フィオーレ王国の東方に、魔法も盛んな商業都市として古くからある街・マグノリア。この街で最大の勢力を誇る魔導士ギルドこそ、ルーシィたちの所属する『妖精の尻尾』だ。
幾多の戦いを乗り越え、ついに王国最強、ひいては大陸最強にまで登りつめたこのギルドは、しかしいまや瓦礫の山と帰してしまった。
ある日突然現れた謎の魔導士ギルド『変革の翼竜』の手によって。
跡形もなく崩れ落ちた、『妖精の尻尾』のギルド内。積み重なった瓦礫の山から腕が一本伸び、建材を掻き分けて顔を出したのは鱗模様のマフラーに桜髪の青年だった。
「くっそォ、アイツら、よくも俺達のギルドを……」
まだ瓦礫の山に半ばほども埋もれているナツを一瞥してから、ルーシィも途方に暮れて視線を宙にさ迷わせる。
確かに、こんな経験は一度や二度ではない。
自分たちはこれまでにも、何度となく様々な強敵と戦ってきた。その中で、経緯はどうあれギルドが破壊されてしまったことも何度もある。
それでもやはり、自分たちの家がこうして変わり果てた姿になるのを見るのは、いつになってもそう簡単に慣れるものではなかった。
その時、明後日の方向から金属音がする。見ると、緋色の髪に鎧姿の女性が、持っていた剣を地面に突き立てたところだった。
「皆、無事か!? 各自点呼を! 負傷者がいたらすぐに知らせてくれ!」
「問題ない!」「こっちも大丈夫だ!」「ジェットは、マスターにこの事を知らせに行ってるよ!」
ギルドのあちこちからいらえが返り、エルザはほっとひとつ息をつく。
「ひとまず、大事に至った者はいないようだな。良かった……」
「──なにも良いことなんかねぇだろ」
ぶっきらぼうにそう言い放ったのは、上裸に黒髪の青年──グレイだった。彼は苛立ち紛れに拳を傍らの瓦礫に叩きつける。
「なんだったんだよアイツらは!? いきなり乗り込んできてナツ達に移籍しろとかなんとか騒いで、おまけにギルドをこんなにしていきやがって……」
「グレイ様……」
隣に立つ青髪の女性、ジュビアが気遣わしげに彼の肩に手を置くと、グレイは口の中で「チクショウ」と呟き、額に手を当てて続ける。
「それに、一番わからねぇのはあのリゼルって奴だ。『アクノロギアの義兄』とか、まずハッタリだとしても笑えねぇ」
アクノロギア。『妖精の尻尾』の聖地・天狼島で九年前に行われたS級魔導士昇格試験の折、ルーシィ達が遭遇した漆黒の竜。その魔力は異常なまでに強大で、当時のルーシィ達では掠り傷ひとつ付けることさえも叶わず、たった一発の咆哮に島ごと消されかけた。
初代マスター・メイビスが天狼島を凍結封印しなければ、ルーシィたちは今頃この世の人ではなくなっていたに違いない。
『妖精の尻尾』の面々にとってアクノロギアとは、『死』そのものにも等しい存在なのだ。
そこでルーシィは、顎に手を当て口を開く。
「それにしても変なのよね……」
「ルーシィさん?」
近くにいた青髪ツインテールの少女、ウェンディの顔をちらりと見やり、続ける。
「ほら、去年あたし、『妖精の尻尾』が解散したあと、皆をもう一度集めるんだーっていって、情報を集めて回ってたのは話したよね? その時、いろんなギルドについても調べたんだけど……『変革の翼竜』なんていうギルド、できたって話を聞いたこともないの」
「簡単な話だ」
ルーシィからはやや離れた位置にいた、肩まで伸ばした粗い黒髪の青年・ガジルが、顔じゅうに鉄ピアスをつけた強面で吐き捨てるように言った。
「アイツらが闇ギルドだってことだろ? そう考えれば何も不思議な事ァねぇじゃねぇか」
「でも、あんなに強い奴らなのよ? いくらなんでも評議院が放っておくはずがないわ」
「──ま〜たハデにやられたのう」
その時、ギルドの入り口方面から聞こえた声に顔を上げると、白髪白髭の小柄な老人が見えた。その隣では、茶髪を頭の後ろで括った青年が両手を膝に置いて肩で息をしている。
ギルドいちの駿足を誇るジェットが、自身のスピードを高める魔法『神速』でマスターに事態を報告し、そのまま送り届けてくれたのだろう。
「マスター!」
エルザが駆け足で老人の下まで向かうと、その場で悄然と俯いた。
「マスターの留守を守れず、申し訳ありません」
「あぁ良い良い。建物なんぞ幾らでも建て直せる」
謹直なエルザに対し、マカロフはひらひらと片手を振って応じる。
「ひとまず、何があったか、ワシにも詳しく聞かせてくれんか?」
その言葉に、全員で顔を見合わせて頷きあった。
1
崩壊したバーカウンターの手前で、ひと通りの事情を聞き終えたマカロフは難しい顔になる。
「なんとも要領を得ん話だのう……。して、其奴らはいま何処に?」
マカロフの問いにも、エルザは首を横に振った。
