「二度と教会に近づいちゃ駄目よ」
イッセーが金髪美少女シスターと知り合ったその日の夜。リアスは真剣な顔をしながら、強くイッセーに念を押していた。
「私たち悪魔にとって教会は敵地。踏み込めばそれだけで神側と悪魔側の間で問題になるわ。いつ光の槍が飛んできてもおかしくなかったのよ?」
「そ、そんなにですか!」
イッセーはリアスの言葉に身体を震わせる。確かに教会に近づいた時、悪寒が走るのを感じた。やはりそのまま入らなくて正解だったのだ。あの光の槍を食らうなんて二度とゴメンである。絶対に教会には近づかないようにしよう。イッセーは固くそう心に誓うのだった。
「教会の関係者にも近づいては駄目よ。特に『悪魔祓い』は我々の仇敵。もし神の祝福を受けた悪魔祓いに滅ぼされたら完全に消滅する。────無。完全なる無よそれがどういう事か分かる?」
「無……ですか」
イッセーはかつて堕天使に光の槍で刺された時に感じた感覚を思い出す。単純に死ぬのとは違う。耐え難い激痛と共に自分という存在が消えてゆくのを感じた。今思い出してもゾッとする。あれが無になるということなのだろう。
「ちょっと怖がらせ過ぎたかしら?とにかく、そういう訳だから今度からは気をつけてね?」
「あらあら。お説教はすみましたか?」
「おわっ!」
突如、背後から話しかけられたイッセーは驚き変な声がでる。
「あら?朱乃。どうかしたの?」
「討伐の依頼が大公から届きました」
♢
────はぐれ悪魔。主を殺し逃げ出した者。自らの力を使い暴れまわる者。それ等を総称してはぐれ悪魔と呼ぶのだ。
基本的にはぐれ悪魔は害となる。従って見つけ次第、元主か他の悪魔が消滅させる事となっているのだ。それが悪魔のルールである。それは他の勢力でも同じ事で、天使、堕天使達もはぐれ悪魔を見つけ次第殺すようにしている。
また、はぐれ悪魔には懸賞金がかけられる事が多い。実はブラックロッジの主な収入源ははぐれ悪魔討伐なのである。はぐれ最強のアレイスターの組織がそんな事をするのは可笑しく思うかもしれないが、これがなかなかどうして良い金額になるのだ。
今回、リアス達の元へと届いた依頼もそういった類の物であった。
「…………血の臭い」
小猫がそう呟き、制服の袖で鼻を覆う。
時間は既に深夜。周囲には背の高い木が生い茂り、遠目には廃屋となっている建物が見える。そこをリアス達一行は歩いていた。
「イッセー、良い機会だから悪魔としての戦いを経験しなさい」
「えぇ!お、俺なんか戦力にならないですよ!」
「まぁ、それはそうだろう」
「えぇ、そうね。ってアレイ?!貴方なんでここにいるのよ!」
リアスが驚き声を上げる。何時の間にかアレイスターが一行の中にしれっと混じっていたのだ。
「何だ?余もオカルト研究部に籍を置くのだ。ここにいても何らおかしな事はないだろう。それともあれか?余だけ仲間外れにしようというのか?あぁ、何という悲劇!余は悲しいぞ」
「あぁもう!分かったわよ!もう何も言わないから変な事だけはしないで頂戴!」
「そう怒るな、リアス・グレモリー。短気は損気というだろう?」
リアスもアレイスターにかかれば何時もの調子を崩されてしまう。思わず頭痛を感じずにはいられないリアスであった。
「さて、そうこうしているうちに獲物が向こうからやってきた様だ」
アレイスターがそういった瞬間、全員が身構えた。初心者のイッセーでも分かるくらいの濃い殺気や敵意が徐々に近づいて来ていたのだ。イッセーはゴクリと唾を飲む。悪魔としての始めての戦い。心強い仲間はいるものの、やはり緊張するなというのは無理がある。
「不味そうな臭いがするぞ?でも美味そうな臭いもするぞ?甘いのかな?苦いのかな?」
ケタケタと笑い声を上げながら現れたのは異形の存在。上半身は裸の女性、下半身は巨大な獣。両手には一本ずつ槍を構えている。何種類もの動物を掛け合わせたキメラなのだろうか?その醜悪な姿はイッセーが今まで想像していた悪魔通りの姿であった。
「はぐれ悪魔バイサー!大公の命により貴方を消滅しに来たわ!」
「小賢しい小娘ごときが!その紅の髪のように、お前の身体を鮮血でそめあげてくれるわ!」
「雑魚ほど良く吠えるのものね!祐斗!」
「はっ!」
リアスの声に従い、今まで側に控えていた木場が物凄いスピードで飛び出した。今のイッセーではその姿を捉えるのもやっとだ。
「さて、それじゃあイッセー。今から駒の特性について説明するわ。悪魔の駒とその役割は前に説明したから覚えてるわよね?」
「は、はい」
悪魔の駒。それはかつての大戦で多くの純血悪魔を失った為に考案された道具である。これを用いて他の種族を悪魔へと転生され下僕とするのだ。
純血悪魔は出生率が低い。悪魔の駒は悪魔の数を増やす為の苦肉の策であった。そうして大戦後は悪魔の数を増やしてきたのだ。
「よろしい。悪魔の駒には実際のチェスの様に特性があるわ。祐斗の役割は『騎士』、特性はスピード。見なさい」
