或いは、あなたが共にあれば   作:ぱぱパパイヤー

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感想と評価ありがとう……まだ読んでる人居たんか(驚愕)とうれしくなって書いちゃった……。

でもごめんな!! 啓蒙ネタとか誤字脱字とかは月曜日になるんだ。今日も作者は用事があるんだ……気長に待ってくれた優しい貴公よ、よければ日曜の暇つぶしにでも利用してくれ……。

特別な赤子こそが上位者を呼ぶのだ……。(インタビューより)


第八話 血の赤子-欲望

 聖者の死体が起き上がる。

 

 男は斧を構え、王を冠する巨体を見上げた。超常的な力で怪物は空へ浮かぶ。男の脳が揺れる。古き神秘の匂いがする。

 亡霊を散らし、ローゲリウスを討つと、男は冠を被り、神秘の幻の裏へと進んだ。

 

 血の女王へ謁見し、血族へなることを受け入れる。男は、彼女へと尋ねるべきことがあった。

 男がマールムについて言及すると、アンナリーゼはわずかに身を乗り出した。囚われ続ける身の上で、突如男が現れた時でさえ動じなかった女王が、明らかに動揺を表している。

 

 「夢の中の少女、マールム。……本当に、おまえだというのか」

 

 男は、血族名簿の不可解な黒塗りと、彼女の親類についてを訪ねた。マニュスは「青ざめた血」に関する言葉である。男は神秘をどん欲に感じ取り、自身の唯一の目的への手がかりへ浮足立っていた。

 女王は表面上は平静を取り戻したように見える。彼女は、重い唇を開いた。

 

 「……マニュスというのは、我らの悲願を叶える存在だ。マニュス、偉大なる者……その赤子を抱くことこそが、我が悲願だ。マールムの祖母は、それを叶えた存在」

 

 男は愕然と目を見開く。「偉大なる者」という言葉に、心を揺さぶられる。赤子……そうだ、赤子にも、何か、心当たりが……。

 頭の隅に何か靄のかかった記憶が掠める。だが、思い出せない。ただ、自分の目的に指先が触れた感覚がした。

 

 「マールムの祖母は……ウェネーヌムは、特別だった。ウェネーヌムがまだ母の胎に在った頃、母体は故あって毒に殺められたが、彼女は誕生した。ウェネーヌムは、特異な性質として、毒に耐性を持ち、その代償か、いつまでもその精神は幼く……彼女は、特別な赤子として育てられた」

 

 アンナリーゼは静かな声で、「そして、無残に死んだ」と告げる。

 

 「その時に何が起こったのかは、分からない。赤い月が登った日の夜、彼女は金切り声を上げ、獣のように暴れ、自害した。その場には、我らが悲願……血の赤子だけが、残されていたのだ。訳が分からずとも、悍ましき誕生であっても、それは悲願。我らの存在意義にも等しい一族の到達地点……。その赤子もまた、大切に育てられた」

 

 蝋燭の明かりが、沈黙に満ちた部屋を揺らす。

 男は期待に高鳴る胸を抑え、焦燥にも似た動悸に急かされながら、記憶を必死に探っていく。

 

 「手足の数も瞳の数も、人とは異なる赤子であったが、赤子は人のように月に焦がれた。あるいはそれは、寂寥の表れだったのだろうか……。血の赤子は、その父と同じように、カインハーストの血族からまた一人、花嫁を見出した。それは私の母だった」

 

 アンナリーゼは気丈にも、超然とした姿勢を崩さなかった。王族たる気風を保ちながら、続ける。

 

 「ウェネーヌムのような死を、女王が迎えることは、秘匿されるべきだった。母は名をセクンドゥスと変え、ある赤い月の日に、二人目の血の赤子を生んだ。その子は、一人目とは違い、人間の形をしていた。それは如何にも、普通の赤子だったのだ」

 

 それが、マールムなのだろう。彼女は――人ではない。人と、人でないものとの、混血児だったのだ。

 男は得心がいった。あの神秘の力とはアンバランスなほど、彼女は人間に近かった。悲しみ、怯え、喜び、何より、男へと親愛を示す。それは如何にも、人間らしいじゃあないか。

 だが、忘れてはならない。彼女はそれでも、人ではない。

 

 男は可憐な少女の、異様に男を惹きつける性質を思う。彼女は普通の人間などではなかった。限りなく人に近い“何か”だ。だからこそ獣は――人間は、崇高ながらも、地に近い月へと群がり、汚し、子を成そうとする。

 自らが“何か”の伴侶に選ばれることを、無意識に熱望して。

 

 「マールムと名付けられたその娘は、普通の人間のように育った。父の存在も知らず、人として生きたが……どうしてか、月に焦がれる性質を持っていた。月は、人さえ求める美しき物……それは不可解なことではなかっただろうに、ある日母は自害したよ。『この子は必ず、普通の子として育てるように』と言い残して……。あれも、赤い月の日だった。マールムの父は、いつの間にかこの地から姿を消していた」

 

