「そういえばアーチャー。戦闘は明日からだったよな?。」
話が終わり、寝ようとするのかと思えば、ジェイルは不意にそうアーチャーに聞く。
「まぁ、そう言われたが……。」
「じゃあ取り敢えず、使い魔を放とう。偵察ならありだろう?」
「確かにそうだが、今更放つのか。というか、使い魔なんぞ既に放った後だと思ってたぞ。」
魔術師にとって使い魔を使役する事は、ある意味呼吸に等しい行為であり、聖杯戦争ならなおさらである。偵察から護衛まで何でもござれの使い魔を使うのは常道である。
「……すまない。」
「はぁ…」
アーチャーはやれやれ、といった風にため息をついた。
こんなマスターのもとで、聖杯まで辿り着くことは出来るのかというのが不安である。
「まぁ、今燕を1匹放った。取り敢えずアーカムシティのイーストタウンに向かわせておく。」
アーカムには、ノースサイド、イーストタウン、ダウンタウン、商業地区、リバータウン、キャンパス、フレンチヒル、アップタウン、サウスサイドの9つの地区があり、イーストタウンは、今は寂れて貧しい地域となっているが、数代前へ遡ると、上流階級の人々が住んでいた地区である。
そのため、この土地に住み着く魔術師の家は、おそらくこの地域にあるだろう。
そう考えて、使い魔を空に放った。
「あの鳥は……。燕か?」
アーチャーが呟く。
ジェイルが飛ばした使い魔は、諜報に重宝するようなコウモリなどではなく、燕という北半球に主に生息する鳥であり、日本では、益鳥として所々で愛されるような鳥である。
「あぁ、「燕は、急旋回に優れ、魔術師の秘奥とも言われる固有結界。それと同じ事象を剣のみで起こす力が無ければ、仕留める事は出来ない」なんてことを言ってラルクは他の鳥を使い魔にする事を断固拒否していた。」
時々、良い思い出を思い出し苦笑しながら、ジェイルは語る。
この男は本当に魔術師なのだろうかと、アーチャーは思う。
というかラルクとは誰の事なのだろうとも彼女は思った。
「よっと、視界同調……完了。操作可能、確認っと。よし、イーストタウンに全速前進だ!ツバメ!。」
「せっかくなんだから名前でもつけとけば良いものを……。ツバメはひどいだろうに。」
使い魔を操るジェイルとは、正反対に、アーチャーは暇であった。
何もする事、出来る事がない今の状況は、彼女にとって精神的に苦痛であった。
しばらく無言の時が続き、そうして、我慢しきれなくなったアーチャーが口を開いた。
「なぁ、マスターよ。暇なんだが、やる事はなくて良いから、何か暇を潰せる物を持ってないか?。」
「そんな物無い。…筈だ。ただ、ラルクが勝手に荷物に入れているかも知れないが…。」
「ふむ、仕方ないな。じゃあ偵察が終わるまで大人しくしてるとしよう。」
そう言うと、彼女は霊体化し、何処かへと消えていった。
ジェイルは再び集中し、燕の視覚や操作に意識を傾けた。
みると、燕は現在ジェイルが陣取っている地区であるアップタウンと、目指すイーストタウンのちょうど中間に位置するミスカトニック川のちょうど真上を飛行していた。
対岸同士を繋ぐ三本の大きな橋には、深夜なためなのか人の気配など露ほども無く、アーカム特有の不気味な静寂が辺りを支配している。
その不気味さに若干気圧されながらも、彼はそのままイーストタウンへと直行する。
「この辺りか……」
しばらく経ち、ようやくイーストタウンの上空へと燕が到達する。
イーストタウンは、やはり静かである。
橋と比べ、人通りは多いが、その大半が怪しげな姿をした人間であり、中には体の一部を失った一団がぞろぞろと動いていたりもしている。
家の過半数は古びた館であり、その暗がりでは、背徳的な賭博や宗教、果てには名状するのもおぞましいような行為が日夜繰り広げられているだろうということが感じられた。
「アーカムってやっぱり不気味だな……」
その光景を見、想像力を働かせてしまった彼はつい、そう口にする。
そして「これは一生かかっても慣れることは無いだろう」と、付け加えた。
そうしてしばらく飛行していると、不意に、ある館の地面が光った。
古びた館が立ち並ぶ治安の悪い地域であるにも関わらず、しっかりと手入れの行き届いた庭園に、蔦も貼らない綺麗な館に対しては、異質感を拭うことが出来なかった。
そうして1秒もしない内に何らかの物体が姿を見せる。
地面から打ち出されたであろうその金属塊は、刃だった。
その先端は燕の中心を狙っていた。
咄嗟に旋回し、回避をしようとするも、投擲されたその刃は回避する事をまるで予測していたかのように燕の胴へと命中し、視界が途切れる。
共有していた感覚にはあり得ない程の衝撃が走り、その痛みに思わず膝をついた。
「あれが…サーヴァントの戦闘能力か…。」
噂程度には聞いていたものの、想像をはるかに超える強さであった。
だがしかし、最後に見た投擲されたあの刃、それは恐らくあのサーヴァントの宝具であろう。
であるとすれば、剣を扱うセイバー、それか暗殺が得意なアサシンが妥当だろう。
