或いは、あなたが共にあれば   作:ぱぱパパイヤー

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エブたんが子供をたくさん産むのは 特別な赤子を求めに来るだろう上位者に コンタクトをとりたいからなのだろうか…?


第三話 殺意-自覚

 男は時計塔の梯子に手をかけた。かし、かし、と軋む棒を踏み上り、その先に立つ狩人を見る。その狩人の目は理性的で、瞳孔はしっかりと瞳と分離していた。彼は紛うことなき人間だ。そして、正しく輸血を受けた狩人だ。

 

 男は躊躇いもなく、斧を振るった。

 

――死体を漁り、男は火薬庫の狩人証を拾い上げる。

 

 水盆の使者が、狩人に資格を見出す証だ。彼は、証を得るほどの狩人だったということだろう。

 

 夥しい血痕の残る地を踏みしめ、時計塔から街を見下ろすと、なるほど旧市街がよく見えた。男は自分が殺した獣たちの骸を眺め、その中に、動くものを見つけた。

 

 ガトリング銃の狩人――狩人証には、デュラと彫られていた――デュラの同士だろう。無論、彼もまた、狩人である。男は次の獲物を見つけ、目を細める。

 しかし、人の血も獣と変わらず暖かいものだな――男はふとそう思い、小さく笑った。

 

 

 

 

 男は逸る胸を抑え、夢へと戻る。確かな変化の予感に口元が笑むのを抑えられなかった。鼻歌を辿るように少女へと話しかけると、目論見通り、彼女は弾かれたように顔を上げたのだった。

 

「ああ、貴公の声が聞こえる……! 姿は、まだはっきりとはしないが……まさかこんなにも早く、言葉が意味を成すほどに、私を取り戻したのか……」

 

 少しだけ触れさせてくれ、と少女は告げた。彼女の青い瞳を縁取る、けぶるような金色の睫毛に見惚れていた男は、その言葉の意味を理解しないまま、無意識に頷いていた。なんせ今、彼女の目はしっかりと、男の姿を捉え――あまつさえ、男は彼女と話しているのだ! その事実に、男はすっかり惚けてしまっていた。

 

 少女は清楚にレースの手袋を外す。遠慮がちに伸ばした手は、ひたりと男の頬へと触れた。男は一瞬強張った体を緩め、それを受け入れる。

 

 それは、柔らかな手だった。滑らかで、白く、きめの細かい皮膚だった。顔の形を確かめるためだろうか、少女の手が、なぞるように、慰めるように男の頬を撫でる。

 

 その瞳が、男の内心を見透かそうとするかのように、男のそれと視線を絡めている。

 それに気づいた時だった――前触れもなく、暴力的なまでの熱情が燃え上がったのは。自分でも、おかしいと感じるほどの欲望だった。

 

 男はその一時、目の前の少女の全身を、血に汚れたこの手で触れ回り、その身を手酷く犯してやりたいという衝動に駆られていた。異常な事態に、混乱と欲望がせめぎ合う。しかし、彼女の子供を慈しむような、優しい青い瞳を見ればそのようなことはとてもできない。男は苦心しながらも、劣情をぐっと押し止めた。

 

「フフ……かねて血を恐れよ、だったか。貴公よ、どうかそのまま、血に溺れることなく、私のことを忘れずにいてくれ……」

 

 男はくらりとその微笑みに心を揺さぶられながら、手袋を外した。せめて、その指先くらいには触れたいという下心があったのだ。自身の頬に触れる少女の手を、一回りも二回りも大きな手で覆った。小さな手は男の手の中にすっぽりと納まり、男は堪らない気持ちになる。

 

 手を重ねたまま、こくりと強く頷き、名残惜しいながらもその手を握り、両手で恭しく掴む。男は膝を曲げ傅くと、貴族がするように、その小さな手に口づけを落とした。

 

 少女にはそちらの方が馴染みがあるだろう、と考えたのだ。予想通り、少女は嬉しそうに何度も頷いた。

 

「フフ、フフフッ! こんな扱いを受けたのは久しぶりだ。ああ、懐かしい……。貴公は、良い狩人で、良い人間なのだな」

 

 少女は自身の花飾りを外し、男の手へ握らせた。

 

「貴公の役に立つだろう。どんな風に扱おうと構わない。私からの、親愛の証だ」

 

 男は喜悦の念を堪え、青い花飾りを大切に仕舞う。決して失くさぬよう、壊さぬよう、胸の内ポケットへと。

 

 今回の逢瀬では、これまでにないほど、彼女と交流することが出来た。男はじんと痺れるような喜びを噛み締めた。あの奇妙な欲情も、花飾りを与えられた信頼を守るためならば、幾らでも耐えられると感じるほどだった。

 

 しかし、先ほどの彼女の手の動きは、男の輪郭を確かめるためのそれだった。未だ視野は鮮明とは言い難いのだろう。実に悲しいことであったが、問題はない。何故なら、殺せばいいだけなのだから。大量の狩人を。

 

 この夢の外には、無数の獣が徘徊しており、言うまでもなく危険だ。それでも男は、「青ざめた血」を求め、狩りを全うしなければならない。男の目的は、最初からずっと変わらない。あの診療所の、ちっぽけな紙切れに書かれたもの、それだけを求めている。

 

 あのメモの通りに狩りを全うするというのなら、狩りの対象が獣だけとも限らないが、まず間違いなく獣の殺戮は必須であろう。これを邪魔する者は、排除しなければならない。男自身のために。

 

