『リ・エスティーゼ王国』との戦争を終えた支配者兼魔導国の国王『アインズ・ウール・ゴウン』は折角召喚したモンスターの処遇に頭を悩ませていた。
用件が終われば消す予定だった。――しかし、せっかく召喚したものをすぐに退去させるのは勿体ない。そう思ったアインズはしばらく部下に預けて様子を見てみようと思った。
何らかの役に立てば良し。そうでなければ素直に諦める。
それに――滅多にお目にかかれないレアモンスターを短時間の内に手放すのも味気ない。
早速行動に出たアインズは双子の
いつもは森での活動に専念させていたがこれから作る魔導国において彼らを大勢の前で活躍させなければならない。
いきなりでは何かの失策を演じてしまうので、その予行演習としていくつか命令してみる事にした。
「アウラ・ベラ・フィオーラ……、御身の前に」
支配者が住まう『ナザリック地下大墳墓』の最下層にある玉座の下にアウラは臣下の礼で告げる。
それに満足したアインズはいつもの調子で部下を労う。
(……支配者として随分とこなれてきたよな。それに精神的にも負担だと感じなくなってきた。……俺も成長しているってことなのかな)
この地に現れてから緊張の連続だったアインズは落ち着いて部下と話せるようになった事を素直に嬉しく思った。
肉体的には生者を憎むアンデッド――その最高峰『
見た目に反して中身は至って普通の人間――『
(それに悪い事ばかりだと思っていた支配者ロールプレイも……。まあ、部下の前くらいは素で話しても良いかな、とか思ったりしなかったり……)
何ごとも完璧とは言えないが、細かい部分は部下が上手くサポートしてくれるので運がいいといえばそうなのかな、と思う程度――
ただ、それでも部下達が何を考えているのか、本当は知らない。
彼らはゲームキャラクター――
そんな彼らが上位者であるアインズを慕っている。
そういう設定になっている、としてならば納得するのだが、この世界に来てからは様子が少し違うようにも感じられた。
自我を持っている。プログラミングされた行動を超える感情のようなものを表現してくる。
ありえないことがありえている。
それを素直に祝福できなかったのが先日までのこと。
今は随分と自分は妥協していると思う。
彼らは単なるNPCではない、と。
「早速だが……、アウラよ」
「はっ」
「戦争の時に召喚した『
この言葉にいつもは即答で元気よく返事をするアウラがどもった。
支配者からの命令は即座に従うべし、が彼らNPCの役目である。そのはずだった。それが抵抗を見せるのは想定外の動作だ。
もちろん、そんな事にいちいち驚くアインズではない。
多くを経験してきたからこそ平然としていられる。――大きな心の動きに対してアンデッドの特性として精神の強制的な抑制が起こる。それは喜怒哀楽全てに適応される。
「あの巨大モンスターの世話ですか!?」
「あれでなかなか可愛いものだぞ。私はてっきり喜んでくれるとものと思っていたのだが……。苦手とするタイプか……」
アウラとて全てのモンスターを手放しで愛でたいと思っているわけではない――ことは知っていた。
特に一番苦手なのは『
特に前者は女性に大人気だ。――悪い意味で。
「邪神タイプのモンスターだし、餌も不要……。あの大きさだから森の中には連れて行けまい」
もし連れて行くと木々を薙ぎ倒して数刻も経たずに平地の出来上がりだ。それだと隠れ家としての価値が無くなってしまう。
森の恩恵を失う事は自然を大切に思うアインズの意向に反する。
(……獣王メコン川さんやチグリス・ユーフラテスさんにメチャクチャ怒られる)
田畑にも連れて行けない。であれば何処なら良いのか。
アウトドアならやはりアウラが適任だ。弟の『マーレ・ベロ・フィオーレ』は移動に時間がかかりそうだし、活発な姉の方が
乗り気ではないアウラに強引に命令するのは気が引けるアインズだったが、ここは支配者特権をフル活用する。
命令として与えたものは――余程の理由が無い限り――従わなくてはならない。それがナザリックの掟である――なんて事をアインズが決めた覚えはないのだが、いつのまにかそういう事になっていた。
(命令不履行の時は自害しようとするし……。そんなに簡単に死んでもらったら困るって)
アインズの内面ではごく普通に接したい気持ちがあった。
二人だけの時とかであればもう少し砕けた言葉で会話できるのだが、多くの部下の前だとついつい言い方が固くなる。
砕けすぎるのも困りものだが。
「三日ほど……。仔山羊の面倒を見てくれ。五体では大変だろうから一体だけだ。お前の命令を聞くように言っておく」
さすがに小さな
ちょっとどころではない罰ゲーム――もはや厳罰だ――とも思えなくもないけれど。
「他国に迷惑が掛からない範囲での移動を許可する。……あれだけの巨体だ。隠蔽は気にするな。ただし、戦闘はさせるな」
「……はい」
とんでもない命令を受けてアウラは額から脂汗を流し始めた。
いくら命令とはいえ難題である事は必至。
まず何をすれば良いのか、まったく未知である為、誰に相談すれば良いのかと話しを聞きつつ考えをめぐらせた。
「それと散歩の報告書を書くように。何処に連れて行き、周りがどういう反応だったか……。多少の失敗もあるとありがたいな。何ごとも完璧すぎると欠点を見つけるのが難しくなる」
ただでさえ驚異的な大きさのモンスターだ。
平穏無事で過ごす事など不可能に近い。その辺りの弊害を知っておけば後々の役に立つ。
例えばまた召喚する時や友人である『ジルクニフ・ルーン・ファーロード・エル=ニクス』の反応とか見るのに。
あまり怖がられては友達が増えにくいし、敵が増える一方でも困る。
戦力に使わないモンスターをすぐさま殺せ、とかいう風にさせないための布石として色々と考えなければならない。
今の自分は国民を持つ国王なのだから。
支配者からの命令に対して不満は覚えても拒否は出来ない。
かといって『いやです』と言えるのかと言えば無理な話しだ。
アインズから命令を受けた後、第六階層に戻ったアウラは腕を組んで悩みだす。
(とんでもない命令を受けちゃったな。あのモンスターと散歩に出るわけでしょ? でも、アインズ様は利用価値について知りたいようだったし……。これは難題ね)
