「おい黒歌!その肉は俺っちのだろうが!」
「ふふふ、甘いにゃん、甘々だにゃんフリード!この世の中は弱肉強食!それは鍋でも変わらないわ!」
「あらあら、二人ともそんなに焦らなくてもまだまだ沢山ありますわよ」
現在、アレイスター家兼ブラックロッジアジト(50L3D2K)は夕食の真っ最中であった。基本的に各員それぞれなんらかの任務があり全員が集まることは少ないのだが、本日は珍しく一人も掛けずに仲良くもつ鍋を突ついている。ここだけ見ればまるで休日の家族の団欒の様に感じるだろう。
フリードと黒歌は激しい肉の争奪戦をしていて朱乃は鍋を取り仕切る鍋奉行役だ。エセルドレーダは黙々とアレイスターの分をよそる専属給仕と化している。アレイスターはエセルドレーダから器を受け取りながらそれを楽しそうに眺めていた。
「フリードよ、貴公がここにいるということは堕天使が動き出したのであろう?それはどうなっている」
唐突にアレイスターが口を開く。現在のフリードの任務は堕天使陣営へのスパイであり本来ならばここに居ないはずだった。黒歌と肉争奪戦をしつつもフリードはアレイスターへと報告を始める。
「そっすね~、あいつ等この町で何かやるっぽいっす。まぁ下っ端の暴走みたいなんでアザゼルは関わってないですね。あ!あと例の赤龍帝の子に手を出そうとしてるみたいっす。赤龍帝だっつーことは分かってないんですけどね」
「ふむ、フリードは引き続き任務をこなせ。黒歌、禍の団のほうはどうなっている?」
フリードの報告によれば近いうちに面白い事が起こるようだ。赤龍帝にもなんらかの変化が起こるだろう。アレイスターは僅かに口角をあげ、日本酒を呷る。そのスッキリとした辛口な味わいを楽しみながら一息ついた後、今度は黒歌へと報告を促した。
「う~ん、こっちはまだあんまり動きがないにゃ。いろんな派閥に分かれてるから纏まりがないし…… どいつもこいつもオーフィスの力が目当てなのよ」
「そう、我いっぱい蛇渡したのに誰もグレートレッド倒してくれない」
「にゃ⁉」
黒歌は突然聞こえた此処にいるはずのない人物の声が聞こえたため椅子から転げ落ちた。気がつけば一人の少女が椅子に座っていた。まだ幼い、外見はエセルドレーダと同じくらいにも関わらず物凄い勢いでもつ鍋を食べている。
「な、な、な、なんでオーフィスが此処にいるにゃん!!!」
「我、黒歌について来た」
オーフィスの言葉に黒歌はヘニャっと座り込む。心なしか猫耳もへたれていた。
「なんだ知らなかったのか。余はてっきり黒歌が連れて来たのかと思っていたぞ」
「俺っちもボスがなんも言わないからそうだと思ってたわ」
「ぐぬぬ…… 不覚だったにゃん……」
どうやら黒歌以外はその存在に皆気づいているようであった。ただあまりにオーフィスが自然であったため誰も突っ込まなかったのだ。
「して、今日は何用で参った、無限の龍神よ」
「我、アレイスターにグレートレッド倒すの手伝って欲しい。聖書の神を殺したあれならば我とグレートレッドも容易く滅ぼせる」
「何度も言うがそれは断らせてもらう」
アレイスターがはぐれ悪魔に成ってからこうしてオーフィスは度々アレイスターに助力を求めてきた。しかし、アレイスターはそれを断り続けている。
「余はな、もともと貴公の事はあまり好いてはおらん。余は無限という物が嫌いなのだ。それこそ憎いほどにな。それは無限であろうと夢幻であろうと変わらん」
オーフィスは無限の龍神。かつて邪神に囚われ無限回廊に縛られていたアレイスターにとって当然好ましい物ではなかった。
「そう、でも今日は対価を持ってきた。アレイスターの組織、対価次第では手伝ってくれるって前言ってた」
「ほう、言ってみるがいい」
確かに以前、アレイスターはあまりのオーフィスのしつこさに思わずそう言った記憶があった。
無限の龍神が払う対価。自信満々なオーフィスを見ていると少しばかり興味が湧いてきた。
「アレイスターがグレートレッド倒してくれたら我の事好きにしていい。それこそぐっちょんぐっちょんのねっちょんねっちょんにしてくれてもいい」