「見当もつきません……。魔導士ギルドを名乗るからには、何かしらのかたちで本拠地があるはずなのですが……」
そこで言葉を切り、顔を上げたエルザの視線を追うと、ギルドの仲間たちの姿が目に飛び込んでくる。
傷の手当てを受ける彼らの中で、独りタブレット端末型の魔水晶を操作していたアンテナのような髪型の男性、ウォーレンはこちらを見て首を横に振った。
「駄目だ! 魔導レーダーの追跡を読まれたらしい。反応が消えちまったよ!」
「……いかがなさいますか、マスター?」
エルザが視線を戻すと、マカロフは唸る。
「ふぅむ……。家族がここまで傷つけられたんじゃ。いますぐにでも反撃に打って出たいところだが、肝心の居場所が掴めんとなるとなぁ……」
「──事はそう単純ではありませんよ、八代目」
声は、ルーシィ達の後方から聞こえた。
振り返ると、そこに立っていたのは薄い桃色のフリル付きロングドレスに裸足、耳のような羽飾りを頭に着けた少女だった。
「おぉ、これは初代」
「単純ではない、とは、どういう意味です?」
エルザの問いに、『妖精の尻尾』初代マスター・メイビスは、幼い容姿に似合わない静かな瞳でルーシィ達を見回す。
「はい、順を追って説明しましょう。──まず第一に『変革の翼竜』などというギルドは存在しません」
「いや、だからそれは闇ギルドだってことじゃ……」
グレイが困惑した表情で口を挟んだが、しかしメイビスは重々しく首を振る。
「いいえ、違います。現在、魔法評議院ではあらゆる手を尽くして現存する闇ギルドの名前をリストアップしているそうなのですが……。最低でも過去二年間、そこに『変革の翼竜』という名前が記されていたことは無いのです」
評議院は現在『イシュガルの四天王』を議長に据えて活動しているが、その中には元『妖精の尻尾』創成期メンバーの一人・ウォーロッドもいる。メイビスの頼みとあらば、彼が特別に情報を提供していたとしてもおかしくないだろう。
「でも、現にこうして奴らが襲ってきた以上、評議院が見落としてるってことなんじゃないの?」
「いや、恐らくだがそれはねぇ」
シャルルの問いに答えたのは、左眼の下の十字傷が特徴的な男性、メストだった。彼は記憶操作の魔法を駆使して評議院に潜入し、ドランバルトという偽名で二重スパイのような活動をしていた時期がある。
メストはルーシィたちの近くまで歩いてくると立ち止まり、続ける。
「評議院の諜報部にも、数は少ないが俺みたいな奴を始めとした魔法を使える職員がいる。まして『イシュガルの四天王』が指揮を執ってる現評議院に見落としなんて、万に一つも無いと思うぜ」
「じゃあ、どういうことなんですか? 本来なら存在しないはずの闇(?)ギルドが突然現れて襲ってくるなんて……」
困り顔のウェンディの言葉に議論が暗礁に乗り上げかけるなか、メイビスがひとつ頷いた。
「はい。私も、初めはそこがわかりませんでしたが、考察を進めるうちにその矛盾を解消する鍵となるものに思い至りました」
「その『鍵』とは?」
エルザの問いに、メイビスは束の間逡巡する素振りをみせた後、居住まいを正して告げる。
「みなさんは、二年前の大魔闘演武の後に起きた事件を覚えていますか?」
その言葉を聞いた途端、全員が表情を曇らせ、苦々しい顔になった。
無論、ルーシィも鮮明に覚えている。あの地獄は、そう簡単に忘れられるものではない。
二年前。七年後の未来から来たというローグの計画により、王都クロッカスは混乱の渦に叩き込まれた。
彼は初め、王女ヒスイに近づいて言葉巧みに彼女の信用を勝ち取ると、王国に襲来する一万の竜の群れを迎撃するためといってエクリプスの扉を開かせることに成功する。しかし、彼の狙いは初めから王国の危機を救うことなどではなかった。
四百年前、つまり竜がいた時代と現代を繋ぎ、自分は扉から現れた彼らを操ることで人類を駆逐、世界の覇権を握ること。
「てことは、あいつらも未来人……?」
ルーシィの呟きを、しかしメイビスは肯定も否定もせず続ける。
「それは私にもわかりません。過去と未来、どちらの時間軸からやって来たのか。ですが、少なくともエクリプスを使ってやってきた別時代の人間。そうでなければ彼らの存在そのものに説明がつきません。そして未来ローグと同じく、竜を利用してこの世界を手中に収めようとしている」
エルザが、愕然と目を見開いた。
「では、ネメシスと名乗ったあの男、リゼルの目的は、未来ローグが招いた惨劇の再演だと……!?」
「けど、エクリプスはあの時、ナツがぶっ壊したろ。どうやって現代に竜を呼び出すっつぅんだ?」
グレイが問い質すと、メイビスは我が意を得たりとばかりに力強く頷く。
