レンゲソウの逸話と、花に化けていたニンフ。ニンフはギリシャ語では花嫁…。というドンピシャのモチーフだったのじゃ…。
階段を上ると、マールムの鼻歌は止み、彼女は傅いた男へと笑いかける。
「ああ、貴公か……よく戻った。疲れた顔をしているぞ。さあ、甘い蜜を舐めると良い。貴公を癒してくれるだろう」
彼女は青い花を摘み、口づける。赤紫に変化した花はすっかりレンゲにしか見えない。咲いている間は、まるで生きた人の目玉のような生気を感じるというのに。
男はありがたくそれを受け取り、女王の伝言を伝える。マールムはいたく喜び、如何にも柔らかそうな足の裏を、トンと地に付けた。
どうやら足が不自由なのか、自身の体重を支えられないとばかり、少女は倒れこむように、傅く男を抱えこんだ。
「ああ! ありがとう! ありがとう、本当に……。私は、一族の一員なのだな……確かに、女王はそう言ったのだな……」
彼女がしばらく、感極まったように呟いているのを聞きながら、男は莫大な熱量の感情に呑まれていた。
か細く、小さな体。男は、少女に触れられている驚愕に目を見開き、恍惚と目を細め、自身が抱擁をされているという事実を、遅れて受け止める。肉は柔らかく、甘い香りがする。瑞々しい肌の腕が頬を掠め、彼女の手は男の項へと回っていた。
言葉の一つ、指先一つ、口づけ一つ。たったのそれだけで、狩人たちの遺志を喰らっていた少女の優しい腕に、男は心底興奮していた。
「これまでにない、安堵と歓喜だ。こんな安らぎは、生まれてから初めてかもしれない……。私は孤独で、一人で、誰とも交われない。そんな私を、女王は血族なのだと、そう言ってくれたのか……」
スン、スン、と鼻を鳴らす音がする。男はすぐさま我に返り、少女にハンカチーフを差し出すと、狩人の遺志の花畑の中心へと、彼女をエスコートして座らせてやる。
「貴公、私は嬉しいのだ。本当に、本当に嬉しい。……なればこそ、後ろめたい。我が身は、もはや人ではない。血族の証たる穢れた血、真っ赤な血は、現実には、私の中には一滴も残っていないのだ」
マールムはぎゅっとハンカチーフを握っている。彼女は項垂れて、か細い声で尋ねた。
「……貴公は、私に優しい。なぜだ? 私が出来ることは、ほとんど残っていない。人でもなく、瞳を持つには身に余る肉塊だ。果ては亡骸までも嬲られ、ここに在るのはほんの残滓にすぎないというのに」
男は間髪入れず応えた。
――それは私が、あなたに恋をしたからだ。
「……恋? 私にか?」
マールムは視線をうろつかせた後、自身の体を見下ろす。ありありと浮かんだ困惑は、幼い体を自覚している様子だった。
「力を失った、今の私を見て……「青ざめた血」を求める貴公が、恋を?」
――あなたの瞳は、とても美しい。
男が手を伸ばすと、マールムはびくりと身を強張らせたが、男が彼女の手を恭しく掴むことを拒みはしなかった。口づけの許可を求めると、マールムはおずおずと手を差し出しさえするので、男は自身への信頼に喜んだ。
男は手のひらに懇願の口づけをし、手の甲へと敬愛のキスを落とした。
――私は愚かな人間です。あなたは人には過ぎた妖精だと分かっているのに、それでも求めてしまう。
「その言葉は嬉しいが、少し……恥ずかしいぞ。……だが、例え話には適している。そう、おとぎ話のニュンフェは、人を惑わす悪しき妖精だ。貴公が目指す高みに比べ、あまりにも矮小だとは思わないか」
――いいえ。私はあなたが欲しい。あなたを愛する許可をください。そしてどうか、私だけのものに……。
男は更に、自身がすべての狩人を殺し、マールムを救うことを彼女に誓った。マールムからは拒絶の意志はなく、ただ困惑と、少しの……後ろめたさが浮かんでいた。
「貴公は、私を……愛してくれるのか? ……いや。だが、現の私を見れば、それもきっと失せる。「青ざめた血」を求める内、いずれ見えることもあるだろう。その時、考えを改めると良い」
マールムは愁いを帯びた瞳で、男を見下ろした。
男は歯噛みし、彼女の考えをなんとしても覆したくなる。必ず男の愛を認めさせてみせることを決心し、彼は身を翻す。
彼女に好かれたい。彼女に愛されたいと気が逸る。だが、今はどう思われようと構わない。人間が月に焦がれるように、彼女が男に焦がれる日を思えば、全ては些事であるのだから。
男は聖堂教会へと戻り、大聖堂の右方の道を進む。満月が夜を照らしているからか、光のない街灯に、さしたる問題はなかった。
階段を下る途中、人の息遣いの気配を察知し、男は斧を握りなおす。下の広場に、狩人が二名居る。
男はにんまりと瞳を歪め、悦に浸った。彼の頭には血液の暖かさよりもまず、マールムの顔が浮かんでいるのだった。
男が死体から工房道具を拝借し、血しぶきを浴びながら広間を横切り進むと、長身の男(?)が立っていることに気が付く。男は息をひそめ、袋を持つその男へと忍び寄る。様子を窺うに、どうやら袋の中には人が入っているようだ。生きてはいまいだろうが。
男が斧を構え切りかかると、人とも思えぬ膂力で以て、人さらいは攻撃をしてくる。何度切ってもしぶとく動く様は、とても常人とは思えなかった。
男は先へ進み、いよいよ扁桃石の男の話した隠された古教会へとやってきた。重い扉を開くと、そこは静謐としており、血しぶきの一つもありはしなかった。
男は異様な雰囲気を感じ取り、ゆっくりと歩き出す。ここには何か尋常ではない気配があった。だが……男にはまだ、それを認識することが出来ないようだ。
男が唯一の扉に近づき、手を伸ばしたその時。
――アメンドーズ、アメンドーズ……。
誰もいなかったはずの空間に、知らぬ男の声が聞こえる。ああ、だが、それよりも、どうなっているのだ!? これは一体、体が浮いて――何かに締め付けられて、そして、まるで、夢に還る時のような――!
そして男は刹那、確かに見た。偉大なる“何か”――人間とは別格の、“上位者”の存在を。
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教室棟へgo+2
追加でもっかいブラボやってたんですけど、幼少期エンドの時暗転と共に羊水のコポコポ…って音がするという発見。ウ、ウマレマシタヨー!元気な×××の子です!!
獣狩りの夜っていうのはどういう基準で起こるイベントなのだろうか…罹患者が多い週の夜とか? それとも月に一回とか決まっているのか、医療教会からの号令があるとか?
やつら夕方でも動いてたぞ…普通に日中動けるのヤバヤバじゃないか? あんなに多くはなくとも、どうやってヤーナム民は生活してたんだよ…。