FAIRY TAIL The Travelogues of Phantasm   作:水天 道中

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読者の皆さん、お久しぶりです。
年明けからこの方、なるべく早く投稿したいという思いを抱えて(ふく)れ上がり続けるプロットと格闘し続け、遂にこうしてかたちに落とし込むことができました。

そして、今回の投稿で自分のアイデアをまたある程度お伝えできたと思うので、これまで停滞させていた『設定集』の加筆作業や『裏設定・小ネタ解説集』の新規投稿なども随時(ずいじ)再開していきたいと考えています。

それでは、そんなこんなでプロットを山盛り詰め込み、思いの(ほか)大容量となってしまった『幕間(まくあい)』パート第2話、どうぞ!


第15話 躍進(やくしん)への回廊(コリドー)

 潮風が運ぶ海の香り。頭上では海鳥が心地よさそうに滑翔(かっしょう)し、目の前には青い海。無数に係留された漁船の周りを日焼けした(はだ)の筋骨隆々とした漁師達が行き()い、活気(あふ)れる光景をつくり出している。

 ハルジオン。

 ここから北に位置する魔法(まほう)都市・マグノリアを始めとした複数の街にとって、交易の要所のひとつとなっている港町だ。ベルクス達は、(くだん)のモンスターが山ほどいるという島の情報を集める為、人間に変装して人里に降りてきていた。

「おいお前ら、できるだけ自然にいくぞ。遊びに来たんじゃねぇんだ。勝手に動いてはぐれんなよ」

 自分の後ろをついてくる一団の頭数が減っていないのを(かた)ごしに確認しながらベルクスが声を掛けると、(となり)を歩く赤いおさげ髪の少女が伸びをしながら呑気(のんき)な声を出す。

「大丈夫、大丈夫。心配しなくたってみんなのことはあたいがしっかり見張っとくからさ」

「何言ってんだリリス? お前にも言ったつもりなんだが。というか、主にお前に対する注意なんだが」

「にゃ!? それはあんまりじゃないッ?」

「ま、まぁまぁ、私達もいますし、どっちにしろベルくんばっかり気を張り続けること無いですよ。ねぇ、アシュリー様?」

 集団の後方にいたバーナが横を見ると、アシュリーは()まし顔で(こた)える。

「そうね。(むし)ろ、たかがモンスターの群れの討伐(とうばつ)任務ひとつにお(じょう)様がこれだけの戦力を投じてることの方が気になるわ。これから行く島のモンスターとやらは、そんなに厄介(やっかい)(やつ)らなのかしらね。どう考えても過剰(かじょう)人員よ、コレ」

「……ま、何が起こるかわからねぇから、くれぐれも気を抜くなよ、ってことじゃねぇか?」

 ベルクスは何気ない調子でそう返しながら、彼女がそういうのもむべなるかなと思う。

 討伐隊に選ばれたメンバーは、リリスが連れてきたフェンリルも入れて全部で十人。

 たったいま口を利いた四人に加えて、ベルクスの直属の部下である水の三妖精(ようせい)ことレイン、シアン、フロウ。それからルミネアにアイリスまでついてきているのだ。

 レンカからは事前に『いざという時はスミレ(やま)の総戦力の二割程度までなら応援を寄越(よこ)しても良い』との許しが出ているが、ここまで戦力過多気味の状況で、応援が必要になる事態が想像できない。

 また、確かに彼女たちはひと通りの戦闘(せんとう)訓練を受けているし、実戦において頼りになるレベルの実力があることは上司である自分たちが一番よくわかっているつもりだ。

 しかし、見た目通り精神面が未熟な者も多いため、ともすれば(はた)からみると『親戚(しんせき)の子供達を引き連れてピクニックに来た一団』のように受け取られかねない有様(ありさま)なのだ。

 現に一行の立ち()()いからはお世辞(せじ)にも緊張感が感じられるとは言い(がた)い。

 特にフロウなどはかなり気移りし(やす)性分(しょうぶん)なので、すぐ列を乱してはシアンに引き戻されて注意を受けるといったやり取りを繰り返しており、正に『知らない場所にピクニックに来て浮かれている子供』状態だ。

 そして、もう一つ気がかりな点を挙げるとすれば、それはアシュリーの機嫌(きげん)である。

 彼女ほどの分析力(ぶんせきりょく)の持ち主が、先ほどのような思慮(しりょ)に欠ける(にく)まれ口を(たた)く理由があるとすれば、答えは一つ。任務とはいえ、いきなり館から連れ出されて虫の居所が少々悪いのだろう。

 さらに昼前といえば、普段のアシュリーなら自室に()もって読書に(ふけ)っている時間帯だ。それにもかかわらず急用で長距離を歩かされているとあっては、冷静でいろという方が(こく)というもの。

 そこまで考えて、ある事に気づき、ベルクスは振り返らずに後方に問いかける。

「ところでアシュリー様よぉ、アンタまさかとは思うが、いま浮いてねぇよな?」

「──!?」

「『しばらくぶりの外出だから、浮遊(ふゆう)魔法(まほう)で手抜きしないように見張っといて』ってミレーネさんに頼まれてんの思い出したから、ちょっと気になってよ」

「な、何のことかしら!? ちゃんと自分の(あし)で歩いてるわよ? ほら、ちょっとこっち見なさいよベル」

 明らかに取り乱している引きこもり魔術師(まじゅつし)抗弁(こうべん)を背中で受けながら、ベルクスは()えて淡々と告げた。

「ふぅん……。ま、歩いてんならそれで良いんだけどな。もし必要以上に浮遊魔法使ってるなんてことがあれば、帰ってからミレーネさんに報告しないと──」

「──わかったわよ、わかりましたッ! さっきまで浮遊魔法使ってたわよごめんなさい! でもここからは普通に歩くから! お願いだからミレーネに言うのだけは勘弁(かんべん)して!!」

 半泣きになりながら懇願(こんがん)するアシュリーの姿が余程(よほど)可笑(おか)しかったのか、バーナが(こら)え切れなくなったというように軽く()き出す。

 次の瞬間(しゅんかん)、パァン、という(するど)打擲(ちょうちゃく)音が、透き通るような青空を切り()いた。

 

 

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「うう、(ひど)いですアシュリー様ぁ……。ちょっと笑ったからって、何もそんな本気でぶつことないじゃないですかぁ……」

 アシュリーに魔法書(まほうしょ)で思い切り(はた)かれた(しり)をさすりながら、バーナはとぼとぼと歩く。

「だ、大丈夫ですか、バーナさん?」

「回復なら私達水妖精(ウンディーネ)に任せて下さいね?」

 アイリスとレインは心配そうに彼女を見上げるが、前を行くシアンは(あき)れ顔で口を開いた。

「いまに始まったことじゃないんだし、そんな大騒(おおさわ)ぎするほどのことでもないでしょうに。大体、バーナさんは鬼なのよ? この程度で治癒(ちゆ)魔法が要るほどダメージ受けるわけないじゃない」