「そこです。ギルドを襲った二人組の説明では『呼び出す』ではなく『甦らせる』という表現を使っていました。もちろん、彼らがエクリプスを修復し、再利用を企てている可能性は捨て切れませんが、まず未知の手段で竜を復活させてくるとみていいでしょう」
「確かに……。王宮の奥に隠されているエクリプスの残骸を、わざわざ持ち出してきて修復するのは目立ちますからなぁ」
腕組みして唸るマカロフを尻目に、エルザも顎に手をやり考え込んだ。
「となると、やはり問題なのは奴らの潜伏先か……。それに、出来れば残る一人のメンバーの能力も、いまのうちに掴んでおきたいところだが……」
「──それなら、俺たちが知ってるぜ」
その時、不意に横合いから掛けられた声にそちらを見ると、そこには見知った顔ぶれが並んでいた。
黒髪の青年に肩を貸して立つ金髪の青年と、その隣には長い黒髪を二つの団子状にまとめた女性。さらに彼らの後ろには水色のショートボブヘアーの女性と、二匹のエクシードの姿まで見える。
魔導士ギルド『剣咬の虎』。二年前の大魔闘演武で『妖精の尻尾』と大陸最強の座を争った、一騎当千のつわもの達だ。
「お前たち、ボロボロじゃないか。いったい何が──いや、あえて訊くまでもないな。お前たちもやられたのか、『変革の翼竜』に」
エルザの言葉に、金髪の青年──スティングは苦笑した。
「さすがエルザさん、話が早い。あぁ、そりゃあもう好き放題やられたよ。情けない話だ」
そこで黒髪の女性、ミネルバが口を開く。
「妾とユキノはその時、依頼に行っていてな。手早く片付けて帰ってみれば、二人が傷だらけになっていて驚いたぞ。それでも、スティングがどうしてもと言うから、妾の『絶対領土』でこうして運んできたというわけだ。さすがにひと息にここまでとはいかず、多少の時間は掛かったがな」
「とにかくお二人の手当てをお願いできませんか?」
切迫した表情のユキノが言うと、スティングたちに慌てて駆け寄ったウェンディが悲痛な顔になった。
「酷い怪我です。すぐに治療しないと」
そのまま、スティングの肩からローグを預かろうとするので、すかさずエルザが手を貸す。続いてグレイがスティングにも介助が必要か尋ねたが、彼は軽く手を上げて辞退し、エルザたちに続いて歩いていった。
「いやぁ、ホントすみません。ただでさえ大変なことになってるのに、俺たちまで世話になって……」
「気にするな。困ったときは何事も助け合いだ」
『妖精の尻尾』地下一階。今回のようにギルドが機能不全に陥った場合は仮設本部も置かれるフロアの一角で、傷の手当てを受けながら後ろ頭を掻くスティングに、エルザが笑って対応していた。
「やっぱり、ここもやられたんだな……。この辺から煙が上がってるのが遠くからでも見えたんで、御嬢に『急いでくれ』って頼んだんだけど……間に合わなかったか……」
俯く彼に、ルーシィも微笑みかける。
「アンタが気にすることないわよ。あたしたち、こういうの慣れてるし」
スティングは力なく笑みを返すと、心配そうにルーシィの背後、ベッドの方を見やった。
「ローグの容態は?」
「傷の回復はもう終わりましたから、しばらく安静にすれば動けるようになると思いますよ」
静かに胸を上下させるローグの横から、回復に当たっていたウェンディが即答した。
「そっか、よかった……」
伏せていた視線を上げたスティングは躊躇いがちに口を開く。
「襲撃に来たのは、どんな奴だった……?」
その問いに、グレイが状況を簡潔に説明した。
「……んで、そのアトラってやつが爆炎の魔力を発動させやがって、一発ドカンでこのザマだ」
「なるほど……」
「では、こちらからも質問させてほしい。お前たちを襲ったのはどんな奴だったんだ?」
エルザの言葉に、スティングは「あぁ」といって、静かに語り始めた。
「俺たちのギルドを襲ったのも二人だった。片方は逆立った金髪に赤い目のルークって奴だ。使う滅竜魔法は聖属性──俺と同じだな。戦ってるときに俺の魔法が食われたから間違いないよ。で、もう一人が──フェニクス。ここを襲ったっていう、水の滅竜魔導士だ」
「えッ?」
『妖精の尻尾』の面々から、驚愕の声が漏れる。
「スティング、それは確かか? もし本当なら、奴は同時に二つの場所にいたことになるんだぞ」
エルザの問いに、だがスティングは重々しく頷いただけだった。
「俺だって信じられねぇよ。ただ、奴は分身ができるみたいで、ウチに来たのは分身体の方だった。だから多分、こっちにいたのが本体……ってことかと」
そこまで聞き、エルザは腕を組んで唸った。
「なるほど。あの言葉はそういう意味だったか……」
顔を上げ、ルーシィたちを見回しながら続ける。
「お前たち、フェニクスがリゼルと話していた内容を覚えているか?」
「えっと、確か……」
『フェニクス、この様子だと、彼らは……』
