FAIRY TAIL The Travelogues of Phantasm   作:水天 道中

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大変長らくお待たせ致しました。サブキャラクター達が活躍する『幕間(まくあい)』パート。前回第15話の後書きで宣言した通り、今回でついに幕引きとなります。

それでは、いよいよ激化していくサザンカ島(とう)のモンスター討伐(とうばつ)戦、スタートです!!




第16話 護(まも)り手なる医神(いしん)の剣(つるぎ)

「これより任務開始! サザンカ島(とう)を占拠するモンスターを排除する!! 総員、突撃(とつげき)ッ!!」

 リリスの火矢(ひや)により燃え落ちる門に向けて、ベルクスが掲(かか)げた剣を振り下ろす。

 それを合図に、妖精(ようせい)メイド達は盛大な鬨(とき)の声を上げながら島へと雪崩(なだ)れ込んだ。

 島の内部は、途轍(とてつ)もなく巨大なドーム状の空間だった。アシュリーが空間魔法(まほう)でつくり出す闘技場を思い出すが、優にあの数倍を超える面積があるだろう。

 足下には湿って苔(こけ)むした岩が隙間なく敷(し)き詰められている。岩は外周部分で高く積み上げられ、石垣(いしがき)を形成しながら壁面へと連なる。しかし、壁は単純に石垣を延長したものではなかった。その所々に大きな穴が空いており、通路となってその奥へと続く。

 恐らく、この島のモンスター達の手で築かれたものだろう。ここに至るまでの彼らの動きから、その連携能力や、個々の知能の高さには薄々(うすうす)気づいていたが、ここまでとは。

 そして、遠すぎて一見わかりにくいが、奥の方には金貨や装飾品、武器(ぶき)や防具に至るまでが莫大(ばくだい)な規模でうずたかく積み重なっていた。その光景は、島のモンスター達がこれまでに幾度(いくど)となく働いた蛮行の凄(すさ)まじさを如実(にょじつ)に物語っている。

 その時、左右の壁の高い所に幾(いく)つも空いた穴から、金属鎧(よろい)に身を固めた体格も形態も様々なモンスターがぞろぞろと飛び出してきた。全員で武器を構え直し、すかさず走り込む。

 

 

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 まず先陣を切ったのはフェンリルだった。その後ろを追うのは水の三妖精(ようせい)ことレイン、シアン、フロウ。そこにアイリスを加えた四人で散開し、敵集団に向けて突(つ)っ込んでいく。

 更にその後ろにベルクスとバーナが続き、討伐(とうばつ)隊の最後方、島の入口付近には、中・遠距離攻撃(こうげき)を主体とするリリス、ルミネア、そしてアシュリーが陣取っていた。

 直後に両陣営の最前列が、真っ向から激突(げきとつ)。派手な金属音と共に空中にいくつもの火花を散らす。

 敵集団直中(ちょくちゅう)に飛び込んだ剣歯狼(フェンリル)の巨躯(きょく)は、跳ね回りながら敵の密集陣形に砲撃(ほうげき)よろしく大穴を次々穿(うが)っていく。

 猫妖精(リリス)に飼い慣ら(テイム)された使い魔でありながら、主人の指示ひとつ無く効率的に敵陣を破壊するその姿は、モンスターにとって脅威(きょうい)以外の何ものでもない。

 と、こちらにも前列の脇(わき)を抜けた数体のモンスターが向かってきた。

 バーナを目指して突進してくるのはヒト型の逞(たくま)しい巨体に牛の頭をもった獣人(じゅうじん)型モンスター、トーラス。対してベルクスに向かってきたモンスターはトカゲの頭と尻尾(しっぽ)をもっていた。

 ベルクスはリザードマンが振りかざす片刃曲刀(シミター)を、正面から迎(むか)え撃(う)つ。

 鍔迫(つばぜ)り合い、トカゲ男の突進を押さえ込みながら、片頬(かたほお)を吊(つ)り上げて口を開いた。

「せいぜいが突進しかできねぇ雑兵(ぞうひょう)クラスの割には、なかなか良い剣筋(けんすじ)してんじゃねぇか。だが──」

 そこで視線を相手のシミターの刀身に落とす。

「得物(えもの)がその程度のスペックなんじゃあ、いただく気も起きねぇなぁ!」

 叫ぶと同時に押し返すと、再び振りかぶられたシミターに自分の剣を合わせる。斬撃(ざんげき)がヒットした瞬間、その刀身が耳をつんざくような金属音を撒(ま)き散らして中ほどから折れ飛んだ。

 驚愕(きょうがく)の声をあげるトカゲ男が防御(ぼうぎょ)に掲げた円盾(バックラー)を蹴(け)り飛ばすと、間(かん)髪(はつ)容(い)れず袈裟懸(けさが)けにしながら次の標的を探す。

 そこではっとして上空を仰(あお)ぎ見るや、ベルクスは翅(はね)を一度大きく震(ふる)わせて飛び上がった。頭上を越えんとしていた飛竜(ひりゅう)たちに狙(ねら)いを定め、魔力(まりょく)を発動。

「『流水閃(ストリーム・エッジ)』ッ」

 ベルクスの剣を包んだ水流が刃状に長く伸び、真上を飛ぶ飛竜の腹を深く抉(えぐ)る。そのまま空中で体を捻(ひね)ると、羽虫や怪鳥(けちょう)のようなモンスターからなる飛行部隊をまとめて叩(たた)き墜(お)とした。

 ベルクスは翅を広げて制動をかけ、素早(すばや)く眼下に視線を走らせる。

 そこは魔法(まほう)の炸裂(さくれつ)音や銃声、剣戟(けんげき)音が混ざり合い奏でる戦場音楽。その合間に幾(いく)つもの叫声(きょうせい)が飛び交(か)い、敵も味方も混交した乱戦になっていた。

 バーナは倒した牛男(トーラス)から戦槌(ハンマー)を奪うと、造り出した大剣(たいけん)と共に振り回し、手近なモンスターを次々と薙(な)ぎ倒す。

 数匹のモンスターが一度に飛び掛かっていくと、彼女は持っていた武器を投げつけ、体勢を崩(くず)したところに左右の拳銃(けんじゅう)の引き金を引きまくった。

 レインはアイリスと背中合わせになって死角を殺し、細剣(レイピア)で堅実にダメージを与えている。だが手数で押し切るには敵の数が多過ぎた。加えて重武装のコボルドにはなかなか致命打を与えられず囲まれてしまうが、そこに突如(とつじょ)重い斬撃(ざんげき)が走り、ハッとする。

 一撃(いちげき)で実に三体もの獣人(じゅうじん)を斬(き)り伏せたのは、身の丈(たけ)ほどもある薙刀(なぎなた)を携(たずさ)えたフロウだった。彼女は仲間を包囲網から救い出す間も、相変わらずほわんほわんと笑っていた。

