しとしとと雨が降り続く曇天の下。
暗い色のフーデッドコートを羽織った複数の影が暗躍していた。
『彼ら』が目指す先には、空を突くほどに巨大な朽ち果てた一本の塔。
Rシステム、別名、『楽園の塔』。
これは十数年前、闇に囚われた一人の魔導士が完成させた、禁忌魔法の一つだ。
『彼ら』はその麓まで辿り着くと、崩れ落ちて瓦礫の山となり果てた塔の残骸の中から、一際巨大な魔水晶の破片を見つけ出す。そして目深に被ったフードの中同士で目配せを交わし、一つ頷いた。
その日、フィオーレ王国王都クロッカスの空も、分厚い雲に覆われていた。
街の至るところに咲く花々すらも寝静まる、ひとけの絶えた大通り。『彼』はそんな中、足音を殺して早足で歩いていた。
やがて目的の場所に辿り着き、『彼』は足を止める。正面には、破壊された巨大な扉状の構造物。
異なる二つの時代を繋ぐ扉、『エクリプス』である。
これはかつて、ゼレフの魔法と星霊魔法を融合させることにより完成された、王国が抱える負の遺産だ。
『彼』はその残骸の中から、手ごろな大きさのものを見繕うと、一つ拾いあげる。
その時、常人ならば聞き逃すほどの微音とともに、自分と同じくフーデッドコートを羽織った集団が高速で背後に近づいてきた。
『彼』が振り返ると、巨大な魔水晶を運んできた『彼ら』はそれを傍らに置き、その場で一斉に跪く。
それを見て、『彼』は静かに口を開いた。
「首尾よくこなせたみたいだね」
「はい。すべてあなた様の差配通りです、マスター」
影の一つが即答する。
「よくやった。こちらもたったいま、手筈通りに例のものを入手したところだ。これから一度帰って、作戦を最終段階に移行、引き続き進行する」
一拍おいて『彼』は鷹揚に手を広げると、続けた。
「皆、これまでよく耐え、ついてきてくれた。もうすぐ我らの悲願は達成される。世界の正しき在り方を知らしめよう、この時代の人間共に」
1
翌朝。
魔導士ギルド『剣咬の虎』の若きマスター・スティングは、ギルド内に敷設されたプールの中で、今日も元気にはしゃぎ回っていた。
「いやぁ、やっぱりプールは良いなぁ、レクター!」
「ハイ、楽しいですねスティング君!」
近くで泳いでいた相棒の赤いエクシード、レクターも満面の笑みで答える。
そんな様子を眺めながら、ミネルバは不思議な感慨と共に口を開いた。
「まさか妾の知らない間に、ギルドの中がこんなことになっていようとはな」
その言葉に、近くにいた水色の髪の女性、ユキノが話しかけてくる。
「そういえばミネルバ様は、このプールは初めてでしたね?」
「あぁ、話には聞いていたが、ここまで本格的なものとは知らなかった。レジャーと鍛錬の組み合わせというのも、なかなか悪くないではないか」
「御嬢がいなくなって、スティングがマスターになってからすぐ、あいつが俺たちギルドの皆のためにと、施設の大改造を計画してくれたんだ」
長めの黒髪をくくりながらローグが言うと、近くで浮き輪に身体を預け優雅に浮いていた、目元に赤いマスクを着けている青年、ルーファスも口を開く。
「御嬢も記憶しておくと良い。こんな素晴らしい施設のあるギルドなど、この世に二つとないことを」
「この施設を使いこなしてこそ、俺たち『剣咬の虎』は最強だぜッ!」
ギルドいちの体格を誇るオルガが、感情の昂ぶりに任せてマイク片手に絶叫した。
朝の遊泳もとい鍛錬が一段落すると、私服に着替えてさっそく仕事に取りかかる──ということはなく、まだ皆思い思いの場所に陣取って騒いでいた。
スティング達が他の仲間たちと談笑に興じている間に、ミネルバやオルガなど一部のメンバーは、早くも依頼に行くといってギルドを後にする。