『はい、交渉は決裂致しました。『幻影』の反応が消失したため、あちらも同様かと』
ルーシィは口に手を当て「あッ」と漏らした。
「そうだ。奴はあの時、分身がやられた事を感知していたんだ。しかし、そうなるとかなり厄介だな……」
「どういうことですか?」
ウェンディの問いに、グレイが答える。
「あのフェニクスって奴は、自分とほぼ同じ戦闘能力をもった分身を自在に出せるうえに、本体から分身がマグノリアとクロッカスぐらい離れても、その状態を長時間維持できる魔力があるってことだよ。おまけに本体はその間でも平気で戦えるときた」
「そして、こちらは現状、相手が分身か否かを見た目だけで判別する術がない、という点も脅威だな」
ミネルバの言葉を、再びエルザが引き取った。
「さらに言えば『変革の翼竜』のメンバーは第四世代滅竜魔導士。『騎士の聖水』なる魔法薬の効果で膨大な魔力を有するとも言っていた。そのレベルの分身を、果たして何体同時に生成できるのやら……」
苦い表情をしてエルザがかぶりを振ると、場に重い沈黙が降りる。
あとには、フェニクスという名前の魔導士に対する冷たい恐怖だけが残った。
2
フィオーレ王国、某所。
人目につかない丘の上で、四つの影が並んで立っていた。
「良い眺めだね」
その中の一人、リゼルはひとこと呟くと傍らの青年に問いかける。
「例のものの製造は捗っているかい?」
すると金髪の青年、ルークは重々しく頷いた。
「あぁ、いまのところは順調だ。しかし欲をいえば、落ち着いて作業に取り組める環境が欲しいな」
「では、マスター」
フェニクスの言葉に、リゼルもひとつ頷く。
「そうだね、そろそろ始めようか。何しろ僕たちにはギルドが無い。いままではそれでも問題なかったが、戦争を始めようというのにこの状態では、戦う相手にも礼節を欠くというものだよ」
リゼルはそこでゆったりと腕を持ち上げると、なぎ払うように振った。
「──岩窟竜の大地切断」
魔導レーダーの受信機に視線を落としていたウォーレンが、不意に驚愕の声を上げた。
「なんだ!? 西の方角に、巨大な魔力反応が複数! 十、十二……い、いや、どんどん増えてる!」
「敵の部隊かッ?」
エルザの問いに、しかし彼は困り顔で首を振る。
「わからねぇ。ただ、タイミングから考えて多分そうだろうとしか……」
「──たッ、大変だぁぁッ!!」
叫びながら、地下への階段を転げ落ちるように駆け降りてきたのは、茶髪に狐顔の男性だった。
「お前ら、外に出てみろ。ヤバい事になってる!」
マックスの言葉に、ルーシィ達は互いに顔を見合わせると、急いで階段を駆け上がる。
「なんだ、ありゃあ……ッ」
スティングの呟きに、ルーシィの視線も空の一点に釘付けになる。
そこには幾つもの巨大なシルエットが寄り集まり、さらに巨大な構造物を生み出そうとしていた。
「岩が……飛んでる……」
呆然とした顔のシャルルに続き、エルザも戦慄して口を開く。
「これが、第四世代の力だというのか……ッ」
天変地異。
リゼルの魔力によって発生した現象を形容する言葉が、果たしてそれ以外に存在するのだろうか。
不意にフェニクスたちの数十メートル先に、ボッと音を立てて光の柱が二本突き立った。すぐにその二十メートルほど先にまた二つ、光が垂直に伸び上がる。そしてもう一組。さらにもう一組。
だが、事態はそこで終わらない。
ボンボンボンッという連続音と共に、広大な平地に幾つもの光の柱が突き立つさなか、その周囲の大地に光が巨大なサークルを複数描いた。かと思うや、円形内部の地面が地響きを立てつつ浮き上がる。
地表から分離した円盤たちがゆっくり寄り集まっていくとともに、光の柱があった箇所から岩盤が円柱状に引き抜かれ、徐々に空の一点に集まっていく。
やがて複数の円盤は円柱状の岩盤を支柱にして円錐台形に積み重ねられ、巨大な浮遊城を形作った。
フェニクスは、大規模な魔力の行使を目の当たりにした法悦に、微笑を浮かべて拍手する。
「壮観ですね。お見事です」
「さしずめ、空飛ぶ要塞、といったところか。確かに素晴らしい魔法だ」
満足げに笑うルークに続き、アトラが両の拳を打ち合わせて火花を散らした。
「さぁてとぉ、これから思いっ切り暴れられるわけか。腕が鳴るなぁ!」
瞳をぎらつかせて獰猛な笑みを浮かべる茶髪の少年に、リゼルは苦笑する。
「残念だけど、すぐには攻めてこないよ」
「あぁ!? なんでだよ!?」
「準備を整えるのに少なくとも二、三日は掛かるはずだ。仮にも大陸で一、二を争う魔導士ギルドが無策で突っ込んでくるとは思えない。それに、作戦の実行は次の満月の夜なんだ。焦ることはないだろう」
リゼルは浮遊城を見上げると、芝居がかった調子で両腕を開いた。