まず必要な道具の選定から――
治癒のポーションは不要。
連れ歩くのに必要な餌も不要。首輪は何処が首だか分からないので不要。
(
音を鳴らす道具類。言葉が通じるのかは未検証なので。
アウラ自身の防衛策用の必要備品。
必要そうなのを片っ端から用意して地上に向かう。
仲間との協力について言及されなかったので、まずは一人で頑張る事にした。
報告書が必要なところから安易に頼ってはいけない、という意図があると考える。
問題の『
(……そういえばあたし、あのモンスターを直接見るのって初めてだったわ)
特殊な召喚によってしか現われない稀少な存在だ。それも出現条件が厳しく、おいそれと頼んで出してもらえるようなものではない。
全高一〇メートルの球形。
頭頂部から生えている触手もまた一〇メートル規模の長さを持ち、伸縮自在に動き回る。
巨体を支えるのは太くて短い五本の山羊に似た脚。
体色は黒く、身体のあちこちから巨大な口が覗いているのみで目や鼻などのパーツは見当たらない。
自然界に生息する生物とは一線を画し、身体全体から黒いオーラが漂っている。
レベル九〇台で耐久力に優れ、特殊な能力を持たないものの単純な物理攻撃でも充分に強い。
基本は触手による攻撃と踏み潰し。
「……でっかいね~。あたしの声って届くのかな?」
届かないと踏み潰されてしまう。
使役している動物や魔獣達と比べるのもバカらしくなる。
「これでガルガンチュアより小さいんでしょ? そうは見えないな……」
触手まで含めるといい勝負に見える。
バハルス帝国の決戦場である『カッツェ平野』から歩いて来たわけでないとしても目立たせず散歩などいくらアウラでも無理と言わしめる規模だ。
いくら動物好きのアウラとて二の足を踏む。――けれども至高の御方であるアインズの命令を受けた以上は好き嫌いを言っている場合ではない。
まず信頼する魔獣
レベルで言えば八〇台の魔獣達ですら可愛い小動物に見える。
フェンは体長こそ五メートルを超えるほどの巨体を有するが、やはり相手が悪かった。
黒色のフェンは少し先に居る
同道する予定の緑色のカメレオンに似たクアドラシルも同様だった。
「……どう考えても散歩ってレベルじゃないわね。とにかく、行こうか」
相手は野良のモンスターではない。既にいくつか命令を受けている筈だ。
それでも自分から近付くのは無防備すぎて危険である。
警戒だけはどうしても必要になる。
弟のマーレに連絡を入れ、地上に上がってもらう事にした。
普段は地上部分に見えるナザリックの隠蔽と守護を担っているが、何らかの事態が発生した時、対処してもらう上では役に立つので。
(……いざ散歩と言っても……、これじゃあ強敵と
実際、強敵以外の何物でもない。
小さな自分に気付いてもらえるのかも正直に言えば怪しい気がした。
「や、やあ、元気~?」
まずは挨拶から。というか存在が小さくて見つけてくれるのかと声がちゃんと届くのか疑問に思う。
急に暴れだすとは思えないのだが、警戒しつつ様子を窺うと動きに変化が生まれる。
「メエエエェェェ」
「メエエェェ」
「メエエエェェェ」
一斉に鳴き始める
騒音というほどではないが、少しだけ驚いた。
見た目で感情を読み取れないので触手の動きなどを注意深く観察する。
もし敵だと判断したのなら攻撃が飛んで来る筈だと予想する。
短い脚を小刻みに動かしつつ触手が元気に動いているのは嬉しいのか、相手も挨拶をしているのか。
とにかく、敵対行動は確認できなかった。
(……音量は少し大きい程度っと……。こちらの声もちゃんと届いているようね。……それにしても大きいわね)
男装の麗人アウラは軽く
それはそれで生意気な、と思わないでもない。
「ねえねえ、マーレ」
「な~に、お姉ちゃん」
背丈は共に人間の子供と同程度だが、巨大モンスターの足元で会話を交わすには幾分奇異な様子だった。
それでも泣き叫んだり、逃げ出すような素振りを見せないところを現地の人間が見たら物凄く驚くこと請け合いだ。
スカートを履いた女性的な格好の弟について姉として一言何か言わなければならないところだが、それを指摘する事はしなかった。
自分達を創造した存在が用意してくれた事に文句を言う気持ちは微塵も無く、逆に指摘する相手を睨むほど。
もちろん、相手にもよるけれど。
少なくとも今の自分達の姿を否定する気持ちは二人共一切無い。
「この
「な、無いんじゃないかな……。アインズ様も仔山羊たちとしか言ってなかったよ」
あればあったで散歩の時、助かるのに、と少し残念に思うアウラ。
かといって勝手に名付けるのは不敬――
『おい』とか『お前』で呼ぶのも憚られる。
実際に目にする
まず話しかけて言葉が通じるか確認しておく。
山羊なのに羊の鳴き声である事とか気になったが無視する事にして、どういう動きに対応できるのか試してみる。
顔と呼べるものは無く、どこが正面なのか――
「右に移動……といっても右がどっちか分かる? あたしから見て右だからあなたは左よ」
「メエエエェェェ」
「メエエェェ」
「あと、鳴き声は一つの口からで」
そう言うと
そのアウラを簡単に丸呑みしそうなほどの大きな口だが、どういう身体構造をしているのか。
奇異な姿は色々と見て来たアウラとて対応に苦慮する。
それと黒いオーラは消せないらしい。
(性別も不明。さて、どう呼べばいいのかしら。……イカリヤ、カトウ、シムラ、ナカモト、タカギ……。アライもいいか)
自分の記憶にある名称を色々と検索してみる。見た目に相応しいものは簡単には見つからないけれど、散歩に連れて行くだけだから凝ったものでは愛着が湧く――可能性も否定できない。
あと、あまり近くに寄りすぎると声をかける時、見上げる必要になって首が痛くなる。かといって充分な距離を取ると声が届きにくくなる。――ここは相手が耳がいい事を願うばかりだ。
(どこに耳があるのか分からないけれど……。何らかの感覚には優れているはず。あたしの声を聞き取っているようだし)
それにしても、とアウラは感心する。――
自分達が召喚出来ないような強大なモンスターを使役するアインズは尊敬に値する。