 そうこうする間にも、ルミネアとアシュリー、リリスが放(はな)った光弾(こうだん)や火球(かきゅう)、無数の矢が大きく孤を描きながら敵集団頭上に雨霰(あめあられ)と降り注ぐ。

 その隙間(すきま)を縫って、フェンリルが氷の両刃洋刀(サーベル)と化した牙にモンスターを引っ掛け投げ飛ばし、シアンが両手に携(たずさ)えた短剣(ダガー)で斬(き)りつけつつ戦場を駆(か)け抜けた。

 刻々と変転する戦局の確認を数秒の内に完了すると、ベルクスは翅(はね)を畳(たた)んで落下の軌道に入る。

 ──やはり雑魚(ざこ)をある程度削(けず)らなきゃ、魔法(まほう)道具を扱う奴(やつ)らは出て来(き)さえしねぇか……。

 円運動をかけつつ翅を一度打ち鳴らし、水をまとった刀身をひと薙(な)ぎ。落下点付近にいた一団を吹き飛ばしながら石畳(いしだたみ)に降り立つと、愛剣(あいけん)を肩に担(かつ)いで腹から声を出す。

「もっと強(つえ)ぇ奴いるんだろ? どんどん出てこい! テメェら下っ端(ぱ)が何十体湧(わ)こうが、討伐隊(オレたち)の肩慣らしにしかならねぇぞ!!」

 

 

 ベルクス達が激闘に身を投じた、その少し前──。

 スミレ山(やま)の外周部分に点在する、簡易訓練場。そのひとつの中央で、白狼(はくろう)天狗(てんぐ)のメープルは腰を落とし、目を伏せて音無しの構えをとっていた。

 周囲の木々にはメープルを取り囲むように複数の的が取り付けられている。

 そこでカッと瞳(ひとみ)を見開き、右腕(みぎうで)を閃(ひらめ)かせた。

 視界に標的を捉えるや否(いな)や斬撃(ざんげき)を放(はな)ち、的──木製の円盤を次々に両断していく。

 続いて高く跳躍(ちょうやく)すると動作を加速。空中からひと息に放たれた無数の斬撃や刺突(しとつ)は、針に糸を通すが如(ごと)き精密さで枝葉の間をすり抜け、やや離れた位置にある的をも破壊した。

 的が最後の一枚になると、メープルは曲刀を大きく振りかぶり、決めの一撃(いちげき)。

 宙を舞う木の葉を巻き込み粉砕しながら飛んだ斬撃は──しかし、わずかに狙(ねら)いが外れ高木に着弾。的の数十センチ上を斜(なな)めに切断し、重い震動(しんどう)音と共に倒壊させる。

 メープルが着地して呼吸を整えていると、頭上から拍手が降ってきた。

「お〜、相変わらず、目の覚めるような剣さばきですねぇ。ブラボー、ブラボー」

 うんざりしつつ空を振り仰(あお)ぐと、案の定(じょう)というべきか女性が一人、黒い翼(つばさ)を羽ばたかせて舞い降りてくるところだった。

「ただ、最後の一撃は惜しかったですね。繰り出す瞬間(しゅんかん)に些(いささ)かの迷いが見てとれました。ドンマイです」

 地面に降り立ち、苦笑と共に親指を立てる鴉(からす)天狗の女性を横目で見返し、メープルはひとつ嘆息(たんそく)する。

「稽古(けいこ)をただ見られる分には問題ありませんが、そうやって頭の上を飛び回られると気が散るんですよ」

「あやや、それは失礼しました。まさかあの距離でも邪魔(じゃま)になってしまうとは。ジャーナリスト疾風丸(はやてまる)文(あや)、一生の不覚……ッ」

 大袈裟(おおげさ)な物言いからは少しも誠実さが感じられないが、こうみえて文は自分の仕事に確固たる信念と誇(ほこ)りをもって活動しているので、彼女なりに反省してくれてはいるのだろう。

「わかってもらえたのならいいんですよ。とはいえ、そんな近くに居られても気恥(きは)ずかしいので、冷やかしにきたならいますぐ帰って下さいね」

「やっぱりまだ機嫌(きげん)損ねてるじゃないですかヤダー」

「…………」

 あくまで巫山戯(ふざけ)た態度をとり続ける文を半眼(はんがん)で眺めていると、彼女は得意げな顔で指を一本立てた。

「ずっと刀を振り続けていたら疲(つか)れるでしょう。肩を揉(も)みますから後ろ向いて下さい」

「文(あや)さんに背中見せると尻尾触られるので嫌です」

「…………」

「……はぁ。何か用事があるんじゃないんですか? 稽古を再開したいので、あるなら早くして下さい」

 メープルは肩を落とすが、文はこちらの様子など気にも留(と)めず、興奮気味(ぎみ)にまくし立てる。

「よくぞ聞いてくれましたねメープル! えぇ用事ならありますとも。頑張(がんば)り屋の部下(メープル)を労(ねぎら)った後、許可をとったうえでそのモフモフの尻尾を触らせてもらうという素晴らしい重要な用事(ギブアンドテイク)が──あああごめんなさい冗談(じょうだん)! 冗談ですから! 真面目(まじめ)な話もちゃんとありますから待って帰らないでッ」

 話を半分も聞き終わらない内に彼女の脇(わき)をすり抜けて歩き出すと、目を伏せて熱弁を振るっていた鴉(からす)天狗の女性がすぐに追いすがってきた。

「もう付き合い切れないので、別の場所で仕切り直すだけですよ。というかいま『真面目な話も(・)』って言いましたねッ!? やっぱり、最初から私の尻尾目当てじゃないですか! 文(あや)さんにはわからないでしょうけど、コレいきなり触られるとすっごくヘンな感じがするんですからねッ? 絶対触らせませんよ!?」

 メープルは両肩を掴む腕(うで)を振りほどいて距離をとりつつ身構えるが、そこで文が、おもむろに立てた指をチッチッと振り、反(そ)らした胸に片手を置く。

「ふふーん。甘い、甘いですよメープル。そんなことで私のしつこい追跡から逃れられるとでも?