「さぁ、雑談もここまでだ。──ただいまをもって、この浮遊城を我らがギルドとする」
浮遊城の最上層まで登ると、リゼルは再度、魔力を発動。足場が隆起して岩の宮殿をつくり出す。
内部に足を踏み入れて少し進んだところで、リゼルは肩ごしに振り返った。
「ルーク、家具の用意をお願いできるかな?」
「承知した」
ルークが腕を突き出して魔力を発動すると、床面の中央に巨大な魔法陣が展開。なにもなかった部屋の中に円卓と、それを囲むように配置された四脚の椅子が出現する。
リゼルが一番奥の席に腰を下ろすと、全員が自然にそちら側を上座としてそれぞれ席に着いた。
と、アトラがいきなり卓を叩いて立ち上がる。
「とにかくなぁ、俺は暴れ足りねぇんだよッ。大体、コンビ組む必要あったか? 俺一人ならあんな腰抜けども、速攻で片付けてきたのによぉ──あ、そうだ。おいフェニクス」
喚きながら指先を突きつけてくるアトラを、正面に座るフェニクスは呆れつつ睨み返した。
「なんですか、藪から棒に」
「『なんですか』じゃねぇよッ! テメェ、さっき奴らが攻撃してきた時、なんで俺まで守った? おかげでカウンター入れ損ねたじゃねぇかよ」
「あなたに任せると一人で突っ込むでしょう」
「だから、それのどこが問題なんだよ?」
「僕たちは移籍の交渉に向かっただけです。最終的に戦闘になるのは構いませんが、彼らを潰すことが目的ではなかったんですよ」
「じゃあギルドぶっ壊して従わせりゃ良かったろ」
フェニクスは盛大な溜め息をひとつ吐く。
「話のわからない人ですね。それでは何も始まらないと言ってるんですよ」
「んだとコラ。そもそも、テメェがうだうだ言ってるからちっとも暴れ足りねぇって話なんだがなぁ?」
「それは僕とは関係ありませんね。あなたが暴れ足りないと言うのはいつものことでしょう」
「何が関係ないだぁ? テメェ、一回ぶっ飛んでみるかオイ!」
「──二人ともその辺にしておけ。いつまでも会議が始められん」
組んだ手に顎を落としたルークの言葉に、アトラは束の間動きを止め、彼をキロリと睨んだ。しかしすぐさま毒気を抜かれたように大きく舌打ちすると、苛立たしげにどっかと座り直す。
事の成り行きを見守っていたリゼルは、そこでふっと笑みこぼれた。
「ありがとうルーク。じゃあまずは、情報の確認からいこうか。事前情報に間違いは無かったかな?」
その問いに、ルークはこゆるぎもせず即答した。
「あぁ、こちらは問題ない」
「こちらも同じく。ですが、ひとつ意外だったことを挙げるなら、滅竜魔導士以外の者が動かなかったことでしょうか。大陸で一、二を争う魔導士ギルドと伺っていたので、それなりの苦戦を覚悟していただけに、正直あれには拍子抜けしましたね」
フェニクスも応えると、リゼルは静かに笑う。
「不自然ではないだろう。滅竜魔法は本来、竜迎撃用の魔法。そんな力をもった人間同士の戦いに第三者が下手に介入すれば最悪、足を引っ張ってしまう。僕はむしろ、彼らがそれほどの実力者だからこその適切な判断だと思うね」
フェニクスは面白くなさそうに鼻を鳴らした。
その様子に苦笑してから、リゼルは表情を改める。
「さて、これから僕たちは決戦の日までに万全の態勢を整えなければならないわけだが……その前に、特に注意すべき点について改めて話しておこう。皆は二年前の大魔闘演武の決勝戦を覚えているかい?」
「はい。確か『妖精の尻尾』が優勝し、大陸最強の座に返り咲いたとか」
フェニクスの返答に、リゼルはひとつ頷く。
「その通り。だが問題は、そこに至るまでの過程だ。彼らは試合開始後、しばらく経ってから行動を開始。狙い澄ましたように次々と接敵してポイントを稼いでいった。これは彼らの中にそれ程の計算力と戦略眼をもつ者がいることを示している。──もしかしたら、僕たちが四百年前の人間だという事も、既に露見しているかもしれないね」
その言葉に、アトラが腹を抱えて笑い出した。
「おいおい、冗談キツいぜマスター。いくらなんでもそりゃねぇだろ」
「アトラ、いい加減に──」
「いいよ、フェニクス。さすがに僕もその点はアトラに賛成する。ただ、厳重に警戒しようという話さ」
そこでルークがすっと挙手する。
「ではマスター、俺は作業に戻っても?」
「そうだね。いい出来を期待しているよ」
「御意に」
そう言ったルークの身体を眩い金色の光が包むと、瞬時に退席していった。
「次にアトラ、君は今後、作戦当日までこの城の中で過ごしてもらう。なに、君が退屈しないように対策は幾らか考えてある」
「おう、そこはよろしく頼むぜ」
アトラが頷くと、リゼルはこちらに向き直る。
「フェニクス、君にはいまから指定するポイントに別の拠点を構えてほしい。しばらくの間、そっちで羽を伸ばすといいよ。君の役目は、作戦当日まで敵にプレッシャーをかけ続けることだ」
