合いそうだといつ見ても思う。自分が心を許そうと思える数少ない女友達の一人だ。

 彼女はやや病気がちなところがあり、カリンとはお互いあまり人混みが好きではないこともあって、なかなか顔を合わせる機会がないのだ。

 サラは人見知り気味な笑みを浮かべて答える。

「うん、もう大分(だいぶ)。カリンこそ、しばらく見ないから心配してたよ〜。家まで様子を見にいくわけにもいかないし……」

大袈裟(おおげさ)ね。まだ一週間も()ってないじゃない。こんなの私にとっちゃ、引きこもった内にも入らないわ」

 目線で着席を促すまでもなく、サラはいそいそとカリンの目の前の席に座ると、両(ひじ)(つくえ)に突いて身を乗り出す。

「それで、今日はどんな仕事にいくつもりなの?」

「ん〜? そうねぇ……」

 カリンは言いながら手の上に円盤(えんばん)状の望遠魔水晶(ラクリマ)を造り出すと、ギルドの端に置かれた掲示板を眺める。

 少しして目星をつけると、サラを引き連れて歩いていった。

「これかしらね」

 カリンは一枚の紙を千切(ちぎ)って(となり)の友人に見せる。『HUNTING』。文字通り、獣の捕獲を意味する依頼だ。五万(ジュエル)〜七万Jと、なかなかオイシイ報酬(ほうしゅう)額である。しかし──。

「あぁ、ハンティングね。確かに簡単そう……ってちょっと待ってカリン。ホントにこれで良いの!?」

「え?」

 サラが目を()いたのを見て、改めてカリンも注意して依頼内容に目を落とす。そして驚きに声を上げた。

「ハァ!? 報酬十二万J!? どうなってんのよコレ!!」

 思わず大声を上げてしまいギルド中の視線を受けて首をすくめながら、もう一度視線を落とす。

 見ると獲物の絵はなんだか不気味な悪魔のような姿の怪物が描かれており、依頼の詳細説明にも『正体不明の怪物が夜毎(よごと)村の畑を荒らす』と書いてある。

 しかし、カリンはすぐに気持ちを切り()えた。

「そういうことね。大丈夫よサラ。どうせこの村の人達が話を盛って、ちょっと報酬を釣り上げてるんだわ」

 サラは釈然(しゃくぜん)としない様子だったが、彼女とて自分の力量を知らない訳ではない。カリンが重ねて大丈夫、というと、それ以上は追求してこなかった。

 仕事が決まれば、あとはやることは決まっている。ギルドの受付で依頼書を提出し、簡単な事前説明を受けるとギルドを後にした。

 

 

 しばらく汽車に()られ辿(たど)り着いたのは、近くに鉱山のある農村だった。

 カリンは駅から少し歩いたところに広がる光景を見て、すぐに違和感に気づく。一面に広がる畑は、その半分ほどが激しく荒されていたのだ。

 畑の一つに近づき(かが)んでみると、獣のものと(おぼ)しき足跡を見つける。大きさは約三十センチ。鳥やクマの足跡とも違う、異様な形状をしていた。

 家の一つを訪ね、話を聞くことにする。

 住人達は、口を(そろ)えて言った。

 この村には夜ごと、小悪魔が来る、と。

 一見気味の悪い話だったが、ただのモンスターが突然変異したものを思い違いしているだけ、ということも充分有り得る。

 カリンは村人達を安心させるべくあくまで気丈に振る舞うと、()()が出るという廃坑道(こうどう)の入り口に立つ。

 ベルトをみると、案の(じょう)というべきか、エメラルドやルビーの色がわずかに(くも)っていた。

 一歩()み出した、その時だった。

 おそらく手を降ろした際、偶然オパールに触れたのだろう。カリンの目の前に、瞬間(しゅんかん)的に予知(ビジョン)が展開される。それを見て、カリンは(まゆ)(ひそ)めた。

 ──なんだ、これは?