『は?』
場にいる誰もが思わず声を出す。オーフィスの爆弾発言に場が凍った。オーフィスはアレイスターがグレートレッドを倒した暁には自らを差し出すというのだ。誰も予想だにしなかった発言に皆、空いた口が塞がらない。
「なぜその様な事を思いついた?」
代表してアレイスターがオーフィスにそう聞き返す。オーフィス自身は非常に無垢な存在であるためまさかその様な事を思いつくとは思わなかったのだ。そもそもオーフィスが自分の言ったことを理解しているかさえ怪しかった。
「ん」
オーフィスがある方向を指差した。皆、一斉にその方角を見る。するとそこに居たのはオーフィスとそう変わらない少女、エセルドレーダだった。
「アレイスターはロリコンだって言ってた。我やエセルドレーダみたいなのが好きだって」
先程の比ではない沈黙が場を支配した。瞬き一つする事が出来ない。まるで時間停止の魔術が発動したような感覚だ。しかしただ一人だけ、そう見ただけで分かるくらいに怒りを浮かべている人物がいた。
「オーフィス、貴方にそれを教えたのは誰かしら?」
「黒歌」
「にゃ⁉」
あまりのエセルドレーダの形相に速攻で自白するオーフィス。その冷や汗を流す姿は誰が見ても無限の龍神とは思わないだろう。
その一方で黒歌はこの世の終わりのような表情を浮かべている。
「ごごご誤解にゃ! ただボスが私の誘いに乗ってこなかったからそうなのかな~って……」
「マスターが貴方に手を出さないのは貴方にその価値がないからよこの駄猫!!! 問答無用、お仕置きよ!!!」
「ぎにゃぁぁぁぁぁぁ!!!」
エセルドレーダの魔術が雨あられの様に黒歌に炸裂する。
「そんな⁉ご主人さま!私の様な育った女は眼中にないと⁉」
「それは違うぞ朱乃。余はロリが好きなのではない。好きになった女がロリだったのだ」
「それならば私にもチャンスがあるのですね!」
「ふふ、余が欲しいと思うような女になる様に励む事だな」
「よ!さすがボス!」
エセルドレーダは黒焦げになった黒歌へと更に執拗に追撃を加え、オーフィスはアレイスターにしがみつきながら涙目でプルプルと震えている。朱乃は何やら決意を新たにして燃えている様だ。フリードは謎の忠誠心からアレイスターの言葉に感動している。一言でいえばカオス空間が広がっていた。
この騒ぎは夜遅くまで続くのだった。
♢
夜の町を一人の少年が必死の形相で疾走している。そのスピードはオリンピック選手さえも凌駕しているかもしれない。
「糞!なんでこんな事になったんだよ!」
少年、兵藤一誠はそう悪態をつく。ここの所イッセーの身には不可解な事ばかりが起きていた。朝に異常に弱くなる、今のように夜に身体能力が極端に増加する、そして極めつけはーーつい先日できた彼女に殺される夢だ。その次の日から彼女の存在は忽然と消えた。携帯からはメールアドレスが消え、友人達は誰一人としてそれを覚えている者はいなかった。
「なんだ?鬼ごっこはもう終わりか?」
「ひっ!」
イッセーの目の前を空から降りてきた男が遮る。
今日は連日の不思議な現象に疲労していたイッセーを見兼ねた友人達が開いてくれたAV鑑賞会だった。その帰り道、突如として羽の生えた男に襲われたのだ。羽なんて物が生えている時点で明らかに普通じゃない。イッセーは必死に逃げようとするが、相手は空を飛ぶことが出来る。そのスピード差は歴然でありその結果が今の目の前の光景であった。
「その困惑した様子…… 貴様まさかはぐれか?」
目の前の男がなにやらボソボソ喋っているがなんの事かイッセーは全く理解する事ができない。体力は既に尽き、膝は震えていてもう逃げれそうになかった。
「はぐれなら殺してしまっても問題ないだろう。些細なことで計画が狂っても困るしな」