そうしていつも通りの平穏な一日が始まってしばらくして、不意にギルドの扉が開かれた。
誰かが忘れものでも取りに帰ってきたのか、そう思って何気なく顔を上げたスティングは、そこで眉を潜める。入ってきたのは、見慣れない二人組だった。
一人はコバルトブルーの髪に詰め襟に似た紺色の服を着込んだ少年。もう一人は、逆立った金髪にレッドアイ、顔の周囲を簡素な金属製の防具で固めた長身の青年だ。
「誰だ、お前ら?」
同日同時刻。『妖精の尻尾』にて。
活気に満ちたギルドの中でも特に元気一杯な青年、ナツは、傍らの椅子でドリンクを飲んでいたグレイの些細な一言に逆上し、例によって絡み始めた。
「んだとグレイ、もっぺん言ってみろ!」
「ったく、暑苦しいっつったんだよナツ。大体テメェはなんでいつもそうやかましいんだ? 今日は天気も悪いってのに、余計気分が悪くならぁ」
「あぁ? やんのかコラ」
「やんのかコラ」
「やっちゃえナツぅ!」
「まったく、いつもいつも、元気があり余ってるって感じね」
少し離れたテーブルの上で、小躍りしながら囃し立てるハッピーと、冷静にコメントするシャルル。
「炎と氷の魔導士、ですもんね」
「ま、仲良くニコニコ、とはいかんだろうな」
困り顔で笑うウェンディに対し、渋い声でシャルルと同じく冷静なコメントをするのはパンサーリリー。鉄の滅竜魔導士ガジルの相棒の黒いエクシードだ。
「まーたあの二人は……。どうする、エルザ?」
「放っておけ、そのうち静かになるだろう」
呆れたルーシィの問いに、エルザはケーキを食べる手も止めず、落ち着き払った態度でそう返す。
確かに、このまま誰も止めなくてもほとんどの場合落ち着くところに落ち着くのがいつものパターンなので、ルーシィも溜め息をひとつつくと、それ以上は関わらないことにした。
ナツとグレイは互いに額を突き合わせて睨みあい、子供じみた口喧嘩を続けている。そのうち殴り合いになるのは目に見えているため、ルーシィは努めて気にしないようにしながら朝食にありついた。
──しかしエルザの言葉は、誰も予期せぬかたちで現実のものとなる。
ナツ達二人が殴り合いに突入しようとした、まさにその時、突如として大音声とともにギルドの扉が爆発したのだ。
束の間、ギルド中が水を打ったように静まり返る。
濛々とたち込める砂塵の中から一つのシルエットが浮かび上がると、白煙を両手で掻きわけながら大きく一歩進み出てきた。
「『妖精の尻尾』ってのはここだなぁッ!」
荒っぽい大声と共ににやりと獰猛な笑みを浮かべたのは、逆立った茶髪にファー付きのベストを着込んだ少年だった。
「まったく……。あなたはどうしてそう抑えが利かないんです。穏便に事を済ませるということが何故できないんですか?」
呆れた声がして、少年の後ろから一拍遅れてもう一人現れる。こちらは紺色の詰め襟にコバルトブルーの髪の少年だ。
「あぁ? ぐだぐだ考えていつも遅いテメェよかマシだろうが」
「物事には順序というものがあります。あなたは行動が早いのではなく、単にそれを無視しているだけですよ」
そういうと、青髪の少年がこちらに向き直る。
「申し訳ありません、このバカがとんだご無礼を」
礼儀正しく一礼すると、少年は続けた。
「僕の名は、フェニクス・リーヴェル。こちらはアトラ・バクレイといいます。以後お見知りおきを」
「何者だ、テメェ等?」
いち早く切り替えの早さをみせたのはグレイだった。その言葉にも、フェニクスと名乗った少年は泰然と返す。
「これは失礼。我々は、魔導士ギルド『変革の翼竜』。この度は折いって皆さんにご相談があり、馳せ参じました」