 竜のような巨大な怪物と対峙(たいじ)する、ロングコートを羽織(はお)った一人の長身の青年。

 予知はすぐに消えてしまったが、それが近い未来に起こり得る事実であることは痛いほどに理解できた。

 ──恐れるな、私。

 カリンは自分にそう言い聞かせると、あえて予知を頭から追い出し、視界の()かない暗い坑道へと進んでいった。

 

 

 カリンは、方位磁針(コンパス)の針を(てのひら)の上に魔力で造り出すと、スカルちゃんが発する青白い(あか)りや、道のところどころに生えている水晶(すいしょう)の輝き、ヒカリゴケのような植物の放つ光をランタン代わりに進んでいく。いま進んでいる方角はほぼ真東らしい。

 坑道の中は、その(せま)い入り口からは想像できない程に広く、複雑に入り組んでいた。カリンはその中を、長年の経験から得た(かん)を頼りに進んでいく。

 しばらくして、十字路のような場所に出た。スカルちゃんのまとう炎のわずかなゆらめき具合から、更に奥に進む道は左側と判断する。

 と、少しして、足が水()まりを()んだ。カリンがスカルちゃんに上昇の指示を出すと、骸骨(がいこつ)型の人形はやや上空に浮き上がり、強い光で遠くまで道を照らす。どうやら、ここから先は雨水の溜まってできた水道になっているらしい。

 カリンはすぐに情報をまとめると、考えうる最善の手を打つ。

氷結(ひょうけつ)の陣・雪時雨(ゆきしぐれ)ッ」

 叫ぶと同時にカリンの右掌が白い霧に包まれ、雪の結晶の形をした複数の小さな氷の(やいば)が放たれた。それらは水面(みなも)に当たるとたちまち(こお)りつき、細い氷の道を造り上げる。

 一つ(うなず)くと、迷いなく歩を進めていった。

 

 

 更に何度となくあった曲がり角を、道なりに曲がりながら進んでいくと、何時間か経過したところで今度は一気に視界が開けた。

 簡単にこの光景を言い表すなら、天然の地下神殿(しんでん)、といったところか。

 人工物ならざる天然の石柱が頭上から伸び、地面から生えた石柱と連なったものが無秩序(ちつじょ)に林立している。それらはすべて幅が三メートル以上もあり、視界を(さえぎ)られて奥行きが測れない。

 しばらく進んでいくと、どこからか、何やら鼻歌のようなものが聞こえてきた。タイミング良く大きな岩の(かべ)に行き当たったため、そこに背をぴったりとつけながら壁の端を目指して横歩きしていく。

 鼻歌は徐々(じょじょ)に大きくなっていく。どうやら、この先にまだ空間が広がり、そこにいる人物が何か一人で(しゃべ)っているらしい。しかし、こんなところに、人間?

 カリンがベルトを確認すると、ルビーとエメラルドの輝きがほとんど失われていた。ここまで色がくすんだのを見るのは何ヶ月ぶりだろうか。その反応は確実に、自分が大きな危険に向かって近づいていることを如実(にょじつ)に表している。

 気をつけろ。そう自分に言い聞かせながら飛び出そうとした、その時だった。

 いきなり背後から(うで)(つか)まれ、岩陰に引き戻された。

 目を白黒させていると、口を開くよりも早く口元に立てた人差し指が当てられる。相手の顔を見て、カリンは今度こそ目を見開いた。

 赤黒い長めの髪に、白いロングコートを羽織(はお)った、長身の男性。

 ──予知で見た男性だ。

 線の細いその顔の造作(ぞうさく)はいかにもひ弱そうな印象を与えているのに、青く(するど)い眼光だけが、そんな印象を裏切って光っていた。

「静かに」

 男性はごく小さな、しかし強い口調でそう言うと、カリンが(うなず)いたのを確認してからゆっくりと指を降ろす。

(おどろ)かせてしまってすまない。でも、これは君のためなんだ」

 一拍置いて、男性は小声で続けた。

「君、名前は? なんでこんな所にいるんだい?」

 カリンはなんとか思考を立て直して、相手に敵意がないことを確認すると口を開く。

「私は、カリン・ミナヅキ、トレジャーハンターよ。ここには、この岩の向こうにいるモンスターを捕まえに──」

「──いけない」

「え……?」

「ここは、君みたいな人が来て良いところじゃない。いますぐ元来た道を帰るんだ」

 言外(げんがい)に意味するところを知り、カリンは男性に詰め寄りかけたが、彼はそれを手で軽く制する。

「あぁ、君が言いたいことはよくわかる。あのモンスターに懸賞金(けんしょうきん)が掛かっていて、君の目的はそれを手に入れることなんだろう?」

 カリンは必死で自制し、声を(おさ)えて反発した。

「全然わかってないじゃない。トレジャーハンターが皆(カネ)の亡者みたいに言わないで……ッ」

「そんなつもりで言ったんじゃない。ここに僕以外の人間がいるのは具合が悪いんだ」

「……。詳しく、説明してもらえる?」

 男性は一瞬耳を()ませるような顔をすると、手短に告げる。

「僕の名は、ラグリア・オズワルト。一ヶ月ほど前からとある事情で、ここの監視をある施設から任されていた。ここで何が行われているのか探る為に、また、ここに人間が来ないように」