 すると、隣のフロウが苦笑を浮かべる。

「その通りだろうけど、それはシアンが言うことじゃないかもぉ」

 そこでベルクスが振り返り、()め息混じりに口を開いた。

「さっきからなに騒いでるか知らねぇが、もう港には着いてんだ。そろそろ情報収集、始めるぞ」

 そこからは事前に話し合いで決めたグループに分かれて、各自仕事に取り掛かる。といっても子供にしか見えないレインたちでは、町の住人達にまともにとりあってもらえるとは思えないので、バーナが彼女たちの世話係を引き受け、残りの皆で情報収集をすることになった。

 ちなみにスミレ(やま)の住人が人里に降りる際は無論、自分たちが人外の種族であると悟られてはならない。そのために(つの)(はね)を隠す手段は(いく)らかあるが、今回はアシュリーの空間魔法(まほう)で異空間にそれらを収納する方法をとっていた。

 ベルクスはリリスとフェンリルと連れ立って、改めて港を眺める。

「さて、と。町の住人への聞き込みはアシュリー様に任せて、俺達は港の方をあたるぞ。なんか知ってそうな奴にはどんどん声掛けていこう」

OK(オッケー)。……それじゃあまずは、あの人達かな?」

 早速(さっそく)なにか見つけたらしいリリスの視線を追うと、並んで歩く二人の女性に行き当たった。ベルクスも特に異論はなかったので、ひとつ(うなず)くと二人と一頭で歩いていく。

「あー、そこのお姉さん達、ちょっといいかな?」

 にこやかな表情で発せられたリリスの呼びかけに、彼女達もこちらを見る。一方は俗にカチュームと呼ばれるリボンを頭に着けた、所謂(いわゆる)(ひめ)カットの女性。腰に太刀(たち)()いており、女剣士(けんし)といった出で立ち。他方はウェービーなセミロングの茶髪の頭頂部分をネコ耳のように立てた、猫のような顔立ちの女性だ。

 遠くからでも見えるフェンリルの威容(いよう)に、二人とも気圧(けお)された表情になるが、こちらに先に反応を返したのは剣士風の姫カットの女性だった。

「私たちに、何か用だろうか?」

「うん。あたい達、ちょっと遠くから武者(むしゃ)修行に来ててさ、強い相手を探して回ってるんだ」

 情報を集めるに当たり、ベルクス達は修行のために各地を渡り歩いているさすらいの魔導士(まどうし)ということで通そうと打ち合わせていた。女性は(いま)だフェンリルを気にしながらも特に疑う素振(そぶ)りも見せず、凛々(りり)しい顔に微笑を浮かべる。

「そうか、それは良い心がけだな。……(ちな)みにそれはもしや、私たちと手合わせしたい、ということか?」

 リリスがなにか反応を返す前に、ベルクスは横合いから割って入った。

「いや、もう次の相手の目星(めぼし)もついてるよ。この港町の近くに、モンスターが山ほどいる島があるんだろ? 風の(うわさ)に聞いた程度だが、もしそれが本当なら、その島の奴らと()り合いてぇなって思ってるところなんだよ。なにか知ってることはねぇか?」

「なるほど……。実は、私たちのギルドもこの町から離れている。私たちは、依頼を受けて目的地に向かう途中ここに立ち寄っただけで、この近くに住んでいるというわけじゃないんだ。力になれなくて済まない。

……ミリアーナ、お前もなにか知っているということは無いよな。──ん? ミリアーナ?」

 姫カットの女性が(となり)を見ると、先ほどまで横に立っていたネコ耳の女性の姿が消えている。不審(ふしん)に思って辺りを見回そうとしたところで、ベルクスはぎょっとした。

 ミリアーナと呼ばれた猫のような顔立ちの女性は、上体を傾けて首を伸ばし、姫カットの女性の肩ごしに顔をしかめてリリスを凝視(ぎょうし)していたのだ。(わず)かに遅れて女性も気づき、ハッとした表情になる。

「あぁ、そっちだったか。何をしているんだ。なにか気になることでもあったか?」

 姫カットの女性が(たず)ねると、ミリアーナは妙な体勢のまま答えた。

「ねぇカグラちゃん、なんか私、さっきからずっと、ネコネコの気配を感じてるんだよね」

 その言葉にベルクスはぎくりとする。いまのリリスはネコ耳と尻尾(しっぽ)、それに(はね)を異空間に収納しており、第三者には視認することも、ましてや触れることも不可能なはずだ。

 しかし、いまのミリアーナの発言からして、わかる者にはわかる何かがあるのかもしれない。

「君、家でネコネコ飼ってたりする?」

 楽な姿勢に戻ったミリアーナの問いに、リリスは懸命(けんめい)に笑顔をつくり続けながら応じる。

「にゃはは……。ウチはかなり沢山の動物を飼ってるからね、猫なら一杯(いっぱい)いるよ」

「ふーん、そっか。……でもな〜、なんか君自身からネコネコの気配がするんだよにゃあ。おっかしいなぁ……」

「ミリアーナ、いい加減にしないか。さっきから何をワケのわからんことを……。そんなことより、私たちもそろそろ動くぞ」

 カグラと呼ばれた女性が、リリスにぐいぐい近寄っていくミリアーナを引き戻し、こちらに向き直る。

「済まない、ミリアーナは無類の愛猫家(あいびょうか)でな。少しでも猫の気配を感じるとこうして暴走してしまうんだ。迷惑だったなら、こいつに代わって私が謝罪しよう」

「あぁ、別に気にしてないよ。そういうことだったんだね、にゃはは……」

 リリスが困惑しつつも笑い飛ばすと、カグラも安心したような顔になった。

「そう言ってもらえると有り(がた)い。……そういえば、お前たちの名前をまだ聞いていなかったな?」

 その言葉に、ベルクスは居住(いず)まいを正す。

(おれ)はベルクス。見ての通りの剣士(けんし)だ」

「あたいは魔獣遣い(ビーストテイマー)のリリス。この子は使い魔で『剣歯狼(サーベルウルフ)』のフェンリルさ。よろしく!」

 背中の片手剣の(つか)を軽く持ち上げて見せたベルクスに続き、リリスがフェンリルの(かた)()でながら快活に答えた。

「ベルクスにリリス、それにフェンリルだな。では、私たちも改めて。私は魔導士ギルド『人魚の踵(マーメイドヒール)』所属の剣士、カグラ・ミカヅチだ」

「私はミリアーナ。同じく『人魚の踵』所属の魔導士だよ。また会うことがあったら、リリスとはペットについて色々話したいな。元気最強ー!」

 満面の笑みで(こぶし)()き上げたミリアーナの言葉に、リリスは苦笑するが、今度はカグラも微笑を浮かべて口を開く。

「そうだな。お前たちは武者修行をしていると言っていた。それにベルクスの方は剣士だという。私たちも(うで)には自信があるからな。機会があれば、手合わせの申し出はいつでも受けて立とう」