 そして、男の邪魔をする障害物は――狩人たちは、奇遇にも、この少女への救済の一つのファクターであるのだという。

 

 即ち、ある一部の狩人は、男の目的を阻むだけでなく、生きているだけで少女の救済をも邪魔立てする、二重に不快な存在なのだ――その考えに至ったところで、男の中に生まれたのは激烈な殺意だった。それは黒く、重く、苦しく、迸った。憎悪にも似たその感情は、異常な鮮明さで男の腹を埋め尽くす。まるでこれまでも抱えてきたかのように、酷く馴染んでいた。

 

 デュラとその友を、男が大した葛藤もなく殺して見せた以上、その殺意は内に秘めた感情で収まる話ではなく、実際に人間を殺めるには十分なほどの、静かな思考にまで昇華されうる。そのような自身の激情を受け入れて、男は漸く、ここに来て自覚した。

 

 自身がこの美しき少女へと、強烈で熱狂的な――恋を、していることを。

 

 

◆◆◆

 

 

 自身の隙を見せず、相手の隙を突けば獣を殺すことなど容易い。男は血に渇いた獣を殺し、その捲れ上がった皮膚の裏に啓蒙を得た。啓蒙が高まるにつれ、男の思考が研ぎ澄まされ、啓かれていくのを感じていた。

 

 進むべき路が、朧気ながらも見え始めていた。その先にある目標のため、自分がどう行動すべきか、何を切り捨てるべきか、男は冷徹に取捨選択をする必要がある。そこに、つまらない倫理や罪悪感などが介入する余地はなかった。

 

 かといって、それらの感情を完全に忘れる訳にはいかない。そういったものに溺れる他者の行動を推測することが必要な時もある。人を先導するためには、人を人足らしめる理性や、矜持をくすぐる必要がある。正義感と熱狂、その末の快感は、どれも人間を動かすための動機に成り得る。故に、このような夜でさえ、無差別に狩人を狩れば、男はいずれ、誰ぞに討たれてしまうだろう。軽率な行いは控えるべきである。

 

――狩人は男以外にも居り、そして、夢は男だけのものではないのだから。

 

 あの少女は、きっと他の狩人の夢にもいる。人形と、おそらくゲールマンと同じく、狩人の夢の付属品なのだろう。どんな時間にも墓地の上に月が輝くように、彼らは常に夢に在る。

 

 あの少女を助けるべく行動するのが、己だけだとは、男には到底思えない。あのように蠱惑的で、美しく、抗いがたい魅力を持つ少女なのだ。あの唇で笑みを作り、あの甘い声で自分と話す。男は自身の名を忘れていたが、覚えていれば、きっと名を呼んでもらうことだって……。誰もが焦がれ、惹かれるに決まっていた。男は臍を噛み、まだ見ぬ無数の狩人共への嫉妬を覚える。

 

――幸いにも、彼女はまだ救われていない。

 

 まだ、誰も囚われの彼女を手にしていない。これまでも何人もの狩人が諦め、失敗しているということだ。それだけの理由が何かあるはずだ。「青ざめた月」然り、まずは、情報を集めるべきだろう。

 そうして智慧を集め、狩人を殺し尽くした先。

 

 男は、彼女を救う最初の男となるのだ。

 

 

 

 

 男が狩長の証を掲げると、門の鍵は内から開かれる。彼はすっかり倫理に背くことへの罪悪を捨て、偽証を選んだのだった。

 

 門からは大聖堂と繋がる広場が見えた。アルフレートから聞いた話が正しければ、ここからビルゲンワースとの間に横たわる禁域の森への道も、開かれたことになる。

 

 大聖堂へ向かい、二人の門番を殺す。大きな門の前で、男は降ってわいた忌避感に眉を寄せた。ここには……あまり、居たくない。男は信仰心がないだけではなく、どうやら教会の厳かな雰囲気に、嫌悪を覚えるようだった。

 

 向き直るのも嫌なステンドグラスが、夕日の明かりを取り込んで、色を変えている。男はギリギリと歯を噛み締めた。

 神、神か……。生まれいずる命、あまねく全てを愛するのだろう? ならば何故――男は愛されなかった。

 

 ぎり、と歯を噛み締め、教会から顔を背ける。旧市街の教会のように、炎と獣の臭いに包まれ、血しぶきにでも塗れれば、まだ見られたものを。虫唾が走る。男は教会からつま先を動かし、教会に沿うように伸びた二股の道の内、左方へと向けた。

 

 聖職者は元よりおぞましく、そして彼らこそが最も恐ろしい獣となる。このように嫌悪に振り回され、必要以上に攻撃的になるのは、隙を見せることに繋がる。冷徹でいるには、男はあまりに愚者だった。愚かな感情や獣欲を押さえつける理性を得て、克服するためには、さらなる啓蒙を得ねばならない。

 

 男は斧を構えなおし、暗い林を進んで行く。夜はまだ長い。焦ることはないのだ。

 

 狩人の敵と言っても差し支えないような、獣と成り果てた狩人たちを、手始めに殺しておけばいい。伴って、男の啓蒙も高まるだろう。

 




<●>17
血に渇いた獣撃破+2


・青い花飾り
狩人の夢に住む少女の髪飾り。人を惹きつける少女は、これまで幾人もの狩人に欲されてきた。
あなたの欲望に任せぬ振る舞いこそが、少女の親愛を勝ち取ったのだ。

使用により希少な雫の血晶石となり、工房道具があれば、あらゆる武器を強化できる。
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