ひ弱なモンスターであれば片手間で生返事が関の山――
しかし、これはレベルが違うというか、異様の権化。アウラをして驚嘆せしめるほどだ。
(レベルではあたしが上という話しだけど……。どう見てもこっちの方が強そうじゃない。正直、予想以上の大きさでびっくりしたわ)
腕を組んでどう散歩に連れ出そうか思案するアウラを
今のところ大人しくしていた。
自分より弱そうだから命令は聞いてやらない、という我がままぶりは確認出来ない。――これはアウラの主観だが。
(いくつか命令して全て従うようであれば散歩を始めましょうか。……アインズ様が命令した以上、そんな不敬な事は無いと思うけれど……)
この確認作業は
知能が低い場合は召喚者の命令はあまり聞かない。特に低位の亜人やアンデッドモンスターが該当する。
「まずは……お座り」
「メエエェェ」
一つ返事をした後、五本ある足を次々と折り曲げて地面に腰掛けていく。
丸い身体で腰が何処にあるのか分からなかったけれど、雰囲気で納得する。
普通の音量で命令したものを聞き取ったので音を聞きつける能力は高めだとメモ用紙に記載する。
細かい確認作業を積み重ねないと潰されるのは自分だから。
散歩に出かける仕事を請けたのにナザリックからまだ出られない。それを頭の片隅に置きつつも不満を表すわけにはいかない。
それだけ慎重を期する必要のある
触手の動かし方。歩き方。鳴き方。飛び跳ねられるのかの確認と続く。
地面にどれだけめり込むのかも確認しておかないと不意の落盤などで落ちた時――正直に言えば――助ける事は出来ない。
(さすがのあたしでも引き上げる事態は遠慮したいわ)
いくらアウラとて城を持ち上げる事が出来ないように、超重量を誇る巨大モンスターを力で制御するのは遠慮したいところだった。ものには限度がある――さすがにそう思わせるだけの不安が襲う。
小型の
まずガルガンチュアという全高三〇メートルもある
マーレの助けを借りたとしてもやりたくない事であるのは変わらない。
「次は……、あたしに触手で攻撃してみて」
「メエェ!?」
巨体ゆえに分かり難かったが驚いたようだ。少し後方へ身体が傾きかけた。
今までの反応から
微妙な命令もちゃんと理解して動く。
今の命令に驚いたのはアウラを攻撃対象にするからだ。もし、それをすれば召喚主であるアインズに叱られると
(ここから難易度が上がるよ~。段々楽しくなってきた)
素直に命令を聞いてきたのだからアウラとしてももう少し突っ込んだ対応を知りたくなる。
ただ、戦闘行為自体は許可されていないので、これはあくまで確認だ。
不慮の事故を想定する事は大事――でも、それはアウラ側の問題であって
どう考えてもひ弱そうには見えない。
「触手一本から。あたしは小さいから君にぶつかることも想定しないといけないの。分かる?」
「メエエェェ」
「こう見えてもあたし、強いから。治癒要因も……」
と、マーレに顔を向けると頷かれた。
大怪我するのかは分からないが、多少のケガ程度は問題ない。それと即死するような事態は――万が一にも無い、とは思うけれど――考えられない、こともないけれど、油断しない事を約束する。
アウラが普段から身につけている服は防御力がそれなりにある一級品。
見た目では分からない強さを持っているのは確かだ。
(この子と同レベル帯のモンスターと戦った時は平気だったけど。あれより物理攻撃が上という事もあるし……。でも、そうであったとしても即死は考えられないかな? ぶくぶく茶釜様から賜ったこの服はわりと頑丈だから)
服の恩恵が届かない頭部に直接攻撃を受けるとどうなるのか、という点を思い出すも、基礎ステータス次第かな、と覚悟しておく。
あるのは
そこは彼に助けてもらわなければならないところでもある。
(常にマーレの補助があるわけでもないし。主従関係を強要するような生意気さが
ペットを従える場合、主人が上の存在である事を教えるのが基本だ。
弱い主人に仕えようなどとモンスターは本来、思わないものだ。――自分でもそう思う。
(……至高の御方が弱ければ従わないのかって話しになっちゃうけれど……。別にあたしは物理バカじゃないし……。やっぱりアインズ様という目上の存在が居ると安心する)
他の階層守護者も同じ意見かというと自信が無いけれど――
少なくとも腕試しを挑む不届きものは居なかった。
試しに、とアウラは弱い至高の存在を排除するという不届きな想定を立ててみる。
(あたしが一番になりました。……その後は守護者の任が無くなり、自由気ままな生活が手に入る。……その後は……)
ナザリック地下大墳墓という拠点が必要なくなる。管理したいと思わない。そして、その先が真っ白になった。
先が想定できない、が正しいのかもしれない。――そう思ったところでアウラの表情は消えた。
「……お、お姉ちゃん? どうしたの?」
弟の声によって現実に引き戻される姉。
自分は危険な思想に包まれてしまった事を自覚し、戦慄する。
不敬というレベルを超えた時、とても恐ろしい結果になると自覚する。
具体的な事は口にできないけれど、この考えはとても危険である事は分かった。
今の自分があるのは命令を与えてくれた存在が居たからだ。
それを自ら放棄する事はきっと――必要の無い存在となってしまうこと――
少なくともアウラは至高の御方に必要とされる存在でいたいと思っている。
そういうものとして創造されたNPCである。その存在意義を放棄する事は我を捨ててしまう事になる。
(……自由。……自由ね~)
口元を歪ませて苦笑するアウラ。
命令を下す
束縛から解放される事が果たして幸福か、と。
幸せ云々の議論は
(出来ない、というか。やっちゃいけないよね)
これは己の存在をかけた重要な案件だけれど、もし仮にこの不安をアインズに問いかけたら彼はなんと答えるのか、という興味も無いわけではない。
色々と自由に過ごさせようとしている事は理解している。それでも手放しの自由は
(……この議論はまだ早かったわね)
不安の色を滲ませる弟の顔を見て、苦笑を浮かべつつ手を振って無事を伝える。それだけで彼はとても安心したように喜んだ。その姿がとても可愛らしい。
安心したのも束の間――
ガッ! ゴッ!
