FAIRY TAIL The Travelogues of Phantasm   作:水天 道中

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処女作です。
また、不定期投稿、加えて加筆修正が多いです。
それでもいいという方は楽しんでいってください。


第1話 本を読む人

 すっきりした気分と共に目が覚め、上体を起こして一つ伸びをする。

 (かたわ)らのカーテンを開けると、(さわ)やかな朝の日差しと抜けるような青空が目に飛び込んできて、(まぶ)しさに一瞬(いっしゅん)目を(すが)める。今日も申し分ない仕事日和(びより)だ。

 ひとつ(うなず)くとまずシャワーを浴び服を着替え、ひと通りの身支度を済ませる。時刻は午前七時。

 肩掛け(かばん)(ひも)(にぎ)り、自分の相棒達──星霊(せいれい)(かぎ)を腰に着けたのをしっかり確認すると、階段を下っていく。

「いってきまーす!」

 大家さんに一声かけてから、ルーシィはいまの自分の家、マグノリアの宿を出た。行き先は勿論(もちろん)、多くの仲間達が待つもう一つの家だ。

 顔なじみになって久しい漁師のおじさんやすれ違う人達と簡単な挨拶(あいさつ)を交わしながら、街の至るところを通っている水路沿いの道を歩いていく。その短い間、ルーシィはここ数年の間に起きた様々な出来事に思いを(めぐ)らせていた。

 二年前。バラム同盟最後の一角『冥府の門(タルタロス)』を自分達が倒したことで、長く続いた闇ギルドとの戦いは、一応の決着をみた。その後マスターから解散令が発表され、『妖精の尻尾(フェアリーテイル)』はなくなってしまった。

 しかし去年の大魔闘(だいまとう)演武(えんぶ)でナツが現れてから、かつての仲間達を集める旅が始まり、それはやがてゼレフ(ひき)いるアルバレス帝国軍との戦争に発展。再びの壮絶な戦いを()て、無事にすべての仲間達が顔を合わせることができた。そうして再び世界に平和が戻り『妖精の尻尾』もまた、元あった場所に再建されて、現在に至る。

 徐々(じょじょ)に巨大な城のような建物が視界に大きくなってきた。その上部中央の幕には『妖精の尻尾』のギルドマークが染め抜かれている。正面の大扉をくぐれば、もうそこは活気あふれる皆の(ギルド)だ。

 

 

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「あ、ルーシィ、おはよう!」

「おぉ、丁度(ちょうど)いいところに。ちょっと来てくれ!」

 ギルドに入った瞬間(しゅんかん)、右側から二つの声を掛けられそちらを見ると、(うろこ)模様のマフラーに桜髪の青年と、その(かたわ)らには羽の()えた青い猫──正確には魔法(まほう)界の生物・エクシードという──が浮かんでいた。

「ハッピー、ナツ、おはよう! ──で、どうしたの?」

 ルーシィが歩いていくと、桜髪の少年──ナツは右の壁にかかっているボードを指差しながら口を開く。

「いや、この依頼(クエスト)なんだけど、ハッピーが(おれ)一人じゃ無理だって言うんだよ」

 すると彼の横で浮かんでいるハッピーが不満そうな声を上げる。

「当たり前だよ。いくらナツが強くてもさすがに危ないよ」

「えぇ!? どの依頼よ?」

 その言葉に軽く(おどろ)きながら、ルーシィも沢山(たくさん)の紙が所狭(ところせま)しと貼られた長方形のボードに目を向けた。

 この巨大なボードは正式名「依頼板(リクエストボード)」という。文字通り、様々な依頼(クエスト)が書かれた紙、依頼書(いらいしょ)を貼り付ける掲示板だ。依頼を受けたい場合は、ここから依頼書をちぎってギルドの受付に持っていけばいい。

 多くの場合一回の仕事でこなす依頼は一つだけだが、一度に受ける依頼の数は個人の自由である。

 「これだ」といってナツが指差した依頼書には、『Thief Subdue』とあった。意味は盗賊(とうぞく)退治。

 多くの依頼の報酬(ほうしゅう)は「(ジュエル)」という単位で表記されるお金で支払われるが、その額も十九万Jと──討伐系依頼の相場が十六〜二十万Jであることから考えても──比較的高めだ。

 それを見て、ルーシィはひと安心した。ナツでも苦労するような内容、という意味ではなかったらしい。

「あぁ、そういうことね。確かに、一人でこなすのはちょっと無理があるかも」

 ハッピーが腕組みして横目でナツを見る。

「ほらー」

「んだよルーシィまで」

 そのやり取りに少しクスクスと笑ってから続ける。

「でも報酬がちょっと多めだし、相手の数も不明って書いてるから、念の為にもエルザ達も誘った方がいいと思うよ」

 言ってから、酒場(さかば)になっているギルド中央を見渡すと、ほどなくして目的の人物達は見つかった。

 歩いていき、テーブルのひとつに固まって座っている四人に声をかける。

「みんな、ちょっといい? 相談があるんだけど」

 すると右奥に座る、(よろい)緋色(ひいろ)の髪の女性──エルザがケーキを食べる手を止めて応える。

「構わないが、どうした?」

「うん、ちょっとこの依頼なんだけど」

 持って来た依頼書をエルザに渡す。

「ナツとあたしだけじゃちょっと心配だから、エルザ達も一緒(いっしょ)にどうかなと思って」

「ふむ、確かに、二人だけではもしなにかあった時に大変だろう。わかった、すぐ準備しよう」

「私もご一緒します」

「たまにはこういうのもいいわね。人手は多い方が効率もいいし」

 エルザの前に座っていたウェンディとシャルルも賛成する。

 しかし、グレイだけは立ち上がるといきなりナツと(にら)みあい始めた。

(おれ)も行く。足手まといになんじゃねぇぞこのクソ炎」

「あぁ? そりゃこっちの台詞(せりふ)だヒエヒエ野郎」

「やんのかコラ」

「やんのかコラ」

 その時、エルザの(ひとみ)から(すさ)まじい殺気が放たれる。

「やかましいぞ。落ち着いてケーキを食べさせろ」

「「はい……」」

 

