魔法科転生NOCTURNE SS置き場 作:人ちゅら
第一高校の敷地へ足を踏み入れた調査員の男は、改めて周囲を見回した。
反魔法国際政治結社ブランシュによる一高襲撃事件――通称ブランシュ事件――から数日。
生徒たちは既に日常へ戻りつつあった。
だが校内には、いまだ襲撃の爪痕が残されている。
現場保存のために張られた立入禁止のテープも、まだ撤去されていない。
「まったく」
先頭を歩く中年の調査主任が肩を竦める。
「学生相手に武装テロとはな」
「しかも失敗です」
軍事評価担当の男が苦笑した。
「警察発表を見る限り、襲撃側は三十名以上を投入しています。それでいて主要目標の制圧は全て失敗」
「何がしたかったんだか」
「ええ」
事務手続きを終えた調査団は、案内役の職員に先導されながら校内を巡る。
最初に訪れたのは講堂だった。
大きなガラス窓には新しい板材が当てられている。
割れた箇所は応急修理済みだ。
調査員たちは寸法を測り、写真を撮り、端末へ記録を入力する。
「窓ガラス十二枚交換」
「周辺フレーム修繕」
「内部床面の補修あり」
淡々とした作業だった。
次に校舎外壁。
無数の銃痕が残されている。
「たしか自動小銃でしたね」
「……クライアントの記録では」
「ですよね」
軍事評価担当が壁面を見ながら言う。
「妙ですね」
「何がだ?」
「講堂では催眠ガスを使用していました」
「報告にあったな」
「はい。非殺傷を重視しています。それなのに突入部隊は軍用小銃を携行していた。旧式ですが、汎用性に優れた名器です。それに弾頭。非致死性のゴム弾とは言え、暴徒鎮圧に用いられる高威力のものです。本来は跳弾させる等して威力を減衰させる必要がある。しかしこの弾痕を見るに、入射角は地面に対して水平に近い」
「つまり?」
「正しく運用されていない。命中部位によっては事故死が有意に発生します」
「矛盾していると?」
「少なくとも思想が統一されていません」
主任は頷いた。
確かに妙だった。
本気で殺すなら火力不足。
脅迫目的なら過剰武装。
占拠目的なら人員不足。
どこか噛み合わない。
植栽。
花壇。
芝生。
倒れた街灯。
破損箇所を巡るたび、損害額は積み上がっていく。
しかし軍事評価担当の表情は次第に険しくなっていった。
「どうした」
「作戦です」
「まだ気になるか」
「ええ」
男は端末を操作しながら、淡々と列挙してゆく。
「正門突入隊、失敗」
「図書館制圧隊、失敗」
「講堂制圧隊、失敗」
「本部棟制圧、失敗」
「裏門突入隊、失敗」
並べられた事実に、主任が眉をひそめる。
「……全滅か」
「作戦として成立していません」
「そこまでか?」
「仮に学生を制圧できたとしても、その後がありません」
男は断言した。
「目標設定と投入戦力が噛み合っていない。成功しても失敗する作戦です」
軍事評価担当の男は、眉をひそめて首を傾げる。
よほど気になるのだろう。
端末を指でなぞりながら、何度も試算しているようだ。
主任は思わず苦笑した。
「保険屋の仕事じゃないな」
「まあ……はい」
そのやり取りを横で聞いていた現代魔法師に、若い調査員が尋ねる。
「先生の方はどうです?」
「何か分かりましたか?」
魔法師は周囲を見回した。
校舎。
グラウンド。
講堂。
情報体の流れに意識を向ける。
しかし。
「特に何も……」
そう答えるしかなかった。
事件から数日。
通常の魔法痕跡など既に消失している。
残っていても観測できるほどではない。
調査団は最後の現場へ向かった。
他の場所と同じく、三重に張られた立入禁止のテープがしっかり残っている。
裏門。
最も被害が集中した地点である。
破壊された門扉は既に撤去されていたが、損傷の跡は色濃く残っていた。
そして。
大型トラックの残骸。
正確には、その記録映像。
警備会社が当日撮影した映像データが携帯端末に映し出される。
「改めて見ると凄まじいな」