という打撃音と衝突音が連続して起こった。
攻撃してこい、と言われて悩んでいた
不意打ちを食らった彼女はそのまま地面に叩きつけられる結果となる。
「お、お姉ちゃん!? だ、大丈夫?」
すぐさまマーレが倒れ伏す姉の下に駆け寄る。
命令の不備によっては回数指定を
マーレは杖を掲げて
事前に
「……いったぁ……。……一瞬目の前が真っ白になったわ」
単なる打撃ではなく、階層守護者たる存在を地面に叩きつけるほどの威力だ。それはマーレのみならず食らったアウラ自身も驚いた。あと、本当に痛かった。
外の世界で出会った大抵のモンスターからの攻撃は――滅多に受けないけれど――痛いと言わせるほどのダメージを食らう事はほぼ無かった。
大体は仲間内での小ダメージくらい。
ここまでの規模は経験が無かった。
致死とは言わないが、そう何度も食らってはいけないレベルである事は理解した。
自分で命令しておいて文句を言うわけにはいかないけれど、なかなかの強さに感心した。
次は踏み潰しの実験でも、と予定していたがやめる事にする。
――かといってマーレにやらせるのも――
弟が潰される姿を見て喜ぶ姉では支配者であるアインズに後々叱られるのは明らか。
仲間は仲良く。姉弟も同じくらい、と言われているので。
「……やわな存在ではないと自負していたけれど……。今のはいい攻撃だったわ。……さすが……」
と、言葉を続けようとしたが目の前の景色が勝手に動き出して気持ち悪くなってきた。
揺れる姉に気付いたマーレはすぐに抱きとめて、治癒要員を呼びつける。
――いわゆる脳震盪の症状だと後々言われた。それと額から血が垂れていた。
ケガをする事が滅多に無い――ほぼ無いに等しい――暮らしを続けていたせいで、色々と気付かされる感覚に驚いていった。
それらもメモに取らなければならないけれど、仕事というのは大変だなとマーレに看病されながら思った。
その少し後でアインズが現われ、すぐさま飛び起きようとしたが止められた。
心配したマーレが連絡したようだ。
(余計な事を……、と言ったら駄目なんでしょうね)
変に隠し事をするのは至高の御方に余計な疑惑を持たれる原因だ。だからこそ自分だけでも正直でいようと思っていた。
それでもやはり――心配をかけたくない気持ちが強かった――
「仔山羊の一撃で沈んだと聞いてな」
「も、申し訳ありません。ちょっとフラフラする程度です」
マーレの指示で簡易的なテントが設営され、そこに造られたベッドにアウラは寝かされている。
周りは彼女の為にアンデッドで取り囲み、情報を一切表から確認出来ないように配慮された。
(NPCも脳震盪を起こすんだ……。という事は身体はゲームデータというわけではなく、やはり肉体として機能しているということか。……そういうバッドステータスが無いわけでもないが……。あと血も出ている。血液型とかも決まってたりするのかな)
アインズはアウラの様子を興味深く眺めた。
骸骨の顔なので表情の変化は付けられないけれど、威圧的なオーラは発散させていない。それでも少しの沈黙により、
なにせ、命令を受けてすぐの事態だ。
お叱りを受けても仕方が無い、と。
(……巨体から繰り出す触手の攻撃をまともに受けて無事というのも凄いな。このくらいの子供だったら木っ端微塵になっているところじゃないか? ……肉体的に強い状態で良かったといえるか……。しかし、それでも危険なことには変わらない。よく無事でいてくれた)
相手は超弩級のモンスターだ。その一撃に形を保っている事など普通ではありえない。
ある程度の生物――もちろん人間も含まれる――はその
(あのモンスターを散歩に出すということはケガも想定しなければならない。その観点で言えば間違ってはいないんだけど……。あまり身体を張ってほしくないし、かといって確認を怠る事もできない。……この辺りがとても難しいんだよな。……でも、部下に命令するっていうことはそういうことだ、と……)
頼る相手がマーレならいいのか、というと肝心な時に居る保証は無い。
今回は小さな子供たちしか居ない場合を想定した。――といっても階層守護者だが。
これが『シャルティア・ブラッドフォールン』であれば――痛みに関しては問題は無いと思うけれど、ケガの様子を聞けないから痛みを感じる種族に頼るのが難しくなる。
あと、そのまま走って逃亡しました、なんていうのは論外だ。
ちゃんと引き止められる実力者に色々と調査してもらうのが望ましい。
(アウラがケガをしたらやめよう、という選択は出来ない。これもまた必要な試練だ。……俺の、になるのか……。)
多少のケガは治癒魔法やアイテムで傷跡ごと治せる。それは本来であれば荒唐無稽な事だ。
頭に包帯を巻いたアウラの姿は新鮮な感覚だが、無敵ではない自分達の姿を改めて気付かせてくれた。
いい事も悪い事も知らなければならない時がある。
失敗から学ぶことは多い。だから、今回かぎりでやめるという選択は選べない。
何事にも完璧で失敗一つ許さない支配者であればいずれは誰も居なくなってしまう。そうならない為には柔軟な発想が不可欠だ。
少なくとも自分は部下を大事に労わる心を持つ支配者でありアンデッドである。
(……心は普通のサラリーマン。共同生活をする上で仲間の存在はとても大事だ。彼らが居るからこそ自分は今でも前に進める)
うんうんと自分の考えに何度か頷いた後、アウラを労う。