イッセーはリアスに促されるまま木場の方を見る。木場のスピードはどんどん上がってそろそろイッセーの目には捉えられなくなりそうだ。
「す、すげぇ……」
「ふふ、驚いたかしら?でも祐斗の真骨頂はまだまだこれからよ」
イッセーは木場のスピードに思わず感嘆の声を漏らす。バイサーは必死に腕を振るっているがその攻撃は木場に擦りもしない。
すると次の瞬間、木場が一瞬止まった。手には幅広の西洋剣が握られている。それを鞘から抜き放ち、再び木場はバイサーへと切りかかった。
「はぁぁぁぁぁぁ!!!『つまらん』へ?」
木場の振るう白刃がバイサーを捉えたと誰もが思った瞬間、バイサーが爆ぜた。文字通り身体の内側からパンッ!という音を立て破裂したのだ。当然バイサーは即死。皆、突然の出来事に理解力が追いついていないのか呆然としている。
「おっと、すまない。もう少し楽しめるものかと思っていたのだが…… 予想以上の小物だったのでな。つい手を出してしまった」
「…………一体何をしたのかしら?」
リアスは顔をしかめながら問う。
相手が急に爆発する、というのはリアスにも心当たりがある。だが、内側から爆発するなど聞いた事もなかった。
バイサーの身体はいたる所に飛び散っている。見るも無残な光景だ。イッセーなどは気分を悪くして吐きそうになっている。
「単純なことだよ。相手の全身の血を魔力で操作。後はそのまま内側からボンッ!だ」
「ッ!そんな簡単に……」
まさか。リアスは思わずそう言いそうになるのを我慢する。
そもそもとして魔力のある生物の血というのはその生物自身の潤沢な魔力が含まれている。それに干渉して操作するなど一体どれだけの高等技術を必要とするのだろうか。それはリアスの兄であり、テクニックタイプのサーゼクスでさえ不可能な芸当であろう。
それを目の前の男は何の気なしにやってのけたのだ。その事実にリアスは戦慄する。
「変な事はしないでって言ったわよね?どうしてくれるの。これからバイサーを使ってイッセーに悪魔の駒について説明しようとしてたのに」
「何と。それはすまない事をした」
全く悪びれた様子の無いアレイスターにリアスは再び頭が痛くなるのを感じた。
「はぁ。こうなった以上はしょうがないわ。イッセー、帰ったら座学でのお勉強よ。文句はアレイに言いなさい」
えーっ!っとイッセーが嫌そうに声を上げた。かと言ってイッセーがアレイスターに文句など言えるはずもない。
こうして、イッセーの悪魔としての初めての実践はグダグダのまま終わりを告げたのであった。
♢
「はぁ……出世の道は遠いなぁ」
結局あの後、イッセーは部室に戻ってから悪魔の駒についての説明を受けた。そこで、自分の駒は『兵士』だと言うことを告げられたのだ。
兵士はチェスの中では一番の下っ端。将棋でいう歩だ。出世の道はそう甘くは無いということなのだろう。
「いつまでもウジウジしてても仕方ないか。一歩ずつ進むしか無いもんな。よし!先ずは契約取りだ。今日こそは契約を結んで見せるぞ!」
イッセーは自分に気合を入れ直し、依頼人の家のインターホンを押そうとした。そこで、ふとある事に気づく。玄関扉が開いているのだ。こんな深夜に扉が開いているというのは不自然極まりない。嫌な予感を感じたイッセーは恐る恐る空いた扉から家へと侵入した。
「うっ!」
リビングへと入ったイッセーの目に飛び込んできたのは貼り付けとなった男性の死体。この人物が依頼人だったのだろうか?血は滴り落ちて血溜まりとなっていて、太い釘により壁に貼り付けられている。この前、バイサーの惨状を見ていなかったら恐らくイッセーは吐いていただろう。
「なんだ…… なんだよこれ!」
「『悪魔に与する者には等しく死を』ってね」
突然聞こえていた声の方を振り返ってみれば、そこにはゴスロリを着た一人の……
「堕天使!?どうしてもここに!?」
「どうしてもこうしてもないっつーの!偶々通りかかったら悪魔を呼ぼうとしてる人間を見つけたから殺しただけだし。まぁでもラッキーだったかな?こんな所でレイナーレ様が殺し損ねた雑魚を見つけたんだからさぁ!」
「ッ!」
目の前のゴスロリ堕天使が光の槍を作り出す。やはり何度見てもなれる事は無いのか、またイッセーは悪寒を感じた。
「お、お前がこの人を殺したのか!?」
「はぁ?あんた馬鹿?さっきからそう言ってんじゃん。あ、もしかしてそんな事も理解出来ない程の低脳ゴミ屑野郎なんですか?ギャハハ!まぁでも関係ないよね。あんたはここで死ぬんだからさぁ!」
そういうや否や堕天使は槍を振りかぶりイッセーへと突撃してきた。
最近はこんな事ばかりだと内心悪態をつきながらも必死にどう対処しようか考えていた時、
「やめてください!」
「んっんー、こいつは面白い事になってるじゃないの」
「あ、アーシア! ……と誰だ?」
イッセーが聞き覚えのある声をする方へと視線を移してみればそこには見覚えのある金髪シスター、アーシアと一人の白髪の神父の姿があった。