或いは、あなたが共にあれば   作:ぱぱパパイヤー

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彼らは男を悪魔と蔑んだが、自らを無欲なる聖職者と名乗った。

男は悲惨な幼少期くんです。あと三話以内で終わる予定…。


第十一話 獣-秘匿

 ビルゲンワースへの道は、獣道によく似ていた。獣が徘徊しているのだから、実際にそう呼んでも差し支えもないだろうが、かつて人が通っていたとは思えぬ荒廃具合に、男は難儀した。

 犬が四匹ほど、檻から逃れて駆けてくる。それを往なし、斬り捨て、男は深奥を目指して進む。途中、切れ味の悪くなった斧が気になり、彼は血を振り払った。

 

 ――その、隙ともいえぬ僅かな時間。

 男はドンッと衝撃を受けたかと思うと、地から浮き、壁に叩きつけられていた。

 一体何が起こったというのか? 痛みすら遅れてやってくる。男は立ち上がろうとしたが、全身がズキズキと痛み始め、彼の動きは妙な緩慢さを抱いた。無防備なその一瞬を、何者かが再度襲う。

 

 声もなく呻きながら血を吐く。肉の潰れるぐちゃりという不気味な音が体内から響いた。不随意に痙攣する腕を地に押し当て、うつ伏せにされた視界をなんとか上へ向けると、そこにはあの――人さらいの、大男が立っていた。

 視界が霞む。長身の怪物が男へと歩み寄る。男は死を確信し、遠ざかる意識を追うことを止め、やがて気を失った。

 

 

 

 

 何か饐えた臭いがする。男はたちまちの内に意識を覚醒し、立ち上がり、武器を構える。ここは夢の中ではない。花の香りも、彼女の歌も聞こえない。

 そこは何処かの檻のようだった。あちこちから血の臭いがしており、あの大男が袋に詰めた人間をここに集めてきていたのだろうことが予想出来た。

 

 奇妙なことに、檻の扉は男が内側から押すとすんなりと空いた。周囲を油断なく見つめ、警戒しながら探索を始める。儀式とやらに言及するメモや、地下ですすり泣く女が居た。そして、人さらいたちも。

 

 男は、獣よりも尚厄介な人さらい等と戦う気はなかった。あまつさえ複数人とは。幸い彼らは身長が高く、天井を潜るのに時間を要した。それを利用して男は人さらいを撒き、どん欲に空気の流れを読み、外へと向かう。ここに居ると胸騒ぎがする。

 神秘的な儀式の片鱗を感じるが、男はそれに触れても不思議と高揚しない。求めるものとは異なる神秘のようだった。どこかから聞こえる歌声は、嘆くように、恨むように、何かを訴えかけてくる。何処ででも、常に同じ大きさの歌が響き続けており、率直に言って不気味である。

 

 何か大きな生き物が通ったかのように崩れていた穴を通り、男はようやく月を見上げられた。高く聳え立つ壁の向こうにある塔は、大聖堂だろう。ではこの扉の先は、位置的に旧市街となる。

 男は扉に近づこうとするが、すぐに、この殺風景な広場に、大きな獣が伏せていることに気づく。生きているのか、そうでないのかは定かでない。骨に黒い毛が残った白骨の獣は、月を避けるようにうつ伏せている。

 

 その指先が、ピクリと動くのを、男は確かに見た。

 すぐさま飛び退いた場所で、黒い毛の獣は咆哮した。頭を揺さぶる大きな声に、男はハッとする。かの獣はただの獣ではないのだと、すぐに彼の智慧が気づかせた。神秘が渦巻く気配がしたかと思えば、黒獣は雷を身に纏い、それに身を傷つけられることもなく、男へと爪を振るった。

 

 雷の摩擦がバチバチと音を奏でる。男は自身の肉を焼きかねないそれに肝を冷やしながら、雷の神秘を纏う獣を切り刻む。その頭蓋を大きく砕くと、男はそこへ罅を広げるように手を突っ込み、中にあった硬い骨や、腐った臓物を引き抜いた。

 

 獣が倒れると、そこは一気に静寂に包まれた。男は旧市街への扉を開くと、ふと一度だけ振り返った。

 

 ――今、一瞬……大聖堂の壁に、何か大きな生き物の腕が見えたような……?