 この山にある簡易訓練場の位置情報は当然、すべて押(お)さえてありますし、なんならメープルが好んで利用する場所や時間帯、そのサイクルもきっちり調べ上げてあります。いま逃げたところで、またすぐに見つけ出せると断言しましょう。

 この私の記者魂(だましい)に火をつけて張り合おうとしたのが運の尽(つ)きでしたねぇ」

「別に張り合ってるつもり無いですし、文さんが独りで勝手に燃え上がってるだけじゃないですかッ。そして他天狗(ヒト)のプライベート暴(あば)いてる事を当事者に向かって堂々と暴露(ばくろ)しておいて、どうしてこんなに誇(ほこ)らしげなんですかねこのパパラッチ。あと『しつこい』って自覚はあるのか」

 独り言に近いかたちで立て続けに悪態をついたその時、不意に頭のどこかがチクリと疼(うず)いた。

 目の前でにやにやと笑う文の容姿に重なる市松(いちまつ)模様のスカートにツインテールの影。同時に、脳裏(のうり)を一瞬(いっしゅん)よぎる、場違いな『望郷』の二文字。

 メープルはいま、なにか大切なことに気づきかけたような気がしたが、しかしその思考は明確なかたちを成す前に霧散(むさん)してしまう。

 文(あや)はこちらの胸中など知る由(よし)もなく、メープルの散々な罵倒(ばとう)にも何故(なぜ)だかくすぐったそうに笑った。

「いやぁ、やはり取材というのはしつこくないとやってられませんからね。時に誰(だれ)かの恨(うら)みを買おうとも、スクープを求めてどこまでも、しぶとくターゲットに食い下がっていきますよッ」

「一応言いますけど、褒(ほ)めてないどころか全力で貶(けな)してますからね?」

「はい。私にとってはメープルに言われた点も含めて貴重な褒め言葉です」

「清々しいまでの開き直り(ポジティブシンキング)」

「まぁまぁ、つまらない茶番はこのくらいにして……そろそろ本題に入らせて下さいよ」

「その『つまらない茶番』引き延(の)ばしてるの、文さんなんですよね、どう考えても」

 呆(あき)れ返りながらそう応(こた)えるが、鴉天狗(からすてんぐ)の女性の笑みは少しも曇(くも)らない。

「それで、今回ここを訪ねたのはですね、遠征に行った皆さんのことで意見を聞きたかったからなんですよ。メープルからみて、どう思います?」

 ペンとメモを取り出しつつ発せられた問いに、メープルは顎(あご)に手を当て考え込む。

「そうですね……。まぁ、鬼の皆さんも半数は同行してますし、よほどのことが無ければ苦戦なんかしないんじゃないですか?」

 率直な意見を述べると、文(あや)はなにごとかメモに取りながら相槌(あいづち)を打った。

「ふむふむ。つまり、メープルが稽古(けいこ)に励(はげ)んでいるのも、気持ちを落ち着けるためではないと」

「特にベルクスさん達のことが気がかりってわけじゃないです。ただ、剣術(けんじゅつ)の稽古はもう習慣になってるので、そういう意味では気持ちを落ち着けてることになりますね」

「なるほど」

 そこでふと文が顔を上げて、森の向こう、ベルクスたち討伐(とうばつ)隊が向かった方角を見やる。

「よほどのことが、無ければいいんですがねぇ……」

 何やら意味深なことを呟(つぶや)く上司を横目で見ながら、メープルは彼女に悟られないように鼻からひとつ息を吐(は)いた。

 ──普段からこうして落ち着いた調子でいてくれれば、こちらも真面目(まじめ)に対応しようと思えるし、今より少しは取材も捗(はかど)ると思うんだけどなぁ……。

 

 

      2

 

 

 リリスは『自動射手(オートマチック・アーチャー)』での援護射撃に徹しながら、眼前(がんぜん)に広がる光景に奇妙な違和感を覚えていた。

 現在の戦況は討伐(とうばつ)隊の優勢。先ほどから魔法(まほう)攻撃(こうげき)をする個体もちらほらと現れ始めたが、数で勝る彼らに皆(みな)一歩も引かず、安定した戦闘(せんとう)を続けている。

 ──否(いな)。

 安定した、という状況自体がそもそも不自然だ。

 リリスたちが島に突入してから、すでに体感で五分以上が経過している。それなのに戦況が突入直後からほとんど推移していない。

 その時、バーナに背後から忍び寄るリザードマンを見つけ、半ば自動的に弓を引く。

「シッ」

 風をまとった矢は狙(ねら)い過(あやま)たず、トカゲ男のガラ空きの背中に命中した。しかし、標的が崩れ落ちる瞬間(しゅんかん)、リリスは驚愕(きょうがく)に目を見開く。

 たったいま倒れたリザードマン。その手に握(にぎ)られた、刃折れの片刃曲刀(シミター)。

 間違いない。あれは突入直後にベルクスが斬(き)り伏せていた個体だ。

 モンスターの数がまるで減っていない。いや、正確には敵の傷が致命傷を残して回復している。

 どういうことだかまったく理解が追いつかないが、これが戦況の進展を妨(さまた)げているカラクリのひとつだと悟った。

 不意に背筋に悪寒(おかん)が走り、リリスは勘(かん)任せに大きく跳躍(ちょうやく)。同時に、たったいまリリスの居た位置に、背後から飛来した物体が突き立ち弾(はじ)ける。

 その形が崩れる寸前にリリスの目が捉えた飛来物の正体は、銛(モリ)を象(かたど)る水の塊(かたまり)だった。

 ──足止めしてた奴らが立ち直ったか!!

 歯噛(はが)みする間にもリリスは空中で身体を捻(ひね)り、弓の上に呼び出した矢を射出。二撃目の予備動作に入っていた敵の眉間(みけん)を射(う)ち抜き、速(すみ)やかに沈黙(ちんもく)させる。

「背後から奇襲を受けてる! 後方支援は中止、海上の敵に警戒(けいかい)!」

 着地と共に飛ばした指示に、アシュリーとルミネアがハッとして振り返った。それと同時に海中から幾(いく)つものシルエットが浮上する。

 水面から顔を出したのは、痩(や)せ細った青白い肌(はだ)の人間のようなモンスターだった。ニヤニヤと笑う口には鋭(するど)い歯がズラリと並び、瞳(ひとみ)を爛々(らんらん)と輝(かがや)かせて銛を振りかざす腕(うで)には鱗(うろこ)が見える。

「アシュリー様、あれは!?」

「水棲人(マーピープル)。海に暮らす人魚の一種よ。また厄介(やっかい)なのが出てきたわね……」

 隣(となり)に立つ鬼の魔術師(まじゅつし)は、牽制(けんせい)に数個の火球(かきゅう)を飛ばしつつ、視線を敵に据えたまま続ける。

「ここは私とルミネアで保(も)たせるわ。リリス、あなたはベルに伝令を。敵が次々と回復してるのはあなたも気づいたでしょ? このまま何も手を打たず戦っても埒(らち)が明かない。あなたが皆(みんな)に情報を届けるのよ」

 振り返ると、ルミネアも薄く開いた瞳(ひとみ)に決意を込めてひとつ頷(うなず)く。

「後ろは私たちにお任せを。一体残らず確実に仕留(しと)めます」

「……それじゃあ、あとは任せたよ」

 

 

 次々と飛び掛かってくるモンスターを迎撃(げいげき)していたベルクスは、その奥から出現した魔法(まほう)攻撃(こうげき)部隊の列を認め、焼け付くような破壊衝動(しょうどう)がこみ上げてくるのを感じていた。

