魔法科転生NOCTURNE SS置き場   作:人ちゅら

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 ブランシュ事件で活躍したセタンタとアルケニー、あとシルキーへのご褒美回。
 ……という名目で、古代の悪魔と二十一世紀末との異文化交流。



SS#062 ある日の街歩き

 休日の昼前。

 あなたはアパートの外廊下で、腕を組んでいた。

 

――まだか?

 

 呟いた直後、部屋の扉が勢いよく開く。

 

「待たせたな、シン!」

 

 飛び出してきたのは、白皙の美少年だった。

 年の頃は十代半ばほど。細身に見えるが、その身体つきには獣じみた鋭さがある。

 赤い瞳を輝かせたセタンタは、外出前だというのに既に上機嫌だった。

 

「今日は甘いものを食わせる約束だったな?」

 

――……ああ。

 

 すると今度は、静かに隣の扉が開いた。

 

 現れたのは、長い黒髪を結い上げた美女。

 白いブラウスにロングスカートという現代的な装いをしていても、その立ち姿にはどこか彫像めいた気品があった。

 

 アルケニーはあなたへ軽く会釈する。

 

「同行させてもらうわ。現代の都市というものには、少し興味があるもの」

 

――好きにしろ。

 

 あなたは短く答え、階段へ向かった。

 背後からセタンタが笑う。

 

「相変わらず愛想がないな、お前は」

 

――十分だろ。

 

 アパートを出ると、初夏の陽射しが街路へ降り注いでいた。

 

 

*   *   *

 

 

 駅前の高架下へ滑り込むように、一台の()()()()()()が到着する。

 

 卵形の小型車両。

 高度な運行管理システムと自動運転により、渋滞を起こさず最短時間で目的地の最寄り駅まで移動できる。

 都市部の短距離移動を担う個型電車だ。

 車体表面へ広告映像が流れ、乗降口の上では運行情報が立体表示されている。

 

 セタンタが低く唸った。

 

「えらく派手な戦車だな」

 

 なるほど。

 彼の世界(ケルト)に似たものを探せば、戦車(チャリオット)ということになるか。

 

――電気で動く。戦車より安全だ。

 

「つまらん。戦車は馬を御してこそだろうに」

 

 三人で乗り込むと、車両は滑るように加速した。

 

 窓の外を、高層ビル群が流れていく。

 巨大な空中広告。

 魔法企業のホログラム看板。

 交差点上空を横断する配送ドローン。

 

 アルケニーが目を細める。

 

「灯台、ではないのよね。あの石の柱は何なのかしら」

 

 高層ビルを、古代人にどう説明したものか。

 固まると石になる泥を使った建物?

 

「固まる泥? コンクリートのことかしら。でもコンクリートであんなに高い建物を建てたら崩れそうなものだけど」

 

 ああ、コンクリートは分かるのか。

 あとは中に鉄筋を通して強度を増しているらしい。

 まあ、とにかく色々工夫しているそうだ。

 

「……人間は、ここまで都市を積み上げたのね」

 

――知恵と技術でな。

 

「その結果が、この灰と黒の大地?」

 

 彼女は小さく笑った。

 

「傲慢ね。けれど嫌いじゃないわ」

 

 

*   *   *

 

 

 渋谷のビュッフェレストランは、昼時ということもあり混雑していた。

 

 店内へ入った瞬間、セタンタの目が輝く。

 

「おお……!!」

 

 肉料理。

 魚料理。

 サラダ。

 麺類。

 焼き菓子。

 

 長いカウンターへ並ぶ料理の数々に、彼は完全に目を奪われていた。

 

「これが全部、好きに食って良いのか?」

 

――時間制限はあるが。

 

「王ですら毎日は無理だぞ、こんなもの」

 

 セタンタは感嘆混じりに呟く。

 

常若の楽園(ティル・ナ・ノーグ)にも宴はある。尽きぬ肉も果実も、酒もある。だが、ここまでの種類は無いぞ。しかも毎日だと?」

 

