あたし真風羽華代。タバコ吸えなきゃ地球滅ぼすんで。何ヒーローって? 勝手に決めんじゃねぇよ死ね死ね死ね 作:やまいこ
物陰から
NO.1ヒーローと名高い『オールマイト』――の本当の姿である。
ヒーローとしての彼は筋肉ムキムキだが、それは『マッスルフォーム』にて世間を
(……しかし、のこのこ出て行ったとしても周りが騒ぐだけだ。それに……今は
――そうなのだが、
そもそもで言えばヘドロの
結果論になってしまうけれど、とオールマイトは事態の成り行きを見守っていた。
その
(しかし、見事な手際だった。何の『個性』かは知らないが……、ヒーローなのか? そうでなければ是非とも雄英に欲しい。他のプロヒーローも勧誘したくてうずうずしているようだ)
素行に問題があろうと正義を愛する者であれば門戸はいくらでも開かれる。
道を間違えた
そうは思ってもオールマイトも現実的な思考でものを考える人間だ。
見物人が多くなり警察も安全確保が難しくなったことに気づいて移動することにした。
爆豪を解放した後、何人かのプローヒーが彼の側に駆け寄ったが上の空のようだった。
それはやはり真風羽の存在が気になったから。
見た感じでは巻き込まれただけで爆豪を助ける気など微塵も無かった。それは理解している。
問題は不可思議な『個性』だ。自分に無い
警官達から引き離れていく真風羽を爆豪は姿が見えなくなるまで見つめていた。それは敵意を向けるためではない。次は自分の力だけで解決してやる、という無言の宣戦布告であった。
警察関係者と真風羽だけになった所でオールマイトがマッスルフォームにて登場する。
筋肉がはちきれんばかりに膨張した文句が付けようがないヒーローとしての姿――
「私が来た」
ポーズを付けつつ警官にアピール。
それだけで安心したのか警官達はオールマイトを快く迎えた。ただ、一緒に居た真風羽は気色悪い登場人物に辟易していた。
肉体美を見せびらかす人間に覚えがあるとはいえ、別に筋肉好きではない。
荒んだ人生を送ってきた真風羽にとって色恋沙汰は未だ無縁であった。
「……あ?」
(怖っ)
真風羽の睨みにさしものオールマイトも言葉に詰まる。それほど今の彼女の顔は恐ろしい形相に見えた。
ただの女子高生である筈なのにここまで憤怒を形作れるものかと。
彼のみならず警官達も息が詰まる思いだった。
「……えーと。とりあえず、
勇気を出して会いに来てみたけれど、真風羽が物凄い怖い顔をしているので口がうまく回らない。
オールマイトをして真風羽は未知の敵で、そう思わせる圧倒的な雰囲気があった。
人を見た目で判断してはいけないのだが実際に目にすると足がすくむほど彼女は恐ろしい気配をまとっていた。
単なる女子高生にここまで相手を畏怖させる力があるものなのか、と。
だが。
それほどの力を悪に向かわせることはプローヒーローであるオールマイトには出来ない。先ほど話していた
世間を賑わせる本物のヒーローに――
それらは結局のところ本人次第だが。
オールマイトとて過剰な期待はしていない。だが、それでも自分はヒーローだ。
世間の期待に応えないわけにはいかない。
「なんだオッサン。あたしに説教垂れに来たのか?」
「……む。そういうわけじゃないけれど……。困っている者を見捨てるほど私も落ちぶれてはいないって話しさ」
軽く話題を切って警官達から詳細な話しを聞いておく。その間、出来る限り真風羽の顔を見ないようにした。何故か今は物凄い怖い顔をしていたので。
誰も居なければ脂汗だけで何キログラム痩せられるか。
とにかく、迂闊な発言は命にかかわりそうだと本能の部分で警告していた。たかが女子高生なのに――
頭ではそう思っていた。
(なんて恐ろしい負のオーラなんだい。可視化されたら辺りが真っ暗になるんじゃないか?)