その言葉に、フェニクスは不敵な笑みを浮かべた。
「なるほど、そういうことならお任せを。ここからは寧ろ目立つように動け、というわけですね」
「あぁ。これより始まるのは互いの心の削り合いだ。僕たちの準備が不完全なことは決して悟られてはならない。……とはいっても、彼らに知られた情報はごく少ない。いかに優れた洞察力の持ち主でも、この段階で僕の能力に気づくのは不可能なはずだ」
リゼルはその漆黒の双眸に静かな闘志の炎を燃やしながら、胸に手を当て薄笑いを浮かべる。
「現代を生きる魔導士諸君のお手並み拝見といこう。『滅竜魔水晶』がある限り、僕たち『変革の翼竜』に敗北はない。やがて来るべき滅亡の日まで、せいぜい足掻いてみせるがいい」
3
ルーシィたちが浮遊城を呆然と見上げていると、突如背後から盛大な爆裂音と雄叫び。続けてどさどさと何かが崩れるような音が聞こえる。
振り向くと、ナツが魔力を爆発させて周囲の瓦礫を吹き飛ばし、直後に他のギルドメンバーに取り押さえられたところだった。
「戦争だああッ! イノシシとワインだか何だか知らねぇが、あんな奴らいますぐぶっ潰してやるあぁッ」
「落ち着けナツッ」「気持ちは皆同じだ!」「つぅか『変革の翼竜』だよッ」
「うるせぇ、名前とかどーでもいいんだよッ。たった四人で『妖精の尻尾』に喧嘩売るたァ良い度胸してんじゃねぇか! まずはあの城ぶっ壊してやるッ」
「──待ってください、ナツ」
怒り心頭のナツを、メイビスが引き止める。
「不確定要素が多い現段階で乗り込むのは危険です。せめて一度、情報を整理してからでないと」
「あの……」
そこでスティングが、おずおずと手を挙げた。
「その意見には賛成だけど……アンタ、誰?」
彼の言葉に、ルーシィはハッとする。彼女は『妖精の尻尾』メンバーにしか認識できない思念体と別に、アルバレス帝国との戦争の中で生身の身体を取り戻している。外見には違いが無いので気づかなかったが、先刻から話していたのは後者の彼女だったらしい。
「そういえば、『剣咬の虎』のみなさんには自己紹介がまだでしたね」
メイビスはひとつ咳払いをすると、にっこり笑って告げた。
「私の名前はメイビス・ヴァーミリオン。詳しい事情は話すと長くなってしまいますが、『妖精の尻尾』初代マスターです」
「「「「「初代マスター!?」」」」」
『剣咬の虎』の面々が一斉に叫び、スティングが慌てて頭を下げる。
「失礼な口利いてすみませんでしたッ。俺が『剣咬の虎』マスターのスティングです!」
「あぁ、顔を上げてください。気にしていませんよ。あなたたちの事は、二年前の大魔闘演武の頃から見ていましたし」
「……。……マジで?」
「はい、大マジです」
さらなる驚愕にスティングは顔だけ持ち上げた姿勢で固まるが、そんな彼に対してメイビスは悪戯っぽく笑って頷いた。
「あの、初代……そろそろ説明の続きを……」
マカロフの言葉に、メイビスは表情を改める。
「そうですね。私のことは一旦置いておくとして、話を先に進めましょう」
そこで一度言葉を切ると、メイビスはすっと右手を持ち上げて浮遊城を指差した。
「まず重要なのは、あの城が本当に敵のギルドか否かという点です。──ウォーレン、魔導レーダーの反応はいまどうなってますか?」
「ほいきた! 現在、あの城の中に魔力反応は四つ。反応の大きさからいって、まず間違いなくさっきの奴らだろう」
「ということはやはり、あの浮遊城が『変革の翼竜』のギルド……」
顎に手をやり考え込むエルザの言葉に被せるように、再びナツが叫ぶ。
「なら決まりだな、いますぐ皆で突撃だ!」
しかし、メイビスは重々しく首を振った。
「いいえ、まだです。ここで問題なのは、レーダーの反応を本当に信じて良いものかということ」
「「「?」」」
「先の戦争で、私たちは敵からの強力なジャミングを受け、レーダーを無効化されました。それにより敵の侵攻を許し、窮地に陥ったことがあります。それに、あのリゼルという者の魔力。皆さんは、なにか気づきませんでしたか?」
その問いに、ルーシィは腕を組んで唸る。
「そう言われても……。あいつを見てすごく嫌な感じがしたとしか……。あ、そういえば、魔力はあんまり感じなかったかも」
「それにさっき、レーダーの反応が消えたって……」
シャルルの呟きに、メイビスはひとつ頷いた。
「はい。これらの情報からわかるのは、リゼルがなんらかの方法でこちらからの魔力感知を正確にできなくしているということです」
「じゃあ、いまレーダーに映ってるマーカーは……」
ハッピーが言うと、グレイも苦い表情になる。
「まずなにかのトラップだってことか」
