魔法科転生NOCTURNE SS置き場 作:人ちゅら
……という名目で、古代の悪魔と二十一世紀末との異文化交流。
休日の昼前。
あなたはアパートの外廊下で、腕を組んでいた。
――まだか?
呟いた直後、部屋の扉が勢いよく開く。
「待たせたな、シン!」
飛び出してきたのは、白皙の美少年だった。
年の頃は十代半ばほど。細身に見えるが、その身体つきには獣じみた鋭さがある。
赤い瞳を輝かせたセタンタは、外出前だというのに既に上機嫌だった。
「今日は甘いものを食わせる約束だったな?」
――……ああ。
すると今度は、静かに隣の扉が開いた。
現れたのは、長い黒髪を結い上げた美女。
白いブラウスにロングスカートという現代的な装いをしていても、その立ち姿にはどこか彫像めいた気品があった。
アルケニーはあなたへ軽く会釈する。
「同行させてもらうわ。現代の都市というものには、少し興味があるもの」
――好きにしろ。
あなたは短く答え、階段へ向かった。
背後からセタンタが笑う。
「相変わらず愛想がないな、お前は」
――十分だろ。
アパートを出ると、初夏の陽射しが街路へ降り注いでいた。
* * *
駅前の高架下へ滑り込むように、一台の
卵形の小型車両。
高度な運行管理システムと自動運転により、渋滞を起こさず最短時間で目的地の最寄り駅まで移動できる。
都市部の短距離移動を担う個型電車だ。
車体表面へ広告映像が流れ、乗降口の上では運行情報が立体表示されている。
セタンタが低く唸った。
「えらく派手な戦車だな」
なるほど。
――電気で動く。戦車より安全だ。
「つまらん。戦車は馬を御してこそだろうに」
三人で乗り込むと、車両は滑るように加速した。
窓の外を、高層ビル群が流れていく。
巨大な空中広告。
魔法企業のホログラム看板。
交差点上空を横断する配送ドローン。
アルケニーが目を細める。
「灯台、ではないのよね。あの石の柱は何なのかしら」
高層ビルを、古代人にどう説明したものか。
固まると石になる泥を使った建物?
「固まる泥? コンクリートのことかしら。でもコンクリートであんなに高い建物を建てたら崩れそうなものだけど」
ああ、コンクリートは分かるのか。
あとは中に鉄筋を通して強度を増しているらしい。
まあ、とにかく色々工夫しているそうだ。
「……人間は、ここまで都市を積み上げたのね」
――知恵と技術でな。
「その結果が、この灰と黒の大地?」
彼女は小さく笑った。
「傲慢ね。けれど嫌いじゃないわ」
* * *
渋谷のビュッフェレストランは、昼時ということもあり混雑していた。
店内へ入った瞬間、セタンタの目が輝く。
「おお……!!」
肉料理。
魚料理。
サラダ。
麺類。
焼き菓子。
長いカウンターへ並ぶ料理の数々に、彼は完全に目を奪われていた。
「これが全部、好きに食って良いのか?」
――時間制限はあるが。
「王ですら毎日は無理だぞ、こんなもの」
セタンタは感嘆混じりに呟く。
「
そう言いながらも、彼は暴走しなかった。
まずは肉料理を少量ずつ。
次に魚。スープ。パン。サラダ。
驚くほど行儀よく、一通りを順番に制覇していく。
アルケニーが呆れたように言った。
「意外ね。もっと野蛮に食い散らかすかと思っていたわ」
「戦士だからな。腹の空き具合は計算する」
「甘味を前にしても?」
「それは別だ」
真顔で返した直後、セタンタは席を立った。
数分後。
戻ってきた彼は左右の手に一枚ずつ大皿を乗せ、そこに山のようなケーキとプリンとシュークリーム、それにチョコレート菓子が積み上がっていた。
あなたは無言になる。
アルケニーが半眼で言った。
「子供か」
「黙れ。甘味は戦士の魂を癒やす」
「初めて聞くわね」
セタンタは既にフォークを動かしていた。
美女の言葉へ一言返した時点で、既に彼の意識は甘味へ戻っていた。
一口。
次の瞬間、彼は目を見開く。
「……何だこれは」
「ティラミス、だそうよ?」
「柔らかい。甘い。苦い。全部同時に来るぞ」
さらに別のケーキへ手を伸ばす。
「こっちは果実か!? いや違う、乳だ!」
「チーズケーキよ」
「人類、正気か?」
皿の上から甘味が消えていく。
周囲の客がちらちらとこちらを見始めた頃、ようやくセタンタは動きを止めた。
「……ふぅ」
「満足そうねえ」
「少し後悔している」
――どうした。食い過ぎたか?