「つまり、どういうこと……?」

「ごめん、これ以上詳しく言うと、君も巻き込んでしまう可能性がある」

「べつにいいじゃない。ここに来た目的は違っても、要するに、この先にいるモンスターを倒せばいいんでしょ? だったら私も戦う。私だって、丸腰でこんな所まで来るわけないと思わない?」

 その言葉に、ラグリアは処置なしと鼻からひとつ息を()いた。

「わかった。そこまで言うなら協力して(もら)おう。ただし、それは戦闘(せんとう)についてじゃない。ここから逃げて、外の村の人達に説明するんだ。ここに(だれ)ひとりとして入れちゃ駄目(だめ)だ、と」

貴方(あなた)ねぇ……ッ」

「頼む。理由を説明できないのが本当に残念だけど、それがいまできる限りの最善の策なんだ」

「…………。……わかったわよ……。私は外に出ていれば良いんでしょ?」

「そうしてくれると助かる、ということだ。決して、君を足手まとい呼ばわりしているわけじゃない。そこだけは理解しておいてくれ」

 カリンが憤然(ふんぜん)とその場で(うで)を組みながら頷くと、ラグリアは静かに岩陰から一歩進み出た。

 しかし、カリンは動かない。当然だ。こんなわけのわからない理由だけで、どこの馬の骨ともわからない奴に手柄(てがら)を横取りされて(だま)っていられるものか。そんな事をすればギルド最強の女魔導士(まどうし)、『宝石女王(クリスタライト・エンプレス)』の名が泣くというもの。機会をみてあの青年のスキを突き、獲物を横取りし返してやる。

 

 

      2

 

 

 カリンがそっと岩陰から首だけ出すと、ラグリアは足音を殺してスタスタと歩いていく。

 彼の歩いていく先を見て、カリンは顔をしかめた。

 岩でできた天然神殿の天井(てんじょう)から垂れた幾本(いくほん)もの触手に固定されているのは、どうやら(ドラゴン)の全身骨格のようだった。しかし、完全な白骨の死骸(しがい)ではなくそのところどころに肉片がこびりついており、全体的に(なぞ)の邪悪なオーラに包まれている。

 そしてその足元には、何かの機械を操作する一人の怪しい影。カリンが目を()らしながらベルトを探ると、自然に指が左端のトパーズに触れ、視界が鮮明になる。

 どうやら(うさぎ)の耳のような髪型の少女らしい。白衣をまとっており、どこか間の抜けた学者然とした雰囲気(ふんいき)を感じる。

 耳を澄ませると、あの耳障(みみざわ)りな鼻歌──いや、笑い声が聞こえてきた。

「ファファファファファ。あとはここをこーしてぇ、あれをこーやってぇ〜。あー、楽し〜」

「──楽しそうだね」

 突然背後から掛けられた声に、少女がぎょっとして振り返る。

(だれ)ッ?」

 すると少女は、ニヤーっと下卑(げび)た笑みを浮かべた。

「あんれぇ〜? ここは一応関係者以外立ち入り禁止なんだけどね〜? 何? イケメンがこの天才科学者ラミー様になんか用?」

「別に(たい)した者じゃないさ。ちょっと道に迷ってしまってね。ちょうど君を見つけて帰り道を()こうとしたところだ」

 ラグリアが泰然(たいぜん)と混ぜ返すと、ラミーと名乗った少女は気味の悪い笑い声を上げる。

「ファファファファ、道に迷った? この地下研究所はかなり頑張らないと見つけられないように設計されてるんですけど。道に迷ったぐらいじゃ弱っちい人間どもなんて、どっかで行き倒れて終わるはずなんですけど、ファファファ」

 ──研究所?

 それにいま、あのラミーという少女は気になる事を言った。

 弱っちい人間、と。

 つまりあの少女は、人間ではなく、後ろに()られている竜の骨で何かの実験をしている。そしてラグリアは、その実験ないし研究を危険なものと判断して止めようとしている……そんなところか。

「そうか……(つたな)い言い訳は通じないみたいだね……」

 ラグリアが肩をすくめると、ラミーは小馬鹿にしたように笑う。

「ファファファファ、当たり前でしょー。このラミー様の前でデタラメ言ったってムダムダ……ん?」

 ラグリアがおもむろにコートのポケットから一冊の本を取り出す。と、次の瞬間(しゅんかん)、彼の全身から(すさ)まじいオーラが(ほとばし)った。

「評議員ラグリア・オズワルトより、研究員ラミーに警告する。いますぐにその研究を中止し、おとなしく(ばく)につくんだ」

 カリンはその言葉に、耳を疑った。

 魔法(まほう)評議院。それは魔法界の秩序を守るべく様々な取り決めを行う施設。そこに属する職員こそ、評議員と呼ばれる者達だ。

 カリンはわけがわからなくなっていた。ラグリアの口上(こうじょう)がハッタリでないのなら、彼はその評議員の一人ということになる。しかし、どういうことだ?