【挿絵表示】
『変革の翼竜』。聞いたことのないギルドだ。フェニクスの礼儀正しさとは無関係に、何故だかものすごく嫌な予感がする。
「『変革の翼竜』だ? 聞いたことのねぇギルドだな」
ルーシィから少し離れた位置にいたガジルが言うが、フェニクスは依然飄々とした態度を崩さない。
「当然でしょう。最近発足したギルドですからね。
……さて、相談の内容ですが、単刀直入に申し上げましょう。
ナツ・ドラグニル、ガジル・レッドフォックス、ウェンディ・マーベル、ラクサス・ドレアー。──以上の四名に、我々のギルドへの移籍をお願いしたい」
「「「なッ?」」」
衝撃のひとことに、真っ先に噛みついたのは、ナツだった。
「ふざけてんじゃねぇぞ。なんでそんなことしなきゃいけねぇんだよ?」
「まぁ落ち着いて下さい。僕達は、全員が滅竜魔導士で構成された特殊なギルドです。しかしその特性ゆえに、いかんせん同士がなかなか集まらない。そこで、有力な滅竜魔導士であるあなた方のお力をお借りしたいのです」
「協力して、俺たちになんのメリットがある?」
バーカウンターに背を預け、腕組みしたラクサスの問いを、だが少年は薄笑いで受け流した。
「我々『変革の翼竜』は、自然を破壊し過ぎた人間達に代わり、竜を頂点とした完全で新しい生態系をつくり直すことを目的としたギルドです」
そこでアトラが続きを引き取る。
「マスターはある方法で竜をこの時代に甦らせることができる。けど、復活させた竜どもがみんないうことを聞くわけねぇよな? そこで俺たち、滅竜魔導士の出番ってわけだ」
「聞き分けのない竜を制圧する。その抑止力となり得るのが僕たち、というわけです」
ルーシィは、側頭部をハンマーで一撃されたような衝撃を受けた。つまるところ、彼らが言いたいことを要約するならば──世界征服、ということになる。
──その時、ゴッ、という音がして、ルーシィは顔を上げた。ナツが遂に我慢の限界に達し、魔力を爆発させたのだ。
「黙って聞いてりゃあごちゃごちゃ言いやがって……もうアッタマきたぞォッ!」
そう叫ぶと、彼は止める間もなくフェニクスに殴りかかっていった。しかし、青髪の少年は薄笑いを張りつけたまま動かない。
その理由は、すぐにわかった。
ナツの炎をまとった拳がフェニクスの顔面を捉えた直後、彼の上半身が水飛沫を上げて爆散したのだ。
「なッ?」
──水の滅竜魔法ッ?
たちまちフェニクスの身体が水のシルエットとして再生し始めると、彼は愕然と目を見開くナツを憐れむような瞳で眺めていた。
ナツが舌打ちと共に大きく退くと、今度はいままで事態を静観していたはずのラクサスが、フェニクス達の背後上空から奇襲をかける。
「だったらこれでどうだよ? ──雷竜方天戟ッ!」
「──無駄です」
ラクサスが巨大な方天戟の形にした雷を振り下ろすが、その行動を完全に予測していたとばかりにフェニクスが素早く右手を跳ね上げる。
直後、二人の少年をドーム状の氷のバリアが包み込んだ。雷の戟は吸い込まれるようにバリアに激突し、雷鳴音と共に虚しく弾け飛ぶ。
その現象に今度こそルーシィは驚愕した。その気持は、ラクサスとても同じだったのだろう。
「テメェ……水の滅竜魔導士じゃねぇのか……ッ?」
バリアがゆっくりと溶け崩れるように消滅し、露になったフェニクスの表情は、こちらをあざ笑うような邪悪な笑みに変わっていた。
2
一方その頃、『剣咬の虎』の面々もフェニクスと名乗る少年から同じ趣旨の説明を受け、怒りをもって彼らと対峙していた。
