『ガァァァァァァ!!!』
「二天龍といえども所詮この程度か……」
目の前には巨大な龍が横たわっていた。白龍皇アルビオンだ。翼は無残にも引き裂かれ体は血に染められている。
対するアレイスターはその身に傷一つ負う事無く悠然とアルビオンを見下ろしていた。その目はまさに虫けらを見るような目だ。正直拍子抜けだ、というのが率直なアレイスターの感想だった。
『お、お前は……一体何なんだ…… お前の様な存在が……ただの悪魔な訳が……』
アルビオンは動かない体に鞭を打ちながら必死に声を絞り出す。今まで自分は狩る側であった。それが今はどうだ!手も足も出ずに二天龍である自分が地に落とされている。しかもたった一人の悪魔にだ。
「余は父はエドガー、母ミーシャより生まれ、同時に邪神ヨグ= ソトースと人類最強の魔術師ネロの血を引く者、アレイスター。またの名を大導師マスターテリオン。以後よろしく頼む」
『邪神⁉それにヨグ=ソトースだと!!そんな馬鹿な!!!』
「先ほどよろしくと言ったばかりではあるが余もこの後の予定が詰まっているのでな。この余興もそろそろ終焉といこう。天狼星の弓よ!」
アレイスターの手に光り輝く黄金の弓が現れる。
「さらばだ、白龍皇アルビオンよ。貴公はそれなりには強かったぞ」
『クソ!クソォォォォォ!!!』
黄金の弓から矢が放たれる。それは一筋の光となり容易くアルビオンを飲み込みそのまま天高くへと飛び去っていった。矢が過ぎ去った後にはもう何も残っていない。
「…………エセルドレーダ」
「イエス、マスター。どうやら何らかの封印術式が発動した様です」
アレイスターの不愉快そうな言葉にエセルドレーダが答える。
「ふん、大方聖書の神の仕業だろう。それよりも今は彼方の方だ」
「イエス、マスター」
アレイスターは転移術式を発動させた。向かうはもう一体の二天龍、赤龍帝ドライグだ。
♢
『どうした?もう終わりか?』
「くっ!このままじゃジリ貧だ!」
ドライグの圧倒的な力によって次々と味方は倒れていく。もう連合軍は満身創痍だ。それにもかかわらずドライグには若干のダメージは見受けられるがまだまだ余裕があるようであった。
「セラフォルー!!!ぼさっとするな!!!」
「キャァァァ!!」
ドライグがセラフォルーへとブレスを放つ。一瞬の隙を突かれたセラフォルーは避けきれず巨大な炎に包まれた。
「セラフォルー!!!無事かセラフォルー!!!」
二天龍ドライグのブレスだ。一瞬で体が蒸発してしまっても不思議ではない。サーゼクスは無事であってくれと願いながら急いでセラフォルーの元へと向かう。
するとそこには一人の悪魔に庇われているセラフォルーの姿があった。
「無事か?セラちゃん……」
「叔父さん!!!」
アレイスターの父、エドガーだ。身を呈してセラフォルーを庇った所為で全身に火傷を負っており、特に右手は無惨にも炭化していた。
「この腕はもう使い物にならないな」
「エドガー!無事か⁈」
「魔王様。えぇ、何とか」
ルシファーが駆け寄りエドガーの安否を確認する。エドガー自身は無事だと言っているがどう見ても無事ではない。今すぐ前線から下がらせて治療しても助かるかどうか分からないレベルの重傷であった。
「魔王様。これより私がドライグの注意をそらします。その好きに最大威力の攻撃を放って下さい」
「……分かった」
「叔父さん⁉魔王様⁉何言ってるの!!!」
「セラちゃん。俺はもうダメだ。この腕じゃ足でまといになる。だったら最後ぐらいは役立って見せるさ」
「そんな!アレイ君は!アレイ君はどうするの!」
「あいつは大丈夫さ。俺なんかよりずっと強い」