 

 

 

 

 再び禁域の森へと繰り出し、男は人さらいを殺し、先へ向かう。

 大砲やトラップ、油の川を見るに、ここは何か外敵に晒されていたようだ。男は嘆息し、一度マスクを外して肩の力を抜く。村の辺りを抜けると、塔が見えてきたのだが、ここから進行方向を見ると、この先はまた森だ。

 鬱蒼と茂る森から、怪物の咆哮のような甲高い声が聞こえ、男はうんざりする。何キロメートルも歩くのは苦ではないが、夢は夜に見るもの。男の夢は、朝になれば消えてしまう淡いものであり、このようなことに時間を浪費するのは、本意ではなかった。

 今夜ですべてを終わらせねばならないのだ。今夜、今夜だけが……。満月、そして、儀式の行われる今夜だけが……。

 

 微かに記憶が脳を掠めた。目的は何も変わらないが、男の焦りが少し強くなった。そう、今夜でなければならなかった。

 男は塔を少しずつ降りていく。途中の階層で、人を喰らう怪しげな人間を見つけ、男は思わず声をかけた。

 

 ――貴公、獣ではないのか。

 

 「……狩人かい? へえ、俺が? 獣? ハハッ、冗談が上手いな、あんた。俺が獣に見えるのかい」

 

 男は無言を保った。この男は人間のように見える。だが、猛烈な獣の臭いが、彼から漂ってくるのだ。

 

 ――人はみな、獣だ。だが、貴公からは特に強い臭いがする。

 

 「なんだ、あんた……よく分かっているじゃあないか。そう、人は皆、獣なんだよ。あんたも、俺も。何も違わない。皆、獣なんだよ……」

 

 みすぼらしい男が血に塗れた手を伸ばすのに、男は抵抗しなかった。握手を求めているとも思えなかったが、彼は銃を腰に掛け、素手を差し出した。おかしな気持ちだった。この男はなんだ? という好奇心と――(少なくとも現状は)獣性の薄い、しかし明らかな獣に対し、男はこれまでの人間のように嫌悪を抱かなかったのだ。

 

 身を窶した男は、狩人の手に丸薬を乗せた。お近づきの印にあげるよ、医療教会のお墨付きだぜ、と皮肉気に笑いながら、彼はやけに嬉しそうに、狩人を見た。

 

 「あんたは血まみれだ! あんたも獣を殺した! だが……あんたは自分が獣だってことを否定しない。俺のことも……獣を、人を殺したってことも。ああ、なんでだろう、いい気分だよ。さっき、たらふく食ったからかなあ?」

 

 男は機嫌良さげに言うと、死体に手を伸ばし、再び血肉を喰らい始めた。

 

 「なんだよ、人の食事を見て何か楽しいのかい。今夜は特に酷いんだ、俺だってこうして、死なないように気を付けないといけない。一人はなにかと足りないからね……」

 

 狩人が見つめる先には、身を窶した男の無防備な背があった。敵意も殺意もない。この男は、自分を襲わないだろう。

 狩人が天を見上げると、月が少しだけ傾いている。ああ、深夜だ。朝日がゆっくりと近づいてきているのだ。男は貰った丸薬を外套に仕舞うと、礼を言い塔を下り始めた。

 

 階下に人影を捉え、男は立ち止まる。灯りと斧を持った人影があったが、壁をじっと見つめているだけである。敵意はなく、男はその人影を無視して進んだが、人とは異なる臭気……毒の臭いに、目を細めた。

 

 その先々では、毒を持った蛇や、それに寄生された人間が多く現れた。森全体にアメンドーズに似た像が多くあり、これはヤーナム中にあるのだと男は悟る。聖堂教会はアメンドーズを認知しており、また、それは上位者を求める彼らの意向に沿っていたのだろう。