 それでは、あのラミーという者は──。

 ラミーもわずかに目を見開いたあと、必死に平静を(よそお)おうとしていたが、遠目にもラグリアの意外な気迫に気圧(けお)されて(あせ)り出したのがはっきりとわかった。

「ファッ、ファファファッ。なに言ってんのこのイケメン。いきなり現れて意味わかんないこと言い始めたかと思ったら、今度は評議員気取り? ファファッ、ファファファファ……。

 そッ、そんなヤツにはぁ、この新型ドラゴノイドのエサになってもらうしかぁないねぇ〜。ファファファファッ」

 ラミーが手元にあったコンソールにコマンドを打ち込むと、彼女の背後にあった(ドラゴン)亡骸(なきがら)から邪悪な気が放射される。そして──。

 ──触手から解き放たれた意思なき竜が、しっかりと地に足をつけ全身を(ふる)わせ、がっぱりと口を開けて咆哮(ほうこう)した。その音圧により、洞窟(どうくつ)全体が震動する。

 マズい。そう思った時には矢も(たて)(たま)らず飛び出していた。

「ラグリアッ!」

 ラグリアがハッとして振り返り(わず)かに歯噛(はが)みする。しかしさすがの切り替えの早さで小さく(うなず)くと、後は任せる、というように骨の(ドラゴン)ヘと向き直った。

 ラミーがあからさまに嫌そうな顔をする。

「ハァ? まだ人間がいたのぉ? ラミー、ブスにはキョーミないんですけどぉー」

 カリンはその言葉に、唇を引きつらせた。

「それはお生憎(あいにく)さまね。これ以上アンタの気分が悪くならない内に、とっとと終わらせてあげる」

 カリンは右手を突き出して魔力を発動させる。

氷結(ひょうけつ)の陣・雪時雨(ゆきしぐれ)ッ」

 しかしそれを合図にしたように動き出した竜の(つばさ)が強風を巻き起こし、氷の刃がラミーを切り裂くことはなかった。

「ファファファファ、無理無理。このドラゴノイドは人間に倒せるよーには設計されてませぇん。ブスはブスらしく、(みじ)めに泣き叫びながらエサになることねー」

 カリンが歯噛みすると、ラグリアがこちらに背を向けたまま叫ぶ。

「この骨の(ドラゴン)は僕が排除する。カリン、君はあの科学者の方を頼む!」

「そんなこと、言われなくてもわかってるわよ……ッ」

 ラグリアが手を突き出すと、骨の竜は身を低くして苦しそうな(うな)り声を上げる。どうやら彼が操るのは、重力操作の魔法らしい。

 それを受けて(ドラゴン)の注意がラグリアに向いたのをしっかり見届けると、カリンは彼の武運を祈りつつラミーに向かって走り込んだ。

紅玉(こうぎょく)の陣・降矢(こうし)煌天(こうてん)ッ」

 カリンが(うで)を振ると、ラミーの頭上に(やじり)状のルビーが複数出現し、彼女に向かって降り注いだ。

「ギャンッ」

 ラミーはそれを(かわ)し切れず、まともに食らってその場でくるくると回転する。

 カリンは小さくガッツポーズをしたが、その感慨(かんがい)はすぐに驚愕(きょうがく)ヘと変じた。

 回転を停止したラミーの身体には、傷ひとつついていなかったのだ。

「ファーファファファ。私の呪法(じゅほう)は滑って滑って滑りまくる呪法。どんな攻撃もこのラミー様には通じないんだよぉ」

「く……ッ。それなら……ッ」

 カリンは両手を上げると、再び魔力(まりょく)を発動させる。すると、今度はラミーの頭上から一つが手のひらほどもある雪の結晶の形の氷の(やいば)が、ひらひらと舞い降りる。