無茶な要望を託したのだから無責任な事は出来ないし、言えない。
「……ケガの程度は軽いようだが……。ここでやめるか、アウラ? 失敗の一つや二つで諦める……」
「やります!」
元気良く応えるアウラ。しかし、側に控えているマーレはとても心配そうな顔をしていた。――いつも気弱そうな顔をしているので、ただ見ているだけのようにも見える。
彼女がそう言うだろうと思っていた節はあったけれど、それはそれでアインズの
普通の人間であれば痛い思いはしたくないだろうに、と。それを支配者特権で選択を狭めているのだから罪悪感が物凄い。
しかも、アウラは小さな子供だ。仲間が創造したNPCだ。
様々な葛藤がアインズの空っぽの頭蓋の中で渦巻く。
「それは実に頼もしい。……しかしだな、アウラ……。お前は何事にも完璧さを求めてはいないか?」
「えっ? ……ご命令を完璧に遂行する事こそが……命令を受諾した者の責務だと思われますが……?」
意外な言葉に驚くアウラ。
アインズとしては分かってて逆の言葉をかけた。
命令した本人が自分の言葉を否定してみせる。それによって彼らはどう反応するのか――
サラリーマン時代を思い出しながら嫌な上司や取引先の無茶振りを色々と試してみる。
こいつ、分かってて嫌らしい事を言いやがって、と思った事は一度や二度ではない。
(……立場的に言い返せないのがもどかしい。この場合、NPCも同じ気持ちを抱くのか、それとも感情の赴くまま平然と返してくるのか……。もし、後者であれば……、あまり言われたくないよな)
反論したい気持ちを殺して言われ放題でいるのが『社畜』というもの、と。
しかし、アインズはアウラ達を社畜と見たくない。
彼らの反応は人との対話に大いに役立つから。
「では、あえて言おう。完璧とは何だ? 失敗しなければ完璧なのか?」
もちろん言ってて意味は分かっていない。
時には強引な論法も世の中には存在する。――相手を言いくるめた方が勝ちみたいな。
「……完璧とは……アインズ様が喜ぶ事全てです」
「……ん」
(……結構な一撃だ。それはそれで間違っていない気がする。いやいや、ここで負けてどうする支配者アインズ様)
納得しそうになった自分に活を入れて、気を取り直す。
自分が嬉しい事であれば完璧だ、素晴らしいと言いそうなのは認めるところ――
しかし、ここはもっと違う意見が聞きたい。具体的には――自分でも分からないものだが。
「完璧じゃなくても喜ぶ事はあるぞ。……それにだ。部下という時点で既に完璧から程遠いではないか」
この言葉にアウラは唸った。
アインズはつい――『よし勝った』と思ったのは内緒だ。
「そうだな……。召喚物である
「……はい」
命令を完璧に遂行できるのであれば放置しても問題は無い。
それだけで完結しているとも言える。だが――それを今回はしないことにした。――ということをアウラに伝えるのに苦労しているアインズ。
自分の考えを伝える事は難しいけれど、言いたいことを形にする事もまた難しい。
今の言葉が正しいのか、すら怪しい。
「だからといってアウラが不要だと言いたいわけじゃない。お前が命令を受け取った後でどう対処するのか知りたかった。……さすがにそこまで分かっているようでは預言者と一緒だ。……未来視の
一年先の事も全然視えないけどな、と言いたい気持ちを飲み込んだ。
国が出来て、この先の自分の人生模様はまだ真っ白に近い。
希望はあっても実現性が乏しいものばかり。
全てが思い通りに進むのであれば苦労したりはしない。それはそれで虚しさを覚えるが――
意外な出来事を欲するのは未知を探求する『プレイヤー』としての楽しみである。それを無くしてしまうと人生に張り合いが無くなってしまうものだ。――たぶん。
アウラの反応を見る為に
細かい部分まで知りたいわけではなく、大雑把な反応で充分だった。
巨大モンスターを連れている気分とか、途中で我侭な事をしなかったとか。そんな程度で良い。
ごく普通の対応と反応で――
自分の感覚では分からない事は意外と多いものだ。現に今がそうだったりする。
無味乾燥としたNPCが血の通った――言葉を話す生物して振る回っている。それはとても驚きであり、好奇心の湧く
仲間が知れば多種多様、または三者三様の反応を示すに違いない。
祝福する者。忌避する者――。それは仕方が無い。
それぞれの感じ方までアインズは調整できないのだから。
(ぶくぶく茶釜さんが居たら逃げ出すんだろうな。あの人は自分の思い通りにならない事が嫌いな人だけど……。予想外の展開に意外と弱い一面があるから……。逆にペロロンチーノさんは祝福すると思う。二次元に愛を注ぐタイプだから)
NPCの性格設定はあくまで演出や深い意味のあるものではなかったりする。かく言う自分の創造したNPCが正に他人に見せたくないものになっている。
(姿まで見せない事は出来ないけれど……。自分の趣味とかが現実味を持って動き出すとは誰も思ってないからな。……しかも喋る。余計な事を言い出さないか心配するのは俺だけじゃないはずだ)
各NPCは与えられた命令に沿って動くだけの置物のようなもの。それが自我を持って動き、喋る。
それはありえないことでもある。
まして、彼らに声を与えることはできない。
(……出来ないというか……、希望声優を書き込む事は可能だ。そもそもゲーム会社側が色々と容量をケチっているのだから)
