或いは、あなたが共にあれば   作:ぱぱパパイヤー

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一週目にして二週目レベルに市民を放置する男。

ここでいうのもなんだけど、短編の方加筆しました…日曜日で余暇が有り余ってて、なおかつこの文を読んでる方、よかったら読み直してみてね…。
あの、評価ね、嬉しい…。感想もね、すごいありがとう…(小並感)


第十話 上位者-狩人狩り

 視界の端に青い光が弾けるのが分かった。はっとして周囲を見渡すと、まったく見覚えのない空間へ立ち尽くしている。

 探索をするに、ここはかのビルゲンワースのようだった。教室には変わり果てた学徒が居り、唯一話せる男曰く、ここは神秘なのだと。

 

 ――記憶を失った男の、人格の輪郭が、ようやく定まったような気がする。

 あの、大いなる存在。人智の及ばぬ領域にある、決して触れえぬ神秘の世界。物理法則も、エネルギーも、思考も、感情さえもが塵ほどにも敵わぬ上位の階層。

 男の中の目標への指針が、“上位者”に動く。男はきっと、あれに関係するものを求めて、ここへ来たのだ。

 

 その点において、ここは神秘に溢れ、男の記憶を微かに刺激する。

 男が開いた大きな扉の先は、先も見えぬ漆黒の回廊と、その先の悪夢へと通じていた。

 

 ――数えられぬほどの墓が並ぶ世界の空は奇妙に明るく、現れる獣はどうにもおかしな姿をしている。銀獣からは確かに神秘を感じる。だというのに、その身は明らかな獣だ。人であった名残か、墓を眺めている姿も如何にも“(人間)”らしい。

 

 男が道なりに進んでいくと、遠くから狩人が走ってくるのが見える。迎え撃ち、斧を振りかざすと同時、男の背を鞭が強く打った。

 肺から空気が抜け、男の動きが止まる。激痛と衝撃によって生まれた空隙で、正面の男の斧が、男の腹へと滑らされた。バチバチ、という電撃音が聞こえると同時、男の肉は焼ききれ――そして、夢に還ることを悟る。

 倒れ伏した男が、屈辱に目を向けると、雷を武器に纏わせた狩人は、優雅に一礼をしてみせた。ああ、まるで人間らしい。絶望の悪夢の中、獣であることを拒絶する姿は、滑稽でありながら、高潔な意志を感じ取れる。

 

 このような悪夢で、それがなんの意味を持つというのか。男は微かな苛立ちを覚える。

 人は皆獣欲を宿し、本質的には、欲を貪ることしか考えていない。上位を垣間見た今となっては、記憶を失いながらも抱いていた、人間に対する忌避感じみた無関心が、よりはっきりと男の中で沸き上がっていた。

 

 ここでの目覚めで、何人もの人間を見た。家の内に籠もる人間が居た。家族を案ずる人間が。恐怖におびえる人間が。人助けを求める人間が居た。

 男は決して、それらを積極的に殺そうとは思わなかった。最初のうちは、子供には僅かばかりの憐憫が湧いたような気もする。だが、既に心は元の形を取り戻したのだ。

 

 ――死ね。

 

 まして、この狩人はもはや手遅れなのだから。ここは現世ではなく、空の向こうには楼閣が浮かび、下には船のマストが揺れている。ちぐはぐな悪夢の中で、人の真似事をするなど、無意味極まりない。

 

 人血を払い、数え切れぬほどの墓の隙間を縫い、進む。やがて、きらりと光る硬貨に男は目を留めた。既に死した狩人の骸だ。これを置いて死んだのか。死んだ後に、誰かが置いたのか。どちらにせよ、意図があるはずだ。

 

 男がそれに近づき、骸を覗き込んだ。しばらくはそれに意識を奪われていたが、己の背後に近づく、不可思議なリズムの足音に、気づくと同時――崖から落下する。

 突き落とされた体に毒液が跳ね、顔に飛ぶ。振り返り、見上げた先の、あの後ろ姿は……蜘蛛のように見えた。しかし、崖の上から「神秘が見える」と告げる男の声は、教室棟の声と同じである。人ではなかったということだろうか。