「おそらくは。そして、それにもいくらか考えられるパターンはあるのですが……中でも最悪なのは、あの城そのものが囮だというものです。敵は滅竜魔導士。ならばその弱点も当然熟知しているはず」
ガジルが顎を撫でながら口を開いた。
「要するに、連中があの城の中にいたら酔ってなきゃおかしいって話か」
「確かに、あれが大きな乗り物だと考えたら──滅竜魔導士は戦闘どころじゃないですね、うぷぷ……」
「ちょっと、想像しただけで酔わないのッ」
ハッとしたウェンディが不意に両手で口を押さえ、シャルルが彼女の背中をさすり始める。
「そういうことです。そして、最も恐ろしいのはその先。敵は、竜を戦争の道具として利用すると宣言しました。私が彼らなら、邪魔な滅竜魔導士の早期排除を真っ先に考えます。城に攻めてきたところを閉じ込めれば、竜に抗う術を簡単に奪えます」
「んじゃどうすりゃいいんだよッ!?」
未だ仲間に取り押さえられたままのナツが叫ぶと、メイビスはルーシィ達を見渡した。
「リゼルが指定した次の満月の夜まで、まだ約二週間の時間があります。それまでに何としても準備を整えなければなりません。私の方でも、既にいくつか策を考えてあります。皆の勇気と絆を力に換えて、立ち向かいましょう」
その言葉に、各々が力強く頷いた。
そこで視線を上げたルーシィは、すぐ横でミラジェーンが配達員と何事かやり取りしているのに気づく。
ギルドが崩壊しているのも意に介さず職務をこなす配達員に感心していると、受け取った封筒を確認したミラジェーンが怪訝な顔をしてマカロフの下に持っていった。
「マスター、何でしょう、これ?」
マカロフがそれを受け取り開封すると、メイビスも横から覗き込む。
「むぅ、なんじゃこれは? 差出人も書いとらん」
「……あッ、これは……」
「? 初代、どうなさいました?」
不思議そうな表情のマカロフを尻目に、メイビスはにこやかな笑顔でこちらに手を振ってきた。
「ルーシィ、ちょっと来てください」
首を傾げつつ小走りで駆けていくと、マカロフから手紙を受け取る。
一読して、ルーシィも思わず笑みこぼれた。
「あぁ、これ、あのヒト達からだ」
ルーシィがギルド内に視線を巡らせると、皆空気を察して押し黙る。
『ごきげんよう、『妖精の尻尾』の魔導士諸賢。なんて言ってる場合じゃないのか。ちょいと見ない間に、何やらとんでもないことになってるみたいだね。ギルドが爆破されたらしいじゃないか。あたしも耳を疑ったよ。
わかるよ、なんで知ってるんだって顔してるね? 丁度いい機会だ、顔合わせできてない他の仲間のためにも教えておこう。
ウチに疾風丸っていう新聞記者がいたのは覚えてるかい? あいつは人間界の情報も色々と集めてるんだが、なにしろその速度が頭抜けててね。本気を出せば音速超えも軽い。そんなわけで誰にも姿を見られずに活動できるんだ。その文が珍しく泡食って飛んでくるもんだから何事かと思えば、これだよ。
ともかく、本題に入ろう。要件は単純だ。是非ともあんたらの力になりたい。力を合わせて、あんたらを襲った奴らにわからせてやろうじゃないか。どれだけ恐ろしい相手に喧嘩売ったのかってことをね。
ただ、それには大きな問題がひとつある。あたしらを知らないそっちの仲間たちにどう受け入れてもらうか、って話だ。そこで、あたしらを知ってる奴同士でなんとか他の仲間を信用させてほしい。勝手な要求なのはわかってる。だけど、あんたらも味方は多い方がいいだろ? ここはひとつ、よろしく頼むよ』
『親愛なる同胞たちへ、心を込めて』と締め括られた手紙を読み終える頃には、ルーシィの胸に様々な思いが渦巻いていた。
手紙の筆者がレンカであることを疑う余地はないが、この文面からは、如何にして狙った読み手にのみ意図を伝えるかという苦悩が汲み取れる。
当然だろう。スミレ山の住人たちは、そのすべてが、ヒトならざる妖怪である。いかに彼らが人間に友好的といえど、人間側からすれば『人間ではない』というだけで恐怖や忌避の対象となってしまう。最悪、姿を見られただけでもパニックが起こりかねない。
だからこそ彼らはいま揺れている。危機に直面したルーシィたちを助けたいという思いと、衆目に触れることへの不安の間で。
この手紙は『妖精の尻尾』全体に向けたものを装っているが、まず間違いなくルーシィたちに向けて書かれたものだ。肝心な情報が抜け落ちた乱雑な文体も、焦って書いたからというより、わかる者にのみ伝わるように気をつけた結果だろう。
ここは差出人の頼み通り、自分たちがなんとかしてやらねばなるまい。
「……それで? 読んでくれたはいいが何なんだい、その手紙は?」
しかめっ面のカナの声で我に返ると、ルーシィは眦を決して顔を上げた。
「実は、あたしたちからみんなに、伝えておかなきゃならない話があるの」