その代表格が
無表情だと抗議が殺到すると判断した
音声自体のやりとりもプレイヤー間では可能だったけれど――でなければ『
今、アウラ達が発している『声』は――とにかく創造者である自分達が与えたものではない。彼ら本来の声、という事になる。
(
支配者としての喋り方で誤魔化している自分は彼らの判断の邪魔をしているような気がする。
もっと砕けた言い方もしたいけれど、とアインズは
NPCの中でもアウラ達は素のアインズこと『
彼女達以外のNPCに知られるとまずいと判断しているからアウラ達にも支配者っぽい対応を余儀なくさせている。
バレるとどうなるのか――それは実際のところ分からない。
単に失望されるだけ、という事もある。それはそれで気まずい気もする。
その辺りのモヤモヤとした感情がどうにも抜けきらないのが悩みの種だった。
(組織運営として砕けすぎると緊張感を失う結果になる。そこは会社と同じ感覚だけど……。アウラ達にまで強要する事ではない……と言いたいところだけど階層守護者だからな……)
馴れ馴れしい部下に話しかけられて喜ぶのは同年代の社員だけじゃないのか、と。
よその常務とか偉い人に砕けた言い方をすれば間違いなく商談は破談する。
別にいいじゃん。ここにサインしちゃいなよ、とか言えるわけがない。
(……それ以前に……、NPCに人生を諭している俺もどうかと思うよな。……今更だけどさ)
元々がゲームキャラクターだ。
プレイヤーとは違い、仮想現実で生を受けた者達だ。
もし、現実と往復できるような環境であれば彼らとこんな触れ合いはきっとしない。
現実に生きる人間であれば尚更だ。
「便利な回復手段で持ち直せたのならば……、挑戦せよ」
結構な大怪我であれば当然止める。けれどもこの世界には便利なものが溢れている。
回復ポーションに治癒系の魔法。
現代社会の医療設備が満足に存在しない代わりとしては優遇過ぎているのが滑稽だが――
「はい」
アウラの返答は想定内だ。
休めと言わないのは彼らが強いことを知っているから。
更にはゲーム的な概念が備わっているから、ともいえる。だからこそ無茶を通せる。
(ここら辺の手心の与え方が一番の問題だ。彼らをゲームキャラとして見るのか、それとも生物として……。支配者としては前者。鈴木悟としては後者かな)
仕事として任せた以上はある程度の手放しが必要だ。
上司は見守る立場に徹し、何かあれば救いの手を差し伸べる。
飴と鞭の使い分けは難しいけれど、これもまた試練である。
念のために頭に包帯を巻かせたが意味があるのかアインズは疑問に思うも指摘しなかった。
そもそも傷口というものが出来たり、塞がったりするメカニズムとやらはどうなっているのか――細かい部分を気にしては前に進まない。
ケガをして間もないがアウラには引き続き挑戦してもらう事で話しを終える。
――何かあればすぐに駆けつけられるように。
そうして再度、
言葉が通じるし、大人しく従う素振りを見せているので紐付けは簡単に済んだ。
問題があるとすればアウラの力と
「……形だけでもペットとして連れ歩かなければ……」
命令すればついてくるけれど、それだと子供に興味をもって追いかける化け物にしか見えないかも、と思ったが飲み込んだ。
あくまでアウラが主人で
後方にマーレを配置して、いざ一歩を踏み出すと恐ろしい事実に直面する。
アウラと
当たり前だが
アウラの一歩は精々三〇センチメートル。もっと広くすると股が裂けてしまう。
もっと細かい歩幅にすると
「……一緒に歩くのは難しい、と……」
この問題を解決する方法はアウラの身体を大きくするか、
第三に
「放し飼いという方法もあるし……」
分かったこと。気づいた事をメモするアウラ。
次にマーレに頼んで太い大木を用意してもらう。それを思いっきり遠くに投げ飛ばす。これくらいならアウラの腕力でも可能だった。
これが普通の小枝なら――さすがの
「そ~ら、取ってこ~い」
「メエエェェ」
ドスドスドス、と景気良く五本の太い足を動かして飛んでいく大木を追う
それだけ見れば何の変哲も無い――とは言いがたいがペットらしい動きに見えなくもない。しかし、地面を踏み抜きながら移動するさまは見慣れない者からすれば驚異だ。または天変地異の前触れかと驚かれると思う。
一般的な
小さな村なら走るだけで壊滅するのではないか。
特に土蔵や簡易的な木造家屋は簡単に倒壊する可能性がある。
歩く時はそれほどでもないけれど、走る時はさすがに振動を無しにする事は難しい――というか出来ない。
ナザリック地下大墳墓の地上部にある遺跡群はマーレが呼んだ
あるいは様々な警報に引っかかって色々と迷惑を振り撒く事態も――
アインズが実験として許可しているので支配者によるお叱りは無い、としても気まずい事には変わらない。
「……お姉ちゃん。こっちは大丈夫だから」
「オッケー。この近くで走り回るのは危険と……」
周りの被害を抜きにすればペットとしての扱いには問題が無い。
大木を破壊せずに持ち帰った
細かい動作で頑張っている姿は確かに可愛いといえる。
(……種族としてペット扱いしてもいいものなのかしら? 聞きそびれていたけれど)
召喚主であるアインズがペットとして扱って良い、と言っているのだからそうする他はない。
もし嫌がるようであれば実験は失敗として報告するだけだ。
