或いは、あなたが共にあれば   作:ぱぱパパイヤー

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へいお待ち!!!!! 新鮮なラブコメでございやす!!!!
感想評価色々ありがとうございます! そして待たせてごめんな……。人間関係爆弾破裂しちゃったんだ……大惨事よ(白目)


第十六話 夜明けの兆し-婚約

 女王を祭壇に捧げ、時を巻き戻す。おそらくは彼女の身は修復されただろう。数十年の孤独を耐えた彼女のことだ、身が細切れにされた程度のことなど、気に病むまい。

 

 再びメンシスの悪夢へと戻り、より赤子の泣き声の聞こえる方へと歩みを進める。途中、ビルゲンワースの門前で出会ったヤーナムの影との遭遇があったことから、彼らの求める“何か”――ビルゲンワースの湖に封じられていたものが、ここにもあるのかもしてない。

 

 赤子の声を辿るように、建物を外回りに少しずつ上っていく。高楼の頂上が近づいてきたところで、女性の泣き声が聞こえてくる。赤子の声を辿る道に、立っているようだ。

 ゆっくりと近づいて見ると、それは、白痴のロマの湖で出会った――湖に封じられていた女性だった。純白のウェディングドレスは腹部を真っ赤に染められ、婚姻の指輪を嵌めた手は枷で封じられている。

 話しかけても応えることはない。あるいは、言語が異なるのかもしれない。ただ、赤子の声は彼女の見つめる方向からしており、また、腹部の切開跡を見るに、彼女が母で間違いないのだろう。

 

 男は高貴な女性へと礼儀として一礼をし、高楼の頂上を目指した。

 

 

 

 

 メンシス学派の亡骸が座っている。そういえば、生きて人の形を保っていたメンシス学派は二人ほどだけだった。亡骸がある以上、この夢でも死ぬはずだが、ここでミイラとなった学徒は夢でも再度何らかの儀式を行ったのだろうか。

 

 高楼からは大きな満月がやけに近く見えた。上位者のいる空間特有の緊張のようなものを感じる。特に警戒するべきこととして、赤子の泣き声が酷く大きい。特別な赤子は上位者を招く。空の乳母車へ触れようと手を伸ばすと――空から、鳥が降ってくる。

 

 顔のない上位者は翼で赤子を隠すと、ぼろきれのような外套を揺らしながら、男を睨みつけたようだった。

 多腕の刃が振るわれる。きらきらと光る宝飾品が揺れる度、強すぎる月光が反射して男の気を散らした。

 どこからかオルゴールの音色が響く。記憶を失い、人間への嫌悪すらも忘れ、全てが手探りだったころ、少女から預かったオルゴールと同じメロディーだ。赤子を思うが故の音色だというのだろうか?

 

 赤子の世話をしていた以上、乳母というべきだろうか――黒衣の乳母を殺すと、暫くして赤子の笑い声が聞こえ、そして止んだ。手にはいつの間にか三本目のへその緒が握られており、黒い羽が空から降る中で、男は静かにこの夢が死んだことを確信した。

 

 

 

 

 夢へ戻ると、世界は一変していた。男はここが戦うべき場になったことを感じ、人形へ声をかける。この世界に自我を持つものは、男と人形、マールム……そして、ゲールマンしか居ない。

 

 「……ゲールマン様が、大樹の下でお待ちです。いってらっしゃい、狩人様。あなたの目覚めが、有意なものでありますように」

 

 ゲールマンが敵意を向けるとすれば、それは男だろう。夢の住人同士で傷つける必要などありはしない。より大きな管理者、創造主といっても過言ではない――上位者の生みだした悪夢の、選ばれた住民なのだから、まだ見ぬ未知の上位者が良しとするまで、ここからはどうせ逃れられないのだ。

 そう思いつつも、男はわずかな不安を覚え、マールムの元へ向かう。だが、そこには枯れた花畑だけが残されている。驚愕と共に辺りを見渡すと、大樹への道の半ばで座り込んでいる少女が居た。

 

 「ん……ああ、大丈夫だ。疲れてしまっただけ……。貴公のおかげで、ずいぶん元に戻れたが……」

 

 マールムの濁した口調に、男は殺し損ねた狩人が居たのかと懸念し、目覚めの墓へ向かおうとするが、彼女はくいと袖を掴み、それを引き留めた。

 