もう一人の青年の名は、ルーク・スレイト。フェニクスの言葉が本当ならば彼も滅竜魔導士ということだろうが、恐らくそれ以前に、彼は恐ろしく強い。先程から伝わってくる圧倒的なプレッシャーと存在感に、スティングは気圧されそうになっていた。
その気持ちを振り払うように腕を振り、スティングは一歩進み出る。
「ふざけんなよ。テメェ等みてぇなギルドに貸す人材なんて、ウチのギルドにはこれっぽっちもねぇ」
「交渉決裂、ということですか?」
「俺たちとテメェ等の間に、決裂する交渉すらない」
「では仕方ありませんね。あなた方はここで僕たちが排除します」
「その言葉、そっくりそのまま返すぜッ」
スティングは叫ぶと、同時に合わせた両の掌を引き絞って構えた。
白き竜の輝きは万物を浄化せし──
「ホーリーレイ!」
まばゆい光に包まれた両手を突き出すと、そこから無数の閃光が相手に殺到する。
スティングが操るのは聖属性の滅竜魔法。白竜バイスロギアより受け継がれし白き光を操る魔法だ。
しかし、彼らは直前でそれらを緊急回避。当然初撃が躱されるのはこちらも折り込み済みのため、ローグと二人で一気に間合いを詰める。
こちらの相手はルークだ。スティングは右拳に光をまとって殴りつけるが、彼はそれを片手で受け止めてみせた。
ルークはつまらなさそうに口を開く。
「聖属性の魔法、スティング・ユークリフ、か」
「ハッ、だったら何……──ッ」
ルークがおもむろに息を吸い込むと、スティングの放った光を取り込んでいく。
──コイツも聖属性か……ッ。
歯噛みしたスティングは、だがすぐに不敵な笑みを浮かべた。相手が自分と同属性の滅竜魔導士ならば、攻撃を吸収できるのはこちらも同じということ。後は影の滅竜魔導士であるローグに流れ弾がいかないよう引きつけていればいい。
しかし、その慢心は数秒と保たなかった。
こちらの行動を読んだルークの姿が、たちどころに掻き消えたのだ──速い。
攻撃が襲ってこないことを確認するや、スティングは危険を知らせるべく振り返った。しかしそれよりも一刹那分早く、ローグが叫ぶ。
「そっちにいったぞスティングッ」
──えッ?
束の間凍りついた思考を立て直した時には、ローグの背後にルークが現れていた。
「ローグ──」
「──お仲間の心配をしている場合ですか?」
「──ッ」
歯噛みしながらも無理やり意識を背後に集中させ、再び拳を振り抜く。
しかし、スティングの後ろに出現した青髪の少年の身体は、水飛沫を上げて移動した。
──こっちは水の滅竜魔法……ッ。
「蒼竜の翼撃ッ」
回り込まれたと思う間もなく、少年の両腕から発生した水の渦がスティングを吹き飛ばす。
「ぐあああああ!」
──スティング……ッ。
ルークの攻撃を紙一重でかわしながら、ローグは彼を助けにいきたい衝動と必死に戦っていた。
悔しいが、『変革の翼竜』のメンバーは自分たちより一枚も二枚も上手だ。
ローグは基本的に自分の身体を影と同化させ、フェイントを織り交ぜて相手を撹乱する戦法をとる。だがあのフェニクスという少年にはあまり通用せず、瞬時に作戦の穴を見抜かれ、あまつさえ相性の良い相手と入れ替わる隙まで与えてしまった。ここでもし、自分がスティングと再び入れ替わる隙を作ろうとすれば、それこそ相手の思うつぼだ。
たとえ有利ではない相手でも、いまは目の前の敵に集中するしかない。
「影竜の斬撃!」
しかし、ローグの突き出した右手をルークはいとも容易くかわしてみせる。
「影属性の滅竜魔法、ローグ・チェーニ」
ぶつぶつとルークが呟いた次の瞬間、彼の手の中に眩ゆい光が出現する。
マズいと思った時には、腹部に衝撃。繰り出されたのは、ルークの右手に出現した槍からのレーザー攻撃だった。
──換装魔法、だと……ッ?