 その言葉に、ベルクスは口元を(ほころ)ばせた。

「あぁ、俺もアンタ()の実力は気になってたところだ。またどっかで会えると良いな」

 それから二、三言交わし、カグラ達はハルジオンの外へ。ベルクス達は再び情報収集の作業に戻った。

 

 

 漁港の雑踏(ざっとう)の中を歩きながら、ベルクスは頃合いを見計らって口を開く。

「お前、さっきのカグラって人が手合わせしたいのか()いてきた時、反射的に(うなず)きかけたろ」

 ネコ耳の少女は、その指摘にびくりとした。

「えッ、い、いやー、そんな事は、にゃははは……。ハイ……ごめんなさい。ちょっと、野生の本能が(うず)いちゃって……」

「ッたく、本来の目的を忘れてんじゃねぇよ。俺達の仕事は、島のモンスターの討伐。そのための情報集めだろうが」

「はーい」

 リリスは後ろ頭を()きながら苦笑する。

 それからしばらくは、港の中を行き交う人々に声を掛けて回ったが、なかなか(かんば)しい成果は得られなかった。レンカの寄越(よこ)した事前情報通り、ほとんどの漁師は(くだん)の島のことを知っている素振(そぶ)りをみせた。しかし(みな)、一様にその話題を嫌っている節があり、詳しい事を聞き出そうにもうまくいかない。

「クソ、まさか(だれ)ひとり、島の詳細を語ろうとしないなんてな」

 ベルクスが言うと、リリスは困り顔で笑う。

「まぁ、怖がるのも無理ないよ。だって例の島のモンスターたちは、漁師たちが(やと)傭兵(ようへい)でも(かな)わないんだもん」

「わかってるよ。でも、お陰で収穫は見事にゼロだ」

 ベルクスは軽く首を振って気持ちを切り()えると、正面に向き直った。

「仕方ねぇ、一旦(いったん)バーナさんのとこに戻るか」

「りょーかい」

 港の周囲をぐるりと取り囲むように立ち並ぶ街路樹の一角に、固まってじゃれあう一団を見つけて歩いていくと、木陰(こかげ)で休んでいた鬼のメイド長が疲れ切った様子でこちらに手を振ってくる。

「あぁ、ベルくん、リリスちゃん、おかえりなさい。なにか良い情報は手に入りましたか?」

 ベルクスは手を振り返す代わりに、降参を示すべく両手を軽く上げてみせた。

「いいや、さっぱりだ。どいつもこいつも、島のこと自体は知ってるらしいんだが、それ以上のことは一向に教えてくれねぇ」

「ところで、バーナさんはなんでそんなに疲れてるんです?」

 リリスの問いに、バーナは力なく笑って答える。

「いやー、あの子たちの相手をしてたらどんどん体力持っていかれちゃって……。いまはあっちでメイド達だけで遊んでもらってます」

 振り返ると、すぐ後ろの広場で妖精(ようせい)メイド達が元気に走り回っていた。その余りの無軌道(むきどう)ぶりに、リリスが(ほお)を引きつらせながら口を開く。

「バーナさんがここまで疲れるって……あの子たち、この短時間にどんだけはしゃいだのさ……」

 ベルクスも彼女と同じ表情になりながら(こた)えた。

「いや、レイン達(アイツら)の面倒みてるとよくわかるが、ガキの御守(おも)りって一対一でも結構消耗(しょうもう)すんぞ。その上この人数が相手だ。(むし)ろバーナさんが鬼だからこそ、この程度のダメージで済んでんだろ……。けど、そうなると、アイツ()が間違って飛び始めないかが心配だな。(はね)はしっかり隠れてるが感覚はあるし、飛行能力まで(ふう)じてあるわけじゃないんだろ?」

「──いいえ、そんなことは無いわ」

 横合いから掛けられた声に全員でそちらを見ると、縦縞(たてじま)の入った紫色の寝間着に似た服に全身を包み、何やら意味ありげな笑みを浮かべた小柄(こがら)な女性が歩いてきていた。

「おぉ、アシュリー様、戻ったか」

「おかえりなさい。『そんなことは無い』ってどういうことですか? あたいたち普通に自分の翅、動かせてますよ? 見えないですけど」

 ベルクスに続き、リリスが聞き返すと、アシュリーは静かに笑って応える。

「えぇ、あなた達の(はね)は、隠すとき特に何も細工してなかったからね。でも他の妖精メイドは別。

 ベルがいま言ったように、あの子たちは(ほう)っておくと何をしでかすかわかったものじゃないでしょう? だから翅を隠すときに、収納する異空間ごと固定してしまったの。これなら思わず飛んでしまったところを人間に見られる、なんて事故も防げるでしょ?」

流石(さすが)アシュリー様、最初からすべて計算ずくでしたか」

 鬼の魔術師(まじゅつし)の説明に、早くも脱力状態から回復したらしいバーナが軽く拍手を送る仕草をする。

 アシュリーは満足そうに微笑(ほほえ)むと、改めてこちらをまっすぐ見て、告げた。

「ところで皆、さっそく朗報よ。例の島の名前と大体の位置座標、それに幾らかのモンスター達の特徴まで知ってる人の話を聞くことができたわ」

 

 

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「お(じょう)様から(すで)に聞いてる情報は省くわよ。まず、例の島の名前は『サザンカ(とう)』。最初は無人島だったはずのこの島には、いつ頃からかモンスターの影が散見されるようになったらしいわ」

 ベルクスたち一行は、元漁師と名乗る書店の老店主から情報を入手したというアシュリーの説明を聞きながら、彼女に導かれて漁港の端までやってきていた。

「一度現れたモンスターはそのまま()みつき、急激に仲間を増やして島周辺の海域までを縄張りとするようになった。

 その種類は、まず一番目撃されたのがコボルド族にトーラス族、トカゲ男(リザードマン)といった獣人(じゅうじん)型。まだ海にまでテリトリーを拡大する前から、近くを通りかかる船を積極的に襲って着実に戦力を拡大していったそうよ。