主任が呟いた。
車体前部が破断し、中央部は引き裂かれたように潰れている。
爆発ではない。
衝突でもない。
何か巨大な力によって切り裂かれ、叩き潰されたような破壊だった。
「高出力魔法でしょうか」
「恐らくは」
軍事評価担当が答える。
その時だった。
「……待ってください」
魔法師が足を止めた。
一同の視線が集まる。
「どうしました?」
「何かあります」
魔法師は困惑した表情で地面を見つめ、意識を集中させる。
確かにある。
それがそこに残っていた。
「魔法の痕跡です」
「数日前のものが?」
「そのはずです」
若い調査員が補足する。
「学校側には現場検証まで、立ち入りは禁止するよう通達しています」
「学生の悪戯ではない、ということだな」
推論が補強され、違和感が増大する。
魔法師には信じられなかった。
「普通は消失しています。でなければおかしい」
「では何故残っている?」
「……分かりません」
本当に分からない。
現代魔法は
現象が終了すれば術式も痕跡も、情報次元の復元力によって消える。
それが現代魔法の常識だった。
だがここにはそれが何故か残っていた。
薄く。
しかし確かに。
「危険性は?」
「ありません」
「理由は?」
「それも……」
魔法師は黙って首を横に振る。
やがて主任が肩を竦めた。
「備考欄行きだな」
「……そうですね」
魔法師は頷いた。
説明できないものは評価できない。
評価できないものは損害査定に組み込めない。
それだけの話だった。
こうして現場調査は終了した。
* * *
同日深夜。
高級ホテル最上階の一室で、
テーブルには調査団がまとめた第一報。
青波は一枚ずつ読み進める。
「なるほど」
口元が僅かに緩む。
裏門の項目。
破壊されたトラックに関する分析結果。
『何らかの高出力物理干渉系魔法による可能性』
「まあ、そう見るか」
間違いではない。
だが正しくもない。
さらに読み進める。
『残留痕跡は定義不完全な術式行使による制御不足の可能性』
青波は小さく笑った。
「未熟さと見たか」
逆だ。
未熟だから残ったのではない。
それを理解できる者は少ない。
否。
ほとんど存在しない。
「面白い」
有能な人間が真面目に考えた結果だからこそ面白い。
誰もが自身の役割を務めている。
そこには何ひとつ、間違いなど無いのだ。
ただ前提だけが狂っている。
この世界の常識で測ろうとしても、土台無理な話。
だから誰も、辿り着けていない。
報告書を閉じる。
ふと、別の少年の顔が脳裏を過った。
もし。
もしあれが同じ現場に立っていたなら。
あの痕跡を見て、あれは何を思っただろうか。
気付いただろうか?
あるいは更にその先へと辿り着けただろうか?
考えたところで意味はない。
達也は達也の戦場にいた。
彼は彼の戦場にいた。
交わることなく、それぞれの敵と戦っていた。
それが現実だ。
「間の悪いことだ」
誰に聞かせるでもなく呟く。
ホテルの窓の外では、東京の夜景が静かに輝いていた。
感想の方で頂いた「悪魔の痕跡」についての質問ですが、現代魔法師の眼ではシキガミ、セタンタ、アルケニーと、誰の痕跡も発見できませんでした。
代わりに人修羅さんがその干渉力をぶっ放して、理解不能な痕跡を残しています(笑)
廃工場の方についても、現代魔法師の調査では基本的に同じ反応です。
直接的に悪魔の痕跡を見つけるには、マガツヒを扱える古式魔法師、またはプシオン感知力の高いBS魔法師が必要となります。
また、達也が気付いたかは現状で不明です。
SS「夜の気配」で書いた通り、真夜にも「特に何も」と回答しています。
そんな中で、なんか知ってる風なのが怪人・東道青波。
という次第です。
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(20260629)誤字訂正
猫またぎ様、誤字報告ありがとうございました。