「お……?」

「氷結の陣──」

 カリンが両腕を振りおろしながら目の前で交差させると、ラミーの周囲に(ただよ)っていた氷の刃が徐々(じょじょ)に回転し始める。

「雪時雨ッ」

 次の瞬間(しゅんかん)、彼女に向かって吸い込まれるように飛んでいった。

「ファーッ! …………ファファファ、ファファファファファッ。アンタ馬鹿ねぇ。こんなんでこのラミー様に効くとでも? 全然効かないんですけどぉ」

「いちいちうるさいのよこのウサ耳女ッ。青玉(せいぎょく)の陣・晶突(しょうとつ)ッ」

 カリンが地面に手を突くと、ラミーの足元から生えた巨大なサファイアの柱が彼女を突き上げる。

「ごふぉッ」

 

 

      3

 

 

 ラグリアは骨の(ドラゴン)対峙(たいじ)しながら、その巨大な体躯(たいく)と、そこから繰り出される物理攻撃(こうげき)に攻めあぐねていた。

 相手は大した魔法(まほう)攻撃能力ももっていないらしく、しつこくラグリアを()みつけ、または噛み砕こうと追いかけてくる。対してラグリアの『具体化(リアライズ)』は目に見えないものならば何でも操れる、一見万能に近い魔法に見える。が、当然そんな甘い話はない。操れるのは()()()()()()()()()()()目に見えないもので、こんな日光も差さず、風も吹かない洞窟(どうくつ)の中となると、一気に火力不足となってしまうのだ。

 なんとか空気の刃を放って応戦するが、相手はあのラミーという()()が改造したことで、呪法(じゅほう)とやらにより強化されているらしく、ダメージらしいダメージがなかなか通らない。

 そうこうしている間にも骨の竜は再び咆哮(ほうこう)し、回頭するとトレジャーハンターの少女に向かって走り始めた──マズい。

「く……ッ。『大気の障壁(エアリアル・ウォール)』……ッ」

 ラグリアが(ドラゴン)の進行方向を(ねら)って腕を突き出すと、竜が見えざる壁に頭からぶつかり、不機嫌そうに首を左右に振る。ラグリアは(つか)()本から顔を上げ、決然と怪物を(にら)()えた。

「君の相手は、こっちだと言っているだろう」

 

 

 一方その(ころ)、カリンもラミーの『滑りまくる呪法』に攻撃をすべて(はじ)かれ、決定打を与えられずにいた。

 カリンの操る『結晶魔法(クリスタルマジック)』は、無数に存在する宝石を自在に操り、攻撃や防御を行う魔法だ。しかし、大半は飛び道具のように中距離から相手を攻撃する技である為、ラミーの呪法との相性は最悪に近い。

 さらにラミーは自分からはまったく攻撃してこないくせに──科学者と名乗っていたので、恐らく非戦闘員なのだろう──無駄にすばしっこく、フェイントを折り混ぜてもなかなか攻撃がヒットしない。しかも前述の通り彼女に飛び道具系の技はほぼ意味を成さない為、無理に攻撃しようとしてもこちらが体力と魔力を消耗(しょうもう)させられるだけだ。

「く……ッ。はぁ……はぁ……。この……ッ」

「ファファファファファ、どーするよ人間。アンタの魔法じゃ、このラミー様には(かす)り傷ぐらいしか与えらんないよぉ〜?」

 カリンはそこであることを思いつき、不敵な笑みを浮かべた。

「それはどうかしら?」

「ファ……?」

水晶(すいしょう)の陣・三点柱(さんてんちゅう)