 剣を強振して近くのモンスターを軽くあしらうと、獰猛(どうもう)な笑みを浮かべて走り込む。

 コボルドたちが魔水晶(ラクリマ)のついた杖(つえ)から放つ魔法弾(だん)を刀身側面で受け流しながら、空いた左掌(てのひら)から水圧弾を放(はな)って応戦。

 半分ほど間合いを詰めたところで制動をかけつつ腰(こし)を落とすと、そのまま剣を引き絞(しぼ)り魔力(まりょく)を発動する。 

「『水蛇突咬(ファングスラスト)』ッ!」

 突(つ)き込んだ剣の切(き)っ先から迸(ほとばし)る水流が、巨大な蛇を象(かたど)りながら敵陣に殺到(さっとう)。体を左右にくねらせる水蛇(すいじゃ)が弾幕を押し返し、敵の後方支援部隊をまとめて高々と吹き飛ばした。

 いいぞ、とベルクスは内心ほくそ笑む。

 ここまで、脅威となるほどの飛び道具をもつ個体は確認していない。レンカが口にした、魔法効果をもつ特殊な装備とやらのことが当初から引っかかっていたが、それも近接武器(ぶき)に限った話であれば与(くみ)しやすい。このまま壊乱に至ればしめたものだ。

 その時、すぐそばに倒れていたトーラスが突如(とつじょ)跳ね起き、ベルクスの体を濃い影が覆(おお)う。

 見ると牛男が戦槌(ハンマー)を振り上げるところだった。ベルクスの頭上で一瞬(いっしゅん)静止したハンマーの打撃面が、黄色いスパークを幾重(いくえ)にも帯びる。

 ──魔法(まほう)道具ッ? いや、それにコイツはさっき、倒したハズじゃ……ッ?

 引き戻した剣を掲(かか)げて防御(ぼうぎょ)姿勢をとったところで、痛恨の表情を浮かべた。駄目だ、まともにガードして受け切れる質量ではない。加えて、付加された属性は雷。打撃を防いでも電撃(でんげき)は避(さ)けられないし、なにより水妖精(ウンディーネ)の自分では相性が悪すぎる。

 直撃であることを脊髄(せきずい)が悟(さと)り、歯を食いしばった。

「──ハアアァッ!」

 あわやという瞬間、ネコ科の肉食獣めいた猛撃(もうげき)が弾丸(だんがん)の速度でトーラスの脇腹(わきばら)に深々と突き刺さる。

 闖入者(ちんにゅうしゃ)はモンスターの苦悶(くもん)の悲鳴も意に介さず握り込んだ爪(クロー)で腹を鉤裂(かぎざ)きにするや、こめかみに向けゼロ距離から弓を引く。

 果たしてベルクスを救ったのは、リリスだった。

「ベルくん、大丈夫ッ?」

「お、おう。──ッ、つぅかお前、後方支援は──」

「あとの二人に任せてきた。それよりも、大変なことになってるんだよッ」

 切迫(せっぱく)した表情のリリスは、そこでひと呼吸おいて、続ける。

「水棲(すいせい)型の奴らがもち直した。後ろの二人はその相手で手一杯(いっぱい)になってる! それに、この島のモンスターたち、完全に仕留めなきゃ、どんな傷でも回復できるみたいなんだ!!」

「なんだと!? どうりで数がいつまでも減らねぇわけだ。おかしいとは思ったぜ!」

 周囲の叫声(きょうせい)に負けじと絶叫で会話。

 ベルクスは一旦(いったん)感情を鎮(しず)めると、脳内で状況を整理する。

 無策の戦闘(せんとう)続行はこちらのジリ貧を招きかねない。かといって、この乱戦のなか的確に指示を飛ばすのは至難。さらに、敵の個々の知能を類推すると、ここで声を張り上げれば、言葉で解さずとも意図を悟られる可能性がある。

 ベルクスは瞑目(めいもく)して一度深呼吸すると、揃(そろ)えた右手の人差し指と中指をこめかみに当て、思念(しねん)伝達(でんたつ)魔法の一種『念話(ねんわ)』の構えを取った。

『全員よく聞け! 敵は未知の力によって、致命傷を与えない限り何度でも復活する。総員、モンスターは確実に仕留(しと)めろ! 繰り返す。モンスターを倒す時は躊躇(ためら)わず、確実に仕留めろ!』

 腕(うで)を降ろして意識を戦闘に戻しかけるが、すぐに頭の中に少女の声が響(ひび)く。

『ベルクスさん、アレッ。島の入口を見て下さい!』

 ルミネアの叫びに振り返り、彼女の指さす方向に目を凝(こ)らすと、遥(はる)か海上の青空の中に島から遠ざかっていく複数の影が小さく確認できた。

「別動隊? ……やられた、そういうことか……ッ」

 そもそも、この島のモンスターの最終目的はスミレ山(やま)の襲撃だ。ベルクスたちが如何(いか)にここで敵を押さえ込んでも早晩(そうばん)こうなることは飛行型モンスターがいる時点で考慮すべきだったのだ。

 二正面作戦とはやってくれるじゃねぇか……ッ。

『そっちの状況は掴(つか)んだ。けど、いまは目の前の敵に集中しろ。山に向かった奴らは、きっとお嬢(じょう)様たちがなんとかしてくれるハズだ』

『了解です!』

 ルミネアとの念話を終えると、今度は別の女性の声が後を引き取るように滑り込んでくる。

『ベル、ちょっといいかしら?』

『あん? アシュリー様か、どうした?』

『島に入った時から気になっていたのだけど、ドームの奥の方に色々と積み上がってるのが見えるでしょ? あの中にひとつだけ、奇妙な魔力(まりょく)反応があるの』

 ベルクスはハッとして顔を上げた。

『それって、まさか……』

『えぇ。私たちの突入以後もまったく動いてないことから考えても、ほぼ間違いなくなんらかの魔力装置、もしくは魔法(まほう)道具。──そして、この島のモンスター達が回復し続けられる原因の可能性が高いわ。いまの内に、リリスと協力して魔力の発生源を突き止めて』

 隣(となり)に立つネコ耳の少女と顔を見合わせて頷(うなず)きあう。

 ベルクスは手短に謝意を告げてから、ドーム最奥(さいおう)に見える小山のようなシルエットに向けてリリスと二人で駆(か)け出した。

 

 

 スミレ山の頂上に建つ巨大な館、橙鬼館(とうきかん)。その巨大な正門の前で、門番、ミレーネ・カトラシアは独り、厳しい表情を浮かべていた。

 眼前(がんぜん)には水で構成された巨大な四角形のスクリーンが浮遊し、いくつもの格子(こうし)状に区切られた水面に監視魔水晶(ラクリマ)よろしく山の各所の風景を映し出している。

 ミレーネの技『水滴千里眼(ドロップスコープ)』は基本的に『空気中の水分を小さな水の球に圧縮して空中に留(とど)めることで、それを通して遠くを見通す』というものだ。