(腹減ったな……。カツ丼くらい出してくれりゃあいいものをよ)
相手を恐怖に陥れる真風羽も本人としては空腹による不機嫌に過ぎなかった。もちろんタバコが吸えない事も原因の一つではある。
真風羽はとにかく――女子高生の身ではあるが――食欲旺盛で――健康的とは言い難いが――美味いものに目が無い。
こことは違う本来の居場所では『
世間一般で言うところの『ツンデレ』属性を持ち、
――信じられないかもしれないが。
彼女と会話を――無事に――交わせたならばその意外性に驚くこと請け合いである。
ただ、容赦の無さは変わらない。
「……ただ、正直な話し……。君の様な超常の力を持つ者を野放しには出来ない。このままだと逮捕されるおそれがある」
「………」
この世界では『個性』を持つ者は能力を無暗に使用してはいけない、という法律が制定されている。これは『無個性』の一般市民も居るからなのと――
世間に迷惑をかける『
端的に言ってしまえば『個性』を悪用する者達の総称で特定の組織の名称ではない。
他人よりも優勢となる能力を自由に勝手気のままに使いたい人の業ともいえる。
その気持ちは理解できないわけではないが迷惑を被るのは無力な一般市民だ。それゆえに法律で使用を制限している。
迷惑が掛からなければ使ってもいい『個性』は存在する。身近な例えでは建築関係だ。
オールマイトのように
「お互い納得する形を取る上で……、雄英高に体験入学という形で来てみないか?」
「……学校は嫌いなんだけどな」
先ほどの殺意の様な威圧から恥じらいの雰囲気へ。
憤怒から照れに変わった瞬間に場の緊張が解けた。それは目に見えて驚くべき変化であった。
年相応の可憐な華がそこに出現した。信じられない事に誰の目にも真風羽がとても可愛い女の子に見えたのだ。
「話しを聞く限り、君は迷子のようだし……。君が通っていた学校もここには無い」
(私立
「……そうらしいな。なんでなのかは知らねえけど」
「いきなり入学させることはいくら私でも無理だが……。『個性』というものが何なのか理解してからでも遅くはないし、何らかのきっかけになるかもしれない。……それともここで臭い飯でも食うかね?」
いくらプロヒーローとはいえ全ての面倒は見れない。自分に出来る範囲の事しか提示できない。後は本人次第――
多少は無責任になってしまうけれど、それがヒーローとしての常識である。
『個性』は万能ではない。使い方を誤れば警察の厄介にしかならないものだ。
であれば現状を打破するヒントくらいは提示しなければ後味が悪くなる。
――言葉をいくら着飾っても責任転嫁でしかない。主に
寝覚めが悪い、という理由もある。それといつまでも拘束していると何が起きるか分からない。
「行ってもいいが……、条件がある」
ヒーローだの個性だの言われていたがさっぱり理解できない。誰か教えてくれるのであれば願ったりである。しかし、それだけでは満足できないのもまた悩ましい処だ。
一つは食事。主に衣食住の問題。
もう一つはタバコである。これが満たされないと話しが進まない。
場合によれば平和的な会話をしなければならなくなる。
「常識の範囲で頼むよ」
「あたしはタバコが好きな女子高生だ。それが無ければ誰か殺っちまいそうになるほどに……」
(た、タバコ!? それはさすがの私でも駄目だと……)
「銘柄は特に指定しない。あんたらの言う個性? それで量産してくれればいい。要は……タバコさえ吸えればいい。無ければ作れ。それが条件だ」
上目遣いで真風羽は言った。
ニタァと邪悪な擬音が聞こえそうな不気味な笑みを浮かべて。
側に警官が居るのにもかかわらず、この条件を提示してきた度胸はオールマイトといえどもたじろぐ程――
彼女はいったい何者なのか、
名も知らぬ一般人を救った謎の女子高生がただの素行不良を理由に――
問題なのは警官達の目の前でタバコを吸った現行犯ではない。ただの要望だ。それだけでは逮捕に足りえない。
それと
「……難しい事を……」
「既製品を持ってこい、という条件なら難しいだろうな。側にポリが居るわけだし。で? それを分かった上で頼んでいるあたしの条件をおっさんは満たせないわけ? 何しに来たんだ? 自慢? 悪いけど、筋肉に用は無いんだけど」
平然と
口の利き方が悪いだけで逮捕は出来ない。暴力も振るっていない。
真風羽はただその場に立ち尽くし、自分の要望を言っているだけだ。
ただそれだけの相手に対して何もできない。
(ホントに何しに来たんだか……。この子の言うとおりだ)
『個性』でタバコをどうにかする能力に覚えは無い。けれども何らかの条件を満たすことは――おそらく――可能だ。
それはそれで色々と問題があるけれど、悪の道に進ませない為であれば多少の問題は呑まなければならない。
まだ金銭の要求の方が楽だったのでは、と思わせる。
「期待に応えられない場合がある」
(本当なら期待に応えられると自信を持って言わなければならないところだ。だが、内容が内容だ。いくら私でも出来ない事はある。しかし、タバコとは……。この子はどういう育ち方をしたんだろうか)
「あたしも見知らぬ土地で困っていたところだ。衣食住もついでに叶えてくれると助かる」
「そっちをメインにしてくれよ」