成すすべもなく吹き飛ばされ、ギルドのテーブルのひとつに背中から激突──息が詰まる。
一体、何なんだこいつらは。
激痛に顔をゆがめながら片目を開くと、至近距離でルークが槍を掲げていた。
慌ててテーブルから転げ落ちて、影に同化しようと魔力を発動させるが、ルークは構わず技名を呟く。
「闇を払え、ダーク・リパルサー」
直後、鮮血のように赤い光が槍の切っ先から迸り、ローグの全身を包み込んだ。
スティングは、目の前に立ちはだかる青髪の少年の特殊能力に攻めあぐねていた。
フェニクスの操る水の滅竜魔法には自己再生能力があるらしく、こちらの攻撃がかすった程度ではすぐに再生されてしまう。かといって、ローグの得意とするフェイントが簡単に通じる筈もなく、ダメージらしいダメージがまるで通らない。
これでは埒が明かない。
スティングは両の拳でラッシュをかけると、今度は相手の腹めがけて魔力を発動させた。
一定のリズムで攻撃し続けていたことが功を奏し、スティングの放った一撃は苦もなくクリーンヒット。
──白き竜の爪は聖なる一撃。聖痕を刻まれた体は自由を奪われる。
異常に気づいたフェニクスが驚愕の表情を浮かべるのを見て、スティングは内心でほくそ笑んだ。
「これが俺の、必勝パターンだぁッ!」
光をまとった拳を、今度こそ当たるという確信と共に振り抜く。しかしスティングの予想は、またも裏切られることとなった。
繰り出した拳がフェニクスにヒット。だがその瞬間、彼の身体が水飛沫となって爆散したのだ。
反撃の予感に身構えるが、いくら待ってもフェニクスの気配は消えたまま。つまり、これは──。
「──分身、だと……?」
スティングはハッとして振り返ると、今度はローグを踏みつけにしている金髪の青年に突進する。
「ローグを離せやコラアアアァァッ!」
しかしスティングが辿りつく前に、彼の身体が眩い光のオーラをまとい、ギルドの正門から外ヘと消えていってしまった。
敵をとり逃したことに歯噛みするが、無理やり思考を切り替えると倒れ伏すローグを助け起こす。
「おい、しっかりしろ、ローグッ」
「……ぐ……、奴等は……?」
「敵は逃げた」
「そう、か……」
まだなにか言いたげなローグは、ゆるゆると右手を持ち上げる。
「マズいぞ、スティング……。奴等の狙いは、滅竜魔導士だ。この国で滅竜魔導士がいるギルドとなれば、あとは……ッ」
そこでスティングもハッとして顔を上げ、ギルドの正門方向を見やった。
──ナツさん達が危ねぇ……ッ!