 するとわずかな地鳴りの後、ラミーの周りを三本の水晶の柱が(ゆえに)の記号の形に取り囲んだ。

 ラミーは(つか)の間きょとんとした表情を浮かべたが、すぐに失笑を漏らす。

「……プッ、ファファファファ! なにそれ、こんな結界ごときで私を捕まえたつもり? こうすれば降参するとでも? ファファファファファッ」

「──確かに、それは難しいかもね」

「ファ……?」

 カリンはスタスタとラミーに向かって歩いていくと、結界に一瞬だけ自分が通る分の穴を開け、彼女の前に立つ。

「でもねぇ……」

 カリンは腰を落として構えると、両手に魔力(まりょく)を集中させてラミーを至近距離から(なぐ)りつけた。

「──アンタなんかが私を降参させる方が、百年早いからッ!」

「グッフォォオアァッ」

 ラミーは軽々と吹き飛ぶと「グヘッ」といって背後の結界に背中からぶつかる。

 ずり落ちてきたラミーは、しかしまだ余裕(よゆう)を残した笑みで口を開いた。

「ファファファファ、何やってんのよこのブス。私にはどんな物理攻撃も意味を成さない……ん?」

 そこで、ラミーが見下ろした彼女の身体に、変化が訪れる。

 ──緑色に輝く宝石の結晶が、ラミーの腹からどんどんと面積を拡げていっているのだ。

「ファッ? 何コレ、何コレ怖い!」

 ジタバタともがくラミーを冷ややかに見下ろしながら、カリンは静かに告げる。

「──翠玉(すいぎょく)の陣・岩礁(がんしょう)(つめ)。それが私がいま使った技よ」

 やがて、ラミーの胴部は完全にエメラルドの結晶に包まれ、彼女は芋虫(いもむし)よろしくもぞもぞと動くことしかできなくなってしまった。

 カリンの操る技、『翠玉の陣・岩礁の爪』。両腕に装備したエメラルドの(クロー)で攻撃するだけでなく、触れた箇所からエメラルドの結晶を拡げて相手の動きを制限してしまう技だ。

 カリンは、足元に転がるラミーに、(やり)(ごと)き視線を向ける。

「アンタ最初から、私のことブスブスって連呼してたわよね?」

 ラミーはなんとか(しり)で後ずさりしようとするが、カリンが出した結界がすぐにそれを(はば)んだ。彼女の顔はもう、冷や汗でびっしょりだった。

 カリンは両手の指をポキポキと鳴らしながら、嗜虐(しぎゃく)的に口角を()り上げる。

「散々コケにしてくれたツケは、しっかり払って(もら)わないとねぇ?」

 

 

 ラグリアはぎりぎりの防戦を続けながらも、冷静に状況を分析していた。

 恐らくいま、ラグリアを追い回している(ドラゴン)はラミーの操作の手をはなれ、完全に暴走状態になっている。その証拠に、攻撃(こうげき)のパターンがだんだん決まった行動になってきている。

 ──この程度ならば、勝機はある。

 竜の噛みつきからの二回連続の()みつけを難なくかわし、ラグリアは足元に魔力を発動させた。

 ──重力操作──ッ。

 ラグリアの両(あし)を中心に重力場が()じ曲がり、(ドラゴン)の頭を越える高さまで跳躍(ちょうやく)

 ラグリアには、この一撃を決められるという確信があった。この骨の竜は確かにラグリアを(ねら)って攻撃してきているが、その他の動きにはかなり無駄が多い。いまも自分を追尾してくることなく、ラグリアが先程までいた空間を眺めている。

「『超重力砲(テラグラビティキャノン)』」

 今度はラグリアの左手を中心に重力場が変形。(ドラゴン)の頭頂部めがけて(こぶし)と同時に重力の(かたまり)()ち下ろした。

 ラグリアの重力場をまとった拳はいとも容易(たやす)く竜の頭を巨大な円形に陥没(かんぼつ)させ、粉砕しながら地面に(たた)きつける。

 ラグリアは反動を利用して跳び退()くと、(ドラゴン)が完全に動かなくなったのを確認し、静かに本を片付けた。

 そこでハッとして、この場にいるもう一人の人間、トレジャーハンターのカリンがいた辺りを眺める。

 ラグリアの見解ではあのラミーという悪魔に負ける程度の力量ではないように見受けられたが、勝敗の帰趨(きすう)は一体どうなったのか。

「カリン! だいじょう──。……うわ……」

 ラグリアがカリンを視認した時最初に頭に浮かんだイメージは『コスプレ少女を痛めつけるイジメっ子の不良(むすめ)』というものだった。

「──ラグリア、終わったわ。これで良かったのよね?」

 緑色の結晶に包まれて蓑虫(みのむし)のような姿になり、最早(もはや)原形をとどめない程に顔面をボコボコにされたラミーのウサ耳を、カリンは片手で持ち上げてこちらに見せつけていた。

 

 

      3

 

 

 坑道(こうどう)の最後の曲がり角を曲がると、西陽(にしび)が目に飛び込んできて、(まぶ)しさに一瞬(いっしゅん)目を(すが)める。

 ラグリア達は事後処理を終わらせる為、村へと向かおうとしていた。カリンの苛烈(かれつ)な暴行を受けたラミーと骨の(ドラゴン)残骸(ざんがい)をあのまま坑道の奥地に残してくるのはやや危険な気もしたが、運んでくる途中でラミーが目を覚ました場合、何をするかわからないことも考えると、致し方なかった。