 しかし、このように水のレンズとして展開することで、光の屈折を利用して同時に複数の方向を見ることもできるのである。

 その時、頭の中に女性の声が響(ひび)く。

『どうだ、ミレーネ? 何か変化はあったかい?』

「いいえ、いまのところ特には。でも、本当にそんなことがあり得るっていうのね?」

 半信半疑の問いに、レンカがにやりと笑う気配。

『あぁ。確かに島のモンスターがどんな奴(やつ)でも、ベルクスたちが後(おく)れをとることはそう無いだろう。但(ただ)し、それはマトモに闘(や)り合った場合の話だ。

 今回の奴らについて警戒するべきは単純な戦力じゃない。数だ。どんなにこちらが優勢でも、連中が余りに多ければどうしても取りこぼしちまう。そして取りこぼした奴らは当初の予定通り、この館を狙(ねら)ってくるはずだ。

 あたし等(ら)は向こうで頑張ってるあいつ等のためにも、こっちに来た奴らを確実に叩(たた)かなきゃならないってわけさ』

「なるほどね。そうやって順を追って説明してくれれば納得できるわ。だってあなたってば、いきなり念話(ねんわ)で『直(ただ)ちに戦闘(せんとう)準備に掛かれ』なんて連絡するんだもの。誰(だれ)だって泡を食って当然でしょ?」

『ははは、確かにアレはあたしが悪かった。今度からは気をつけるよ』

 後ろ頭を掻(か)く鬼の当主の姿が容易に目に浮かんで、ミレーネはひとつ溜(た)め息を吐く。

「その言葉、いつも聞いてる気がするんだけど。──ところで、どうやら来たみたいよ」

『お、もうそんなに近いのかい? 『水滴千里眼(お前の技)』の索敵(さくてき)範囲は確か、最高で二キロぐらいが限界……』

「それは純粋な技自体の索敵範囲ね。私の視力と合わせたら、体調にもよるけど、その二、三倍ぐらいまでは見通せるわ」

『へぇ、そりゃ頼もしいね。それじゃ──ッ』

 そこで不意にノイズと共に念話が切られたと思ったのも束(つか)の間、背後頭上からダン、と何かを踏(ふ)みしめるような音が聞こえる。

 まさかと思って、水滴の位置を操作。視(・)野(・)の(・)角(・)度(・)を調整すると、栗色(くりいろ)のロングヘアーの女性が橙鬼館中央にそびえる時計台の屋根に立っているのが見えた。

 ミレーネが嘆息(たんそく)する間にも、レンカがいっぱいに息を吸い込んだのが見えて慌(あわ)てて耳を塞(ふさ)ぐ。

「まもなくッ、敵の別動隊が、この館に到達する! 総員、迎撃(げいげき)態勢に入れ!! 久方(ひさかた)ぶりの団体様だ。あたしら総出で、盛大にお出迎(でむか)えするよッ!!」

 念話(ねんわ)すら必要としない圧倒的声量。その爆音(ばくおん)とでも形容すべき大喝(だいかつ)にスミレ山(やま)全体がビリビリと震(ふる)えた。

 全天抜けるような青空という開けた環境において尚(なお)響き渡るその号令は、橙鬼館(とうきかん)当主・レンカの抑(おさ)え難(がた)い昂(たかぶ)りを如実(にょじつ)に物語っている。

 レンカの采配(さいはい)で館の周囲各所に配置されていた妖精(ようせい)メイドたちの雄叫(おたけ)びを背中に受けながら、ミレーネの心は諦(あきら)めの境地に達していた。

 ──今回ぐらいは大丈夫かと思っていたんだけど、甘かったみたいね。この館、今日(きょう)で何回目の建て直しになるかしら。

 

 

      3

 

 

「ベルくんッ」

「ああ!」

 寄ってくるモンスターたちをあしらいながら走っていたベルクスは、リリスの声に二人で靴底をにじって制動をかける。うず高く積まれた財宝や武器(ぶき)の山は、もう目の前だった。

「これだけ近くまで来れば、確かに魔力(まりょく)反応があるのがはっきりわかるな」

「この山の真ん中辺りだね。早速探しに掛かろう」

 頷(うなず)きあい、無数の物資の中に手を差し込んで、かき分けていく。

 個人的には武器類は全部ピックアップして取り分けておき、使えそうなものを選別したいところだが、今は何より、魔力の元を断たなければ。

 一番上に積まれた装飾品を放り投げ、その下の金貨の山を勢いよく押しのけたところで、傍(かたわ)らのリリスがおずおずと声を掛けてきた。

「ちょ、ベルくんさぁ、焦るのはわかるけど、せめてもうちょっと丁寧(ていねい)に扱おうよ……。使えるのは持って帰りたいんだから……」

「あぁ? 焦るとかそういう問題じゃねぇだろ、この量見ろ。んなこと言ってたら日が暮れても探し終わらねぇぞ」

「そうだけどさぁ」

「あークソ、鬱陶(うっとう)しい。次から次へと崩(くず)れてきてキリがねぇ。──よし」

 ベルクスは手を止めると、背中の鞘(さや)に剣を納め物資の山から距離をとる。

「リリス、ちょっと下がってろ」

 そう言うが早いか翅(はね)を一度打ち鳴らし、武器の山に身体ごと飛び込んだ。そのまま限界まで腕を差し込むと、足を踏(ふ)ん張り、全身を使って周りのものを後方に掻(か)き出していく。

 少しして手に伝わってきた感触に、ベルクスは動きを止めた。

「ど、どしたの……?」

「あ、いや、この感じは……」

 更にベルクスが積み上がった武器類をいくらか押しのけると、それは唐突に姿を現す。

「え……!?」

「この物資の山は、こいつを隠す為のカムフラージュでもあったってことだな」

 現れたのは、横に長い通路だった。横幅は差し渡し八メートル程度だが、天井(てんじょう)はベルクスが手を伸(の)ばせば届くほどに低い。

「行くぞ」

 そう言って足を踏み入れると、ネコ耳の少女もすぐについてくる。

 短い通路の先には、小さな部屋が広がっていた。といっても、ベルクスたちが戦っていたドーム状の空間と比べると小さいというだけで、その広さはちょっとした倉庫ほどもある。