 

 馬車に数分揺られてたどり着いたのは、山あいの小さな村だった。

「ここが依頼書(いらいしょ)にあった村で間違いないみたいね」

 ルーシィが(つぶや)いていると、横合いから声をかけられた。

「これはこれは、もしや、『妖精の尻尾(フェアリーテイル)』の方達ですかな?」

 見ると、腰の曲がった白いヒゲの老人が(つえ)を突きながら歩いてきていた。

「はい。依頼を受けてやってきました」

 エルザが答えると、老人はにっこり笑い、ゆっくりした口調で言った。

「そうですか。それはどうも。私は、この村の村長をやっとります。家はすぐそこですので、どうぞ」

 

 

 村長に続いて民家の一つに入り、村長の孫娘(まごむすめ)という女性にお茶を出してもらった後、椅子(いす)に座った村長は静かに語り始めた。

「あれはつい数日前のことでした。山の方から何人もの若い男達が現れて、村の住人達に悪さをし始めたのです。金目のものも沢山(たくさん)(ぬす)まれました。当然村の若者達が協力して立ち向かいましたが、盗賊(とうぞく)達は数が多く、村にいる若者では人数で負けてしまいます。

 さらに奴等(やつら)はどうやら集団で動いているらしく、その幹部達は魔法(まほう)を使うそうなのです。ただの人間である私達ではとても(かな)いません。そこで孫の提案で盗賊退治をあなた方魔導士(まどうし)ギルドの皆さんにお願いしたのです。改めて、どうか盗賊達をこらしめて下さい」

 村長と孫娘さんに同時に頭を下げられ、エルザは少し(あわ)てたが、すぐに安心させるべく口を開く。

「大丈夫です。そんな盗賊達、私達が必ずすぐに退治してみせます」

「あたし達に任せて下さい」

 ルーシィも村長に笑ってみせた。

「それで、その盗賊達はいまどこに?」

 エルザが()くと、村長はすぐに答えた。

「前は山から降りてきていたのですが、いまは村の近くの大きな廃墟(はいきょ)をアジトに使っているようです」

 

 

      2

 

 

「あ、あれじゃない?」

 村の中央の大通りを抜けたところで、シャルルが空中で声を上げ、遠くを指さした。

 見ると確かに、村の右側にある山の(ふもと)付近にそれらしい建物が見える。

 まばらに()えた木々や巨大な岩をいくつか()けながら進むと、唐突(とうとつ)に視界が開けた。

 元は図書館かなにかだったのだろうと思われる巨大な建物はいまは石の灰色()き出しの、ただの直方体形の箱のような外見になっており、ヒビだらけの壁の上の方に並ぶ窓からは、崩落してボロボロになった天井(てんじょう)が見通せる。中から(かす)かに喧騒(けんそう)のようなものが聞こえるが、肝心(かんじん)の中の様子まではわからない。

「私が見てくるわ」

 そう言ってシャルルが窓に向かって飛んで行った。少しして、すぐに引き返してくる。

「確かに、かなりの人数がいるわね。ざっと三、四十人ってところかしら。奥の方で数人が固まってたから、多分あれが集団のリーダーと幹部達だと思うわ」

「ありがとうシャルル」

 ウェンディがそう言うと、まだなにかあるのか、シャルルは一度考える素振(そぶ)りを見せてから続けた。

「あー、あと、全員なんか変なマスクを着けてたわ」

「マスク?」

 ルーシィが言うと、シャルルは(うなず)いて続ける。

「えぇ、鉄でできた、鼻から下を隠すような形の。仲間の目印みたいなものかしらね」

「鉄のマスク? それってもしかして……」

「ん? ハッピーどうかしたか?」

 ナツが(たず)ねたが、ハッピーはただ笑って「なんでもない」と答えるだけだった。

「とりあえず、建物の入り口を探そう」

 エルザの言葉に再び歩き出し、建物の右側に回る。

 するとそこには、巨大な両開きの(とびら)があった。どうやら、これが建物の正門らしい。

「恐らく入り口はここ一つだ。(みんな)、準備はいいな?」

 エルザの言葉に、各々(おのおの)目配(めくば)せして(うなず)きあう。

「では、行くぞッ」

 大扉が押し開けられると同時に話し声が()んで、中にいる人間の視線が一斉にこちらを向く。

 盗賊達は、バラバラな位置に置かれた椅子(いす)に座っており、宴会の()っ最中といった様子だった。だが彼等(かれら)(みな)その手に剣やバット等の武器(ぶき)類を(にぎ)っており、鉄のマスクが顔の下半分を(おお)っている。