 そう言いながらも、彼は暴走しなかった。

 まずは肉料理を少量ずつ。

 次に魚。スープ。パン。サラダ。

 驚くほど行儀よく、一通りを順番に制覇していく。

 

 アルケニーが呆れたように言った。

 

「意外ね。もっと野蛮に食い散らかすかと思っていたわ」

「戦士だからな。腹の空き具合は計算する」

「甘味を前にしても?」

「それは別だ」

 

 真顔で返した直後、セタンタは席を立った。

 

 数分後。

 戻ってきた彼は左右の手に一枚ずつ大皿を乗せ、そこに山のようなケーキとプリンとシュークリーム、それにチョコレート菓子が積み上がっていた。

 

 あなたは無言になる。

 アルケニーが半眼で言った。

 

「子供か」

「黙れ。甘味は戦士の魂を癒やす」

「初めて聞くわね」

 

 セタンタは既にフォークを動かしていた。

 美女の言葉へ一言返した時点で、既に彼の意識は甘味へ戻っていた。

 

 一口。

 次の瞬間、彼は目を見開く。

 

「……何だこれは」

「ティラミス、だそうよ?」

「柔らかい。甘い。苦い。全部同時に来るぞ」

 

 さらに別のケーキへ手を伸ばす。

 

「こっちは果実か!? いや違う、乳だ!」

「チーズケーキよ」

「人類、正気か?」

 

 皿の上から甘味が消えていく。

 周囲の客がちらちらとこちらを見始めた頃、ようやくセタンタは動きを止めた。

 

「……ふぅ」

「満足そうねえ」

「少し後悔している」

 

――どうした。食い過ぎたか?

 

「違う。お前の財布だ」

 

 珍しく気まずそうに目を逸らし、セタンタはぼそりと続ける。

 

「甘味というのは、本来もっと貴重なものだったんだ」

 

 あなたは少しだけ肩を竦めた。

 

――破産するようなものじゃない。

 

「そうか」

 

 安心したように息を吐き、彼は最後のマカロンへ手を伸ばした。

 

 

*   *   *

 

 

 午後。

 大型百貨店のファッションフロア。

 

 アルケニーは、入った瞬間から完全に目の色が変わっていた。

 

「……これ、全部服?」

 

――見れば分かるだろ。

 

「色が多すぎるのよ!」

 

 彼女は棚へ駆け寄り、生地へ触れる。

 

「この赤……どうやって染めているの? それにこの鮮やかな青。ラピスラズリじゃないわよね?」

 

 あなたも詳しくはないが、おそらく化学染料だろう。

 宝石を砕いて顔料を作っていた時代とは違う。

 

()()()って万能なの?」

 

――知恵の積み重ねだ。

 

 アルケニーは次々と服を手に取っていく。

 自身の胸元や腰回りにあてがって比べていると、店員が試着室へ案内した。

 一瞬、あなたの方へ不安げな視線を送るアルケニー。

 あなたを放って勝手にして良いものか、迷ったのだろう。

 

――好きに見て来ると良い。

 

 あなたがそう言った瞬間、セタンタが顔を引き攣らせた。

 

「あ、お前それは――」

 

 遅かった。

 あれやこれやと質問してくる二人を前に、なんとなく子どもの面倒を見ている気分になっていた。

 

 有り体に言って、気が抜けていたのだ。

 

 だが、相手は立派な成人女性である。

 それも奔放さで知られた古代ギリシャの。

 

「これも良いかしら? あとこっちも。あ、この素材は何?」

 

 十分。

 二十分。

 三十分。

 

 声をかけた店員も、アルケニーの着こなしに興が乗ったらしい。

 一緒になって、あれやこれやとファッション・ショーが繰り広げられている。

 

 あなたはソファへ座り、無言で紙袋を見つめていた。

 セタンタは遠い目をしている。

 

「女が好きに買い物を始めたら、日が暮れても終わらんぞ」

 

――分かってたなら止めろ。

 

「俺の責任かよ!」

 