 そして、その中央に、それはあった。

「ベルくん、あれだ! あれが魔力の発生源だよッ」

「おい待て、まだ罠(わな)の可能性も無いわけじゃ……ッ」

 引き止めたが、おさげ髪の猫妖精(ケットシー)は構わず小走りに駆(か)けていく。

 溜(た)め息を吐き、辺りに生き物の気配が無いのを確認すると、ベルクスも両手をポケットに突(つ)っ込み歩いていった。

 部屋の中央には一辺が二メートルほどの正方形の石盤(せきばん)が横たわり、その中心にひと抱(かか)えもある四角錐(すい)台形の魔水晶(ラクリマ)が置かれている。

 そして、魔水晶には銀色の巨剣(きょけん)が鉛直(えんちょく)に突き立っていた。

 ネコ耳の弓遣い(アーチャー)は巨剣の鍔(ガード)部分を逆手(さかて)でつかむと、思い切り引っ張り上げる。

「んッ。ぐ……ッぎぎぎ……。コレ、重過ぎ……ッ」

 リリスも日頃から鍛(きた)えているので、決して非力な筈(はず)はないのだが、彼女がどんなに翅を羽ばたかせても、突き立った巨剣はびくともしない。

「ダハァッ。駄目だよ、全(ぜん)ッ然(ぜん)持ち上がらない! 魔法(まほう)でも掛かってんじゃないのッ?」

「いくらなんでも、そこまでする頭ある奴(やつ)はいねぇ気がするけどなぁ……」

 口ではそう言いつつも、ベルクスも先ほどから嫌な予感はしていた。

 現在見えている部分からどう見積もっても、台座の高さだけでは刀身の長さが足りないのだ。流石(さすが)に魔法で固定されているとまでは考えにくいが、下手をすると地中深くまで貫いている可能性もある。

 リリスと交代すると、ベルクスは先ほどの彼女同様に鍔を両手で握り込み、力を込めると同時に翅(はね)を全力で震わせた。

「確かに、これはッ、重いな……ッ。リリス、いつも使ってる火矢(ひや)あったろ、あれ貸してくれ。まさかもう全部撃(う)ち尽(つ)くしたとは言わねぇよな?」

「えッ、いいけど……なにする気?」

 困惑の表情で差し出された火矢を受け取ると、ベルクスは不敵に笑って答える。

「単純な腕力(わんりょく)で駄目なら──発想を変えてみるのが、スジってもんだろッ」

 叫ぶと同時に、ベルクスは逆手に持った矢を台座に向けて思い切り突き立てた。

 燃え盛る鏃(やじり)が魔水晶(ラクリマ)に触れた途端(とたん)、接触点を中心に爆炎(ばくえん)が発生。ベルクスの右腕(みぎうで)は、噴き上がった火柱に身体ごと打ち上げられる。

 脳が焼き切れるかと思うほどの激痛に歯を食いしばるが、それでもベルクスの腕は、なすべきことを覚えていた。右手に掴んだ恐ろしい質量の物体を強く握り込む。

 石畳(いしだたみ)に背中から激しく打ち付けられ呻(うめ)くと、リリスが慌(あわ)てて駆け寄ってきた。

「ちょッ、ベルくん大丈夫!?」

「あぁ。それより見ろよ、やっぱり魔法で固定なんかされてなかったぜ」

 上体を起こし、右手の剣を突き出しながら片頬(かたほお)を吊(つ)り上げると、リリスはすぐに怒りと安堵(あんど)を同居させた顔を近づけてくる。

「もう! いくら妖精(ようせい)が死なないからって、無茶苦茶だよ!」

「ハハハ、悪(わり)ぃ悪ぃ。でも見ての通り、無事に抜けたじゃねぇか」

「そーいう問題じゃなーいッ」

 笑いながら立ち上がり、巨剣が刺さっていた場所を見る。台座になっていた魔水晶(ラクリマ)は粉々に砕け散り、石盤(せきばん)には大きな亀裂(きれつ)が走っていた。

 右手に視線を落としたところで、ベルクスはハッとする。

 ベルクスの身の丈にも迫ろうかという肉厚長大な銀の刀身。先刻(せんこく)の爆発の余波を受けそこに無数に走っていた傷が、みるみる内に消えていくのだ。

「……。……ま、これでモンスター共も易々(やすやす)とは再生できなくなったはずだ。良い得物(えもの)も手に入ったことだし、さっさと戻って早いとこ決着(ケリ)を──。……ッて、どうした?」

 顔を上げ隣(となり)の同僚(どうりょう)を見やると、リリスは両手で口元を押さえて笑いを堪(こら)えていた。

「いや、だって、ププッ。その髪(かみ)……にゃははッ」

「あ? 俺(おれ)の髪がどうし……──ッておわぁッ、なんだコレぁッ?」

 訝(いぶか)しみながら頭に手をやったところで、ベルクスも気づいた。

 ベルクスの髪が、腰の辺りまで伸びていたのだ。

「一体なにが──あッ、コイツか、この剣のせいだな!? なんだよ、こんなの聞いてねぇぞ!」

「まぁまぁ、そう慌てなくても。邪魔(じゃま)ならあたいが、ちょちょいっと編(あ)んであげようか?」

「…………えっ」

 ニヤニヤ笑いを浮かべて、両手をわきわきと動かすリリスの思いがけない申し出に、間の抜けた反応しかできないベルクスだった。

 

 

「──みんなーッ、お待たせーッ! 色々あって手間取っちゃったよ!」

 ドームの奥(おく)から届いたその叫び声に、バーナはハッとして視線を向ける。

「リリスちゃん、作戦は成功ですかッ? ──ッて、あれ?」

 そして、予想外の光景に眉(まゆ)を潜めた。

 見慣れた赤いおさげ髪(がみ)の少女の隣(となり)に、なにやら水色の長い髪を一つの大きな三つ編みに束ねた長身のシルエットが見える。

「どういうことです?」「だぁれ、あのヒト?」「まさか、ベル兄(に)ぃ? なんで髪伸びてんの?」

 妖精(ようせい)メイド達がざわめく中、俯(うつむ)いていた三つ編みのシルエットが、石畳(いしだたみ)に突(つ)いていた銀の大剣(たいけん)を肩に担(かつ)ぎ上げた。腹の底から、聞き慣れた荒っぽい声を張り上げる。

「詳しい話は後だ! たったいま、この島のカラクリを潰(つぶ)した。もう敵は好き放題回復できねぇ。ここから一気に畳み掛けるぞッ!!」

 討伐(とうばつ)隊メンバー全員が疑問を一旦棚上(たなあ)げし、武器(ぶき)を掲げて雄叫(おたけ)びを轟(とどろ)かせるまで、そう長い時間は掛からなかった。

 

 

 こうして、サザンカ島(とう)のモンスターたちはベルクスたち討伐(とうばつ)隊メンバーによって撃破(げきは)された。

 やはりアシュリーの推測通り、ベルクスが破壊した魔水晶(ラクリマ)が例の大剣の魔力(まりょく)を放射させて島全体に加護を与えていたらしい。

 剣を抜いたことで、加護の対象はベルクスに移動。さらにこの大剣は刀身をかざすことで強力な治癒(ちゆ)魔法(まほう)を発動できるらしく、優勢になった討伐隊の猛攻(もうこう)を後押しするかたちとなった。

 それから数時間後、一行は回収した大量の物資を手分けして抱(かか)え、無事帰路に就(つ)いた──のだが。

 ベルクスは、後ろから聞こえてくる楽しそうな笑い声を努めて意識しないようにしながら、複雑な心境で歩(ほ)を進めていた。

 まぁ、彼女たちの気持ちもわからんでもない。仲間が別行動をとっていたと思ったら、数分前とまったく違う姿で戻ってきたのだ。これで面白(おもしろ)がるなという方が無理な相談だろう。