 そしてその奥には、大量の金品が詰め込まれた沢山の巨大な箱。形からしておそらく本棚(ほんだな)を壊して箱にしたのだろう。その手前、一段高くなった場所に四人、リーダーと幹部らしき人物が座っている。彼らは魔法が使えるからか、他の者達とは違い武器を持っているようには見えない。

「なんだお前らは!?」

 集団の最奥(さいおう)にいたリーダーと(おぼ)しき女性の言葉に応じるべくエルザが息を吸った、その時だった。

「あーッ、お前達は!!」

 突然(とつぜん)ハッピーが大声を上げ、女性を指差した。彼女もなにかに気付いたのか、「げッ」と漏らす。

「え、何、知ってるの?」

 ルーシィが言うと、ハッピーはこちらを見た。

「ほらルーシィ、前に言ったじゃん。ナツがオイラの魚を取り返しに行って山を()き飛ばした話」

「あぁ、アルターナ(さん)の事件ね……って──ッ」

 そこまで考えて、ルーシィも気付いた。

「もしかしてあいつら、その時の盗賊ッ?」

「うん、あのマスク、間違いないよ!!」

 ナツ達は一年前、修行の旅といって大陸の各地を点々としていた。その途中、新聞に()るほどの事件をいくつか起こしているのだが、ハッピーが言っているのはまさにその一つだ。

 アルターナ山消滅事件。それは以前聞いたハッピーの話によれば、魔導士ギルドを自称する盗賊に()られた魚を取り返すために盗賊のキャンプ地に乗り込んだナツが、その時毒キノコを食べて暴走していたのも(あい)まって怒りのままに突撃(とつげき)。そのまま魔力を爆発させてしまった結果の出来事なのだそうだ。

 しかしその時の敵の数は四人だったはず。ナツに復讐(ふくしゅう)するためかは知らないが、仲間を増やしたらしい。

 視線を戻すと、相手もかなり(あせ)っているようだった。

「また『妖精の尻尾(フェアリーテイル)』か……ッ。はッ、だッ、だからなんだ! 火竜(サラマンダー)一人が五人に増えたところで、こっちにはあの時の十倍いるんだ。構わねぇ、やっちまえ!!」

 集団全員が武器を振りかざし、雄叫(おたけ)びを上げる。ルーシィ達も身構えた。といっても、こういう討伐(とうばつ)依頼(クエスト)は日常茶飯事(さはんじ)だ。対処には皆慣れている。

「四人がかりでナツ一人にやられといて、どっからそのやる気が出て()んだよッたく……」

 ルーシィの(なな)め後ろで、左手に右拳(みぎけん)を重ねる『()()()()()()』特有の構えを取りながら、小さくグレイがこぼした。

「敵に集中しろグレイ。いつでも油断は禁物(きんもつ)だ」

 エルザの言葉に、ルーシィも改めて(まなじり)を鋭くして敵集団を見据える。その時、予想外の現象が起きた。

「──お取り込み中、失礼します」

 ()(ちが)いに(さわ)やかな声がしたかと思うや、ルーシィが振り返るより早く、メンバーの中央にいたナツとルーシィの間を赤みがかった長めの黒髪の男性が歩き過ぎていった。

 あまりに突然(とつぜん)のことに、ルーシィを含む全員が声もなく瞠目(どうもく)した。いつから背後にいた?

 突如(とつじょ)現れた謎の男性はロングコートを(ひらめ)かせつつ、戦闘(せんとう)直前の緊張を意に介する様子もない軽い足取りで歩いていく。やがて、まだ毒気(どっけ)を抜かれたような表情を一様に浮かべ、武器を振り上げたまま固まっている盗賊集団とルーシィたちの、ちょうど中間付近で立ち止まった。

「今度は(だれ)だボ?」

 幹部の大男のダミ声の問いにも男性はまったく動じず、(おだ)やかなトーンで切り出した。

「別に(たい)した者じゃありません。ちょっと質問がありましてね。(ぼく)の家族が宝物を()られたらしいんですよ。盗られたのは観賞用の魔水晶(ラクリマ)で、(ぬす)んだ相手は鉄のマスクを着けていたらしいのですが、なにか知りませんか?」

「それって、これのことか?」

 そう言って、リーダーの(となり)にいた茶髪の男がポケットから一つの魔水晶を取り出す。

「あぁ、それですね。でもどうしてあなたが持っているんですか?」

 そこで初めて男が「あッ」と漏らした。どうやら男性の言葉に反射的に反応してしまったらしい。

「いや、そうじゃねぇ。これは、その、落ちてたんだ。だからお前の娘が盗られたのとは(ちげ)ぇよ」

「そうですか……」

 男性は少しがっかりしたように肩を落とした。だが次の瞬間(しゅんかん)、男性の声が静かな冷気に包まれる。

「──ではなぜ、僕の家族が娘だとわかったんですか?」

「なに……?」

「僕はさっき、『家族が宝物を盗られた』とだけ言いました。なぜ、それだけで娘と判断したんですか?」

「そ、それは……ッ」

 男がぎょっとして口ごもる。謎の男性はその反応に深い()め息をつき、ひとつ(つぶや)いた。

「仕方ない……。──その魔水晶、返してもらうよ」

 そう言うと、男性はコートのポケットに右手を突っ込む。出てきたのは、一冊(いっさつ)の本。

 まさか、たった一人であの()(ほう)(しょ)らしきものを武器に戦おうというのか。

 あまりに危険すぎる。魔法書だけで対処できる人数ではないのは明白だ。

 リーダーの女性は男性の行動を悪足掻(あが)きと取ったか、にやりと笑う気配を(にじ)ませた。

「敵は一人に減ったぞ! やっちまいなぁッ!」

 先ほどに数倍する音量の蛮声(ばんせい)を聞きながら、しかしルーシィはわずかな違和感を覚えていた。

 ──なにかがおかしい。

 一般的に、魔法書に記されている魔法を使う場合、その魔法の名称か、発動に必要な特定の文言(もんごん)(えい)(しょう)、あるいは特定の動作等、なにかしらの予備動作が必要になる。

 だがいま男性はなにかを読み上げるでもなく、ただ立って本に目を落としているようにしか見えない。

 ──まさか、あれは魔法書じゃない? でも、だったらどうして?

