オドン教会へ再び戻ると、教会の入り口の花壇に、青い花弁の花が咲いていることに気づいた。先刻訪れた際にはこんなものは無かった気がする。どうやら花が摘まれたのか花弁が教会の内部へと道しるべのように伸びている。
扉への道に伸びているため、男は花弁を追うように進んでいった。扉を隠す様に置かれていた像を退け、押し広げると、あの夜の記憶と同じように、昇降機があった。
上階へたどり着くと、数名の奇妙な服装の人間が門番のように立っている。目玉のようなペンダントを首にかけた年若い少年少女だ。さっと柱の裏に隠れ、どのように彼らを出し抜こうかと考えていると、彼らは柱の向こうが見えているかのように、男の居る方を見つめ始めた。観念して身を表しても、腰に下げた銃で攻撃されることは無かった。ただ、彼らは扉の前から退き、その手を奥へ示した。
オドン教会の天辺は青空に近かった。高所の空気は、途中経由した田舎の村ほどではないが、澄んでいた。あやふやに残る記憶ではあちらこちらに落ちていた瓦礫、倒れた柱なども撤去されており、道順はハッキリとは分からない。しかし、手探りででも歩き始める。そうする内、男の視界の端にひらりと青い花弁が散るのが見えた。花弁が落ちている。男はそれを辿って、どこかへと導かれて行った。夜に見れば、さぞ不気味だろう彫像が無数にあったが、日の光の下では教会に飾られているような、祈りの像に見えなくもなかった。
花弁を追って橋を渡る途中、やはり奇妙な帽子、仮面を被った、年若い人間とすれ違った。あのペンダントをしており、男を見るなり道を譲り、手を指し示す。その少年が示したのは、花弁の連なる先の建物だった。
スカイバルコニーには、太陽光を疎むように首を垂らす花が咲いている。確認してみたが、落ちている花弁とは異なる種類のようだった。男が花畑を踏まぬよう、迂回し回廊を行くと、クスクスという少女の笑い声が耳を掠めた。花畑に、誰かが居る。濃い影になって顔や色はよく分からないが、長髪の少女が花を踏みしめて歩いているのが見えた。童女のように笑い、至極楽しそうに花を踏み荒らして、彼女は男の目指す扉の向こうへと、ゴーストのようにすり抜けていった。
扉に手をかける直前、記憶の片隅に、星明りに照らされる怪物の骸が蘇った。その骸の前の祭壇に手を伸ばしている。そして、記憶と共に、感情が去来する。綺麗だ。なんて美しいのだろう……信じられないことに、過去の男はその怪物を美しいと感じ、酔いしれていた。数度首を振り、額を抑える。記憶を振り払うように扉を押すと、それはガチャリと音を立てて開いた。青い花弁が、階段を下っている。
階段を降り切ると、そこは陽光に照らされた広間があった。中央のレンゲの像の前、先ほどの幻影の少女が居る。男が声をかけようと一歩を踏み出すと、少女は振り返り、手に持ったレンゲを差し出す。
――これは……。きみは一体……。
どうすべきか理解できず立ち尽くしていると、受け取った花から、蜜が滴り落ち男の手を汚した。少女は男の手に指で触れ、その蜜を掬い取り、自身の口に含んで見せる。飲めと言われていると感じた。素直に従い、甘い蜜を飲み込む。深く、頭が揺さぶられたような感覚。男は不意に思い出した。この感覚は、脳の瞳が増えている証左なのだと。
――瞬き、次に目を開いた途端、目の前の少女は消えていた。そして、その代わりのように、目の前には小山のような怪物が立っていた。
水銀のような体が、四足の何かを形作っている。体からは絶えず、ドロリとした緑がかった粘性のあるヘドロのようなものが流れている。地に突き立てられた手は人のように五指があった。そして、何より、その目。
顔には無数の毛糸のような触手が生えていたが、その隙間から覗く大きな目玉。青く、美しく、星が、宙がそこにはあった。深い青が近づいてくる。その異質な存在の顔が、男のすぐ目の前まで来ていた。見惚れた瞳が近づいたことで、男は一層の恍惚に陥った。ここで死んでも構わないと思った。彼女――自然と、怪物だとは思わなくなっていた――の触手が少し浮き、牙の生えた口元が露わになる。男など丸呑みできそうなそれが、吐息すら感じる距離にあった。
死の恐怖を感じ全身が震えたが、目を閉じることさえ出来なかった。この美しい者の瞳を見ずに、自身の瞼の裏を見て死ぬことを惜しんだからだ。彼女の口が男に触れる。ぐぱりと口を開き、男に噛みつき、首が千切り食われる――想像した苦痛に反し、彼女の口は、男の口に触れただけで、離れていった。
冷や汗がだらだらと、思い出したかのように噴出した。そんな体の反応に反し、男の手は離れた彼女を追い縋っていた。切ないほどの愛おしさが男の中にはあった。そして彼女も男の手に応えるように、身を起こし、両手を男の方へと伸ばした。
彼女の両手は、男を包み込みように添えられ、そして男を――。
ぐちゃ。
目を覚ましたら、そこはどこかの裏路地だった。辺りに人は居らず、座り込んでいた男は立ち上がるが、酷い眩暈に襲われ、壁に身を預けた。世界が歪むような、明滅を繰り返しているような感覚。世界の解像度が上がったり下がったりしているような感覚だった。
ある瞬間では、地面に青い花弁が散らされているが、ある瞬間では、そんなものは存在しない。同じように、壁には、不気味な六本腕の怪物が張り付いており、悍ましく黒い影のような怪物が、居るように見えた。ただ、それも一瞬でかき消える。
何枚ものフィルターを重ねたり、剥がしたりしているような不快な感覚だった。吐き気すら湧いてきて、それを誤魔化そうと歩き出す。自分はいったいどうなったのだ? 先ほどのことは夢だったのだろうか? それとも、今が夢?
