或いは、あなたが共にあれば   作:ぱぱパパイヤー

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感想・評価ありがとうございます!!投稿してすぐ感想もらえるの…嬉しいやん…。

(殺すのは確定だけど)相互理解はしたい


第十五話 悪夢-へその緒

 再誕者の広場の奥の建物に、頭部を檻に閉じ込めたメンシス学派の死体が座っている。その内の一人に触れ、男は目を閉じた。彼らは悪夢の儀式を行ったのだ。なれば、次に向かう先は決まっていた。

 男が次に瞼を開いた時、そこは――ビルゲンワースの教室棟だった。

 

 かつての学び舎がメンシス学派の脳裏に焼き付いていたからか、それとも、ビルゲンワース自体が既に神秘に近く、悪夢の苗床に適していたからか。埃が溜まっている様子もない、明かりが灯る建物内を男は散策する。

 以前出会った蜘蛛男と出会ったことで、ここが悪夢の辺境への入り口と地続きになっていることを知る。そういえば、あの天上には何かの楼閣があった。あれがメンシスの生んだ悪夢だったのだろうか。

 

 靄のようなものが漏れる扉を押し開き、男は悪夢を渡る。

 今や朝日が近かった。男はようやく少女を手に入れたが、それも朝が来れば泡沫と消える。決して逃してはならない。朝が来る前に、男はすべてを手に入れるのだ。

 

 

 

 

 岩肌と人骨で出来た世界を進むと、楼閣が見えてくる。中には蜘蛛や、目玉に足を生やした蜘蛛の擬きが多く、蜘蛛男と同じ種の神秘であることを察する。ここがメンシスの悪夢で間違いないだろう。徘徊する蜘蛛を殺し、橋を渡ろうとする……。

 

 霧の立ち込めるその場所に、狩人が立っている。

 男は小さく微笑み、血まみれの斧を構えなおす。狩人は侵入者を防ごうというのか、剣を構えていた。血を被ったままに、まるで平常のように笑いかける男にも怯むことなく。

 

 ――貴公は勤勉だ。おかげで探す手間が省けるよ……。

 

 聖歌隊の服を着た間者は、素早い手数で善戦したが、あえなくその人生を終えた。

 橋を渡り終えて建物の中に入ると、子供ほどの身長の銅像のようなものが徘徊している。数体殺してみるが、反撃をして来ない者すらいる。

 ただ、最初から攻撃的な者も混ざっていたため、これまで通り皆殺しにすることとする。そこら中に、まだ新しい死体が転がっているため、彼らが狩人の遺志を持っている可能性もあった。

 

 悪夢の中は広く、悪夢の辺境よりもずっと死体が多い。今夜だけでこのように大量の狩人が死んだとは考えにくい。何せ今夜は、男が他者を殺めても誰も気づかないほどに、人など残っていなかったのだから。

 ヤーナムの要である聖堂教会も、大聖堂も、男は通過したが、やはりそう多くの人間は居なかった。全て、獣か、人外だった。

 

 恐らく、儀式自体は以前より行われていたのだろう。再誕者や、徘徊する人間の集合体の獣は、材料として多くの人間を要求しただろうし、この空間は、今夜以前にもあったのだ。だが――今夜初めて、成就した。再誕者を産み落とした赤い月は、男が白痴の蜘蛛を殺した今夜、初めて上ったのだから。

 

 この空間の核となっているのは何だろう? 男は人形を切り捨て、何処からか響く男の声を聞いていた。

 声は甲高く、だが理性的だ。彼は悦に浸ったように叫んだり、呻いているが、狩人と悪夢の本質を良く捉え、男を嘲る智慧がある。

 

 この声の主こそが、男の触れたミイラその人なのだろう。しかしいくら智慧ある人間とは言え、彼一人や、メンシス学派数十名の力で、こんな大きな夢を生むことも、維持することも出来まい。彼らの儀式には、赤い月が必要だとの記述もあった。

 

 「働きアリのようによく動く……敏いのか、それとも愚かな恋故か……。ハハハッ、少女は月を呼べないが、親を呼ぶことは出来るからね……」

 

 ――知る必要のないことだ。敬虔な信徒として認めるのは吝かではないが、貴公は探究者足りえない。

 

 彼は心底上位者を信仰している。ロマへ与えられた奇跡を知ったからか、同じく瞳を求め、それほどの神秘を与える上位者――ゴースを信じている。

 彼の信仰は、崇高とも言える願望の成就にのみ向いており、男はその点では、彼のことを、世に蔓延る聖職者とは異なる、真の禁欲的聖職者と認めてもよかった。

 

 しかし、それでは駄目なのだ。彼も所詮は、ビルゲンワースと――ウィレームと袂を分かった身の上ということなのだろう。

 それは、堕落した進化だ。あるべき進化とは、既に緩やかに起こっているもので、人類のずっと先の未来の姿へと変態することこそが、本当の進化なのだ。

 

 上位者に瞳を与えられ、その上位者の眷属となるのでは、ただその上位者に取り込まれ、眷属になっただけだ。それでは人間である必要すらない。犬に与えても、きっと同じようになる。それほどに、瞳は強力なのだ。彼が欲する気持ちも、分からなくはないが……。

 

 ――己の力で、人として、人の限界を超える。上位者の力で瞳を授かった者が成るのではなく、我々の全てがいずれ歩む道、それこそを求めるべきなのだ。これより先、愚かな獣が現れぬよう、先駆者として……智慧の、その末を示すべきだ。……なぜ、分からない?