 そして海に進出するにあたって現れ始めたのが水棲(すいせい)のモンスターと、飛行能力を有するタイプね……。

まぁ、こんな感じで、自分たちの縄張りに近づく者は容赦(ようしゃ)なく攻撃(こうげき)してくるから、島に着く前から油断はできないわ」

「ちょっと、途中から説明するの()きたでしょ」

 シアンが指摘すると、アシュリーはちらりとこちらを振り返ってから肩をすくめる。

「現時点ではそれぐらいしかはっきりした情報が無いのよ。サザンカ島の近くを通りかかって生きて帰ってきた人間は少なくないけど、(みんな)恐怖で口を閉ざしてる。島のモンスター達は戦力を蓄え過ぎて、とっくにこの辺りの住民の手に負える相手じゃなくなってるんだわ」

 アシュリーの言葉に、ベルクスは静かに(まなじり)(するど)くした。

「そして、肝心の方角だけど、あっちの方だって」

 アシュリーが指差したのは、ハルジオンの港からまっすぐ前方、青一色に染まる広大な海だった。

「……まぁ、そりゃあっちですよね……?」

 バーナが(ほう)けたような表情で(つぶや)くと、アシュリーはムッとして続ける。

馬鹿(ばか)ね、このまま一直線に南下していけば、簡単に辿(たど)り着くって言ってるのよ」

「でも、出航(しゅっこう)を頼める漁師なんて捕まりませんよ? どうやって……?」

「──リリス」

 ベルクスが正面を向いて(うで)を組んだまま呼びかけると、(となり)に立つ猫妖精(ケットシー)弓遣い(アーチャー)は不敵に笑って自身の魔力(まりょく)を発動させ、一(ちょう)のショートボウを取り出した。

 同時にフェンリルの下顎(したあご)()でていた反対の手に、煌々(こうこう)と燃え盛る(やじり)をもった火矢を呼び出すと、白銀のオオカミの眼前(がんぜん)()き出して軽く振ってみせる。

「ほーらフェンリル、よく見とくんだよ?」

「リリス、私のサポートは必要かしら?」

 アシュリーも前を向いたまま質問するが、リリスは笑って首を振った。

「いえいえ、そこまではおよびませんとも。この子もあたいと一緒に、日頃から(きた)えてますんで」

 続いて、火矢を(つが)えると、深呼吸しながら弦を最大まで引き(しぼ)る。

「『火焔の矢(フレイム・アロー)』!」

 直後、リリスはやや上方へ向けて火矢を(はな)った。

 放たれた火矢は、青空に垂直方向の緩い円弧(えんこ)を描きながら飛翔(ひしょう)していく。

 残心するリリスは、矢が鉛直落下の軌道に入る少し手前で再び声を張り上げた。

「フェンリル、ブレス用意(セット)。スリー、ツー、ワン、Go(ゴー)!」

 フェンリルは、その場で大地を()みしめると、胸郭(きょうかく)いっぱいに大気を吸い込む。そしてがっぱりと開いたその巨大な(あぎと)から、周囲の気温を少し下げるほど強烈な冷気を(はな)った。

 冷気のブレスはリリスの()った火矢を猛追(もうつい)するかたちで海上を突き進み、(かす)めた海面とその周囲の水分をまとめて(ことごと)く氷結させていく。

 やがて、つい先程まで何の変哲(へんてつ)もない海だった場所には、幅五メートルほどの一直線で平坦な氷の回廊(コリドー)が出現していた。

 バーナが(ひたい)の前に手で(ひさし)をつくりながら、感嘆(かんたん)の声を上げる。

「おー、なるほど、その手がありましたか! それにしても、かなり遠くまで(こお)りましたねー」

「それにこの氷、相当ぶ厚くて頑丈みたいね。一撃(いちげき)でここまでやるなんて、大したものだわ」

 アシュリーの言葉に、リリスは満面の笑みでフェンリルの喉元(のどもと)をわしゃわしゃと()でた。

「よーし、フェンリル、よくやった! (えら)いぞ〜。ほれ、おやつだよ。いまの内にしっかり味わっときな」

 リリスは(こし)のポーチから生肉を取り出すと、されるがままになっていたフェンリルの口に(ほう)り込む。するとそれを横目で見ていたベルクスが、おもむろに口を開いた。

「お前……まさかその肉、そこら辺の店からかっぱらった物とかじゃねぇだろうな?」

妖精(ヒト)聞き悪いにゃあ!? ベルくんはすぐそういうこと言うんだから、まったく……。ちゃんとあたいが、この子のために館で保存してる、安心安全で新鮮なお肉ですぅ」

「いや、安心安全かどうかは知らねぇよ」

 リリスが口を(とが)らせながら、ベルクスと冗談(じょうだん)半分の口論をしていると、今度はアシュリーが口を開く。

「それじゃあそろそろ敵の拠点に乗り込むわよ。ただその前に一つだけ。私もちょっと考えが甘かったようだから、前言撤回(てっかい)しておくわ。

 ハルジオンに着いた時、私『たかがモンスターの群れの討伐(とうばつ)任務ひとつにどう考えても過剰(かじょう)人員だ』って言ってたわよね? でもあの後、町の住人に聞き込みして回って、気づいたことがあるの」

 アシュリーはそこでひと呼吸おくと、道の先をまっすぐ見据えて続けた。

「恐らくどう足掻(あが)いても、今回の作戦は厳しいものになるわ。(いく)ら私たちが実力をつけていても、これだけの戦力で島のモンスターの物量を押し(とど)められるかどうかは正直、微妙なところ。それでもお嬢様が私たちを向かわせるのは、ひとえに私たち一人ひとりを信頼しているからなのよ。

 この戦い、絶対に()めてかかるわけにはいかないわ。私たちが(すき)を見せれば最悪の場合、群れを刺激するだけ刺激して、襲撃の予定を早めさせてしまいかねない。なんとしても今回の作戦で、一体でも多く敵の数を(けず)るわよ」

 

 

 氷の回廊(かいろう)を集団で進むにあたり、アシュリーの光魔法(まほう)で日光を屈折させ、姿を隠しつつ移動することになった。回廊の先端までくると、その度にリリスが先ほどと同様の手順でフェンリルに下知(げち)を送り、彼が放つ冷気のブレスによって足場を延長していく。

 ハルジオンの住人たちにはもう特に用事はないので気にせずとも問題は無いはずなのだが、それでも交易の要所として数多くの人間が集まるこの町で、万が一にも自分たちの正体が露見(ろけん)すると、(いささ)か具合が悪いと判断しての結論だった。

 数分歩いたところで、港の様子が完全に視認できない距離(きょり)まで来たことを確認し、アシュリーは魔力(まりょく)を解除。光魔法と共に自分たちに掛けていた空間魔法も解き、ようやく(はね)の束縛から解放された妖精(ようせい)メイド達が歩きながら思い思いに軽いストレッチをした。