呑気(のんき)に本なんか読んでんじゃねぇよッ」

 そうこうする内、(ぞく)の一人が男性に打ちかかった。右手の剣を容赦(ようしゃ)なく垂直に振り降ろす。

(あぶ)──ッ」

 ない、そうルーシィが叫びかけたその時、信じられない事が起こった。

 ぐらり、と男性の上体が傾き、必殺の一撃(いちげき)完璧(かんぺき)なタイミングで回避(かいひ)。のみならず、同時に跳ね上がった掌打(しょうだ)が賊の右手を(とら)え持っていた剣を(はじ)き飛ばす──その一連の動作を、本から一瞬(いっしゅん)たりとも目を離すことなくやってのけたのだ。

 さらに、まだ男性の左手は動きを止めない。次の瞬間(しゅんかん)には引き戻されていた手が(こぶし)(にぎ)り、驚愕(きょうがく)の表情を()りつけた賊の胸にめり込み勢いよく吹き飛ばす。

 あまりの手際(てぎわ)にさすがの大集団もわずかにたじろぐが、すぐに態勢を立て直すと男性を取り囲み、今度は四人が二人ずつ時間差をつけて突っ込んでいく。

 男性は腰を落とし左拳(ひだりけん)を引き(しぼ)ると、正面の一人の胸に(たた)き込み、返す(ひじ)で背後の一人の腹を強打。敵がひるんだ一瞬の(すき)()び上がると開脚の要領で左右の二人を()り倒し、着地ざまに体を半回転させて後ろの一人に回し蹴りを浴びせ吹き飛ばす。

 その間にも背後から(はさみ)(ごと)く交差された刃が迫るが、男性はオーバーヘッドキックでその交点を器用に蹴りつけた。着地したところで体勢を(くず)した相手の顔面に裏拳(うらけん)を浴びせ、もう一人は貫手(ぬきて)(のど)を突く。

 盗賊達は数にものを言わせて次々と攻撃を浴びせているが、全員が倒されるのも時間の問題だろう。なにしろ実力があまりにも違い過ぎる。そして何より驚愕すべきは、どれだけ相手の攻撃が激しくなっても、男性は少しも本から顔を上げていないということだった。

 数分後、腹に打ち込まれた拳打に最後の一人がどさりと崩れ落ち、残るはリーダーの女性を含む四人だけとなった。対する赤黒い髪の男性は、(かす)り傷どころか服すら傷ついていない。相変わらずゆったりと構え、右手の本に視線を落としている。途中、何度か相手のスキを突いてページをめくっているように見えたが、まさかあの状況で本当に本を読んでいたのだろうか。

「くそ……どうなってんのよコイツ……」

 幹部の女性が(うめ)き、異常なものを見る目で男性を見ながら数歩後退(あとじさ)った。すると、男性はそこで初めて本から顔を上げ、まったく疲労(ひろう)を感じさせない(おだ)やかな声で告げる。

「そろそろ大人(おとな)しく魔水晶(ラクリマ)を返してくれないかい? 君達の実力じゃ、何時間かかっても(ぼく)は倒せない」

 男性は左手を伸ばして観賞用魔水晶を渡すよう(うなが)すが、リーダーはそれでも(あきら)めず、右腕を振って叫ぶ。

「ふざけるなッ。せっかく手に入れたお宝を誰が渡すかよッ。オイ、やれッ」

「う、うおおおぉぉッ」

 雄叫(おたけ)びを上げたのは、先ほどの茶髪の男性幹部だった。右手に左拳(ひだりけん)を重ねる、グレイと似たような構えを取り、その場で体を一回転。彼の手元を青白い光が包む。

鉄造形(アイアンメイク)、『棘鉄鎚(ニードルハンマー)』ッ!」

 男が手を突き出すのと同時に、その光の中から(くさり)(つな)がった、棘つき鉄球(モーニングスター)のような巨大な金属(かい)が男性めがけて飛び出した。

 男性は伸ばしたままだった左手を返し、(てのひら)を男に向ける。

「『大気の障壁(エアリアル・ウォール)』」

 すると男性の目の前の空間で環状(かんじょう)の白い光が(はじ)けた。

 なんと、あれだけの人数を相手に素手で戦っていたのでてっきりただの人間とばかり思っていたが、彼も魔導士(まどうし)だったらしい。しかし、彼はいま何をしたのだろうか。その問いを口にする前に、ヒントとなる現象はすぐに起こった。

 突如(とつじょ)ガツンという(なぞ)のインパクト音が廃墟(はいきょ)中に響き渡り、男性の目の前でまるで見えない(かべ)にでもぶつかったように鉄球が停止。そのまま床に落ちてしまったのだ。