 ……なんにせよ、この崖は、とても登れそうには見えない。男は後方への未練を捨て、毒沼を見据えた。斧を構え、毒沼の怪物を交わして行く。

 

 やがて辿り着いた先には、立派な塔が見えた。乱立する柱のある広場で、男は辺りを見渡す。しかし探索に時間はかからなかった。

 ああ、寝床に踏み入られ激怒する――偉大なるアメンドーズの声が聞こえるじゃないか。

 

 男は自身の数十倍の体躯を見上げ、ぐっと息を呑む。これは上位者だ。男を超常の力で連れ去り、悪夢へと放り込むことの出来る異次元の生き物だ。

 胸に仕舞った青の花飾りに触れ、男は斧を手に持つ。男は、彼ら上位者に傅くために、ヤーナムへ来たのではない。もしそうであったのなら、男はマールムに恋情など抱きようがなかっただろう。あの青い瞳に畏怖を覚え、心身を捧げるしもべへと生まれ変わったはずだ。

 

 だが違う。男は分不相応にも、彼女に恋をした。遥か高みの存在へと、自身の汚れた手を伸ばし、あまつさえ、上位者と人間の違いを理解しながら、それでも自分の番に選んだ。

 

 だからこそ、男は、これ(上位者)に成るのだ。マールムが焦がれる――月、そのものへと。

 

 

 

 

 どっと疲れが体へと襲い来る。男は、血の遺志を力へと変換し、屋敷へと踏み入った。すっかり馴れた武器の手入れをこなし、マールムの鼻歌を聞く。目を閉じて、声を聴いていると、その歌が何か、意味のある言葉に聞こえる瞬間があることに気が付いた。

 

 ……月、青ざめた血、救う、出来損ない、私を……。

 聞き取れるのはそれだけだ。男の耳に聞こえる言語は、そもそも既存のどれでもなく、単語の意味が不思議と理解できる瞬間があるというだけで、助動詞や助詞などの関連には気づけない。

 ただ、ずっと聞こえていなかった言語が、彼女の口から紡がれていることが分かったというだけだ。あるいは、カレル文字の元となった音こそが、これなのかもしれない。

 

 男は自身の装備を確認した後、すぐさま目覚めの石へと手を翳した。マールムにこうして近づけたのは、悪夢の狩人を狩った報酬だろうか、それとも啓蒙が高まった結果だろうか。

 どちらにせよ、殺せばいい。人間の力であっても、血の遺志を取り込めば上位者へ敵うことが分かった今、男は血を必要としていた。

 

 血の遺志を得る度に沸き上がる獣性も――男の場合それはたいていマールムへの欲望へと発露したが――啓かれた啓蒙が、獣性たる感情的欲求を遠ざけ、理性の範疇に収まる程度に小さくする。

 

 結局、人が獣でないのは自制心や信仰の賜物などではなく、智慧持つゆえのことなのだ。自制心では、獣を抑えられない。聖職者たちは、だからこそ獣となるのだ。

 

 

 

 

 男は聖堂街で目覚め、そっと立ち上がる。あれほど避けたアリアンナにも、もはや何も感じるところはない。女王アンナリーゼ、そして他ならぬマールムの血を知った今となっては、この匂いは男を惑わすことはなかった。

 

 男はそこから梯子を降り、アイリーンに近寄るなと忠告された、オドンの広場へと向かう。血の遺志こそが強さだ。アイリーンはもはや夢を見ないが、それでもかつては夢を見た。人形にも出会ったはずだった。

 彼女は、強い。疑いようもないほどに。そして、彼女が警告した狂った古狩人……ヘンリックも、そうだろう。

 

 しかし今や、男は上位者を狩った。血の遺志を取り込んだ。あの狩人達のどちらも、一騎打ちでは厳しいだろうが――彼女らが傷つけあったその果て、その瞬間ならば、あるいは。

 男は屋根の上からじっと戦いを観察する。どうも相性が悪いのか、肉薄するヘンリックに対し、アイリーンは上手く距離を取れないようだ。動きから察するに、彼女の武器は、勢いと、流れるような移動にこそ威力の秘訣があるのだろう。

 男は毒メスをヘンリックへと放り投げた。それに気を取られたヘンリックの胸に、アイリーンが二振りの刃で傷を与えて退く。

 男はそれに呼応するように、落下の勢いを乗せてヘンリックの背を斬り落とした。

 