「叔父さん……」
セラフォルーが泣きそうになりながらエドガーを止めようとするが止まる気配は全くない。
「さぁ、最後の最後の大花火だ。セラちゃんも見ててくれよ」
そう言うとエドガーは動かない利き腕とは反対の手に剣を持ちドライグに相対する。
「よう、大トカゲ。いつまでも調子こいてんじゃねーぞ」
『そんな体で何を言うかと思えば、笑わせる。もはや死に体じゃないか』
「あんまり悪魔を舐めんなよ!!!」
エドガーがブレスを掻い潜り超スピードでドライグへと迫る。足が吹き飛び腹に穴が開こうとも止まることはない。
『なにっ!』
「これが悪魔の怒りだ!くらえよぉぉぉ!!!」
『グァァァァァァァァ!!!』
遂にエドガーはブレスをくぐり抜ける。そして勢いよく剣をドライグの右目へと尽きたてた。執念の一撃であった。
「俺はダメな親だった。最後は復讐ばかりでお前の事を何も考えてやれなかった」
エドガーが残る魔力を収束させる。此処にきてアレイスターへの申し訳ない気持ちが沸き起こってきた。
「魔王様!セラちゃん!あいつに伝えてくれ!俺は一足先に母さんの所に行くと!そしてお前は変わった子だったが俺達はお前を愛していたと!」
「叔父さん!!!」
「アレイスター!!!お前は間違いなく俺達の子供だった!!!」
エドガーを中心に爆発が巻き起こる。魔力を暴発させ自爆したのだ。その爆発はドライグをまるまま飲み込むほど巨大であり、一瞬の隙を作るには十分な大きさであった。
「今だ!外すなよアザゼル!」
「おう!」
アザゼルが巨大な光の槍を、ルシファーが練るに練った魔力弾を立て続けに放つ。部下の命を無駄にはしないと、必死の思いで練ったそれ等は魔王、総督の名に相応しい程の威力を誇っていた。
『グォォォォォォォォ!!!』
アザゼルの槍とルシファーの魔力弾はドライグへと命中し、ドライグは悲鳴をあげた。今までで一番大きな悲鳴だ。連合軍はもはや戦う力が殆ど残っていない。これで仕留められなかったらもはやお手上げだ。正真正銘、最後の一撃だった。
「どうだ?やったか?」
「ッ!ルシファー!!!」
「なっ!がふっ!」
『はぁ、はぁ、今のは効いた。かなり効いたぞ』
ルシファーが巨大な爪に貫かれた。ドライグだ。いまの一撃でも倒れることはなかったのだ。
目は潰れ、鱗は剥がれてはいるが依然としてその巨体は空を飛んでいる。
「今のでも……ダメか…… 俺も……焼きがまわったもんだ……」
『とっさに鱗の硬さを倍化しなければ俺もやられていただろうな』
「おい!ルシファー!しっかりしろ!」
アザゼルがルシファーを助けようと光の槍を投げる。しかし先程の一撃で力を使い果たした所為で、その威力は下級堕天使のそれと変わりなく簡単にドライグに弾かれてしまう。
『チョロチョロと逃げ回ってくれたもんだが…… これでお前も終わりだな魔王ルシファー』
「ハハ……ハハハ……ハハハハ!!!」
『何故笑っている?』
ルシファーが急に大声で笑い始める。腹を貫かれ絶体絶命であるはずのルシファーが笑っていることにドライグは違和感を感じた。
「確かにお前の言うとおり俺は終わりだ。確実にお前に殺されるだろう。だけどな、それはお前も同じさ!断言しよう。ドライグ、お前は俺を殺した後同じように殺される。それもたった一人の男によってだ!」
『ならばさっさとお前を殺し此処にいる奴らを皆殺しにするとしよう』
ドライグはそう言うとブレスをチャージし始めた。
「あとは……頼んだぜ……アレイスター……」
「魔王様!!!」
逃げる力の残っていないルシファーはドライグの爪に引き裂かれ、巨大なブレスに飲まれた。