 続いて、もう人目を気にする必要もなくなったということで、妖精組は軽く()い上がり、行軍のペースを上げにかかる。それに伴いバーナとフェンリルは駆け足で、アシュリーは浮遊魔法で自身を浮かせてそれぞれ飛翔(ひしょう)するベルクス達に並走した。

「で、もう結構沖合まで来たと思うんだが、アシュリー様の所感ではどの辺からがモンスター共のテリトリーなんだ?」

 状況が落ち着いたのを見届けてベルクスが口を開くと、やや先を行く紫髪の女性は前方に視線を据えたまま応える。

「そうね……島には一定の距離までなら、近づいても問題ないらしいわ。だから少なくとも、島のシルエットが見えてきた瞬間(しゅんかん)から警戒(けいかい)する必要まではないと思う」

「なるほど。──おいお前ら、ちょっとでも何か異変を感じたらすぐ知らせろよ。いまアシュリー様が言ったのはあくまでも推測の話だ。実際に何が起こるかは、その時にならなきゃわからねぇ。極端な話、鳥を見たとか魚を見たとか何でもいい。とにかく気づいた事はどんどん報告。いいな?」

「「「「「了解!!」」」」」

 ベルクスの言葉に、リリスを除く妖精メイド達が一斉(いっせい)に応えた。

 

 

「シェフ見てぇ。魚がいっぱい()ねてるわぁ」

 行軍開始から一時間ほどが()った(ころ)、最初に声を上げたのはフロウだった。ベルクスが彼女の指差す方向を見ると、確かに小魚の()れが一箇所(かしょ)に集まって水面を激しく波立たせている。

「あのねぇ……さっきベル()ぃが言ってたからって、なにも本当にいちいちそんな報告することないのよ! もっとこう、重要そうなことを言いなさい!」

「重要そうなこと?」

 呑気(のんき)に明るい声を上げたフロウをシアンが叱責(しっせき)するが、フロウは間の抜けた表情で聞き返す。

 そんな中、ベルクスはなぜだか胸騒(むなさわ)ぎがして彼女達の向こう、小魚の群れを見つめた。

 それにしても、なぜあそこだけ小魚が群れているのだろうか。確かにあのサイズなら群れで動くのが自然だが、他にもスペースは山ほどあるのだ。もっと広がって動いてもいいはず……。

 ……いや、そうではない。彼らが密集しているのには何か理由があるはずなのだ。

 シアンは大袈裟(おおげさ)な手振りを(まじ)えてわかり易い説明を試みているが、フロウはほわんほわんと笑っているだけで彼女の話をちゃんと聞いているのか(いな)かよくわからない。

 ベルクスが(なお)も思考を(めぐ)らせていると、やがてひとつの記憶(きおく)に思い至った。そういえば自分は以前にも、どこか別の場所で似たような話を聞いたことがある。

 あれはそう、確かいつかの任務中に漁師の男性と話をした時だ。

 魚の群れがある一箇所に密集している時、考えられる状況はいくつかあるという。

 そこに(えさ)となるプランクトンが多く存在する場合や、繁殖(はんしょく)のために集団お見合いをしている場合。そうでないならば──。

 

 ──自分たちより大きな魚に(おそ)われ、追い込まれて逃げ場を失っている場合。

 

 ベルクスがそのことを思い出すと同時に、群れ付近の水中で一瞬(いっしゅん)、何かがキラリと(かがや)いた。それはそこに(ひそ)む何者かの目だったか、あるいは(うろこ)か。

 ベルクスは総身(そうしん)に寒気が走る感覚を覚え、二人に向かって(さけ)ぶ。

「お前らッッ、全力で上に飛べぇッ! 総員、上空へ退避(たいひ)いいぃぃッ!!」

 シアンとフロウがその指示に泡を食って上空へ飛び上がり、他のメンバーもハッとして急上昇を開始。(ただ)一人、飛行能力をもたないバーナだけは一拍(いっぱく)(おく)れるが、足下の氷を踏み()めると鬼の膂力(りょりょく)でもって真上に跳躍(ちょうやく)した。

 その直後、回廊(かいろう)両側の海面から小魚の群れを空中に()ね飛ばしながら、複数の巨大な黒い影が飛び出してくる。

 黄色い(ひとみ)(するど)(きば)。小型漁船ほどの体躯(たいく)(よろい)のように包む硬質の鱗は、陽光を反射して(にぶ)い輝きを(はな)っていた。

 姿だけ問うならば熱帯に生息する肉食魚に酷似(こくじ)しているが、あんなに馬鹿(ばか)デカい種類がいるなどという話は寡聞(かぶん)にして知らない。

「チィッ。なるほど、小型の魚竜(ぎょりゅう)か……ッ」

 ベルクスは苛立(いらだ)ちも(あらわ)に歯を()き出して(うな)った。

 魚竜。本来ならば太古の昔、この星の海に生息していたとされる、イルカに似た流線形の身体をもつ絶滅(ぜつめつ)動物を指す言葉だが、この場合は全く意味が異なる。

 彼らは主に水中に生息するだけでなく泥土(でいど)や砂漠、雪原といった半流動体が()める地形にも適応しているため、生息域は意外と広い。さらには(えら)などではなく肺で呼吸を行うため、ある程度ならば陸上での活動も可能という、れっきとしたモンスターの部類に属する獰猛(どうもう)な生物である。

 執拗(しつよう)に追い回していた小魚の群れからベルクスたち一行に標的を切り替えたらしい四頭の魚竜は、空中に(おど)り出た勢いもそのままに回廊(コリドー)上空で器用に仲間たちとの交錯(こうさく)を終えると、やがて巨大な水柱(みずばしら)を上げながら着水する。

 幸い魚竜(ぎょりゅう)たちはベルクスたちを(ねら)って()んだばかりにそのまま回廊に()っ込む、ということはなかった。しかし、着水の衝撃(しょうげき)で発生した大波は四方から回廊を押し包むと、ぶ厚い氷のプレートを無慈悲にも粉々に(たた)き割る。

「ちょおッとぉ!? 私、ジャンプしただけだからあとは落ちるしかないんですけどぉ?!」

「バーナさん、手を! 私に(つか)まって下さいッ」

「アイリス、いくら何でもそれは無茶よ! ベル()ぃ早くッ!」

「アシュリー様! 足場直すのに何秒かかる!?」

「──任せて、二秒で終わらせる!」

 そう言うが早いか、鬼の魔術師は頭を下にして落下同然の速度で海面近くまで降下した。魔法書から水色の魔法石(まほうせき)を周囲に複数展開し、魔力を発動。

 ──海に宿る水のエレメントよ、私に力を……!