 いや、とルーシィは首を振る。実際、あそこには壁がちゃんとあったのだ。空気(エア)でできた、見えない(ウォール)が。

 だとすると、彼の操る魔法(まほう)は──。

 巨大な鉄球をあっさり止めてしまった男性は、手を引き戻すと再び静かに口を開く。次の瞬間(しゅんかん)、ルーシィは自分の読みが甘過ぎたことを(さと)った。

「『超重力砲(テラグラビティキャノン)』」

 空気を自在に操る魔法──ではない。重力(グラビティ)

 その時、(わず)かに体が軽くなったように感じた。そのことに困惑する間もなく、男性が腕を突き出す。

 直後にドスンという再びの謎の、しかし先ほどとは別種の衝撃音(しょうげきおん)。同時に、重さ二トンほどもありそうな鉄球が、繰り出した本人である男めがけて、(はじ)かれたように飛んで行った。

「ぐあッ!!」

 当然、技を止められた驚愕(きょうがく)に放心状態だった男がかわせるはずもなく、吹き飛んで背後の壁にめり込みダウン。その衝撃で飛んできた観賞用魔水晶(ラクリマ)を、男性は本に視線を据えたまま左手でキャッチした。

「さて、あとは君達だけど……まだやるかい?」

 その問いは、残るリーダーと二人の幹部に向けられたものだったが、彼らはもうそれどころではなくなっていた。

「お前がいくボ!」「お前がいけ!」「アンタがいけよ。てかアンタマスターだろ!?」

 男性に対するあまりの恐怖にパニックになり、三人で()っ組み合っている。

 ルーシィは戦闘(せんとう)の終了を感じ、彼等(かれら)を取り押さえるべくナツ達と共に廃墟(はいきょ)に足を()み入れた。

 しかしその時、半分振り返った男性の左手がこちらに向けられ、すぐ目の前で巨大な白い光の輪が(はじ)けた。

 一瞬(いっしゅん)見えた男性の青い(ひとみ)が鋭く光ったのを見て、ルーシィ達は(あわ)てて立ち止まる。

 ──いまの光は、さっきの空気の壁の魔法……!?

 目を見開いたままルーシィ達が見守る中、男性の静かな声が廃墟に響く。

「これで(ぼく)の目的は達したことになる。でも、それとは別にもう一つ、やらないといけない事があるんだ」

 盗賊(とうぞく)達も異変に気付いたのか、(つか)()喧嘩(けんか)()めて男性を見上げる。男性はゆっくりと左手を持ち上げ、彼等のさらに後方、大量の金品が詰まった沢山(たくさん)の巨大な箱を指さした。

「それは、ここに来る途中にあった村の人々のもののはずだ。それだけ多くの人を困らせた罰は、しっかり受けてもらうよ」

 そう言うと、男性は左の手のひらを天井(てんじょう)に向けた。つられて、ルーシィ達も上を見上げる。

 そこに見えているのは、ボロボロの天井と、(いく)つも開いた穴から(のぞ)く青空──それだけだった。

「えッ……?」

 ()()を見た瞬間(しゅんかん)、ルーシィは思わず声を上げていた。

 青空の中に、キラキラと(またた)く星のようなものが見える。

「空が……光ってる……?」

 その時、ルーシィの(なな)め後ろで同じく空を見上げていたエルザが(けわ)しい表情で言った。

「いや……あれはただの光じゃないぞ……ッ」

「え!?」

 改めて上空、謎の発光体群を見上げた時、ルーシィも気付いた。

 ──光る点が、徐々(じょじょ)に大きくなっている。

 ルーシィたちの視線の先で、男性がさっと腕を振り降ろす。

「『陽光槍雨(シャイニング・ランサー)』」

 直後、想像を絶する厄災(やくさい)が訪れた。

 いきなり天井(てんじょう)崩壊(ほうかい)したかと思うや、空から無数の()()()が降り注ぎ、崩れ落ちた天井も巻き込み地面に突き立つ。直後、すべての(やり)が強い光を()き散らしながら轟音(ごうおん)と共に爆発(ばくはつ)。視界を(まば)ゆい光が白く染め上げた。

 数秒後、ルーシィたちが咄嗟(とっさ)に上げた腕を降ろしてそっと目を開けると、廃墟内の風景はその有りようを大きく変えていた。

 床は一面が徹底(てってい)的に破壊し()くされており、先ほどまで三人で固く抱き合ってぶるぶる震えていたリーダー達や、なんとか起き上がろうともがいていた盗賊(とうぞく)達は一人残らず昏倒(こんとう)戦闘(せんとう)不能。

 天井には巨大な穴がぽっかりと口を開け、なんとも風通しがよさそうだ。

 しかし、先ほどまで男性が造り出した空気の壁があった辺りからこちら側は、まるで定規(じょうぎ)で線を引いたかのように無傷だった。ここまで廃墟を滅茶苦茶(めちゃくちゃ)にした破壊力を通さなかったことを考えると、(すさ)まじい防御力だ。

 そして、『妖精の尻尾(フェアリーテイル)』が討伐(とうばつ)するはずだった盗賊団を単身、それも無傷で壊滅させてしまった、赤黒い髪にブルーアイ、ロングコートを着た長身の男性は後ろ頭を掻きながら苦笑を浮かべて歩いてきていた。