 「これまで何人も、夢を見た狩人が居た。その内、夢を見なくなった者は、何もみなが獣になった訳ではないということだ……。この夢での正しい死を迎え、朝に目覚めれば、全てが悪夢となる。悪夢は、ただの一夜の長い夢となり、狩人は夢から解放される。それこそが……望みだという者も居た」

 

 マールムは視線を落すと、か細い声で告げた。

 

 「もしも、貴公が夢から目覚めることを望むのなら……もう二度と会うことも出来なくなるだろう……。だからせめて、結末だけでも、見届けさせて欲しいんだ……」

 

 ――見くびってもらっては困るな。

 

 男は少女をかき抱いた。初めは、童女に近かった少女が、今や妙齢の女性だ。縛り付けられたように動かなかった若木のような足も、完全にとは言わないでも、自由になっている。そして、彼女を現世の体を生から開放した今、後は遺志を――彼女の血を輸血された狩人を殺すだけだ。

 逃さないようにと強く抱きしめながら、顔を見てはとても言えない言葉を囁いた。

 

 ――あなたのことを本当に愛している。全てに絶望し、高みを選んだ私が、それでも捨てきれない恋だ。笑ってくれても構わないが、どんな結果になろうと……必ず、あなただけは、もう誰にも傷つけさせない。

 

 ひぐ、と喉の引きつる音がして、男がゆっくりと体を離すと、マールムは青い瞳から透明の雫を落している。とめどなく何度も流れるそれを彼女が手で拭うのをやめさせ、男はその瞳にキスをした。

 

 ――俺は、あなたを解放する初めての男となる。だから、その後は……他の誰のものでもない、俺だけのものになって欲しい。

 

 男は羞恥に頭が焼けそうになりながら、真剣にそう言った。もうすぐ、朝が来る。男の夢が終わり、全てを手に入れるか、失うかの岐路に立っているのを感じていた。

 拒絶されてしまったらどうしようか、と萎びる心を奮い立たせた言葉は、嘘の一つも無い男の欲望だった。唯一残った男の獣欲だった。

 マールムは――彼女は、零れ落ちそうなほど、目を見開いて、それから、言葉も出ないのか、何度も頷いて、男を抱きしめた。

 

 「ああっ……ああ、勿論だ。喜んで……! 私を、あなたの花嫁にしてくれ……」

 

 この時の興奮と、安堵と、幸福とを、なんと言い表せばいいのだろうか。男が幸せなのは間違いない――意中の少女が頬を染め、自身の腕の中で幸福そうな笑みを浮かべていることの奇跡に、心が浮つく。

 腕の中に少女の矮躯が収まり、男を見上げてクスクスと笑っている。嬉しそうに、恥ずかしそうに、その手が男のマスクを降ろすと、彼女はそっと瞼を降ろした。

 男も同じく目を伏せ、唇を合わせた。柔らかな感触と、花の蜜の甘い香り、自身の抱えた少女の重みが、堪らなく幸せだった。

 

 どれほどそうしていただろうか、名残惜しくもキスを終えると、男はそこらへ投げ捨ててしまっていた斧を拾い上げる。マールムは危なっかしく立ち上がると、木に体を預け、男と共に大樹へと向かおうとした。

 

 ――近くまで、俺が運ぼう。

 

 横抱きにして抱えると、マールムも首に手をまわして、負担を軽くしてくれた。大樹の見える柵の辺りで少女を下ろし、男は中庭の扉を潜る。

 マールムは男の背をじっと見つめ、祈るように手を組んだ。

 

 「どうかあなたの、望む未来が叶うように……」

 

 マールムの言葉には、何処か寂しげな――自分の居ない未来すら、男が望むならそうなりますように、といったような響きが感じられた。

 あれほど恥を耐え忍び、愛と欲望を囁いたというのに、未だに彼女は男の愛を見誤っているらしい。男は素直に憤慨し、次は、自身の恥を完全に捨てて、歯が浮く演劇のようなセリフさえをも吐く覚悟を決めた。

 




<●>95
乳母と戦闘+3
乳母撃破+3

ヤハグルで流れてる音楽を和訳した動画がございまして…彼女を湖から開放しろ的歌詞もあるらしく、やはりヤーナムのミイラとメルゴーは一緒に閉じ込められてたんじゃないかと…。ロマさん仕事が多くないか?

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