 入り口まで戻ってくると、(となり)を歩いていた金髪の女性が口を開く。

「さて、と。これで仕事は終わりね。じゃあ改めて、何で貴方(あなた)みたいな人がここに来たのか、理由を教えてくれる?」

「……やっぱり、言わないと駄目かい?」

「当たり前よ。あんな簡単な説明だけで、納得(なっとく)できる訳ないでしょ?」

 ラグリアは少し考える素振(そぶ)りを見せると、観念して答えることにした。

「わかったよ。カリン、君はバラム同盟、という言葉を聞いたことがあるかい?」

 カリンは小首を(かし)げて即答する。

「確か、闇の魔導士(まどうし)ギルド最大勢力の同盟よね?」

「あぁ、その通り。闇ギルド(かれら)はいまも評議院が定めた魔導士ギルド連盟に登録しておらず、悪事に手を染めているものが多い」

 一拍置いて続ける。

「その中で、ただひとつだけ、構成員の人数、容姿、規模、使う魔法……すべてが(なぞ)のギルドが存在する。それが、『冥府の門(タルタロス)』」

 カリンはそれを聞いて、ゴクリと(のど)を鳴らした。

「彼らについてわかってる事は本当に少ない。その中で、僕が手に入れた情報は、彼らが使う能力が()()()()()()ということ」

「つまり、人間じゃない? ──ッて、あ……ッ」

 カリンが声を上げて口に手をやったのを見て、軽く(うなず)いた。

「あぁ、僕も聞いた。あのウサギ耳の少女・ラミーは、自分の能力を『滑りまくる()()』と言っていたね。恐らく彼女のウサギ耳も、飾りなんかじゃなくて身体の一部だ。そして、今回の一件でわかったことが一つある」

 ラグリアはカリンをまっすぐ見ると、告げる。

「恐らくラミーが所属しているのだろう『冥府の門』は──ゼレフ書の悪魔を所有、または改造して飼い慣らしている」

 カリンが、体をブルリと震わせた。

「そんな……ッ」

 彼女もそれを聞いてようやく自分の犯しかけた(あやま)ちの危険性がどれほどのものか、気づいたのだろう。

 不老不死にして最凶最悪の黒魔導士・ゼレフ。彼が魔道の研究の末辿(たど)り着いたのが『自分を殺してくれる者の創造』。そうしてつくりあげられた無数の魔法書に召喚方法が記されているのが、ゼレフ書の悪魔だ。

 ラグリアは決して口には出さなかったが、実はもう一つ気づいたことがある。

 それは『冥府の門(タルタロス)』が、ゼレフ書の悪魔を増産しているのではないか、というもの。

 勿論(もちろん)これは完全に自分の憶測である為、評議院上層部に持ち帰ったところで一笑に付されるだろう。だがラミーと名乗ったあの少女のウサギ耳。そして、彼女が操っていた骨の(ドラゴン)。物理現象としてはとても説明がつくものではなかった。

 カリンを見ると、愕然(がくぜん)と目を見開いたまま、彫像(ちょうぞう)と化している。

 怖がらせてしまったかと思って口を開きかけた、その時だった。カリンが不意にフッと笑みこぼれると、すぐにいつもの高飛車(たかびしゃ)そうな笑顔に戻った。

「カリン……?」

「まさか、軽い気持ちで受けた依頼が、こんな大事に発展するなんてね……」

「え?」

 カリンはついいままでから一転し、晴れ晴れとした表情で伸びをする。

「あーあ。せっかくオイシイ仕事見つけたと思ったのに。やっぱり世の中そんな甘いもんじゃないわねー」

 ラグリアが(ほう)けてその様子を眺めていると、カリンは振り返って笑った。

「そういえばラグリア、貴方(あなた)にお礼言わないとね」

「ん? なんのことだい?」

「アイツらよ。貴方、私とあのラミーってヤツが戦ってたとき、私を(かば)ってくれたでしょ? 私、ちゃんと見てたんだから」

 そこでラグリアは、ようやく思い出した。骨の竜の注意がカリンに向きかけた際、自分は空気の壁で咄嗟(とっさ)に彼女を守ったのだったか。

「あ、あぁ、骨の(ドラゴン)から君を庇った時のことかい? まぁ、あれは僕も、あまり考えてやったことじゃないんだけどね」

 その言葉に、カリンは苦笑した。

「もう、そこは(うそ)でも『どういたしまして』とか流してれば良いのよッ」

 ラグリアより五つは歳下であろう金髪の女性は、かなり強めに背中をバシンと(たた)いた。

 

 