「割り込んだ上に手柄(てがら)を横取りするような真似(まね)をして済まなかった。えっと、君達は……」

魔導士(まどうし)ギルド、『妖精の尻尾』の者です」

 エルザの言葉に、男性の(ひとみ)が軽く見開かれる。

「ほぅ、君達があの……。いや、これは本当に申し訳ない。家族の宝物を取り返したかっただけで、なにか下心があったわけじゃないんだ。報酬(ほうしゅう)はすべて君達のもので構わない。迷惑だったかな?」

 男性の苦笑に、ルーシィは(あわ)てて取りなす。

「いえ、迷惑だなんてそんな……。あたし達はたしかに盗賊退治に来ましたけど、代わりにやってもらえて、(むし)ろ感謝しています。それで、あなたは、一体……」

「おっと、自己紹介が(おく)れたね。僕の名はラグリア・オズワルト。ただの通りすがりの魔導士だよ」

 あれだけの戦闘を見せた後で『ただの通りすがり』は流石(さすが)にちょっと無理があるだろうと思ったが、ここはあえて深く考えずに続ける。

「そう、ですか……。あの、ラグリアさん、あたし達にできることなら、何かお礼をさせてくれませんか? ギルドも、ここからそんなに遠くないですし」

「そうかい? じゃあ、お言葉に甘えさせてもらおうかな」

 そう言って、ラグリアはにっこりと微笑(ほほえ)んだ。

 

 

      3

 

 

「ただいまー!」

 元気よく声をかけながら扉を開けると、横合いからすぐに返答があった。

「あら、お帰りなさい、ルーシィ。戻ったのね」

「あ、ミラさん。マスターは? ちょっと話があるんだけど」

 ルーシィが(たず)ねると、入って左側にあるカウンターの中の女性──ミラジェーンはすぐに答えた。

「マスターなら、いまは酒場(さかば)の方にいるわよ」

「わかった。ありがとう!」

 それだけ言うとルーシィは短い階段を降り、酒場に入った。といっても、マスターがいる場所は大抵(たいてい)決まっている為、特別探す必要もない。すぐに目的の小柄な老人の姿を見つけ、小走りで駆けていく。

「ねぇマスター、ちょっといい?」

 すると、バーカウンターの上であぐらをかいている白髪(はくはつ)白髭(はくぜん)の老人、マカロフは、木のジョッキを持ったままこちらを見る。

「む、なんじゃルーシィか。どうした?」

「うん。さっき依頼(クエスト)受けに行ったんだけど、行った先で偶然(ぐうぜん)会った男の人が手伝ってくれたから、何かお礼がしたくてちょっと来てもらってるの」

「男? (だれ)じゃ」

「よくわからないけど、ラグリアっていう人」

 その時、マカロフの(まゆ)がぴくりと動いた。

「ラグリアじゃと? まさか……」

 彼の言動が少し気になったが、振り返るとちょうど(みんな)が入ってくるところだった。

「あ、来た来た。おーい、こっちこっち」

 呼びかけに気付いたらしく、ナツたちはラグリアを連れてまっすぐこちらに歩いてきた。

 ルーシィはマカロフに紹介するべく口を開きかけたが、それより早く、マカロフが意外な反応を見せた。

「おぉ、やはりお前さんじゃったか」

 対するラグリアも、特に緊張した(ふう)もなく応じる。

「どうも、マカロフさん」

 不可解な二人の様子に思わず顔を何度も見比べる。

「え、え? なに、二人共もしかして知り合い?」

 困惑するルーシィの発言に、ナツ達も(そろ)って不思議そうな表情になる。

 マカロフは一つ「ふむ」といってから、静かに切り出した。

「この間のアルバレスとの戦争の中で、聖十(せいてん)大魔道(だいまどう)序列一位、イシュガルの四天王の一人でもあったゴッドセレナの奴が、アクノロギアの襲撃(しゅうげき)を受けて死亡扱いになっとるのは、(みな)も知っておるじゃろう」

 ルーシィは話の流れを見失い狼狽(ろうばい)しかける。

 聖十大魔道とは、この大陸イシュガルにおいて最も優れていると定められた十人の魔導士(まどうし)達に与えられる称号のこと。余談だが、目の前のマカロフもその内の一人である。そしてその上位四名こそが『イシュガルの四天王』と呼ばれる大魔導士達だ。しかしなぜいまその名前が出てくる?

「あまり公表されてはおらんが、仮に聖十(せいてん)の称号を持つ者が死んだ場合、その者より下にいた全員の序列が繰り上がることになっておる。──そうして空席になった十位の座に新たに着いたのが、そこにおるラグリアというわけじゃ」

「えッ?」「な……ッ」

 あまりの衝撃(しょうげき)に、ルーシィとナツが思わず声を漏らし、その場にいた全員が目を見開く。そして──。

「「「せ、聖十大魔道ッ!?」」」

 ナツ、ルーシィ、グレイの三人で同時に叫んだ。続いて、グレイが(うな)るように(つぶや)く。

「どうりで強さが滅茶苦茶(めちゃくちゃ)なわけだぜ……」

 確かにルーシィも、ラグリアの戦闘(せんとう)能力の高さはひしひしと感じていた。あそこまで計算された、美しいとさえ思える身のこなしは、ルーシィもいままでに片手で数え切れるほどしか見たことがない。しかし──。

 ルーシィは改めてラグリアの容姿を眺める。いま目の前にいる男性の見た目からは、まったくその強さは想像できない。ましてや聖十の称号を持っていることなど、この場にいる全員が夢にも思っていなかっただろう。