 そこで、小走りで隣(となり)まで来たシアンが歩きながら、キラキラした目でベルクスの顔を覗(のぞ)き込んでくる。

「ねぇねぇベル兄(に)ぃ、突然女のコにされた気分はどうなの? なんか感想聞かせてよ」

「おい待て、その言い方は止(や)めろ。なにも意識まで女になったわけじゃねぇ。というか、この髪は女になったから伸(の)びたんじゃねぇんだよ」

 うんざりしながらそう返すと、シアンは不意にハッとした表情になった後、申し訳なさそうな伏(ふ)し目で妖精(ようせい)メイド達の輪に戻っていった。

「……?」

 その奇妙な反応の意味がわからず困惑したが、すぐにあることに思い至り、慌(あわ)てて振り返る。

「──別に女装趣味(ソッチ方面)に目醒(めざ)めたとか、そういう話でもないからなッ?」

 すると、ベルクスの斜(なな)め後ろで事態を見守っていたバーナが、苦笑とともに口を開いた。

「まぁ、あとでゆっくり話せば、あの娘(こ)たちの誤解もすぐに解けますよ。……ところでよく綺麗(きれい)にまとまりましたね、その髪型。リリスちゃんにやってもらったんですか?」

「あぁ、そうだよ。あの時はそうするしかなかったしな。けど、これからどうすりゃ良いんだよ……。いちいちアイツにセット頼(たの)むのか?」

 先行きに対するあまりの不安に頭を抱(かか)える。

「よかったら、お嬢(じょう)様のセットのついでに私がやるという手もありますけど」

「選択肢はその二つなんだよなぁ……。しゃあねぇ、バーナさん、悪(わり)ぃがこれからよろしく頼む。それと、上手(うま)くまとまるような編(あ)み方を俺(おれ)にも教えてくれ」

「お安い御用です」

 バーナがにっこりと快諾(かいだく)したのを見て、ベルクスもようやく笑みを返す余裕(よゆう)ができた。だが直後、揺(ゆ)れて腕(うで)にかかった長い三つ編みを無意識に払(はら)いのけたことに気づき、暗澹(あんたん)たる気分に襲(おそ)われた。

 一行はスミレ山(やま)の中腹に差し掛かろうとしている。山を登り始めた時点から霧が出ているので、ベルクスたちが帰還したことは、既(すで)にミレーネを始めとした橙鬼館(とうきかん)の住人たちも知るところだろう。

 その時、不意に隣のバーナが声を上げた。

「あれー? 変ですねぇ」

「あ? どうした?」

「いえ、そろそろ、館が見えてもいい頃合(ころあ)いなんですけど……」

 ベルクスも顔を上げて遠くを見やる。

 橙鬼館の住人が買い出しや任務などから帰る場合、ミレーネの計らいで館方向の空だけは霧の濃度を下げられていた。しかし確かに、普段なら時計台のシルエットが見えるはずの位置には、ただ狭霧(さぎり)の立ち込める白っぽい空ばかりが広がっている。

 バーナは後ろに止まるよう合図すると、垂直跳(と)びで二十メートルほど跳び上がり、前方の状況を確認してから落ちてきた。

 着地の衝撃(しょうげき)を殺すべく、屈(かが)んだ姿勢で束(つか)の間(ま)動きを止めると、困り果てた表情で体を起こす。

「えーと……あれは、どう説明すれば……。いえ、隠しても仕方ありませんね。皆(みな)さん、落ち着いて聞いて下さい──ウチの時計台、完全にヘシ折れてます」

 

 

      4

 

 

 バーナたちが山の斜面を登り切るのとほぼ同時に、立ち込めていた霧は役目を終えて拡散した。そして、目の前に展開された光景に全員が呆然(ぼうぜん)と立ち尽(つ)くす。

 その様子に苦笑しながら、バーナも改めて、変わり果てた自分たちの家を見上げた。

 コの字型の館に囲まれてそびえていた時計台は、その中ほどから上が消失している。他の部分も多少の崩落はあったが、大きい損壊がそこ以外に見られないところをみると、やはり最悪の事態が起きたというわけではないらしい。

 その時、前方から鬼の少女が歩いてきた。

「皆、お疲(つか)れ様。よくやってくれたわ。こっちに来た奴(やつ)らは見ての通り全部片付けてるから、安心して」

「いや、それはいいんですけど……あれは一体、何があったんです?」

 バーナが壊れた時計台を指差すと、ミレーネは振り返って盛大な溜(た)め息を吐く。

「うわぁ、すごい音したとは思ってたけどこんなことになってたんだ。まったく……どれだけ直すの大変かわかってるんでしょうね……」

 こちらに向き直ると、呆(あき)れ顔で続けた。

「お察しの通り、壊したのはレンカよ。それも戦って偶然壊れたんじゃなくて、あのヒトが『翔歩(しょうほ)』の足場に使ったから」

 誰(だれ)からともなく「あぁ……」と、納得と苦笑を等分に含んだ声を漏らす。

 『翔歩』とはレンカの山妖式戦闘(せんとう)術の絶技のひとつで、空気を蹴(け)りつけて空を飛ぶというものだ。

 無論、そんな神業(かみわざ)を実現するには、凄(すさ)まじい脚力と瞬発力が必要になるわけで、技の使用中に偶然でも足が障害物に当たれば、たとえそれがどんなに硬いものだったとしても容易(たやす)く破壊するだろう。

 つまり彼女の発言を言い換えれば、今回は橙鬼館(とうきかん)の時計台がその『翔歩』の犠牲(ぎせい)になってしまったということである。

「まぁ、過ぎた事を考えても仕方ないわ。とりあえず早く入って。ひと息ついたら、今夜はウチの戦力増強祝いってことで宴会(えんかい)だって」

 いつになく上機嫌なミレーネの言葉に、互いの顔を盗み見て笑い合いながら、バーナ達は橙鬼館へと引き上げていくのだった。

 

 

 宴会は、橙鬼館(とうきかん)の大広間で行われることになった。

 振る舞われたのは、館を襲撃しにきた飛竜(ひりゅう)の肉を使った様々な肉料理だ。バーナやベルクスたち水妖精(ウンディーネ)が存分に腕(うで)を振るった結果、どれも美味(おい)しく仕上がっている。