そう言うと男の手に光の槍が現れる。それを見た瞬間、イッセーは猛烈な悪寒に襲われた。光の槍がとてつも無く危険であることが自然と理解できる。それにイッセーにはその槍に見覚えがあった。件の彼女が夢の中で自分の事を刺し殺した槍と一緒だ。そういえば夕麻ちゃんもこの男と同じ翼が生えていた気がする、そんな事をイッセーが考えていると男が槍を投げた。上がった身体能力のおかげか目で槍を捉える事は出来るが、一高校生でしかないイッセーは槍自体をよける事はできない。
「ぐ……あぁぁ……」
イッセーの腹に槍が突き刺さり、尋常ではない痛みが全身を襲う。たまらずイッセーは膝をついた。明らかに普通ではない痛みだ。同じように包丁で刺されてもこれほどの痛みはないだろうと思えるほどの痛みであった。
「痛いか?痛いであろう。お前たち悪魔にとって光は猛毒だからな。しかし、意外と頑丈だな。一撃で死ぬと思ったのだが」
男は再び手に光の槍を出現させる。マズイっ!と思うがあまりの激痛に身体が動かず逃げる事が出来ない。
「それでは今度こそさよならだ」
「それは少し待ってもらおうか」
「あ……せん……ぱい……」
男が槍を投げようとした瞬間、特徴的な声と共に見慣れた先輩が現れた。神出鬼没な人だがまさかこの場所にまで現れるとは思っても見なかった、朦朧とする意識の中でイッセーはそう思った。
「なんだ貴様、人間か?」
「生憎だが、まだ物語はプロローグさえ終わっていない。ここで兵藤一誠を死なせるわけにはいかないのだ」
「意味の分からない事を…… 邪魔をするならば貴様からだ」
男がアレイスターへと槍を投げる。それをみてアレイスターは心底つまらなそうに呟いた。
「このまま逃げるのならば見逃したが…… 敵対するのならしょうがない。ン・カイの闇よ」
アレイスターの手から黒い重力球が発射された。ン・カイの闇ーーそれはかつて宇宙の爆発さえも耐えるデモンベインの装甲を容易く削り取った魔術だ。
重力球は簡単に光の槍を飲み込み、そのまま男を消滅させた。断末魔を上げることさえ出来ない、あまりにも呆気ない最後だった。
「無事か?兵藤一誠よ」
「は……はい……」
「ふむ、どうやら喋るだけの元気はある様だ」
イッセーはなにが起きているのか全く分からなかったが見知った人物に声を掛けられ少しばかり落ち着く事ができた。ただ落ち着くと今度はまた腹の痛みにのたうちまわる事になる。
「無様な様だがまぁそれはしょうがないか。しかし、かなり豪快に穴が空いているな。見せてみろ」
アレイスターがイッセーに手を伸ばした瞬間、
「その子に触らないで!!!」
「おっと」
アレイスターの目の前を消滅の魔力を帯びた魔力弾が通り過ぎる。
「いやはや懐かしい物を見せてもらった。こんばんわ、グレモリー家の姫よ」
紅い髪の少女がイッセーをかばう様にアレイスターの前に立ち塞がった。その目は厳しくアレイスターの事を睨みつけている。
「貴方…… まさか同じ学年のクロウ君?一体その子に何をしたのかしら」
「勘違いして貰っては困る。余は兵藤一誠を助けてやったのだよ」
アレイスターは紅髪の少女、リアス・グレモリーに先程の堕天使の羽を見せつける。リアスはそれを見て驚いたように声を上げた。
「ちょっとまって!貴方が堕天使を倒したって言うの?!」
「そうだと言っている。さて、もう夜も遅い。余はこれで帰らせてもらうぞ」
「ちょ、ちょっと待ちなさい!」
「余にかまっていて良いのか?兵藤一誠が死ぬぞ?」
「あ~もう!明日学校で詳しく聞かせて貰うわよ!」
今にも死にそうなイッセーをみて重要度がどちらか高いか判断したリアスはアレイスターを引き止めるのを諦めイッセーへと駆け寄った。
「ふふ、ようやく時代が動き始める。ヒーローとヒロインが出会う、典型的なボーイ・ミーツ・ガールだが……王道だからこそ面白い。兵藤一誠はまだまだ弱いがやはりヒーローというものはそうで無くてはならん」
夜の町を一人、アレイスターが歩く。
「奴がこれから何処まで成長するか…… 奴には大十字九郎と似た雰囲気を感じる。できれば大十字九郎のように余の所まで登ってきて欲しいものだ」
アレイスターはこれからを想像し笑いながら消えて行くのだった。