 アイリーンは暫時、肩を揺らして息を整えていたが、やがて口を開いた。

 

 「はあ……はあ……。あんた、余計な助太刀だったね……。でもまあ、感謝する、よ――!?」

 

 男は彼女の腹を横なぎに斬り裂く。アイリーンはハッとして、はみ出そうな腹を抑えながら、男から遠ざかり、獣狩りの短銃を構えた。

 

 「ハ! なんだ、あんたもとっくにイカれちまったのかい! 正気を失った狩人は、獣と同じさ。あんたの夢も、もうすっかりと消えちまったようだね!」

 

 ――余計なお世話だな。俺の夢はまだ生きているとも。俺にとって、狩りに格別な愉悦はないが、彼女には狩人の骸が必要なだけだ。

 

 「馬鹿な。狩りに呑まれず、自分だけの意志で人を殺した……だって? あんた、言っている意味が分かってるのかい。快楽も、喜びもなく、ただ目的のために人を殺す……その意味が」

 

 男は無言で散弾銃を放つことを答えとした。血質に関わらず広い範囲に弾をばらまくこの銃は、高貴な生まれでない男に酷く相性がよかった。

 

 男は身を低くし、銃撃に呻くアイリーンへとすぐさま張り付く。彼女の戦い方は先ほど目に焼き付けた。今を逃せば、彼女を殺すことは困難になる。なんとしても、ここで殺しておきたかった。逸る気を抑えながら、男は幾度も斧を振るうが、負傷しているはずのアイリーンは紙一重でそれを避け、時にはトリッキーな動きで男を翻弄する。

 しかし、やがて好機は訪れた。男は彼女に、これまでにないほどに肉薄する。アイリーンはステップを踏んで移動したばかりで、姿勢を崩しており、まだ足に力を入れ直せない。男は好機を逃すまいと、斧を大きく振り上げた。

 

 ――男の目の前を、突然アイリーンのつま先が過ぎる。一瞬の混乱の後に、状況を理解した。アイリーンは、自身の体で隠していた背後の墓石に手を突き、足を跳ね上げると、クルリと一回転をして墓の向こう側に着地したのだ。その際、彼女は男の肘をトンと蹴った。

 男の刃の軌道は反れ、だが勢いを殺すことも出来ず、墓石へと斬撃は吸い込まれる。アイリーンはその隙を逃さず、男へ背を向けて、ヤーナム市街の方へと、走り抜けた。

 

 「次会うときまで、決して己の業を忘れるな、偽りの狩人狩りめ! 尊厳を持たないあんたに、本当の狩りをあたしが教えてやろう。その身を以て思い知るがいいさ……!」

 

 男がアイリーンを追いかけ、角を曲がった頃には、彼女の背などとうに見失っていた。どこにも見えない痕跡に、それでも男は散策を繰り返したが、どれだけ探しても、あの烏羽は見つけることが出来なかった。

 男は立ち止まり、死肉を喰らう烏を斬り裂く。ただ、烏の断末魔が響き、その血に塗れた羽を落とすのみである。

 

 ――次は、回復した彼女との一騎打ちとなるだろう。

 男はチッと舌を打ち、自身の負傷を癒すため、夢の世界へと帰る。まあいい、今回は諦めよう。

 

 次は、ビルゲンワースだ。教室棟のあの神秘といい、ビルゲンワースに何かが眠っているのに間違いはない。なあに、夜はまだ長い。獣はまだ闊歩し、狩人は山のように死んでいる。彼らの数が減ってから、生き残った者たちから、ゆっくりとその遺志を奪えば良いのだ……。

 




<●>49
教室棟到達+2
悪夢の辺境到達+1
アメン遭遇+3
アメン撃破+3

ローランの落とし子は、上位者の落胤なのに獣の病に汚染されているし、恐らくそれを冒涜と表現している…ぽい…? つまり上位者も獣の病に罹患する、かつ、そんな試みは現代人の脳みそをアウストラロピテクスにするレベルの冒涜…みたいな?

上位者に作用する獣の病ってなんなんだよ…。ローランの時代にはまだゴース健在のはずでしょ…。呪いのせいじゃないのかよ…。
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