「はっ? あたしにとってタバコこそが一番だ。それは譲れねえな」
オールマイトに怯まない真風羽。それは彼女が彼の事を全く知らない人間である証拠。
警官達の目には信じられない小さなモンスターに映り、始終口をパクパクと動かすのみだ。
普段であれば目上の存在に対する態度を改めるように説教をしているところだ。それが出来ないのは真風羽の言い知れない邪悪なオーラのせいか。
オールマイトという全身筋肉で出来たような人物は勢いで高校名を出してしまった事に後で悔やむことになった。彼は個人事務所を持っていなかった。それと自分も赴任予定だったので、つい――
通常であれば事務所への勧誘だけで責任は随分と小さくなる。
(……しかし、タバコをどうしても譲らない女の子なんて初めてだ。健康面からも道徳的にも許されない気がするんだが……)
場を早く治めなければならない焦りか、冷静な判断力があれば余計な失態を演じずにいられたのだが、既に後の祭りである。
要望を検討すると答えただけで真風羽が
暴れられるよりはマシなのだが、どうにも不安が拭えない。それは多くの悪人と接してきた経験則から来る危機意識か。
元々事情聴取と言っても真風羽の個人情報以外は既に済んでいる。後は彼女の振る舞いだけだった。それに未知の『個性』にも興味があった。
少なくとも流動する肉体を持つ凶悪な
真風羽を目的の高校に案内することにした。
正直な話し、入学は方便で事態の沈静化こそが目的だ。後の事は他の知恵者に任せたいとオールマイトなりの目的があった。
「それでデンジャラスガール。君の名前はなんというんだ? 私はオールマイトと呼ばれている。ヒーローは通り名で活動するものだから本名は基本的に名乗らない」
多少の見物人の視線を受けつつ雄英高校に向けて歩き出した時の事である。
名前自体はこっそりと聞いていたが改めて聞くことにした。ついでに自分の宣伝も兼ねて。それと自分の失態は恥ずかしいので聞かれない限り言わない事にしておいた。
(私は世間が思っているよりもシャイなのだよ。だが、嘘をつくことと隠すことは違うからね)
「真風羽華代」
(マジバカよ? 酷い名前だ。昨今
区切りを間違えれば確かにそう聞こえても不思議は無い。
ヒーローネームもキラキラネームに近いので名前についての言及は避けた。
高校に案内する以外の選択について――彼女の自宅住所が存在しない以上放置も出来ない。それゆえに
聞けばキャッシュレス。端末に記された個人情報も当てにならない。更にネットにも繋げる事が出来ない。
出来る事はせいぜい充電くらいだ。こちらは規格が違うという事は無かった。だが、使えないのは変わらない。
家出というわけではなく、どういう訳か宿無しとなった真風羽に独居房を与えるわけにはいかない。人助けした人間なら尚の事。
数か月後に雄英高校は入試を控えている。だが、真風羽を本気で入学させる所までは考えていない。
何らかの線引きが必要なので本人の意思次第ではひっそりと退場してもらうつもりだった。
(大人の世界は醜く汚いものだ。ヒーローとて例外ではない。……だけど、磨けば光るものを持っているならば大人はそれを後押ししなければ格好悪いじゃないか)
人伝に聞いた程度だが、真風羽が邪悪な人間であることは理解した。そんな危険人物を野放しにするよりは多くの事を学べる場所に放り込んだ方が得策ではないかと考えた。
けれどもプロヒーローは忙しい。ずっと彼女につきっきりで居る事は出来ない。
(しかし急に大人しくなったな。……いや、物凄く腹の音が鳴っている。早く何か食べさせないと危険だ、という信号かもしれない)
空腹だから大人しくしている。そう感じたオールマイトは買い物帰りだった事もあり、手持ちの飲み物を一つ与えた。
高校の食堂には学食があるから、それまで我慢してもらうことを告げておく。
「………」
見知らぬ世界――土地かは分からないけれど、真風羽はタバコが吸えない事ばかりが頭の中にあり、食べ物は二番目くらいだった。それゆえかあまり状況に対して不安を抱いていない。
ただでさえ
満たされない日常というものがあり、充実感すら記憶の彼方。
では今はどうなのか――
賑やかさでは前の世界とそれほど変わらないが、
(……買い物とかできないし、寝泊りもどうしようか。ポリの厄介になるのはめんでえ)
極端な不安は無いけれど極端な苛立ちが無い分、まだましだと思った。
側に居る筋肉の塊については興味が無かったので未だに話しかけていない。
会話らしいものも無く、案内されるまま辿り着いたのは学校だ。それも規模の大きい――
「ここが雄英高校だ。一度入れば勝手に外出は出来ないけれど過ごす分には快適だと思う。それで君はこのまま引き返すか、それともヒーローへの道を目指すか。それ以外か……」
「……寝泊りするだけじゃねえのか?」
「それはあくまで君の自宅が判明するまでの間だ。この学校についての知識は?」
「無い」
この地域ではかなり有名な筈なのに、とオールマイトは首を傾げる。
ヒーローについても知らなさそうな人間に出会ったことが無いので、どう答えればいいのか分からない。
だが、なし崩し的に連れてきてしまった以上は最低限の情報を提供しなければ、という思いがある。
いきなり教室に案内することはせず、校長室に向かうことにした。