「ハァッ!!」

 (するど)い気合と共にアシュリーが右腕(みぎうで)をなぎ払うように振ると、彼女の足下を中心に、先ほどに数倍する範囲にまで(またた)く間に氷が拡張、失われた足場を補完した。

 ややもせずバーナが片(ひざ)()いて着地すると、歯を食いしばって相棒の巨体をなんとか支えていたリリスも彼女に続き、フェンリルをその場に降ろして()めていた息を()き出す。

「助かりました、アシュリー様」

「ふぃ〜! フェンリルも大きくなったねぇ!」

 しかし、当のアシュリーは得意がるでもなく真剣な声で続けた。

「二人とも、気を抜かないで。まだ奴らはすぐ近くにいるのよ!? これは急場しのぎでしかない。──リリス、あなたフェンリルに、走りながらブレス()たせたことある?」

 その言葉にリリスもハッとした表情になると、すぐに首を縦に振る。

「わかりました、やらせてみます! フェンリル、いけるよね?」

「ガルルァッ」

 リリスが問いかけると、勇敢(ゆうかん)な白銀の迅狼(じんろう)は気合い充分とばかりにひと声()えた。リリスもそれを見て、満足げに(うなず)く。

「よし。それじゃ、構え(レディ)──Go(ゴー)!」

 リリスが右手を(かか)げるとフェンリルもまっすぐ前方を見据える。そして彼女の合図と同時、牙の隙間(すきま)から白く棚引(たなび)く冷気を()らしながら駆け出した。

 それを見届けたアシュリーは、すかさず上空のベルクス達に指示を飛ばす。

「ここからは、更にペース上げていくわよ! 状況は刻一刻と変化してるけど、これまで通り、何か異変を感じたら報告。島が見えてきたら警戒!」

「「「「「「「「了解!!」」」」」」」」

 

 

      3

 

 

 アシュリーが浮遊(ふゆう)魔法(まほう)による高速機動でフェンリルに追いつき、氷魔法でのサポートを始めて数十分後、遂に水平線上に現れた島の影が徐々(じょじょ)に近づいてきた。

 行軍自体は順調に進んでいるものの、問題はまだ別に残っている。

「バーナさぁん! あの魚たち、まだ追ってきてますよぉ!」

 集団の後方でアイリスが半泣きになりながら悲鳴を上げる。

 先ほど出現した魚竜(ぎょりゅう)の一団は、(おどろ)くべき執念(しゅうねん)深さを発揮して水面直下を猛追(もうつい)してきていた。しかも彼らは仲間を呼び寄せて、じわじわとその群れの規模を拡大している。

 もしも彼らが、自分たちの縄張りにバーナ達が立ち入ったことに目くじらを立てているだけなら、追走はとっくに終わっているだろう。しかし、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、このまま振り切れる可能性は限りなく低い。

 ──どうやらこの海域の生態系は、サザンカ(とう)のモンスターたちに荒らし()くされてしまっているみたいですね……。

 その時、背後から盛大な水音がしたかと思うや、バーナの体を濃い影が包む。ちらりと振り返ると、再び魚竜の一頭が空高く()ね上がり、(なな)め後方から突撃(とつげき)してきていた。

「──ッ」

 (ねら)いが自分であることを(さと)り、バーナは(つか)()目を見開くが、素早(すばや)く身を(ひるがえ)すと武力(ぶりょく)で造り出した大剣(たいけん)を抜き()ち。刀身側面を(たて)代わりにして受け止めた。

 だが魚竜(ぎょりゅう)の突進による衝撃(しょうげき)が足場の悪さと相まって(くつ)のグリップを(にぶ)らせ、バーナは自分の意思に反して急激に後退させられる。

 ──あなた方に(うら)みはありませんが、家族を害するというなら(だま)ってられないんですよ……ッ。

 バーナは歯を食いしばり、両足が氷にめり込む勢いで制動をかけながら、魚竜の眉間(みけん)に左手を()えた。

「『灼熱の光環(ブレイズベール)』ッ!」

 基本的にこの技は、術者(じゅつしゃ)の全身から熱波を放射する都合上、このような氷の足場の上で安易に発動すれば後に続くメンバーを巻き込む激甚(げきじん)な二次災害を引き起こしかねない。

 しかし、バーナには考えがあった。

 自身の左腕(ひだりうで)全体を一門の火砲(かほう)に見立て、全身から(ほとばし)ろうとするマグマの(ごと)き高熱の武力をその一箇所(かしょ)収斂(しゅうれん)。さらに集めた武力を押し出すイメージで(てのひら)の上に圧縮し、灼熱(しゃくねつ)の波動に()えて()ち出す。

 ──直後、腹の底に(ひび)くようなズドンという重い炸裂音(さくれつおん)が海上に(ひび)き渡り、優に五トンは超えるであろう巨体が冗談(じょうだん)のように(はじ)き飛ばされた。

 あまりの出来事に、(すき)(うかが)っていた他の魚竜(ぎょりゅう)たちはしばし(ひる)んだように動きを止め、ゆっくりと後退していく。

 バーナはその場で静かに残心すると、(まなじり)を決して鼻から大きく息を吐いた。

 あるときは灼熱のマグマを操って、伸縮自在かつ超硬度を(ほこ)る金属から様々な武器(ぶき)を生み出し、またあるときはマグマの高熱をもって(おの)が肉体そのものを苛烈(かれつ)な兵器と化す。

 これこそが、橙鬼館(とうきかん)が誇る鬼のメイド長、バーナ・トールスの武法(ぶほう)『フォージ』の真髄(しんずい)である。

 

 

 ベルクスは、バーナが放った技の威力(いりょく)(わず)かに気圧(けお)され、ほんの一瞬その飛行を止めてしまった。それはベルクスに限ったことではない。予想だにしない方法で魚竜を()き飛ばしたバーナに、その場にいた全員が釘付(くぎづ)けになる。

 それでも、もたもたしてはいられない。魚竜(ぎょりゅう)たちは怯みこそしたが、(すで)に態勢を立て直して反撃(はんげき)の準備を始めている。

 ベルクスは無理やり意識を残りの魚竜に引き戻した。

「アイリス、お前の風で海水を巻き上げられるか?」

「えっ、わ、私ですか?」

 ベルクスが後ろを振り返ると黄緑色のポニーテールの少女は(おどろ)いたように目を丸くする。

「このまま島まで走り抜けても、着いた頃にはこの魚竜(ぎょりゅう)どもと島のモンスターに(はさ)まれる。それまでにはなんとかしてコイツ()を減らしておきたい。なに、難しい事は言わねぇ。この一帯の海面を軽く()ぎ払ってくれりゃいい」