「あはは……。(おどろ)いたかい?」

 当のラグリア本人は、少し()ずかしそうにただ笑っているだけだった。

「で、では、あなたほどの大魔導士が、なぜあのような場所に……?」

 エルザの問いに、ラグリアは一つ(うなず)いた。

「うん。詳しいことは、いまからすべて説明するよ」

 

 

 全員がその場にあった椅子(いす)(こし)かけ、ミラジェーンが出したドリンクが全員に回るのを待って、ラグリアは説明を始めた。

「まず、事の始まりは数日前に(さかのぼ)る。(ぼく)の家族……と言っても正確には居候(いそうろう)なんだけど、彼女を外に遊びに行かせた時、しばらくして泣いて帰ってきたんだ。話を聞くと、どうやら盗賊(とうぞく)にこれを奪われたらしい」

 言いながら、ラグリアは先ほどの魔水晶(ラクリマ)を皆に見せる。

「これは僕にとっても、彼女に買ってあげた大切な物でね。それから僕は情報を集めた。そこからは、君達の想像通りだと思うよ」

「あの盗賊たちの存在が浮かび上がり、乗り込んだら私たちがいた、と」

 エルザの言葉に、ラグリアは一つ(うなず)く。

「うん。あとひとつ、村に入った時、村人達が金目のものを大量に盗まれたという話を小耳に挟んでね。魔水晶(ラクリマ)を取り返すついでだし、あの場で君たちに引き渡しても逆に困るだろうと思って、捕まえやすいように無力化した、というわけさ」

 改めて、(だれ)からともなく感嘆の吐息(といき)が漏れた。

「そういうことだったんですね……。ところで、戦っている時に持っていた本の事なんですけど……」

 ルーシィが言うとそれだけで委細(いさい)承知したらしく、ラグリアは少し苦笑した。

「あぁ、よく言われるよ」

 そう言って、ラグリアはコートのポケットから(くだん)の本を取り出し、テーブルに置く。

「君達も見ていてわかっただろうけど、これは魔法書(まほうしょ)なんかじゃない。僕の持ってるただの小説さ」

「どうして、こんなものを……?」

 ルーシィの問いに全員が無言の同意を示していた。

「まぁ一言で言うと『好きだから』なんだけど、なぜあの時読んでいたのかについては、僕の魔法(まほう)から説明する必要があるね」

 ラグリアはそこで一旦(いったん)言葉を切ると(おごそ)かに告げた。

「僕の魔法の名は『具体化(リアライズ)』。その名の通り具体的な形をもたないものや実体のないもの、目に見えないものを『任意の形状に凝縮、固定』して操る魔法なんだ。例えば──こんな(ふう)に」

 ラグリアがカップを持ち上げ、もう一方の手をテーブルにかざすと、手とテーブルの間に白い光の輪が(はじ)ける。

 再びカップを降ろすと、あたかも見えない箱にでも()っているかのように、カップはテーブルから離れた空中で止まった。

「「おぉー!」」

 ナツとハッピーがテーブルに顔を近づけて子供そのものの反応をしている間も、ラグリアの説明は続く。

「他にも、格闘戦(かくとうせん)では衝撃(しょうげき)を操って相手に伝わり(やす)いようにしているし、操るものが液体ならこんなことも出来る」

 ラグリアがカップに手をかざすと、中のドリンクが宙に浮き上がる。そしてラグリアが手を(にぎ)った、次の瞬間(しゅんかん)──パキィン、という氷結音(ひょうけつおん)と共に、ドリンクは球状にまとまって凍結(とうけつ)してしまった。

「「おぉー!」」

「これは氷の魔法とは違って、水分を圧縮して強制的に凝固させたんだ。だから、僕が魔力を解かない限り溶けることはないし、反対に解いてしまえば……」

 (こお)ったドリンクの球をカップの中にそっと降ろす。

「圧力が消えて、すぐ液体に戻る」

 ラグリアが手を開くと同時に氷の(かたまり)は元のドリンクの姿に戻った。

 その様子を何気ない調子で眺めながら、グレイは、ラグリア・オズワルトの使って見せた技の数々に思いを()せる。

 掴みどころのないものにかたちを与え操る魔法(まほう)、『具体化(リアライズ)』。グレイが確認できたものだけでも、衝撃(しょうげき)、空気、重力、日光、圧力と、(すで)に五つもの対象を操っている。更に圧力操作によって液体を凝固させられるということは、ある程度の物質は操作できる状態に変化させることも可能だろう。

 そして、数多く存在する魔法の中でも、炎や風、水といった具体的な形をもたないものはかなりの割合を()めている。自然に存在するものを操っただけでも(すさ)まじい威力(いりょく)を発揮するこの魔法が、仮に他者のそれにも干渉できるとき、その脅威はいかほどのものになるだろうか。まったく、底が知れない。

 だが、疑問がすべて氷解したわけではない。

「それで、この魔法と本にはどういう関係が……?」

 エルザが(たず)ねると、答えたのはラグリアではなく、カウンターの上のマカロフだった。

「強過ぎるんじゃよ。実際、戦闘(せんとう)中にラグリアの目を見た者、つまり本から顔を上げさせた者で、無事だった者はまずおらん。掴みどころのないものにかたちを与え武器にするというのは、それほどまでに強大な力をもっておるんじゃ」