「……餌は食べない。あたしの言葉が通じている、と……。細かい作業は……出来そうだね。それなりに大きくないと駄目だと思うけれど……」
特殊な鳴き声で話しかけているわけでもないのに言葉が通じるのは不思議だな、と思った。
移動と細々とした作業は問題ない。後は何かに興味を持って勝手に走り出すかどうか――
弱点らしいものがあればいいけれど、伝え聞いた話しではそういうものが無いらしい。
小さな犬や鼠を見て逃げ出す光景が全く想像できないが、フェン達が側に居ても特に威嚇するような事は無かった。
大きい巨体の持ち主は小さな存在を恐れるもの。
であればアウラとマーレを見て逃げ出しても自然な流れとしては納得できそうな気がする。
「じゃあ、マーレ。この子に水とかかけてみて」
「分かった~」
遥か後方に居る弟に手を振ると相手も同じように返した。
天候を操る魔法により、小さな範囲に雨を降らせる。
体毛が無いので触手が濡れて垂れ下がる事は無い。
「……雨は平気、と……。雪とか火も平気そうだね。酸は……ちょっと可哀相だからやめるとして……。地面に油が撒かれていたらどうなるのかな?」
一〇メートルの巨体を滑らせるほどだとちょっとした事故だ。いや、災害だ。
泥などのぬかるみ具合も確かめておく事にする。
――というよりどう滑って転ぶのか、ちょっと興味があった。
水が平気なら雪も平気だろうし、温度の差も念のために確認しておく。
極低温はこの地域に存在するとは思えないが、魔法による攻撃を事前に知っておくのは何らかの対処のためにも必要だと判断する。
二〇メートル四方の土地に様々な地形効果のある様相を造る計画案をまとめていく。
さすがに溶岩は修復が厳しそうなので、これは別途土地を選定しておく必要がある、とだけ記述する。
といっても実際に水に沈めるわけではなく、簡易的な池を作り、まずは身体の半分ほど埋ってもらう。
この池の製作には
それは何故なのか、と問われれば彼らに仕事を与える為だ。
急ぐ案件ではないので充分に時間をかけてもらってもいい事を伝えてある。
(……これもアインズ様のご意思だし……。だったら
池を製作する様子を眺めつつ計画の進行度を再確認する。
細かく命令して急かすより、彼らなりの出来栄えをまずは確認しない事には始まらない。
地上に呼び出されてすぐ――得体の知れない化け物を見せられた彼らは一様に驚き、アウラ達に平伏した。
逆らったら殺される、とでも思ったのかもしれないが平伏する相手はアインズでなければならない。
これはさすがに自分の手柄には――そんな不敬を働く事はアウラには出来ない。
今まで出会った事が無い巨大な化け物を目の前にして腰砕けが多く出てしまったが、それは責めないでおいた。
(畏怖されないモンスターだと、それはそれで納得できないし。……確かこの子は邪神系で……狂気を振り撒く特殊能力持ちだったような……。黒いオーラはそのためのものじゃなかったかな?)
今も途切れることなく発散されている漆黒のオーラ。
命令次第では演出だけにすることが出来る場合もあるとか。
アウラ自身、特に精神的な不調は感じない。――マーレも同様に。
「この子はちゃんと命令に従っているから安心して。あなた達に危害を加えるようだとあたしが叱られるから」
「は、はい……」
呼び出しておいて平伏して終わりでは困る。本来の目的を忘れてはいけない。
それと無理して近付けとは言わなかった。
日陰だけで世界の終わりを感じさせる。
触手は多少動かしているものの捕食しないように――念のために通達済みだ。
「……あ、アウラ様。質問をしてもよろしいでしょうか?」
地上に上げた
いくつかの部族単位で別々の仕事についてもらっているので、毎回すべての
「どうぞ。あたしはそれほど堅苦しい手続きは好きじゃないんで……」
「ありがとうございます。……こ、この黒いモンスターは……何とお呼びすれば良いのでしょうか?」
「それね~。名前は決めてないし、勝手に名付けるのも不敬だと……。……ん~、でも……黒い仔山羊か……、それっぽければいいよ。移動させたいの?」
「は、はい。……おそれながら……日陰が濃すぎて杭の場所がよく見えないので……」
外まだ真昼なのにモンスターの陰だけ深夜の状態だ。――それと色々な実験で移動箇所が狭くなっている事を忘れていた。
作業の都合で
大勢で賑やかに行動しているが、やはり巨大な異様を無視する事は出来ないようだった。その気持ちはアウラも理解出来る。
――いきなりでも平気なのは余程のモンスター好きか、アインズくらいではないかと。
アウラも魔獣系統は好きな部類なのだが――
好きか嫌いかで言えば好きな方に傾く。理由は言う事を聞くし、賢いところ。
それがひたすら鳴き声ばかりあげるような我がままモンスターだったらマーレに丸投げしているところだ。――アインズから直に命令を受けているので、そんな事は出来ないけれど。
(無闇に鳴き声をあげないけれど、口を閉じたままだと窒息しないのかしら? それとも呼吸を必要としない? そんな訳はないと思うけれど……)
生態について全く分からないモンスターというのは興味が湧く。
近くに巨大モンスターが居るせいか、いつも以上に緊張している
命令によって無闇に活動しないとアウラは分かっていても彼らはそうは思っていないようだ。
作業が捗らないと困るので、マーレを参加させてみる。