「違う。お前の財布だ」
珍しく気まずそうに目を逸らし、セタンタはぼそりと続ける。
「甘味というのは、本来もっと貴重なものだったんだ」
あなたは少しだけ肩を竦めた。
――破産するようなものじゃない。
「そうか」
安心したように息を吐き、彼は最後のマカロンへ手を伸ばした。
* * *
午後。
大型百貨店のファッションフロア。
アルケニーは、入った瞬間から完全に目の色が変わっていた。
「……これ、全部服?」
――見れば分かるだろ。
「色が多すぎるのよ!」
彼女は棚へ駆け寄り、生地へ触れる。
「この赤……どうやって染めているの? それにこの鮮やかな青。ラピスラズリじゃないわよね?」
あなたも詳しくはないが、おそらく化学染料だろう。
宝石を砕いて顔料を作っていた時代とは違う。
「
――知恵の積み重ねだ。
アルケニーは次々と服を手に取っていく。
自身の胸元や腰回りにあてがって比べていると、店員が試着室へ案内した。
一瞬、あなたの方へ不安げな視線を送るアルケニー。
あなたを放って勝手にして良いものか、迷ったのだろう。
――好きに見て来ると良い。
あなたがそう言った瞬間、セタンタが顔を引き攣らせた。
「あ、お前それは――」
遅かった。
あれやこれやと質問してくる二人を前に、なんとなく子どもの面倒を見ている気分になっていた。
有り体に言って、気が抜けていたのだ。
だが、相手は立派な成人女性である。
それも奔放さで知られた古代ギリシャの。
「これも良いかしら? あとこっちも。あ、この素材は何?」
十分。
二十分。
三十分。
声をかけた店員も、アルケニーの着こなしに興が乗ったらしい。
一緒になって、あれやこれやとファッション・ショーが繰り広げられている。
あなたはソファへ座り、無言で紙袋を見つめていた。
セタンタは遠い目をしている。
「女が好きに買い物を始めたら、日が暮れても終わらんぞ」
――分かってたなら止めろ。
「俺の責任かよ!」
試着室のカーテンが開く。
アルケニーが新しいワンピース姿で現れた。
店員が歓声を上げる。
「すごくお似合いです!」
「当然ね」
即答だった。
アルケニーは鏡の前でくるりと回る。
「布が、こんなに贅沢に使われている……信じられないわ」
彼女は静かに呟いた。
「昔は布そのものが高価だったの。色を付ければさらに高い。
――今は大量生産だ。
「ええ。だから腹が立つのよ」
――欲しいものが安く手に入るようになって、腹が立つことが有るのか。
「私ならもっと綺麗に織れるもの」
店員が苦笑する。
「彼氏さん、どうですか? こちら、似合いますよねえ」
その瞬間。
アルケニーが凍り付いた。
セタンタが吹き出す。
あなたは面倒そうに眉を寄せた。
まあ、試着室でファッション・ショーを楽しむ女性と、それに一つひとつ声をかけながら辛抱強く待つ男性がいれば、そう思っても不思議ではない。
だが。
「違う」
アルケニーは勢いよく首を振った。
「ち、違うわ! そういう関係じゃない!」
「えっ、すみません!」
「誤解よ! 本当に!」
これまでの振る舞いは何だったのかと思うほど、必死な否定だった。
理由は単純である。
アパートにいる家憑き妖精が怖いからだ。
* * *
帰り際。
あなたは雑貨フロアで足を止めていた。
「……何を見てるんだ?」
セタンタが尋ねる。
――土産だ。
「誰への?」
――シルキー。
その瞬間、セタンタとアルケニーが妙に静かになった。
「……なるほど」
「難しいわね」
――お前ら、何か案は?
「自分で考えろ」
「そういうものは本人が選ぶべきよ」
珍しく意見が一致していた。
あなたは小さく息を吐き、棚を見回す。
高性能調理器具。
自動洗浄機。
家事支援端末。
どれも便利そうだった。
だが。
――これじゃないな。
シルキーは、家事そのものを嫌ってはいない。
むしろ家を整え、世話を焼くことに喜びを見出している。
なら必要なのは、便利な道具ではない。
しばらく歩き回った末、あなたは小さなティーセットの前で立ち止まった。
白磁に青い花模様が入った、素朴な意匠。
派手ではない。だが丁寧な作りだった。
――これなら邪魔にはならないだろう。
呟き、あなたはそれを手に取った。
* * *
夜。
アパートへ戻ると、シルキーが出迎えた。
「お帰りなさいませ、シン様」
ああ、と応えてあなたは紙袋を差し出す。
「……私に、ですか?」
――邪魔なら、別に。
「滅相もございません」
箱を開いた瞬間、シルキーは僅かに目を見開いた。
それから深々と一礼する。
「ありがとうございます」
彼女は箱を抱えたまま、静かに部屋を出ていった。
数分後。
戻ってきた彼女は、新しいティーセットのカップへ湯気の立つミルクティーを注いでいた。
「どうぞ」
差し出されたカップを受け取り、あなたは一口飲む。
柔らかな甘味と温かさが、喉を通って落ちていった。
外ではまだ都市の喧騒が続いている。
だが、この部屋だけは静かだった。
あなたはようやく、今日一日が終わった気がした。
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次回はちょっと東道青波の絡みに触れつつ、ブランシュ事件の事後調査の話になります。