ルーシィが、先日の依頼で一緒にスミレ山に行ったメンバーに視線で合図を送ると、彼らも心は決まっているようだった。
ルーシィたちが先日の依頼での体験をひと通り語り終えた時、仲間たちが発していたのは困惑のざわめきだった。
「つまり、ルーちゃん達は鬼や妖精と会って、しかも戦ったってこと?」
目を丸くする小柄な青髪の女性・レビィの問いに、ルーシィはひとつ頷く。
「うん。でも、全然悪いヒトたちじゃないの。あたし達と戦ったのだって、力比べみたいなものだし。そもそもスミレ山の妖怪たちはみんな、人間のことを仲間だと思ってる」
「でもなぁ、鬼ってアレだろ?」「こう、角があって、デカくて、怪力で……」
いまだ渋い表情のマカオやワカバの呟きに、なんといって説得したものか考え込んでいると、隣のナツが酒樽に片足を載せて口を開いた。
「大丈夫だ。アイツらは怖くなんかねぇ。寧ろすげー良い奴らなんだぞ? 戦った俺たちが言ってんだ、間違いねぇ」
「けど、会ったことも無いのに突然『助けてやる』って言われてもな……」「やっぱ不安だよ、俺」
「ま〜、良いではないか、此奴らを信じてやっても」
ジェットとドロイが言うなか、助け舟を出したのはマカロフだった。
「仮にこの七人の話が間違っているなら、こうして無事に帰ってきとることに説明がつかん。実際にその者たちに会ってみないことにはなんとも言えんが、家族の言葉は信じるのが、ギルドってもんだろう」
すると、カナが軽く手を上げる。
「私はマスターの意見に賛成だし、ルーシィたちの話も疑っちゃいないが、あんたら一つ大事なことを忘れてないかい? その手紙に返事を書いたとして、誰がどうやってその山まで送るのさ?」
「あ、そういえば……」
スミレ山の位置ならルーシィたちが知っているが、それもラグリアの転移魔法で道のりを省いたからこそ一日で行って帰ってこれたのだ。
確かカリンの話では、スミレ山は彼女の家から凡そ三千キロ。仮にギルドから徒歩で向かうとして、往復に掛かる時間は如何ほどになるだろうか。
「──そこは俺が引き受けよう」
そういって進み出てきたのは、メストだった。
「俺の『瞬間移動』なら、山の座標さえわかれば問題ない。正確な場所はわかるか?」
その問いに、エルザが簡潔に答える。それを聞いたメストは、眉根を寄せて唸った。
「意外とあるな……。一回の『瞬間移動』で限界まで距離を稼ぐとしても、俺の魔力が保つかどうか……」
しばし考え込んでいたメストだったが、やがて軽く首を振り、顔を上げる。
「いや、考えても仕方ねぇ。少し時間は掛かるだろうが、できるだけ早く帰ってこれるよう努力しよう」
話がまとまりかけた──その時だった。
「うわー、何こレ、滅茶苦茶だヨ」
「待って。あんまり先に行くと危ないわよ」
聞き覚えのある声にそちらを見ると、金髪ツインテールの少女が歩いてきていた。後ろには青いドレス姿の女性と、さらにその後ろに赤黒い髪にロングコートの男性が続く。
「あれ、セリナちゃん? カリンにラグリアさんも」
ルーシィの言葉に、ラグリアは足元の瓦礫をどかしながら瞳に同情の色を浮かべた。
「いやぁ、酷い有様だね。見たところ、ギルドの皆は無事なのかな?」
「はい、なんとか。ところで今日は、皆さんお揃いでどうしたんですか?」
ウェンディが答えると、ラグリアは意外そうな表情になる。
「あれ、こっちには話が通っていないのか。てっきり知ってると思ってたんだけど」
そういってコートのポケットをまさぐると、一枚の封筒を取り出した。
「僕たちも手紙を受け取ったのさ。『妖精の尻尾』の皆を助けよう、という呼びかけの手紙をね」
「ラグリアさんたちも?」
ルーシィは聞き返しながらも、ようやく理解する。先ほどミラジェーンに手紙を届けた配達員。届け先の建物が崩壊しているというのにやけに肝が据わった人だと思っていたが、考えてみればそれ以前に差出人や宛名も明記していないものを、なんの疑念も抱かずに正確に届けるなど不自然だ。ミラジェーンに手渡す際にひとこと声掛けをしてもおかしくないだろう。
そして同じような内容の手紙がラグリアとカリンの家にも届いていた。とすると、ここから導き出される答えはひとつ。
あの配達員こそ、スミレ山の新聞記者・疾風丸 文そのヒトが変装した姿だったのではないか。
この短時間にラグリアとカリンという、離れた場所に住む二人に手紙が届いていることも、彼女が本気を出せば音速さえ超える飛行速度を出せるというレンカの話で説明がつく。
こちらの内心など知る由もなく、ラグリアは表情を改めると、続けた。
「だいたいの事情は手紙で読ませてもらったよ。今回の一件、僕たちも力を貸そう。なにか手伝えることがあったら何でも言ってほしい」