「み、皆さん。召喚モンスターは主の命令に忠実なものです。そして、主はアインズ様! ……り、
気弱な性格なので迫力のある言葉が出て来ない。側で聞いていたアウラが呆れつつも苦笑するのみに留めた。
もし、彼がもっと元気溌剌だったら姉としての威厳が危ぶまれるかも、とちょっと思った。
今の性格だからこそ姉として威張れるのだから、あんまり変わってほしくないなと――
「も、もし這い上がれない場合は、ちゃんと引き上げますから。そこは安心して下さい」
「承知致しました」
「掬い上げた土はどう致しましょう?」
「それは……後で埋めなおす時に使うので……。簡易的な置き場を用意して、運んでください。……そ、それと急場だけど落ち着いて行動してください。あ、あくまで実験ですので」
しっかりと命令を下すマーレ。
小さな身体であるにもかかわらず、仕事をちゃんとこなす姿は姉としてとても誇らしく思う。
あまり大勢の部下を従えるイメージが無かったけれど、同じ階層守護者としてやれば出来る子なんだと――
(……ぶくぶく茶釜様。マーレはしっかり働いています。格好がちょっと台無しになっている気もしますけど……)
そうあれと創造された存在だが、第三者視点からだとやはりおかしなものに映るのかな、と思わないでもない。――それは自分の姿も同様だ。
自分達の服装は戦闘服であり正式な制服でもある、という意識が強い。
これしか無いわけではないけれど、どうにも別の服を着ようという気が起きない。それはマーレも同様のようだった。
(ナザリックの中だけでも……、とおっしゃられていたけれど……。着慣れた服ってなかなか変えられないのよね)
全員がそうだとは言わない。
命令さえあればこだわりは捨てられる。現に何人かはそうだ。
それと大浴場に入る時はちゃんと脱ぐし――
そんな事を考えつつ指定した沼地や落とし穴のような地形の出来栄えを淡々と検査する。
正確無比である必要は無く、自然に出来たような形であればいい。だからこそ
しかし、巨体に合わせたものとなるとちょっとした自然災害のようだ、とアウラは苦笑する。
元に戻すことは決定事項だけど勝手に地形を弄り回すのはよくないような気がした。
特にナザリックの近くは――
(……よく見たら大して埋らないよね。本格的なものはきっと大規模な工事が必要となるんじゃないの?)
地形の当てはあるにはある。ただ、そこまで
転移魔法か、ガルガンチュアに運んでもらう。――としてもどちらも不穏な気配を感じる。
(ちょっと見てみたいかも)
特にガルガンチュアに運ばれる様を。
それには支配者たるアインズの許可が必要だ。そして、そのガルガンチュアは自分と同じ階層守護者でもある。――立場的には。
「穴を掘るのはいいんですが……。このモンスターを我々が引っ張るんですか?」
深さ五メートルはまだ浅いかなと思っているところに質問が投げかけられた。
相対的にも
掘り返した土を三割ほど戻し、水を投入。
かき混ぜるのに適した棒が無かったので、
「……気分は泥遊びかしら? 深すぎても困るし、浅くても……」
アウラが悩んでいる間、マーレが
その後で黒い巨体が出来たての池のような場所に転がるように落ちていく。
あまり勢いが付くと水が一気に流れ出るので、ゆっくり入るように命令する。
これは実際には不測の事態としてはまる事を想定した訓練だ。だが、罠を想定に入れず、まず沼での行動がどんなものか調べる。
「口に泥が入らないように気をつけてね」
「メエエェェ」
と、水に浸かっていない口だけが返事を返した。
もし、賢くない場合であれば遠慮なく身体の口を全て使って返事をしようとして咳き込んだり、ちょっとした被害を周りに撒き散らすところだ。
賢いモンスターである事が幸いし、実にスムーズに事が進んでいる。
「……マーレ。後で良いから身体に水をかけてやって」
「うん」
「あ、いや。ここは
折角出来た部下を使うのも上司の務め。
アウラとしても何でも自分で解決しようとするのは良くないと思った。
高い位階魔法を
泥遊びをさせる意図は無いので――真面目に――沼地にはまった状況を想定して命令を下す。
触手を使えば楽に脱出できるかもしれないが、ここは足だけで色々と動きのチェックを
完全に埋没しないのは分かっているけれど、自力で何処まで出来るのか知っておく事は
「試しに……
「了解しました。……それで……その、あの触手に触れても平気なのですか?」
黒いオーラが漂っているので。
試しにアウラは命令で触手を手元に招き寄せた。そして、それを触ってみる。もちろん、手袋を外して――
特殊な能力が無いとは聞いているが実際に自分で確認した事は無い。頭を叩かれた時も特に問題は無かったけれど。
何でも確認作業は大事だ。アインズからもよく言われている。
(アインズ様の気がかりを軽い気持ちで無視するのは不敬に当たるわよね。……でも、どこかで軽く考えている自分が居るのも事実……。階層守護者としての責任をちゃんと持たなきゃ)
そんなとこを思いつつ自分の手を見る。
黒いオーラが伝播することも気持ち的にも
やはりただの演出なのだろうと予測する。そうでなければ触るなと通知される筈だ。
「……大丈夫みたい。何かあっても治す準備は整えるから。……例え
「了解しました」
彼らは肉体労働に関して優秀で、代わりに頭脳労働は長老任せなところがある。
元々が武闘派の種族だ。頭より身体を動かすほうが生き生きとしている。