部屋に入ると魔王ルシファーが椅子に座りアレイスターのことを待ち構えていた。横には秘書であろうか?一人の悪魔が立っている。
「よう、こうやって会うのは始めてだな。俺が魔王ルシファーだ。いきなりだが何で呼ばれたかは分かってるよな?」
「ああ、大方今日の模擬戦の事であろう」
「貴様!魔王に対してなんたる口の利き方だ!これだから平民は!」
秘書が無礼だと絶叫する。どうやらこの悪魔は典型的な選民思考の持ち主である様だ。それを聞いたアレイスターは鬱陶しそうに秘書の方に目を向けた。
「今は余と魔王との会合である。部外者は黙っていてもらおうか」
「っ‼」
アレイスターと秘書の目が合う。ただそれだけでまるで心臓を握り潰された様な感覚が秘書の全身を襲った。身体は動かず、呼吸もできず、一言も言葉を発する事が出来ない。まるでアレイスターに全てを支配されているようであった。
「そこらへんにしといてくれないか?」
「貴重な語らいを外野に邪魔されたくないのでな。なに、特に害はない。少々静かにしてもらっただけだ」
見兼ねたルシファーが秘書の解放を求めるがアレイスターはそれに取り合わない。ルシファーも害が無いのならば、と納得する。どうやらルシファーも余計な邪魔をされたくないと考えていた様子だ。秘書が絶望の表情でルシファーのことを見ているが二人はこれを華麗にスルーする。
「ちょいとばかしヤンチャをし過ぎたらしいな?」
「どうやら余と他の者との感覚がずれていたらしくてな。他の者からしたらやり過ぎであったらしい」
ルシファーはアレイスターの言葉に苦笑する。
「あの後あるクラスメイトにたしなめられてな。次からは気をつけよう」
「いや、分かっているなら良いんだ。相手も多少非があるとも聞いてるしな。ただお前さんは貴族達にはよく思われていない。おそらくそれはこれからも変わる事はないだろう」
俺が無理矢理お前さんを入学されたせいでもあるんだけどな、とルシファーが付け加えた。
「有象無象がどうしようが余には関係がないな。所詮弱者の遠吠えよ」
「ははっ、そうか。お前さんがそう言うなら俺からは何も言わんさ」
ルシファーはアレイスターの言葉を聞いて笑う。アレイスターの言葉には絶対的な自信と有無を言わさぬ凄みがあった。
それからはたわいの無い会話が続く。父エドガーのこと、魔術のこと、etc etc
それ等はアレイスターにとって久方ぶりに満足のいく会話であった。
♢
「それではそろそろ余は失礼するとしよう」
「そうか。アレイスター、まだ学院は始まったばかり。俺はこの学院の長としてお前が有意義な時間を過ごすことを願ってるよ」
魔王との会合が終わりアレイスターは学院長室から退出する。その瞬間今までピクリとも動かなかった秘書が崩れ落ちた。
「おーい、大丈夫かー?」
ルシファーが秘書に安否の確認をするが当の秘書は体内に酸素をいれることに必死で返答する事が出来ない。
「あーあー、こりゃダメだな。しっかしエドガーから聞いてたがありゃとんでも無いガキだわ」
ルシファーは悪魔の中で最も強いという自負があった。しかし今日、それは間違いだという事を認識させられた。あれには逆立ちしてもかないそうにない。
願わくばアレイスターが悪魔の敵にならんことを、ルシファーはそう思いながら椅子に深くもたれ掛かり酷く凝り固まった身体を伸ばすのであった。
♢
それから一ヶ月、アレイスターを見下すような目をするものは誰もいなくなっていた。皆、アレイスターを恐れているのだ。無理もない、誰だって四肢を切断されたり串刺しになんかなりたく無いのだ。あれから模擬戦も数回行われたがアレイスターの相手に選ばれた者は皆、頼むからアレイスターの相手だけは勘弁してくれと教師へ泣きついていた。
その結果アレイスターへと話し掛ける者はファルビウム、サーゼクス、そしてサーゼクスの友であるらしいアジュカ・アスタロトの三人のみとなっていた。もとよりその様な事を気にしないアレイスターは毎日授業を受け、新たな魔術の知識を得る為に図書館にこもるという日々を繰り返していた。
そして本日もまた授業が終わり図書室へと向かう途中であった。
いつも通り魔術書を手に取り席に座る。ほとんどの貴族の悪魔達というものは自らの生まれ持った力に酔いしれ努力をするという考えを持っていない。なので図書室を他に利用する者などおらずいつもアレイスターの独占状態であった。(もちろんアレイスターに近づきたがるものが居ないというのも理由の一つではあるが)
しばらく読み進めていると扉が開く音が聞こえた。目線をそちらの方へと向けると目を涙で赤く腫らした一人の少女が目に入る。なにやら右手にボロボロの本の様な物を持っているようだ。少女もアレイスターの存在に気付き一瞬驚いた様な顔をするがアレイスターから最も遠い椅子へと座るとまた泣き始める。
少女の容姿は紛れもなく美少女であった。普通の男であったのなら間違いなくその少女の事を慰めたりしていただろう。しかし今ここにいるのは大導師マスターテリオンである。エセルドレーダなら話は別だが、見ず知らずの少女の事など気に掛けるぐらいなら魔道書を読み進める事を優先する男だ。
図書室にはアレイスターの本を捲る音と少女の嗚咽のみが響き渡っていた。
(あの少女はいささか読書の邪魔であるな)
(ならばあの小娘の存在を排除いたしますマスター)
