目の前でヒトが泣いている。フェイ自身の何かを慮って。初めての経験に、フェイは自分が悪いことをしたせいかと焦った。
「エリーゼ、何で泣くの? イタイの? カナシイの?」
エリーゼは涙を散らして首を横に振った。
『痛かったのはフェイのほうでしょー?』
ヌイグルミのティポさえ丸い目を潤ませている。
「フェイさん。痛かったなら、痛いと言っていいのですよ」
「言って、イイ?」
ローエンから慈しみに満ちた表情を向けられる。
これをフェイは知っている。唯一許された外界とのコンタクトで、TV電話で話す時のマルシアが時々こんな表情をしていた。
フェイは、この生活になってから、初めて考えた。ずっと考えないようにしてきたこと。
――あれらの仕打ちは果たして「イタカッタ」だろうか?
やれ、と研究者たちは言った。フェイに精霊の召喚を、術の発動を迫った。
できて歓声を上げる者、恐れ慄く者はいたが、フェイを褒める者は一人もいなかった。
食事も睡眠も一人だった。精霊たちに痛めつけられた日も一人だった。
無数の観葉植物に囲まれた飼育箱。それがフェイの10年間過ごした「家」だった。造花ではなく生花が植えられていたのは、フェイが微精霊にマナを搾取されることで微精霊が活性化するので、植樹の研究ができたからだ。研究者は、フェイに行われる精霊の略取さえ観察していた。
あの〈温室〉に人間はいなかった。いたのは
頭も体も中身をレントゲンやCTスキャンで何百回も撮られた。注射はその倍の数だけ打たれた。痕そのものは医療用
たくさんの器具を取りつけられた。たくさんの悲鳴を記録された。たくさんの涙を測定された。
そんな日々は、フェイにとって「イタイ」と言えるのか。
「うん――」
気づけばフェイの口を突いた音。
「うん……イタ、かった」
ぽろり。涙が一粒落ちた。フェイ・メア・オベローンが初めて、あれらの日々、あれらの仕打ちに何らかの感情を持った涙であり、ひた隠した「フェイリオ」のココロが零した涙だった。
――フェイの傷の痛みが治まってから、彼女たちは先に行った仲間を追うべくトリグラフに戻った。
途中でジュードからローエンにメールが入り、彼らはヘリオボーグの丘を目指すことが分かったので、フェイたちも一路ヘリオボーグを目指した。
「ローエン、ホントにダイジョウブ?」
ヘリオボーグに来てから、目的地までに坂道があった。そこでローエンがフェイをおんぶで運ぶと申し出たのだ。
治癒術で傷は治っても違和感は残る。ローエンはフェイが足に受けた傷を慮ってくれたのだ。
最初は素直におぶさっていたフェイだが、途中でローエンが老齢だと思い出し、不安になった。
「何の。ジジイもまだまだ若い者には負けません」
「本当に?」
「本当ですとも。これでも元軍人。足腰には自信がありますぞ」
エリーゼがくすくす、ティポがニコニコ笑う。エリーゼも最初はフェイと同じように心配していたのに、途中で笑って「しょうがないですね」と認めた。
「こうしてると、ローエンがおじいちゃんで、フェイは孫娘みたいですね」『じじ孫コンビ結成っ』
「ではエリーゼさんはフェイさんのお姉さんですね」
「ふえ!? わ、わたしがお姉さんでいいんですか?」『年下なのにー』
「エルさんがフェイさんのお姉さんなのですから、エルさんよりお姉さんのエリーゼさんがフェイさんのお姉さんでも支障はないでしょう。ねえ、フェイさん?」
「うん。えっと……エリーゼ姉さん」
「ね、ねえさん!?」『何て新鮮な呼ばれ方! ときめき度高まるー!』
エリーゼは真っ赤になって目をぐるぐるさせている。こんなエリーゼだが、フェイはエル以外で初めて、彼女が姉だったら嬉しいだろうと思った。ハ・ミルでエリーゼがエルに「バーニッシュ(両国で大人気のヌイグルミ)が来てくれます」とはっきり告げた時には、特に。
そんな少女たちの思案をぶち壊す音が鳴り渡った。
優しい女の子とおじいちゃんのおかげで、ようやく本音を言えたオリ主でした。
文章だけで説明すると悲惨度が伝わりにくいかとも思うのですが、ここで過去シーンを入れるのも構成上おかしい気がしてこんな形になりました。回想はまたの機会に。
結局、オリ主の謎行動は全部がここに帰結するという話です。味覚の話、優しくされたい話、甘える話、etc…
ローエンさんは意外と肉体派でいらっしゃる気がします。剣使いますし、元軍人ですし。子供の頃っておじいちゃんおばあちゃんにもおんぶや抱っこしてもらえたんですよねー。「年齢を途中で思い出した」はまさに作者自身がそうでしたのでww …妖精は軽いってことにしといてください(^_^;)