「は、はい、わかりました!」

 アイリスは腰に()いていた太刀(たち)(さや)を払うと、()っ先を下げて下段に構える。ベルクスはその様子を見守りながら周囲に指示を飛ばした。

「リリス、アシュリー様! バックアップ(たの)んだ!」

「ラジャー!」

「頼まれたわ」

 確かに、彼女の魔力コントロールには(つたな)い部分が多く残る。ミスを許されないこの状況下で、いち作戦の主軸を任せるというのは、兵法の観点からみれば悪手なのかもしれない。

 だが、そうだからこそ、ベルクスは(むし)ろそこに攻略の糸口(いとぐち)を見出していた。この一手が仮に上手く決まれば、島に突入するまで水棲(すいせい)型のモンスターを一挙に足止め出来るかもしれない。

 と、そうこうする内に、アシュリーの準備が整ったらしい。未だ精神統一を続けるアイリスに向けて魔力を発動する。

「──攻撃力(こうげきりょく)()()、『イルアームズ』付加(エンチャント)

「…………。……──は?」

 事態の流れを静観していたベルクスはアシュリーが口にした思わぬ技名に耳を疑った。対するアシュリーは、なに食わぬ顔で見返してくる。

「どうしたの、ベル? 何か失敗だったかしら?」

「いや、そうじゃねぇけど……アンタ、さすがにそれはちょっとやり過ぎじゃ……」

「きっと大丈夫よ。せっかくのアイリスの見せ場なんだもの。どうせならステージは豪勢(ごうせい)に彩ってあげたいじゃない?」

 この気まぐれ魔術師は、不安定な土台に余分な骨組みを差し込む所業のなにを(もっ)て彩りだなどと言いたいのだろうか。

 ベルクスは頭を(かか)えたくなったが、発動してしまったものはもうどうしようもない。ベルクスの苦悩などお構いなしに、作戦は着々と進行していく。

「では、いきます! えーい!! ──わわッ、あわわわわッ!?」

 アイリスは威勢よく太刀を振り上げて魔力を発動するが、直後にその華奢(きゃしゃ)な両(うで)を振り回して身体全体で動揺(どうよう)を表現した。

 それもそのはず。先ほど発動された支援魔法の効果は『攻撃力の倍加状態を対象に付与する』というものである。

 つまりアイリスが例によって魔力の加減を間違えた場合、単純な威力(いりょく)が二倍になるのは勿論(もちろん)のこと、彼女が想定していた威力との落差分まで二倍になった状態で効果が表れることになってしまうのだ。

 果たして、アイリスは見事に力加減を誤っていた。

 足下から伝わる不穏な震動と共に、何かが海底からせり上がってくるような気配。ベルクスはアシュリーに非難がましい視線を向けるが、彼女はただ肩を(すく)めてみせただけだった。

 次の瞬間(しゅんかん)先刻(せんこく)の魚竜たちが上げたものをはるかに上回る規模の水柱(みずばしら)が、海面に幾本(いくほん)も突き立つ。いや、その表現は正鵠(せいこく)を射たものではない。

 アイリスが暴発同然に(はな)ち、アシュリーにその威力を倍加された竜巻(たつまき)の魔法が、それぞれの発生地点周辺の海水を魚竜ごと巻き込んで上空に打ち上げたのだ。

 ベルクスはその光景を途方に暮れて見上げながら、もう半ばヤケを起こしつつ叫ぶ。

「リリス、いまだやれッ!」

 指示を受ける前から予備動作に入っていたリリスは、想定外の惨状(さんじょう)の中でも至って冷静に、明るく振る()うことができた。

換装(かんそう)自動射手(オートマチック・アーチャー)

 リリスが手甲(ガントレット)と一体化したロングボウを呼び出して両腕に装備するとともに、その弓幹(ゆがら)の上に複数の矢が出現する。そのまま両翼(りょうよく)を広げるとリリスはそれらを一斉(いっせい)()ち上げた。

 (はな)たれた矢がアイリスの巻き上げた海水に()き立つと、(かん)(はつ)()れず叫ぶ。

「『落雷の矢(ライトニング・アロー)』!」

 次の瞬間(しゅんかん)(やじり)(まばゆ)い光をともなって放電した。網目(あみめ)のように(ほとばし)る幾本もの稲妻が互いに絡み合いながら、水飛沫(しぶき)の中を縦横(じゅうおう)無尽(むじん)に駆け抜ける。

 巻き上げられた海水が落下するのに従って、周囲の海全体にまで雷撃(らいげき)が及んだのを確認し、リリスは再び声を張り上げた。

「総員、全速前進! いまの内に、島まで一気に()っ込むよ!!」

 妖精(ようせい)メイド達は雄叫(おたけ)びを上げると、一斉に全速力で飛翔(ひしょう)を再開する。

 リリスもその場でネコのごとく身を丸めると、フェンリルとともに爆速(ばくそく)で飛び出した。直後に背中の(はね)(ふる)わせてダメ押しの加速。

 集団最前列を飛ぶベルクスにひと息で追いつくと、そのまま全員でラスト数百メートルを猛然(もうぜん)(はし)る。

 (ほど)なくして、いままで沈黙(ちんもく)を守っていたルミネアが後方で叫んだ。

「島の上空に敵影(てきえい)を感知! およそ三十体、まっすぐ突っ込んできます! このままでは衝突(しょうとつ)します!!」

 その(しら)せに、リリスはベルクスとアイコンタクト。揃って翅を一度強振すると、集団の(はる)か前方へと(おど)り出る。

 回廊(かいろう)に降り立ったベルクスと背中合わせになって(くつ)のかかとで急制動をかけると、水色の髪の少年が背中の片手剣(かたてけん)(つか)に手をかけつつ、獰猛(どうもう)な笑みを浮かべて口を開いた。

「だったらその前に(おれ)たちで──」

「──一体(いったい)残らず()ち落とす、だよね!」

 後を引き取ったリリスも不敵に笑うと、両腕(りょううで)に『自動射手(オートマチック・アーチャー)』を再び呼び出す。

 対する敵モンスターの群れは、みな一様に爬虫類(はちゅうるい)の細長い鼻梁(びりょう)をもっていた。前肢(まえあし)は骨格が進化して(つばさ)状になっており、その体躯(たいく)はリリス達の数倍もある。

 飛竜(ひりゅう)。その名の通り、翼状に発達した前肢で自在に空を飛び回り、見つけた獲物(えもの)を群れで襲撃(しゅうげき)する凶暴(きょうぼう)なハンターだ。

 群れをなして来襲した飛竜たちは、こちらの姿を認めると雄叫びを上げて()っ込んできた。

 ベルクスが抜いた剣を後ろに引くと、その刀身を水流が包む。同時に、リリスも両腕のロングボウに複数の矢を(つが)えて構えた。

「『流水閃(ストリーム・エッジ)』ッ」

「『煙幕の矢(スモーク・アロー)』!」

 突き込まれた刀身を包んでいた水流が刃状に長く伸び、変幻自在な軌道を描きながら飛竜の群れに殺到する。それに対しリリスが左の弓で(はな)った矢は真っ黒い煙の尾を引いて飛び、空中で爆発(ばくはつ)。煙幕を張って相手の半数の視界を奪った。