 マカロフの言葉に、ラグリアも(うなず)く。

(ぼく)も以前、両手での使用を練習しようとしたことがあるんだけど、とても対人戦で制御できるような威力じゃなかった。だから、読書は僕の趣味であり、力を(おさ)えるリミッターの代わりでもあるんだよ」

「そう、でしたか……。よく、わかりました」

 さすがのエルザにも想像しがたい話だったのだろう。微笑を浮かべるその口元は、どこか引きつって見える。

 すると、重くなってしまった場の空気を察してか、ラグリアが「さて!」と明るい声を出した。

「仕事のお礼もしてもらったことだし、今度はこちらからなにか、お()びの気持ちを込めてやらせてもらえないかな?」

「いえ、だからお詫びなんてそんな事、別にいいですよ。あたし達、ほんとになんとも思ってませんから……」

 ルーシィは慌てて顔の前で手を振ったが、ラグリアは違う、と苦笑を浮かべてかぶりを振る。

「他人が実行中の依頼(クエスト)への承諾(しょうだく)を得ない割り込み参加は、どんな言い訳をしようと明らかにギルドのマナー違反行為にあたる。聖十(せいてん)大魔道(だいまどう)に選ばれた者の当然の礼儀として、僕の頼みを聞いてくれないかい?」

 ルーシィは困惑してナツ達と顔を見合わせた。そこまで言われれば、断る方が(こく)というものだろう。

 それに初めて言葉を交わした時から薄々(うすうす)気付いてはいたが、目の前の赤黒い髪の男性は聖十(せいてん)の称号や自身の強さといったものには、一切(いっさい)執着(しゅうちゃく)がないらしい。改めて、本当に良い人と出会えたと思う。

「わかりました。そういうことなら」

 ルーシィが笑ってみせると、ラグリアの表情にも、ようやく元の明るさが戻ってきた。

「よかった。それなら、これから僕の家に招待するよ。ついて来て」

「えッ、そんな、いいんですか?」

 立ち上がり、歩いていこうとするラグリアに思わず聞き返すと、彼は柔らかく微笑(ほほえ)んだ。

「家族にも会わせたいしね。それに、『妖精の尻尾(このギルド)』は君達の家、なんだろ?」

 思いがけない言葉に、(だれ)からともなく笑みこぼれていた。

「それで、アンタの家ってのは、ここからどのくらいなんだ?」

 ギルドの外に出たところでグレイが(たず)ねると、ラグリアはなにやら意味ありげな笑顔を浮かべた。

「そのことについては、心配はいらないよ」

「あ?」

 しかし、ラグリアはそれ以上なにも言わない。

「そこに一列に並んで」

「どういうことだろう?」

 ハッピーが()いてくるが、ルーシィも肩をすくめて応える。

「さぁ?」

「さて、それじゃあ始めるよ」

 ラグリアは、ルーシィ達が一列になったところで、すっと右腕を持ち上げ、こちらに(てのひら)を向ける。

「『ディストーションライン』」

「…………え?」

 恐らくいまのは彼の技名の一つなのだろうが、今度こそ何が起きたのかわからなかった。

「振り返って、ゆっくり一歩()み出してみて」

 ラグリアに指示されるままに回れ右をし、全員が(そろ)って一歩分足を前に出す。

 ──次の瞬間(しゅんかん)、景色がぐにゃりと(ゆが)み、一瞬(いっしゅん)の目まいに似た感覚の後、ルーシィ達は一軒の家の前に立っていた。ナツ達の家に似た、なだらかな三角屋根の一軒家。

「な、なにこれ、どういうこと!?」

 振り返るとラグリアの姿もなく、ただ広い草原とそれを囲む林があるだけだった。

 その時、ルーシィ達の三メートルほど後方の景色がぐにゃりと歪み、その中からラグリアの姿が現れる。

「これが、僕のもう一つの技だよ」

 こちらに向かって歩いてきたラグリアは、ルーシィとナツの間を通り過ぎると振り返り、続ける。

「空間を()じ曲げることで、『妖精の尻尾(フェアリーテイル)』のギルド前と僕の家の前の二つの地点を(つな)いだんだ。ここはマグノリアから南東に二、三十キロ行った辺りだよ」

 そこでルーシィも、ようやく気付いた。

「そっか。距離の心配がいらないっていうのは、この技があるからだったんだ」

「そういうこと。そしてこれが、僕の家だ。さあ、中に入って」

 そう言って家の方に歩いていくラグリアの背を、ルーシィ達も(あわ)てて追いかけた。




はじめまして。水天(みそら)道中(どうちゅう)です。
・作中の時期について
始めにも述べましたが、本作品の時間は原作の最終回のその後ということになります。アニメしか見ていない自分としては予想になってしまうわけで、もう既に若干(?)の誤差も発覚してしまっていますが、とりあえず「FAIRY TAIL」のいちファンとして、「いつまでも終わらないでほしい!」という想いをぶつけてみました。

・キャラクターの名前について
作中にわずかながら出番のある『妖精の尻尾』の看板娘ことミラジェーンのフルネームは、「ミラ・ジェーン」ではなく「ミラジェーン・ストラウス」という、主要キャラの中でも屈指の長さになっています。作品を読む上では問題ありませんが、著者自身、ファンの身でありながらこのことに気付くのに数年も掛かったという苦い経験があるので、ささやかながらここに注釈を記しておきます。

最後に、本作品の感想を書いて頂けると幸いです。
一言だけだとしても、そのひとつひとつが励みになります。
それでわ、しーゆーあげいん!
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