 試着室のカーテンが開く。

 アルケニーが新しいワンピース姿で現れた。

 左右非対称(アシンメトリー)にデザインされたフリルが、美しいドレープを思わせる見事な一品。

 店員が歓声を上げる。

 

「すごくお似合いです!」

「当然ね」

 

 即答だった。

 アルケニーは鏡の前でくるりと回る。

 

「布が、こんなに贅沢に使われている……信じられないわ」

 

 彼女は静かに呟いた。

 

「昔は布そのものが高価だったの。色を付ければさらに高い。衣服(ころも)は財産だった」

 

――今は大量生産だ。

 

「ええ。だから腹が立つのよ」

 

――欲しいものが安く手に入るようになって、腹が立つことが有るのか。

 

「私ならもっと綺麗に織れるもの」

 

 店員が苦笑する。

 

「彼氏さん、どうですか? こちら、似合いますよねえ」

 

 その瞬間。

 アルケニーが凍り付いた。

 セタンタが吹き出す。

 あなたは面倒そうに眉を寄せた。

 

 まあ、試着室でファッション・ショーを楽しむ女性と、それに一つひとつ声をかけながら辛抱強く待つ男性がいれば、そう思っても不思議ではない。

 だが。

 

「違う」

 

 アルケニーは勢いよく首を振った。

 

「ち、違うわ! そういう関係じゃない!」

「えっ、すみません!」

「誤解よ! 本当に!」

 

 これまでの振る舞いは何だったのかと思うほど、必死な否定だった。

 

 理由は単純である。

 アパートにいる家憑き妖精が怖いからだ。

 

 

*   *   *

 

 

 帰り際。

 あなたは雑貨フロアで足を止めていた。

 

「……何を見てるんだ?」

 

 セタンタが尋ねる。

 

――土産だ。

 

「誰への?」

 

――シルキー。

 

 その瞬間、セタンタとアルケニーが妙に静かになった。

 

「……なるほど」

「難しいわね」

 

――お前ら、何か案は?

 

「自分で考えろ」

「そういうものは本人が選ぶべきよ」

 

 珍しく意見が一致していた。

 あなたは小さく息を吐き、棚を見回す。

 

 高性能調理器具。

 自動洗浄機。

 家事支援端末。

 

 どれも便利そうだった。

 だが。

 

――これじゃないな。

 

 シルキーは、家事そのものを嫌ってはいない。

 むしろ家を整え、世話を焼くことに喜びを見出している。

 

 なら必要なのは、便利な道具ではない。

 

 しばらく歩き回った末、あなたは小さなティーセットの前で立ち止まった。

 白磁に青い花模様が入った、素朴な意匠。

 派手ではない。だが丁寧な作りだった。

 

――これなら邪魔にはならないだろう。

 

 呟き、あなたはそれを手に取った。

 

 

*   *   *

 

 

 夜。

 アパートへ戻ると、シルキーが出迎えた。

 

「お帰りなさいませ、シン様」

 

 ああ、と応えてあなたは紙袋を差し出す。

 

「……私に、ですか?」

 

――邪魔なら、別に。

 

「滅相もございません」

 

 箱を開いた瞬間、シルキーは僅かに目を見開いた。

 それから深々と一礼する。

 

「ありがとうございます」

 

 彼女は箱を抱えたまま、静かに部屋を出ていった。

 

 数分後。

 戻ってきた彼女は、新しいティーセットのカップへ湯気の立つミルクティーを注いでいた。

 

「どうぞ」

 

 差し出されたカップを受け取り、あなたは一口飲む。

 

 柔らかな甘味と温かさが、喉を通って落ちていった。

 外ではまだ都市の喧騒が続いている。

 

 だが、この部屋だけは静かだった。

 あなたはようやく、今日一日が終わった気がした。

 




 感想、評価、お気に入り、ここすき、いつもありがとうございます。

 次回はちょっと東道青波の絡みに触れつつ、ブランシュ事件の事後調査の話になります。
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