 アメンドーズは空間を跨ぐ力がある。悪夢の中に寝床を作り、現世から人間を移動させる力がある。聖堂教会はその像を、ヤーナム中、封鎖された禁域の森にさえ造り上げ――

 

 ――しかし、ビルゲンワースにそれは当てはまらないようだった。

 

 黒い三人の人影を殺し、男はついにビルゲンワースへと踏み入った。水盆の使者たちの像、何かの上位者をかたどったのであろう像はあったが、ここにはアメンドーズの像はない。知識の探究者、最初の墓荒らしたるビルゲンワースの祖たちは、聖堂教会派が離反する程度には、異なる思想を持っていたようだ。

 かつて“血”にまみえたビルゲンワースは進化の可能性を垣間見たという。だが、それらを使用した儀式などを、彼らはすべて蜘蛛に託し秘匿した。

 

 ヤハグルで見つけた手記を思い出し、男は熟考する。――狂人ども、奴らの儀式が月を呼び、そしてそれは隠されている。秘匿を破るしかない。

 蜘蛛は儀式と月を隠している。それは尋常のものではなく……おそらくは、旧市街で発見した手記にもあった、「赤い月」のことだろう。

 

 男は視界の端に本棚を見つけ、ラウンジのソファーから立ち上がり、そちらへ向かう。顔の殆どを覆い隠し、神秘を使い襲い掛かってきた女狩人の血痕を通り過ぎて。

 男は知識を求めて本棚に近づく。そこに挟まったメモには、「赤い月が近づくとき、人の境は曖昧となり偉大なる上位者が現れる。そして我ら赤子を抱かん」と書かれており、旧市街の異様な数の獣たちにも通じるところがあった。人と獣の境界が揺らぐのだ。偉大なる上位者、圧倒的智慧を持つ者を前にして、両者は大差ない存在となる。

 

 ヤハグルで見た走り書きのメモを思い出し、男はゆっくりと思考を巡らせる。確か、「悪夢の儀式は、赤子と共にある。赤子を探せ。あの泣き声をとめてくれ」だったか。

 赤子を抱くということは、このメモを書いた人間は悪夢の儀式とやらを行おうとしているメンシス学派の者なのだろう。

 

 男は「青ざめた血」――上位者に関するものを求めてここへやって来た。赤い月が近づかねば、上位者が現れないというのなら、それを遮る者を排除するべきである。つまり、蜘蛛を見つけ、秘密を暴くのだ。

 

 ――女狩人の居た付近には、「あらゆる儀式を蜘蛛が隠す。露わにする事なかれ。啓蒙的真実は、誰に理解される必要もないものだ」という手記があった。男はそれを鼻で笑い、月見台への扉を開いた。

 

 獣の分際で何を取り繕おうというのだ。あの女狩人は神秘を用いたが、あれは自身の内から出したものではない。応えられた様子はないが、上位者への呼びかけ、精霊の使用による、紛れもない神秘だ。彼女も智慧を欲し、啓蒙を高めた。そうでありながら、何をいまさら。

 

 男はここに来て気づいた。男が嫌悪するのはただの獣ではなく、獣性の最たる例である欲を否定しながら、尚も手放さぬ人間だったのだと。

 聖職者など、その最たる例である。男は怒りと嫌悪が湧くのを感じる。

 

 欲も獣性もないと口にしながら、奴らは平然と悪徳を成すのだから。




<●>55
ヤハグル行き+1
黒獣遭遇+1
黒獣撃破+3
影撃破+2

墓荒らしてヤーナムのミイラ取り出して血を採取、からの体内からメルゴー(ヤーナムの石)を取り出して、それに惹かれて上位者≒赤い月は来た…という流れなのだろうか。
その際、ヤーナムの穢れた血を利用していた研究者たちが、獣性が他より高まっていたため獣化、しかも上位者≒赤い月がメルゴーを求めてやってくるの大惨事コンボ。
→封じる方法を探すうちに漁村へ、ロマに瞳を宿させ赤い月を封じる? とか…?
ここら辺の時系列は本当によく分からん…。

人と獣の境云々は英語バージョンブラボの字幕から
「When the red moon hangs low, the line between man and beast is blurred.」
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