表の明るい路地に出ると、そこはヤーナムの入り口だった。馬車の乗り場であり、人の行き来が多い。往来では馬が貴人を乗せた車を引いている。人ごみの中で、男に特段に反応する者はいなかった。地面にはこれまでとは比較にならない量の花弁が散っていたが、通行人は誰一人気づく様子もなく踏み荒らしていた。頭痛をこらえながらそれを辿っていく内、段々と、ハッキリと物の見える時間の方が縮んでいく。元の、怪物など見えない視界の時間が引き延ばされていく。
どうしようもない喪失感を覚えたが、青い花弁だけは常に見えるようになってきているようだった。やがて男は、寂れた馬小屋へと到着した。木で出来た扉を押し開くと、花弁は藁の山の方へと向かいそこで途切れている。そこへ近づくと、藁の中から飛び出した何者かが、男へと勢いよく抱き着いてきた。それは小柄な少女だった。想像だにしなかった勢いだったので、倒れないよう踏ん張り、すぐさま引きはがそうとしたが、意外なほどの力の強さで、それは叶わなかった。それどころか、彼女はより強く男にしがみ付いた。落ち着いて見てみると、彼女は服を着ていなかった。
思わず叫ぼうとすると、年不相応な力の強さで、腕を引かれ倒れそうになったところで、口を押さえつけられながら、藁の中に押し込まれた。彼女は男の上に寝そべるように同じように隠れた。暫くして誰かの声がした。どうやら人が入ってきたようだった。抗えないほどの怪力に押さえつけられ黙っていると、人は去って行ってしまったようだった。行幸ともいえよう。およそ十代前半の、全裸の少女と物陰に隠れている壮年の男など、自分であれば、警邏を呼びに行くところだ。
男が目で、離す様に訴えると、彼女は今気づいたかのように、男の口から手を離した。
――何を考えている? きみはここで何を。俺を離してくれ。
少女は一切答えなかった。じっと目を見られている。そこで気づいたが、その青い宙のような目は、キラキラと星に輝いており、先ほどの彼女と同一のものに見えた。吸い込まれるようにその瞳に魅入っていると、彼女は男の口を解放したのはそのためだったと言いたげに、何の予兆もなくその小さな口を触れ合わせた。男の脳裏に過ぎったのは、先ほどの死の記憶だった。そして、こんな年端も行かぬ少女には不釣り合いなほどの、官能の予感がむくりと自身の中で沸き起こるのを感じた。
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ここは全年齢に不適切なので飛ばします。
内容としては、粘膜からと、噛みつかれての卵とか、虫の感染的なサムシングと、色々あって啓蒙とか高まりました。
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跳ね起きて、男はハッとして辺りを見渡した。そこは、馬車の中だった。行きと同じような質素な馬車の中で、ブランケットを被って眠っている。持っていた荷物は全て纏められて、隣に置いてあった。同乗者は居ないようだった。御者が、男の顔を覚えていたようで、話を振ってくる。
「もう帰るのかい。用は済んだのかな。あの街からは、あまり良い噂は聞かないし、その判断は賢明だろう。もう行くべきじゃないと思うね」
男が行先を問うと、彼はイギリス、ロンドンへ向かっていると答えた。男の仮家もそこにある。不思議と、数年間感じていた惹き付けられるような感覚が失われていた。代わりのように満足感がある。首に触れると、小さな歯型の傷が残っている。一瞬世界がぶれたかと思うと、男の隣に、レンゲの花が咲いているように見えた。
エロの辺りについては前話後書きにある通り、活動報告とかで言ってます!!
三ルート全部制覇!!!! やった!!!! お疲れさまでした!!!
gg!!! 対ありです!!!!