 煙幕から逃れた飛竜たちが、水の刃に腹を裂かれ、翼を貫かれ、首を()かれて次々と墜落(ついらく)していく異様な光景の中、リリスは今度は右の弓に番えた特殊な火矢を繰り出す。

「『火焔の矢(フレイム・アロー)』──()っ飛べッ!」

 燃え盛る(やじり)をもった火矢は、先刻(せんこく)の煙幕に突き立つと、引火。粉塵(ふんじん)爆発を引き起こし、火焔(かえん)の華となって敵集団を瞬時(しゅんじ)に押し包んだ。

 それらの攻撃(こうげき)()え切った個体がいないのを確認して(となり)のベルクスをちらりと見やると、水妖精(ウンディーネ)の少年も(うなず)きを一つ返す。

 リリスは振り返り、右手の指を(くちびる)に当てて音高く口笛を吹き鳴らした。すぐに妖精(ようせい)メイド達を抜き去って白銀の巨体をもつ相棒が駆けてくる。

 その速度を落とさせることなく、リリスが彼の背に飛び乗ると、フェンリルは迅狼(じんろう)の二つ名に()じない超加速で前方を疾駆。ややもせず、サザンカ(とう)の入口がぐんぐん近づいてきた。

 見ると、島の入口にはご大層にも門が設けられており、その両脇には長柄斧(ポールアックス)(たずさ)えた重武装モンスターが二体(ひか)えている。

 頭と胴体の大部分を金属(よろい)でがっちり固めているため顔までは確認できないが、バイザーの上部に空いた穴から赤色の細長いケモノ耳が(のぞ)いていた。

 イヌ科の動物の頭部にヒト型の身体をもった獣頭(じゅうとう)人身の亜人型(デミヒューマン)──コボルドだ。

 門番を務めるコボルド兵たちは急接近するフェンリルを認めるや、通すまいと長大な(おの)を交差させて迎え()つ。しかしリリスはその行動など意に介さず、(あし)でフェンリルの身体を(かか)え込むと、迷わず彼らに向けて両腕の弓を引いた。

「『疾風の矢(ウインド・アロー)』!」

 風をまとって(はな)たれた二本の矢は、一直線に高速で宙を()けると、(ねら)(あやま)たずコボルド兵に吸い込まれていく。リリスは着弾すら待たず、正面の門に向けて更にもう一本、火矢を発射。

 金属鎧の隙間(すきま)からわずかに(のぞ)喉元(のどもと)を風をまとった矢が貫いたのと、門の中央を射抜(いぬ)いた火矢が火柱を噴き上げて門柱ごと炎上させたのは同時だった。

 コボルド兵たちは突如(とつじょ)発生した爆発衝撃波(しょうげきは)に押されたようによろめき、門に足を向けるかたちで左右にどうと崩れ落ちる。

 フェンリルが急制動をかけて立ち止まったところで、ベルクスが後方から追いついてきた。

 聡明(そうめい)同僚(どうりょう)剣士(けんし)は目の前に広がる光景から瞬時に状況を把握(はあく)すると、燃え落ちる門に向けて(かか)げた剣を振り降ろした。

「これより任務開始! サザンカ島を占拠するモンスターを排除する!! 総員、突撃(とつげき)ッ!!」

 フィオーレ王国南部の港町・ハルジオン。

 そこから南におよそ五十キロの海上に浮かぶ島・サザンカ(とう)で、橙鬼館(とうきかん)メンバーと島のモンスターたちとの決戦の幕が、遂に切って落とされた。




明けましてメリーバレイトデー!
というわけで読者の皆さん、改めまして、お久しぶりです。
前回第14話の後書きで『次回は新年の挨拶(あいさつ)から始めることになるだろう』などと調子に乗っていた水天(みそら) 道中(どうちゅう)です。
申し訳ありません。確かに年は(また)いでしまったんですが、自分の想定とニュアンスが逆でした。新作の執筆に時間が掛かり過ぎてしまい、新年の挨拶どころかバレンタインにさえ間に合わせられませんでした。
()びにたったいま、前回投稿時にまだ迎えていなかったクリスマスを始め、新年とバレンタインとホワイトデーのご挨拶をひと息に済まさせて頂きました。

ここからは少し真面目に。
今回の投稿が遅くなったのには、挙げられる原因が大きくひとつあります。
それは、自分が患っている身体障害の治療のために、二週間ほどの入院期間とそこからのリハビリの時間を頂いていた事。ちなみに現在はほぼ普段通りの生活に戻れてはいますが、まだ日常的な動作の中でリハビリを続けている状況です。
実をいうと自分は生まれてすぐから何度も入院・手術を経験しており、その度にこういった『何も手につかない状況』に陥ってきました。

勿論、自分の投稿が不定期になる原因はこれだけに留まりません。なんだかモチベーションが上がりにくいとか、構想をまとめ切れないとか、場合によって様々です。
しかし今回については、遅くともバレンタイン辺りには投稿したいと思っていたところに入院の予定が被ってしまい、リハビリや検査の為の通院などによっていままで掛かってしまったということをご理解頂けると幸いです。
他の理由についても、また説明すべき機会が訪れた際にお話ししていけたらと考えています。

さて、それではそろそろ本題に移りましょう。
当初の予定では今回で幕間(まくあい)増量企画を早々に切り上げ、いい加減本編のストーリーを再開させたいと考えておりました。しかし今回のお話を考える内にどんどんプロットが膨れ上がり、気づけば過去最長記録をまたもや更新する事態にまでなってしまっていました。
余りの計画性の無さに我ながら(あき)れが礼にくる思いですが、こうなったらもう書けるだけ書いてやろうということで、次回こそこのストーリーに区切りをつける方向性で頑張っていこうと思っています。

ちなみに今回名前が判明した戦いの舞台・サザンカ島。そこに巣食うモンスター達の設定は、SAOやモンスターハンター、果てはハリー・ポッターなど、様々な作品から着想を得て制作しました。いずれまた幕間増量企画が終わった辺りで、新たな『人外の種族関連情報』としてまとめていく予定です。

今回の後書きも長々と、それに真面目な話をいきなり書き連ねて読者の皆さんを面食らわせてしまったことかと思いますが、申し訳ありません。
これまで余り自分自身のことは語ってきませんでしたが、そろそろ自分の執筆環境についても理解を求めていくべきだろうと判断した次第です。

それでわ、しーゆーあげいん!
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