「お、どうした?。いきなり床に膝をついて…。まさか、攻撃でもされた訳ではあるまい。」
アーチャーが再び姿を現し、ジェイルに問う。
「いや、燕は潰された。視界が途切れる直前、刃が見えた。
恐らくイーストタウンの地主のサーヴァントのクラスは、セイバーかもしくはアサシンだろう。」
「なんと、燕がやられ、サーヴァントがどちらかと。で、刃はどのような形をしていたのだ?。」
「口で説明をするのは難しいな…。」
そう言いながら彼は、片付け途中の自分のバッグから薄く四角い物を取り出した。
一般的にノートパソコンと呼ばれるそれは、魔術師にとっては使うことのない、科学の結晶である。
「これはノートパソコンという物だが、知ってるか?。」
「原理はわからんが使い方ぐらいはわかる。その文字を叩けばいいのだろう?。」
「それは合っているのか、間違っているのか判断しづらいところだな。まぁ、そうだな。」
そう言って彼はデュランダルと検索にかけ、1枚の画像をネットから取り出した。
「恐らくこの剣だろう。」
「ふむ、デュランダルか…。俺は極東のサーヴァントであるため、ようわからん。」
「そうか、デュランダルといえば有名な名剣らしい。使い手は、その剣を天使に授けられた、『シャルル王』さらにそのシャルル王からそれを受け取った騎士『ローラン』そして、その剣の元の使い手だったとされるギリシャの英雄『ヘクトール』。その三人だろう。クラスはセイバー。最優と呼ばれるクラスだろう。たとえどの英雄だろうと油断はできない。」
「しかし、1人だけでも英霊のヒントが得られて良かった。ということか。それにしてもお主、聖杯戦争について知らない事が多い癖に令呪や最優のセイバーについては知っているなど知識が偏ってはいないか?。」
アーチャーがジェイルをギッと睨む。
「聖杯戦争に関してはちょっと日記を読んだだけだからな。」
「日記?。そんな物がどうして…」
「うちの義祖父の日記だよ。義祖父はとある亜種聖杯戦争に参加した。その時の日記を読んだんだ。うちの義祖父は最優であるセイバーを呼び出し、六体のサーヴァントの戦いの中で見事に勝ち抜いた。その結果てに入ったのは小規模の魔力リソースだったとかなんとか。そのリソースがどうなったのかは知らないが、聖杯戦争の大まかなルールはそれで掴めた。」
「ほう、その程度には知識があるのに覚悟も無いままに聖杯戦争に参加するなど、随分とバカじゃないか。……そういえば、マスターの願いを聞いていなかったな。教えてくれても良いのではないか?。」
「魔術刻印の復活だ。」
「その程度か…。折角なのだからもっとビックな夢を持って欲しいぞ。」
「その程度って言うなよ…。うちの家は魔術刻印を失ってしまってな。だから俺は魔術師の養子になることになった。養子になる前はそこそこ貧しかったからな。義理とはいえ両親にそれなりの孝行もしたい。だから、俺が水泡に帰してしまった刻印を再び家に帰したい。」
「まぁ、それなりだな。」
「そうか……そう言うお前はどうなんだ?そんなに言うんだったらちゃんとした目的があるんだろう?。」
「げっ」
アーチャーは明らかにしまったという顔をしてジェイルを見る。実際、彼女にははっきりとした目的が無い。人間を見ているだけでも楽しめる。というのは極論だが、彼女はそういった存在なのである。
「俺の目的はもう半ば達成されたも同然だ。というわけで聖杯にかける大層な願いは無い。」
「なんだよそれ。つまりもし俺たちが勝っても聖杯は下らないことに使われる訳だな。勿体無いな。」
「それもそれで良いじゃ無いか。神秘が薄れた今、聖杯など役には立たんし、何より世界を壊すような願いを持つような奴らに渡すよりはマシだろ。」
「そう願う奴なんていんのかね。というかそんな破壊願望なんてすぐ破滅するだろう。」
「そういえばマスター。参加者にそういった願望がある場合。聖杯はそれを察知してルーラーと呼ばれるサーヴァントを呼び出すらしい。」
「そういえば、この聖杯戦争にもルーラーがいたな。つまり、今回の聖杯戦争に、聖杯が危険だと判断した人物が紛れ込んでいると。」
「そういう事だ。気をつけておく事だ。」
「あぁ、忠告感謝するよ。今日はもうやれる事は無い。寝るか。」
そう言って、彼は二階にある寝室へと向かった。
◇アーカムシティの北東部[イーストタウン]
深い静寂に包まれたとある館の中。
深い暗闇で、騎士らしき男と、小太りの男性が喋っていた。
「まさか使い魔を寄越してくるとはねぇ、禁じられたのは戦闘だけだったけども、それでも偵察してくるとは思ってなかったわ。」
「そうか、使い魔が来たか。これは明日の夜程に乗り込んで来る可能性もあるな。しっかりと防衛を頼んだ。」
「へいへいマスター。しかし防衛だけでいいんで?。」
「勿論だ。今回の聖杯戦争の序盤は生き残る事が目的の1つだからな。」
夜はだんだんと更けていく。
空に浮かぶ満月は何かを祝福しているように感じられた。
次回も遅れてしまうと思います。
申し訳ございません。