(エセルドレーダ、すぐそうやって物騒な手段に出るでない)
少女の事を排除しようとするエセルドレーダに若干の頭痛を感じる。人型になれないことによってストレスが溜まっているのだろうか。アレイスターはこの世界に生まれてからエセルドレーダは少々好戦的になっている気がした。
「そこの少女よ、そう貴公だ。貴公しか居ないであろう」
少女は始め自分が呼ばれていると気づかなかったのか辺りを見回す。その顔はいまだ涙でぐしゃぐしゃになっていた。
「貴公は何故そんなに泣いているのだ。正直読書の迷惑なのだが」
「っ‼」
アレイスターの辛辣な言葉にまた少女は泣きそうになる。
その時アレイスターの目に少女が大事そうに抱えているボロボロの本が目に入った。
「何だそのゴミのようなものは?」
「ご、ごみじゃない!」
少女が始めて声を荒げた。正直誰が見てもゴミにしか見えないが少女にとっては大事な物なのであろう。
「それが直ったらここを出て行くと言うのなら余がそれを直してやろう」
「え?本当⁉」
アレイスターの言葉に少女が顔が明るくなる。
アレイスターが頷き指を鳴らす。するとまるでビデオの逆再生のように本が元の姿に戻り始めた。時間にしてわずか数秒。どう見てもゴミだったそれはまるで買ってきたばかりの新品と遜色ない姿になっていた。
「嘘……本当に戻っちゃった……」
少女は目の前の事が信じられないのか目を丸くしている。
「ふむ、何だこれは?」
「あっ!ダメ!」
アレイスターが復元された本を手にとった。少女は慌ててそれを止めようとするが既に本はアレイスターの手の中にある。少女の顔が再び絶望感に見舞われる。その本の表紙には小さな女の子が豪華な服を着てなにやらステッキの様な物を持っている絵が書かれていた。タイトルは魔法少女リリカルさたん、と書かれている。
「これは何だ?」
「えっ!あの……」
アレイスターの知識の中にはこれに該当するものがなかった。単純に好奇心として少女に問う。
「これは何だと聞いている」
「えっ、ま、魔法少女……」
「魔法少女?魔法をつかう少女という事か」
アレイスターは魔法少女リリカルさたんをペラペラとめくり始めた。
(魔法を使う少女が魔法少女ならエセルドレーダも魔法少女であるな。また人型になれたらこのような服をきてみるか?)
(イエス、マスター。マスターが望むのなら)
アレイスターとエセルドレーダは念話で以前の世界の者が聞いたら確実に噴き出すであろう会話を繰り広げる。そんな中おずおずと少女が喋り始めた。その顔は希望半分、恐れ半分といった様子だ。
「あの…… 私がそんなの持ってて笑わないの?」
「何故笑う必要がある」
「だってもうそんなの見るような年齢じゃないし……」
「貴公はこの様なものが好きなのだろう?何を恥じる必要がある。堂々と好きと言えば良いではないか」
「そうかな……」
「しかしこれはなかなか面白いな。この様な魔法もあるのか」
「え!それ、さたんちゃんのスペースライトブレイカー⁉本物⁉嘘!すごい!」
アレイスターは本の中で主人公が使っている魔法をその場で再現する。
「ねぇねぇ!私もそれ出来るかな?」
「ふむ、まぁ練習すれば出来るのではないか?」
先程までの泣き顔はどこへやら、一転して興奮した様子で少女はアレイスターにその魔法を教えて欲しいとせがみ始めた。
「貴公は他にもこの様な本を持ってるのか?」
「うん。好きだからいっぱいあるけど」
「ならばその本を余に貸し出せ。その代わり余が本に載っている魔法を教えてやろう」
「本当⁉ じゃあ明日早速持ってくるね!あと私は貴公じゃなくてセラフォルー、セラフォルー・シトリーだよ!セラって呼んで欲しいな!」
「セラか、了解した。」
「あ……でも学院では私に話し掛けない方がいいかも……」
アレイスターがセラと呼ぶとセラフォルーは万円の笑みを浮かべる。しかしすぐに悲しそうな顔をしてそう言った。
「何故かは知らんが余には関係がないな。余を縛りたければ邪神でも連れてくる事だ」
「で、でもそしたらアレイくんまであいつらに……」
「あいつら?」
セラフォルーは一瞬口を閉ざすが数秒してポツポツと話し始めた。
「私ね、虐められてるの。その年になって魔法少女なんて変だって…… 今日もこの本あいつらにやられちゃったの…… だからアレイくんも私と一緒にいたら巻き添え食らっちゃうよ……」
「ふむ、その様なクズ共に余の行動を制限される謂れはないな。余は余の好きな時に好きな事をするのだ。それにきっとセラの虐めも明日にはなくなるだろう」
「それって……」
「さて、そろそろ夕食の時間だ。余はもう寮へと戻る。セラもそろそろ帰るがよい」
アレイスターはセラフォルーが何か言う前にさっさと転移で寮へと帰ってしまう。セラフォルーもアレイスターの最後の言葉が気になりながらも帰路につくのであった。
♢
次の日、学院へと着いたセラフォルーはあるニュースを耳にする。セラフォルーを虐めていた主犯格の奴らが纏めて退学したと言うのだ。詳しく聞いてみればみな気が狂ってしまったとの事だ。何を言っても「いあ……いあ……」と言うだけで反応がないらしい。確実にアレイスターの仕業なのだが本人に聞いても誤魔化されてしまうのであった。
こうして確かにセラフォルーへの虐めはなくなった。しかし同時に放課後のアレイスターの静かな読書もなくなってしまうのであった。
次からおそらく大戦編突入です。