 

 返り血に塗れながら、男が真摯に訴えると、ミコラーシュは少しの沈黙の末、男へと応えた。

 

 「人が上位者になる……面白いけれど、そんな遥か彼方の時を、とても待っては居られない。私はただ、ひたすらに、偉大なる高みを見たいのだ……ヒヒッ、祈りは必ず通じるとも。ゴース、あるいはゴスムよ……! そう、私には、確信がある……! ロマの声にゴースは応えた……。だが、きみは? きみは……アハハハッ、なんの根拠もなく、その説を信じている! そうだろう?」

 

 男が頷くと、ミコラーシュは気狂いを見る目で男を見た。ああ……なんともどかしいのだろう。誰も彼も、溢れんばかりの智慧さえあれば理解できるというのに、啓蒙的真実はあまりに衝撃的、かつ、智慧足りぬ者の思考の遥か高みを行く。無理に理解を促せば、彼は発狂してしまうだろう。

 

 男は相互理解を諦め、虫の息にまで追い込んでいたミコラーシュの首を断ち切った。

 

 

◆◆◆

 

 

 ミコラーシュを殺しても夢はまだ生きている。恐らく、空間として成立した以上、夢の主を殺したとしても悪夢は消えはしないだろうが、夢が“息絶えた”かどうか、男には察知できる自信があった。男は今、夢に生かされた狩人なのだから、自身の一部と同じ種類のものを、理解できないはずがない。

 

 元より悪夢の主は上位者だろうと推測出来ていた。一度体勢を立て直すため、男は自身の夢へ戻る。

 マールムの歌声に誘われるように近づくと、狩人を多く殺したためか、彼女の背が伸びていることに男は気づく。髪も長く、まるで――現実での彼女のように。

 

 「貴公、戻ってきてくれたのか……。少し、夢見心地だったが、どうやら本当のことだったようだな」

 

 はにかんだ彼女の手に口づけると、マールムは微笑んだが、すぐに物憂げな表情になってしまう。何か不安なことがあるのかと問うと、彼女は曖昧に頷いた。

 

 「夜を追いかけ、朝に急かされる貴公に頼み事をするのは、申し訳ないのだが……何か、胸騒ぎがする。女王に危険が迫っているような……。すまない、どうか様子を見てきてはくれないだろうか?」

 

 男は頷き、自身に機が巡ってきたことを知った。

 

 

 

 

 カインハーストの城の最奥、隠された玉座に、惨劇はあった。

 アルフレートが哄笑し、男に背を向けている。自身のすり潰した肉片を見て、彼は歓喜に浸っているようだった。彼は一心に、彼の師の名誉を願っていたのだから、その使命を果たした今、彼の頭には悦びしかあるまい。

 

 男は当然の足取りで彼に近づくと、アルフレートの横へ並ぶよりも、後ろで立ち止まる。不審に思った彼が振り返るより早く――彼の背の皮膚を突き破り、柔い臓腑を掴み、引き抜いた。

 

 「ああ……なぜ……。……どうか、どうか……師の祀りを、宜しく、お願いします……」

 

 アルフレートの亡骸を跨ぎ、男は早々にアンナリーゼの元へ向かう。彼女が不死とは聞いていたが、やはり悪いことをした。男は暖かい肉片を掴むと、オドン教会へと向かう。あそこの上層の神殿なら、あるいは時さえも巻き戻すことが出来るだろう。

 

 

 

 

 オドン教会へ戻ると、アリアンナの姿が消えている。そして、神秘の残り香が、地下の方へと伸びていた。以前まで、彼女に神秘など感じていなかったが、これは一体……。

 梯子を下りると、腐った水の臭いが充満している。アリアンナは――いや、アリアンナたちは、そこに居た。

 

 彼女は項垂れ、その足元には、上位者の幼体が居る。小さなそれは母を見つめているのだと、男はようやく理解できた。塔の赤子は、エーブリエタースを見つめていたのだ。上位者を呼べぬ見捨てられた上位者、そして、母にも見捨てられた子。

 

 いたく傷ついた様子で、アリアンナはショックに疲弊している。気の毒なことだ、と男は感じる。上位者の子を産みながら、自身は人間である。そのことがどれほど苦しいことか。

 そして、この子供も哀れである。マールムほどではないにせよ、子供は人でも上位者でもない。どちらにも属せぬ孤独を解するかは分からないが、このように弱ければ、そう長くは生きられまい。

 

 男は慈悲を持って刃を振りかざす。すると、絶命した赤子の体内から、でろりと紐のようなものが現れたのを、男は認めた。

 拾い上げると、体液に塗れ分かりにくいが、これはあの捨てられた工房で見つけた瞳の紐だ。男は「三本の三本目」というメモの言葉が、天啓的に降るのを感じた。

 

 人間のへその緒は、静脈が一本と動脈が二本で出来ている。

 三本だ。三本、必要なのだ。

 

 男は紐を――へその緒を仕舞い、上層へ向かう。

 女王を蘇らせた後は、悪夢を隅々まで探そう。ああ、赤子を探さねば。赤子の持つ、へその緒が必要だ。

 




<●>89
悪夢到達+3
蜘蛛男に遭遇+2
ミコミコと戦闘+2
ミコミコを撃破+2
アリアンナの赤子と遭遇+2

上位者になるための材料(?)
・上位者。上位者狩り
・ローレンスたちの月の魔物。「青ざめた血」
・3本の3本目

上位者を倒して得る血の遺志は、ただの数字じゃない意味があるのかもしれない。
ルドウイークは上位者ぐらい狩ったことあるだろうし、へその緒さえあれば、「わが師」が「青ざめた血」のポジションになって上位者になれたかも…?
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