 なんとも器用なことに、レンカは破壊した時計台が崩落する位置まで計算していたらしく、中庭に面した大広間と厨房(ちゅうぼう)はほぼ無傷で済んでいた。

 リリスからすれば、家を壊すような豪快(ごうかい)な戦い方と、受ける被害の計算を両立していること自体が驚くべきことであり、実にレンカらしいと思う。

 だが、ミレーネにはそんな乱暴なやり方が受け入れ難(がた)いらしく、先ほどから長机(ながづくえ)の端でレンカを説教していた。

 リリスが骨付き肉を頬張(ほおば)りながら、いつもの光景を苦笑とともに眺めていると、先ほどから姿が見えない女性がいるのに気づいた。

 ちょうど近くを通り掛かったバーナに声をかける。

「バーナさん、アシュリー様は?」

「あぁ、アシュリー様なら私たちが地下に運び込んだ物資の分析をやってますよ。『万が一、放置したらマズいものなんかあるといけないから』って」

「私も、どんなモノが手に入ったのか気になるなぁ」

 不意に背後から聞こえた声に振り返ると、いつの間にかリリスの隣(となり)に座っていた紫髪の少女が、机に突(つ)っ伏(ぷ)した姿勢で期待に満ちた眼差(まなざ)しを向けていた。彼女の向こうにはルミネアの姿もある。

「そんな話聞いたら、覗(のぞ)きたくなっちゃうよね」

 悪戯(いたずら)っぽく笑うネフィリムの言葉に、チラリとバーナの顔色をうかがうと、鬼のメイド長は困ったような笑いを漏らした。

 そのまま顔を寄せると、人差し指を唇(くちびる)に当て、意外な反応を返してくる。

「そろそろ差し入れをしに行こうと思ってたところですし、ついでにちょっとだけ見せてもらいましょうか。ミレーネさんには内緒(ないしょ)ですよ?」

 

 

 ベルクスが行儀悪く片膝(かたひざ)を立てて椅子(いす)に座っていると、横からミレーネがスタスタと歩いてきて、慌(あわ)てて居住(いず)まいを正す。

 ミレーネは、ティーセットから紅茶を一杯(いっぱい)淹(い)れると一口すすり、ホッとひとつ吐息(といき)を漏らした。

「当主にも正面から説教とは、ウチの風紀委員サマもご苦労なこったな」

 苦笑混じりに声を掛けると、ミレーネはフッと笑みこぼれる。

「私ぐらいしかこんな事できないからね。それに、皆(みんな)の苦労を考えたら必要なことだもの」

 そこで伏せていた目を開くと、ベルクスが椅子の背もたれに立て掛けていた銀の大剣(たいけん)に視線を向けた。

「キレイな剣……。それも今回の収穫?」

「おう。なんでも帰りがけに聞いたアシュリー様の話じゃあ、この剣には医学の神の力が宿ってて、強力な治癒(ちゆ)効果があるんだと。お陰で持ってる間、髪が伸び放題になってこの有様(ありさま)だ」

 ベルクスが肩をすくめると、ミレーネも口元に手をやってクスクスと笑う。

 その時、辺りの照明が落ち、視界が一気に暗くなった。何事かと周囲を見回していると、不意に大広間の奥(おく)側だけがパッと明るくなる。

 明かりが照らす場所にはステージが組まれ、そこに複数の人影が見えた。しかし、こちらからでは逆光になって誰(だれ)が居るのかまでは見えない。

 と、そこで再び照明が落ちると、今度はそのなかの一人にスポットライトが当てられる。

 伏せていた顔を上げ、にこやかな笑みを浮かべたのは、鬼のメイド長、バーナだった。

「このスミレ山の危機を救うため派遣(はけん)された討伐(とうばつ)隊の皆さん、任務お疲(つか)れ様でした!」

 続いて新たなスポットライトが灯(とも)り、現れたのは音楽妖精(プーカ)の楽団長、ルミネア。

「皆さんの無事と、橙鬼館(とうきかん)の戦力増強を祝して、いまから私達が歌います!」

 そして最後の一人にライトが当てられた時、ベルクスはぎょっとして目を見開いた。そこに立っていたのは、おさげの赤髪にネコ科の黒い耳と尻尾(しっぽ)の少女──リリスだったのだ。

「今夜は無礼講(ぶれいこう)だ! あたいが新たに手に入れたこの妖弓(ようきゅう)・竪琴(たてごと)の音色、目一杯楽しんでいってね!」

 リリスが持っていた弓の複数の弦を掻(か)き鳴らしたのを合図に、バーナがギターを、ルミネアが魔力(まりょく)で実体化させたバイオリンを演奏し始めた。

「ハハハッ、こんなサプライズ、いつの間に示し合わせてたんだ、あいつ等(ら)?」

 ベルクスの笑いに、ミレーネも楽しそうな笑みを浮かべる。

「まぁ、あのステージ自体、アシュリーが魔法(まほう)で出したんでしょうし、図書館で話し合ったんじゃない?

 それにしてもリリスのあの弓、今日(きょう)手に入れたばかりって言ってたのに、もう使いこなせてるし。呑(の)み込みの早さは妖精(ヒト)一倍ね」

 使われた楽器は、ギターとバイオリンに竪琴(ハープ)という一見滅茶苦茶(めちゃくちゃ)な取り合わせだったが、ルミネアが作曲を担当したのだろう。即興演奏は意外なほどの完成度で場を盛り上げていく。

 大広間が瞬(またた)く間に妖精(ようせい)メイド達の歓声で包まれ、宴(うたげ)は大盛況のままに空が白(しら)み始めるまで続けられた。

 

 




これまでのストーリー中で、幾(いく)らか訂正したい箇所が見つかったので、この場を借りて活動報告をさせて下さい。

まず前回、第15話に関して。
ベルクスの髪型の表記が、三つ編みになってしまっていました。彼の髪は、今回のお話で大剣(たいけん)を手にするまで伸びないので、あれは完全に自分のミスです。

続いて、ルーシィの一人称について。これまで一貫して『私』で通していましたが、原作に準拠して『あたし』に表記を変更します。

最後に変更するのは、作中に登場したナツの技名(わざめい)です。
原作をご存知の方は既にお気づきかと思いますが、これまでにも何度か創作技をさらっと登場させていました。加えて今回、そのひとつである『雷炎竜の翼撃(よくげき)』の名称を『雷炎竜の鳳翼(ほうよく)』に改良します。
物語の主人公ということで、今後もナツの活躍の場はどんどん増えていくと思いますが、これからはこの技名を使っていきますので、そのつもりで宜しくお願いします。

さて、次回からはついに、長らく進行を停止していた『変革の翼竜編』がようやくリスタートします。ここまで辛抱(しんぼう)強く新作の投稿を待っていて下さった読者の皆さん、改めて、本当にお待たせ致しました。そして何より、心からの感謝を。
そのお詫(わ)び、というわけではないですが、最新話を投稿するタイミングで、思い切って本作のタイトルを変更しようと考えています。
というのも実は、本作のタイトル『FAIRY TAIL New Stories』はざっくり『原作のその後を描く二次創作である』という意味を込めて名付けた暫定的なものでした。執筆開始当初から『どこかのタイミングで変更しよう』という思いを抱えてはいたのです。そのタイミングを、新章開幕直後のいまとさせていただくことになりました。
作品のタイトルも一新し、これからは心機一転、初心に返って活動を続けていく所存です。
どうか今後も引き続き、本作を宜しくお願い申し上げます。

それでわ、しーゆーあげいん!
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