 男は、マールムの名が血族名簿から消えていたことについて聞く。アンナリーゼは医療教会の名を挙げた。

 

 「教会の狩人は数度に分けて、ここへ訪れた。最初の襲撃で、マールムは攫われ、聞くところによれば、血をすべて失ったと。詳細は分からない。すぐに一族は滅び、私はここへ囚われた」

 

 医療教会といえば、怪しげな男を思い出す。あの男に渡された扁桃石を、男は外套越しに触れた。大聖堂の右方、隠された古教会……襲撃は十年以上前の話だ。あるいは、そこなら何かを掴めるかもしれない。

 

 「貴公も既に、教会の仇と成り果てた身。血の穢れを集める内に、いずれは分かることもあるだろう」

 

 最後に、アンナリーゼは男へと伝言を託した。

 

 「マールム、おまえは確かに我が一族、カインハーストの血族であると、伝えたまえ。……貴公、また戻りたまえよ。カインハーストの名誉のあらんことを」

 

 

 

 

 夢に戻ると、あの甘い声が聞こえる。マールムの鼻歌が、どこか長閑な時間を夢に感じさせる。

 男は目を閉じて聞き入りながら、自身の激情を抑えることに苦労する。興奮に溶ける脳が、自分の目的に近づいていることの悦びに、沸騰していく。赤子、特別な赤子、血、「青ざめた血」。

 「青ざめた血」が近づいている。男の求めるもの。同じく不治の病を患い、死に物狂いで情報を探しただろうギルバートでさえ、聞いたことのない単語。男の目的は初めからそれだ。病に蝕まれた身でありながらも尚、ヤーナムにて、男は治療ではなく「青ざめた血」を求めていた。

 

 それだけではない。男はこれまで、漠然とマールムに魅了され、恋に溺れていた。彼女を幸福にしたいと考え、彼女を満たしてやりたいと行動していた。

 だが、彼女の存在が人よりも偉大な“何か”近しいものであると聞いてしまってから、身が昂ることを抑えられない。ああ、そうだ。彼女を孕ませ、そして男は――彼女の伴侶となる! それはなんと甘美な未来だろうか!

 

 恍惚とする男へ、人形は感情に疎い様子で声をかけた。

 

 「あの方に、お会いにならないのですか?」

 

 男はそれに頷きかけ、人形のガラス玉の視線に貫かれ、ほんの僅かだけ我に返った。

 ――例え、他の狩人の誰も出来なかった赤子を孕ませたとして、どうなるというのだ?

 

 マールムは夢に囚われている。他の狩人の夢にも彼女は存在する。そして、狩人を狩らねば彼女は決して解放されない。それでは駄目だ。彼女は、男だけのものであるべきだ。そうであって欲しい。そうしたいという強い欲望がある。

 

 ――そもそも、男は矮小な人間であり、彼女は人に近しいと言えど、種族が違うようなもの。子は望めないのかもしれなかった。男が彼女を自分の伴侶とするには、彼女に、男と同じように熱情を抱かせねばならない。

 

 なればこそ、男はやはり、彼女を救う初めての男となる必要があった。彼女を独り占めにして、彼女を自分のものにする。そのためには、自身の欲望を抑えねばならない。

 男は自身の獣性を抑えるため、智慧を蓄える。欲に任せて愚かな獣に堕ちては、マールムを手に入れられない。

 男は啓蒙を得、そしてふと――順序が逆だと気づく。

 

 マールムの伴侶となって、偉大な“何か”へ近づくのではなく。

 偉大な“何か”になり、マールムを自分のものとする。

 

 男の内の欲望が、理性によって抑えられる。男は愚昧なこれまでの狩人と違い、彼女を虐げるつもりはなかったが、それでも、彼女が人間に親愛を示すことは奇跡に近いことだと理解している。いつか男を厭う時も来るのかもしれない。実際、男には常に獣欲がちらついているのだから。

 

 だが、万一彼女からの拒絶があろうと、偉大な“何か”になれば、マールムを手に入れることは容易だろう。完膚なきまでに、感情などという曖昧な要素よりも、圧倒的に少女を縛れる。彼女は、月に焦がれるのだから。

 

 男も同じだ。男はマールムという月に惹かれている。もしも男が“何か”になれば、マールムも男へしなだれかかり、恋の吐息を吐くだろう。

 その妄想は、男の目的とは相克しない。目的に沿った“正しい”結末でありながら、男を酷く満たされた気持ちにする。

 

 男は花飾りの入ったポケットを撫でると、恋に溺れた盲人の顔で、少女とのいつかの未来を思い、そっと微笑んだ。




<●>38
アンナリーゼに謁見+2
ローゲリに遭遇+1
ローゲリを倒す+3
狂人の知恵+3

ローゲリさんトゥメル人ぽいし、聖杯の現代版の再演なんでしょうかね。子を孕んだヤーナムを捕えたように、いずれそうなるアンナリーゼ様も捕まえる…。

顔が上位者の生殖器説のお話見て思ったんですが もしそうならぼくたちは 月の魔物とセ…(手記はここで途切れている)
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