この日、偉大な魔王であったルシファーはその生涯を閉じたのだった。
『さて、厄介な者は死んだ。まずは先程殺しそこねた小娘からだ』
心の支えであった魔王が死に悪魔側に動揺が走る。悪魔、堕天使共に既に力を使い果たしていた。
そんな中再びドライグはセラフォルーに狙いを定めた。
「セラフォルー!逃げろ!!!」
ドライグの牙がセラフォルーに迫る。
「いや……助けて……助けてアレイ君……」
目の前には赤く大きな牙が視界いっぱいに広がっている。仲間たちが逃げろと叫んでいるが足が竦んでしまい思うように動かない。セラフォルーは思わず想い人の名を呟いた。
絶体絶命の瞬間、
「すまぬな。少々遅くなった」
『グォォォォォォォ!!!』
セラフォルーに牙を突きたてようとしたその時、顎に途轍もない衝撃を受けドライグは上空に吹き飛ばされ、そのまま地面に叩きつけられた。
何だ、一体何が起こった。いや何が起こったかはわかる。急に現れたあの男に殴り飛ばされたのだ。
しかし、理解は出来ない。魔力も使わず単純な腕力で殴り飛ばしたというのか?圧倒的体格差のこの俺を?あり得ない。あり得るはずがない。ドライグは地に伏している自分の状況が信じられなかった。
「重力結界」
『グァァァァアア!!!』
アレイスターが魔法陣を展開した途端、ドライグにかかる重力が急激に増加した。
骨が軋み、体はピクリとも動かない。先程のまで雄大に空を飛んでいた龍は地に伏し、もがく様はただの巨大な赤いトカゲのようであった。
「父と魔王は逝ったか……」
「アレイ君……」
アレイスターは一瞬魔王と父へ黙祷を捧げ再びドライグと相対する。そして今だ地に伏しているドライグを嘲笑し言い放つ。
「どうした二天龍よ。それはかつてある者が人の身でありながらも破ってみせた術だぞ」
『グググッ!舐めるな!二天龍を舐めるなよ!!!boost!boost!boost!boost!』
「そうだ。やればできるではないか。だが……」
ドライグは自分にかかる途轍もない重力から倍化の能力を駆使して脱出した。馬鹿にされた所為か、その表情は怒りに染まり今にもアレイスターを八つ裂きにせんと襲い掛かかる。しかしそう現実は上手くいかない。
『ギャアアアアア!!!』
何時の間にかアレイスターが握っていた黄金の剣によりドライグの全身が切り刻まれた。
「それではさよならだ」
『嘘だ!二天龍であるこの俺が!赤龍帝であるこの俺がぁぁぁぁ!!!』
アレイスターの剣から斬撃が放たれる。ドライグへと直撃する瞬間ドライグが光に包まれた。光が収まると巨大なドライグの姿は何処にもない。今まであまりに圧倒的なアレイスターの姿に呆然としていた連合軍はドライグが突然消えたのを見て、ざわめき始める。
「なんだ⁉何が起きた!」
その時、拍手と共に何者かの高笑いが聞こえてきた。
「見事!実に見事です、金色の魔人よ!」
「てめぇ、今まで姿が見えないと思ったら……」
アザゼルが憎憎しげに声のする方向を見る。その先に居たのは聖書の神だ。何やら赤い篭手と白い翼の様な物を身にまとっている。
「まさか二天龍を二体とも倒すとは思いませんでした。しかし、そのおかげで見なさい!ニ天龍を宿す神器を作り出すことが出来ました。そうですね、赤龍帝の篭手、白龍皇の光翼とでも名付けましょうか」
聖書の神が二つの神器を見せびらかす様に見せつける。
「まさかお前……それが目的で……」
「その通りですよ、アザゼル。この力があれば私は『もう喋るな。貴様の声を聞いていると耳が腐る』は?」
黄金の剣が聖書の神を貫く。皮肉にもその剣の先端は十字架になっていた。