3
ラクサスはこれ以上の追撃は危険と判断したのか、すぐにフェニクスから距離をとる。
皆を代表して、剣を構えるエルザが口を開いた。
「貴様ら、いったい何者だ。滅竜魔導士ではないのか……?」
「滅竜魔導士ですよ。しかし、そこの皆さんとは少し違う」
フェニクスは悠揚迫らざる態度で両手を開き、続ける。
「僕達『変革の翼竜』のメンバーは、全員が第三世代の特徴をもち、かつ『騎士の聖水』という魔法薬の効果により、膨大な魔力ともう一種類の魔法の獲得、そして滅竜魔法とそれの同時使用を可能とした次世代の魔導士……。謂わば、第四世代滅竜魔導士です」
「第四世代……ッ?」
そこでフェニクスは何かを感じ取ったのか、ちらりと背後を見やり、呟く。
「どうやら、いらしたようですね」
フェニクスが脇に避けて独自の敬礼のポーズをとると、その背後から三人目の侵入者が歩いてくる。だがそのシルエットには、明らかに異質なものがあった。
ルーシィは最初、黒魔導士ゼレフの姿を幻視した。しかしすぐにそれが、漆黒の装いに身を包んだ無造作な黒髪の少年であることに気付く。
「フェニクス、この様子だと、彼らは……」
「はい、交渉は決裂致しました。『幻影』の反応が消失したため、あちらも同様かと」
謎の少年はその言葉に少し残念そうな顔をした。
「そうか。まぁいい、よくやったね」
「有り難きお言葉です、マスター」
少年はそのままゆったりと歩いてくると、フェニクス達とルーシィ達のちょうど中間付近で立ち止まる。
「初めまして、『妖精の尻尾』の諸君。僕の名はリゼル・イグドレ。コードネームはネメシスだ。どちらでも好きに呼ぶといい。ここにいるアトラとフェニクスのギルド『変革の翼竜』のマスターをやっている」
そこで彼はナツに向き直った。
「僕の弟が色々と世話になったみたいだね、ナツ・ドラグニル。……あぁ、誰のことかって? ──アクノロギアのことさ」
その一言で、室内に戦慄が駆け抜けた。
「アクノロギアの兄、だと? 何ワケわかんねぇこと言ってやがるッ?」
グレイが言うと、リゼルは穏やかそうな笑みを浮かべたまま続ける。
「事実だよ。まぁ、といっても、正確には義理の弟、ということになるか。
──僕はアクノロギアに滅竜魔法を授けた竜、滅竜ダークアクノロギアに育てられた人間だ」
「「「な……ッ?」」」
「考えてもみなよ。史実ではどうやら、義弟が竜を滅ぼし、闘争の果てにその身を竜ヘと変化させたということになっているらしいが、本当にそう思うかい?
彼は確かに強い。でも、アースランド中のあらゆる竜を殺し尽くせるほどの力はもっていないんだよ。君たちが知っている史実の裏には、義弟とは別々の場所で数多の竜を殺した四頭の竜がいる。
──爆竜グランディアス、蒼竜コバルティア、閃竜シュルティアール、そして僕の育て親、人呼んで滅竜ダークアクノロギア。……あぁちなみに、これらの竜はそれぞれ、僕たち『変革の翼竜』メンバーの育て親だ。まぁ、もうみんな死んでるけどね」
「まさか、テメェ等……ッ」
ナツがそう絞り出すと、リゼルは続けた。
「あぁそうだよ、ナツ。僕たちはそれぞれがそれぞれの育て親を、自分たちの進化のために手にかけた。竜殺しを体験した真の意味での滅竜魔導士だ。だから皆の身体の中には『竜の魔水晶』があるんだよ。
これでよくわかっただろう? 僕たちは根本的に、君たちとは滅竜魔導士としての格が違う。戦いが生むのは君たちの骸だけだ。そこにそれ以上の意味は存在し得ない」
「テメェ……ッ」
そこでリゼルは一転して声を張り上げる。
「よく聞くんだ、諸君! 我ら『変革の翼竜』は次の満月の夜、竜を現代に甦らせ、人類の殲滅作戦を実行する!
我々の助言を拒否した君たちに、もはや選択の余地はない。存分に残された時を過ごし、絶望に震えて眠れ。いくよ、二人共」
それだけ言うと、リゼルは踵を返した。
去り際、彼はアトラに軽く下知を送る。すると彼だけは爛々と目を輝かせてこちらに向かってきた。
「マスターからお達しだ。派手にぶっ壊せってな」
そういうと彼はその場で床に両手を突き、叫ぶ。
「爆竜の地雷衝!!」
次の瞬間、彼の周囲一帯に連鎖的な爆発が発生。その衝撃と爆風はルーシィ達『妖精の尻尾』メンバーのみならずギルドの壁面を残らず吹き飛ばし、城ほどもあるギルドをまたたく間に倒壊させた。