 村の人々に事のあらましを伝えると、彼らは仰天(ぎょうてん)すると共に、ある言い伝えを話してくれた。

 毎年、ある決まった時期になると、得体の知れない怪しい人影が複数であの坑道に入っていき、しばらくすると何事もなかったかのように立ち去るという。

 彼らの容姿はおろか身長以外の情報はまったくわからず、村の人々に危害を加えるわけでもない為、あまり気にしたことは(だれ)もなかったらしい。

 ただ不気味だったのは、その者達が現れるのが決まって新月の夜で、彼らと目を合わせた者は心を病むということだった。

 カリンはもうラグリアの話だけでそのテの話題は聞き飽きていた為あまり重要視しなかったが、ラグリアは真剣にその話を聞き込み、細部までメモを取ると、評議院に持ち帰るといった。上層部も『冥府の門(タルタロス)』関連の話には興味をもち始めている為、少しでも関係がありそうな事柄にはアンテナを張っておこう、ということらしい。

 

 

 しばらくして、ラグリアとカリンは村を()つことにした。ラグリアには転移(てんい)魔法があるため徒歩で帰るといったら、カリンはその事に興味をもったらしい。

 あまり自分の能力をひけらかすのは好きではないのだが、カリンは自身が小説家でもあることを明かし、そのネタに使えるかもしれないから、というよくわからない理由で付き合わされることになる。

「……じゃあ、よく見ててくれよ?」

 カリンがまじまじと眺めてくるのに内心(あき)れつつ、魔力(まりょく)を発動。

「『空間接続(ディストーションライン)』」

 十メートルほどの距離を瞬間(しゅんかん)移動すると、カリンは感嘆(かんたん)の吐息と共に手を(たた)く。

「へぇ。それが貴方の技なのね。魔法を見るのは久しぶりだから、なんか新鮮な感じがするわ。……ちなみに、どれくらいの種類の対象を操れるの?」

 ラグリアはその言葉に困り果てて後ろ頭を()く。

「さぁ……。この魔法は、()()()()()()()()()が特徴というか、底なし(ぬま)のようなところがあってね。自分でも何種類の対象物を扱えるのかわからない。何せ、目に見えないものや形のないもの、(つか)みどころのないものを操る、という魔法だからね」

「ふーん。ねぇ貴方、よかったら、今度ウチに来ない?」

「え?」

 ラグリアが聞き返すと、カリンはハッとして、いきなり挙動不審になる。

「あッ、いえ、別に変な意味じゃないわよ? 貴方の魔法って面白そうだから、改めて時間を取って会って話せないかなって……。ホントにそれだけなの、それだけ!」

 ラグリアはしばし考えると、すぐに笑ってみせた。

「あぁ、君が良ければ、またたくさん話したいな」

 すると、カリンは(つか)の間(ほう)けたような表情になった後、(うつむ)いてしまう。

 何かまずいことでも言ってしまったかと思っていると、カリンはぼそぼそと口の中で(つぶや)いた。

「……ありがとう」

「……?」

「なんでもないわ。あ、そうだ」

 そう言って、カリンはウエストポーチのポケットをまさぐると、なにかを取り出してラグリアに(にぎ)らせてくる。

 手を開くとそれは、(いく)らかの(ジュエル)だった。ラグリアはそれを見て、(あわ)てて突き返す。

「そんな、(もら)えないよこんな大事なもの。僕はただ──」

「──いいの、私からの(ささ)やかな気持ちよ。それに……」

「それに?」

「なんでもない」

 先ほどから(みょう)に挙動不審なのが気になったが、カリンがそういうならば深くは追求するまいと思った。

 それから二人で他愛(たあい)もない雑談に花を咲かせ、日没前に帰らなければというと、そこで解散となる。

 夕映えのためか、去り際に見たカリンの横顔は赤かった。

 

 

 後の聖十(せいてん)大魔道(だいまどう)新序列十位、ラグリア・オズワルト。そして『光精の樹(アルフ・ツリー)』最強の女魔導士、カリン・ミナヅキ。

 二人の共同戦線はほんの一時(いっとき)だったゆえに、彼らはまだ知る(よし)もなかった。

 ──この出会いが、いずれ世界の命運を左右する、重要な分岐点(ターニングポイント)であったことを。




はい、何やら気になる終わり方をしたお話でしたが、皆さん楽しんで頂けたでしょうか!
カリンが仕事用の装備として身につけるベルトは、デルトラ・クエストの秘宝のベルトが元ネタです。それぞれの宝石の効果も、それを参考に決定しました。
また、今回登場したオリキャラ、サラのイメージは、SAOのユリエールとブラック・ブレットのユーリャのMIXです。
それでわ、しーゆーあげいん!

〈加筆修正一覧〉
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