何時の間にかアレイスターが聖書の神の目の前にいる。
「ど、どうして……」
「忘れたとは言わせんぞ。言った筈だ。貴様は余が直々に殺すとな」
聖書の神はなす術も無く次々と現れる黄金の剣に串刺しにされ地面から現れた大きな十字架に貼り付けにされた。
「光栄に思え。この世界でこれを使うのは貴様が初めてだ。さあ、皆の者。刮目せよ!これこそが余の切り札にして絶対の力!鬼械神リベル・レギスだ!」
アレイスターの言葉と共に空が割れ、巨大な機械が現れる。深い、深い、深紅の大きな翼をもつ人型の機械だ。その姿にこの場にいる誰もが目を奪われた。先程の二天龍など比較することもおこがましい程の力を感じる。長く生きている聖書の神達さえも初めて見る存在。絶対の力、あぁまさにアレイスターの言う通りだ。これ相手にはオーフィスやグレートレッドでさえも見劣りするだろう。
「何だ!一体それは何なんだ!」
「聖書の神よ。貴様は少々やり過ぎた」
辺りに絶望の詠唱が響き渡る。
『其れはまるで御伽噺の様に
眠りをゆるりと蝕む淡き夢
夜明けと共に消ゆる儚き夢
されど
さの玩具の様な宝の輝きを
我等は信仰し
聖約を護る
我は闇
重き枷となりて路を奪う
死の漆黒
我は光
眸を灼く己を灼く世界を灼く熾烈と憎悪
憎しみは甘く
重く
我を蝕む
其れは悪
其れは享受
埋葬の華に誓って
我は世界を紡ぐ者なり』
『シャイニング・トラペゾヘドロン』
リベル・レギスが光に包まれ手に槍の様な、剣の様な光が形創られる。
シャイニング・トラペゾヘドロン────それは捻じ曲がった神柱、狂った神樹、刃の無い神剣。善なる神、旧神の最終兵器。
「此処で聖書の神は死に絶える。だが安心しろ。余が再び復活させてやろう。新たなお前はこの世の全ての人間、動物、植物。地球上のありとあらゆる者に嫌われる存在となろう。貴様の足は動く事はなく目が光を移すこともない。言葉を発する事さえも許されぬ。かつて貴様がイヴをそそのかした蛇を呪ったように。地に這いつくばって生きるのだ。されど死ぬことは許されぬ。不老不死を持って永遠の時を生きるのだ。誰からも愛されることなく、出会う物全てに憎まれるその人生を。これは呪いでは無い。これから世界がそう書き換わるのだ」
邪神によりデモンベインとリベル・レギスの二つに分けられたシャイニング・トラペゾヘドロン。それはかつて再び大十字九郎によって一つに統合された。それゆえ今のシャイニング・トラペゾヘドロンはその残りカスでしかない。しかしその残りカスでもこの世界では圧倒的な力であった。
リベル・レギスがシャイニング・トラペゾヘドロンを聖書の神に突き刺した。巨大な光の奔流が巻き起こる。この場にいた全員は堪らず目をつむった。
それが収まった後には一人の醜い生き物が横たわっていた。聖書の神の面影など一つたりとも存在しない。先程のアレイスターの言葉通り見るだけで驚異的な不快感を感じる。
「さぁ、新たな生誕だ。好きな様に生きるが良い。世界が貴様を受け入れることなど決してない」
アレイスターが腕を振るい元聖書の神を世界の適当な場所に転移させる。
こうして聖書の神は死んだ。かつて最も信仰された一柱の神は未来永劫受け入れられる事はない。死ぬことも許されず、ただありとあらゆる物に迫害される永遠の責め苦を負わされるのだった。
♢
こうしてなし崩しに戦争は終わり、天使は聖書の神を、悪魔は魔王を、堕天使は多くの幹部と同胞を失った。もはやどの勢力も戦争を続けるだけの力など残されてはいなかった。
長く続いた三竦みの戦争、ようやくそれが終わり冥界は平和を取り戻したのであった。